ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~ 作:マリリンマンション
足尾が見逃し三振に倒れて2アウト。モンキースの2番打者渡良瀬が打席に入る。
しかし、ボール4つ分という視覚的な差異がわかったところで、すぐにこれを修正して打つことなど誰にでもできる芸当ではない。渡良瀬はボールがバットを掠めることなく三振に倒れて、3アウト。
6回表を終わって1対3。フロッグスが2点リード。
6回裏の攻撃。4番ガッテムは前の打席と同様に敬遠気味の四球で歩かされる。続く井伏が手堅く送りバントを決め、一死二塁とするも後続が続かず、フロッグスの攻撃は0点に終わった。
7回表、モンキースの打順は3番漁火から。漁火はここまで2打数の1安打。前の打席にレフト戦へのタイムリー二塁打を放っている。サードを強襲した打球が突如として火を吹く様は、最新のCGを駆使したSFファンタジーの世界だ。レフトのライン際に今も黒く残る芝生の焦げ跡が、それがホログラムの虚像ではなかった事を証明している。
大柄な選手の目立つモンキースにおいて、身長が170㎝に満たない漁火は体格に恵まれているとは言い難い。足尾のように、並はずれたバットコントロールや俊足を持ち合わせているわけでもない。そんな彼が、モンキースの中軸を張れるのはファイヤースターターのおかげと言えるだろう。魔道術は術者に大きなアドバンテージを与えるのだ。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇
そもそも、中ノ鳥島は地図から抹消され、人々の記憶から忘れ去られた島である。どういうわけか、島には不思議な力を宿す人々が暮らしていたが、平穏に暮らしたいという彼らの願いと、事実を明るみにしたくない政府の利害が一致して、今もなお、一部の人間にしかその存在が知られていない。
余談だが、島に住む上級魔道術者たちの働きによって、航路を見失った船や飛行機がうっかり迷い込んだり、衛星写真などに島の様子が見きれたりすることはないらしい。
この島に野球が持ち込まれたのは、およそ100年前。ほとんど娯楽と呼べるものがなかった島で、それは瞬く間に広がって、いつしか島内全域でチームが結成されて、いたるところにグランドや練習施設が建設された。やがて、本土からプロモーターとして当時の財閥系企業である猪狩コンツェルンを招き入れて島内対抗野球リーグ(現在の中ノ鳥島アイランドリーグ)が開催された。戦後は中堅スポーツ用品メーカであるミゾットスポーツも協賛する形となり、練習機材などの性能が飛躍的に向上して、今もなお、本土のプロ野球に劣らない熱い戦いが繰り広げられている。
一方で、この島で野球を語る上で欠かすことができないのが魔道術である。魔道術の使用に対する是非論は、今でも島内にくすぶっているが「投げる」「打つ」「走る」「捕る」などのプレイヤーとしての能力の範疇という捉え方が大勢を占めていて、それらを磨く事もまた、この島で野球をする上では重要な項目となっている。
魔道術の野球への応用が進化するにつれて、競技としてのバランスが失われることが懸念されていたが、これは現状あるものについては例外なく解決されている。かつて消える魔球を投げた投手は、ボールがストライクゾーンを通過していない(審判が確認できないためストライクのジャッジが出来ない)という理由により認められず、その魔球を封印したし、故意に火や雷を起こして敵チームの選手を攻撃すれば暴力(妨害)行為とみなされて退場や出場停止などの処分が科せられる。つまり、野球ルールの範囲内で魔道術を使うという事が前提となっているのだ。
◆ ◆ ◇ ◇ ◇
7回の先頭は3番打者。漁火が右打席に入る。
漁火も幼少期は発火現象をコントロールできずに、近所でボヤ騒ぎがあるといつも周囲の顰蹙(ひんしゅく)を買う日々だった。医者から処方された魔力抑制剤によって周囲への被害を抑える事は可能だったが、野球に応用するとなると簡単な事ではなかった。漁火もまた魔道術に惑わされ、苦悩を味わった一人なのだ。
大坂の初球は、緩やかなカーブ。ストレートを待つ打者のタイミングを外すために速度を抑えた良いボールだ。狙いは良い。しかし、コースが甘い。
漁火は慎重にテイクバックをしてミートするポイントを見極めると、鋭いスウィングで一閃する。
――カキィン!
センター前に抜けるかと思われた打球を、赤茶色の投手用グラブが遮る。しかし、グラブの中のボールは勢いを止めることなくグラブの中で暴れ、火を噴いた。半ば反射的に伸びあがった左腕が熱く燃え上がるのが大坂にはわかった。炎はグラブを焼きながらアンダーシャツに引火してユニフォームごと燃やす。身悶えするほどの熱さが大坂に襲いかかった。一瞬にして、大坂の全身が炎に包まれた。
「うわぁぁぁっ!」
たまらず大坂が叫ぶ。
「おい! 漁火! やりすぎだろ!?」
大坂の背後から、井伏が抗議するが、漁火も戸惑っているようだ。
「そ、そんなつもりじゃ……」
「小波さん……!!」
「ダメデス 夏苗サンモマキゾエニナリマ~ス」
大坂に抱きつかんばかりの夏苗をガッテムが引き留める。夏苗は目に涙を浮かべて抗議するが、ガッテムは黙って首を横に振るだけだった。
一人の若者が火だるまになっているにもかかわらず、それを前にして、誰も手を出す事が出来なかった。ただひとり、ベンチの中でヤソジだけが立ち上がると、ベンチ前に並べられたバットのうちの一本を手に取った。
◆ ◆ ◆ ◇ ◇
死に直面した極限状態では、脳の働きが活性化して周囲の景色がスローモーションで見えることがあるらしい。ゆっくりと、しかし確実に燃え広がる炎を大坂は感じていた。
『ピッチャーライナーも例外じゃないから、気をつけてね』
全身が炎に包まれた大坂は、今更のように夏苗の台詞を思い返していた。
――今更、何に気をつければいい?
危機的状況にもかかわらず、毒づく余裕があった。
しかし、火の勢いは強まるばかりだ。体をに纏わりつく熱は今までに経験した事がない程だ。視界が赤い炎で染まり、カラカラにのどが渇いていく。俺はこのまま死ぬんだろうな。生きたいという本能とは別に、理性が冷静に分析している。
――頼む! 誰かこの火を消してくれ!
「誰かって、誰のことだい?」
――おまえは誰だ!?
「今の状況で俺が誰かってのはそんなに大事な事かい?」
――理屈っぽい奴だな。
「俺もそう思う。だが、今は一刻を争う。無駄話はやめよう」
――勝手な奴だな。
「何とでもいうがいい。もう一度聞く。誰かとは誰の事だ」
――誰でもいいんだ! 夏苗でも! ガッテムさんでも!
「生きるか死ぬかの顛末を、誰かに委ねるのか?」
――そんなつもりはない!
「ならばどうして火を消さないんだ?」
――自分で出来ればとっくにやっている!
「自分で出来なければ、誰かに委ねるのか?」
――じゃあ、どうすればいい?
「生きる方法は誰かに教わるものじゃない。自然と体得するものだ。心臓の動かし方を誰かに教わったか? 呼吸の仕方を誰かに教わったか?」
――それとこれとは話が違うだろ!
「そうかな? よく考えてみろ。ヒントは既に与えられている」
――まさか、魔道術…?
「察しがいいな」
――でも、どうやって? オレは呪文も魔法陣も教わってないぞ!
「くどいな。しかし、死んでもらっては困るから、もう一度言うぞ。心臓を動かすように、呼吸をするようにやればいいんだ。呪文も魔法陣もいらない」
――どういうことだ!?
「……」
――おい! 一体どういうことなんだ!?
「…………」
――!?
誰かの声はもう届いてこなかった。臨死体験において、もう一人の自分が助言してくれたのかも知れない。
不意に大坂は空気の揺らめきを感じた。僅かだが、それははっきりと大坂の皮膚から伝わって来る。空気の揺らめきは次第に大きく膨らんでいき、やがて大坂の全身を包むと炎を一瞬だけ掻き消した。
しかし、次の瞬間には大量の酸素を取り込んだ炎が再びくすぶり始めて、更に勢いを増して燃え上がろうとしていた。
――解き放つならば、今しかない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◇
マウンド上で立ち尽くしている投手を包み込む業火が、一陣の風と共に消えていく。アンダーシャツやソックスは焼け落ちてしまったが、あれだけの炎に包まれていたにもかかわらず、ユニフォームは裾が少し焦げているだけで無事だった。スパイクやグラブも少し煤けているだけだ。
ゆっくりと大坂が視線を上げると、一塁ベンチ前でバットを並べ直しているヤソジと目が合う。
「ヤソジさん。おかげ様で助かりました」
「いや、大坂君の力があってこそじゃ」
「夢中だったので、何が何だか……」
大坂は少し残念そうに俯いたものの、確かな手ごたえは感じているようだ。
「カウンターマジックの一種じゃろう。魔道術を打ち消す術はいくつか存在するが、その中のいずれかじゃろう。扱いは容易ではないが、きっと役に立つはずじゃ」
ヤソジは静かにバットを置くと、またベンチの中へと引き返した。
大坂がグラブの中の黒焦げになっているボールを審判にアピールすると、呆気にとられていた審判も気を取り直してアウトを宣告した。1アウト。
続いて迎えるは、4番打者の佐賀だ。一時は騒然とした球場内だが、再び言いしれぬ勝負の緊迫感に包まれる。フロッグスが2点リードしているが、ミラージュゾーンが見破られた今、これはセーフティーリードと言えるのだろうか。
慎重になったバッテリーは、初球のストレートを外郭に外して様子を窺う。佐賀はボールの軌道をじっと睨みつけるように追いかけて、微動だにせず見送った。この打者に小細工は通用しない。ストレートでもカーブでも、少しくらいのボール球でも彼は容易く捉えるだろう。
全てを見透かしているかのような、鋭い眼差しで佐賀は大坂をギロリと睨んだ。大坂はすっと視線を逸らして夏苗のサインを確認する。大坂に怯んだつもりはなかったが、視線が交錯する事を避けた時点で、もう勝負がついていたのかもしれない。
大坂が投じた73球目は低めのストレート。ここまで、数多くの三振を築き上げてきたストレートは、この日最速の134㎞/hを記録した。しかし、佐賀の渾身のスウィングが容赦なくそれを弾きかえす。
乾いた打球音が響く。
大きくフォロースルーした佐賀は、上がった打球の角度を確認しながら、ゆっくりと一塁方向へと歩きはじめる。そしてその手応えに満足すると、小さく頷いて一塁ベースを回った。
大坂も、はじめて打たれたホームランの弾道を、ただ見送る事しか出来なかった。
7回表、モンキースが1点を返して2-3。なおもモンキース攻撃中。
◆◇◆ 登場人物紹介 その5 ◆◇◆
名前:漁火剛/年齢:32歳/身長:168cm/体重:ふつう/血液型B型
投打:右投右打/守備位置:三(外/二)/基本データ+1(ミパ走肩守+魔):DCCBC+B
特殊能力:ファイヤースターター
元ネタはパワポケ6(と、以降の一部作品)に登場。ファイヤースターターという発火能力者で興奮したりすると周囲の物に火が付いてしまうという恐ろしい青年。作中で火力をコントロール出来るようになる描写があったが、野球の試合中に使えばいいのになーと思ったのが、実は本編の着想点だったりします(笑)
本編では更に時間が経過して三十路超えの渋いおっさんに成長して、チーム事情により守備位置もサードにコンバートしています。赤い髪に青いバンダナがトレードマークのモンキース主将。魔道術の知識に明るい。
尊敬する選手:新庄剛(元日ハム)
好きな曲:Space Sonic(ELLEGARDEN)