【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
あの後結局、更識さんと共に布仏さんに連行され、海に行った。
とは言え、顔を出しにいった程度。更識さんも俺も水着には着替えてない。
案の定、一夏にはどうしてすぐ来なかったんだと愚痴愚痴と言われ、アイツの周りも相変わらずだった。
流石の一夏でも水着の女子が周りにいて照れている様子だったが、正直普段と変らないのが一夏らしい。
いや、あまりに一夏らしすぎて、デュノア達がしきりに一夏へアピールしているのにも拘わらず気づいてないその光景はもうどんな言葉で表現したらいいのか分からないほどだった。
そんなこんなが一日。気づけば、時刻は夜七時前。
これから夕食があるのだが、一旦部屋に戻ってきていた。
旅館が用意してくれた浴衣を着る為に。何でも食事の時や旅館内ではこの服装が好ましいとのこと。
着るのは別に旅行みたいで構わないが、浴衣なんて着たことは勿論、自分で着付けの経験もないから、着るのに手間取った。
「でも、上手く着れてるぜ」
そう言う一夏も上手く着れている。
というか一夏は先に着終わり、待ってくれていた。
本当一夏はこういうの得意と言うか手馴れている。
「まあ、昔から胴着とか着てたからよ。モノは違うけどそれと同じ感じですぐ着れた。ってか、着たんだから早く行こうぜ。確か宴会場だったはずだよな?」
そのはずだ。
夕食は大広間を三つ繋げて作った大宴会場で取るとのこと。
やはり、夕食もきっと豪華なんだろう。昼は食べれなかったから楽しみだ。
宴会場へ続く通路を歩いていると同じ様に浴衣を着た女子達が歩いており、こちらに気づく。
「おっ~! 織斑君達浴衣着てる」
「いいじゃん。織斑君、かっこいい!」
「そ、そうか? ありがとな」
「そっちも似合ってるじゃん。いい感じだよ。男子二人の浴衣姿とかいいわ」
「だよねだよね! テンション上がる!」
褒められているのだろうか、それは。
まあ、似合ってないと言われるよりかはマシか。
「おっ。あれはセシリアじゃん。おーい、セシリアっ!」
一人こちらへと歩くオルコットの姿があった。
彼女もまた浴衣姿。綺麗に着ている。
一夏が呼びかけるとすぐさまこちらに気づいた。
「あ、ああ。一夏さんこんばんは。浴衣……! 素敵ですわね」
「嬉しいよ。そういうセシリアだってよく似合ってる。やっぱ外国の美人には和服が似合うって本当だったんだな」
「こ、光栄ですわっ……うふふっ」
照れを我慢するように見栄を張っているオルコットだが、嬉しそうなのがバレバレだ。
頬がだらしなく緩んでいる。
いつものだ。周りもまたそんな目で一夏とオルコットを見ていた。
「セシリアも宴会場に行くだろ? 一緒に行こうぜ」
「えぇ、行きますけど……その前に彼と少し話がありまして」
「こいつに話?」
意外と言わんばかりの顔を一夏がしているが同感だ。
珍しい。オルコットが1対1で話だなんて今までなかった。というよりも、話したことがあると言っても一夏を交えたものでばかり。
別に構わないがなんだろう。まあ、十中八九一夏絡みだろうことだけは分かる。
「ありがとうございます。お夕食前ですしお時間は取らせませんわ」
その言葉を聞いて、一夏には先に行ってもらうようお願いした。
「分かった。先に行ってお前の席取っておくから安心してくれ。後、昼間みたいにバックれるなよー!」
大声。しかも、大分根に持ってやがる。
追っ払うように一夏を送り出す。
「話はこちらのほうで……」
通路から外れ、人目つかないところへ連れて行かれる。
「話というのはですね……この後のお食事の時、よろしければ席を替わっていただけませんこと?」
席……そういうことか。
夕食の席は自由席。IS学園は多国籍、他宗教の生徒が多いとあって基本の座敷以外にテーブルがあり、好きなように座れる。
なので一夏の隣やその周りは取り合いになる。ならば、俺に変わってもらったほうが確実に一夏の隣に座れる。
事実席を取ってくれるとさっき言っていた。
狡賢いな。
「さ、策士と言って下さい。どうでしょう?」
どうと言われても、それはいいんだろうか。
いろいろアリそうな気がする。
騒ぐデュノア達の光景が眼に浮かんで頭痛がする。
「お願いしますわ。どうか、この通りっ!」
両手を合わせて頭を下げられる。
凄い懇願されてしまい困った。
まあ、そこまで言うなら替わってあげなくも。
「本当ですか!? 嬉しいですっ、この恩は忘れませんわ!」
話の途中で遮ってきたあたり、嬉しさですぐ忘れてそうだ。
席の移動は認められており、先生方がいる中で騒げば叱られるのはあいつらだ。
なるようになるだろう。後は知らない。
「では、忘れないでくださいませ。うふふっ!」
今にもスキップしそうな軽い足取りでオルコットは一人先に宴会場の方へ向かっていた。
そして、俺は一人残される。
席替わるのはいいが、代わりの席どうしよう。
一夏の周りはもう一杯で座れたものではないだろう。見知った子達も一夏の周りに座りたがるだろうし。だからといって、あまりよく知らない女子のところに座るのもこういう場だと中々きついものがある。
こういう時、男子が二人だけだと辛いものがある。どうしたものか。
「あの……」
後ろから声がした。
突然のことに驚き、ビクっとしながら声を上げてしまった。
「ひゃぅっ!? び、びっくりした……」
振り返るとそこには更識さんがいた。
俺の声に驚いている様子。
悪いことをした。
「う、ううん……こっちこそ急に声、かけてごめんなさい。こんなところにいるからどうしたのかなって気になって……」
だろうな。
とりあえず宴会場に向かいながら、事の顛末を説明する。
「そんなことが……何というかオルコットさん……狡賢いね……あんまりこういう言い方もよくないかもしれないけど」
本人も策士だと言っていたしな。
「で、貴方は座る席どうしようかって悩んでいると……」
何だか情けない感じだが頷いて認めるしかない。
「じゃあ……よかったら、私の隣来る……?」
ありがたい言葉ではあるが、少し躊躇うものがある。
自らまたあの噂を煽るようなことをしているのではなかろうか。
「気にしたら負け。昼間のことで私達目立ってるし、あの噂も私気にしないって言ったでしょ」
そうは言ってもと思う反面、かと言ってやはりあまりよく知らない女子のところに座るのはきつい。
こう言っては何だが更識さんが隣なら、一夏が隣よりも遥かにいい。
更識さんの言葉に甘えさせてもらおう。
宴会場に付くと既に沢山の人達で溢れかえっていた。
皆各々好きなところに座っている。
それは一夏達も変らない。
「おーい!」
一夏が大きな声で呼んでくる。
無視もそうだが、黙って移動するのは流石に悪い。
近くまで行って一夏に更識さんと食べることを伝える。
「え~! 何だよ、それ。更識さんも一緒に食べればいいじゃんか」
無理だろ、それは。
もう既に一夏の周りにはたくさんの女子がいる。
さも当然のように一夏の隣を陣取っているデュノアは勿論。他の奴らも動く気配はない。
もう片方空いている一夏の隣はオルコットにでも座らせてやってほしい。
「それは構わないけどよ……」
「! そういうことでしたらお言葉に甘えさせてもらいますね!」
「あー! セシリアずるーい!」
「そうだそうだ!」
「裏取引したでしょう!」
当然騒がしくなってしまった。
でもまあ、これなら変に角が立つことはないだろう。
よくやったと言うオルコットの目配せが飛んできた。
一夏は不服そうだが、ここは一つ納得してほしい。
また明日にも夕食は勿論、朝食とかあるだろうしその時お願いしたい。
「分かった。約束だからな」
ひとまず納得してくれたみたいだ。
一夏に一言告げると、更識さんの元へと向かう。
「こっち」
「やっほ~! ばんは~」
「こんばんは」
「どもー!」
取っておいたくれたらしき更識さんの隣。
一列の一番端に正座して腰を下ろすと前の席には布仏さんと四十院さんが鷹月さんがいた。
挨拶を返しながら、夕食を確認する。
三種の刺身に、小鍋のすき焼き、山菜の和え物と冷奴。赤だしの味噌汁に漬物、白ご飯。
凄い豪華。しかも、結構な量。これ、女子が食べきるには結構大変そうだ。
「食べきれないってことは多分ないと思うけど大変だよね~お昼もお刺身ついた似たようなのだったけど、お腹いっぱいで苦しかったよ」
「ねー美味しいからいいんだけどカロリーとか気になっちゃう。まあ、その分昼間は沢山遊んだから大丈夫でしょ」
「はい、美味しく頂きましょう。っと、先生がいらっしゃいました」
宴会場の演壇に織斑先生が出てきて、簡単に話をする。
この後のことや食事中は騒ぎを起こさないようになど。
話が終ればいよいよ。
「いただきます」
更識さん達とそう言い食べ始めた。
まず最初はメインとも言える刺身から。
地産地消。この旅館が海の傍にあるというだけあって美味しい。今まで食べたのとは全然違う。しっかりした歯ごたえがあるのに、口の中で蕩けていく。
今更の上に仕方ないことだが、昼食べれなかったのは本当に勿体ない。
「おいしー! やー最高だね」
「お昼も美味しかったですけど、夜も中々。はぁ、おいしいです」
「IS学園様様だね~」
布仏さん達も満足の様子。
「……」
隣に座る更識さんは静かに黙々と食べてはいるが、満足そうだ。
俺も次々と食べ進めていく。
この間、更識さんと俺との間にはこれといった会話は少ない。
あってとしても知れている。
例えば。
「あの……お肉」
そう更識さんは申し訳なさそうに声をかけてくる。
肉……小鍋のだろう。
更識さんは肉が嫌いだ。アレルギーとかで食べられないとかとそういうのではなく単純に好みの問題。
量が量だし、食べきれないから代わりに食べてくれということか。
「うん……食べられる分は食べたから……よかったら、変りに残り食べてくれると嬉しい。残すの旅館の方に悪いし」
そうだな。
ここは食べれる奴が食べるべきだろう。
代りに食べるのは何も初めてのことではないし、量は増えるが最後に食べたのが昼のお粥。腹は空いているし、余裕で食べれる。
「ありがとう」
とだけ言うと更識さんは食事に戻った。
話はそれで終わり。
いつもと変らないと言えばいつもと変らないが、周りは話に花を咲かせながら食べているからかただ今日は一際目立つようで。
「えっと……何かあった?」
心配した様子で鷹月さんが聞いてくる。
何かって何だ。
「いや、その……ねぇ」
「え、えぇ……お二人あまりお話ならさないので、何かあったのではないかと」
「そう……? いつもこんな感じだけど……」
更識さんの言葉に頷くしかない。
何かあるように見えるんだろうが、特に何ない。
「そ、そっか。何かごめんね」
鷹月さんには謝られてしまったが、こちらとしても申し訳ない。
変な心配をかけてしまった。
盛り上がっている中でこうも静かならそうなるか。
しかし、特に何もないのは事実だ。
していて言うなら、談話室でのこと。
更識さんのことをまた一つ知ることはできた。
けれど更識さんの問いに俺は何かを答えかけた。
肝心のその何かは自分でも分からない。
気持ちとしてははっきりしている感覚はあるものの、言葉にしようとすると上手く表せない。
思い出したらもどかしくなった。
それもあって、鷹月さん達には何かあったように見えてしまったんだろうか。
でも、それは一々人に言うようなことでもない。
結局、臨海学校だからと言って特に盛り上がるわけでもなく普段と変らないまま夕食は終った。
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湯船に浸かり、腰を落ち着けると風呂の湯が体に染みるように気持ちいい。
ここの風呂は少々熱めだがこれはこれでアリだ。
おまけに旅館の露天風呂は景色がいい。夜の海を一望しながらゆっくり出来るのは中々乙なもの。
「だなー。でも、これだけいいと朝風呂入れないの残念だなぁ」
と隣で同じ様に浸かる一夏がそう愚痴る。
気持ちはよく分かる。これで朝入れたのなら、どれだけ気持ちいいことか。
けれど、俺達が入れるのは食後のこの時間帯のみ。
この時間以外にははいれないのは残念だと思う反面、この時間だけは隣も含めて俺たち男子二人だけの貸切り状態。
なので女子を気にすることなくゆっくり出来ているのだから、短い時間でも入れるのはありがたい。
「そりゃそうだ。ってか、こうやってお前と一緒に入るの久しぶりじゃないか?」
そう言われれば。
デュノアが男子として転校してくる前。まだ一夏と同じ部屋だった頃は寮の大浴場を今みたいに少しの間男子だけ使える時間があり、一緒に入ってた。
デュノアが転校してきてからは、新しい部屋をもらえて部屋についている風呂が結構よくてデュノアが女子として転校し直した後も大浴場には入らなくなった。
「な。誘っても寮の大浴場は入りたがらないし」
何というか寮の大浴場はもう女子専用ってイメージが強く使うのは気が引ける。
部屋の風呂だと勝手が効くし、どうしても入ろうって気にならない。
まあ、それだと一夏は不満な様子なのだが。
「本当最近つれないよな、お前。さっきも勝手に更識さんのところ行くし、昼間は昼間でバックれるしよ」
どれだけ根に持ってるんだ。
いや、あの女子の大群の中にいたから流石の一夏でも実のところ結構気がめいっているのか。
それならそれで悪いことしたなと思わなくはないけども。
「この間は否定してたけど、あの噂は実際のところ事実なんだろう?」
とニヤニヤとした一夏の顔が隣にはあった。
結局はそこにいきつくのか。気にして損した。
更識さんと俺が付き合ってるというその噂本当に好きだな。否定したのによく飽きない。
そんな訳ないだろ。
「またまた~更識さんとあんなベッタリしてたら説得力ないって」
ベッタリなんてしてない。
だが、説得力がないというところまでは否定しきれない。
海に行かず談話室で話してたりしてたら、こんなこと言われても仕方ないのかもしれない。
「そうじゃなくても……」
また一夏がニヤニヤとしてくる。
後、近寄ってくるな。近い。
何なんだ一体。
「お前、更識さんのこと好きだろ?」
間違いなく一夏は俺の驚く姿でも期待したのだろう。
だが、当たり前の如く肯定するように頷いた。頷けてしまった。
「えっ!? そんな反応!?」
逆に一夏が驚く始末。
驚いてない俺が言うの変だが逆だろ、そこは。
「言った意味分かってるん……だよな?」
それはもちろん。
そうだ。同級生。もしてや友達としてでなく。一人の人間、女の子として俺は更識さんが好きなんだ。
不思議なくらいモヤモヤとしていた気持ちを包み込んで胸に収まる。
好きという言葉が分かれば、想いは更に自覚していく。
ああ……そうだったのか。更識さんのあの問いに対する答えが今ならはっきりと言葉に出来る。
『あなたはどうしてそこまで私にしてくれるの?』
どうしても何もない。
更識さんのことが好きだから力になりたい。何かしてあげたい。
そう思うからしているだけのこと。
まさかそれを一夏に気づかされるなんて。思ってもみなかった。
好きなのかと聞かれるよりも、そっちの方が驚きだ。
噂のことも多少関係あるだろうが、よく気づいたな。
「分かるだろ、見てたら。そりゃ知り合ってまだ数ヶ月だけどさ、お前の雰囲気本当に柔らかくなったよ。更識さんといる時のお前、凄い本当に嬉しそうだしさ」
そうだったのか。全然自覚がない。
一夏が気づいたということは他の人も……いや、そうだったらもっとからかわれているか。
変なところ一夏は他人に対して鋭すぎるぐらい鋭い。
そもそもこいつこういう恋愛ごと知っていたのか。
「酷ぇ。なんだよ、それ。知ってるっての」
ならそういうのをもっと自分、別の方向にも向けられたら、あいつらも少しは報われるだろうに。
「えっ? 何のことだ?」
これは本当に分かってない顔だ。言葉や意味は知っているが、理解はしてないといったところ。
こういうところは相変わらずだな、まったく。
そういうことはまだこいつには早いようだが、きっといつかは気づくんだろう。
俺が更識さんへの想いに気づけたように。
…