ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

14 / 45
Close play

「――佐賀がダイヤモンドをゆっくりと一周しましてホームイン。主砲の一振りで一点差に詰め寄りました。回は終盤の7回を数えています。お聴きの中ノ鳥島アイランドリーグ東地区予選モンキース×フロッグスの模様はイーストタウン中央放送の制作でお伝えしております。実況は私、荻窪譲二、解説は八回王子こと稲妻セットアッパー日野隆男さんです。いやぁ、日野さん、打った瞬間のホームラン。如何でしたか?」

「完璧に捉えていましたねぇ。大坂君も今日最速の134㎞/hを記録していますから、悪いピッチングではなかったと思いますが、佐賀君の方が一枚上手だったということではないでしょうか」

「さて、打席には5番菅野が入ります。今日は第一打席、第二打席ともに三振に倒れております。菅野は投手ですが、それほどバッティングを苦手にしているわけではありません。今シーズンは打率3割を記録して好調を維持しています」

「このチームは、どうしても佐賀君の打撃センスや漁火君のファイヤースターターが目立ってしまいますが、菅野君にしても、この後の外藤君にしてもいいバッターが揃っていますからねぇ。大坂君も気が抜けないと思いますよ」

「大坂の初球は膝元ストライク。漁火のファイヤースターターを受けて、直後に佐賀からホームランを浴びました。投げる大坂の心境に変化は考えられますか?」

「追われるプレッシャーというのはあるでしょうねぇ。2点差と1点差では気の持ちようが違います。それに、モンキースは徹底してガッテムとの勝負を避けていますから、フロッグスはこれ以上の追加点を期待できないでしょう。そうなりますと、この1点は是が非でも守らなければならない1点になります。そういう意味でも、佐賀君のホームランが与えた心理的影響は大きいのではないでしょうか」

「大坂が第2球を…投げました。打ちました! ピッチャーの横、ショートの右、ショートの井伏が回り込みます。軽快に捌いて2アウト」

「今のも何気なく捌いていますが、井伏君はいい所で守っていますね」

「確かに、抜けていてもおかしくない当たりでした。菅野は悔しそうにベンチに下がります。そして、6番外藤が右の打席に入ります――」

 

◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 6番外藤もタイミングこそ外さなかったが、ミートしきれずキャッチャーへのファールフライに終わった。

 

 7回裏の攻撃は菅野の容赦ない投球によって、8番笠間、9番龍ヶ崎と2者連続三振。打順がトップに返るも、夏苗の愛犬みかんがバットを振れるわけもなく(一応打席に入った)こちらも三振に終わった。

 

 8回表。大坂はこの日はじめての四球で先頭の7番塩原を歩かせる。

 

◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

「――ボール! フォアボール! よく見ました。大坂は今日はじめてのフォアボールです」

「ここまで粘り強く投げてきましたが、やはり8回9回を投げ切るとなりますと、スタミナとそれを補う精神力、あるいは経験といったものが必要になってきますからねぇ。ここが踏ん張りどころですねぇ」

「同点のランナーがフォアボールで塁に出ました。打席には8番小山が入りますが、早くもバントの構えです」

「エンドランもありますよぉ」

「大坂が第1球目のモーション、足が上がって……投げた! ランナースタート!」

「あちゃ~、これは酷い…」

「二塁は楽々セーフ! 完全に盗まれました」

「無警戒でしたねぇ」

「バントと決め込んでしまったかバッテリー。これは痛い盗塁を許してしまいました。一方で、一瞬の隙を逃しませんでした塩原。得点圏にランナーが進みます。さぁ、一打同点の場面です。カウントはノーボール1ストライク。今の盗塁はどうご覧になりますか」

「大坂君はクイックを意識してましたけれど、何と言いますか、経験の浅さが露呈してしまいましたねぇ。やはり、急造のピッチャーなのかも知れません」

「しかし、7回までモンキース打線を2点に抑えてきました。ここまで14奪三振」

「そうですねぇ、これはラッキーだけで出せる結果ではありませんねぇ…」

「…大坂が第2球を、投げました。これは当たり損ない、セカンド真正面。笠間が丁寧に捌きます1アウト。セカンドランナーは三塁へ進みます。試合中も、ディレクターの小金井さんが走り回って大坂、そしてガッテムの情報を探してくれているのですが、未だに見つかっておりません。この2人ですが、第8次招待選手という可能性はありますか?」

「ちょっと考えにくいですねぇ。昨日の座礁事故の後、招待選手は皆運営本部が用意した宿泊施設で一夜を明かしているはずですから、その後、朝一番でこちらに出向いても、試合開始の10時にパラキ村までたどり着く事は不可能でしょう」

「そうですね。朝一番でリモーアを出ますと、到着はお昼前後になりますか」

「えぇ。それに仮に間に合ったとして、東地区リーグ敗退が決まっているフロッグスにエントリーする必要性はありませんからねぇ」

「打席には9番の中禅寺が入ります。しかし、投手経験が浅いとはいえ、ここまでのらりくらりとモンキース打線を封じてきております。ランキング上位に登場する事はないにしても、これだけの選手が、今までノーマークというのも考えにくいですね」

「う~ん。あるいは、花いちもんめルールかな……」

「花いちもんめですか……? 大坂の初球は外に大きく外れました。ボール」

「最近はリーグ戦が高度化して選手のトレードはオフにやるのが主流ですが、昔は勝ったチームが負けたチームから1人ないし2人指名して選手を横取りする通称『花いちもんめルール』というのがあったんです」

「へぇ。そんなものがあったんですか?」

「現状のルールでは生涯の移籍の回数に制約がありますので、移籍には二の足を踏む選手が多いのですが、かつては試合終了後に負けたチームから勝ったチームに選手が移籍する事はよくあったんです」

「大坂の第2球は低めに決まってストライク」

「お察しのように、これだとあまりに戦力の格差が開いてしまうので、現在のルールになっている訳ですねぇ」

「では、花いちもんめルールは今も有効、という事ですか?」

「なくなったという話は聞いてないですからねぇ。だとすると、このように考えては如何でしょうか? 第8次招待選手の2人がこっそり宿泊先のホテルを抜け出して、東地区の田舎球団に入団。翌朝の最終戦で優勝チームに惜しくも敗れる。すると、フロッグスは解散してしまうから、花いちもんめルールの話も出てくるでしょう。そうすれば、モンキースも力のある2人は欲しいですから、この2人は労せずに本戦出場権を得る事が出来る」

「大坂の第3球は大きく外れてボール。これで2ボール1ストライク。いや、日野さん、ならば初めからモンキースに入ればいいのではないですか?」

「……Σ( ̄□ ̄;」

「ボールが先行しております。苦しそうな表情の大坂。肩で息をしています。同点のランナーが三塁にいます。一度帽子を外して、額の汗をアンダーシャツで拭いました」

「……あぁ、球数も80球超えましたので、ここは踏ん張りどころですよぉ」

「さぁ、注目の第4球を……投げました! スクイズだッ! ボールはピッチャー正面に転がる! 大坂が前に出て、グラブトスで本塁へ転送! 間に合うか!? ランナーがキャッチャーに激突! タッチは……!?」

 

◆  ◆  ◆  ◇  ◇

 

 三塁走者がスタートを切ると、打者がバットを寝かせた。今更、投球のコースを器用に外す技術なんて大坂は持ち合わせていない。まして、事前にそんな打ち合わせもしていない。ただ、ちょっと回転の甘いストレートは金属バットに当たり、跳ね返ると、その軌道を変えてピッチャー方向に戻ってきた。この場合、出来ることは限られている。

 ここで同点に追い付かれる訳にはいかない。リトルリーグから高校野球までを経験した大坂の野球選手としての本能がそう告げていた。左腕をいっぱいに伸ばしてグラブにボールを乗せ、手首を返すようにボールを押し出す。次は投げると約束したから投げた訳じゃない。キャッチャーが自分より年下の女の子だとか、ランナーが危険を顧みないプレイスタイルだとか、そんな事は考えなかった。

 捕球してからブロックまで、流れるような美しいプレイだった。しかし、ベース目掛けて滑り込む走者は、ベースを塞ぐ彼女を避けたり、スライディングの勢いを抑えたりすることなどできない。本塁上に鈍い音が響いて、土煙が舞い上がった。

 そして、球場の空気が一瞬のうちに凍りついた。一人の少女が本塁の後方に跳ね飛ばされたまま動かない。

「夏苗!」

 大坂は、本塁を駆け降りた勢いをそのままに夏苗のそばに駆け寄った。彼女はぐったりと仰向けに横になっていたが、ミットからボールはこぼれていない。さすがの執念に、大坂も舌を巻いた。

「アウト!」

 主審の宣告と共に、大坂の後方から声がした。

「ボール2つ! 早く!」

 振り返ると打者走者は二塁を目指して走っていた。大坂は夏苗のミットからボールを拾い上げると、二塁ベースカバーの井伏へと送球した。幸い、打者走者の中禅寺はそれほど足が速くなかった。井伏は器用にスライディングをかわしながら、走者にタッチすると平然とした装いで大坂達のもとへ駆け寄って来た。

「大丈夫か?」

 気がつくと永瀬もそばに来ていた。しゃがみ込んで、夏苗の様子を診ている。今日は忙しい人だ。

「軽い脳震盪を起こしているだけです。少し休めば大丈夫でしょう。今、担架を持ってきますので……」

「ソレニハオヨビマセ~ン」

 立ち上がる永瀬をガッテムが制した。そして、大坂を肘で突いて促した。

「オヒメサマダッコデ~ス」

「え、ぁ、いっ、いきなり何ですか!?」

「イヤナラ ワタシガハコビマ~ス」

 ガッテムは黒くて太い腕を、おもむろに夏苗の首筋と腰元に廻した。透き通るように白く、折れそうなほどに細い首筋が、徐々に傾いていく。ヒロインのその姿を見て、言い様のない感情が大坂の中で少しだけ疼いた。それは嫉妬と呼ぶにはあまりにもあっさりとしていて些細な感情だったが、しかし確実に大坂の心の中に沸き起こっていた。

「いや、俺が運びます」

 大坂はガッテムを制して夏苗を持ち上げた。彼女は思ったよりも軽く、彼女の肌は思ったよりも柔らかかった。

 8回表、モンキースの攻撃を終えて2-3。フロッグスのリードはわずかに1点。




◆◇◆ 登場人物紹介 その6 ◆◇◆

名前:荻窪譲二/年齢:30歳/身長:173cm/体重:細身/血液型A型
イーストタウン中央放送(ECB)の中堅アナウンサー。
東地区の公式戦の実況をほとんど担当している。オーソドックスな実況スタイル。
尊敬するアナウンサー:初田啓介(TBS)

名前:日野隆男/年齢:54歳/身長:181cm/体重:中年太り/血液型O型
かつてイーストタウンタワーズのセットアッパーとして八回王子の異名を取った中継ぎエース。
オーソドックスな解説スタイル。
尊敬する解説者:関根潤三(ニッポン放送)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。