【完結】IS 〈インフィニット・ストラトス〉〜ここから、そしてこれから〜   作:シート

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第九話 トーナメントに向けて更識さんと 後編

 訓練三日目。

 放課後、アリーナ。そこに更識さんと俺の姿はあった。

 初日、そして昨日と更識さんとはシミュレーター訓練をし、ついに今日は待ちに待った実機訓練の日。二回しかない大事な日だ。

 正直なところ、俺は今少しばかり緊張している。

 

「どうして……?」

 

 目の前では打鉄を身にまとい準備運動を終えた更識さんが不思議そうに聞いてきた。

 どうしても何も、まず実機を動かすの自体数日ぶりだからだ。今までは二日に一回は必ず動かしていた。こんなにも間が空いたのは初めてだ。

 何より、これはある意味俺にとって試験のつもりでもある。

 

「試験……」

 

 まだたった二日ではあるが、更識さんとの訓練は今までのどの訓練よりも濃く充実したものだった。いろいろ学べることも多かった。

 だから、その訓練したことや学んだことが一体どれほど吸収できているのか、この実機訓練で試して確認したい。だから、試験と思った。

 

「そういうこと。確かに試験は必要……折角の実機訓練なのに普通にしてたら勿体ない。貴方の言うことはもっとも。試験やろう」

 

 賛成してくれてよかった。

 

「じゃ、じゃあ、私も試験のつもりでいってもいい……? 準備運動で実機に少しは慣れたけど、やっぱりまだ確認したいこともあるから。試したいこともいろいろとあるし……」

 

 それはもちろん構わない。

 試験なんだ。更識さんのほうもいろいろと試してくれるとありがたい。

 では、ここからは真剣勝負といったところか。

 

「そうだね。お互い手加減なしで」

 

 打鉄を纏う更識さんが武装の一つであるIS用の刀を構える。

 元より俺は手加減なんて器用なことができるほど上達してないだろうが、更識さんの手加減なしは見てみたいと思っていた。頑張ろう。

 緊張が増してくるのを感じつつ、俺も刀を構え、更に気持ちを引き締める。

 

「じゃあ」

 

 どちらともなく間合いを詰め俺達は模擬戦を始めた。

 さあ、いざ。

 

 

 

 

 模擬戦を始めてから大分時が経った。

 試合回数にして三戦。

 結果は三戦全部俺の全敗だった。シミュレーターの時より更に酷い。

 こうなるとは一応覚悟はしていたが、実際こうなるとかなり凹む。

 

「え、えっと……げ、元気出してっ……!」

 

 休憩中、隣にいる更識さんが凹む俺へ慰めの言葉をかけてくれる。

 優しい気遣い。だがしかし、その優しさが今は辛い。

 そう言えば、初日もこんなことがあった。変わってないということか。

 

 試合には出し惜しみせず臨んだ。

 だというのに、この結果。悔しさが募る。

 いろいろ思うものが湧き上がってくるが、どれも言い訳がましく女々しい。結局のところ、努力が足りてないだけだ。

 

「そんな凹まないで。さっきの模擬戦、凄くいい。前、ダメ出ししたところも凄くよくなってる。流石だよ」

 

 そうなんだろうか。お世辞でもそう言ってもらえると嬉しい。

 少しはそれなりにできていたと言うことか。その点はよかった。

 

「お世辞でもそれなりでもない、本当にちゃんと出来てたっ……! 本番でもバッチリだよ。えっと……試験、合格ですっ!」

 

 更識さんにしては珍しく大きな声で言われてビックリした。

 凄い褒められてる。嬉しいのは勿論だけど、こんな言われると何だか照れくさい。

 でも、更識さんにこんなにも言ってもらえたんだ。少しは自信を持とう。凹むのもここまで。

 俺はまだまだ未熟だ。それを改めて、確認できたし、全敗でも教えられたことやダメだったところはよくなっているとのこと。練習の成果はしっかり出せた。

 

 それに更識さんはたくさん褒めてくれたが、凄いのは更識さんのほうだ。

 

「え、私……?」

 

 実機もまた久しぶりだと言っていたがそれでもブランクを感じさせない動きを披露してくれた。流石だ。

 正直、実機を動かす更識さんはシミュレーターで試合した時よりも強かった。

 本当、プロ選手の技量には圧倒される。凄い。憧れるし、いずれは俺も更識さんのように強くなりたい。

 

「ま、また……! そんなこと言って……! ……でも、嬉しい。ふふっ」

 

 柔らかく微笑む更識さん。

 その微笑があまりにも優しく、嬉しそうで。俺はその微笑を見てると胸が高鳴るのが分かった。

 ドキドキする。その笑顔は反則だ。やっぱり、更識さんは可愛い人だ。

 

「私も……合格、でいいかな……?」

 

 それはもちろん。

 さっきの試合で更識さんは実機の感覚も少しは取り戻していてくれたのなら嬉しい。

 

「ん、おかげさまで。まだ少し調整は必要だけど、この調子なら本番は大分余裕持てそう。ありがとう」

 

 礼を言うのならこちらこそだ。

 安心した。お互い本番までには余裕もって望めそうだ。

 後は当日まで詰めれるところは詰めていかなくては。

 じゃあさて、そろそろまた訓練へ。そう腰を上げようとした時だった。

 

「ほら、あそこ見て」

 

 なにやらひそひそ話が聞こえてきた。

 

「あの噂って本当だったのね」

 

「あ~あれ? 私も聞いた聞いた」

 

 釣られるように声がした方を向けば、そこにはひそひそ話していたらしき人と少しばかりの野次馬がいた。

 ひそひそ話をしているのは上級生だろうか。見たことない顔ってだけで何となくそう感じた程度だが。

 

 噂……俺と更識さんが二人でいることか。

 トーナメントに向けて、ここ最近は整備室以外の場所。シミュレータールームや今みたいにアリーナとそこにある選手席といったいつもより人目につくところにいるから、目立って噂が立ったんだろう。

 当然のことで仕方ない。

 

「……」

 

 隣の更識さんは静かに黙って気にしてない顔しているが、聞き耳を立てているのが分かった。

 まあ、気になるよな。

 こういうのは聞いても気分がいいものじゃないと分かっていても、俺も気になってつい聞いてしまっている。

 

「トーナメントに向けて頑張ってまあ。いくら特別だからって男が頑張っても代表候補になれるわけでもないのに何張り切ってるんだか。馬鹿みたい」

 

「言えてるー正直、目障りだわ」

 

「ちょそれ禁句だよー」

 

「あっははっ、ごめんって」

 

 聞き耳立ててるせいもあるんだろうけど、あの人達声でかいな。

 わざと聞こえるように言っているんだろうか。いや、それはいくらなんでも被害妄想か。

 凄い定番の陰口だ。腹が立つとか通り越して呆れてしまっている自分がいることが分かった。

 まあ、向こうにしてみれば言いたくもなるか……。そう思っていると隣の更識さんの様子に気づいた。

 

「……」

 

 凄い静かに怒ってる。

 それが分かるのは雰囲気だけだが、こんな更識さん見たの初めてだ。

 何か今にもあの人達に殴りかかりそうで心配だ。

 とりあえず、何とか宥めようとするが。

 

「アレ、生徒会長の妹でしょ? いい身分だよね。男たぶらかして、こんな所で暢気してるなんてさあ」

 

「だよね~、ほら、後輩から聞いた話なんだけどさ。専用機持ちなのに専用機出来てないとか」

 

 その言葉に釣られるように俺達のほうへ更に奇異な視線が集まる。

 

「マジで。さっさと完成させて専用機使えばいいのに訓練機使うとか当てつけかよ。やっぱり会長が国家代表だから、妹ってだけでいろいろと優遇されてんじゃないの」

 

「ありえる~」

 

 下品な笑い混じりにそんな言葉が聞こえてくる。

 うわぁ……そんな感想しか出てこない。聞いているだけで不愉快、腹も立つ。

 一番腹立つのはやはり言われた更識さん本人だ。

 

「……」

 

 案の定、凄くムスっとした怖い顔を更識さんはしていた。

 凄まじく怒ってる雰囲気がひしひしと伝わってくる。めちゃくちゃ怖い。

 本当に殴りかかかってしまいそうだ。問題を起こされても困る。宥めて、何とか落ち着いてもらう。

 

「……分かってる。大丈夫……」

 

 ここで何かしても得がないことを更識さんも理解している様子だが、収まらないものもあるといった感じ。

 俺だってそうだ。でも、相手に付き合ったらおしまいだ。面倒になるし、何より向こうはそれを狙っている。それは嫌だ。

 だから、それとなく陰口を叩く人達を見る。これが今出来るせめてものこと。

 

「っ……やばっ、こっち見てる」

 

「いこいこっ」

 

 慌てて立ち去った。

 野次馬していた人達も一緒になって散ってくれたのはよかった。

 しかし、もうこれでは訓練どころではなくなった。

 

「……ッ、……っ」

 

 更識さんは苦悶の表情をしている。

 何だか今にも更識さんは泣いてしまいそうだった。

 しかしこんな時、どうしてあげればいいのか。どんな言葉をかけてあげるべきなのか、分からない。

 大丈夫ではない相手に大丈夫と声をかけるのもおかしい。元気出してはこの場合には似つかわしくない。そもそもあんなことを言うのをやめさせるべきだった。でも、それはそれでまたの問題を起こしかねない。

 あれこれ考えてもどうするべきなのか分からずじまいで、結局そっとしておくことしか俺には出来なかった。

 それが何より悔しい。口惜しい。すぐ傍で女の子が哀しんでいるのに何も出来ない男として情けない限りでしかない。

 

「……もう、大丈夫」

 

 しばらくすると、更識さんがぽつりとそう言った。

 しかし変わらず苦悶の表情を浮かべていて、全然大丈夫そうには見えない。

 だが、本人がそう言っているのなら、それで納得するしかなかった。ことがことだけにどこまで踏み込んでいいのか分からずじまい。

 

「ごめんなさい……私のせいで貴方があんな酷いこと言われることになってしまって……」

 

 何故更識さんが謝るんだ。

 あれは別に更識さんのせいというわけではない。あそこまでのことを聞いたのは確かに初めてだが、似たようなことは散々言われていたのは知っている。

 更識さんが気に病むことではない。

 

「でも……だからって貴方はあんなこと言われたままでいいの……言われたのはあなただけど私は許せない……あんな酷いこと、貴方の努力を何も知らないくせにっ」

 

 語気を強くして言う更識さんは明らかにさっきよりも怒っていた。

 更識さんは本当に優しい。そこまで怒ってくれるなんて。

 この場では不謹慎だが嬉しかった。

 

「優しいって……何言ってるの。何でそんな落ち着いてるの……腹立たないの?」

 

 はやし立ててくる更識さん。

 当然、俺も腹立っている。むしろ、腹立たしすぎて、返って落ち着いてしまうほどには。

 あんな酷いことを平気で言ってしまうような先輩達は当然許してはいけない。

 何も知らないからこそ言えてしまうものなんだろうが、更識さんは日々物凄く頑張っている。努力に努力を積み重ねている。

 だからこその専用機持ちの代表候補。例えお姉さんがどれほど凄い人だろうが更識さんは更識なんだ。お姉さんは関係ない。お姉さんのおかげで贔屓されているとは言わせたくなかった。

 

「……」

 

 だが事実、あの先輩達に言わせてしまった。

 先輩を止められなかった自分に腹が立って仕方ない。

 さっき更識さんは謝ってくれたが、謝るのならこちらのほうだ。

 俺といるせいで更識さんが陰口を言われてしまった。

 俺と一緒でなければ、言われることはなかったかもしれない。傷ついている更識さんに何もしてあげられなかった。

 深く詫びるほかない。

 

「謝らないで……私は私だってさっき言ってくれたの……凄く嬉しい。それで、充分」

 

 嬉しそうに言ってくれた更識さんに俺はこれ以上謝るのはやめた。

 必要以上の謝罪は更識さんを返って困らせてしまう。

 更識さんが嬉しそうにしてくれている。それだけで充分だ。

 

「……あの、ね。話し蒸し返すみたいで悪いんだけど……ずっと聞きたかったことがあるの。聞いてもいい……?」

 

 ずっと聞きたかったこととはなんだろう。

 

「貴方はどうしてそんなに前向きなの? どうしてそんなにも前を向いて頑張れるの……?」

 

 意外な質問を投げかけられた。

 どうしてと聞かれても答えに困ってしまう。そんなこと意識したことがない。

 俺は更識さんが聞きたくなるほどなのか。

 

「うん、そう。正直、私には信じられない。変、だよ……言ったら悪いけど、貴方は望んで学園にきたわけじゃないでしょう? なのにどうして平気でいられるの?」

 

 平気なつもりはないというのは兎も角。

 確かに望んで学園に来たわけじゃない。来ざるを得なかった。選択肢なんてあってないようなものだった。

 

「その、苦しくないの? 周りからは奇異な目で見られて、腫れ物に触るような周りからの態度。私も似たような感じだから言えるけど、正直辛い。苦しい……助けてほしい。……ヒーローに。例えば」

 

 さっそうと現れ、優しく笑顔で自分を苦しめる悪をやっつけてくれる無敵のヒーローだろうか。

 更識さんから今まで明確なヒーロー像は聞いたことはなかったが、更識さんが言いそうなことはなくとなく分かった。

 すると、あっていたようで更識さんはこくりと頷いた。

 

「うん……あ、ごめんなさいっ。質問ばっかりな上に変なこと言っちゃってっ」

 

 慌てる更識さんに落ち着いてもらう。

 変などではない。初めて、更識さんの弱音を聞けた。

 俺と一緒だったんだな、更識さんも。

 

 俺だってそうだ。正直、学園生活は辛いことばっかりだ。

 だからと何もしないのは、流されるのは怖い。

 

「怖い……?」

 

 更識さんの言葉に頷く。

 俺は何かしてないと不安で仕方ない。休む大切さを知らないわけじゃないが、それでも休んだのなら次また何かしないと、学園生活の不安や説明できない怖さに押しつぶされそうになる。

 そうした不安や恐怖に勝つために俺は、頑張ってる。

 

「勝つために……」

 

 何かしていれば、おのずと気はまぎれる。

 怠けていたらそれはそれで何か言われる隙を与えることになるし、何かしらやっていれば、やっかみも少なくなる。

 まあ、さっきみたいなのもあるだろうがそこで何もしなかったら、止まってしまう。

 我ながら凄い打算的だと思うが、こうでもしてないとやってられない。頑張ってない人なんて誰も見ようとも認めようともしない。

 

 こんなこと人に言うの初めてのこと。

 流石にこればっかりは更識さんに失望されたかもしれない。

 

「ううん、そんなことはない。流石に驚いちゃったけど、貴方も普通の人間なんだね。私と一緒だ」

 

 俺を何だと思っていたのか気になるところではある。

 でも、俺なんてこんなものだ。

 それでも理由がなんであれ、やらないと何も始まらない。行動あるのみ。

 

「でも、それって……余計に辛くならない? 苦しい、辛いよ……そんなの」

 

 更識さんの声が震えている。同情ないし共感。

 それは否定できない。

 頑張って努力しても報われないことばっかり。苦しいことの方が多い。

 それにこの学園は出来るやつが多すぎて、ついつい比較してしまう。女子と比べて出来ないと男として情けない。

 同じ男である一夏と自分を比較すると、自分の出来なさに自分が凄い情けなくなる。

 いっそ誰かに助けてもらって、楽にしてほしくなる。

 

「だよ、ね……私も、ね。いつもダメだって思っても考えちゃう……ヒーローがいつか現れて助けてくれるんじゃないかって」

 

 辛いとき、苦しいとき、悲しいときにどこからともなく現れ、頼もしい表情で助けてくれる無敵のヒーロー。

 いたらどれほど嬉しいものか。

 でも、現実にそんな奴はいない。いつまで待っても現れない。それっぽいのが現れたとしても、それは辛さのあまりそういう風に見えただけにしか過ぎない。気のせいだ。

 実際そんな都合のいい奴がいたら、今頃俺をもっと楽にしてくれていたはずだ。自分はこんなに頑張っているのだからと。

 

「え……」

 

 悲しげな声が聞こえた。

 更識さんを見れば、あからさまに凄いショックを受けている顔をしている。

 しまった。前にも似たようなことをしたんだ。話の流れでとは言え、凄いことを言ってしまった。

 これでは更識さんのヒーロー像の全否定にも等しい。傷つけるつもりはなかったのに、また傷つけてしまった。咄嗟に謝った。

 

「だ、大丈夫だから……小さい子どもじゃないんだから、そんなヒーローいないってこと分かってる。そうだよね、気のせい、都合よすぎるよね。うん……」

 

 必死に平静を取り繕おうとしているが痛々しい。

 そんな更識さんを見ていると更に勝手ながら罪悪感でいっぱいになった。

 

「だったら尚更、どうしてっ……」

 

 切実な問いかけ。

 前向きでいられる、頑張れる理由。

 やはりそれはつまるところ、辛い今、苦しい今から抜け出して善き処に行きたいからだろうか。

 それは誰だって、更識さんだって似たようものなんだろう。大したことじゃない。ありふれた理由。

 

「それは、そうだね……」

 

 得たい良い結果があるのなら、行動を起こして頑張らないと手に入らない。

 何もせず善きところへ他人に連れて行ってもらってもらえば、それはきっと楽なんだろう。だが実感なんて沸かない。むしろ、こんなんじゃないとどうしようもない不満が出る。

 こうなりたいと胸に描いた理想があるのなら、進むだけ。言葉にするとこんなにもあっさりとしてしまうが、大変なことだ。たどり着ける保証なんかどこにもない。

 それでも胸に描いた理想が諦めきれないのなら、頑張りを努力を続けるほかない。継続は力なり。この言葉に集約される。

 

「努力しても報われないことばっかりなのは知ってるのに……?」

 

 忘れて言っている訳じゃない。

 だが、その時はまだ力が足りないか、そもそも方向性があってないのかもしれない。

 そんな時はまず仕方ないと思って、別の方法も試すのもアリなはずだ。

 たどり着きたい目標はあれど、その過程をいろいろ試すのはおかしいことじゃない。

 方向性があってないと分かって別の方向性に変えたとしても今までの努力も無駄にはならない。この方法は自分には合ってなかったんだという経験になる。それだけで価値あるものだ。

 いろいろ試してそれでも駄目なら少し休むのもアリだろう。

 

「立派、だね。でも……私は、貴方みたいに前だけ見て進み続けられない」

 

 何も俺は前だけ見て進み続けてるわけじゃない。

 変らず変な言い方になるが、俺は出来ないことだらけの奴だ。時には苦しみ悩んで足元を見て足を止めることもあれば、周りや後ろだって見る。

 前だけ見てひたすら進み続けるのは凄いことだが、そんなことをし続けられるのはそれこそ物語のヒーローぐらいなもの。

 万人が真似していつも進み続けていたら、思わぬ落とし穴に嵌るだろうし、何よりすぐ疲れてしまう。

 焦りはどうしても生まれるだろうが、それでも進んでいく。時には休みながら、たくさんの事を見ながら、ゆっくりとでもいい。確実に一歩ずつ前へと。

 時間は進んでいるんだ。取り残されたくないし、立ち止まってなんていられない。

 やっぱり、ダラけて何もしない人なんか誰も見てくれないし、認めもしてくれない。辛いことばかりだが、行動あるのみ。

 

 周りの影響は受けても真に自分を変えられるのは自分自身ぐらいなもの。変りたいと前へ進みたい望んで行動するのなら、世界は如何様にでも変えられると信じている。

 さっき更識さんに言った通り、優しく笑顔で自分を苦しめる悪をやっつけてくれる無敵のヒーローはやっぱりいないし、現れない。それでもヒーローを求めるのなら、自分自身がヒーローになればいい。

 

「自分自身がヒーローに……」

 

 そう呟いた更識さんに俺は頷く。

 まずは自分を救い誇られるようなヒーローに。そして今度は大切な人を守り、笑顔にできる優しいヒーローに自分がなればいい。

 絵空事、理想論、綺麗事なのは分かっている。それでもそういうヒーローになる自分もアリなんじゃないかって思う。

 自分に恥じないかっこいい俺でありたい。その為にも頑張り続けられる。

 

 とまあ、こんな感じだろうか。

 何だか長くなって支離滅裂。何を知ったような口をと言われてしまうほど青臭く説教染みたことだという自覚はあるが、これらが俺で前向きでいられる理由。頑張り続けられる理由。

 更識さんが期待していた答えではないだろうが、それでも少しは何かの役に立てるのなら嬉しい限りだ。

 

「とっても為になった。ありがとう……聞けてよかった」

 

 今日やっと更識さんは嬉しそうに微笑んでみせてくれる。

 よかった。

 

「私も貴方みたいに前向きにで頑張る人間になりたい。いつまでも助けを待つだけじゃなくて私も強いヒーローになりたい……でも、私なんかじゃ無理、だよね……」

 

 生まれ持っての性分があるからそう簡単になれるとは悔しいながら言いきれることは出来ない。

 でも、無理なんかじゃないとだけははっきり言いきれる。

 私なんかと卑下する言葉はやめてほしい。

 更識さんが凄いのは、頑張っていることを俺はよく知っている。

 何より、善き処に行きたいという俺のふんわりとして目標とは違って。更識さんには専用機を完成させたい。国家代表になりたいという明確な目標がある。それに向けていつだって一生懸命だ。それだけで素晴らしい価値がある。

 だからこそ、俺は更識さんのことを心から尊敬している。認めている。こんなことは俺が伝えるのは過ぎたこと出しても、伝えたい。

 

「だけど、私一人じゃ……」

 

 一人なんかじゃない。

 更識さんには布仏さんがいる。

 後は何だ。俺もいる。折角友達になれたんだ。頼ってほしい。

 

「でも……」

 

 更識さんが迷うのも分かる。

 頼ったら、その人が背負う必要のない重荷になるんじゃないかって。

 

「うん……」

 

 無理に頼ってほしいわけでもない。

 一人でやれる時、やりたい時はとことんやればいい。

 それでも辛くなって助けがほしい時は素直に言ってもらえれば嬉しい。

 友達として更識さんの力になりたい。隣で一緒に。

 

 ましてや男は馬鹿で単純だ。助けてと力を貸してほしいと女の子に一言言ってもらえば、非力でもその時だけは凄い力を発揮できる。

 それこそ、物語のヒーローのように幾らでも強くなれる。男は頼られると喜ぶ生き物なのだから。

 

 それに更識さんは特撮やヒーローアニメが好きならよく知っているはずだ。

 ヒーローは助け合い。一人じゃ倒せない悪も共に力合わせて倒す。

 そりゃいきなりは難しいだろうけど、俺と更識さんが初めて会話するようになった時みたいに、友達になったときのようにゆっくりなれていってくれればいいかなと思う。

 そして、これは俺自身にも言えることだ。俺も更識さんに助けてほしい時は言うし、頼りもする。

 実際、トーナメントだって更識さんに助けてもらってなければ、出場すら難しかった。これからもきっとたくさん頼ることはあるだろうし、たくさん迷惑もかけてしまうだろう。

 それでも俺は更識さんと助け合いたい。

 

「――」

 

 そっと更識さんに俺は名前を呼ばれた。

 

「あり、がとう……ありがとうっ……ありがとう」 

 

 感謝の言葉を何度も言いながら、更識さんは静かに泣いていた。

 理由はどうあれ、女子に泣かれるのは戸惑う。

 更識さんの涙が悲しい涙ではなく、嬉しいからこそ溢れる涙だと分かっていても。

 

「……もう、大丈夫」

 

 しばらくそっとしていると、更識さんがぽつりとそう言った。

 聞き覚のある同じ言葉。

 だがしかし、更識さんの表情にはもう苦悶はない。むしろ、清々しい表情を浮かべている。

 

 これは結局あくまでも気持ちの持ちようの話。

 長い話にはなかってしまったが、まずは目先のことに向けて頑張らねば。

 

「そうだね……トーナメント、一緒に頑張ろう。もう誰にも何も言わせない結果を残したい」

 

 ああ、そうだとも。

 俺もトーナメントで認められるような結果を残したい。更識さんと俺の気持ちは一緒だ。

 なら、きっと大丈夫。結果は残せる。

 

「じゃあ、そろそろ。訓練に戻ろう……ビシバシ行くから覚悟してね」

 

 望むところだ。

 そう決意を示すように頷き、より善い処を目指すように踏み出した。

 


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