【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜   作:シート

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第五十三話 簪、リスタート

「ごめんなさい。待たせて」

 

 そう言いながら、簪が寮の食堂へとやって来たのが少し早い夕食時。

 簪と会うことが出来た後、何はさておき夜ご飯をということになった。

 試合から簪は何も食べてなかったということなのでまずは食べて元気をつけるのが第一。

 勿論、皆には簪が部屋を出たことは伝えてあり、今から皆とも夜ご飯を食べる。

 

「よかった。簪、元気になって」

 

「簪、いっぱい食べて元気つけてね!」

 

「うん、ありがとう。皆」

 

 簪の帰りを喜ぶ整備科の子達や本音は勿論、一夏や篠ノ之達までいて皆が心配してくれているのがよく分かる。

 現に本音は嬉しそうに大泣きしている。そこまでなのか。

 

「だってぇっ~! かんちゃんがこんなに元気になったのが嬉しくて! 安心したら涙が~」

 

「もう、大げさ。でも……それだけ心配かけたよね。ごめんね、本音」

 

「いいよ、全然。こうして元気にいてくれればそれだけで」

 

 確かにそうだ。

 弱った姿より、こうして元気でいてくれればそれだけで充分。

 皆にとっても、簪にとっても。

 

 そして時間が経てば、いつも通り。

 皆で和気藹々としながら夜ご飯の時間を過ごす。

 もうすっかり簪も元気を取り戻している。よかった。

 

「そう言えば、何だかんだ夏休みも後ちょっとだな」

 

 ふいに一夏がそんなことを言った。

 長い夏休みも早いものでもう残り少しとなった。

 学園生活最初の夏休みは、外へ遊びに行ったりはしなかったものの今まで経験したどの夏休みよりも濃い夏休みだった。

 ともう終わりみたいに雰囲気だが、まだ一週間もある。どう過ごそうか。

 

「折角の夏休みだからな。と言っても海は臨海学校で行ったし、夏祭りは地元の奴行ったしな~んー」

 

「何だかんだ今まで通りになっちゃいそうだよね~」

 

「訓練漬けかぁ。夏休み最後だってのに潤いのないわね」

 

「そうは言うがな鈴。我々代表候補の本分は技術の向上は無論、専用機の更なる発展。同調率を高めること。それには訓練あるのみだ」

 

「あ~あ~! ラウラ、アンタに言われなくても分かってるわよ。ただひと夏のトキめきとかそういうのもっと欲しかったって話よ。皆もそうでしょ」

 

「それは……まあ、そうだな……うーむ」

 

 篠ノ之を初め、デュノア達が凰の言葉に頷いていた。

 

 トキめきは兎も角、て、言いたいことは分かる。

 訓練以外にも夏休みらしい思い出が欲しいと思わなくはない。

 

「……っ」

 

 ちらっと簪の方を向くと偶然、はたまた同じことを考えていたのか目が合い、そして恥ずかしそうに逸らされた。

 ようやく簪と気持ちが通じ合ったのだから、簪との夏休みの思い出が欲しい。

 しかし、簪はどうなんだろう。やはり、夏休み最後まで訓練優先なんだろうか。まだまだ稼働データは取り足らないだろうし、二学期が始まれば今みたいに毎日一日のほとんどを訓練に充てるわけにもいかなくなる。

 そもそもだ。簪と想いは通じ合ったが、ただそれだけ。こういうのは変な感じするが別に付き合ってるわけでもない。やはり、こういうのきっちり段階を踏んでから……。

 

「簪はどうするの?」

 

「わ、私……?」

 

「簪もやっぱり、最後まで訓練?」

 

 今度は簪がデュノアや整備科の子達から聞かれている。

 どうするつもりなんだろう。気になってつい聞き耳を立ててしまう。

 

「その予定、なんだけど……私」

 

 言って簪は一つ間を置く。

 なんだろう。決心した顔をしている。

 まさか。

 

「私、ね……もう一度お姉ちゃんに挑戦しようと思って」

 

「えっ!?」

 

 簪の言葉を聞いて、皆驚いた。

 皆同様なんでまたと思わなくはないが、やはり負けたままではいられないか。

 

「うん。勝ち負けの問題じゃないってことは分かってるけど、負けたままではいられない。悔しい。ちゃんと勝ってケジメをつけたい」

 

 そう言いきった簪の瞳の奥は確かなものがある。

 

 だから、その為に簪は残りの夏休みを使うと。

 なら、俺の夏休み最後の使い方は決まった。

 簪が勝つというなら協力する。

 

「ありがとう」

 

「何二人だけの話進めてんの。私達も協力させてもらうわよ」

 

「いいの?」

 

「えぇっ、もちろんですわっ。共に学ぶご学友同士、こういう時だからこそ手を取り合わなければっ」

 

「私達も手伝うよ。ね、ラウラ、箒」

 

「だな、シャルル」

 

「ああ」

 

 協力を申し出てくれた凰達。

 だけでなく。

 

「勿論、私達も力になるよ」

 

「機体のサポートなら任せて!」

 

「力の限り頑張るぞ~」

 

「皆……」

 

 整備科の子達や本音も名乗り出てくれ、その様子に簪は感動していた。

 これだけの力がまた借りられるのならひとまずは。

 だが、一つ気になることがあった。一夏だ。こいつだけただ一人いつになく静か。こちらを静かに見て、奇妙だ。

 

「どうかしたの? 一夏」

 

「いや、俺はどうもしてないけどよ……」

 

「? いつになく歯切れが悪いな。一夏は協力してやらないのか?」

 

「もちろん協力するぜ? ただな箒、この二人何か前より変わった気がして」

 

「そ、そうか?」

 

「上手く言えねぇんだけど、前より仲良くなったというか。ベッタリしてるからさ」

 

「なっ!?」

 

 簪がビクっとしながら驚いた。

 その様子はまるで図星と言わんばかり。

 一夏の奴、鋭い時は本当に鋭い。怖いぐらいだ。

 

「ベッタリってことは~!?」

 

「それってもしかて!?」

 

「二人、ついに付き合い出したの!?」

 

「こ、声大きいっ! ち、違うから! つ、付き合っては……ない……」

 

「付き合ってはってことは告白したの?」

 

「……っ」

 

 黙っているのが利口だと判断したようで何も言わない簪だが、集まる皆の視線から逃げるように目を泳がしていて、これまた見事な図星だと言わんばかり。

 それを見て皆一様に察しづいた顔をしている。

 

「で、実際のところどうなんだよ」

 

 簪から聞けないとなるともう一方から聞けばいいと一夏が皆を代表して聞いてきた。

 一夏のニヤついた顔が絶妙に腹が立つ。

 

 簪が言ったように付き合ってないのは事実。

 だが、皆が察した通りのことがあったのもまた事実。これは認めるしかない。

 ただその言葉を口に出すのは人前だから憚られたのと、正直恥ずかしいからハッキリといいつつも言葉尻は濁す形になってしまった。

 

「おおぉっ!」

 

「認めた!」

 

「きゃー!」

 

 盛り上がりるひとテーブル。

 何だ何だと周りの注目が集まる。

 周りに誤魔化しつつ、うるさいこいつらを宥める。

 

「ちょっ!? な、何で!?」

 

 自分と同じように沈黙を貫くと思っていたようでハッキリ認めたことに簪は驚いている。

 気持ちは分かるけども、ここで沈黙を貫いたところで今更だ。

 なら、いっそのこと認めてしまった方がある意味では潔い。決して言いふらすものでもないが、隠し通せるものでもない。

 それに皆は友達、たくさん世話にもなってるから話しておいたほうがいい。

 

「お、おう……」

 

「そこまで堂々と言われるとは……」

 

「いじるにいじれない~ぐぬぬ~強い~」

 

 皆呆気に取られた様子。

 ハッキリ言って、認めたのは正解だったようだ。これで度の過ぎた弄りは少しぐらいはマシになるか。

 というか、俺は今すごく浮かれている。流石にこういうことをハッキリ認めるのは抵抗あると思っていたが、簪と両想いだと知れた。それが嬉しくて、凄い力になったというか、気にならない。むしろ、堂々としていたい。

 

「あ……ということは、ゆくゆくは付き合ったりするの?」

 

「つ、付き合う……!?」

 

 これまたビックリすることを聞いてくる。

 こんなのどう答えればいいんだ。答えにくい。

 けれど、皆から集まる期待の視線。そして何より。

 

「……っ」

 

 簪がこちらを見ては視線を逸らす。

 どう答えるのか気にしている。

 今言えることと言えば、そういうことは追々考えるということぐらい。さっきに話からしても今は大事な時期で忙しくもなる。落ち着いてからのほうがいいだろう、こういうことは。

 

「そっか~」

 

「そうだよね」

 

「確かに落ち着いてからのほうがいいよね……うん」

 

 皆納得こそはしてくれているが何処か腑に落ちない様子だ。

 他人の色恋沙汰は楽しく、興味が尽きない。けれど進展がなければ盛り上がりも欠ける。気持ちも分からなくはないが、できるだけそっとしておいてほしい。

 いろいろ慎重にいきたいし、俺達がしっかりとした前例みたいなものを出せれば、次そういうことなったのが現れた時、最初よりいろいろとスムーズにいくだろうから。

 

「!」

 

「そ、それはそうだ!」

 

「う、うむっ! そうだな、良き前例があれば後続はいろいろと楽になるというものだ! 流石は嫁の友、気が利くな!」

 

「陰ながら応援してるからね!」

 

 といった感じに篠ノ之達はボカしていったことの意味を理解したのか満足げに納得していた。

 まあ、これはあくまでも建前。これで出来るだけそっとしておいてくれるならそれにこしたことはない。

 


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