【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
「ん……」
ふと目が覚めた。
ぼんやりとしたまどろみを感じる。私、眠っていたんだ。
目が冴えてきてまず最初に見えたのは茜色に照らされた天井。茜色を辿れば、窓から外が見える。夕日と茜色の空……夕方だ。
試合したのが昼頃だったから大分経って……試合、そうだ。
「ぅ……ッ」
「ダメよ。安静にしてなきゃ」
体を起こそうとすると、声で止められた。
声がしたを方を向く。
すると、そこにはお姉ちゃんがいた。
「目が覚めてよかった」
ベットの上で上半身だけ起こして横になっている。
恰好は病院で入院する時に着る病衣だ。
それは私も。病衣の下はISスーツ。そして、ここは病院? ううん多分、保健室。試合の後すぐに担ぎ込まれたっぽい。
「調子はどう? 体、何処か痛かったりはないかしら?」
「……うん、大丈夫」
少し体がダルいぐらいで激しく痛みを感じるところとかはない。
「……」
「……」
会話は途切れてしまった。沈黙が気になる。
見た感じ、お姉ちゃんは私が目を覚ますよりも先に目を覚ましたはず。
だからもしかすると、試合がどうなっているのか知っているかもしれない。
聞いてみたいけど上手く話を切り出せない。それは多分、お姉ちゃんも……。
お姉ちゃんから話しかけてくれると嬉しい……だめ。待つのはもうやめたんだ。自分から行かないと。
「お、お姉ちゃんっ」
「え、えぇ。何かしら」
「えっと……その……」
いい言葉が思い浮かばない。
でも、頑張る。
「まずは試合、お疲れ様。ありがとう」
言いたかったことはこれじゃないけど、これは言っておかないと。
「ええ、こちらこそ。お疲れ様。ありがとう、簪ちゃん」
「うん……それで、何だけど……試合ってどうなったのか分かる……?」
「試合なら簪ちゃんの勝ちよ」
今更になってお姉ちゃん相手に聞くのもどうかと思ったけど、お姉ちゃんは本当にあっさりと答えてくれた。
「信じられない? 証拠って言ったらアレだけど、ビデオ判定の映像もあるわよ。枕近くの個人端末に送ったわ」
言われて枕近くにある机を見る。
彼に預けていたスマホと個人端末があった。彼が持ってきてくれたんだろうか。
学校からのお知らせなどを知らせてくれる学園用の個人端末を手に取り、確認してみる。
「……」
私が最後に覚えている光景。
夢現でミステリアス・レイディの絶対防御を斬りつけ、シールドエネルギーを削りきったことをしっかりと映していた。
その直後にミストルテインの槍の爆発に飲まれる私達の姿。これで気を失ったんだ。だから今、私達は保健室に。
「本当、完膚なきまでに負けちゃったわ。こんな風に負けたのはいつ以来かしらね」
独り言のように、それでいて私へ問いかけるように言葉を吐く。
「強くなったわ、簪ちゃん」
「そう、かな……そうだと、嬉しいな」
強くなった実感がないわけじゃないけど、まだまだという気持ちの方が強い。
それでもお姉ちゃんにそう言ってもらえるのなら、強くなったって自信を持つことが出来る。
「私がどうこうしなくても簪ちゃんはもう一人立ちできる。いいことなのにそう思うとやっぱり、寂しい……ううん、ちょっぴり怖いわね。正直、私はいらないみたいで簪ちゃんが離れていくみたいで嫌だと思う私がいるのも確か」
お姉ちゃんはゆっくりと言葉を続けていく。
それはまるで隠していた本心を打ち明けてくれるかのよう。
「でも、今回の試合でいろいろ気づけた。私がずっと見ていたのは昔の簪ちゃん。家のしがらみとか面倒ごとから守っていたつもりで満足しちゃって今の簪ちゃんを見ようともしなかった」
落ち着いた声なのにお姉ちゃんの後悔がいっぱい伝わってくる。
辛い。苦しい。悲しい。寂しい。
これがお姉ちゃんの隠していた本心。初めて知ることが出来た。
だから私も今こそ、隠していた本心を打ち明ける時。
向き合う覚悟は決めたんだ。目を背けていたお姉ちゃんへと振り向いていく。
「私も同じ。自分の中で作った勝手なイメージのお姉ちゃんだけ見て今のお姉ちゃんを見ようとしなかった。私、私ね……本当はずっと、お姉ちゃんのこと怖かったの」
言ってしまった。これが私の本心。
声が震える。嗚咽が混じってしまう。
「お姉ちゃんのこと尊敬してるのに立派なその姿が私にはあまりにも眩しくて。背中の大きさを、遠さを感じるたびに勝手に怖がって……怖さから作った勝手なイメージを見ることで逃げてた」
お姉ちゃんを想う気持ちは本物なのに私は、知らないうちにお姉ちゃんの優しさに助けられ、自分の弱さに甘えていた。
「でも、お姉ちゃんが私のお姉ちゃんで嬉しい。お姉ちゃんの妹でよかったって強く思う。ありがとう、お姉ちゃん」
これも紛れもない私の本心。
もしもの可能性なんて考えられないし、考えたくもない。
私はお姉ちゃんの妹なんだ。
「そ、そんなはっきり言われると照れちゃう」
お姉ちゃん顔が赤い。本気の照れ顔。
こんなお姉ちゃんの顔初めて見た。
「可愛いね、お姉ちゃん」
「こらもうっからかわないの。まったく誰の影響かしら」
「最高の誉め言葉だよ。これからは私、お姉ちゃんのことちゃんと見る。だからお姉ちゃん、これからの私を見ていて」
これは宣言であって誓い。
ちゃんと言葉にして伝えておきたい。
「そうね……分かったわ。私もちゃんとこれからの簪ちゃんを見る。今まで見れなかった分も含めて」
それを聞けて嬉しかったし、安心した。
でも、ぼんやりと天井に目をやるお姉ちゃんは何処か思い耽っている。
遠くを見る目。優しく微笑むようでどこか寂しそうな顔。
「……いいわね、羨ましい。簪ちゃんは変わっていける。でも、私は楯無。簪ちゃんみたいに変わることなんて……」
何だろう。既知感みたいなものを感じる。
ああ……そっか。昔の私は、きっと今のお姉ちゃんみたいな感じだったんだろう。
こういうのはどうかとも思うけど、こんなところも似てる似たもの姉妹なんだ、私達は。
だからこそ、お姉ちゃんに言わなきゃいけないことがある。
私だから言えること。私だから言いたいことがある。
「……ッ!」
ベットから出ようとする。
寝ていた時よりも体は重い。ふらつく。
「だ、ダメよっ。安静にしてなきゃ……!」
当然お姉ちゃんに止められた。
でも、行かなきゃ。
ベットの間にある距離は本当にちょっとのものだけど、その距離が何だかお姉ちゃんとの距離みたいで嫌。
お姉ちゃんの傍に行きたい。
「決めつけないで……お姉ちゃん」
「簪、ちゃん……」
私は、お姉ちゃんの手を取り語り掛ける。
「更識家にとって楯無がどういうものなのかは私もよく理解してる。急にすべてを変えるなんて無理。でも、私達はまだまだ。これから。こうなんだって決めつけなくても大丈夫。変わっていける」
本当、どこまで身勝手なことを言ってるんだろう。
そう思う。昨日まで弱かった奴にこんなことを言われても困るはず。
だとしても私は強く言う。
「一人で変われるところ一人でいいし、一人がダメならその時は私がお姉ちゃんの手を取る。私がそうしてもらえたように。導くとか連れ出すとかそういうのじゃなくて、手を取り合って一緒に続いてく明日へ進んで行きたい」
私は彼にそうしてもらえたのが凄く嬉しかった。
だから、私も同じことをしたい。お姉ちゃんにも笑顔でいてほしいから。
私は誰かに寄り添える、共に戦えるヒーローなんだ。
「いいの、かしら……私は、楯無なのに……」
お姉ちゃんは迷った顔をしている。
こういう迷い方も何だか似てるって思ってしまう。
「いいの……楯無のお役目はこれまで通りしっかりやらなくちゃいけないけど……お姉ちゃんは楯無である前に刀奈お姉ちゃんなんだから、きっと変わっていける」
私はそうはっきりと断言した。
そうなってほしいという祈りでもあるけど、お姉ちゃんも変わっていけるって信じてる。
少しの沈黙が明けた時、俯いていたお姉ちゃんは顔を上げて言ってくれた。
「そっか……そこまで簪ちゃんが言ってくれるのなら、簪ちゃん見習って頑張ってみましょうか。ご教授お願いできる?」
「大げさ……けど、もちろん。私の方こそ、これからいっぱい教えてほしいことや聞いてほしいことあるからいい……?」
「ふふっ、もちろんよ。そうよね、少しずつでも変わっていなきゃ。ようやくこうして向き合えたんだから」
「うん」
いきなりすべてが丸く収まるなんてことはやっぱりない。
向き合えなかった時間は私達にとって本当に長くて、向き合い始めた私達には向き変えなかった分だけ時間はいる。
だけど、時間ならこれからたくさんある。私達はこれからも続いていく。たくさん向き合っていこう。諦めず、努力していきたい。
「ふふっ」
見つめ合ったお姉ちゃんと笑い声が重なる。優しい笑顔。
わだかまりが解けていく。
やっと向き合うことが出来た。
室内を照らす夕日がお姉ちゃんと私の歩みを祝福してくれているようだった。
…