【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
午前九時前。
戸締りをしっかりとして、部屋を出る。
今日も朝からアリーナで実機訓練。メンツも今まで通り。
九時からなので遅刻ではないが洗濯や掃除をしていたからいつもより出るのが遅くなってしまった。
早く向かわなければ。早い人ならもう一足先に始めていてもおかしくない。
寮を出て校舎の中を通りアリーナに向かう。
そして、ロビーを通った時だった。
俺の足は止まった。
「あら、こんにちは」
既知感を感じさせる言葉と声。
そして、笑み。ああ……この人が簪の。
突然の如く彼女は現れた。更識会長が。
「私のこと知ってるのね。まあ、この学園の生徒会長だし当然か。それとも聞いたのかな。簪ちゃんに」
間違いない昨日の人はこの人だ。
見覚えが強くなってくる。
それにこの人が簪のお姉さんだというのも確かなんだろう。似ている。通りで俺は昨日あの時、簪に似ていると感じたんだ。
けれど、少し似ている程度でこの人は簪ではない。
笑っているはずなのに何か違う笑みがそう感じさせる。
昨日の今日で会うなんて、何というかツイてない。
こんな朝早くに。一体何の用なんだ。
「少し話を、と思ってね。正攻法じゃないと昨日みたいに先生達に告げ口されても嫌だし」
明らかに認めた。
しかも、自分自ら。
だからと言って、更識会長に悪びれた様子はない。
笑いごとのように言って笑ってる。
話……俺から話すようなことは勿論ない。この人から話を言われるとどうしても警戒して、話なんて聞きたくはない。
しかし、そうはいかないようだ。更識会長の口元を隠すように開かれた扇には『袋の鼠』と書かれてある。
逃がしてくれないのだろう。従うことにした。
「素直な子はお姉さん好きよ」
嬉しそうに笑われてもな。
話をするのはいいとして、九時からの実機訓練に遅れてしまう。そのことを一夏と簪には連絡しておかなければ。
言うと言わないとでは変わってくる。詳しいことは後で話すにしても、先に一言断りを入れておきたい。
「連絡? いいわよ、それぐらい。さっ、行きましょう」
伴われながらその間、二人に簡単な連絡を入れておいた。
返事は勿論、既読もない。もう始めているんだろう。
俺も今から頑張らなければ。
「腰かけて。リラックスして頂戴な」
椅子に座りテーブルを挟んだ向こう側に座る更識会長はそう言ってくるが無理だ。
早く話を始めてほしい。
「焦らないの。ゆっくりお話してお互いのこと知って仲良くなりましょう。私達は将来、姉弟になるかもしれないのだからね」
何言ってるんだこの人は。
冗談のつもりなのか。
なんにせよ、この楽し気な笑みからしてもからかわれているのは間違いない。
簪が言ってたこと今身をもってよく分かった。確かにこの人は人を食ったような人だ。
こんなこと簪に聞かれなくてよかった。聞かれていたら、どうなっていたことか。
「さて、まずは妹と仲良くしてくれてありがとう。少し様子見に行ったけど以前とは見違えるぐらい明るくなっててビックリしちゃった。専用機も完成したみたいだし、よかった」
曖昧に頷くことしかできない。
話というのはこんな世間話だったのか。
しかも、様子見に行ったって……簪は気づいてないだろう。気づいていたら言わなくても小なり、態度に出る。
「で、簪ちゃんとの仲はどう? うまくいってる?」
どうって……普通としか言えない。
喧嘩もしてない。仲良くやってる。
だが、聞きたいことはそういうことじゃないはずだ。下衆な勘繰りをしてくる時の一夏と同じ顔をしてる。
更識会長が期待するようなことは何もない。
というより、わざわざ聞かなくても全部知っているんだろうこの人は。
「全部は知らないわよ。普通の人よりかはいろいろと知ってるだけ。それにこういうのは本人の口から聞くのが一番でしょ」
なんてウィンクのオマケ付き。
ため息つきそうになるのを堪える。何なんだこの人は。
からかわれているのは分かっていても、相手のペースから抜け出せない。
昨日のことといい、今といいやはり、試されているんだろう。
「試す? ああ昨日の。そうね、織斑一夏君と同様貴方も貴重な存在。そう簡単にはハニートラップにかかってもらっては困る。いつも誰かが守ってくれるとは限らない。一人の時どう対処するのか見たかったってのはあるかな。それでお姉さん体張ったけど、あんな反応されるのは予想外だったわ。まあ、それはそれで楽しかったけど」
そんな理由だったなんて。
理屈としては分かるけども、だからってそんな試し方しなくても。
本当、心臓に悪かった。しかもやはり、楽しんでいた。ハニートラップ云々は建前で、からかって楽しんでいた。
俺はまだいいが、簪相手に試したりしらかったりはあげてほしい。余計こじれる姿が目に浮かぶ。
ただでさえ昨日のことで簪の更識会長への思いはよくないだろうに。
「拗れるって貴方ね。しないわよ、流石に簪ちゃん相手だと。あ、でも心配してくれてるの? なら、貴方に簪ちゃんとの仲取り持ってもらおうかしら」
どうしてそうなる。
仲よくなりたい気あるのか。
「そりゃもちろん。簪ちゃんからいろいろと聞いて察していると思うのだけど私と簪ちゃん、仲が上手くいってないから仲良くなりたいわよ。大切な妹だから」
そう言う更識会長の言葉は一連の流れで初めて聞く真剣なものだった。
姉妹だから仲が悪いよりかはいいにこしたことはない。
だからこそ余計、自分自身で簪と向き合うべきじゃないのか。これは大切なことだ。あんなふざけたことせず、真剣に。まずは誰かに頼りっきりにするのではなく、自分達同士で。
「……」
からかわれ続けた嫌気から思ったことを外に出してしまった。
一瞬空気が死にハッとなったと同時にそんなことはないように更識会長は、苦笑を混じえながら楽しそうに笑って言った。
「
ようやくか。
崩れかけていた姿勢を正す。
すると、更識会長はにっこりと一度微笑んだ後、こちらの目を見据えてきた。
「貴方は簪ちゃんのこと、簪と呼び捨てにしているわよね?」
問いに俺は頷いて認める。
「簪ちゃんと仲良くしてくれるのは本当に嬉しいわ。姉として更識家当主として感謝しています。でもね、更識家の人間が自分の名前を呼ばせるというのは凄く重いことなの。異性なら尚更。その意味、更識家の人間と深くかかわるということ。覚悟はあるかしら?」
問いに俺は再び頷く。
「即答。まあ、随分といい返事ね……本気にしていいのかしら」
苦笑いして細められた目が品定めするように向けられる。
信じられないと言わんばかり。流石に二つ返事過ぎたか。
だが、考えなしに頷いたわけではない。覚悟はある。
簪から聞いた家のこと。そして、俺の身の上。いろいろと厄介ごとだらけだはあるが、それで諦めるほど諦めがいいたちではない。
俺は簪の傍にいたい。彼女を支えたい。笑顔にしてあげたい。幸せにしてあげたい。たくさんのことをしてあげたい。共にそうありたい。
その為なら、困難が待ち構えていても諦めない。乗り越えて見せる。
言葉にすると青臭いが、覚悟はとうに決まっている。
「……」
呆気にとられたように更識会長はこちらを真面真面と見つめる。
そして。
「あは、あはははっ! いいわ、貴方。面白い。なら、その覚悟とやら存分に試させてもらいましょう」
その言葉を聞いとっさに身構える。
この人また何かする気なのか。
「今は何もしないわ。けど、いずれね。織斑君共々楽しみが増えたわ」
愉快げに笑う更識会長の口元を隠す開かれた扇には『愉悦』の文字が。
今、はっきり分かったことがある。
この人凄い苦手だ。簪のお姉さん相手にアレだろうが苦手なものは苦手。
「そんな嫌そうな顔しないでよ~楽しくやってきましょ」
そう言った更識会長は楽し気な笑みを浮かべていた。
…