【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜   作:シート

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第三十四話 簪は一歩進み、一歩下がり、また一歩進む

「かんちゃん、遅いな~まだかな~」

 

 朝の時と変わらず、夜が近くなっても隣の本音は落ち着かない様子。

 心配する気持ちは分からなくないが、そろそろ寮に着くと連絡があったはずだろ。

 

「そうなんだけど~心配なものは心配だよ~!」

 

 相変わらずだ。

 

 黛先輩と会った後一夏を五人に返し、本音から簪がそろそろ帰ってくるという連絡をもらった。

 夕食前の今、寮の玄関で本音と簪の帰りを待っているというのが現状。

 

 寮玄関の自動ドアが開いて人が入ってきた。

 簪だ。今帰ってきた。

 

「かんちゃ~んー!」

 

「うわぁぁっ!?」

 

 姿を見るなり本音は簪に抱きついていた。

 それを簪は驚きながらも受け止める。

 

「あ、危ない……抱きつく必要ないでしょ。離して」

 

「だって心配だったもん! あっ、忘れてた! おかえりなさい!」

 

「はいはい、ただいま。ほら、離れる」

 

「あ~」

 

 ひっぺがされて本音は簪から離された。

 そして、俺も簪を出迎える。

 

「うん……ただいま」

 

 と普通に返事を返してくれる。

 のだが、何だろう。妙に引っかかるものがある。

 

「にしてもかんちゃん、帰ってくるの大分遅かったね。何かトラブルでもあった~?」

 

「ううん、大丈夫。ただ現状報告求められて、それに大分時間取られて遅くなった」

 

「そうだったんだ~で、その~……ど、どうだったの?」

 

「……」

 

 本音からの問いに簪の表情は、ほんの一瞬曇った。

 それで大体察した。

 本音も察したようで慌てて話題を変えてた。

 

「って、立ち話もアレだね。もうお夕食の時間だから先にご飯にする? それともお風呂? あ、疲れてたら先に休んでもいいよ~」

 

「ご飯にする。でも、先に荷物を部屋に置きたい」

 

「了解~! まあ、積もる話はいろいろとませて落ち着いてからのほうがいいよね。じゃあ、私はかんちゃんに付き添うから席の確保よろしく~」

 

 頷くと部屋へと向かう二人を見送った。

 心配ではあるが、今自分にできることはない。

 様子を見守ろう。

 

 

 

 

 一息ついてペンを置く。

 あの後夕食は簪達と食べれた。だがしかし、簪の表情は曇ったままだった。

 よほどのこと。いや、それ以上のことがあったのは間違いない。

 黛先輩、整備科のことを話すのはもう少し時間を置いてからの方がよさそうだ。

 なので簪のことは本音に任せる他なく部屋で勉強とかをしていた。

 

 もっとも、今は集中力とやる気が切れて何をするでもなくだらだらしてしまっている。

 どうしたものか。ぼんやりしている時だった。

 ふいにスマホが鳴った。手に取るとメッセージが来ていた。

 

《部屋行ってもいい? 今日のこと直接会って話したい》

 

 今からなのか。

 時間はまだ夜の八時過ぎ。外出禁止時刻ではないが正直、戸惑う。

 返事に迷っていると次のメッセージが来た。

 

《後、本音も行きたいって言って聞かないけどダメだよね? 場所は別にロビーとかでもいいよ》

 

 本音も一緒なら……まあ、いいか。

 あの件なら本音も関係あるし、二人っきりよりかはずっといいはずだ。

 場所についても俺の部屋でいいだろう。ロビーだと人目が気になるだろうし、変に聞き耳立てられていてももアレだ。

 俺は大丈夫だと返事を返した。

 

《ありがとう。すぐ行く》

 

 メッセージを読み上げ、スマホを机に置くと意味もなく辺りを見渡す。

 部屋は綺麗だ。服装も寝巻きではあるが、おかしくはないはず。

 言い表せない落ち着くを感じながら持つこと数分。部屋の扉がノックされた。開けに行く。

 

「おばんばん~」

 

「こんばんは」

 

 扉の向こうには本音と簪がいた。

二人も寝巻き姿。

 とりあえず、部屋の中へと招き入れた。

 

「これが男の子の部屋なんだ~地味だね~」

 

「こ、こらっ……! 本音っ」

 

 散らかさないし来た時から物増やしてないから地味なのは事実だ。

 二人には適当にその辺へと腰を落ち着けてもらい、お茶を出す。

 そして、いきなりで悪いが本題に移らせてもらった。

 

「そうだね。本題……うん。もう分かってると思うけど、今日の倉持の件ダメだった……」

 

 そう言った簪の声は沈んでいた。

 正直、帰ってきた簪の顔を見た瞬間からそうだろうとは思っていた。

 簪はショックを隠しきれない様子だ。

 

「断られることは覚悟してた……でも、いざこうなってみるとショック大きい……どこかで上手くいくって自惚れてたのかも……断られるにしてもただでは起きないつもりだったのに、何も……」

 

 簪のショックは相当デカい。

 出た時、あれだけ意気込んでいたのだから無理もないのかもしれない。

 そんな簪を本音は心配そうにしている。

 

「かんちゃん、その……大丈夫?」

 

「うん、大丈夫……スッキリした。もう、切り替える。ごめん、本音……気、使わせて……あなたもごめんなさい。こんな愚痴聞かせて」

 

「全然いいよ~! ね!」

 

 本音の言葉に頷く。

 溜め込んでいるものを吐き出してスッキリできるのなら全然構わない。

 

「でも、倉持の人に何か言われたりはしなかったの?」

 

「特にこれといったことは何も。開発についてもダメだしどころか一言も言われなかったし」

 

 倉持のスタンスは変わらない。

 簪に任せているから向こうから下手に手出しできないし、向こうとしては今更出る幕でもないといった感じなんだろう。

 まあ、変に細かい指示とかなかっただけまだいい方か。

 

「これからどうするかとか考えてる~?」

 

「もちろん。開発は続ける。自力で……それにあたってなんだけど、本音」

 

「? なぁ~に~?」

 

 簪の表情は真剣だ。

 いよいよ切り出すらしい。

 

「その……開発、手伝って欲しいんだけどいい……?」

 

「え?」

 

「別に無理にとは言わない。でも……本音がいてくれたら心強い……」

 

「無理だなんてそんな……! 全然いいよ~! めっちゃ頑張るよ~!」

 

「ほどほどでいいから」

 

 答えは分かりきっていたがそれでも快く本音が引き受けてくれてよかった。

 

「うん……本当にね」

 

「あ、でもでも~人手いるよね。私とかんちゃんの君の三人じゃ細かいところまで手が回らないし」

 

 俺まで数に入っているのか。

 調整相手にはなれるが開発は……。

 それより、人手だ。二人に話さなければならないことがあった。

 黛先輩、整備科のことを話した。

 

「ふむふむ、なるほど~それで昼間おりむーとなんかしてたんだ」

 

 知っているらしい。

 簪はどうなんだろうか。

 

「嬉しい……わざわざありがとう。新聞部の人に聞いたって……高くついたでしょ?」

 

 高くはついたが必要経費みたいなものだ。

 それにあくまで話をつけただけで、本当に引き受けてもらえるかは簪次第。

 

「うん……それでも整備科のエースの人達と話できるようにしてくれたのは本当ありがたい」

 

「私も伝手はあるにはあるけどほとんど皆帰省しちゃってるし」

 

 やっぱりそうか。

 後、そうだ。もう一つを伝え忘れていたことがあった。

 

「?」

 

 伝えるべきか正直迷うところではあるが、伝えておくべきだろう。

 二人のお姉さんについてのことを。

 

「お姉ちゃん?」

 

「……」

 

 本音は不思議そうに首をかしげ、簪は目を伏せた。

 黛先輩から聞いたことをそのまま二人に伝えた。

 

「へぇ~そうなんだ~」

 

「お姉ちゃん、一人で作ったわけじゃなかったんだ……」

 

 簪は兎も角、本音まで知らなかったとは。

 

「姉妹だからって何でも知ってるわけじゃないしね~そういう話もしないし。後お姉ちゃん、楯無様の付き人してて忙しい人だから。今も楯無様と一緒に休学して仕事してるみたいだし……まあ、お姉ちゃんと一緒に開発してたのなら納得だね~」

 

 本音のお姉さんも簪のお姉さんと同じくとても優秀な人なんだろう。

 言葉の端々からそう感じた。

 それよりも簪だ。伝えることは伝えた。

 お姉さんと同じ人を頼るというのは思うのがあるだろう。大切なことであるわけだし、今ならまだ断りやすい。よく考えて欲しい。

 

「んー……まあ、正直複雑。でも、この機会を断ったところで頼る伝手があるわけじゃない。整備科の先生を頼って紹介してもらうってのもあるけど、帰省で人が少ない現状では難しい。仰々しい言い方になるけど背に腹は返られない」

 

そう言うのなら俺からこれ以上言うことはない。

 できるだけのことをしよう。

 

「そうだね。その通り……。仲介、お願い、できる?」

 

 その簪の言葉に俺はもちろんだと力強く頷いてみせた。

 


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