【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
早朝五時半前、部屋を出る。
向かうは日課のランニング。
歩く廊下は当然の如く静かだ。誰もいない。
そうしてエントランスに向かっているとふいに昨日のことが脳裏に蘇る。
昨日は終業式とテストの結果発表。そして、簪と交わしたあの約束を果たした。
簪がテストで総合成績一位を取ったら、名前を呼び合おう。そんな約束。
突然言われて戸惑ったし、女子を呼び捨て名前呼びするなんて小さな頃以来だから緊張はした。
だが、ちゃんと呼べた。呼んでもらえた。
呼んだもらえた名前は自分の名前はずなのに簪に呼んでもらえるだけで特別な言葉に感じる。
そしてこれは勝手な思い込みだろうけど、名前を呼び合っただけで前より仲が深まった感じがする。
初めて呼んだときよりかはたくさん呼び合い慣れたが、一夜明けた。
今日もちゃんと呼べるだろうか。
呼べなくなりそうでも、何とかして呼ぼう。約束を守り続けたいというのとは別に折角呼び合える仲になったんだ。呼べないなんて寂しい。
何より、大切な彼女の大切な名前なんだ。呼ぶことで大切にしたい。
よし大丈夫だ。今日も一日頑張れそうだ。
気持ちを一新していると寮のエントランス。そこの受け付け前を通り過ぎる。
早朝でもコンシェルジュの人、顔なじみのお姉さんがいた。
いつも通り、朝の挨拶の交わす。
「ふふっ、おはようございます」
何だろう。
凄い温かい目で微笑まれながら挨拶を返された。
寝癖があったりだとかそういうのではなさそうだ。分からない。
疑問に思いながらも自動ドアを潜った。
そして、外に出て最初に見た光景に思わず目を奪われた。
「ん、ん~……」
体を伸ばしている簪の姿。
朝日に照らされたその姿は何というか凄く綺麗だった。
息を呑むほどの光景に目を奪われる。
いつまでも見ていたい光景だが、いつまでも見続けてるのもおかしい。
とりあえず朝の挨拶がてら声をかけてみた。
「ひゃっ!?」
声が上がってしまうほど驚かせてしまった。
一応気をつけたつもりだったが、結局こうなってしまった。
謝っておく。
「ううん、大丈夫」
そして改めて簪に朝の挨拶をする。
今日初めて簪と名前を口に出して呼んでみたが、やはり緊張はした。
だが、ちゃんと呼ぶことが出来て一安心した。
対する簪も名前を呼んで挨拶を返してくれた。
挨拶も済んだところでこんな朝早くから簪はここで何をしているのか聞いてみた。
「私は早く目が覚めて外の空気吸いに……」
なるほどそれで。
そういえば前にもこんなやり取りした。
六月の始め頃だったか。あの時も簪はこんなことを言っていた。
あれから随分経っていろいろ変ったのを思うと考え深い。
「あなたは……」
言いかけてやめたが俺の今の姿を見て簪は気づいたんだろう。
上から下までジャージ姿。今からトレーニングしますと言っているようなものだ。
「夏休みなのに頑張るね……」
そう簪が言った。
言った後に申し訳なさそうにしていたが言いたくなる気持ちは分かる。
折角の夏休みなのだからゆっくり寝ていたい気持ちもあったが、夏休みでも日課だからか無意識に用意していた。
それに夏休み。登校の用意や朝食の時間とかを気にすることなく時間の許す限り、ランニングに励める。丁度、今朝は涼しいからうってつけ。
後もう一つは日課だからやらないと気がすまないというか。夏休みでも一度休むと休み癖が付きそうで怖いからやろうとしている。何もしてないのは不安だ。
こんなことでもやっていれば何かの役に立つと思うし、俺にできることはこういう地道なことしかない。だとしたら、できることはやっておきたい。
ということを説明すると簪は納得していた。いや、相変わらず生真面目だとでも思っている顔をしていた。
「あっ…ごめんね、邪魔して」
邪魔ということはないがそろそろランニングを始めたいとは思っていた。
「……」
簪は部屋に戻るんだろうか。
名残惜しいが、また後でいつでも会える。
そう思っていたが何やら考えている。と思っていたら、何やら思いついた顔をする。
何かと思えば。
「あ、あの……トレーニング始めるの少し待って。十五分っ、ううんっ、十分でいいから……! す、すぐ戻る……!」
矢継ぎ早に言い残すと寮へ戻っていた。
何する気なんだ。
突然のことについていけず呆然としながら待つこと数分。
寮の自動ドアが開いた。
「ごめんなさいっ。待たせてしまって」
戻ってきた簪。その姿を見て驚いた。
何故かジャージ姿を着ている。
一体何故着ているんだろう。
「いや、その……あの……よ、よかったら一緒にランニングしたいなって……。ダメ、だよね……?」
納得がいった。それでその格好なのか。
いいな。それは是非ともだ。
ただ簪が一緒だとは思ってなかったからいつも通りのコースになるが大丈夫か心配だ。
「それは大丈夫。全然、気にしないで。何も言わない私が悪いし……あっというより、事後報告になってごめんなさい」
突然のことに驚いたが謝らなくても大丈夫。
余裕があるとはいえ、時間がおしい。そろそろ始めよう。
「うん、始めよう」
俺達はランニングを始めた。
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「はぁっ……はぁっ……」
いつも道を簪と共に走る。
「いつもこんな風に走ってるんだ」
走っているのは寮の周り。
ここも。というより、IS学園やその関係施設がある島には多くの木々があり、丁度いい日陰となって走りやすい。
道もちょっとした勾配はあるが基本平坦だ。
そんなコースを一緒に走っているのだが何だか新鮮な気分だった。
「どういうこと……?」
いつも一人で走っている道でもこうして二人で走るのとでは違う気がするということ。
「あれ? 織斑さんとかとは一緒に走らないんだ」
一夏とは何度か走ったことある。
ただ一夏は決まった時間よりも早く起きるのは苦手なようで所謂三日坊主で終ってしまった。
それについては仕方ない。アイツは朝から大変そうだからな。
何がどうとは言わずともわかるだろ。
「あー……うん、察した」
察してくれた。
というわけで誰かと一緒に走るのは久しぶりだから心配だ。
ペースとか大丈夫だろうか。
「平気。走るのなんて久しぶりだけど、意外と走れるもの何だね」
簪は全然余裕そうな様子。
そういえば、何でまた簪は走ろうと思ったんだ?
ここまであえて詮索しなかったが理由はやはり気になる。
「それは……」
少し簪のペースが落ちた。
あわせる。
「本当大した理由はないんだけど……ほら前、本格的に国家代表選手になってモンド・グロッソ目指してみたらって言ってくれたでしょ?」
確かにそれらしいことは言った。ちゃんと覚えている。
「あれから改めて私なりに考えて新しい目標として目指すと決めたからには兎に角行動に移さないとって考えてて……第一歩としてまずは身体作りからやり直そうと思って」
それで走るなんて言ったのか。
「うん。ISは優れたパワードスーツだけど私達がやるのはあくまでもスポーツ競技。競技だから試合するにしても何にしても身体が資本。いくら機体が高性能でもそれを操る人間の能力や身体が伴ってないとダメだなぁって……私、篭ってばかりで身体なまってるから余計に」
簪らしい考えだ。
しっかり考えている。流石だ。
「そんなことないよ……あなたと一緒でやれることを精一杯やろうってだけ……それに弐式が完成しても使う私が不甲斐無かったら、結局家の力で候補生やってるんだとか思われるのも嫌だし」
自虐気味であるがそれでもそういう風に考えられ、今実際行動に移せてるのは流石としか言いようがない。
簪は確かに前へ進んでいっている。確かな目標に向かって。その姿は眩しい。
「どうかした……?」
ペースが落ちてしまい、それに合わせてくれた簪に尋ねられたが適当に誤魔化す。
俺は自分に問いかけた。
簪には確かな目標があるが、俺の確かな目標……こうなりたい将来の夢はあるのだろうか。
良きところに行きたいというふんわりとした目標はあるが、将来の夢というには少し違う。
将来どうなりたいのか。何をしていきたいのか分からない。
けれど、今となりにいる簪は夢を見つけてそこに向けて頑張っている。自分も早く見つけなければ。早く――。
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「ん~、ふぅ……」
寮の前まで戻ってきた俺達はランニング後、ストレッチをしながら一息つく。
今しがた終えたところだが、結局一時間ちょっと走っていた。
おかげで今朝もいい汗かけてスッキリとした気分。
「だね、朝に走るのこんな気持ちいいものなんだ……あ、でも……汗……」
ランニングした後だから仕方ないとは言え、やはり女子として簪は汗が気になる様子。
滴り落ちる首筋の汗を簪は手の甲で拭う。
汗が朝日で光るように照れされ、その姿が何だか色っぽい。
思わず、ドキっとするその姿に目を奪われた。
「……?」
不思議そうな顔を向けられ、それとなくに視線を逸らす。
あまり見すぎるのもよくないが、これはこれで挙動不審だ。
なので半ば無理やり誤魔化すように、続けざまに俺は簪にタオルを差し出した。
汗拭きタオルを簪は持ってきてないみたいなのでこれで綺麗に汗を拭える。
もちろん、使ってない綺麗なタオル、予備でもってきていた冷やしたタオルを差し出した。
「ありがとう……使わせてもらうね」
これでよし。
かと思ったけども。
「はぁ~……気持ちいい……」
受け取ってくれた簪は後ろ髪をかきあげながら首の後ろの汗を拭く。
その様がまた色っぽい。
見慣れたと言ったらアレだが女子の汗拭く姿にはもう慣れたはずなのに何故こんなにもドキっとするのだろうか。
いや、ただ単に俺が意識しすぎな気もしなははないが。
しかし、またいつまでも見ていいようなものでもない。
気持ちを切り替える為に適当な話題、今日の予定でも聞いてみた。
「今日……? ……、いつも通りだけど……」
一瞬変な間があった。
「……そういうあなたは今日、何してるの?」
今日は朝、まだ涼しいうちに夏休みの宿題をやってその後は部屋で簡単なトレーニング。
昼ご飯食べたら、一夏達と実機訓練。
といった感じ。
「わぁ……寂しい夏休み。まあ、そんなことだろうと思ってたけど」
ならそんなわざとらしくドン引きするのはやめてほしい。
寂しいのは分かってるし、明日も似たような過し方だ。
そういう簪だって先ほどはぐらかしていたが似たようなものだろ。
大方、部屋に篭ってISの開発に一日の時間をほとんど割いて過すに違いない。
「う……」
図星だった。
バツが悪そうにこちらから視線をそらす。
もっとも簪の場合、やらなくてはならないことをやっているだけなのでこれ以上茶化すような真似もできない。
そう言えば、今ISの開発はどこまで進んでいるのだろうか?
確か以前聞いた時は、機体のメインシステムと火器管制、機体の姿勢制御システムとかがまだ上手く連動しないとか言っていた。
あれから二月以上が経った。気になって流れで聞いてみた。
「弐式の開発……? 心配しないで大丈夫。ちゃんと進んでる」
言葉を疑うつもりはないのだが具体的にどう進んだんだ。
「システム関係はほぼ全部完成。後、最終確認兼ねてシステムの動きを仮想シュミレーターで動かすぐらい、かな」
その言葉を聞き自分のことのように安心した。
完成したんだ。よかった。これで簪もようやく自分の専用機を動かせるんだ。
「完成したのはシステム関係だけ。シミュレーターだけじゃなくて実際に機体を動かして確認と不具合の叩き出し。そして、最終確認と最終調整。これらをやってようやく本当に完成」
言われて納得した。それもそうだと。
実際に動かして見なければ分からないことや出でてこない不具合もあるかもしれない。
先は長い。
何か俺に手伝えることはないだろうか。
「えっ……いいよ。そんな悪い」
差し出がましいのは分かっている。
俺なんがいなくても確実に簪は完成へと向て前進しているのが話し話を聞いているだけでも分かった。
だとしても、頑張っている簪の力になりたい。雑用でも些細なことでもどんなことでも構わないから。
「……」
簪は黙ってしまった。
困らせてしまった。やっぱり、こういうのはよくない。
流石にもうこれ以上の無理強いは出来ない。大人しく引き下がるしかない。
「待って……分かった。じゃあ、実機始動試験する時に手伝って……補助とか模擬運動の相手とかいろいろしてほしい」
それなら自分でも出来そうな内容だった。
ありがたい。精一杯頑張ろう。
「もう、大げさ。感謝するのはこっちのほう。動かす時、別に機体を持った誰かに見ててほしかったけど頼めるような人いなかったから。でも、だからってあなたにこんな事まで頼むのも悪いなぁって。あなたもいろいろ予定あるだろうし」
気にしなくてもいいのにとも思ったが、逆の立場なら自分も気にしていた。
けれど、簪と俺の間では遠慮はいらない。
他もあれば気兼ねなく言ってほしい。
「うーん……じゃあ、こういう形で言うのもアレなんだけど一ついい……? その、明日もさっきみたいにランニングってするんだよね……?」
ランニングは日課。
雨とかでない限りは毎日する予定。
「だったら、明日も一緒に走らせてほしい……邪魔しないから」
喜んで即了承した。
「あ、相変わらず即答。本当に大丈夫……? 邪魔だったらやめるし……ほら、いろいろ……」
簪はいろいろ心配してる顔をしているが今更そのいろいろを気にしても仕方ない。
もちろん注意はするが、それが断る理由にはならない。
簪さえよければ朝のランニングだけでなく。昼間のトレーニングとかも一緒にしたいと思っていた。
機体や実機での動きになれるのに役立つはずだ。
「それもそうだね。じゃあ、それも一緒にね……本当ありがとう。楽しみ」
簪は嬉しそうに言ってくれた。
実のところ灰色の夏休みだとは覚悟していたが、これはいい夏休みになりそうな予感がする。
…