【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜 作:シート
学年別トーナメントで更識さんと組むことが決まったあの日。その日のうちに更識さんと申請し、無事受領してもらえた。
ただやっぱり、先生方は俺と更識さんがペアを組むことはもちろん。そもそも先生方も更識さんは出ないと思っていたらしく、大分驚かれてしまった。
けれど、正式に出れるようになってよかった。だが、これで安心してはいけない。ようやくスタートラインに立っただけだ。
六月中旬の今、学園トーナメントまで一週間ちょっとしかない。時間があるだけマシだが、タッグ戦はぶっつけ本番でペアとの息が合うようなものではない。
なので今日からトーナメント前日ギリギリまで一緒に特訓をすることが決まった。
そして今、時間は放課後。
初日から早速特訓をする為、ISスーツに着替えた俺は同じくISスーツに着替えている更識さんを待っている最中。
思えば、こうして整備室以外で更識さんと何かをするのは初めてだ。学校や寮ではちらっと見かける程度で、他クラスとの合同授業は二組とばかりで三組や更識さんがいる四組とはまだやったことがない。
更識さんのISスーツ姿を見るのも初めて。
正直言うと、更識さんのISスーツ姿に期待してしまっている。こういうのはよくないと分かっていながら、どういう感じなんだろうと思えばつい。
ISスーツは際どいがそこはまあ。入学したての頃よりかはある程度慣れはしたけども。
「……お、お待たせ」
聞き慣れた声。
しかし控えめに声をかけられたが変なこと考えてしまっていたせいで、つい驚いてしましまった。
「きゃっ!」
当然、更識さんを驚かせてしまう。
早速すまないことをしてしまった。集中しよう。
「だ、大丈夫。謝らないで……気にしてないから」
よかった。
そう思ったのと同時に、ISスーツ姿の更識さんに目が行ってしまった。
眼鏡こそかけているが、ヘッドギアはつけてない。何だか新鮮だ。
そして、例に漏れず更識さんもスタイルいい。細身体型だが体のラインやくびれが綺麗で魅力的だ。
それに胸も……。
「……あ、あんまり……見ないで、は、恥ずかしい……」
消え入りそうな声で言って更識さんは、恥ずかしそうにしながら隠すように両腕で自分の体を抱きしめる。
しまった。よくないと思っていたにも関わらず、異性、しかも友達を俺はなんて目で見てるんだ。反省して自重しなければ。
とりあえず行こう。ここに留まっていても仕方ない。
「そうだね……」
歩き出す俺達。向かう先はシミュレーター室。
IS学園にはIS専用の訓練用VRシミュレーター機が数多く設置されている。シミュレーター機はIS操縦者に比べて絶対数が少ないコア、機体数を補うため開発されたものらしく。噂によるとこれの雛形をISの開発者である篠ノ之博士がじきじきに開発しただとか。
もちろん学園だけではなく、ISを扱う多くの国や様々で機関などで最新型のシミュレーターは活用されている。
本当は実機を使って実戦訓練をするのが一番いいのだが、トーナメントの申請をしたのが昨日。
俺は一応専用機として倉持から借りている打鉄があるからいいが、更識さんは訓練機を借りなければいけない。しかし、昨日の今日ではいきなり訓練機を借りることは出来ない。
訓練機は借りるのにたくさんの書類を書かなければならないし、今はどこもトーナメントに向けて訓練機をレンタルしていて、そもそも開いてる日が少ない。
「仕方ないよ……そればっかりは。動き出すのが遅い私が悪い。……明後日とトーナメント二日前の二回借りれるだけよかった」
それはそうだ。
その二回向けてコンビネーションだとかを何とか形になるようにしよう。これがトーナメントまでの簡単な目標だ。
それまではシミュレーターでどうにかするしかない。
「……ッ、ごめんなさい……私の都合につき合わせて……私がもっと――」
隣で共に向かう更識さんは申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
謝る必要がなんてない。何より、それは言いっこなしだ。
仕方ないと言ってしまえば、それまでのことで、更識さんが
でも、言ったところでそうではないのだから、今あるものでするしかない。
「でも……何なら私に付き合わず、一人で実機訓練したい時は言って。その時私、一人でシミュレーターしてるから」
更識さんなりに気を使ってくれているんだろう。そこは嬉しい。
しかし、それこそどうなんだ。
タッグマッチなのだから、二人一緒に訓練しないと意味がない。
気にする気持ちも分からくないが、このトーナメントは二人の問題。更識さんと二人で訓練がしたい。
「ありがとう……そう言ってくれると助かる」
少しずつ安堵の表情を浮かべてくれる更識さんの姿を見て、俺も安心した。
シミュレータールームへと着くと受付に向かう。
事前に申し込みはしていた。
「はい。では、お名前の確認と申請書類の提示を」
担当の人にそう言われ、俺達は受付を済ます。
時期が時期だからか、同じ様な目的で利用しに来ているだろうたくさんの生徒がいる。中には見知った顔もちらほらと。
そして、俺達は当然のように目立っている。男の俺が来たらそれは当然だろうし、隣にいる更識さんも注目の的だ。
「あれって日本の代表候補やってる四組の更識さんじゃない」
「本当。あの生徒会長の妹の……ってか、男連れじゃん。いい身分。それにあの男子って」
凄い言われようだ。
「……」
当然、更識さんは居心地悪そうにして俯いている。
こうなることを考えてなかったわけじゃないが、いざこうなると更識さんに申し訳ない気持ちがまた強くなってきた。
こういう時はさっさと訓練始めるのに限る。
気に止めないようにして、宛がわれたそれぞれのシミュレーター機の中へと入った。
球体状のドーム内に設置され、様々なアームで固定された展開待機状態の打鉄に似た姿をしたこれがシミュレーター機。
ヘッドマウントディスプレイを被り、シミュレーター機を装着すると、システムが立ち上がる。
『スキャン完了。VRシステム正常に起動。シミュレーターシステムスタンバイ』
システムアナウンスが聞こえ、手元のコンソールを操作し、機体の調整をしていく。
といっても実機のような最適化ではなく、キャラを操作する系のゲームにあるコントローラースティックの感度を調節したりするコンフィグみたいなもの。
シミュレーターを使うの久しぶりだ。というより、シュミレーター自体四月頃試しに二、三回使ってみた程度。
普段の訓練は一夏と実機訓練をしているし、そもそも専用機持ちは必要ない。
実機さえあればアリーナはたくさんあるから自由に使え、何よりISは稼働時間を詰むことが大切だ。シミュレーター機使うぐらいなら、実機を動かしている方が遥かいい。
後、学園にあるシミュレーター機は訓練機と同様の打鉄タイプとラファールタイプの2種類のみで、専用機のデータが入ったものなんてないから、いろいろと機体の操作感覚や装備などが違っていて、使いにくく感じるらしく、専用機持ちである一夏やオルコット達はシミュレーター使いたがらなかった。
その点、俺はついている。待機形態になるようになっているだけで、学園にある訓練機の打鉄と変わらない。VRだからちょっとした差異はあるだろうが、大きく差し支えるような問題ないはずだ。
「こっち準備できた。そっちはどう……?」
更識さんから通信が届き、答える。
こちらも機体の調整は出来た。いつもでも始められる。
「じゃあ、ちょっと慣らしに付き合ってもらってもいい……? シミュレーター使うの久しぶりだし、授業以外で身体動かすのも久しぶりだから」
分かったと俺は返事を返す。
俺も少し慣らしておきたかった。
久しぶりのシミュレーター。実機とはかなり違うが、何処まで動かせるのか確認したい。
「じゃあ、よろしくね」
俺達は慣らしを始めた。
やることは体を動かしてみたり、空中を飛んでみたり、普段授業でするようなウォーミングアップ。
やっぱり、最新技術がふんだんに使われているんだろう。映像はもちろん、音や体感がかなり本物に近い。武器を持った感覚や武装の呼び出しも再現度が高い。実際持って使ってるみたいだ。
ただやっぱり、実機と比べてしまうとどうしても物足りなさみたいなのを感じるが、些細なもので大して気にならない。
最新技術って本当に凄い。
「……まあ、こんなものか」
更識さんも慣らしは済んだみたいだ。
じゃあ、そろそろ試しに一試合。まずは俺が何処まで動けるのか、更識さんに見てももらわなければ。
大丈夫。シミュレーターとは言え、ISについては授業や自主練で経験や知識はたくさん積んだんだ。早々無様な結果にはならないだろう
「できるだけ本気で行くから……そっちも本気で」
もちろんだ。
胸を借りる気持ちでいかせてもらおう。
更識さんへと俺は挑んでいった。
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「んー……そう、だね。思ったより基本は出来てた」
そう言ってもらえるだけ慰めになった。
模擬戦を終え、シミュレーターの通信機能で通話している今。
試合結果を言うと、当然の如く俺の負けだった。途中まではちゃんと試合にはなっていたが、更識さんが感覚を取り戻した終盤から試合終了はそれはもう酷かった。
「そ、そんなことないって……私、結構きつかったから」
更識さんの優しい言葉が痛いほど身に染みる。
言われた通り、出し惜しみせず本気で挑んでこれだ。
思ったよりシールドエネルギーは結構削れたけど、更識さんには久しぶりのシミュレーターがやっぱりハンデになっていたからかもしれない。
「そんな気にするほどじゃないよ……4月から始めてこれでしょう。ここまで動かせるのは凄いよ。基礎がしっかりしてないとまず無理だから。貴方が自分でも訓練を怠ってない証拠。流石」
更識さんは優しい。
でも、基礎がいくらしっかりしていてもまだまだ。
更識さんにもこう言ってもらえたんだ。もっと頑張らねば。本番までには最低でも更識さんの足を引っ張るような真似をしないようにしたい。
初っ端から一夏のように上手く動かせれば、格好もついたのだがやはりそう甘くはない。
「気持ちは分からなくないけど……織斑一夏のことは忘れた方がいい。アレはおかしいから。貴方と一緒でISの操作なんて素人のはずなのに、イギリス代表候補や中国代表候補とちゃんと試合成立させられていたんでしょ? ISがいくら優れた兵器だからって普通、候補生と素人では試合にすらならない」
言われて見れば、確かにその通りだと思う。
同じ素人である一夏は以前、オルコット達代表候補生達と試合を成立させていた。
もっともあれは一番に一夏を皆一様に舐めきっていたのがあるだろう。後は一夏の情報不足やワンオフアビリティーの初見殺しとかいろいろな条件がかみ合ったってのは勿論あるだろうが。
やっぱり、持ってる奴は持っている天性の才能という奴なんだろう。
人を惹きつけ、好かれる、その上才能がある。こうして要点だけ並べると一夏になりたいとは思わないが、やはり憧れる。眩しい存在だ。
でも、一夏のことはここまで。頭を切り替えていこう。
練習あるのみだ。
「うん、その調子。私でも教えられることはあると思うから……その、任せて」
ありがたい限りだ。
思えば、今代表候補とこんな風にマンツーマンで一緒に訓練できるなんて滅多にあることじゃない。むしろ、ある意味ではとても栄誉なこと。
それにやはり、更識さんは強い。流石は日本の代表候補生。
「お、おだてても何もないから。や、やめて恥ずかしい……えっと、それでこれどうしようか。基礎はしっかりしてるけど、ただ絡め手や意外性を持った攻め手が足りない感じだから、そういうのあるといいかも。正直、今だと何してくるのか読みやすい」
なるほど。
こうして傍から見た感想を細かく言ってもらえると為になる。
その辺りを強く意識して、もっとあれこれいろいろ考えながらやってみよう。
俺はもう一試合更識さんにお願いした。
「いいよ、また一試合やろう。それで思いつく限りのことして来て。ダメなところとか、こうしたほうがいいよってところあったら言っていくから」
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シミュレータールーム、すぐ傍にある休憩室。
その中にあるベンチに俺は深く腰をかけ、体を預けるように背にある壁にもたれる。
幸いなことにたくさんある休憩室の空いているところにいるせいか、他に人は居らずゆっくり休める。
あれからまた二~三試合更識さんに付き合ってもらったのだが、先に俺が根をあげる形で一旦休憩となった。
シミュレーターとは言え、体を動かしていたのだから体が疲れたのと後は単純に酔った。VR酔いとでも言うべきか。
あれだけの時間、シミュレーターを長時間使っていたのが原因だ。今気分悪い。吐き気はないものの、頭がぐらぐらして辛い。
「少しはマシになった……?」
何処かへ行っていた更識さんが戻ってきた。
更識さんは平気そうだ。だがらこそ、余計に今の自分が不甲斐無い。
初めの頃よりかはマシにはなった。でも、まだ気分は優れない。更識さんには悪いがもう少しだけ休みたい。
「ううん、いいよ。気にしないで。これ、よかったら……」
そう言って差し出されたペットボトルに入った水だった。
さっきまでいなかったのはこれを買いに行ってくれてたからか。ありがたく受け取ろう。
受け取った水を早速一口飲ませてもらった。
冷たい水を飲むと気分がスッとして、酔いが落ち着いていくのが分かる。
「よかった……あの、その……」
もじもじとして恥ずかしそうにこちらの様子を更識さんが伺ってくる。
どうかしたんだろうか。
「いや、えっと……と、隣いい……?」
頷くと更識さんは隣に腰を降ろした。
部屋に二人っきり。間近、すぐ隣に更識さんがいる。それはごく普通で自然なことのはずなのに、凄い緊張してしまっている。
こんなに近くにこうして並んで座るのが初めてだからなんだろうか。……ちょっと近すぎる気もするがこんなものなんだろ、きっと。
後はこのISスーツのせいもあるのやもしれない。訓練をした後だからなのか、ISスーツから覗く腕や肩が何処か火照っているよう見え、色っぽく感じさせられる。
ダメだダメだ。そういう目で更識さんを見ては悪いし、そんな変なことばかり考えているとますます緊張してくる。
「……」
やはりというべきなのか。どうやら俺の悪い緊張が移ってしまったらしい。
俯いた更識さんは恥ずかしそうに身を縮こませている。頬が紅潮している。それだけで緊張しているということが見ているだけでよく分かる。
このまま無言というのは今回ばかりは居辛さを強くさせてくる。何か話題は……と考えてる。
ここは無難に更識さんの調子でも聞こう。
パッと見更識さんは元気そうだ。疲れた様子はもちろん、俺のように酔った感じもない。
「ん、平気……シミュレーター、久しぶりだったけど……私、小学生の頃からやってるから染みついた慣れ? みたいのがあったのかも」
そう言えば、女子は小学生のうちからISについて専門的な勉強を始めているんだっけか。
シミュレーターもその一環としてやっているのだったら久しぶりとは言え、更識さんが言うように慣れは染み付いていて、俺みたいに酔ったりはしないのだろう。
俺も早く慣れないとな。こんな情けない姿、更識さんにはいつまでも見せたくない。
それにまだタッグマッチに向けて何も出来ていない。今日出来たことと言えば、準備運動程度のこと。覚悟はしていたが、やはり初日から更識さんの足を引っ張っているみたいで申し訳ない。時間が沢山あるわけでもないのにこの調子で大丈夫なんだろうか。
「だ、大丈夫。焦りは禁物……焦らなくても大丈夫、だと思う……今日は私も慣らしておきたかったから。今はまず1対1の試合になれるのが先決。1対1の基本を抑えといて損はないと思う。タッグマッチで絶対活かせる」
更識さんの言うことはもっともだった。焦りは禁物。
時間のことを考えるとどうしても気持ちの面で焦るが、それでも焦っても仕方ない。
今日はまだ特訓初日。今出来ることを、やれることを確実にやっていくのみ。
今はそう自分に言い聞かせることでしか気持ちを落ち着けられない。
「あまり気にしないで……むしろ私の方こそ、ごめんなさい。説明、難しい言い方しか出来なくて」
更識さんは申し訳なさそうに言っていた。
正直に言うと更識さんの説明は難しかった。
専門用語が多く、言い回しも難しい。日頃からガッツリ自習してなければ、ついていけてなかった。
それでも更識さんの説明は理に適っており、かつ的確だ。為になるアドバイスをいくつもしてもらった。そのおかげで実際、最初シミュレーターをしたころよりかは言われていたところを改善できた気がする。
「人に教えるには三倍理解していないといけないって言葉があるけどあながち嘘じゃなかったんだね。自分一人だけで理解している気になってどこか満足していたけど、それじゃあ本当に理解したことにはならない。人に教える為に工夫するのってもっと知識がいる。私はまだまだ未熟。今日それが改めてよく分かった」
淡々と言う更識さん。
今日はまだ初日だが、お互い気づけたことは多かったみたいだ。
それだけで初日の収穫は大きいと思える。
「だね。それはもう一つ分かったことがある」
何をと聞き返せば、更識さんは強い眼差しをしてこう言った。
「私もトーナメントでちゃんとした結果を残したい。その為にも貴方には今より強くなってもらわないと正直困る。未熟なりにでも教えれることはどんどん教えていくから……」
はっきり言ってくれたのが嬉しかった。
俺もどんどん教わって、必ずや結果を残す。
共に頑張ろう。
「ありがとう」
それはこちらこそだ。
早速、もう一試合更識さんに付き合ってもらおう。
「もう、気分は大丈夫なの……?」
心配してくれる更識さんに頷いて答える。
おかげさまでもうすっかりよくなった。
もう大丈夫。また動ける。
「そう……じゃあ、また始めよ」
俺達はまた特訓をする為にシミュレーター室に戻っていった。
…