【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜   作:シート

31 / 63
第三十一話 簪達と昼食を

「よし……出来た」

 

 この言葉を聞くのも三度目。

 未遂の落下事故から特にこれといって目立って悪いこともなく簪と俺は運用試験を続けていた。

 やっていることは変らず基本動作と高速機動の繰り返し。試合どころか武装のテストすらまだ一度もやってない。

 中々簪は納得のいく調整がいかないようで、アリーナとピットを行ったり来たりしている。

 

「ごめんなさい……退屈、でしょ……?」

 

 退屈と言うのは少しアレだが、やることは特にない。

 まあ、それは外に出ていても言えること。

 モニタリングはしているが本当に見ているだけ。万が一の備えも早々役立つことはなかった。

 しかし、見ているだけでもこれがまたおもしろい。簪の空中での姿勢制御の取り方などは機体が違っても勉強になるものばかりで退屈ばかりということはなかった。

 

「なら、よかった」

 

 そう言って簪は展開していた投影ディスプレイを全て閉じる。

 また出るみたいだ。

 

「うん、また新しい調整が終ったから……――あっ……」

 

 座っていた状態から立ち上がろうとした時、簪のお腹が小さくなった。

 凄いタイミング。まるで狙ったかのようだ。

 当事者の簪は、恥ずかしそうに肩を縮こませている。

 

 今の時間を確認すれば、もう昼の1時過ぎ。

 時間を忘れていた。

 ここは一度昼休みにするべきだな。俺は待っているだけでほとんど何もしないが、簪はピットに帰ってきても休まず調整をしていたから、ちゃんと休んだ方がいいだろう。

 

「そ、それもそうだね……お昼にしよう。あっ、でも……どうする? 学食? それとも寮の方?」

 

 迷うところだ。

 どちらも今の時間開いていて帰省組みが帰った後の夏休みだから席も空いてはいるだろうが、このピットからは遠い。行くの面倒だとつい思ってしまう距離。

 

「それに着替えないと。このままじゃ行けない」

 

 今俺達はISスーツを着ているが、流石にこのままの格好で行っていい場所でもない。

 上に制服を着れば、戻ってきた時制服を脱ぐだけで済むには済む。

 とりあえず学食の方にしよう。距離こそは変らないがそっちなら通路が繋がっているから、外出る必要もなく行ける。

 まずは着替えを。

 

「うん……じゃあ、また……」

 

 二人でピットを出ようとした丁度その時だった。

 

「おっ! ベストタ~イミング~!」

 

「ほ、本音……!?」

 

 ピットの出入り口を開けたすぐそこには布仏さんがいた。

 手には何やら持っている。

 

「んふふ~今からお昼行くところなんでしょ~? よかったら、これ食べてよ」

 

「あ、ありがとう。これ……お昼ごはん……?」

 

「その通り。ほら、かんちゃん達お昼になっても寮に帰ってこなかったからこれはきっと時間忘れるほど集中してるだろうなって思ったから、お昼ごはん届けに来たんだよ~」

 

「そうなんだ……本当、ありがとう。本音」

 

「どういたしまして~。っと、中入ってもいい?」

 

「うん、どうぞ。本音にもらったし、お昼このままもうここでいいよね……?」

 

 頷いて奥へと戻る。

 腰を下ろして、袋の中を見せてもらうと定番のおにぎりと飲み物だけでなく、からあげやポテトなど簡単につまめるおかずまであった。しかも、まだ結構あったかい。

 ありがたい限りだ。

 

「おにぎりがサランラップに巻かれてる……これ、購買部のじゃないよね。もしかして、本音が……?」

 

「残念~これは寮の食堂の人にお願いして作ってもらったものだよ~」

 

 わざわざそこまでしてくれたのか。

 と言うか、購買部という手があったのを忘れていた。

 見ていることが多かったのなら買いに行けばよかった。悪いことをした。

 

「そ、そんなことないよ……私がちゃんと時間のこと頭に入れていればこんなことにならなかったわけだし……」

 

 そんなことを言われ簪に気を使ってもらうと余計申し訳なくなってくる。

 時間のことは自分にも言えることだ。

 

「もう~二人が仲いいの見せつけなくていいから早く食べたら~?」

 

「何でそうなるの……いただきます」

 

 続いてそう言っておにぎりを頬張る。

 中身は鮭だった。

 

「私のは昆布……って、もう二つ目食べてる……」

 

 驚かれてしまったが仕方ない。

 自分で思っていたよりもお腹が空いていたのか美味しくてご飯が進む。

 そうしてからあげと一緒に二つ目の梅おにぎりを食べながらふと思った。

 このおにぎり、普通のサイズよりも大きい。それにまだおにぎりはもう二つある。

 簪は沢山食べる方ではないから、これは自分の為にということだろうか。

 

「その通りだよ~食堂の人からサ~ビス! 男の子なんだからモリモリ一杯食べて元気つけてね~」

 

 それは嬉しい。

 好物のからあげも美味い。

 

「からあげ好きなんだ」

 

 だし巻き卵とかも好きだ。

 そう頷きながら食べ進める。

 残さず全部綺麗に食べよう。

 

「うんうん、いい食べっぷり~。ところで~、稼動試験の方はどんな感じ~? 順調~?」

 

「ごちそうさま……うん、一応今のところは順調。まだ見直すべきところは沢山あるけど、弐式はちゃんと動く。本音が見てくれていろいろアドバイスくれたおかげ」

 

「そんな。改めて言われると照れるな~。本当、たいしたことしてないのに」

 

 布仏さんが簪にアドバイス。

 こういっては何だが意外だ。

 

「だろうね。こう見えても本音はISの整備とか得意だし、その分野じゃ私よりも詳しい」

 

「こう見えてもって酷いな~かんちゃん。私の整備の腕は確かなのは知ってる癖に」

 

「うん……それについては絶対的な信頼をしてる。実際、そのおかげで弐式、私一人で見てたときよりもよくなったから」

 

「ななな!? かんちゃんにそんな風に言ってもらえるなんて……! うぅ~嬉しくて涙で前が! 今晩は赤飯だ~!」

 

「そう言うのいいから……」

 

 何だか小芝居が始まってしまったが本当に意外だ。

 簪は謙遜とかしてあんなことを言うタイプではないから間違いなく本心からの言葉。

 そこまで言うぐらいの実力を布仏さんは持っているのか。

 ということは来年からの選択クラスは整備科を選択したりするんだろうか。

 

「そだよ~将来代表選手になったかんちゃんを支える専属整備士になる為に必要だからね。あっ、言っとくけど、家の決まり、従者のお役目だからってのもあるけど将来絶対世界の舞台で活躍するかんちゃんのを傍で見たいから私はこの事に満足してるし、夢に向かってモリモリ頑張るの~!」

 

 いつもの調子ではあるが気持ちは凄く伝わってきた。

 布仏さんも簪と同じでしっかりとした夢を持ち、その為に頑張れる人。

 簪と布仏さんは凄くよく似てる。眩しくて羨ましい。

 

「ふふっ……でも、そっかそっか~」

 

 嬉しさを噛みしめるように笑ったかと思えば、しみじみし始める。

 オマケに微笑ましそうに簪と俺を見てくる。

 何なんだろう。

 

「どうせ……変なこと考えてる」

 

 それは思った。

 

「違うよ~。いや、ね~かんちゃん、本当に変ったなぁって。前だったらISに触ろうものなら本気で怒ってただろうし、 あんなこと言ってくれるなんて昔のかんちゃんならとても考えられなくて私は今ものすご~くかんちゃんの成長を実感してるんだよ~」

 

「……」

 

 布仏さんはこれでもかというぐらいの満面の笑み。凄く嬉しそうだ。

 付き合いが長いから、いろいろと思うところが多いんだろう。

 対する簪も思うところがあるようで何も言い返さないが凄く複雑そうな表情を浮かべていた。

 

「ね、そう思うでしょ?」

 

 布仏さん、ここで聞いてくるのか。

 まあ、確かに簪は出会った頃と比べて変った。

 始めの頃は本当に近寄りがたかった。後これは口にはしないけども正直、怖い雰囲気もあった。

 けれど、今では雰囲気も表情も出会った頃よりも比べ物にならないぐらい柔らかくなった。

 他にも沢山話すようにもなり、いろいろな表情、沢山の笑顔を見せてくれるようになった。

 そういった簪の変りようは俺にとっても嬉しい。

 

「だよねっだよね~。人ってここまで変れるもなんだなぁ~って何か私考え深くてしみじみしちゃうんだよ~」

 

「本音……流石に私、怒るよ……?」

 

「ごめんなさ~い。そんな怖い笑顔しないでよ~」

 

「まったくもう……それにあなたも」

 

 咎めるような視線を向けられる。

 やはり、こういうのは余計なお世話だったか。

 

「そ、そういうのじゃなくて……私が変った変ったって言うけどあなたも変ったって話」

 

 そうなんだろうか。首をかしげた。

 そう言えば以前、一夏にも似たようなことを言われた覚えがある。

 こういうのは自分ではどうしても気づけない。

 

「変ったよ……まずは雰囲気が柔らかくなったし、笑顔も増えて沢山話してくれるようになった。出会ったばかりのあなたはいつも険しい顔して、正直……その」

 

 怖かったと。

 簪がそう言うのならそうなんだろう。

 入学したばかりの頃は新しい生活。IS。今までとは全く違う環境に慣れようと必死だった。

 だから、それが顔に出ていたんだと今なら分かる。

 それを変えてくれたのが簪だ。俺が変ったのなら、それは簪のおかげ。感謝しかない。

 

「感謝なんてそんな大げさ……私が変れたのもあなたがいてくれたから、こっちこそありがとう」

 

 簪の言葉がくすぐったくて、そのくすぐったさに心が安らいだ。

 

「ちょっと~私がいるの忘れてる~見せつけなくても仲良しさんのは分かってるって言ったのに~」

 

「そのいやらしい笑み今すぐやめないと分かるよね……? 本音……?」

 

 可愛い笑みなのに凄みがから恐怖感じる笑みは本当にあったんだな。

 

「それ本当に怖いから~! 許して下さい、簪お嬢様~」

 

「お嬢様って呼ばないで。というか許してもらうつもりないよね、それ。気にしてすらない」

 

「えへへ~かんちゃんは私のことなんでもお見通しだね~。おっさなな~じみ~」

 

「はぁ……幼馴染って腐れ縁……そこ、笑わない」

 

 いや、笑うだろ。二人のやり取りは見てておもしろい。

 賑やかだな。

 二人の付きあいの長さ。 仲のよさが見てるだけで分かるやり取りだ。

 

「え~! それそっちが言う~? 私よりもかんちゃんと仲いいくせにね。妬けちゃうな~下の名前で呼び合うぐらいなのに」

 

「や……それ、本音が提案してくれたんでしょ」

 

「そうだけどさ~彼が女の子の名前、呼び捨てってかんちゃんだけじゃん。彼のこと呼び捨てで呼ぶ女の子もかんちゃんだけだし」

 

「だったら……本音が普通に呼べばいいのに……」

 

「分かってないな~これはこれで可愛いのに~。ねっー」

 

 といつも通り、犬猫を可愛がり呼びするみたいな呼び方をする布仏さん。

 まあ、慣れたから今更どうでもいいと言えばどうでもいいけども。

 

「だったら……どうしてほしいの……」

 

「そりゃ決まってるよ。親しみをこめて呼び捨てか。おりむーがつけてくれたのほほんさんって呼んでほしいな~。私達はもう皆仲良し3人組み。大親友なんだから!」

 

「えっ?」

 

 更識さんとまったく同じ言葉がまったく同じタイミングで重なった。

 気づかないうちに俺と布仏さんはそういうことになっていた?

 

「酷い~! かんちゃんの一番仲良しさんならそれはもう大親友! かんちゃんの大親友なら私の大親友も当然なんだよ~!」

 

「この子は……本当、ごめんなさい……」

 

 簪が謝るようなことではないが、凄い理屈だ。

 今日も布仏さんは通常運転。のほほんさんワールドは全開。この独特の空気に呑まれそうになる。

 一夏がのほほんさんと命名したのが今ならよく分かる。凄いお似合いのニックネームだ。

 

「でしょ~私、おりむーがつけてくれたこのニックネーム気に入ってるんだ~」

 

 さいで。

 なんというか呼び方変えるの今更感あるが、こういうのは思い立ったが吉とも言う。

 では、布仏さん改め、本音でこれからは呼び方を統一していこう。

 これで本音の気も済むだろう。

 

「もちろんだよ~今時の男子はこのぐらい物分りいいほうが素敵だよ~ねぇ~」

 

 今、初めて普通に下の名前を本音に呼ばれた。

 これであのあだ名からも卒業か。

 

「なんでそうなるの~今のは空気読んで呼んだだけ~今まで通りで行くよ~」

 

 どう空気を呼んだのか凄く気になるがもういい。

 流石にこのマイペースな感じに疲れてきた。

 もう貰ったお昼ご飯は全部食べだし、そろそろ再会した方が。

 

「綺麗に食べてる。お粗末さま~って、かんちゃん?」

 

「……」

 

 不服そうに簪が睨んでくる。

 主に俺を。

 

「……睨んでない……何でもない……」

 

 その割には。

 

「……ただ名前を呼んだ普通のこと……なのにどうしてこんなにも……」

 

 小声でぶつぶつと言う簪。

 その表情は変わらず、不服そうだった。

 そんなことを言われてもといった感じだが、そのことは誰よりも簪が分かっている。

 けれど、当人である簪ですら分からないようなのでどうしようもない。

 睨まれるのも不機嫌でいられるよるのも好きじゃないが、今はそっとしておいたほうが。

 

「もう~かんちゃ~ん! ダメだよ~じぇらしっちゃうのは分からなくはないけど、顔怖~い」

 

「はぁ……? ジェラシーってまた変なこと言って……」

 

「変なんかじゃないよ~! だって今のかんちゃん、大切な親友である彼私に取られそうってめっちゃ嫉妬してじゃんか~!」

 

 本当に変なこと言った。

 取られるも何もないだろう。しかも嫉妬ってまたとっぴょうしもない。

 からわれ続けて流石の簪もそろろそろ怒るに違いない。

 そう思ったけども。

 

「なっ…!?」

 

 簪は耳まで真っ赤だった。

 その反応は図星だと言っている様なもの。

 

「――ッ!」

 

 バッと簪はそっぽを向く。

 今顔を見られたくないのは分かったけども。

 えっと……まさか本当に嫉妬して……。

 

「ち、違う……! 違うからっ……!」

 

「のわりには顔真っ赤ですけど~?」

 

「ほ、本音が変なこと言うからでしょ! 馬鹿っ! これビックリしただけ……! 本音なんてもう知らない……! あ、あなたも今のこと忘れて。ほ、ほら、早く再開しよっ……! 先に行くから……!」

 

 止める間もなく簪は、外へと出て行った。

 呆気に取られて俺は出遅れる。

 同じく取り残された本音は楽しそうに笑ってる。

 いいのか、それで。どうなっても知らんぞ。

 

「ん~よくはないけど~まあ、怪我の功名って奴かな。それにアレはただ恥ずかしがってるだけだから大丈夫~」

 

 大丈夫には見えない。

 まあ、あのままの調子でいられても困るからフォローの一つぐらいはしとおいてあげよう。

 

「おっ! 男前~! じゃあ、かんちゃんのことよろしく~!」

 

 気が変りそうになるな。

 

「ごめんって。でも本当、かんちゃんのこと……よろしくね。また怒られちゃうけど、君なら私は安心できる。大切にしてあげて」

 

 そう言った本音の声も表情も真剣そのものだった。

 言われずとも約束しよう。

 

「うんっ、ありがとうっ」

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。