【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
七月。季節は夏。
IS学園でも夏と言えば海というのは例外ではなく、一年生の俺達はバスを使って遠くの海、臨海学校に来ていた。
雲ひとつない晴れやかな青空と天候にも恵まれ、初日の今日は一日自由時間なので皆わくわくうきうきとしている。
だというのに。
「ついてないな、お前。バスで酔うなんて」
布団に寝転がる俺を一夏は見下ろして呆れた様にそう言うが、まったくだと返すしかない。
バス酔いなんて一体いつ以来だろうか。幸い吐くほどではないが、それでもまだ頭はくらくらとして気持ち悪い。
「もうしばらく安静しておけ。初日から無理して次の日まで響いたら元も子もない」
そう心配してくれたのは織斑先生。
今一夏と織斑先生と三人で今回泊まる旅館の一室にいる。
ちなみに一夏と先生と俺は同じ部屋だ。理由は普通の部屋だと女子が押し寄せて騒ぎになるからとのこと。
容易にその光景が想像つくし、ありがたい。これなら安心だ。もっとも姉弟水入らずを邪魔しているようで気が引けるが気にしても仕方ない。
というより、今グロッキー状態で一夏よりも早く織斑先生に迷惑かけているのだから申し訳ないばかり。
「何、気にするな。まあ、一夏の傍にお前がいないというのは何をしでかすか心底不安だが……」
「ちょっ、それ酷くね!?」
からかう織斑先生につっこむ一夏。
こうしていると仲のいい姉弟だな。
休みながらぼんやりしていると部屋がノックされた。
「山田です。言われていたもの持ってきました」
「ああ、ありがとう。今開ける」
織斑先生が部屋の戸を開け、山田先生を出迎える。
すると中に入ってきた山田先生は小さな鍋みたいなものが乗ったお盆を持っていた。
それは一体。
「あ、これですか? お粥です。旅館の方に貴方の体調のことを伝えたら作ってもらいました。お昼はやっぱり食べないといけませんけど、旅館のお昼だと万が一また気分が悪くなったらいけませんし」
凄い助かる。
旅館にも悪いことをした。後で旅館の人にお礼と謝罪しなければ。
山田先生にも感謝だ。
「い、いえっ。教師として当然です!」
嬉しそうにしながら山田先生は胸を張る。
凄いドヤ顔。
「食べたら食器は食堂の方にな。さて、一夏はもう自由にしていいぞ。存分に楽しむといいが、一日自由だからと言ってハメを外すなよ? タダでさえこいつはいないんだからな」
「俺どんだけ信用ないんだよ。分かってるよ。というかお前、それ食ったら海来いよ! 皆と待ってるからな!」
このまま具合悪い方がいいかもしれない。
皆海行くって言ってたな。それないしそれがこの臨海学校一番の楽しみ。
しかし、クラスの子達は水着云々言ってた……あんまり行く気しない。
無論、女子の水着が見たくないとかそういうのではなく、目のやり場と居づらさを考えると……うん。
「海でそんなん気にしたら負けだろ。来いって、お前がいねぇと寂しいじゃんか。海楽しめねぇよ」
しゅんとした顔で言うのやめろ。いろいろ怖い。
「あっ、千冬姉……じゃねぇ、織斑先生と山田先生も来てくださいよ!」
「えぇっ!? 私もですか!?」
「私達教師陣は明日の打ち合わせなどいろいろ仕事があるからすぐ行ってずっと居られないが、まあどこぞの弟が水着を用意してくれたんだ。監視もかねて泳ぎに行くぐらいはするさ。ちなみに山田先生の水着は凄いぞ」
「ちょっと~織斑先生ぇ~」
「そうですか」
変なこと言われて泣きつく山田先生。ニヒルな笑みを浮かべる織斑先生。そして、ぶっきらぼうに納得する一夏。三者三様だ。
隠しているつもりみたいだが一夏は赤くなってる。何を想像したりやら。
・
・
・
一夏達が部屋から出て行った後、一人なってお粥を食べた。
旅館の人が作ってくれた。いつもと違う場所で食べたからなのか凄く美味しいお粥だった。
その感想とお礼を伝えてきた。何だかお粥一つで喜びすぎたのか逆に感謝されてしまった。
今から夕食が楽しみだ。
気分はもうよくなった。気持ち悪さはもうない。体調は良好。
となれば、一夏達の待つ海に行くべきなんだろうが……相変わらず、行く気にはなれない。犠牲は一夏一人で充分だ。
まだ少し気分が悪いということで旅館でゆっくりしてたいが、じっとしているのにも飽きてしまった。どうしたものかと考えながら旅館内を散策中。
そう言えば、この先にある海が一望できる談話室がオススメだと先ほど旅館の人に聞いた。そこへ行こう。
部屋に居ても暇だし、外にはまだ出たくない。なら、そこでゆっくりするのがよさそうだ。
談話室に着くと見慣れた人影が見えた。
更識さんだ。彼女はこの旅館に来た時と変らず制服姿のまま窓際にある椅子に腰掛け、ぼんやりと海を眺めている。
まだこちらには気づいておらず、黙っているのも何なので挨拶してみた。
「あ……こんにちは」
こちらに気づいてくれ、更識さんは挨拶を返してくれる。
「そうだ……酔ったって聞いたけど、もう大丈夫なの……?」
違うクラスの更識さんまで知ってるのか。
おそらく布仏さんから聞いたか、噂にでもなってしまったかで知っているのだろう。
バス酔いしたなんて更識さんに知られているのは子供っぽくて恥ずかしい。
もう大丈夫だからこうしてここにいる。
「ん、そう……よかった。そこ空いてるから座ったら」
言われて、更識さんの前の方にある椅子に俺は腰を下ろす。
しかし、更識さんはどうしてこんなところに。
てっきり、布仏さんと一緒にもう海に行っているものばかりだと思った。実際、一緒に行くと布仏さんが言っていたのを覚えている。
「誘われたけどしんどいって言って断った。私が他の人達みたいに太陽の下、海で遊んでるの想像できないでしょう……?」
確かに想像つかないな。
「即答……まあ、いいけど。それに……私がいると本音は私のことばっかり気にして楽しめないだろうし、周りも気を使うから」
そう言った更識さんには一瞬暗い影が立ち込めそうになったがすぐに引っ込んだ。
「あなたこそこんなところで油売っていていいの? もう体調よくなったのなら織斑さん達のところに行ったほうがいいんじゃ……待っているだろうし」
待ってるだろが、行く気がまったくしない。
水着着た女子達がいるところになんてとても行けたものではないから。
女子の水着が嫌いだとか見たくないとかではなく、やはり単純に居づらい。それにそんな反応してたらしてたらしてたでほぼ確実にからかってくるだろうことは間違いないだろう。
犠牲は一夏一人でいい。
「犠牲って……薄情ね」
何とでも。
後まあは更識さんを真似るわけではないが、俺がいると一夏は俺ばかり気にして一緒にいようとする。
そのことはそこまで悪気はしないがそれだと一夏目当ての人達。特にあの五人は不満爆発だろうし、そんな中には余計いたくない。
だから、出来る限りここでゆっくりしてたい。
「私もそう……似た者同士だね、私達」
だなと俺は頷いてみせた。
「……あの、ね」
ぽつりと更識さんが言う。
「一つ確認だけど……女子の水着見たくないとか興味はないわけじゃないんだよね……?」
なんて恐ろしい確認だ。
何とか凄く曖昧な頷きで返事するので精一杯だ。
見たくない訳でもない。興味も歳相応と言えばいいのか、人並みにある。けれど、進んで見に行くのも変な感じというだけ。
「じゃあ……私の水着なんてのは、どう……?」
どうってどういう。
「見たい……?」
聞かれて戸惑うとかそういうのよりも早く更識さんの水着姿が思い浮かんだ。
赤いハイビスカスがあしらわれた赤い色のドレスチックな水着。
そんなのが更識さんには似合う。それでなくても見たい。それはもう物凄く。
「えぇっ!?」
何故聞いた更識さんのほうが驚いてるんだ。
逆だろ、普通。
「いやだって即答。そんなはっきり言われるなんて思ってもみなかったから」
そう言われるとそうか。
こういうのは変に誤魔化すよりもはっきり言った方がいいかと思って言ったけども、これはいくらなんでもはっきりすぎた。
少しばかり心配になったが。
「でも、そっか……あなたは見たいんだ。ふふっ」
何だか更識さんは頬を赤らめ照れた様子ながらも嬉しそうにしてくれているので杞憂のようだ。
「見たくないって言われなかったのはよかったけど……何だか恥ずかしい」
言った俺も釣られるように何だか照れくさくなってきた。
「あっはは……」
照れを誤魔化すように二人してぎこちない笑みを浮かべる。
何だろう。照れくささ以上に何だかドキドキ、そわそわして落ち着かない。
更識さんにもそれが伝わって移ってしまったのだろう。
「……っ」
二人して照れ合いながら俯き視線をそらす。
黙りあって照れあう二人が産んだ何とも奇妙な空間がそこにはあった。
「あっ、そ、そう言えば……!」
この奇妙な空気に堪り兼ねて更識さんは話題を振ってくれる。
「デュノアさん。彼女も海の方に行ってるんだよね……?」
一夏が行ってるんだ。行かないわけがない。
というか更識さんはデュノアことを彼ではなく彼女と言った。
そういうことか。
「分かる……?」
まあと頷く。
更識さんが言いたいこと。それはデュノアがやはり、女子だったということだ。
男子だった時から女子だろうと更識さんと予想していたが的中してしまった。嬉しくないどころか、不安しかない。
トーナメントの仕切り直しが終った次の日、女子として改めて転校しきて、デュノアには特にお咎めなんてものはなかった様子だから尚更。
よくある大人の事情という奴がきっと絡んでいるのだろう。いろいろ怖い。
一応、デュノアからは性別を偽っていたことを謝罪されたが……。
「謝られてもって感じだよね……」
まあ、そうだな。
俺は疑っていたこともあって、特に何かあるわけじゃなかった。
それとやはり、デュノアのことを一夏は知っていた。男子が減ってショック受けていたが。
「あー……」
更識さんも、何とも言えなさそうな声を上げる。
「で、案の定だよね……」
苦笑いするしかないといった感じの更識さん。
本当に案の丈だ。
デュノアも一夏に惚れている。あの三人が一夏に向ける感じとまったく一緒なのがまた何とも。
朝から晩まで四六時中一緒に生活して、部屋まで一緒。秘密を共有して、相手が一夏。惚れてもおかしくはないだろう。
案の定と言えば、ボーデヴィッヒもそうだ。彼女もまた一夏に惚れている。
最初の険悪な雰囲気が嘘のよう。一夏曰くトーナメントでわだかまりが解けたらしいが、別人みたいだ。
おかげで一夏の周りの賑やかさは修羅場のよう。実際、修羅場過ぎてデュノアが女子だったということがクラス全員にバレた時。
それのことを聞きつけて二組の凰がやってきて、更にボーデヴィッヒから一夏に送られたキスと共に言われた嫁宣言で事態は最悪の一途。
結果、謎のキレ方をした凰達四人による一夏への暴力で教室の扉と廊下が見るも無残な形になった。
悪いが正直、アレは絶句した。
「うん……凄い音だったもんね……私のクラスまで響いてた」
更識さんまで遠い目をしている。
思い出したらますます一夏達のところに行きたくなくなった。
織斑先生方にこってり絞られたからもう同じことはないと思うがそれでもだ。
話が一旦尽きて会話も特になく更識さんと俺はぼんやりと窓の外を眺める。
外の天気は相変わらずいい。
海、夏。夏と言えば、そろそろ毎年夏にやる特撮ライダーの映画の時期。この間、それについてメッセで話していたのを思い出した。
「もうちょっとで公開だね……あっという間」
今年は映画館に見に行きたいとか行っていたような。
「何か使うわけじゃないけどその……劇場特典が欲しい。それに今まで勉強にお稽古に訓練ばかりで映画館一度も行ったことないから行ってみたい」
なるほど、そういう。
学園の近くでなら本土にあるレゾナンスになるだろう。
あそこなら映画館もあり、学園からも行きやすい。
「だね……まあ、とは言っても今年は夏休みのうちにひとまず模擬戦と実技授業に弐式を出せるようにするつもりだから、そんな余裕なさそうだけど……」
聞いてるだけで更識さんの夏休みは何だか忙しそう。
ということは夏休み、帰省したりはしないんだろうか。
IS学園の夏休みは七月の終わりから八月いっぱいまで約一ヶ月あり、多国籍の生徒が多い為か帰省する生徒がほとんどだという。
中には人が少なくなる夏を利用して勉強や実技訓練に励む生徒もいるにはいるらしい。
「私は帰省しない。家にはもう伝えてある。というよりも、弐式を完成させるまでとてもじゃないけど家になんて帰れない……」
それは単に作業に集中したいからというだけではなさそうだ。
やはり、折りいった事情があるんだろう。
「そういうあなたは夏休みどうするの……?」
俺も帰らない。親には既に伝えてある。
帰ったところでやることがなければ、俺が入学してからは政府の人達のおかげで両親の生活は今まで通りに戻ったらしいから、今更帰っても何だかなといったところ。もう迷惑はかけたくない。
それに学園に残っていた方が設備が充実してやりたいこと。実技訓練とか基礎体力トレーニングとかいろいろ捗る。
ありきりだが夏休みの間に周りとの差を埋めて、差をつけられるようにしたい。
「そう……」
更識さんは何処か嬉しそうに頷いていた。
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この談話室に来て、三十分ほど経った気がする。
相変わらず更識さんと俺は特に何かするわけでもなく外の景色を眺めながらまったりしている。
会話は少ない。たまに何気ない話をする程度。
これじゃあ普段、整備室で一緒に過ごす時と何ら変らない。
「折角、海来てるのにね……でもまあ、いつも通りが私は好き」
それもそうだ。
普段通りが一番。
どこであっても、何を話すわけでなくとも更識さんと一緒にいるだけで楽しいのは変らない。
「……ねぇ。じゃあ、暇ついでに意見聞きたいことあるんだけど……いい?」
何だろう。
よく話す何気ないことについてかと一瞬思ったがそうではないようだ。
更識さんの表情は真剣そのもの。身なりを正してまず聞く姿勢に入る。
「聞きたいことは専用機開発について。そういえば、まだどうして専用機を自分で開発しなきゃならないのかって言った事なかったよね……」
思えば、直接更識さんの口から聞いたことはなった。
でもまあ、今まで聞いた話から大体想像はつく。
優秀なお姉さんのようになりたい。背中に追いつきたい。といったところか。
「大体そんな感じ。私の家は古くから続くちょっと特殊な家でね。常に能力の高い人間を求められてきた。だから優秀な姉のようにと期待されることが多くて、常に比べられてきた。でも、私は姉のように有能でなければ、何か才能があるわけでもない。けど、そんな私でも姉と同じように専用機を一人で完成することができれば……って」
そんな思いが。
「で、話戻すけど……あなたと出会って、いろいろと考えるようになって最近疑問に思い始めた。このままISを一人で完成させることなんて出来るのか。そもそもISを完成させたところで、私は姉の背中に追いつく……姉を越えることなんて出来るのか」
更識さんの言葉は続く。
「それについてあなたには傍から見てどう思うか……意見、聞かせて欲しい。遠慮はいらない……はっきり言って」
また難しいことを聞かれてしまった。
ISの完成については正直俺には何とも言えない。そんな知識もなければ力もない。
となると、完成させても越えられるかどうかについてだが。
はっきり言えと言われても戸惑う。目の前の更識さんは一見覚悟を決めた様子だが、怯えているのを見ると余計に。
けれど、ここまで打ち明けたことやはっきり言ってほしいと言ってくれたのは一重に俺を信頼してのことだろうことはよく分かる。
なら、話を聞いて思った意見をはっきり更識さんに伝えるべきだ。
正直、ISを完成させたところでお姉さんの背中に追いつける。越えることは無理ではないかと思った。
「……」
言われたとおり、はっきり言ってみたが更識さんの反応を見るのが怖い。
これは彼女の頑張りの否定だ。更識さんは追いつこうと、越えようと頑張っているのだから。
「……そう、だよね……うん、そうだ。考え甘いよね、私」
言葉では落ち込んでいる風だが更識さんは納得した顔をしていて、肩の力が抜けたようだった。
てっきり、もっと落ち込むばかりだと思っていた。
「いや、はっきり言えって言ったのは私だし覚悟もしてた。それに……実は自分でもやっぱり無理だって思ってた。ごめんなさい、無理言わせてしまって。ありがとう……助かった」
しまいには謝られて感謝までされてしまった。
何だか拍子抜けだ。
「ちなみに……どうして無理だって言ったのか……理由とかある……?」
それは単純に凄い人と同じことをやっても、その人が霞むよう結果を残せなければ、後追いにしかならないのからだ。
勿論、評価はあるだろう。だが、その評価は凄い人と比較しての評価。あの人みたいに凄いね、あの人と比べて……という評価で更識さんが嫌う比較からは抜け出せない。
何より、俺も見落としがちだが凄い人はただ一つのことをだけを成し遂げて凄い訳ではない。
更識さんのお姉さんで言えば、ISを完成させたから凄いのでなく。他にも沢山すごい事を成し遂げているだろうということ。
凄い人の背中に追いつこう。追い越そうとするのなら、同じことをやっていても敵わない。
そう思うから、俺は更識さんの話を聞いて無理だと言った。
「そう……うん、そうかもしれない。いつまでも後ろにいるのは変らないよね、これじゃあ。……でも、だからといってどうすればいいの? やっぱり、私には出来ない。ISを完成させることも……お姉ちゃんを越え変ることも……いっそ全部あきらめた方が……」
更識さんは落ち込み暗い影を落とす。
本当にもう諦めたいのなら諦めればいいとは思うが、更識さんはそうではないだろう。
諦められないはずだ。お姉さんの背中に追いついて、追い越すことが今の更識さんにとってのアイデンティティーなのだから。
「それはそうだけど……」
というより、ISの完成は諦めるべきではないと思う。やっぱり、どうしても立場や責任とかいろいろなものがあるから投げ出してしまえば、投げ出した後にも続くそれ以外の生活にまで響いてきかねない。
先は明るい方がいい。
なら、どうすればいいのか。
そうだな。それを考えなければ。俺も一緒になってだ。
求められたから言ったとはいえ、ここまでの意見。言うだけ言って代替案を言わないのはあまりにも酷い。
ここはやはり、お姉さんの背中に追いつく、追い越す為の手段を他にも用意する。別の手段に切り替えるのがいい気がする。
ISの完成だけでそうできればそれに越したことはないが、正直現状では難しい。さっきのことは勿論。詳しく知らないが更識さんを見るに開発の進捗は芳しくないよう様子。
更識さんがISの完成だけでということに拘っているのなら、話は終るけども。
「前の私なら兎も角、流石に今ではそれだけしか考えられないってわけじゃないから……他があるのなら他もアリかなって。でも、それってどういう……?」
ISの完成をAパターンの1として、1で挑んでダメだったら次にAパターンの2で成し遂げ。
ISの完成を前準備の一つとしてお姉さんに挑む方向性そのものを変えて、新たにBパターンで挑戦するというもの。
「方法は一つじゃない、ってこと……聞いてばっかりになって悪いだけど、具体的な考えは……?」
返答に困った。
まだそこまでは考え付いてない。
代替案を用意するにしても今と同じことならダメだ……もっと別のことを。考えを巡らせる。何がいいか……。
更識さんのお姉さんはISを一人で完成させた凄い人。二年生のうちから学園の生徒会長をやっている。後は、国家代表。
そう言えば、更識さんのお姉さんは学園で唯一の国家代表。候補ではなく正式な代表選手。国はロシアとかいっていた。
後、前回のモンドグロッソっていつで、次はいつだったか。
「えっと……今から前回は二年前、かな……次は再来年。私達が三年生卒業する頃……」
大会とかでの優勝経験はあるんだろうか。
「射撃部門とかそういうのならあるって聞いたことある。でも、モンドグロッソみたいな大きな大会の優勝経験はないはずだけど……も、もしかして何か思いついた……?」
顔に出ていたんだろう期待するように更識さんは聞いてくる。
代替案は思いついた。
まず一つ目はISを完成させ、お姉さんと試合して勝つこと。
二つ目が正式な国家代表となり、第三回目モンドグロッソに出場し優勝すること。
それがたった今思いついた代替案なのだが、どうだろうか。
「は……?」
返って来たのは何言ってるんだこいつはと言わんばかりの短い返事だった。
言われるだろうとは思った。
言葉にしたらあまりにも簡単で、あまりにも険しい代替案なのだから。
一つ目の案は凄く単純。お姉さんに一度でも勝ってしまえばいい。
勝つことで分かりやすく越えられるだろうし、気持ちを切り替えるいい機会になるはずだ。
二つ目の案も単純。お姉さんよりも凄い結果を残せばいい。
更識さんは代表候補で専用機資格のあるもっとも国家代表に近い筆頭候補。
だったらお姉さんと同じ代表候補になり、モンドグロッソという同じ土俵に立ち、優勝という結果を残す。
一般知識ではあるがモンドグロッソは国の技術力、威信をかけた旧オリンピック以上の栄誉ある祭典。優勝できれば、ブリュンヒルデという唯一無二の称号を送られ賞賛される。
そうすれば、名実共にお姉さんを越すことになる。そして誰も更識さんをお姉さんと比較して評価はしないだろう。比較できるものではないのだから。
「ま、待って……! そんなの無理っ。私がモンドグロッソ出て、しかも優勝するなんて……案は聞いたけどふ、ざけてるよっ」
言われた更識さんにしたらそう思ってしまうものなのかもしれないが、俺は真面目に考えた上で提案している。
変らずISの完成で成し遂げられればそれに越したことはない。だが、こういった次の案、代替案を用意するのもありではなかろうか。
正直、更識さんは見てるとお姉さんの背中に追いつき、追い越せてしまえばそれで満足して燃えつきそうな感じがする。
「……っ。それは……ある、かも。ううん、確実にそうだ」
満足して燃え尽きるのはそれはそれで結果の一つとしてアリだろう。しかし、遂げても選手としての人生は続いていく。
燃え尽きた後は落ちていくばかりだと聞いたことがある。
だったら、成し遂げた後の目標。成し遂げるついでに選手としてのゴールとして、国家代表になり、モンドグロッソに出場し、高成績ないし優勝を目標にするのもアリだ。
無論、更識さんが嫌ならやるべきではない。嫌々やるようなものでもない。
けれどISを完成させ成し遂げ一つの目標を達成した後、目標を見失い燃え尽きていくよりかは、次の目標に進んでいく。そういうのもきっといいはずだ。
目標はあくまでも目標。絶対にやらなければならい使命でもなければ、お姉さんに追いつく。お姉さんを越えるという目標以外にもう一つ別だったり次の目標があることにこしたことはない。
「……」
更識さんは呆気に取られた様子だった。
無理もない。俺みたいに男にこんなこと言われても驚くばかりだろう。
何か実績でもあれば、言葉に重みが出来るんだろうが今の俺では軽口ばかりで、まるで説得力がない。申し訳なくなってきた。
「そ、そんなことないよ……これだけ考えられるなんて凄い。私じゃ考えようともしなかった。結構驚いたけど……そういう考えもアリだって今なら思える。道は一つじゃない……あなたが言ってくれた言葉。次を見据えながらいろいろと挑戦する」
反芻するように言ってから口を開いた。
「……やってみようかな、私」
言わせたみたいでアレだな。
「あなたって変なところで卑屈。私が言えたことじゃないけど……これは私がそうしたみたいって思ったこと。決め付けないで。お姉ちゃんに追いついたから越したからって大げさかもしれないけど私の人生そこで終るわけじゃない。ずっと続いていく……だったらその後無気力に生きていくよりもずっといい。今まで苦しくても足掻き続けたことを無駄にしたくないから……夏休み、それも含めて頑張ってみる」
そう言う更識さんには暗い影なんてないどころか瞳に強い意志を感じた。
何故だろう。更識さんのその瞳や表情を見てるだけで胸が高鳴る。綺麗だ。自分でもよく惹かれているのが分かる。
「……あの……そんな見られるとど、どうしたらいいか」
少し戸惑う更識さんに謝る。
何はともあれ、更識さんの悩みは解決できたようだ。
「うん。お姉ちゃんと試合するとかそういうのはまだこれから少しずつ考えていきたいけど……これからはまず第一目標、ISを完成させる。そして次は代表選手になって、モンドロッソを目標にやってみる。あっ……」
まだ何かあるのだろうか。
「いや、その……肝心の一人でIS完成させられるかってこと。完成させないと元も子もない」
それは確かにそうだ。
知識がないからザックリとしたことしかいえないが、それは出来るところまで一人でやって。
もうダメだってところは恥を忍んでというのが正しいかは分からないが、大本の倉持を頼るとか。
それ以外なら、先生とかに意見聞くのもいいかもしれない。IS学園は世界最高峰のIS機関。二年からある整備科には機体について詳しい知識を持つ生徒や先生も数人いると聞くから、そういう人達に意見を求めるとかが無難なところではないか。
それぐらいならまだ先生させても一人の力でと言えなくはない。
「それは……そうだね……検討しておく。何から何までごめんなさい。本当頼りっぱなしで全然返していけてないのにこんなこと言うの……ダメなんだろうけど、よかったらまた力貸してくれる……?」
全然構わない。
たった一言でいい。一言、助けてと言ってもれればそれだけて充分。
力は知れている。どこまで力を貸せるかは分からない。
けれど、男は馬鹿で単純な生き物。女の子がその言葉を言ってくれるだけで、どんな奴も無敵のヒーローのような力を持つことができる。
いくらでも強くあろうと出来る。少なくても大切な相手の傍に寄り添うことぐらいは。他ならぬ更識さんなら尚更
「私なら……ねぇ、どうして。あなたはどうしてそこまで私にしてくれるの?」
ふいに問いかけられた。
どうして。どうしてか……それはきっと更識さんのことが――。
「あ~! もう~っ! 二人してこんなところにいた~!」
「っ!?」
心臓が飛び跳ねる。
突然の新しい声に更識さんと一緒になって驚いた。
そして反射的に声がした方を向けば。
「な、何~二人揃って」
布仏さんがいた。
海からここまで直行してきたのだろう。
上着のパーカーを羽織ってはいるが、前が空いていて水着と露出した肌が見えた。
とっさに目を背けた。
「……むっ。……んんっ。本音、どうしてこんなところに……?」
「それはこっちの台詞なんだよ~かんちゃん、その内来るって言ったのに中々来ないから心配して部屋見に行ったらいなくて、どうしてこんなところいるの~!」
「声大きい。その内って言ったでしょ……まだその時ではない」
「屁理屈禁止~!」
何だか布仏さんは凄い立腹のようだ。
と思ってたら、ビシッと布仏さんに指を指される。
「な~に他人事みたいに言ってるの。こんなところでサボっていーけないんだ。おりむーも君が来ないからってご立腹なんだからねー」
知らん。そう言いそうになってしまう。行くなんて言った覚えはない。
それにまだ外に出て遊べるほど気分よくなってないから、ここで療養中。
サボってなんかない。
「君までかんちゃんみたいなこと言って~まったくも~。人が心配してたらこんな所で二人で密会してるなんてやらしー」
「何言ってるの? 大丈夫?」
からかう布仏さんに凄く冷めた目を向ける更識さん。
仲いいな。
「仲良くない。私海なんて行かないから……自由時間ならここで自由に過す権利もある」
「はーい。言い訳はいいですよ、お嬢様。ほら、つべこべ言わず行くの~!」
「ちょ、やめ。見てないであなたっ。た、助けて……!」
静かだったのは最早遠い過去のよう。
一気に騒がしくなってきた。
更識さんと二人で過す時間はもう終わりみたいだ。
…