【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜   作:シート

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第十四話 更識さんは変わっていく

 あれから二日。

 結局、更識さんとはぎくしゃくしてしまい気まずくなってしまった。

 理由は言わずもがな。手を握り合った……あんなことがあったんだ。これはある意味当然の結果。

 あの場ではお互い気にしないということで納得してそれっきりだったが、再び顔を合わせるとそう上手くはいかない。ぎくしゃくとした気まずい空気を作ってしまう。

 昨日と今日もまた一緒に訓練をしていたが、休憩中は特に気まずく、ぎくしゃくした。

 けれど、更識さんは代表候補。プロとも言える存在だ。事故とかもなく訓練はしっかりでき。これまでの作戦会議で話し合ったことを実践し、改善など変らず続けられたのは更識さんのおかげだ。

 

 不幸中の幸いと言うべきか、ぎくしゃくしてしまうのは顔を合わせてしまうというだけで顔を合わせないメッセではいつも通りのやり取りが出来ている。

 普段の雑談は勿論。作戦会議もメッセで事足りている。

 けれど結局、顔を合わせるとやはりぎくしゃくしてしまう。今だってそうだ。

 

「……」

 

 本日、二度目の休憩。

 休憩室では隣に座ってる更識さんが気まずそうに飲んだペットボトルを弄っている。

 いつもと変らず今日も休憩室では二人っきりだが、このぎくしゃくとした感じが昨日、そして今日と二日も続いていると流石に少し辛いものがある。

 これならまだ、人目が有ったほうが気が紛れるというかなんと言うか。こんな弱音正直よくないとは分かってはいるが。

 やっぱり体を動かしていた方が気が楽だが、そうもいかない。ぎくしゃくしあっているのはお互い自覚している為、気を逸らそうと変に訓練に集中していつも以上に疲れ、集中力もそう長く持たず、そのままでは危ないので仕方なく休憩という流れになった。

 

 ……どうするべきか。

 本当はそっとしておくべきだろう。こういうのは基本的に時間の経過が解決してくれる。下手に解決しようとすれば、こじれるかもしれない。変な気を使いすぎというのも分かっているが更識さんと俺は女と男。何処まで踏み込んでいいのか分からない。傷つけたいわけではない。だから、時間に任せるというのが最適案。

 だがしかし、そうもいかない。このままぎくしゃくしていたら今は事故がないとしても、トーナメント本番当日普段通りの実力を発揮できるかどうか。きっと本番特有の緊張とかいろいろとあるはずだ。

 それに時間が解決してくれるとしても、更識さんと以前のように戻るのにどれぐらい時間がかかるのかは不明だ。トーナメント当日までもう一週間とないのにゆっくりしてられない。

 本番当日までにはどうにかしなければならない。どうにかしたい。

 このままずっとぎくしゃくし続ければ今よりもキツさは増していくだろう……それは嫌だ。

 

 喧嘩してる訳ではないが、更識さんとは仲直りしたい。

 ここは一つ賭けに出るように俺は更識さんに声をかけてみた。

 

「あの――」

 

 タイミング悪く同じ言葉がまったく同時にかぶさった。

 更識さんと俺は、ぱちくりと目を見合わせる。

 ビックリした。

 

「ほんとだね……えっと、それであの……何か用事、あるの……? 私はいいから先にそっちからどうぞ……」

 

 いや、更識さんから先に……。

 と言いそうになったが、譲り合いの堂々巡りになりそうだったので先に言わせてもらうことにした。

 まず始めに言った内容は最近、お互いぎくしゃくしてしまっているということについて。

 

「うん……」

 

 更識さんが頷いてくれると、場には少しばかり気まずさが増したような気がした。

 当たり前か。

 お互いぎくしゃくしているということは自覚していたが、今まで言葉にはしてなかった。むしろ、お互い明確な言葉にしてしまうことをどこか避けていた。

 実際こうして言葉にすると余計に意識してしまう。だからこそ、この気まずさなのかもしれない。

 気まずくて、何て言えばいいのか分からず、それでその……と歯切れの悪い言葉しかいえないでいる。

 そうして言葉を濁していると、更識さんは先に言った。

 

「ごめんなさい……私があんな変なことしたばっかりに」

 

 申し訳なさそうに更識さんには謝られてしまった。すぐさま気にしないようにと声をかける。

 はっきりさせればこうなると予想してなかった訳でもなければ、別に謝らせたかったわけでもない。

 ただ事実確認をしておきたかった。

 本当、今のままではいるのはよくない。トーナメントの為ってのもあるけど、更識さんには普段通りいてほしい。更識さんと普段通りでいたい。

 その為の仲直り。

 

「仲直り……?」

 

 きょとんした顔をしている。

 喧嘩したわけでもないのに仲直りってのも変な話だ。

 

「ふふっ、それもそうだね」

 

 くすりと笑って更識さんは言葉を続ける。

 

「仲直りって訳じゃないけど……その……実は私も似たようなこと言おうと、思ってた。顔を合わせるたびに貴方とぎくしゃくしたみたいになるのは嫌、だから……本当、私が変なことしたから悪いんだけど……」

 

 それはもう大丈夫。済んだことだ。

 考えていることが同じなら、仲直りはやはり必須だろう。

 勿論更識さんさえよければになるが。

 

「もちろん……いいに決まってる。友達、とは仲良くいたいから……」

 

 よかった。

 何だか肩の荷が降りた気分だった。

 

「あ……一つ質問いい……?」

 

 何だろうと思いながら俺は頷く。

 

「仲直りって具体的にどういうもの……?」

 

 言われて、あっとなった。

 解消しようとは思っているが、その具体的な解消案を持っているわけじゃない。

 馬鹿だな……気持ちだけ先に行き過ぎて、考えなしだった。

 

「仲直り……ここはいっそ定番……ゆ、指切りとか……」

 

 それはちょっと遠慮したい。

 確かに定番ではあるがそれはそれでいろいろある。

 

 仲直りしようと決めても、1、2、3、はい、とすぐに仲直りして今まで通りに戻るのは難しい。

 多少なりときっかけみたいなのが必要だ。

 きっかけ……また、更識さんを部屋に呼ぶか。あまりにも安易な発想が出てしまった。

 

「え?」

 

 更識さんが驚いた顔をしているが納得だ。

 顔を合わせるたびにぎくしゃくするのなら、いっそ同じ部屋で同じ時間過ごして早く慣れればいいというあまりにも安易な発想である意味これは荒療治。

 本当に賭けだ。俺は恐る恐る更識さんの返答を待った。

 

「……ん、分かった……お言葉に甘えさせてもらって……お部屋、お邪魔させてもらうね」

 

 更識さんは快諾して頷いてくれた。

 ほっとした。これできっかけ作りは大丈夫。後は頑張ろう。

 

「部屋で何するか決まってる……?」

 

 一応。毎度の如くではあるが、また作戦会議でもしようかと考えている。

 昨日はしてなかったし。訓練で新たに出た改善点について煮詰めなおすのもいいだろうし、何ならオルコットと凰ペア対策を考えるのもアリだろう。

 あの二人がトーナメントに出ることはないが、全部が全部無駄になるわけでもないと思う。何かの役に立つはず。

 

「そう」

 

 短く頷いた更識さんは、これが建前や逃げ道だということは分かってくれているようだった。

 俺達は噂になっていることはどうやら更識さんも知っているようで、大げさな言い方をすれば時の人である俺達はどうしても目立つ。作戦会議をしているのは事実なので仲直りの隠れ蓑にしようと魂胆。

 それに何も絶対作戦会議がしたいわけではない。作戦会議は場の間が持たなくなった時用の話題。

 他にしたいことや話したいことがあれば、そっちを優先すればいいだけだ。

 

「じゃあ、もしよかったらだけど……昨日メッセで言ってたアレ、一緒に見たい、な……」

 

 ああ、アレか……昨日のやり取りを思い出す。

 更識さんにいろいろ説明されて気になっていた更識さんオススメの一作品。是非見たい。

 

「うんっ、見ようっ」

 

 早くも別にやることは決まった。

 幸先のよさにこの仲直りが思った以上に成功するような予感を感じた。

 

 

 

 

 ED曲が終わり、映像もまた終った。

 夕食後約束通り、俺達は部屋に集まり一緒になって、更識さんがオススメしてくれたのを見た。

 仲直りをしようと決めたから……と言うよりかは、単純に見ることにお互い集中していたおかげで訓練の時みたいにぎくしゃくすることもなく、落ち着いて見ることが出来た。

 相変わらず、見てる最中会話はないが凄い楽しめた。メッセであれだけ言っていたあっていい作品だった。見れてよかった。

 

「うん……凄くよかった」

 

 更識さんも満足げで安心した。

 しかし、更識さんオススメのこの作品。意外だった。

 

「意外……? もしかして、本当はつまらなかった……?」

 

 そういうことではなく、更識さんがこれをすすめてくれたたのが意外ということ。

 今見終えたこの作品はシリーズ第十一作目に当たる特撮ライダー作品。それの外伝作品。

 劇場版の前日譚が物語のメインとなっており、そこに登場した敵役のライダーを主役としたもの。

 この話でも作中では悪役らしく悪逆の限りを尽くすが、自分の信念を貫き、守りたいものの為に戦う所謂ダークヒーロー。

 更識さんが好きな正統派ヒーローとは真逆だ。こう言っては何だがこの手のヒーローは正直、好きじゃないだろうと思ってた。

 

「それは……まあ、ね……」

 

 少し苦笑いしながらも更識さんは否定しない。

 

「今でも正統派ヒーローが好きだけど……正直なところね、昔はダークヒーローなんて大嫌いだった。何で悪いことしてるのに正義のヒーローより人気があることが多いんだろうってずっと不思議で仕方なかった」

 

 その気持ちは分からなくもない。

 主役である正統派ヒーローよりも脇役や敵役のダークヒーローの方が人気なんてことはままある。

 悪いことをしているのに人気が出るってのはよくよく考えれば不思議な話だ。

 それは一重に社会常識にとらわれず、心のまま、自由に生きている姿に憧れたり、共感したりするからなんだろう。

 

「そういうものなんだろうね……でも、前までの私はヒーローはこうでなくちゃいけない。ヒーローとはこういうものっていう固定概念みたいなものに縛られてダークヒーローを受け入れられなかった。……ううん、ダークヒーローだけじゃない。私はたくさんのことをずっとこれはこうじゃないといけない。これはこうなんだって自分で勝手に決め付けて一つの考えや思いにたくさん囚われ続けてた」

 

 真剣な眼差しを浮かべながら更識さんは打ち明けてくれる。

 言われてみると、更識さんにはそういう傾向が多少なりとあるような気がする。

 誰かの手を借りることなく自分一人でISを完成させようとしているところとか特に。

 

「でも、貴方と出会っていろいろなことを話して、知って……友達になれて……考え方は一つじゃない。そういう考え方や思い方があるんだってたくさんのことを知ることが、気づくことが出来た。おかげで気持ちが楽になったからなのか少し、ほんの少しは今まで向き合えなかったものと向きあえるようになれた」

 

 そう言う更識さんの表情は、とても穏やかだ。

 言ってくれることが真実そうなんだとよく分かる。

 

「今日のこれ、本当は今まで流し見しかしたことなくて……ちゃんと見るのは今日が初めてに等しいけど……ダークヒーローも案外悪くない。こういうヒーローもありだなって今なら思える」

 

 今まで受け入れられなかったものが受け入れられるようになる。

 心境の変化が起きたということはとても喜ばしいこと。今更識さんの話を聞いて、更識さんがそう思えるようになれてよかったと心から思う。 

 

「こんな風に思えるようになれたのも……ヒーローに憧れ続けるんじゃなくて、自分からヒーローになろうと思えるようになれたのも全部貴方のおかげ。感謝してもきれてない。いつも助けられてばかり」

 

 何だか大げさだ。

 いつも助けられてばかりなのは俺の方なのに。

 

「大げさなんかじゃない。本当に感謝してるの。もし、出会ったのが貴方じゃなくて別の誰かなら……こんな風にいられない。弱さも小ささも込みで自分なんだと受け入れて偽り続けて……ああなりたい、こうでなりたいといつまでも追い続ける」

 

 やっぱり、大げさだと思ってしまう。

 俺が更識さんに出来たことなんて高が知れている。いろいろなことに仕方ないとあきらめ半分で折り合いつけているだけだというのに。

 だけど、それでも更識さんの力になれて、変るきっかけになれているなら本望だ。素直に嬉しい。

 

「他人はもちろん、男の人とこんなに仲良くなれたのは初めて。出会えたのが貴方で本当によかった。やっぱり、貴方は私にとって……」

 

 次に更識さんが何を言うのか大体予想はつく。

 でも、その予想を越えてほしいと瞬間思ってしまい、つい聞き返してしまう。

 

「初めてできた大切な友達」

 

 予想通りの言葉。こう言われると分かっていた。

 不満はない。ないはずなのに……何故だが、友達と言われたことに一抹の寂しさを覚えてしまった。

 我ながら自分にあきれてしまう……俺と更識さんは友達以外言い表しようがないのに。親友とでもいってほしかったんだろうか。

 

「って……これだと確かに大げさだよね。オマケに変なことまで言っちゃってっ……そのっ、あのっ」

 

 更識さんはあわあわとするが、変なんてことは決してない。

 いまだ上手く言葉には出来ないひっかかりのようなものが微かにあるが、大切な友達と言ってもらえるのは嬉しいし、ホッと安心できる。

 柔らかに微笑んで言ってくれているのだから、尚更。

 こんな表情を見せてくれているということは、信頼してくれているからこそ。

 これからも信頼してもらえるように、更識さんの信頼に応えていかなければ。

 少し違う。信頼されているからこそ義務感みたいなのを感じて応えるのではなく、この信頼には応えていきたい。そう強く思う。

 

「……そろそろ時間」

 

 見終わった後、感想……ここがよかったとか、その他何気ない話をしていると自室からの外出禁止時間がすぐそこまでやってきていた。

 今夜は時間が経つのが本当に早い。

 

「何だか……名残惜しいね……」

 

 まったくだ。今夜はそれほどまでに楽しかった。

 ぎくしゃくしていた俺達は何処へ行ったのやら。今ではすっかり仲直りできていた。もう普段通りだ。

 

「でも、作戦会議……結局出来なかった。マズいよね……やっぱり、流石に」

 

 マズいマズくないで言えば、マズいが仕方ないことだ。

 今夜は元々仲直りと鑑賞会の為に使おうと決めていたから、そんな気にしなくてもいいだろう。

 気になるなら、また後でメッセで話し合えばいい。

 

「ん、だね……今日もあっと言う間だったけど、トーナメントまでもあっという間」

 

 片手で数えても余裕で足りるぐらいの日数しかもう残されていない。

 いよいよだ。当日に向けて気持ちが高まっていく。

 やれるだけのことはやった。残りの日も当日に向けて、出来るだけのことはしていく。

 後は当日頑張るのみ。

 

「うんっ……一緒に頑張ろう。貴方とならきっといい結果が出せる……私はそう信じてる」

 

 その時を見据えているのだろうか。遥か彼方を見つめる更識さんの眼差しは力強い。

 なんて綺麗なんだろう。

 

 しかし、ただひたすら前だけを見つめるわけでもなさそうだ。さっき話してくれたように今まで向き合えなかったこれまでと少しずつ向き合えるようになったからこそ、雄々しくもある。

 今、俺はそんな更識さんに凄く魅了されている。心惹かれている。それを確かに今この瞬間、確かに実感を持って自覚した。

 

「じゃあ……部屋、帰るね。今夜は本当にありがとう……凄く楽しかった。部屋に着いたら、またメッセする……えっと……ばいばい」

 

 そう言って更識さんは控えめに手を小さく振りながら部屋を後にするものだから、名残惜しさがこみ上げてくるがぐっと堪え、見送った。

 

 部屋で一人になると、名残惜しさ……と言うより、ふいに心の中に少し寂しさが募る。

 やっぱり、それは更識さんといた一時が本当に楽しかったからだ。

 今日また新しい更識さんを知ることが出来た。更識さんの新しい一面を見ることが出来た。

 魅力的だった。容姿はもちろん。まじめなところ。優しいところ。全部が魅力的だ。光り輝いている。

 もっとそんな更識さんを見ていたい。知りたいと。もっと一緒の時間を過ごしたい。そんなことを思う夜だった。

 


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