【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜   作:シート

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第六十一話 簪との来る日に向けて

 簪と更識会長の試合から数時間が経つ。

 今はもう夜になった。

 試合結果はと言うとギリギリのところで簪の勝利。しかし、更識会長が放った攻撃の爆発に更識会長と一緒に巻き込まれた簪は二人揃って気絶。試合後、すぐ保健室に運び込まれた。

 幸い怪我などはなく、意識も取り戻し、無事な姿を確認することが出来た。

 今は大事を取って自室で安静しているとのこと。

 

 簪は試合に勝った。

 ということはあの約束が有効になる。

 明後日、映画を見にデートをするという約束。

 しかしまだ、行くことが確定したわけではない。デートについて具体的な待ち合わせをしたわけでもなければ、本当に顔を見ただけで試合の後、会話らしい会話はしてない。

 ここは今一度、確認ぐらいはしておべきか。本当に行くかどうかは別として、日にちとしては明後日なわけだし。

 

 スマホを取り出す。そしてメッセージアプリを起動させ、簪を選択する。

 もう直接会えるような状況でも時間でもない。ならメッセが今のところベストか。試合からそう時間は経ってないが、疲れていてもう眠っていたとしても後で見れることだし。

 けれど、いいのだろうか。デートの話を振るなんて。さっき試合があったばかりなのに……。

 いや、迷っていても仕方ない。行動あるのみ。手始めに夜のあいさつを送ってみた。

 

《こんばんは》

 

 返事はすぐに返ってきた。

 一分経ってない。まだ起きている頃みたいだ。タイミングがいい。時間は大丈夫なんだろうか。

 

《大丈夫。暇してたところだから》

 

 ならよかった。このまま話は進められそうだ。

 しかし、どういう風に話を進めていくべきなんだろう。世間話からと思ったがそれだと回りくどくなる。

 単刀直入に、そして暇してるということ……俺はあることをまず聞いた。

 

《通話? いいよ、どっちからかける?》

 

 自分から簪に通話をかける。

 メッセでも充分なのは分かっているが、初デートの約束なんだ。やっぱり、どうせなら自分の声で言いたい。それにもう一つ。

 

『はい……もしもし』

 

 通話が繋がり、俺から声をかけると簪から同じように返事が返ってきた。

 無事通話はつながった。声の感じ元気そうだ。

 

『体の方も元気だよ。夜は安静にしてなきゃいけないけど、明日からは普通に過ごしていいって保険の先生には言われた。流石に訓練や試合みたいな激しいことはできないけど』

 

 ならひとまず安心だ。

 

『でも、何か不思議。あなたが通話したいだなんて』

 

 いきなり突いてくる。でもまあそうなんだろう。

 恥ずかしいけども正直なことを言うと、簪の声が聞きたくて通話をかけた。

 

『私の声が聞きたくて……嬉しい。実は私も、ね……あなたの声、聞きたかった』

 

 耳元で聞こえる簪の嬉しそうな声。

 嬉しい。尚更通話した甲斐があるというもの。

 そして改めてにはなるが、簪の勝利を労った。

 

『ありがとう。私、お姉ちゃんに勝てた。それにね、ちゃんとお姉ちゃんと話し合うこともできた。お姉ちゃんの気持ちも知れて、お姉ちゃんに私の気持ちも知ってもらえた。手を取り合えるようになれたの』

 

 それはよかった。本当に。

 第一目標を達成することが出来ただけでなく、簪は自分の力で前へ歩いて行ける。今回、簪が得られたものは勝利以上にきっと大きいはず。

 簪の勝利を祝いたい。頑張った簪に褒美を。

 俺は本題を切り出した。簪を今一度デートに誘った。

 

『うん……もちろん、お受けします。本当はあなたからメッセが来た時からずっともしかしてって期待してたから……嬉しい』

 

 なら決まりだ。

 日にちは変わらず明後日、夏休み最後の日で大丈夫か。

 

『大丈夫。ライダーの映画見に行くんだよね……時間はどうするの……?』

 

 言われてタブレットで映画の時間を確認した。

 よさそうな時間は朝の十時三十分上映の奴だろう。

 早めの時間にはなるが、終わりの時間が十二時半頃。昼だ。

 そのまま昼食にできる。

 

『そうだね……そうしよう』

 

 チケットの用意は勿論。

 昼飯の場所やその後の過ごし方もこちらで考えておく。

 簪は安心して楽しみにしていて欲しい。

 

『分かった、ありがとう……そ、それでなんだけど待ち合わせはす、する……? するにしても、本島で……?』

 

 簪は声は震えているが、期待が滲んでいるのが伝わってくる。

 

 待ち合わせはデートの定番。

 しないというのはありえないだろう。

 待ち合わせはするとして時間は始まる一時間前でいいか。

 IS学園のある学園島から本当はすぐでレゾナンスは駅と一体化になっていて映画館までもそう時間はかからない。

 待ち合わせ場所は学園島の駅にしよう。

 

『いいの……? そこだと……』

 

 簪が何を気にしているのかはすぐに分かった。

 目立つ時はどうやっても目立つ。それにやましいことじゃないんだ。堂々としておきたい。簪が嫌なら本島の駅でもいいが……。

 

『う、ううん! 嫌じゃない!』

 

 ならこれも決まりだ。

 

『私っ、楽しみにしてる! その……おしゃれとかお化粧とかちゃんとしてくるから期待してて……!』

 

 そう言われると期待せざるおえない。

 明後日が更に待ち遠しくなってきた。

 このぐらいで明後日についてはいいだろう。あまり長電話して疲れた簪の体に障ったら元も子もない。

 

『そこまでじゃないけど。でも……うん、分かった。あなたがそう言うのなら大人しして安静にする。じゃあ……明後日ね』

 

 ああ明後日。

 おやすみの言葉を簪に伝える。

 

『おやすみなさい』

 

 その言葉を最後に簪との通話は終わった。

 

 約束は無事交わせた。

 しっかり用意して、デートコースを考えよう。

 そしていよいよ簪に告白を。

 

 

 夜が明け、翌日。まず初めに俺がやったことは明日デートする為に外出届の提出。

 IS学園は全寮制でも女子の場合、規則や門限を破らないのなら外出届はいらないのだが、男子の場合は事情が事情なので書かなければならない。

 面倒だが書けば済むので書くしかない。ちなみに今日の提出先は織斑先生。

 

「必要事項は大丈夫だな……いいだろ、受け取った」

 

 提出は無事済んだ。

 織斑先生は担任の先生であるのと同時に寮の先生でもあるから一度で事足りる。

 

「しかし、お前が外出。相手は……いや、下衆の勘繰りだな。悪い」

 

 先生が謝ることはない。

 というか、先生でもそういうのは気になるものなんだ。そこが意外だった。

 

「一教員とは言え、親御さんから預かってる身だ。気にはかけているさ。それに女子ばかりの環境だと嫌でも噂の類は入ってくる」

 

 なるほど、それで。

 先生の耳にも噂が入っているのなら、然る結果が出た時は一夏達だけでなく織斑先生にも報告しよう。

 

「織斑が出かけるとなれば、騒ぎが起きないか心配だがお前なら心配せずに済む。折角の夏休み、最後ぐらい羽を伸ばしてくるいい。後、しっかりとやることやってこい」

 

 この意地悪な笑み、一夏そっくりだ。

 でも、気持ちは嬉しい。頷いてお礼を言うと職員室を後にした。

 まずは一つ目の目標を達成できた。後は部屋に戻って映画の後、どうするか考えなければ。

 寮へ帰れる校内の道を歩き、ロビーを通った時だった。

 俺の足は止まった。

 

「こんにちは」

 

 既知感を感じさせる言葉と声。

 そして、この状況。

 出会ったのは更識会長だった。

 また突然出会ったが、以前の時みたいに待ち伏せされたというわけではないみたいだ。

 とりあえず、挨拶を返す。今回は本当に偶然か。

 

「ええ、今日は本当に偶然よ。昨日のことで朝から事務室に用事があってね」

 

 昨日……体の方はもう大丈夫なんだろうか。

 大丈夫だから出歩いているのは分かるけども。

 

「あら、心配してくれるなんて優しいのね。大丈夫よ、一晩寝たらこの通りほら元気元気っ」

 

 元気があることを証明するかのように更識会長は、ガッツポーズみたいなことをしていた。

 本人がそう言うのなら信じるほかあるまい。

 

「今日は警戒しないのね」

 

 何だ突然。

 警戒する必要ないだろう。

 前はあからさまにこちらを試して、遊ぶ感じだった。

 しかし今はそんな素振りはない。言うならば、落ち着いた感じ。こう……肩の荷が下りたような。

 

「ん……そう」

 

 何処か簪を連想させられる頷き方。

 調子狂う。更識会長とはまだ数回しか会話したことがないから、全部を知っているわけではないが、前の印象が強すぎるが故に変な感じだ。

 

 きっと簪が昨日通話で話してくれたことが関係しているんだろう。二人は歩み寄ることが来たようで、更識会長にも何かしら変化のかもしれない。

 

「悔しいけど貴方の言って通りだったわ」

 

 ぽつりと更識会長は話始める。

 

「大切なことだからまずは自分達同士で向き合う。あの時はあまりにも簡単に言ってくるものですから、ガラにもなくカチンって来たけど、言われなきゃ誰かに頼みっぱなしになってたわね」

 

 やっぱりあの時、頭に来てたんだ。

 口が過ぎたが、言わずにはいられなかった。

 

「過ぎたことよ。言ってくれたよかった。でなきゃあの時の私なら……それこそ、貴方。貴方がダメなら織斑君に頼って、任せっきりになってた。それらしい理由つけて自分からは簪ちゃんに近づこうともしない。卑怯な逃げ方」

 

 更識会長の苦笑は昔の自分へと向けているかのよう。

 

「でも、今回のことで簪ちゃんの気持ちを知れて、歩み寄ることが出来た。そこに貴方の影響が少なからずあったのは認めなくちゃいけないわね」

 

 影響なんて言われても実感はない。

 それでも何かしら少しでも役に立てたのならよかった。

 

「本当に生真面目ね。でも、そういうことに簪ちゃんは惹かれたのかしら。そうだ、簪ちゃんのこと」

 

 雰囲気が一変した。

 もごもごと言いにくそうに口ごもっている。

 

「何ていうか。簪ちゃんと貴方のこと私個人が今更認めると認めないとか何か口出したりはしないけど、簪ちゃんのことは本当大切にしなさいよ。貴方の覚悟、忘れないから」

 

 俺だって忘れてない。

 あの覚悟変わらず、簪は大切にする。

 

「返事いいこと、まったく。まあ、上手くいくといいわね」

 

 ひらりと手を振ると更識会長は去っていった。

 更識会長にも然る結果が出たのなら報告しよう。

 簪とお前は本当にいろいろな人に大切にされて、見守られている。そう感じたひとこま。

 

 

 よし、これでいいだろう。

 とりあえずのデートプランは組むことが出来た。

 映画の予約も大丈夫。後はどんな告白をして、どういうところで付き合ってくださいと言うかだ。雰囲気は大事。

 

 そろそろ一息入れるか。

 更識会長と別れた後、部屋に戻ってからずっと計画を立てていたから何も口にしない。

 時間は昼の三時前。そろそろおやつ時、カップ麺でも食べよう。

 

 思い立ちカップ麺に湯を注いだ時だった。

 部屋の扉がノックされる。誰だこんな時に。

 とりあえず扉を開けた。

 

「よっ!」

 

 いつもの現れたをするのは一夏しかいなかった。

 何の用だよ、まったく。

 

「今日部屋籠りっきりだったから顔見にな。っと、お邪魔するぜ」

 

 するっと合間を抜けると一夏は部屋の奥へと入っていきやがる。

 まだ何も言ってないんだが。

 

「堅いこと言うなよ。まだ昼飯食べてなかったのか」

 

 机の上のカップ麺を見て一夏は言う。

 もう三分経つ。勝手に入ったんだ。勝手に昼飯食べさせてもらうぞ。

 

「別にいいけどさ。パソコン……やっぱ、今までずっと調べものしてたのか」

 

 今度は机のPCを見て、一夏は言った。

 幸い検索サイトのホームページだったので詮索はされないだろ。

 食べながら適当に頷く。

 

「更識さん絡みだな、どうせ」

 

 どうせって言い方……まあ、事実ではある。

 半ば無視してカップ麺を啜る。

 

「外出届け出しただろ? 更識さんと遊びに行くのか?」

 

 流石に動揺した。麺が喉に詰まって咽た。

 出かけることを言い当てられたよりも、外出届け出したこと言い当てられた方が驚きだ。エスパーかよ、怖い。

 

「普通に山田先生に聞いた。午前練の帰りにばったり会った時にさ」

 

 山田先生……確かにあの時職員室にいたけども。

 先生は勿論、一夏にも隠すつもりはないが言いふらされるのは嫌だ。

 

「皆まで言うなって、分かってるよ。お前のことだから真面目に調べたんだろうけど、そんなに調べるようなことあるか?」

 

 いろいろある。

 そこにどんな店があるかとか、よさそうな店の場所とかたくさん。

 調べたことを全部使わないとしても、備えあれば憂いなし。

 

「そういうんか……?」

 

 今一つ合点のいかない一夏は不思議そうな顔をしている。

 一夏は調べたも簡単にしか調べなさそうだな。基本行き当りばったりな奴だし。

 後はまあ、コツとか服装の感じとかも。

 

「服装、コツってお前それ……」

 

 言葉が過ぎた。

 と同時に電話がかかってきた。ある意味、いいタイミングだ。

 

「くッ、タイミングよ過ぎだろ」

 

 悔しがる一夏をしり目にスマホを手に取る。

 しかし、スマホの『更識簪』と表記された画面を見て驚いた。

 何で簪から電話が……兎も角出て、声をかける。

 

『あ……も、もしもし』

 

 照れが混じったような緊張した簪の声。

 わざわざ電話をかけてくるということは急を要することでも。

 

『そ、そういうのじゃなくて……その、あの……明日のこと、なんだけど……』

 

 明日……おそるおそる頷く。

 

『お昼って向こうで食べてる……? お店の予約とかもうしちゃってたらいいんだけど……してなかったら、お昼私に任せてほしい』

 

 お昼は向こうで食べるつもりだった。

 そしてまだいくつか目星をつけただけでこことは決まってない。

 何か考えがあるようで簪がそう言うのならお昼は任せよう。

 

『ありがとう……! 私っ、とびっきり美味しいの用意するから……!』

 

 そう言って電話は切られた。

 嵐のような出来事だったがこれはもしかして、もしかしなくてもという奴か。

 

「おーい、口元ニヤけてるぞ」

 

 バッと手で口元を覆い隠す。

 そうだ。こいついたんだった。

 しかし、ニヤけるなというほうが難しい。期待に胸が膨らむ。明日が待ち遠しい。

 


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