【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
目が覚めた。
眠気を感じながらも、枕元に置いたスマホを見つけて時間を確認する。
「……まだ、朝の五時半過ぎ……」
いつも起きる時間よりも大分早い。
というかスマホ見て分かったけど、今日は日曜日。学校はお休みの日。
無駄に早く起きてしまった。どうしよう……二度寝しようにもすっかり目が覚めてしまった。
「……外、晴れている」
窓を見るとカーテン越しでも部屋に朝日が差し込み、外が晴れているのが分かる。
天気予報ではもう六月の今日から本格的な梅雨入りだって言っていたのに嘘みたい。
じめじめ湿気て全体的にどんよりする雨の日よりかはマシ。でもだからといって、別に今日みたいな晴れの日が好きなわけでもない。
むしろ晴れた空なんて見てると、周りの人達が積極的に前向きな気持ちで発展的な活動をどんどん始めていくのに、自分はそうでなく疎外感みたいなものを感じる。
自分もそうしないといけないプレッシャーみたいなものまで感じて、焦らされて落ち着かない気分だ。
私が後ろ向きだからそう思ってしまうんだろうけど、晴れの日も好きにはなれない。
そう考えているから、何だか気持ちが鬱屈としてきた。私の悪い癖。
「……あ、でも……どうしよう」
私は今、何をするわけでもなく上半身起こしたままぼーっとしてしまっていた。
二度寝するよりも時間を無駄にしている。かといって二度寝する気にもならないし、特にこれといってすることも思い浮かばない。
起きてから随分経ったけど、それでも朝食を食べれるようになる時間にもまだ早い。
「……外の空気、吸いにいこうかな……」
何かきっかけがあったわけじゃないけど、本当になんとなくそう思い立った。
部屋にいてもすることないし、何もしなかったらまた止め処ない鬱屈とした考えをしてしまいそうだ。
ベットから起き上がり、顔を洗い、髪を梳かしたりと簡単に身支度をする。
身支度をしながら、ふとルームメイトの様子を見てみた。
「んんっ~あっははっ~もう食べられないよ~むにゃむにゃ……」
なんてテンプレ過ぎる寝言。
ルームメイトであり幼馴染の本音は隣で幸せそうに熟睡中だった。
まただらしなく口開けて、涎垂らしてる。まあ休日だし、今日は放って置こう。
私はスマホを持って、パジャマの上に薄手のカーディガンを羽織り部屋を出た。
早朝ということもあって、寮の渡り廊下は静か。
当たり前だけど、人っ子一人いない。
でも流石にこんな早朝でも寮の管理人さんというかコンシェルジュの人は寮の受付にいて、目が合ってしまった。
「おはようございます。お早いんですね」
普通に声をかけられただけなのに心臓が飛び跳ねる。
頭が真っ白になっていく。
「……ぇ……えっと、おはよう……ございます……その、早く目が覚めてしまって、ちょっと外の空気吸いたいんですけど……出ても大丈夫ですか……?」
「はい、もちろん。お気をつけて」
何とかやり過ごして、外に出る。
き、緊張した。
営業スマイルだと分かっていても、こう笑顔を向けられるとどうしたらいいのか戸惑ってしまう。とりあえずとっさに笑顔を返してみたけど、凄いぎこちないのが自分でもよく分かってしまった。
我ながら自分の人付き合いの下手さに嫌気が差す。
「……ッ、眩しい」
朝早いにも関わらず自己主張激しく輝く太陽が私を見下ろす。
眩しくて私は、手で太陽の光を遮った。
朝一番の空気は美味しい。こうして太陽の光を浴びていれば、セロトニンが分泌されて元気になると考えていた。でも鬱屈した気持ちがなくなることはなく、ほんの少し気分が和らいだだけ。
私はどれだけ根暗なんだと更に落ち込んでしまった。
「変らないなあ……私」
ぽつりとそんな言葉が出てしまった。
IS学園に入れば、専用機を貰い代表候補になれば、変われると心のどこかで思っていたのかもしれない。それは甘い考え。
お姉ちゃんに近づけば近づくほど、お姉ちゃんの凄さを改めて実感させられ、自分の無力さを痛感させられる。IS学園に入って、今まで以上にお姉ちゃんと比べられるようにもなってしまった。
このままずっと追いつけないと分かっていながらも姉の背中を追い続けるのだろうか。一生。なんて無様。
だから例え弐式を完成させても私は――。
「っ……!」
頭を左右に振って、鬱屈した考えを振り払う。
違う。私は変わりたい。変わる。変わるんだ。
「あ、そうだ……お友達」
私は確かに変わっている。だって、こんな私にもお友達が出来たんだもん。
生まれてはじめてのお友達。
まさか友達が出来るなんて思ってもいなかった。しかも、同級生の男の子だから自分でもビックリ。
彼は織斑一夏が見つかったことで、見つかった世界で二番目にISに乗れる男性。
「変な人……」
それが私の彼への第一印象。
私なんかが言ったら怒るかもしれないし、言動が変とかそういうんじゃなくて、何というか変に生真面目。二日に一回は整備室にやってきて、静かに黙々と勉強をする。
『う~ん、まず生真面目だよね~……顔は普通だけど、全体的に地味。岩みた~い』
なんてことを本音が彼はどんな人なのかって私が聞いた時に答えてくれたっけ。
最初は今一意味が分からなかったけど、すぐに分かった。
確かに地味だ。もう一人の男の子、織斑一夏が太陽の様に明るいから、余計にそう感じるのかもしれない。織斑一夏みたいな男の子、人間は私苦手だ。騒がしいし太陽みたいに眩しすぎて、自分が惨めに思えくる。
その分、彼はまだいい。こう言ったら悪いけど、地味だから。
一緒に整備室使っていても騒がしくもなければ、邪魔もしてこない。不思議と気にもならなかった。落ち着けて、自分のことをすることが出来た。まあ、初めての同級生の男の子だから、友達になるまで凄く怖かったけど。
でも、話してみたら怖い人でも悪い人でもなかった。むしろ、いい人。そのおかげなのか、アニメや特撮、趣味の話をするようになった。
リアルでこんな話をするのは初めて。楽しい……楽しいからつい私はテンション上がってバァッっと一方的に話してしまうけど、彼は嫌な顔せず、楽しそうに聞いてくれてまた話したいと思えた。とっても話しやすい人だ。
彼の話を聞くのも楽しい。自分ではにわかと言う彼はヒーローアニメや特撮はそんなに数を見てないみたいだけど、一つ一つの作品を本当によく見ていて、こういう感想もあるんだと新しい発見を出来たり、共感できることが多い。彼みたいなのを聞き上手、話し上手っていうんだろう。
私の寂しい毎日が彼とお話することで、色づいてきたかのよう。今では彼とお話するのが楽しみ。
「友達っていいなあ……」
本当にそう思う。
人見知りな私が趣味が合ってただけで簡単に心を開いて友達になるなんて、我ながら尻が軽いというかチョロい気もしなくはないけど、そういうことを考えるのは無粋なのかもしれない。
こんな私と彼は友達になってくれたのだから。彼が友達でよかった。
多分彼じゃなかったら、今頃はもう絶交されていたに違いない。私はすぐ謝るし、すぐうじうじしてしまう。根暗だから相手の気分を悪くさせてしまう。直さないといけないと分かっていても、やってしまう。
「やっぱり、この間のこと怒ってたりしないかな……」
済んだことなのに、また先日のことが気になってきた。
私は先日、彼を怒鳴ってしまった。
整備室で私が何をやっているのかと聞かれた時のことだ。
整備室で弐式を一人で完成させようとしていることを話し、弐式が未完成の理由も話した。
私の専用機、打鉄弐式は白式が原因で未完成になってしまった。
でも、織斑一夏が悪いわけじゃない。そのことは分かっている。けど、殴る権利はあると思っていた。
織斑一夏がいなければ、弐式は今頃ちゃんと完成していたはずなのだから。でも、それは。
「八つ当たり……」
そう彼に指摘されてしまった。
図星をつかれて、腹が立った私はつい彼を感情のまま怒鳴りつけてしまった。
これも八つ当たりだ。お姉ちゃんと比べられる毎日のストレス。お姉ちゃんは出来たのに私一人ではIS一つ完成させることが出来ない無力さと焦りと苛立ち。
そうしたものを誰かにぶつけたかった。織斑一夏にはそれらしいもっともないい訳があったに過ぎない。こんな身勝手な思いで殴られたら、堪ったものじゃない。それは私にでも分かる。
白式が完成した今、倉持に頼めばすぐにでも完成するだろう。でもそうせず、一人で完成させようとしているのは私。できない私が悪い。お姉ちゃんみたいに凄い力も能力もあるわけじゃないのに、せめてこれだけでもと諦めきれない私が悪い。私が、私が、私が――。
「……あ」
また悪いことを考えて憂鬱な気分になっていると、向こうから誰かが走ってくるのが見えた。
ジャージ姿の同い年の男の子。彼だ。彼も私に気づいてみたい。
そう言えば、彼は毎朝早起きして寮から学校までランニングしているんだったっけ。いつもこんな時間からやってるんだ。本当に生真面目な人。しかも、今日は休日の朝なのによくやる。
朝……そうだ。朝の挨拶しないと……ほとんどいつも彼のほうからしてもらってばかりだから、たまには私から挨拶しないと。こういう時の挨拶って元気よく、ハキハキとだったっけ? よく分からない。とりあえず、挨拶しないと。
「……おっ、おはようっ!」
最悪。言葉はちゃんと言えたのに声は変に裏返るし、思っていたよりも凄い声が出てしまった。
恥ずかしい。すぐに彼も挨拶を返してくれたけど、凄い気を使われた気がする。
あまつさえ、こんな朝早くからどうしたのかと彼のほうから話題を提供してくれた。
「……あっ、うん。早く起きちゃって……その、外の空気吸いに」
会話が途切れそう。
私の方からも何か話さないと。
「えっと……休日なのに頑張るね……」
ようやく言えたのはそんな言葉だった。
何言ってるんだろ。休日とか関係ないでしょ。彼が頑張っているのはよく知っているのだから。
でも、彼は本当によく頑張っているなあと思う。
整備室に来ない日は模擬戦訓練をしているらしく、夜は夜で座学の勉強。IS学園に急に入学させられてついていく為にと彼は言っていたけど、正直代表候補でもないのにここまで頑張る生徒は珍しい。
私達がいるIS学園一般課程の生徒は代表候補以外、基本そこまで毎日毎日訓練したり勉強したりしない。一重にそれはそこまでする必要がないから。IS学園に通っているからといって皆が皆操縦者になれるわけでも、代表候補になれるわけでもない。それはどの専門職でもそうだろうけどISの場合はその絶対数が少ない為、余計に狭き門。特に専用機持ちはIS学園に来る前にほとんど席が埋っている状態。
それでもIS学園、特に一般課程に入学志望者が多く倍率が高いのは、IS学園に通っていたというだけで社会に出る時、絶対的なステータスになるかららしい。だから、皆そのステータス欲しさに入学してくる生徒がほとんどで、より操縦者としての能力を伸ばす為に勉強や訓練を重ねる生徒は少ない。
だからこそ余計に彼の頑張りは目立つ。『男の癖にはりきり過ぎじゃない』とか『今更男が頑張っちゃってダサっ』なんていう悪口にもとれる会話を何度耳にしたことか。
彼にもその声は届いているだろう。なのに、どうしてそこまで頑張ることが出来るんだろう。嫌々やっているようには見えない。焦っているようにも見えない。目標を見つめてひたむきに頑張っている。損な風に私には見える。知りたい。
「……えっ? あっ! ご、ごめんなさい! ぼーっとしてた。うん、大丈夫」
折角、彼が話しかけてくれていたのに上の空で会話してしまっていた。
「今日……? 私は……今日、特に何も予定ないけど……貴方は出かけるんだよね」
いつしか話は今日の過ごし方になっていた。
彼は今日、織斑一夏と一緒に織斑一夏の友達の家へ出かけるらしい。
友達の家か……少し羨ましい。
そういう経験ないし、一度は体験してみたい。
「……」
会話が途切れてしまった。
何話せばいいんだろう。凄く気まずい。
というかやっぱり、この間のこと怒ってないのかな。気になってしまう。
どうしよう。どうしよう。
「……ぁ、その……あ、えっと……じゃ、じゃあ、そろそろ私部屋に戻るね」
いたたまれなくなった私はそう言い残し、逃げるように部屋に戻ってしまった。
何やってるんだろう。これじゃ、感じ悪い。物凄く失礼だ、私。
でも今更引き返すようなことも出来ない。本当、ダメだな私は。
部屋に戻ると枕元に眼鏡を置いて、ベットに入って布団を頭まで被る。
折角休日までお友達の彼と会えたのにダメダメだった。反省しなきゃ。
でも、少しでもお話できてよかった。
「……」
小さくゆっくりと彼の名前を口にする。
ひたむきに頑張り続ける姿は凄いと素直に思う。
知りたい。どうすれば、そこまでひたむきでいれるのか。
知れば、私もひたむきでいられるのだろうか。
私はもっと知りたい。
大切なお友達である彼のことを。
…