【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
『ただいまより、第三試合を始めます。両選手、指定の位置についたことを確認』
今日三度目になる場内アナウンスが聞こえる。
そして、向こう側にはお姉ちゃんがいる。本日三度目になる対面。
泣いても笑ってもこれが最後の試合。準備はしてきた。後は勝つだけ。
『第三試合――始め!』
開始の合図が終わる。
と同時に、お姉ちゃんが先に仕掛けてくる。
「ッ!」
手に伝わる重い衝撃。
槍と薙刀がぶつかり合う鈍いが辺りに響く。
「よく防いだわ、簪ちゃん。流石よ」
「それはどう、もっ!」
語気を強めながら私は薙刀を横に振り払い、お姉ちゃんを押しのける。
お姉ちゃんが先に仕掛けて来るだろうことは何となく察していた。
でも、反応できるか。防げるのかどうかは五分五分の賭けだった。
賭けには勝てた。けど、試合はこれから。
「ハァッ!――ァッ、くっ……!」
次こそは先手を取ろうと攻勢に出る。
同じことをお姉ちゃんも考えていて、私よりも一歩早く先手を取ってきた。
「はぁあぁっ!」
「ッ……!」
私へと放たれる幾千とも思える槍の突き。
速い。一つ一つが当然強烈な威力を誇り、才能と努力が凝縮された技。
手加減がないという証拠。
こんなにもお姉ちゃんから攻め込んでくるのは三戦目にしてこれが初めて。お姉ちゃんにとってもこの一戦は負けられないというのが技の一つ一つから伝わってくる。
「よく防ぐ。でも、いつまで持つかしら!」
状況は早くもお姉ちゃんが有利。
場の流れは完全にお姉ちゃんが掌握している。
一秒でも早く状況を打開しないと。
「まさか一本取られるなんて、簪ちゃん強くなったのね」
長槍による乱舞の手は緩めることなく、お姉ちゃんはぽつりと言う。
表情は何処か考え深げ。私を捉えているのに、芯の部分では見てない。
余裕があるのがありありと伝わってくる。
私は決定打を防ぐので精一杯で防戦一方なのに。
舐められている気分。
「ぐっ! 意外だったんでしょっ……! 私が勝ったことがっ……ッ!」
「意外……? そうね、本当に……」
またぽつりと言って。
でも、意外だったのは私にとってもそうだ。実感を持ててない。
けれど、いつまでもそんなことは言ってられない。勝ったのは事実。
次へと意識を高める。
付き合ってられないとその気持ちを反発する気概に私は変えた。
「くっぅぅっ!」
激しく衝撃音を響かせながら、同じ極が向いた磁石のように反発する。
弾けて飛んだのは私だけ。お姉ちゃんは衝撃を受け流すことで殺し、即座に臨戦態勢。簡単には逃げられない。
それでも間合いはできた。反撃するなら今。
「春雷ッ!」
叫びあげたのとまったく同時。私は打鉄二式に搭載された二門の連射型荷電粒子砲を放った。
この距離なら外さない。逃げられない。逃がさない。
それでも思いを砕かれるのはすぐのこと。私の反撃も、学園最強の足止めにはならない。
回避不可能ゆえにあえて荷電粒子砲をアクアナノマシンで形成した楯でシールドエネルギーを削りながらも耐えきり、私の姿を捉え強烈な一突きを叩き込んでくる。
お姉ちゃんのやってること毎度のことながら驚きしかないけどそれでもまだ予想の範囲内。ハイパーセンセーを極限まで駆使し、突きの軌道を予測した。
「ッッ……!」
間一髪の回避。
でも、それすらもお姉ちゃんの手の内。
避けた先に居た。
「簪ちゃん、つーかまえた!」
おどけるように言うお姉ちゃんは嬉しそうだ。
でも、捉えたのはこっちもだ。
「なっ――ッ!」
驚いたお姉ちゃんの声が耳に届く。
ミステリアス・レイディを襲う爆風、爆風――そして、爆風。
両腰。そして、背後左右にあるミサイルポッド六機からなる八問の誘導ミサイル全四八発の連続発射。
本来は四八発を一度に一斉射するものだけど、マルチロックオンシステムが構築途中の今はミサイル一発一発を続けて撃つので精一杯。
発射の合間に隙はできてしまうけど、それでも誘導ミサイルの威力は絶大。山嵐の名が現すが如く吹き荒れる。
至近距離での爆撃。これは外しようがない。事実、ヒットを告げる表示とお姉ちゃんのシールドエネルギーが減っていくのが見えた。
でも、至近距離ゆえに必然私も被弾は避けれない。
「くっ――」
ハイパーセンサーはお姉ちゃんに向け、薙刀を持つ右手は反撃に備え。
残った左手で空間に投影したキーボードで環境データを入力し、エネルギーシールドを調節しながらダメージコントロールをする。
「……」
爆風を利用して距離を取った。
そして、爆風で舞い上がった土煙が晴れていく。
「いない……」
土煙が晴れた場所にお姉ちゃんの姿はなかった。
こういう時は大体。
「はぁあああああっ!」
「うっぅぅうっ!」
ガトリングを放ちながら蛇腹剣を振り下ろし、頭上から落下してくるお姉ちゃんの健在な姿。
予想は的中。それだけに取った距離は維持しながら回避には成功した。
「うっ、ッッッ」
薙刀を杖代わりに私は必死に膝から崩れ落ちそうなのを耐え、それから薙刀を構え警戒態勢を取る。
「やってくれたわ。まったく」
向こうで憎まれ口を叩きながら、風格は今だ衰え知らず。
シールドエネルギーは同じぐらい減ってお互い危険域だというのに、余裕までは完全に崩せなかった。
「はぁ……ッ、っ……はぁ……ぁッ」
対する私は、肩で息をするのすら苦しい。
スタミナで差をつけられてる。
体が重い。ISの補助を受けていてもこう感じるのだから、相当よくない調子なのかも。途中休憩を挟んだとは言え、激戦を三戦連続。当然か。
それに弐式も私と同じでよくない。シールドエネルギーが危険域以外にも、もう春雷も山嵐も弾切れ。稼働エネルギーも残り僅か。
ここからどう出る。
「そう、そうなのね……私が知っている簪ちゃんはもう本当に」
何か意味深なことを言って、お姉ちゃんは構えを変えていく。
「さてと、そろそろ決着と行きましょう」
その言葉と共に空いた右手を高く掲げ、アクアナノマシンを一点集中。巨大な水の槍を作り出す。大技がくる。
観客席で見ている人達はその光景に興奮を高められたように声を上げる。
「会長ー! 決めちゃえー!」
「いけー! 楯無さーん!」
お姉ちゃんの勝利を確信した声が否応なくいくつも聞こえてくる。
どうする。逃げる……? 馬鹿。逃げてどうなるの。これほどの大技は広範囲かつ一撃必殺。逃げ場所なんてない。
ならば立ち向かう……? この大技を前にして……? 発動に時間をかけている今なら、無防備だ。一撃叩き込める可能性がなくはない。でも、失敗すればあの大技に飲み込まれる。失敗は許されない。でも、私は今まで大事な時にいつも失敗し続けていた。そう宿命づけられているみたいに。
失敗すれば、すべて終わりだ。今回もまた負けたら私は……。
「頑張れー! 簪―!」
「簪! まだ行けるわよ!」
「諦めるな! 簪!」
「楯無様をぶっ飛ばせー! かんちゃ~ん!!」
皆の声援が聞こえる。
弐式が私に届けてくれた皆の声援が嫌な声を、迷いを打ち消してくれる。
そうだ。まだいける。試合は終わってない。
諦めちゃだめだ。私は勝つ。それ以外はない。
「勝つよ、打鉄弐式ッ!」
爆発する思い。突き動かされる体。
お姉ちゃんの懐目掛けて突撃した。
お姉ちゃんが私を大切にしてくれているのは今日の三試合でいっぱい伝わってきた。
でも、お姉ちゃんが大切に思ってくれている私は、ただ守られているだけ弱い過去の私。今の私は違う。
「私は変われた。助けてくれる皆が、一緒に進んでくれる彼がいてくれたからァッ!」
そうだ。こうして変わることが出来たのは皆、周りの人のおかげ。
一人ではこんなにも変わることなんてきっと出来なかった。
そして、これからも変わっていく。なりたい自分に。より良いところへと。
「私はもう逃げない。自分からも、お姉ちゃんからも。向き合っていく。だから、お姉ちゃん。昔の私じゃなくて今の、これからの私を見てて!」
「――ッ」
お姉ちゃんがほんの一瞬、たじろいだ様な気がしたのは気のせいか。
―《ミストルテインの槍》発動―
終わりを告げる機械音声。落ちてくる凝縮された水魔の槍。
私は打ち滅ぼさんとする。どれだけ意気込もうが結局、結果は変わらない。
行きつく先はいつだって――。
「まだ」
私は声を上げる。
進みだす。定められた結末の先。限界の向こうへ。
「――! う゛、ァァ……ッ゛!?」
驚愕と苦悶が入り混じったお姉ちゃんの声。
そしてお姉ちゃんの視線の先にあるミステリアス・レイディ、最後のシールドバリアを斬り裂いていく薙刀『夢現』。
背中の向こうでは今も爆発が広がっている。追いつかれるのも一つ瞬きしたらだ。それでも私はたどり着いた。お姉ちゃんの懐へ。
ミストルテインの槍を抜けられたのは打鉄・弐式が共に頑張ってくれるから。全ては一つ。機械的に指示を受けるわけでなく、私であるみたいに余っていたエネルギーをブースターに注ぎ込み実現した
そのおかげで今この瞬間の私はいる。ありがとう、打鉄・弐式。
後もう一つ。今も背中を押してくれるのは彼の言葉。
まだまだ。これからなんだ。
そうだね。まだまだ。
私は勝つ。だから。
「まだだ!」
まるで瀕死から立ち上がるヒーローみたいな台詞を吐く。
「私だって……!」
こんな最後の最後までお姉ちゃんの反応は速い。
でももう、余裕はない。必死。負けたくないと左手に持つ槍を私目掛けてふるう。
私だって譲れない。譲りたくない。譲ってたまるか。
夢現はエネルギーシールドを斬り抜け。そして絶対防御へと。
世界を震わす轟音。
私とお姉ちゃんは爆発に包まれた。
…