【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜   作:シート

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第三十二話 穏やかなひと時の中に見出した簪の決断

 運用試験を始めてから今日で四日が経つ。

 初日と一昨日までは基本行動のテスト漬けだった。

 満足が行くまで何度も試行錯誤を繰り返し、一昨日のアリーナ使用時間ギリギリにようやく完了した。

 時間こそはかかったが、ここまではある意味順調だ。初日のようなトラブルもない。

 そして三日目である昨日は武装関係のテスト。弐式開発の難所とも言えるところで、試験は早々に滞っていた。

 武装は静止状態では問題なく動いていた。

 ただISの基本である高速機動を行った状態での火器の使用が上手くいかない。

 なんでも簪曰く。

 

 「火器管制装置と機体のメインシステムの連動が上手くいかない。そこから来るエラーが影響して他の箇所のエラーも複数引き起こしている状態」

 

 簡単に言うと今の状態では火器が使えないのが今の現状。

 何より、弐式の要であるマルチロックオンシステムは未だ構築すら済んでいない。機体がようやく動かせるようになったと喜んでいたのも束の間だ。

 なのでその問題を解決する為、今日のアリーナを使った運用試験は一旦休み。

 簪は、朝から一人整備室に篭って問題解決に当たっている。本音に聞いた話によると昨日、夜遅くまで部屋でもずっとエラーを修正していたらしい。

 どおりで今朝一緒に走った時、いつも以上に眠そうだった。

 

 心配だ。

 だから今、俺は勉強を早めに切り上げ整備室に向かっている。

 休みを言い渡されたが、今の簪を一人放っておけない。

 それにそろそろ昼時だ。様子を見に行くには丁度いい頃合のはずだ。

 

 そうこうしていると整備室の前に着いた。

 まず呼び鈴を鳴らしてみたが反応はない。

 いないということはないだろうから、おそらく集中して気づいてないんだろう。

 事実、扉は開いた。中に入るか。

 部屋の奥に進むと展開待機状態の弐式と向かい合うように簪はいた。

 席に着き、案の定簪は空間投影ディスプレイを展開しながらキーボードを叩いて作業している。

 

「んんっ、んーん……」

 

 険しい表情を浮かべ、ディスプレイを睨む簪。

 辺りには使ったのだろうISのシステム関係の本が平積みにされていた。

 こちらにはまだ気づいていない。

 黙って入ったままというのもよくないのだろうから驚かさないよう、邪魔しないよう声をかけた。

 

「……ん? あ……何だ……あなたか。……どうしたの……? 何かあった……?」

 

 何かというわけではないが様子を見に来た。

 後は昼を誘いに来た。

 この様子なら昼時が近いということに気づいてない。

 

「お昼……? 本当だ……もうこんな時間」

 

 お昼行けるだろうか。

 

「どうしよう……」

 

 チラっとディスプレイに目をやる簪の表情は悩んでいた。

 見る限り、作業にこれといった進展があったわけではなさそうだ。

 それに今の簪は、何処か疲れた様子も見える。

 やはり、無理している。

 状況が状況なだけに無理もしたくなるだろう。

 しかし、根をつめるよりかは今は一緒に昼ご飯食べたい。

 

「もう、分かってる……心配しないで。ありがとう……そう、だね……お昼行こう」

 

 サッと簡単に後片付けを済ませると簪は弐式を待機状態に戻す。

 そして簪と俺は、学園の食堂へと向かう。

 その道中、簪は言った。

 

「その……ありがとう。お昼、誘ってくれて……」

 

 突然の感謝に少しばかり驚いた。

 別に礼を言われるほどのことでは。

 むしろ、邪魔したなと思っていた。

 

「邪魔だなんて……朝ごはん食べてからさっきまでずっとやってたけどあんまり進んでなくてそろそろ集中力切れてたから丁度よかった。あのまま一人だとお腹空いててもやめ時見失ってただろうし」

 

 そういうのはあるな。

 俺も課題やって行き詰った時、どうにかしようと躍起になって中々解けず時間だけ過ぎていった。

 ああいうのはやめるにやめられなくなる。

 

「だよね……はぁ……」

 

 ぽつりと簪が溜息をついた。

 

「あっ……ご、ごめんなさい……」

 

 別に気にしないが珍しい。

 落ち込んだ顔は見たことあるが、こんなあからさまに落ち込んだ様子を簪が見せるなんてあるものなんだな。

 あまり進みがよくないのは分かっていたが、これは思った以上によくないのか。

 

「うん……まあ、ね……いくつかエラーは修正できたけどまだ山積みだし、そんなたくさん時間かけてる余裕もない。正直……そろそろ本当に私一人だけの力じゃ限界、なのかも……」

 

 そうか、としか返す言葉が見つからなかった。

 こういう時、どういう言葉をかけるのがベストなんだろう。すぐには思いつかない。

 かと言って、力になれるほどその方面に強いわけでもない。

 それにまだ簪は諦めてはない。

 

「うん……後ちょっと、もう少しだけ一人でやってみる。もしもの時の対策も一応考えてあるから」

 

 だったら、俺が簪にしてあげられるのは変らず応援ぐらいなものだ。

 まあ、俺にでも手伝えることがあれば手伝う。後、様子ぐらいは見に行かせてもらう。

 

「分かった……いいよ。大したもてなしは出来ないけど」

 

 分かったと俺は頷いてみせた。

 そうして、簪と俺は学食に着いた。

 今日も並ばずにすみそうな感じだ。

 

「いらっしゃい! 相変わらずあなた達は仲良しさんね」

 

「……ど、どうも……」

 

 注文しにカウンターに行くと馴染みの食堂のオバちゃんがいた。

 微笑ましいといわんばかりの暖かい視線が突き刺さるようだが、適当に流す。

 簪はオバちゃんの圧に押されてビックリしているが。

 

「で、今日はどうする? 今日は冷やし中華定食オススメだよ!」

 

「えっと……私は、かけうどんの小で……」

 

 俺は勧められた冷やし中華定食を注文した。

 

「はいよ! 冷やし中華大盛りサービスしておくからね!」

 

 待つこと数分、料理が出てきてそれを受け取り適当なテーブルに隣り合わせて着いた。

 

「いただきます。……ねぇ、それ……本当いつも凄い量だね」

 

 冷やし中華定食は冷やし中華も大盛りだが一緒に出てきたから揚げも大盛り。

 それを見て簪は若干引いていた。

 

「引いてないってば……いつも凄い量なのに毎回よく食べれるなぁって思っただけ」

 

 毎回こんな感じだから慣れてきたってのもあるかもしれない。

 それに折角、サービスしてくれたのだから出されたものは残さず食べる。

 後は単純に食べるのが好きってのもあるが。

 

「へぇ……やっぱり、男の子なんだね」

 

 しみじみと言うが逆に何だと思ってたんだか。

 そう言う簪の食べる量はかけうどんの小だけと相変わらず少ない。

 女子だからそんなものなんだろうけど、それでお腹が満たされるのかついつい心配になる。

 

「これで充分。元々、そんな食べる方じゃないし……ガッツリしたのとか沢山食べるの苦手だから」

 

 そういうものか。

 確かに簪は肉とかそうガッツリ形は苦手だと言ってた。

 

「苦手なだけで食べられるけど進んでは食べない……それにあなたが一杯食べてるの見てるだけで余計お腹一杯になっちゃうよ」

 

 それはいいことなのか?

 まあ、簪が嫌そうにしてないどころか、嬉しそうにしているからいいのか。

 

「そっか……あなたは食べるの好きなんだ」

 

 簪は何やら一人納得していた。

 時折、笑みを見せてくれたりともうすっかり簪は元気だ。よかった。

 と、こんな感じで二人の昼食は過ぎていく。

 周りにちらほらと人はいるが、静かなもので穏やな時間が流れている。

 こういう時間好きだ。

 

「私もこの時間が好き。いつまでもこうしてたくなるなぁ」

 

 全くその通りだ。

 本当ならこうしていられないのは百も承知だが、簪とゆっくり過していたい。

 だが、それはやはり許されることではないらしい。穏やかな時間は突如として終った。

 

「よっ! 二人とも!」

 

 その言葉と共に現れたのは両手で昼飯を持った一夏だった。

 そう言えばこいつは今日、朝からトレーニングしているんだったけか。

 だから当然の如く、篠ノ之やオルコット達、いつもの五人組は一緒であり。

 加えて、今日は本音。それから谷本さんや四十院さん達までいた。

 

「いや~偶然そこでのほほんさん達と会って折角だから一緒に昼飯をってことになってな」

 

「そういうことなの~」

 

 偶然にしては凄い大所帯になった。

 一夏グループは俺の隣へ一夏から順に並んで座り、本音グループは簪と隣へ本音から順に並んで座っていた。

 本当に終りらしい。

 

「ごめんなさい……完璧フラグだった」

 

 小声で簪が謝ってきた。

 まあ、このメンツを見て同じことを簪も察するか。

 仕方ないな、こればっかりは。

 

「でもかんちゃん、よかった~」

 

 隣で食べ始めた本音がそんなことを言った。

 

「何が……?」

 

「お昼ご飯だよ。どうせ食べてないだろうなぁって思ってさっき皆で整備室見に行ったら鍵締まってていなかったから心配したんだよ~」

 

「どうせって……」

 

「でも、ちゃんと食べてて安心した~ありがとね~」

 

 本音にまで感謝されてしまった。

 今日は感謝されてばかりだ。

 そんなことを思っていると一夏がこちらを興味深そうに見ていることに気づいた。

 何だよ。

 

「いやさ、のほほんさんの呼び方変えたんだなって思ってよ。しかも、下の名前呼び捨てだし」

 

 今更過ぎる。

 呼び方を変えたその日に指摘され説明みたいなものはしたはずなんだが。

 第一基本女子の名前を下の名前で呼び捨てで呼ぶ一夏がそれを言うのか。

 

「それはそうだけどよ。お前が呼び捨て呼ぶの珍しいじゃんか。だから折角なんで俺も更識さんに呼び捨てで呼んでほしいなっと思って」

 

「えっ? わ、私……!?」

 

 簪は当然の如く驚いていた。

 何が折角なのかまったく意味が分からない。 

 一夏のことだ。ただ単に気軽に呼んでほしかったとかその辺だろう。

 

「よく分かったな。大体そんな感じだ。お前の親友なら俺の親友も同然だからな。同級生でもあるわけだし仲良くしたいんだ。名前はその第一歩だろ?」

 

 言ってることの意味は何となく分かったけども、今一つ腑に落ちない。

 だったら一夏が先に呼び捨てなり、あだ名なり親しみやすい呼び方で呼べばいいのに。

 

「それとこれは別だろ。それに更識さんを呼び捨てって更識さんはもちろん、お前にも悪いしさ」

 

 そのいやらしい笑みをやめてから言ってくれ。

 またいらない変な気を使ってからに。

 

「もっとも、更識さんさえ良ければの話だけど」

 

「う、うーん……別にいいけど……」

 

 いいんだ。

 

「それで早く済むならね。呼び方……下の名前呼び捨ては流石にちょっとアレ、だし……ここは無難にさん付けやめて……お、織斑とかで……いい?」

 

 その呼び方が一番無難か。

 

「苗字の呼び捨てか! いいな、それ! 気に入った!」

 

「そ、そう……」

 

「いや~今まで何かフルネームで呼ばれたり一夏って下の名前呼び捨てにされることばっかりだったから逆に新鮮な感じがするな! これで更識さんと一気に仲良くなれたな!」

 

「あ、うん……」

 

 嬉しそうな一夏とは対象的に簪はやれやれといった様子だった。

 相変わらずいきなりな奴だ。

 だが、これで気も済んだだろう。一夏のは。

 これですまないのが言わずもがな。

 

「お、織斑!」

 

「ん? どうした? ラウラ、いきなり名前呼んで」

 

「そ、その何だ! し、新鮮だろ! 私に苗字を呼び捨てにされるのは」

 

「あ~! ラウラずるいわよ! 私だって! 織斑! どう!?」

 

「鈴までどうしたんだよ。どうって言われてもな……新鮮ちゃ新鮮だけど。ラウラには昔フルネームで呼ばれたことあるし、鈴に苗字で呼ばれるのは初めてだけど別に今のままでいいぞ? 更識さんの真似しなくても」

 

「ぐっ……嫁の新鮮な気持ちを奪えぬとは夫としての矜持が! 更識簪、とんだ伏兵だ」

 

「ぐぬぬっ!」

 

「……っ!?」

 

 さも当たり前かのような状況。

 一夏を想う五人からの恨めしそうな視線を向けられ、簪は両肩を縮こませていた。

 可哀想だからやめてやれ。

 

「わ、分かってますわ!」

 

「い、言われなくても分かってるよ!」

 

「まあ、せっしーもデュノっち達もどうどう~」

 

「そのっ……なんていえばいいでしょうか。更識さん、お気になさらず。い、いつものことですしね」

 

「そ、そうそうっ」

 

「更識さん、ドンまい!」

 

「あ、ありがとう」

 

 本音が五人を宥め、谷本さんや四十院さん達に簪は慰めなれていた。

 

「賑やかだなぁ……でよ、これどういう状況なんだ?」

 

 原因の発端である一夏は不思議そうな顔しながらのんきに昼飯を食べていた。

 まったくこいつはどこまで大物なんだか。

 

 

 

 

「ご飯食べに行っただけなのに余計疲れた……」

 

 あれから二人で一旦整備室に戻った訳だが、一息つくなり簪はぐったりしていた。

 あれだけのことがあったんだ。無理もない。

 正直、俺もここを出た時よりも疲れた感じがする。

 昼飯に連れて行ったのはこちらなわけだし何だか悪いことをした。

 

「気にしたら負け……あれはもう天災みたいなもの……」

 

 言えて妙だ。

 思わず笑ってしまった。

 そしてここに戻ってきたということはそろそろ作業を再開をするはずだ

 

「そろそろね。でも……今物凄く眠くて……ふぁ~……」

 

 そう言って簪は手で口を押さえ欠伸を噛殺していた。

 昼飯を食べた後は眠くなる。加えて今は昼間。ある意味眠くなるベストタイミング。

 昨日から作業している疲れもあるだろうから、その眠気は一入だろう。

 

「うん……それでも作業は再開したい。だからね、よかったらだけど……眠気覚ましの話、聞いてくれない? 大した話じゃないけど」

 

 それぐらいならお安い御用だ。

 話していれば少しは眠気も覚めるだろう。

 で、話というのは一体。

 

「本当大した話じゃないんだけど……さっき、昼の出来事。何だかんだ楽しかったなぁって……だからこそ、改めて分かったことがあって」

 

 何をと俺は簪に尋ねた。

 

「当たり前のことなのは分かってるけど私の周りにはこんなにも沢山の人がいる。あなたや本音、皆が私のことを気にかけてくれている。なのに……いつまでも意地張ってるのは本当馬鹿らしいよね」

 

 意地というのはやはり弐式の開発のことだろう。

 

「言えた口じゃないのは分かってるけど正直なこと言うと私は今でも人の力を借りるのは甘えだと思ってる。だから、本音からアドバイスもらえても手伝ってとは言えないままだった。でも、そんなこと言えてる状況でもない。だから今一度前に踏み出そうと思って」

 

 前に……それはなんてことないことのように思えて、それは簪にとってさぞ勇気のいることなんだろう。

 簪の瞳が不安を踏み堪えるかのように揺れているのが何よりもの証拠。

 簪はどう前に踏み出すのか。

 

「本当は言いたくはない。認めたくはない。でも……私一人ではもう限界が来てる。だから開発を他の人にも手伝ってもらおうと思って」

 

 それが簪自信が下した決断。

 ということは本音達に手伝ってもらうのか。

 

「それは最終的な手段。まずは筋を通したいから倉持に協力を仰ぐ。こっちから言わないと、向こうからはいくら自社機体とは言え、更識家のこともあってアプローチしにくいだろうし。本音達に手伝ってもらえるようお願いするのはその後」

 

 確かに倉持に協力を仰ぐのはいいかもしれない。

 弐式は倉持製の機体。あそこなら技術力も確かで、元々開発予定だったのだからより専門的な協力は得られるだろうな。

 機体を請け負ったからとは言え、全部が全部好き勝手にできるわけないだろうし。

 

「まあ、それはそうだね。でも……今更、私が倉持に協力をお願いしても言いのかな……散々一人でやるって言ってたのに……出来ないからって都合よすぎる気もして。そもそも私なんかに手を貸してくれる人なんているのかな……」

 

 不安は尽きないものなんだろう。こういうのは。

 それでもやるしかない。やり始めれば、不安は過ぎていくだろうし。踏み出さないと何も始まらない。

 何が出きる訳でもなければ、何ができるのかも分からないが自分で力になれることがあればいくらでも簪を手伝う。

 だから、頑張ってみてほしい。

 

「ありがとう……そうだね、あなたがついてるなら百人力。よしっ、まずは倉持にアポ取らないと」

 

 そう言った簪は確かに前へと進み始めた。

 


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