【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜   作:シート

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第十八話 更識さんと迎える七月の始まり

 一礼告げ、職員室を後にする。

 そして向かうのは整備室。今日の放課後もいつもと変らない。

 

 思えば、学年別トーナントからもう一週間が過ぎている。

 結果こそは優勝ならず、三位だったがISに関わり始めた頃、更識さんと訓練を始めた頃を思えば、かなりいい結果ではないだろうか。いい試合を何戦もすることが出来た。

 若干の自負も混ざってはいるが、世辞でも見に来ていた倉持の人や政府関係者からは褒めてもらえたことだし、結果には満足している。

 それは更識さんも同じ……そう思うのは俺の勝手な思い込みだろうか。

 更識さんも喜んでいたのは確かだ。結果はどうあれ、練習の成果は出せたのだから。

 だが、一度別れてもう一度会った時から更識さんは暗く落ち込んでいた。

 何かあったんだろう。その何かは大体想像がつく。

 

 一度は元気づけ、少しは元気が出たみたいだが、それでも更識さんは暗く落ち込んだままだった。

 時間が解決してくれ……いや正直、踏み込んで深い話が出来てないのが現状だ。

 今までの失敗と落ち込みようから何処まで踏み込んでいいのか決めかねている。

 しかし、そうは言ってもこういうのは下手に溜め込み続けたままというのもよくない。

 今日、この後ぐらいに今一度俺は更識さんと面と向き向かって話すべきだろう。これとは別に話しておきたいこともあるし。

 

 そんなことを考えながら整備室へと向かって歩いていると着いた。

 

「……」

 

 中に入るとこれまでと変らない見慣れた光景。

 今日も更識さんは投影ディスプレイに向き合い、真剣な顔つきで作業をしている。

 辺りに資料が散乱気味になっているがお構いなしの様子。

 

 向こうはまだこちらには気づいてない。

 集中しているだろうから、驚かせてしまわないよう気をつけながら声をかけてみた。

 

「……あ、ああ……こんにちは……今日は遅いね」

 

 ここに来る前、職員室に寄っていたことを説明した。

 

「もしかして……臨海学校での試験運用のこと……?」

 

 それもある。

 約一週間後の月曜から俺達一年生は二泊三日ほど臨海学校に行く。

 だから、トーナメント一色だったのに七月に入ってからはもうすっかり臨海学校、というより夏一色に様変わり。

 行く目的はよくあるようなのと変らないが、いつもとは違う環境でのISの試験運用やデータ収集。

 一部実技成績優秀生徒と専用機持ちは局地専用装備のテストなどいろいろとある。

  俺も倉持を始めとする日本の装備担当に割り振られていた。その説明も受けていたが、そうではない。

 

「……? そうなんだ……」

 

 もう一つの訳を言おうとする前に一人納得した更識さんは、元の方へ向き直って、再び作業に戻ってしまった。

 どうしよう。言うタイミングを完全に見失った。

 それどころか別の話題から話しかけにくくなった。また更識さんは真剣な顔していて、邪魔してしまいそうで話しかけるのを躊躇う。

 しかし早いうちに話しておかないといけないことだから、様子見つつしばらく頃合を待つか。

 

 しかし俺も普段通り自習をするのだが、案の定頃合なんて来ない。

 当たり前か。更識さんは真剣そのものだ。むしろ、張り詰めた空気すら感じさせられるほど

 だから余計、真剣な顔付きに浮かぶ瞳は不安げに揺れているのが気になった。

 

「あの……」

 

 手を止めた更識さんに声をかけられた。

 どうかしたのか。

 

「それは私の台詞。チラチラ見られると嫌でも分かる……気が散る。何か用でも……?」

 

 それもそうだ。悪いことをした。

 でも、これはチャンス。そう思い俺は更識さんに話した。

 そろそろこの整備室の間借りを終わりにし、出て行こうと考えていることを。

 

「え……」

 

 突然過ぎたのか凄い寂しげな声が聞こえる。

 それどころか更識さんの顔は見る見る青ざめていく。

 

「わっ、私貴方に何か嫌なことでもした……? 嫌なことでもあったっ? 私が何も出来ないから嫌になった?」

 

 矢継ぎ早に言ってくる更識さん。

 勘違いをしているのは見て明らか。ちゃんと理由を説明できてないのだから当たり前だ。

 今日の更識さんは何だか様子が変だから、余計勘違いしてしまったんだろう。

 

 とりあえず、何よりも先に更識さんを宥める。

 悪いことをした。始めのうちに訳を言ってから、出て行こうか考えていることを言えばよかった。

 

「う、ううん……謝らないで。もう大丈夫だから……私の方こそごめんなさい、変なこと口走って……」

 

 仕方ないことだ。

 むしろ、もう大丈夫そうで何より。

 更識さんが少しずつ落ち着きを取り戻すのを見て、話を切り出した。

 

 間借りをやめて出て行く理由は単純に他の部屋が空いたから。

 今まではどの人も学年別トーナメントに向けて自習の為、多くの人が利用していたがトーナメントが終わり、空き部屋が出来るかもしれないと山田先生に教えてもらった。

 今はまだ確認と調整中だが、空き部屋があるのならいつまでも間借りし続ける必要もない。

 だから、出て行こうと考えているのだ。

 ちなみに先ほど職員室に行きこの話をしていた。臨海学校のことよりもこっちの方が本命。

 

「そう……だったんだ……」

 

 力が抜けたように更識さんは椅子に深く腰をかける。

 何処か安堵の表情を浮かべているから一応は納得してくれたようだ。

 間借り自体元々、他の部屋が空くまでの約束。空くのなら出て行くのが筋ってものだ。

 

「そうだったね……うん」

 

 頷くと更識さんは俯き何かを考え始めた。

 まだ何か。

 

「……あの、ね。それって……まだ決まったわけでもないんだよね……?」

 

 今のところはまだ。

 近日中に空きが出来ることを教えてもらっただけ。

 使用許可の申請を出したりするのはこれから。

 

「じゃあ、その……何て言えばいいんだろう……あっ! そうっ、提案。提案なんだけど」

 

 しどろもどろのした後、更識さんは思いついたようにそう言ってきた。

 提案。どんなのかと俺は聞き返す。

 

「これからもこのままこの整備室、一緒に使い続けない?」

 

 突拍子のないことに驚いて俺は大きな声で聞き返して驚いてしまった。

 すると、その声に更識さんも驚いてビクッと体を震わせていた。

 

「ビ、ビックリした。そんな驚くようなことじゃないでしょ」

 

 驚かせたのは悪いが、これは驚いても無理ないのではないだろうか。

 まさかこんなこと言われるとは思ってもいなかった。

 更識さんからそう言ってくれるということは心を許してくれているということだろうから出会った頃を思えば、素直に嬉しい。

 しかし、何でまた。

 

「何でって……決まってる。 貴方と……一緒にいたい」

 

 言葉だけ聞けば、勘違いしてしまいそうだ。

 だが、そんな甘いものではなく何処か切羽詰った感じがあった。

 証拠に声と表情は切実そのものだった。

 

 そう言われると、ここに残りたくはなる。

 

「! だったら……!」

 

 更識さんの顔がパッと明るくなったが、そうもいかないだろう。

 元々の約束のことはもちろん。

 噂のことがずっと胸に引っかかっている。更識さんと俺が付き合ってるんじゃないかという噂が。

 

「そんなこと気にしてたんだ」

 

 気にもするだろう。

 始めは一夏達から聞かされた噂だったが、1年生の間で結構な人がその噂を知っているようだ。

 実際、何度かそれっぽいひそひそ話をされているのを見かけた。

 

 事実そんなことはないのだが、根も葉もないというわけでもない。

 一夏みたいにオープンにしておらず、こうして整備室に男女が二人一緒にいればそんな噂も立てたくなるだろう。

 トーナメントや食事の時、人の前で一緒にいるところを見られる機会が増えてきたわけだし尚更。

 気にしすぎだろうが、俺は兎も角、更識さんは代表候補生、注意しないわけにもいかない。

 だからこそ、間借りを終えようと考えている。

 そうすれば、自然と噂も消えていくことだろうし。

 

「それはそうだけど……私は気にしない……大丈夫だから」

 

 必死な様相。更識さんはやけに食らいついてくる。

 

「お願い……私を、一人にしないで」

 

 唇を引き結び、更識さんは悲痛の表情を浮かべて言った。

 そんな顔でそう言われれば、折れるしかなかった。

 分かった。これからも間借りを続けさせてもらおう。

 

「ありがとう。……それから本当……ごめんなさい。貴方の優しさにつけ込んで」

 

 構わない。別に。

 出て行ったほうがいいというだけで、俺自身出て行きたいわけではない。

 こうして更識さんとここで過す時間は学園生活で一番好きだから。

 

 ただ今まで以上に気持ち、覚悟はいるだろう。

 噂は消えなくなっただろうし、空いた代わりの部屋があるのにいつまでも同じ部屋にいるのは噂に自ら拍車をかけにいっているようなもの。噂が悪化するかもしれない。

 だからってどうこうなるわけでもないが、担任副担任の織斑先生と山田先生には適当な説明しなくては。

 

「うん……そう、だね……うん」

 

 これで一応、話は済んだ。

 けれど、更識さんの落ち込み具合はますます酷くなる。

 おそらくはさっきの間借りだけでなくあれこれ気に病んでいるのだろう。

 前から更識さんは暗くなりがちなところがあるが、今日ほどではなかった。

 何かあったんだろう。やはり、トーナメントの時に。

 

「……」

 

 否定すらしない。黙ったまま。

 それはある意味無言の肯定に思えた。

 更識さんさえよければ、何があったのか話聞きたい。

 

「え……いや……でも、本当つまらないことだし……話し出したら話し出したらで長くなる……」

 

 たっぷりとまではいかないが、時間ならある。

 ありがた迷惑だろうが、このまま見過ごすことも出来ない。したくない。

 何より、今更識さんが何を思ってそうなっているのか知りたい。

 

「……」

 

 一瞬更識さんは迷った様子で伏せ目がちに視線を泳がした。

 そして束の間の沈黙を経て更識さんは話し始めた。

 

「トーナメント終った後、私達一旦別れたでしょ……あの時、見に来ていた政府関係者。私の担当になっている人と会ったの。その時、やっぱり弐式のこと突かれて、あれこれ言われた」

 

 そんなことが。

 突かれたと言っている辺り、いい感じではなかったんだろう。

 それなりの嫌なことを言われた様子だ。

 

「……うん……いつか話したことあると思うけど、私の姉は一人の専用機を完成させた凄い人なの。その姉のようなISを作ることを期待してるって……」

 

 表情に暗い影を落とす更識さんに俺はそうだったんだと言いながら頷くのがせめてものことだった。

 

 それは言われたくない重く苦しい言葉だ。

 悪気があれば一番最悪だが、悪気がなくてもそんなこと言われたら堪ったものでない。

 更識さんにとってお姉さんは目標であり、憧れの人なのだろう。一夏が俺にとってそうなように。

 だとしても他人からそうした出来る人と比べられてはただ辛いだけでしかない。 

 凄い人、出来る人は当たり前に凄いことをできてしまうなのだから。

 

 そして、そんな風にすごい事を出来てない今の自分を突きつけられる。

 現状そこそこの結果に納得していても満足している自分が急に小さく、情けなく思えるほど。

 似たような経験、俺にもある。

 

「そう、なの……?」

 

 驚いた顔をする更識さんに俺は頷いて答える。

 

 三位という結果は確かに倉持や政府関係者の人達に賞賛された。

 だが同時にもう一人の男である一夏と比較されもした。

 

『その調子でこれからも頑張って。織斑君のような頑張り期待してるよ』

 

 と。

 比較対象なんてこの学園、同じ様に男でありながらISを使える奴なんて一夏ぐらいしかいないから無理もない。

 それに言った人もただ応援のつもりで言ってくれたのは分かっている。

 そもそもこれぐらいで比較されたなんて思うことすらおかしいのかもしれないけど、それでも言われた時正直、嫌な気分だった。

 言われなくても分かってる。一夏のように頑張りたいさ。一夏のように凄い男になりたい。

 けれど、それは生半可な覚悟ではできない。というか、そんな期待されてもってところだ。

 なまじ今回の一夏も凄かったから余計。今回の騒動を治め、トーナントでも凄い結果を残した。一夏のように頑張ろうとしても、おいそれと出来ることではない。

 

 一夏の背中は偉大で大きく、そして遠い。

 一夏を見てると自分はまだまだだと強く痛感する。

 三位という結果には納得も満足もしているが、それでも一夏を思えば、この程度で喜んでいて満足していてどうするとさえつい思ってしまう。

 

 だから更識さんには強く共感することが出来る。

 もっとも共感されたところで更識さんにしてみれば、どうしようもないことかもしれないが。

 

「そんなことはない。だけど、そう……そんなことがあったんだね」

 

 更識さんは俯いてまた何かを考えているのだろう。

 

 俺でこう思うのだから、更識さんは余計になのかもしれない。

 何といえばいいのかは変らないが、更識さんにとってはお姉さんは憧れであり目標でもあるが、ある種コンプレックスにもなってるのではないのだろうか。

 そうした人を引き合いに出される辛さや苦しさは想像に難くない。

 話を聞いて、最近ずっと暗く落ち込んでいた理由もよく分かった。

 

「ねぇ……貴方は」

 

 ぽつりと更識さんは、話し出す。 

 

「貴方は……辛いから、苦しいからと投げ出したくなったり、逃げ出したくなったりしないの?」

 

 それはもちろん普通にする。

 そうできたら一番楽だ。しかし、だからと言って簡単に出来るものでもない。

 立場とか環境とか様々なことがあって絡み付いてくるのが常。

 

「だよね……」

 

 それにそうしてしまうのは今までやってきたのを自分で台無しにしてしまうようで気が引ける。

 だからこそ、まだだと投げ出せないもの逃げ出せないものにしがみついて足掻いてしまう。

 

「でも、それってかっこ悪くない……?」

 

 確かに傍から見ればかっこ悪い。無様そのものだろう。しかし、どれだけ無様であろうとも、足掻く間に生まれる経験や意味は決してただ無駄では終らない。自分も気づかないようなところで必ず生きる。

 それに極論、成し遂げてしまえばいい。その時、かっこ悪くても無様でも成し遂げた奴が一番かっこいいのだから。

 無茶苦茶言っているのは自覚済みだ。それでも、前言ったように歩みが遅くても、時には休みながら、様々なことに目をむけ、考えながら確実に前へ前へと進んでいくのもありだろう。

 

「そう。本当……貴方は不思議な人だね……」

 

 飽きれた様に。けれど、優しく更識さんは微笑を浮かべた。

 そういう更識さんはどうなんだろう。

 ああいうことを言われ、お姉さんと比べられ、投げ出したくなったり逃げ出したりしたくなったのだろうか。

 

「そう思うけど……でも、今更投げ出したり逃げ出したりは出来ない。私は必ず成し遂げる。それでも、このままやっていけるか不安で」

 

 更識さんはまだまだ不安は尽きない顔をしているが、案外やっていけるんじゃないか。

 短絡的発想ではあるが、更識さんには投げ出さない、逃げ出さない、必ず成し遂げるという強い思いが確かにある。

 人はそういう思いが原動力になるからこそ、何かをすることが出来る。

 とは言え、思いさえあれば何でも出来るわけないのは当たり前で。そうした思いはあくまでもきっかけにしかすぎないが、そうした思いがなければ、環境や能力があっても何も進まない。

 だから、そうした思いがある限りはきっと。

 

「そっか……うんっ。そう言ってくれる人がいるならまだまだやっていけそう……ありがとう」

 

 お礼なんてとんでもない。

 相変わらず変なことしか言えないから、そうお礼を言われると照れくささで恐縮するばかりだ。

 まあ、それでも更識さんの為になったようで何よりだ。

 今ではもうすっかり晴れ晴れとした表情を更識さんはしている。よかった。そう安堵した。

 

「迷惑……じゃなければ、また話とか聞いてくれる……? つまらない話ばかりになるとは思うんだけど」

 

 こちらもまた何かあったら話してほしいと思っていたところ。

 話ぐらいいくらでも聞く。話してくれないと知ることもできないことは沢山ある。

 俺はもっと更識さんのことを知りたい。更識さんと共に時間を過したい。

 そして少しでも更識さんの力にでもなれたらと、ついつい思ってしまうのだった。

 


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