【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜   作:シート

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第三十三話 簪の為にできること

 そう言えば、今日……。

 ふいにあることを思い出した。

 

「ん? ああ……うん、今日だよ」

 

 今日も今日とて早朝のランニングを隣で一緒にする簪が答えてくれる。

 簪が倉持に協力を仰ぐと決意した日から一日開けた今日。簪は本土にある倉持技研に赴く。

 

「アポ取れたからね。こういうのは画面越しよりも面と向かっての方がいい。こっちからお願いしに行くわけだし」

 

 確かにそれはそうだ。

 だが倉持へは簪一人で行く。正直言うと心配だ。

 一人で行けるのかとか一人で大丈夫なのかとかそういう心配ではなく……上手く表現できない心配がある。

 かといって今更着いていくこともできない。着いていったところで邪魔になるだけだろう。

 

「ふふっ」

 

 くすくすと簪に笑われてしまった。

 今までのやり取りで笑う要素なんてなかったはずだが。

 

「隣でそんな百面相されて笑わない方が無理。走りながらなのに器用……心配、してくれてるんだ」

 

 当然だろう。

 大切なことなのだから。

 

「私も不安がないわけじゃない。正直、アポ取る段階で門前払いされるって思ってたし……今日行っても本当に協力してもらえるかどうか」

 

 一瞬簪に不安の表情が過ぎったがパッと切り替えるようにそれでもと言って。

 

「やれるだけのことはやってくるよ……だから、大丈夫。そんな心配しないで」

 

 真っ直ぐな口調でそう簪は言った。

 強い簪は。

 だったら、俺が不安に思うのは野暮というものだ。

 上手く行くように祈るのみ。

 

「ありがとう……心強い」

 

 簪は嬉しそうにはにかんだ。

 

 

 

「かんちゃん忘れ物ない? ハンカチ持った? スマホ忘れてない? お金ちゃんとある?」

 

「大丈夫。忘れ物もない。部屋でも散々確認したでしょ」

 

「でもぉ~」

 

 早朝トレーニングをして朝食を食べた簪、本音、俺の三人はIS学園のある島と本土を繋ぐモノレールの駅にいた。

 本音と俺とでこれから倉持技研に行く簪の見送りの最中。 

 一夏が付けたのほほんさんというあだ名通り、普段はのほほんとしている本音だが今はせわしなくずっと簪のことを心配している。

 

「だって、あのかんちゃんが一人で出かけるんだよ!? 迷子なったら大変だよ! 知らない人に着いていったらダメだからね!」

 

「分かってる。そんな小学生じゃないんだから……後、迷子にもならない。向こうの駅着いたら車用意してもらってるし」

 

「それでも心配だよ~」

 

「はいはい、帰る前に連絡するから。ほら、もうモノレール来たから行くね」

 

 制服姿の簪がモノレールへと乗り込む。

 健闘を祈る。

 

「うん、ありがとう。行ってきます」

 

 ドアが閉まり、モノレールは本土へと行った。

 

「あ~あ、行っちゃった~」

 

 モノレールが見えなくなった後も本音はまだ心配そうに見つめている。

 過保護というかなんと言うか。

 思った以上に心配性なんだな。

 

「そりゃ~心配するよ~大げさかもしれないけどいろいろとあるわけだしさ~そういうそっちは全然平気そうだけど心配じゃないの~?」

 

 当然の如く心配だ。

 だが、こっちが心配して不安に思ったところでどうこうなるようなものじゃない。

 むしろこういっては本音に悪いが、心配してそわそわしてたら返ってこれから頑張ろうとしている簪を不安がらせて決意を鈍らせかねない。

 心配はあれどここは一つ帰ってきた簪が安心できるようドシっと構えて帰りを待つほうがきっといいはずだ。

 

「う~ん~! それはそうなんだけど~!」

 

 本音はまだまだ落ち着かない様子だった。

 まあ、こういうのは急には無理だろうから少しずつ。

 

 

 

 立て続けに重い銃声がアリーナに響く。

 打鉄のアサルトライフル《焔備》から放たれた銃弾は高速移動する仮想相手である浮遊ドローンの一機に掠る程度で撃破ならず。

 今度はドローンから銃弾が連射され、それをバックユニットに設けられたシールドを持つサブアームで防ぐ。

 そして、すかさず反撃に移り、次こそ浮遊ドローンを撃破できた。

 

 何回目かの挑戦になるが、回を追うごとにどんどん酷い結果になってきている。

 始めてからもう随分と長い時間経っていることだし、ここらで一旦休憩を取ろう。

 正直、集中できてない。

 本音には偉そうな事言っていたのに、心配を頭の片隅に追いやってもふとした時には考えてしまっている。

 切り替えなければと思っているが出来てないのが現状。

 

「よっ!」

 

 機体を解除してピットで休んでいるとその声と共に首元に冷たいものを当てられた。

 不意打ちにビクッとしながら振り向くとそこには案の定一夏がいた。

 首に当てられた水を渡され受け取ると一夏は隣に腰掛けた。

 

「訓練は……捗ってはなさそうだな」

 

 今の俺を見て察してくれたのだろう。

 

「お前は今日もパッケージを使った訓練だったか?」

 

 俺は頷いた。

 臨海学校前からテスターを任されている試作パッケージを使った訓練をやっていた。

 打鉄の両肩部分にある盾を収納し、背部に大型のバックパックを装備したのがこのパッケージ。

 仕様書によるとバックバックによる高機動化と稼働時間の延長。バックパックの上部に設けられた2基のサブアームで大型のシールドを携行し、防御力と防御範囲の拡張を目指したものらしい。

 使用時間にして約一ヶ月近く使っているから初めのころよりかは慣れたが、少しでも気を抜くと速さに振り回されてしまうのがこの装備の難しいところだ。

 

 そう言う一夏はいつもの五人と訓練していたはず。

 こんなところで油売っていいのか。後が怖そうだ。

 

「それは言わない約束だろ。休憩になったから隣のアリーナでやってるお前の様子見に来たんだよ」

 

 もっともらしいことを言ってるが体のいい理由つけて逃げてきたな。

 

「そ、そう言えば今日は更識さん外に出かけてるんだよな」

 

 図星だったようで誤魔化すように次の話題を振ってきた。

 簪が外、倉持に行ったことは一夏も知るところだ。

 それがどうかしたのだろうか。

 

「いや、出かけたの自体はどうもしねぇけど……何かお前心配そうにしてるだろ? 更識さんのこととかで何かあったんじゃないかって思ってさ」

 

 顔に出ていたのか。

 それだと何というか恥ずかしい。

 

「相変わらず無愛想な顔してるからそういうことじゃねぇよ。ただ雰囲気って言えばいいのか? そう言うの感じてな」

 

 こいつのこういうところ怖い。

 人のことになると本当に察しがいい。

 ここまで来ると流石としか言いようがない。

 

 心配ごとはある。

 簪が倉持に行くこともそうだが、帰ってくるまでの間ただこうして訓練だけしていてもいいのかどうなのかということ。

 訓練は大事だ。健闘を祈って待つことも大事だ。

 だが、簪が倉持で頑張っている間にただ訓練して待つだけじゃなく、それ以外で簪の為に何かできることはあるんじゃないかと考えてしまう。

 動けば自分でも何かできることがあるという自惚れがどこかにあるんだろう。

 それでもただ待っているのは性に合わないというかなんと言うか。やっぱり、何かしておきたい。

 そう言う心配みたいなものがあった。

 

「俺でよければ話ぐらいいくらでも聞くぜ! 思ってることがあるなら言ってみろよ。そりゃ解決はむりかもしれないけど吐き出すことで気持ち、楽になるかもしれないぞ」

 

 無性に今その言葉がありがたかった。

 一夏の言う通りだな。話すことで、何か考えが変るかもしれない。

 これは話半分の話。ISの開発って実際のところ何をどうするものなんだろうな。

普段簪がシステム構築をして開発を進めているのは知っているし。時には機体そのものを弄って細かな調整をしている姿も見ているから何となくは分かる。

 けれど、具体的に何をどうして開発するのか知らない。それっぽいことと言えば、授業で習った簡易整備ぐらいなものだ。

 

「難しいこと言うなぁ~。というかやっぱり、更識さん絡みだったか。うーん、そうだな」

 

 腕組をして唸り声を上げながら考え込む一夏。

 専門的なことになるだろうから難しい。

 

「専門的なことか……となると、整備科頼るとかどうだ?」

 

 そうなるか。

 あそこなら整備だけではなく、研究や開発もやっていると習った。

 専門的なことを習い腕も確かだろう。本音以外でも人手は多いほうがいいだ。

 でも、今は夏休みの真っ最中だ。帰省してないといいが……。

 いや、そもそも整備科って二年生だ。整備科の知り合いもいなければ、ましてや二年生の知り合いもいない。

 整備科なら来年からそこに進む本音を頼るべきなのか。交友の広い彼女なら伝とかあるだろう。

 でも、本音を頼るのもちょっとな……職員室に行ってまずは先生方に聞いてみるか。

 

「職員室って待て待て。相変わらず行動早いな……何も職員室に行かなくても手っ取り早く話し聞ける方法があるってのに」

 

 そんなものあるのか。

 

「あるぜ。新聞部の黛先輩っていただろ? あの人二年生でしかも新聞部だから裏情報みたいなのとか整備科のオススメの人とか教えてくれるかもしれないぜ?」

 

 思い出した。あの人か。

 入学したばかりの頃よく突然のインタビューや取材と称して後をつけられた。

 あまりいい思いではないのが正直なところだが、一夏の言うことは一理ある。

 先生方に紹介とかして貰うよりも、同級生同士横の繋がりから融通の効いた人を紹介してくれるかもしれない。

 もっとも相手が相手だからそれ相応の対価は払わないといけなさそうだ。

 そもそも連絡先知らない。そう思っていると一夏がしたり顔していた。

 

「心配無用だ。黛先輩の連絡先なら知ってるぜ。結構前に交換しといた。俺が連絡取ってやるよ」

 

 コミュ力お化けだ。

 だが、頼もしい。他人の手を借りること多少抵抗はあるがそれは今更。

 気にしない方向でここは一夏の力を借りよう。

 

「おうっ! 任せろっ!」

 

 一夏は気持ちのい返事をしてくれた。

 

 

 

 

 あの後、早速一夏は黛先輩と連絡を取ってくれた。

 そして無事、会う約束をすることが出来た。

 約束の時間は夕方頃。ちなみに今は昼の三時過ぎ。

 なので今日のもう訓練は早めに切り上げることにした。元々そんなに集中できてなかったんだ。こういう日は早いうちにやめておくことに限る。

 これで後はもう気兼ねなく約束の時間にいける。

 

 だがそうは問屋はおろさない。黛先輩に会いに行くのには一夏も同行する。一夏と俺がちょっとした取材を受けるのが会う条件だからだ。

 それはまだいい。タダで話を聞かせてくれるとは思ってなかった。それよりも問題なのが一夏。

 一夏自身はそこまで悪いわけじゃないが、こいつが動くと騒ぎになる。騒ぐのは女子達。特にあの五人。

 訓練を抜け出して俺のところまで来て自分達の知らないところで約束を作っていたんだ。あいつらが騒がないわけがなくそれはもう大変だった。

 

「いや~何か悪いなぁ」

 

 約束の場所である新聞部の部室へ一夏と向かっており、道中謝ってきたが悪びれた様子はない。

 へらへらしてる。こいつ、悪いと感じてもとりあえず謝ってるだけだろ。何がどう悪いのかこれっぽっちも分かってない顔してる。

 ちなみにこいつが謝ってるのはあの五人に問い詰められた件について。

 

『本当に! 一夏さんのこと頼みましたからね!』

 

『新聞部と何かあったら承知しないんだから!』

 

『嫁の安全が貴様に課せられた重要任務だと心得ろ!』

 

『一夏のことよろしくね。もしもの時は……ふふふふふっ』

 

『私は皆の様にとやかくは言わん。お前のこと信じているぞ!』

 

 とまあ、散々な言われよう。

 それだけ一夏はあの五人に想われているということなんだろうが当の一夏は分かっておらず、何とも報われない。

 過激なところがあるから仕方ないと言えば、仕方ない。

 

 そうこうしていると部室前に着いた。

 ノックをしてから一声かける。

 

「はい、どうぞー!」

 

 声がして、俺と一夏は中へと入った。

 

「いらっしゃい! 待ってたわ! 適当にその辺座って」

 

 出迎えてくれたのは黛先輩一人だった。

 新聞部らしく沢山の資料がまとめられているだろうファイダーがぎっしり並べられた本棚と高性能そうなパソコン類に囲まれているが、他の人の姿は見当たらない。

 そのことを一夏も気になったようで変りに聞いてくれた。

 

「あれ? 黛先輩一人なんですね」

 

「人が多いとあなた達、リラックスできないでしょ。それに折角の独占インタビュー、独り占めしたいじゃない!」

 

 黛先輩なりの気遣いなんだろう。理由はどうあれ、ありがたい。

 

「で、本題なんだけど……私に聞きたいことって?」

 

 聞かれて、整備科のことを尋ねてみた。

 

「整備科について知りたいね。それなら詳しいわよ。ていうか私、整備科所属だからね。しかも、自分で言うのもアレだけどこう見えて整備科のエースなのよ!」

 

「ええっ!?」

 

 一夏と一緒になって驚いた。

 詳しいどころではない。本場の人だ。しかも、エース。

 初っ端大当たりを引いた気分だ。

 

「何か用でもあるの? 機体の整備お願いしたいとかかな?」

 

 それもなくはないが今回は違う。

 簪には悪いが、今簪の置かれている状況。それと簪が人手を欲しがっていることを簡単に説明した。

 

「なるほどね……やっぱり、姉妹なのね」

 

 黛先輩が考え深げに言ったことが気になってまた尋ねた。

 

「あら、知らない? 彼女のお姉さんもISを自作したってこと」

 

「え? そうなのか?」

 

 驚く一夏に頷いて答える。

 それは知っている。でも、お姉さんは一人で開発したはずだ。

 

「まあ、実質一人で作り上げたようなものだけど……私も開発に協力したのよ」

 

  そうだったのか。

 

「と言ってもアドバイスとほんの少し手伝った程度だったけどね。ほとんど、たっちゃん……楯無ちゃんと三年生の布仏虚先輩の二人で作業してたから」

 

 ずっと疑問に思っていたことが解決された。

 やはり、お姉さんも全部一人で開発したというわけではなかった。

 それに布仏虚先輩って……本音のお姉さんだよな。整備科……姉がそうなら妹もというものなんだろうか。

 

「事情は分かったわ。まだ学園に残ってる子で腕のいいの充てはあるけど……その前に、一つ確認」

 

 黛先輩が尋ねてきた。

 

「話聞いた限りこの件って別に彼女お願いされたわけじゃないでしょ? それって余計なお世話じゃない?  そもそも君はどうして彼女の為にここまでするの?」

 

 お願いされたわけでもないのに、これは余計なお世話だろうことは分かっている。

 それでも、簪が頑張っているのに何かせずにはいられなかった。

 だから、どうしてと聞かれても好きだから簪の力になりたい。それだけしかない。

 

「お、おぉ……」

 

「は、はっきり言うわね……」

 

 驚く一夏と呆気に取られた様子の黛先輩。

 流石に簪のことを好きだとは言葉にしていないが、これでは言っているようなものだ。

 この反応は無理もない。

 しかし、これが本心。ネタにされるのも覚悟の上。ここで誤魔化すような事はしたくなかった。

 

「流石にここまでスパっと言われるとネタにしようがないわ。私にもそのぐらいの分別ついてるし」

 

「本当ですか?」

 

「失礼ね、織斑君。本当よ。誓ってもいいわ。ただし、いろいろ落ち着いたらそれ相応のことは聞かせてもらうけどね」

 

 楽しげな笑み浮かべて言われると怖いものがあるがそういうことならひとまずよかった。

 これで整備科の目処はついたか。

 

「ええ、とりあえず皆に話しておくわ。その後のことはちゃんと更識さんと一度顔を合わせてからになるだろうから、実際どうなるかはまでは確約できないけどね」

 

 そうなるな。

 それについてはまた上手くいくようにやるほかない。

 今一度黛先輩。そしてこの場を設けてくれた一夏に感謝した。

 


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