【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜   作:シート

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第三十九話 簪への想いとこれからが繋がる時

 人手が増えるというのは一見単純なことのようでとても大きい。

 整備科志望の彼女達二人が弐式の開発に加わって数日が経つ。

 この学園の生徒らしく彼女達も例に漏れず優秀。それに彼女達はただ名乗り出たわけではなかった。

 

「これ使えるかもって貰ってきたんだけど……使えそう?」

 

「これ……白騎士の荷電粒子砲についての研究データ……? 凄いっ、これよくまとめられてる」

 

「どれどれ~本当だ! これならいくつか参考に出来そうだね~!」

 

 渡されたデータを見るなり、簪と本音は驚いていた。

 よほどのことが書かれてるらしい。

 

「どうやって手に入れたの……?」

 

「いやね、整備科の三年生の先輩がさ私達が中学の時によくしてくれた同じ学校の先輩で、いろいろアドバイス貰ってたらこのデータ貰ったんだ」

 

「簪が荷電粒子砲でも行き詰ってるって本音から丁度いいかなって」

 

「ありがとう……凄く助かる」

 

 簪は本当に嬉しそうに微笑んだ。

 

 このデータ、彼女達の協力もって開発状況は以前とは比べ物にならないほど変わった。

 機体の基礎構築の見直し、問題だった火器管制システムの完成。

 そして、荷電粒子砲が完成した。

 

「これで完成。問題は……なしっと」

 

 簪が納得顔で頷く。

 それを見て皆は一息つき始めた。

 

「いや~本当大変だった。やっぱり、IS学園がずっとやってる課題の一つだけあって荷電粒子砲関係は難しいね」

 

「本当だよ~でも、よく言うならもっと完成度高めたかったなぁ~結果的に弾数減っちゃったし」

 

「まあ……それは仕方ないよ。収束率と稼働率の安定を取ったから。おかげでモノにはなって、威力は設計通りにエネルギー効率は上がったからむしろ上出来」

 

 弐式に搭載されている荷電粒子砲は皆の努力の甲斐あって実技でも問題なく稼動できるようになった。

 初期設計通りなら左右一門ずつを一発とする合計五発の予定だったが、簪が言ったように収束率と稼働率の安定を取った結果、三発となった。

 しかし、残り二発分のエネルギーを他のところに回せるようになり、いろいろな面が安定とある意味怪我の功名だった。

 

「データくれた先輩には感謝しないと。なかったらとてもじゃないけど無理だったわ、これ」

 

「そうだね~感謝しないと。後、黛先輩達にも」

 

「うん。力貸すとは言ってくれたけど、本当に貸してくれるなんて思わなかったから来てくれた時驚いちゃった」

 

 俺も驚いた。

 しかも先輩はあの時は違う手の空いた整備科の知り合いを連れやってきてはアドバイスをくれた。

 そのおかげで簪主導の数人とは言え、ここまでの完成に近づくことができた。

 一人の力よりも大勢の力を合わせれば、物事は成功させやすい。

 衆力功ありとはよく言ったものだ。

 

 このように開発は順調に進んでいるが、当然作業時間は膨大なものになる。

 日中だけではとてもじゃないが足りない。

 けれど、今は夏休み。予定を全て開発に充てているのと。

 簪が寮長であり学年主任でもある織斑先生と整備科の先生に許可を取り、朝から夜の外出禁止時刻まで整備室を使えるようにしたこともあって、作業は夜遅くまで続く。

 

 そんな忙しい日々にも関わらず、早朝ランニングは欠かさない。

 今朝も二人一緒に走っている最中。

 俺は簪ほど忙しくもなければ大したこともしてないので疲れはないが、夜遅くまで作業をして忙しい毎日を送っているのに朝早くから走って疲れが溜まらないか心配になってしまう。

 

「ううん……別に大丈夫。むしろ、こうやって毎朝走ってるほうが作業に身が入るし、一日元気でいられる。だから、そんなに心配しないで。無理はしてないつもりだから」

 

 そう言われるとこれ以上下手な心配もはばかられる。

 簪には本音がいるわけだし、俺が心配してもどうしようもないこともあるが、出来る限りのフォローは忘れないようにしよう。

 それぐらいしか出来ることしかない。ただでさえ手持ち無沙汰なのに。

 

「もう、また気にしてるの……? ちゃんとテスト相手してくれてるだけでも充分なのに」

 

 簪にはまた呆れ半分に怒られてしまった。

 分かっているがこればっかりはどうしてもな。

 変わらず俺も開発に参加しているが、技術的なことができるわけでもなくもっぱらテスト相手。

 しかし、簪がずっと機体テストをしているわけでもないので機材を取りに行ったり、休憩の差し入れを買いに行ったり雑用みたいなことをしていても手持ち無沙汰なことが多く、簪達に悪い。

 

「気にすることないのに……皆も言ってたでしょ」

 

 言われて、皆にも似たようなことを言われたのを思い出す。

 

『ってか、君ってば気にしすぎ』

 

『ほんとそれ。私達にめっちゃ気使ってるでしょ。私達、君のこともう仲間だと思ってるのにさ』

 

 彼女達の気持ちは嬉しいが、こうも女子ばかりだとどうしても気を使う。

 あまり気を使いすぎてもよくないとは分かっていてもだ。

 

『もっとこう……織斑君みたいにドシっと構えといてよ』

 

 無茶を言う。

 あれは流石に真似できない。

 

『まあまあ~あまり気にし過ぎないで~お昼とか機材取ってくれるだけで私達凄い助かってるし~』

 

 といった感じなことを皆に言われた。

 やはり気にしてしまうが、ここは割りきる他ない。

 けれど、もっと簪の力になりたいとも思わずはいられない。

 何だか最近、同じところで立ち止まってばかりだ。

 

 

 それは夜整備室での作業を追え自室に戻ってゆっくり過している時のことだった。

 こんな夜遅く。しかも、珍しくテレビ通話がかかってきた。

 表記された登録名を見て一瞬迷ったが、無視するのもアレなので大人しく出た。

 

『よっ! 最近どうだ?』

 

 開口一番に一夏がそんなことを聞いてきた。

 相変わらず突然すぎるほど突然だ。

 様子聞くためにわざわざテレビ通話してきたのかこいつは。

 

『当たり前だろ。お前メッセージだとそっけないし、折角便利なものがあるんだから顔見れた方がいいだろ』

 

 男同士でそれはちょっと今一つ同意しかねるがそういうものなんだろうか。

 

『そういうものだって。で、どうなんだよ?』

 

 また投げかけられる漠然とした問い。

 どうと聞かれても相変わらず忙しくやってるとしか。

 

『いや、忙しいのは分かってるよ。聞きたいのはもっとあるだろうってこと。こうこうこういうことがあったとかさ』

 

 具体的な忙しさを教えろってことか。

 朝から夜までやってること。それから彼女達が開発に参加してくれたおかげで完成に向かっていることを言った。

 

『おおっ! 本当か! そりゃよかった! でもあの子達が……つくづく思うけど、ここの生徒って本当に凄い子ばかりだよな』

 

 それは思う。

 彼女達のそういうところには今回特に助けられている。

 頼もしい限りだ。

 

 そういう一夏は地元に今帰省中だが、どんな感じなんだろうか。

 弾とか元気にしているのだろうか。

 

『もちろん、めちゃくちゃ元気だぜ。楽しくやってるよ。やっぱ、地元はいいよな。皆が居なくて寂しい感じもするけど、目一杯羽伸ばせるのはいいな』

 

 それはよかった。

 学園だと羽を伸ばしきれないこと多いだろうし。

 ああ見えて一夏も内心気苦労溜まっているだろうから、いい機会みたいだ。

 帰省は盆が終わるまでとのことらしいから、それまでゆっくりしていればいい。

 また何かあれば勝手にかけてくるだろうし、今日はこの辺で。

 

『おいおい、切ろうとするなよ。まだ聞きたいことがあるんだからよ』

 

 嫌な予感しかしない。

 

『更識さんとは最近どうなんだよ』

 

 画面の向こうでニヤついた顔をする一夏が聞いてきた。

 言うと思った。本当好きだなこの話題。

 自分のは気づいてないどころか、興味すらなさそうなのに。

 

 どうと聞かれても、一夏が期待しているようなものは何もない。

 第一今そんなことにうつつを抜かしてる場合でもない。

 頑張っている簪の邪魔にはなりたくない。

 

『でもよ、お前は更識さんのこと好きなんだろ?』

 

 わざわざそれを聞くのか。

 今更一夏に否定することでもないが急に聞かれ、曖昧な頷き方をしてしまった。

 

『じゃあさ、今じゃないにしてもそのうち告白っていうんか? 付き合うってか男女交際みたいなのをお前はしたりするのか?』

 

 また突拍子もないことを聞いてくる。

 今一つ確固たるイメージを持ってないのかぼんやりとした感じだなのがまた。

 

 告白……交際か。

 簪を好きだと思う気持ちをどうしたいのか。簪とどうなりたいのか。

 それは自分でも考えているが、今だ答えは出てない。

 というか、正直なところ分からない。

 

『分からんってお前な……』

 

 呆れられた風だが、そうなのだから他に言いようはない。

 今がどうとかいう時期の話は一旦置いておくにしても、改めて気持ちを伝えるべきなのかどうなのか。

 簪と付き合いたいから告白したいわけでもなく。ただ自分の気持ちを知っていて欲しい、だから返事はいらないのとか、そういうわけでもなくて物凄く曖昧。

 

 そもそも自分なんか告白してもいいものか。

 後悔は今もないが、あの時の告白みたいなものは勢い任せでもあったし。

 

『はぁ、はぁー』

 

 深い溜息を疲れた。しかも二回。

 普通に腹立つ。

 

『そりゃ溜息もつきたくなるって。どうせお前のことだからまた小難しくあれこれ考えてるのがよ~く分かるからな。生真面目なのはお前のいいところでもあるんだけど、「なんか」なんて言って逃げようとするなよ』

 

 言い返してやりたかったが、図星でもあって言い返せなかった。

 これは逃げだという自覚は少なからずある。

 だが、だったらどうしろって話だ。自分では答えが見えない。

 

『聞いた俺が言うのもアレだけどもっと簡単に考えていたらどうだ? 付き合うとかそういうの抜きにしてお前は更識さんがどういてくれたら嬉しい? ほら例えば、笑っていたりだとかさ』

 

 聞かれて、最初に思い浮かんだのは簪の笑っている顔だった。

 一番はやはり笑っていてほしい。

 最近はたくさん楽しそうに、幸せそうに笑ってくれるようになったんだ。悲しい顔は見たくないから笑っていてほしい。

 簪の頑張りが報われてほしい。

 あれだけ簪は試行錯誤しながら頑張り続けているんだ。報われてほしい。このまま頑張りが実ったら嬉しい。

 そのためなら俺は、いくらでも力を貸す。

 

 そうか。

 俺は簪のいろいろな表情、たくさんの様子を見たいんだ。好きだから。たくさんしてあげたい。

 許されるなら今よりも近くで。もっと傍にいたい。

 なら――。

 

『おっ! 気持ちに整理ついたみたいだな』

 

 画面の向こうでは一夏が得意げな顔をしている。

 まるで自分のおかげだといわんばかりだ。

 まあ、実際その通りではある。

 前にもこんなことがあった。簪への思いを自覚した時がそうだ。

 答えはいつも出ているのにそこに至るまで道筋が不透明で見えてないのが常。

 それを一夏は照らして、気づかせてくれる。

 

 告白して付き合うというのがいまひとつ変わらず。

 かといって、告白や交際を最終目的にしたくはなかったが。

 近くで見たい、もっと傍にいたいと思うのなら、好きなら答えは一つ。

 俺はもう一度簪に告白して、そう居られる関係になりたい。その気持ちが今ならはっきり持てる。

 

『いろいろあって大変だと思うけど頑張れ。望む結果があるなら迷わず進んでみろよ』

 

 そうだな。

 上手くいく保障なんてどこにもなければ下手すると今まで関係を壊してしまいそうで、正直まだ怖い。

 だが、もう立ち止まってもいられない。勇気を出さないと。

 


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