ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

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A Drama without Scenario

 亜熱帯特有の焼きつけるような日差しが空の一番高い所から降り注いで、黒土のグランドを照らしている。島内に数多ある球場の中で、パラキ村営グランドのマウンドは特別高いわけではないのだが、そうは言ってもグランドの中で一番高い所にあるマウンドは太陽のエネルギーを余すことなく取り込んで、上に立つ一人の青年の体力を容赦なく奪っていることだろう。

 マウンドに立つ青年は顔から噴き出す汗を拭ったが、またすぐに次の汗が噴き出してきて、彼の首筋を伝いアンダーシャツの中へと消えていく。アンダーシャツの中に充満しているであろう不快感は想像に難くない。ここまで一人で投げてきたのだろうか。

 イニングは9回表。外野手に至っては2人しかいない。一塁側のベンチには監督と思しき人物と松葉杖の男が確認出来るが、彼らが試合に出ることはなさそうだ。センターの定位置に犬が一匹行儀よく座っているが、彼がいかなスーパードッグだったと見積もったとしてもチーム事情は推して知るべしだ。

 無死満塁のピンチにも関わらず、監督は微動だにせずに試合の行方を見守っていた。万策尽きて打つ手がないのだ。試合の行く末はマウンドに立つ大坂という一人の青年に委ねられているようだ。しかし、彼はとうに限界を超えている。勝利は目前だが、その道のりは遥かに遠く、険しく、困難を極めるであろう。

 打席に入るのはモンキースの4番打者の佐賀だ。彼は魔道術に一切頼らずに本戦でも常にトップ10入りを果たす猛者だ。勝負勘の鋭さと類稀なバッティングセンスは折り紙付きである。この好機をみすみす逃すような打者ではない。

 スコアボードには、既に青いランプが2つ灯っていた。勝負は下駄を履くまでわからないと昔から言うし、こと野球に関して言えば筋書きのないドラマなどと形容されることも多い。

 しかし、この状況だ。

 背番号1を背負った青年が投げた次の球は、変化球が高めにすっぽ抜けたボール球。スコアボードに青いランプがひとつ追加される。客観的に見れば、勝負の行方は明らかだ。しかし、野球は筋書きのないドラマである。

「あの馬鹿……」

 一塁ベース後方のファールグラウンドにある機材などを搬入する通用口から、ボールが勢いよく紛れこんできて、プレイが一時中断した。続いて、メガネの青年が練習用の野球ユニフォームのまま、勢いよく柵を乗り越えて現れた。

 

◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 オイラ達がパラキ村営グランドに到着したのはお昼すぎの一番暑い時間帯でやんす。試合の経過は道中のカーステレオで聞いていたでやんすから、さっそうとお助けマン矢部が参上!といきたかったでやんすけど、あいにく加藤京子さんの運転がど下手くそで、球場に到着する頃にはみんなグロッキーでそれどころじゃなかったでやんす。

 勝負の行方に興味のない茅野さんはさっさとスタンドに行っちゃたでやんすけど、オイラはそんなに薄情者じゃないでやんす。親友のピンチには駆け付けるでやんす。あわよくば、遅れて登場するでやんす。なるべく、ドラマチックに、タメを作って、勿体ぶって登場するでやんす。ヒーローとは往々にしてそういう宿命でやんす。

 ……あっ!

「なにやってるの!? そんなのも捕れないの?」

「キャッチボールで変化球を投げるなでやんす!」

 ひとつ言い忘れたでやんす。オイラのPDAを盗んでおいて謝りもしないこの女の子は橘みずきちゃんでやんす。ちょっとカワイイからって調子に乗ってるとてもムカつく女の子でやんす。でも、悔しいでやんすけど今の大坂君には彼女の助けが必要でやんす。昨日の敵は今日の友みたいな展開は王道でやんすけど、現実世界でそれをやられると結構鬱陶しいでやんす。

 転がっていくボールを追いかけながら柵を乗り越えると、黒土のグランドでやんす。よく整備されていて、ふわふわしてスパイクが刺さる感触が心地いいでやんす。オイラは自慢の俊足を飛ばしてカッコよく球場入り……あれ? 違うでやんす! そんなつもりじゃないでやんすよ!

「ちょっと君! 何やってるんだ!? 試合中だぞ!」

 審判に怒られたでやんす。大坂君に合わせる顔が無いでやんす。

 

 敵チームと思われるモンキースの選手達に散々野次られ、スタンドを埋める観客の失笑を買った後で、オイラは満を持してセンターの守備についたでやんす。ついでにピッチャーも交替でやんす。女の子のピッチャーにどれだけの投球が出来るかわからないでやんすけど、さっきキャッチボールの最中に投げられたスクリューボールはかなりイイ線いっていたでやんす。オイラも初見では打てるかどうかわからないでやんす。というか、十中八九打てないでやんす。悔しいでやんす! ムキーッ!

 よく見ると、キャッチャーも女の子でやんす。みずきちゃんとは違って、清楚な雰囲気がいかにもお嬢様といった感じでやんす。艶やかな黒い髪に、大きな黒眼が印象的な美人さんでやんす。とても野球をやる女の子には見えないでやんす。

 そんなこんなで投球練習が終わったでやんす。みずきちゃんの投球フォームは小柄な体格を目いっぱい使ったサイドスローでやんす。右打者はあれだけ角度をつけて内角を抉られたら一溜まりもないでやんす。それに加えて、外角に逃げながら落ちるスクリューボールが決まれば鬼に金棒でやんす。認めたくないでやんすが、いいピッチャーでやんす。2球続けて、そのスクリューボールが決まってあっという間にフルカウントでやんす。

 でも、相手打者の佐賀も侮れないでやんす。あのスウィングなら、少しくらい芯を外しても柵越えは間違いないでやんす。2球ともスクリューボールを強振してきたでやんす。自分のバッティングに自信がある証拠でやんす。オイラ、用心の為に少し後ろに下がるでやんす。

「矢部君、そこから刺せるの? サードランナー足あるよ」

 セカンドにいるのは大坂君でやんす。口調は穏やかでやんすけど、まだ目を合わせてくれないでやんす。大坂君は内野ならどこでも出来る守備の達人でやんす。もちろん、バッティングもピカイチでやんす。でも、ベースランニングはオイラの方が速いでやんす。

「オイラより速くなければ平気でやんす」

「じゃあ、もっと前に来て」

「……」

 オイラ、何も言い返せないでやんす。試合を中断された事を、きっとまだ怒っているでやんす。

 

◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 そんなに細かい指示まで出さなくてもいいのに。元々のチームメイト同士とはいえ、内外野の綿密な連携に対し私は内心毒づいていた。バットに当たらなければ関係ないんだから。2球続けてのスクリュー。2球目はさすがにポイントを修正してきたけど、私のスクリューはもう一段階ギアを上げることが出来る。目の前のキャッチャーが初見で私のウィニングショットを取れるかどうかわからないけど、そんなことに興味はない。ただ、打たれるのはシャクだから、手を抜くつもりはないけど。

 外角へ逃げるスクリュー。我ながら完璧な投球だ。例え見逃されたとしても、低めいっぱいに決まるコース。とっととこの試合を終わらせて、雷神バットを頂戴して帰るんだから……。

 

 ――キンッ!

 

 乾いた金属音にハッとして私は振り返る。あり得ない! 私の本気のスクリューが簡単に弾き返されるなんて!

 合わせただけのバッティングだが、打球は前進守備の大坂さんの頭上を越える。そして、センターの矢部が躊躇なく前に突っ込んでくる。何やってるの? 右中間を破られたら長打コースよ? そんな初歩的な打球判断も出来ないの? いや、違う。彼は事前に右中間を詰めていたようだ。横っ跳びで打球をダイレクトで抑えていた。

「矢部君、ここまで!」

 大きなアクションで大坂さんがボールを呼んでいる。矢部もすぐに起き上がると、大坂さんの胸元目掛けて渾身の返球でそれに応えた。

「ノーカット!」

 キャッチャーの龍ヶ崎さんが叫ぶと、大坂さんはひらりと矢部の送球をスルーした。ワンバウンドで龍ヶ崎さんのミットにボールが収まると、丁度ランナーの足尾が本塁に飛び込んできた。足から滑り込む。スパイクの刃を立てた危険なスライディングタックルだ。危ない!

「アウト!」

 主審のコールは、あくまでも事務的なものだった。でも、龍ヶ崎さんは本塁付近でうずくまったまま動かない。彼女の左足は、ユニフォームが千切れて出血していた。どうして、そんなに無茶をしたの!?

 あれよあれよという間に人が集まって来るのを、私は本塁後方からただ眺めていた。混乱に乗じて、バットを盗み、黙って立ち去るつもりだったけど、気が咎めるのはどうしてだろう。

 私は、誰もいない一塁側ベンチにのバットケースに刺さっている雷神バットを一瞥したが、身体は自然と本塁を死守したヒロインの方へと向かっていた。人だかりの中に入って、そして声を掛ける。

「……龍ヶ崎さん、大丈夫?」

 彼女はにっこりと微笑んで、私の問いかけに答えた。この人たちは、心の底から野球が好きなのだ。だからこそ、ひとつのプレイにすべてを賭けて戦うことが出来るのだ。

 

 でも、好きなだけで戦い抜けるほど、この島の野球は甘くない。

 

◆  ◆  ◆  ◇  ◇

 

 パラキ村営グランドの一塁側ベンチを訪れると、長身の老人と、松葉杖をついた壮年の男が試合の状況を眺めていた。9回表、ノーアウト満塁。私は野球をやった事はないけど、島の女なら野球のルールくらいは心得ている。絶体絶命の大ピンチという奴だ。

「はじめまして、加藤京子と申します」

 手短に挨拶をすると、私は早速2人の選手の登録を長身の老人に提案した。

「それは渡りに船じゃが……」

 老人は困った様子で、松葉杖の男を顔を見合わせた。いきなり信用しろというのも無理な話だろうか。

「ちょっと失礼」

 私が松葉杖の男の右足に触れると、彼の右足が碧い光に包まれる。松葉杖の男は驚いている様子だ。

「な、なんですか……」

「動かないで」

「ほほぅ、これは珍しい」

 老人は要領を得たようだ。間もなく、彼の右足から光が消えると私は手を離した。

「如何ですか?」

「どうもこうも……」

 松葉杖の男は、困惑している様子だ。

「鹿島君、松葉杖はもういらないはずじゃ」

「……何と?」

 鹿島と呼ばれた男は、恐る恐る松葉杖を手から離してベンチに立て掛けた。

「あれ? 何ともないぞ……」

 鹿島は私と老人を交互に見つめて、驚いた様子だ。そして、ベンチの中で飛び跳ねて喜びに浸り、私に礼を述べた。

「とんでもないです。ところで、代わりと言ってはなんですが……」

「いいでしょう。2人の名前とIDを教えて頂けますか」

 

 試合は間もなく再開した。素人目に見ても、橘みずきのスクリューボールのキレ味が鋭い事はよくわかった。テンポの良い投球で、あっという間にフルカウントまで追い込む。口も達者だが、腕も確かなようだ。

 だが、次の投球で彼女のスクリューボールはあっさり弾き返される。さっきまでの強振から一転して、コンパクトな軽打にベンチから溜息が漏れた。前進しているセカンドの頭上を越えて打球は外野まで飛んでいく。スタンドからは悲鳴が聞こえる。

 しかし、センターに入った矢部がかなり前に詰めていた。ジャンプ一番。ダイビングキャッチを決めると、ホームへの好返球。タッチ、アウト。これ程のファインプレイを間近で見せられれば、鳥肌が立つというものだ。2アウト一塁二塁へと状況が変わる。強力な助っ人が参戦し、あと一人。誰もがそう思うところで、試合は予断を許さなくなる。今のクロスプレーでキャッチャーが負傷したようだ。

 医務室から、長い銀髪の青年が飛び出してきた。急ぐ彼を老人が呼び止めた。

「紹介しよう。加藤京子さんじゃ。彼女は白魔術が使える」

「えと、僕は用なしですか?」

「そうは言ぅとらんよ。孫娘を頼む」

「わかりました。京子さん、力を貸して下さい」

「えぇ、私でよかったら」

 私は優しい気持ちで微笑み、永瀬と名乗った青年に続いてグランドに向かった。

 

 彼女の状態は予想以上に酷かった。傷口が深く出血が止まらない。私は担架を要請した。永瀬も同意見のようだ。

「だ、大丈夫です。あと、アウト1つだけ……だから」

 育ちが良さそうだが、随分と芯の通った女の子だ。意識を保つだけでも大変なはずなのに、しっかりと私の目を見て訴えてきた。

「白魔術……で、何とか出来ませんか?」

 何とかしたいが、傷口を塞ぐのには時間がかかる。これ以上の出場は不可能だ。彼女は悔しそうな表情で歯を食いしばりながら担架に横たわると、医務室へと運ばれていった。彼女は他のチームメイトがいる前では涙一つ零さなかった。

 医務室の小さい窓からベンチの様子を見やると、選手たちがベンチ前に集合して沈痛な面持ちで老人を取り囲んでいた。しかし、老人は選手たちを激励している様に見えた。この老人には、もう1つ策があると私は直感した。

 まだ試合は終わっていない。棄権するには、まだ早すぎる。




登場人物の視点でリレー形式で書いてみましたが、読みづらいですかね?
書く時は、こっちの方が楽しいですw
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