【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
「……」
アリーナへと繋がる通路。
前回の時と同じく更衣室まで付き添っている。
そしてその隣を歩く簪は、決意に満ち満ちた顔をしている。
多少なりと緊張しているのは感じるが、以前のような強がった様子はない。
簪の足が止まった。
「やっほー」
俺達の行く先。
そこに更識会長がいた。その隣には当然、布仏先輩の姿もある。
「こんにちは……お姉ちゃん」
返事を返す簪。
「……」
「……」
瞬きするよりも早く一瞬、確かに沈黙は訪れた。
そして次、先に口を開いたのは簪だった。
「お姉ちゃん……電話でも言ったけど、もう一度試合をしてくれてありがとう。今日はよろしくお願いします」
挨拶の言葉と共に簪は、更識会長へと手を差し伸べた。
簪は自分から歩み寄ろうとしているのか。
それが見ているだけで伝わって来ている。
「お礼なんていいのに。こちらこそ、今日はよろしくね簪ちゃん」
そう更識会長は優しげな笑みを浮かべながら握手に応じた。
「……じゃあ、そろそろアリーナで」
「ええ、アリーナで」
二人はそれぞれの道へと進みだした。
俺は更識会長と布仏先輩に軽く一礼すると簪の後ろをついていく。
少し歩いたと思ったら簪は立ち止まり、後ろを振り返る。
見ているのは更識会長が歩いて行った方向。
「……」
どうかしたか。
「ううん……ごめんなさい、何でもない」
言って簪は向き直しまた進みだした。
・
・
・
簪がISスーツへと着替えを済ませ、ピットへと入る。
そして、ピットの向こう。カタパルトデッキに今、簪と俺はいる。
「凄い人……」
何処か人ごとのようにモニターに映る観客席の様子を見て簪は言う。
確かに今回も凄い人だ。また更識会長が集めたんだろうな。
モニターに代わる代わる映し出される観客席には一夏達もいるのが見える。
「やっぱり……」
簪が言いかけ、その先の言葉を遮った。
やっぱり、皆と一緒のところで見た方が……とでも言いたいんだろう。
「……うん」
簪は小さく頷いた。
ここにいるのは昨日の夜。
『お姉ちゃんとの再試合……あなたには一番近くで見守っていてほしい』
と言われたからというのが理由の一つではあるが俺自身もまた、簪を一番近くで見守っていたい。
アリーナの様子だけを映すモニターで試合の様子は見ることが出来、ここでなら試合ごとにすぐ簪を出迎えられる。
これほどの特等席はない。
「ありがとう……あ」
カタパルトに着くことを求めるアラームが聞こえてきた。
いよいよだ。
「うん……」
何だか歯切れが悪い。
分かってない訳ではないだろうが、何か言いたそうな様子。
試合の前なのだから、気がかりがあるのなら言ってしまった方がいい。
「それは、そう……その、お願いばっかりに、なるんだけど……」
一つ頷いて言葉を待つ。
「一度でいいから……今、抱きしめてほしい……」
正直、呆気に取られた。
だがしかし、冗談で言っているわけでもない。真剣そのもの。
俺は簪を抱きしめた。
「ん……」
背中に手が回され、簪の方からも抱きしめられているのが分かる。
安心した声。
これで少しは楽に……勇気を持てれば幸い。
「頑張れる」
簪のその言葉と共に体を離す。
名残惜しさは強いが時間だ。
「行こう。打鉄弐式」
簪が打鉄弐式を纏い、カタパルトに立つ。
俺はいってらっしゃいの言葉で簪を送り出す。
あの時……前、言えなかった言葉を今度こそ口にして。
「うんっ、行ってきますっ」
気持ちのいい返事と共に簪は飛びたった。
…