ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~ 作:マリリンマンション
どうもありがとうございました!
拙い文章ですが、今後もお付き合い頂ければ幸いです^^
「――3番 ピッチャー大坂 背番号1」
追加点のチャンスに、一塁側スタンドも大いに盛り上がる。試合開始から1時間以上が経過して、内野スタンドはほとんど埋まっている。外野にもピクニックシートを敷いた老夫婦などが日陰でくつろいでいた。かつては、ここに集まる誰もが例外なく、フロッグスの緑色のユニフォームに憧れ、あるいは袖を通し、青春のページを綴った同志だ。
村に突然2人の男が漂流してきて、彼らが解散寸前のフロッグス入団を快諾した。それほど広くないパラキ村で、そのニュースはあっという間に伝播して、今朝には村中の知るところとなった。一度は諦めた村の希望が、ぎりぎりの所で救われるかも知れない。そんな期待に球場内が包まれ始めていた。
村中の期待を一身に背負って5回裏2死二、三塁で、打席には大坂が入った。
「素敵な横顔ね、イイ男じゃないの~」
一塁側スタンドの中列付近に陣取った千代に友人の美和が話しかける。ショートを守る井伏の奥さんだ。
「そうね。でも、少し優柔不断で頼りないかな」
「4回表の事を言ってるの? あれは優しさの裏返しよ」
「だったら良いんだけど…」
「千代さん、ずいぶんと厳しいじゃない。夏苗ちゃんのお婿さんに…とか考えてるんじゃないの?」
「そ、そんなことないわよ」
「お似合いだと思うけどな」
「ちょっと、美和、やめてよ」
「ごめんごめん。でも、あの子、いい眼つきをしてる。なかなかいないわよ、あれだけの男前は」
◆ ◇ ◇ ◇ ◇
高校時代、得点圏打率が5割を超えていると言われた事があったが、特別に意識した事はなかった。得点圏にランナーがいてもいなくても自分に出来るバッティングは同じだからだ。背伸びをしたりする必要はない。
そして、大坂は打席に立つ時の緊張感が好きだった。その打席、その局面の言い得ぬ興奮が鼓動を高ぶらせ、感覚を研ぎ澄ませる。2アウト、走者二塁三塁は絶好のお膳立てだった。右手に握るバットをくるりと回して、スパイクで足場を均す。大きく息を吸い込んで、2人の走者と内外野の位置を確認する。センターは少し右寄りだが、後はほぼ定位置だ。夏苗も鹿島さんも、それほど大きなリードは取っていない。この局面は、余計な事を考えずに打つだけだ。
初球は、外郭いっぱいの直球。ストライク。ベルトのやや上だが、捕手のミットが小気味よい音を立てて、いまだに衰えない球威をアピールした。やはり速い。大坂はゆっくりと息を吐き出した。
今度はキャッチャーが内寄りに構えるのがわかる。菅野はここまで逆球が多いが、打者に当てることは厭わない投球だ。しかし、満塁でガッテムに打順を回す事が得策と考えるだろうか。菅野が第2球のモーションを起こす。
案の定、ベルトの高さに力のない直球がやって来る。右足を踏み込んでしっかりと体重の壁をつくる。あまりの絶好球に身体が少し開きかけるが、何とか踏ん張って体勢を保持する。そして、真芯で白球をしばきあげる!……はずだった!
ブンッ!
ある筈の手応えが無く、バランスを失って身体がよろめく。
バシン!
振り返ると白球はキャッチャーミットの中だ。
「ストライークッ!」
SFF。打者の手前で縦に鋭く落ちる変化球で、フォークと比較すると変化は小さいものの、球速が速く、打者はストレートとの判別が難しい。最近では楽天田中投手のウィニングショットとしても有名。単にスプリットと呼ばれる事もある。
まだ奥の手があったとは。大坂は一瞬でも勝利を確信した自分を嘲り苦笑いを浮かべた。一度打席を外して、1回2回と素振りをしてフォームを修正する。150㎞/h超えるストレートだけでも厄介だが、高速スライダーにSFFと敵の持ち駒は多彩だ。力任せに直球で押してくるかと思えば、いやいやどうして、したたかな投球術で翻弄してくる。試合前に「勝つためには手段を選ばない」と夏苗に忠告されたが、まさにその通りだ。この局面までウィニングショットを温存していたのだ。
大坂はカウントで追い込まれたが、静かに煽られる闘争心が懐かしく心が疼いた。血が騒ぐとはこの事だろう。かつて青春を捧げた野球がここにある。
3球目の高速スライダーには身体が自然と反応した。鋭いライナーが三塁線を強襲して、夏苗のすぐ後ろを通過した。驚いた夏苗が身を屈めて尻餅をついている。あまり、試合慣れはしていないのだろう。ならば、この試合で彼女の野球権が奪われるのは惜しいというものだ。彼女の為だけではない。あの頃の興奮を思い出した大坂自身、二度と野球ができなくなるのは御免だ。
4球目のストレートはバックネットに突き刺さるファール。大丈夫だ。バットは振れているし、ボールもよく見えている。カウントは依然としてノーボール2ストライク。
そして、第5球目……
パシン!
小気味良い音を、キャッチャーミットが奏でた。
◆ ◆ ◇ ◇ ◇
「ボール」
審判のコールにも無反応だ。さっきまでの血の気の多いスウィングから一転、釣り球には一切目もくれず悠然と見送った。捕手の小山からボールが返って来る。
左打席に立つ大坂は、基本に忠実なレベルスウィング。野球選手としては標準的な体格。内郭球も外郭球もそれなりに捌き、変化球への対応も悪くない。特筆すべき点は何もない。特徴が無いのが特徴。そんな選手だ。彼の投球には何かトリックや魔道術があるのではないかと疑ったが、どうやらそれはキャッチャーである龍ヶ崎の能力らしいということが濃厚だ。はじめは足尾のしょうもない言い訳かとも思ったが、漁火さんの説明通りならば辻褄が合う。そして、もしその通りならば、これ以上フロッグスに点を与える余裕はない。
スプリットを投げたいのは山々だが、あいにく三塁走者がいるから小山さんも落ちる球種は多用したくないだろう。スライダーにもしっかり付いてきている。すると、残る選択肢はひとつしかない。
◆ ◆ ◆ ◇ ◇
「――日野さん、そうしますとここはストレートの一本勝負ということになりますか?」
「おそらくそうでしょうねぇ」
「さぁ、菅野がサインに頷いて……第6球を、投げました!」
――キィィン!
「…少し詰まっているが、ふらふらっと面白い所に上がっているっ! セカンドバック、ファーストも追いかける、ライトも前進してくる! しかしこれはセカンドの頭上だ、ライト前ヒット! 三塁ランナーの龍ヶ崎は楽々ホームイン! そして二塁ランナーもホームへ突っ込む! ライト佐賀は強肩だぞ!?」
◆ ◆ ◆ ◆ ◇
――ビュォォンッ!
一塁をオーバーランした大坂の耳元を白いレーザービームが通過していく。低い弾道の送球がダイレクトでキャッチャーミットに収まると、小山は滑り込んでくる鹿島を跳ね飛ばした。
「アウトォッ!」
大きなジェスチャーと共に主審が高らかに宣告すると、球場内の歓声が溜息へと変わった。3アウトチェンジ。大坂がヘルメットを外して、額の汗を拭いながらベンチへ戻りかけた時、彼の歩みが止まった。
本塁で憤死した鹿島が倒れたまま起き上がらない。
「永瀬ぇ!」
ヤソジが大声で怒鳴ると、ベンチ裏からチームドクターの永瀬が飛び出してきた。携えた救急箱が揺れてガチャガチャと音を立て、丈の長い白衣の裾がヒラヒラと揺れながらグランドを横切っていく。
「鹿島さん! 鹿島さん!」
悲鳴にも似た夏苗の声が、静まり返ったパラキ村営グランドに響いた。よく通る声はキャッチャーの適性だが、今のこの状況においては、悲痛な事態を際立たせる演出効果にしかならない。
「…んっ。あぁ、夏苗ちゃん、ごめんねぇ。頼むからそんな悲しい声は出さないでおくれ」
「でも、鹿島さんが……」
「わしの事はいいんだよ。心配しないでおくれ。でも、どういう訳だか右足がちっとも動かんのじゃ。ほれ、この通り」
鹿島は寝そべったまま身もだえして見せた。右足は相当痛むはずだ。夏苗を気遣っての行為に、彼を囲んでいるフロッグス一同の心が痛む。
「鹿島さん、ジッとしていてください」
鹿島の気丈な振舞いを永瀬が制する。件の右足を持ち上げて、状態を確かめる。非常によくない状態だ。最悪の場合、後遺症も残るだろう。兎に角、これ以上のプレイは不可能だ。
「担架を…」
この瞬間、フロッグスナインは事情を理解した。鹿島の足の具合はもちろん心配だが、このままでは選手が1人足りなくなってしまう。試合を成立させるには、9人の選手がグランドに立たなければならない。
「永瀬君、冗談じゃよ。頼むよ~」
鹿島は慌てて立ち上がろうとしたが、すぐにバランスを崩して倒れそうになる。寸での所でガッテムが肩を差し伸べて転倒は免れたが、鹿島は苦悶の表情を浮かべていた。再起不能と診断されることよりも、今ここで試合を棄権しなければならないことの方が辛かった。長く紡がれた村の歴史が途絶えることよりも、ここにいる3人の若者の将来が摘まれてしまうことの方が耐えられなかった。
「タンカーハイリマセーン ワタシガハコビマース」
ガッテムはそのまま鹿島を担ぎあげると、ベンチへと歩きはじめた。
「選手コータイデース ミスターヤソジガセンターヲヤリマース」
「おいおい。わしゃもう足の状態が…(それにヤソジはファーストネームじゃ^^;)」
「チームノピンチデース キリヌケルノガカントクノツトメデース」
「しかしだなぁ…」
ヤソジは天然芝の外野グランドを見やると目を細めた。高く昇った常夏の太陽光線を反射して、キラキラと緑色の芝生が光り、葉面から蒸発した水蒸気が陽炎となって揺らめいている。そのフィールドは果てしなく広がる砂漠のようにヤソジの目に映っている事だろう。球場までやっとの思いで辿り着いたヤソジにとっては無茶な要求だと、ガッテムを除くフロッグスの一同には感じられた。
ヤソジは深く目をつむり、大きく息を吸い込んで、そして吐き出した。そして、愛する孫娘に決意を告げた。
「夏苗。スパイクを取って来てくれないか」
「おじい様!?」
「いいんだ。こうでもしないと、大坂君やガッテム君に顔向けが出来ない」
祖父と孫娘のやり取りをガッテムは意に介していない様子だった。むしろ、当然という風に右往左往するチームメイトを眺めていた。時々、何を考えているかわからない男だ。大坂は言葉に詰まっていた。この老人を炎天下のグランドに立たせる事には気が咎めていた。しかし、ここで野球人生が終わることも、とても受け入れる事は出来ない。矛盾する自分の気持ちに折り合いをつける事が出来ていないようだ。
「……そうだ!!」
ベンチの重い空気を絶ち切るように、夏苗が素っ頓狂な声をあげる。そして、彼女はカバンをあさると、ひときわ小さなフロッグスのレプリカユニフォームを取り出した。
『えぇ~~っ!!』
一同が驚愕したのは言うまでもない。彼女は手際よく愛犬のみかんにそれを着せると、グランドへと飛び出した!
「フロッグス 守備の交代をお知らせ致します。センター鹿島に代わりまして みかん 1番センターみかん 背番号100」
◆◇◆ 登場人物紹介 その3 ◆◇◆
名前:チャド・ポートランド/年齢:29歳/身長:190cm/体重:ガチムチ/血液型O型
投打:右投右打/守備位置:一塁手/基本データ(ミパ走肩守):AAECC
特殊能力:広角打法、ローボールヒッター
元西武ライオンズ所属。入団1年目にしてパリーグ三冠王を獲得したが契約更改せずに行方をくらませていた。愛称はガッテム。
尊敬する選手:デストラーデ(元西武)
好きな曲:Pretty Fly(THE OFFSPRING)