【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
私の一日は朝から慌ただしかった。
明日はいよいよ彼とのデート。
初デート。それも男の人と二人っきりで初めて出かける。
素敵な日にしたい。なので前日の今日は朝から明日の用意に勤しんでいる。
まずは明日着る服選び。外出用の私服はいくつかあるけど、どんな着合わせがいいんだろう。
手に取った洋服とスカートを体に合わせ、姿鏡で確認する。
「これも何か違う……」
しっくりこなくて、次の着合わせを探す。
ネットの情報なんかも参考にはしているけどかれこれずっと悩んでる。最早、堂々巡りだ。
それに服装ばかりに時間をかけてもいられない。髪や化粧も考えなくちゃ。
必要な物はあるにはあるけど、知識もなければ経験もない。ネットで情報を手に入れられるけど、ネットの情報は結局、参考にしかならないし。
こんなことなら少しぐらいは身だしなみに気を付けるべきだったなぁ。
「わぁ~こりゃまた凄いことになってるね~」
遊びに出かけていた本音が戻るなり、部屋の惨状を見て呆れ気味に言った。
ベットの上に散乱した洋服の数々。
本音のベットまでは浸食してないけど、それでも私の迷走っぷりが物の見事に表れている。
「お昼ご飯呼びに来たんだけど~どうする~? 後で食べる~?」
もうそんな時間。
スマホで確認すると本当にそんな時間だった。
どうしよう。このまま考えてても決まらなさそうだし、タイミング逃しちゃいそうだから行こうかな。
「行く」
「おっけ~行こ行こ~」
本音の後について食堂についていく。
夏休みも今日を入れて残り二日。だからか、食堂に来る人もだんだんと増えてきた。
注文をしてから、辺りを見渡すけど男子の姿はない。まだ来てないのかな。
「かんちゃん?」
「あ……すみません」
本音の声で我に返り、謝りながら注文したお昼ご飯を受け取る。
休憩に入っても明日のことで頭いっぱいだな、私。
「あ、更識さん!」
「簪こっちこっち!」
呼んでくれたのは相川さん達と整備科志望の子達。
この人達と本音は遊んでたんだったけ。
とりあえず、呼ばれたテーブルに行き腰を降ろす。
「もう、体の方は大丈夫なの?」
「うん……もうすっかり」
「そっか~よかった!」
「生徒会長と一緒に保健室運ばれた時は心配したよ」
「ごめんなさい。心配してくれてありがとう」
浮かれていた気持ちが少し現実に引き戻される。
勝ちはしたけど、皆を心配させる勝ち方。
次はもっと見ていて安心できる勝ち方をしないと。
「元気ならいいってば。本音からは部屋にいるって聞いていたけど、何かしてた?」
「え……あ……」
どうしよう。
デートの準備、デートのこと言った方が……。
黙ってるのも何だか悪い気もして。
「かんちゃんはね~朝から明日のデー」
「ちょっ!? 本音!?」
慌てて本音を言葉を遮る。
本音は援護のつもりだろうけど、ここは食堂。大勢の人がいる。隠し通すわけじゃないけど、知らない人たちにまで言う必要もない。
本音は急な時、本当に急だから心臓に悪い。
「デー? あっ……そういうこと」
「いつのまに」
「簪って奥手だと思ってたけど中々抜け目ないわね」
察してくれた皆の暖かい視線が刺さる。
昨日あれだけ心配させるような試合したのに翌日にはデート行くなんてことになったらこうもなる。
仕方ないと自覚はあるし、説明する手間も省けたけど、肩身が狭い。
「本音の口ぶりからして明日のことで悩んでる感じ?」
「うん……その、着ていく服の組み合わせとか中々決まらなくて。後、髪と化粧したいから」
「なるほどね。そうことなら任せて! 簪をバッチリコーディネイトするわ!」
「いいの……?」
なんて言うのは卑怯なんだろう。
流れ的に手伝えって言っているようなもの。
まあ実際、私の一人では限界だから手伝ってほしいけど。
「いいのいいの。細かいことは気にしない」
「ほら、前言ったでしょ。力になるって。大船に乗ったつもりで任せなさい!」
「ありがとう」
素直に嬉しい。
やっぱり、頼れる友達がいるってのは心強い。
「それじゃあ頑張りますか」
「おー!」
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お昼ご飯を食べると早速皆と一緒に部屋に帰ってきた。
「こりゃまた見事なまでに簪の迷走っぷりが出てるね」
「うぅ……」
その通りなので情けない声を出しながら肩を縮こませる。
片づけないまま部屋を出て戻って来たから、皆に見られてしまった。
「簪の好みがこうならそうだな……」
「う~ん、これとこれとかどう?」
「ああ~いいかも。逆にこっちと合わせたらどうよ」
「あ~アリだね」
早速、着せ替え人形状態。
皆いい感じで勝手に楽しんでる。本音は何か写真撮ってるし。
こういうの好きじゃないけど頼んだ手前断るのもアレだし、一応真剣は真剣みたいでちゃんと選んでくれている。
「うんっ! やっぱり、この組み合わせが一番かな」
「だね。色合いもいいし、簪の雰囲気を崩さない」
「それでいて季節感もマッチしてて、デート感出ていい感じだよ!」
「な、なるほど……」
理屈屋な私が納得できる理由だ。
この着合わせなら明日着ていっても何も問題ないだろうし、彼にも喜んでもらえるかもしれない。
「一度着てみたらどうすか?」
四十院さんの一言。
「え……?」
「確かにね。こうやって服の上から合わせるだけじゃなくて、実際に来た方がいろいろと分かるってもんだよ。簪のことだからサイズあっていて着れるの分かってるから、服の上から合わすだけにしてたでしょ」
「そ、それは……」
図星をつかれた。
実際、その通りだ。着合わせを考えはしても服の上から合わせる程度しかしてなかった。
実際やってみないと分からないこともある。それはそうだ。今までたくさん学んできた。
「ほら、着替える! 着替える!」
「うん、そうだね。着替えてくる」
背中を押され、私は部屋の脱衣所で着替える。
「……」
脱衣所にある鏡で少し確認してみる。
半袖の白いカットソーにパープルのレーススカート。
シンプルだけど、落ち着いていていい感じ。私の好みにあってる。
着てみて初めて分かるっていうのはこういうことだったんだ。
「更識さん?」
「まだ~?」
「あ……はいっ」
呼ばれて脱衣所を出る。
皆にも見せなきゃ。
「どうかな……?」
「おお~!」
「いいじゃん! いいじゃん!」
皆の反応もいい。よかった。
「う~ん。でも、もうワンポイント欲しいね」
「そう……?」
「じゃあ、これなんてどうかな~?」
そう言って本音が頭に被せてきたのはパープルのハンチング・ベレー帽。
私のお気に入りだ。
「か、可愛い!」
「いい! これだよ! これ!」
「はい、とてもよくお似合いです。更識さんは自分で見てどうですか?」
四十院さんに言われて部屋の姿見でもう一度自分の姿を確認する。
帽子一つでまた印象がよくなった気がする。
これなら大丈夫。
「私もいいと思う。明日この服にする。皆……ありがとう……!」
一人で悩んでいたのは何だったんだろう。
すぐに決められた。
何だか弐式開発を思い出すな。
「ふふっ、服が決まったとなれば、次は化粧と髪ね」
「よし来たっ! ここからは私達の出番ね!」
名乗り出たもう一人の整備科の子。彼女の手には化粧道具が。
オススメのがあるってわざわざ自分の取りに行ってくれたんだったけ。
「どういう感じにするの~?」
「そうだね……ガッツリしたのよりかはやっぱりナチュラルメイクかな。簪は素材いいわけだし活かさないのは勿体ないからね」
「ああ~」
皆一様に納得してる。
自分ではそういう風には思えないけど、そういうものなのかな。
詳しくないから本当任せるしかない。
「お任せします」
「おっ? 言ったな? 高くつくよ?」
「えっ!?」
大きな声を出して驚いてしまう。
タダじゃなきゃ嫌だというそういうのじゃないけど、何要求されるだろう。
「そんな怯えなくても命までは取らないって。ただデートがどうなったのか詳しく聞かせてもらうから」
凄くいい顔してる。
それが全部じゃないだろうけど、そういう魂胆だったかぁ。
まあ、そうだよね。だったら。
「その……話せそうなことは善処するから」
「おおっ! 話分かるじゃん!」
「期待してるからね!」
期待されても困る。
けど、これで少しでも皆に報いるというかお礼できるのならちょっとぐらいは幸せのおすそ分けを。
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明日着ていく服、化粧や髪、全てが無事決まった。
化粧は自信満々なだけあって、何かもう凄かった。ナチュラルメイクだっていうのに鏡に映った自分が別人のよう。
明日の朝もしてくれるとのことなので、ひとまずこれで明日の用意はバッチリ。よかった。
用意が済めば後はいつもの感じ。
時間はお昼の三時。なので購買でお菓子と飲み物を買うと部屋で皆とお茶会が始まっていた。
「そう言えばさ、簪」
「ん……?」
「ちょっと気になっただけなんだけど、お昼とかはどうするの?」
「お昼……?」
そう言えば、どうするんだろう。
予定としてちゃんと決まっているのは映画を見ることだけ。
流石にそれだけで終わったりはしないだろうし、終わってほしくはない。
まあ、心配しなくても彼のことだ。後のこともいろいろしっかり考えてくれているはず。
「多分……彼が決めてくれるじゃないかな」
「そっか~じゃあ、お弁当作戦は難しそうだね」
「お弁当……?」
要領を得ず私は聞き返す。
「ほら、デートの定番と言えば手作り弁当じゃん?」
「そう、なの……?」
「そうそう。女子力見せつけつつ、胃袋をガッツリ掴む! 時代が変わっても変わらない由緒正しい落とし方よ!」
「なる、ほど」
あまりに力説するから頷いてしまった。
でも言ってることは理解できる。男を掴みたければ胃袋を掴めとかって聞いたことあるし。
「手作り弁当か……」
初めてのデートで手料理を食べてもらって、出来れば喜んでほしいでもらえると嬉しい。
作ってみたい。でも……。
「急に手作り弁当なんていいのかな。重たくないかな……?」
「知り合って日が浅いのならそうだけど、あんたらは付き合い長いんだから大丈夫だって!」
「気になるなら、確認してみればいいじゃん。作ってあげたいんでしょ」
「それは……まあ……」
簡単に言ってくれる。
けど、言う通りだ。作ってあげたいと思うのなら、万が一もう先にお昼の予約してたりしてないか作っても大丈夫か確認すればいい。
私はスマホを取り出し、連絡を取る決意を固める。
「……分かった。確認してみる」
メッセでもいいだろうけど、通話のほうがすぐ伝えられる。
だから私は席を立とうとした。
のだけど、皆に阻まれた。
「どこ行く気?」
「向こうで確認の電話しようと思って……」
「向こういかなくいいじゃん。私達静かにしてるから」
「ほら、善は急げ。かけるかける」
何かもういろいろ察した。
包囲網は厚い。逃がさないつもりだ。
まあ、確認するだけだし、弁当を作るとなったらいろいろ準備はいるからこんなところでゆっくりもしてられない。観念するしかないか。
「逃げないから……離れて、近い。静かにしてて」
「それはもうっ!」
皆いい顔しちゃってまったく。
しぶしぶ私は彼へと通話をかけた。
通話はすぐに繋がった。
「あ……も、もしもし」
確認の通話なのに照れと変な緊張で初っ端からどもってしまった。
そして案の定、突然の通話に彼は驚いている。
急を要することがあったのかと思われているみたい。
「そ、そういうのじゃなくて……その、あの……明日のこと、なんだけど……」
おそるおそる尋ねる。
頷いた声が聞こえて、言葉を続ける。
「お昼って向こうで食べる……? お店の予約とかもうしちゃってたらいいんだけど……してなかったら、お昼私に任せてほしい」
言った! 言っちゃったっ!
聞き耳立てている周りが騒がしくなって宥める。
返事が気になって仕方ないみたいだ。私もそう。
どんな返事が返ってくるんだろう。やっぱり、いきなりこんな急すぎたかな。
それにはっきりと言わなかったけど、私の意図は伝わって。
待つこと数秒。
彼から私に任せるとの返事が返ってきた。
「ありがとう……! 私っ、とびっきり美味しいの用意するから……!」
嬉しさのあまり声が大きくなっちゃった。
通話はこれで終わり。無事確認はできた。
「上手くいったみたいだね」
「うん……おかげさまで」
「嬉しそうな顔しちゃって」
「そうと決まれば、お弁当の準備とかしなくちゃね~」
「手伝います」
「私も! 私も!」
「ありがとう……そうだね。準備しなきゃ」
寮の調理室は今からならまだ借りられる。
今のうちからお弁当の用意すれば、明日は余裕持てる。
用意することはまだまだたくさん。
しっかり準備して、明日を素敵な日にする。明日はどんな日になるのかな。期待に胸が膨らむ。明日が待ち遠しい……!
…