ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

16 / 45
Game Set

「ん~? この反応は……」

 パソコンモニターがたくさん並んだ地下の監視室で、四路智美は唸り声をあげた。東地区の最西端、南地区との境界に位置する小さな尖塔が彼女たちの拠点だ。

「ちょっと金さん」

「ハイアル~」

 金と呼ばれたのはグレーのチャイナ服姿の背の高い男だ。肩幅が異様に広く、分厚い背筋がチャイナ服の生地をパンパンに張り詰めさせている。馬のように縦長の輪郭の顔は、糸のように細い目と丸く大きな鼻が独特の存在感で彼の表情を作り上げている。決して不男というわけでもないが、どちらかと言えば三枚目顔である。

「コレはS級魔道術か、クインテットスターレアアイテムの反応アル」

「そうなのよ。でも、場所がね……」

「パラキ村!? あり得ないアル」

「パラキ村は、今日東地区リーグの最終戦をモンキースと戦ってるけど、魔道術を使うとすればBランクの漁火くらいだわ。おかしいでしょ?」

「とりあえず、大佐に報告アルネ」

「うん。それもそうね……」

 金は入口の扉を窮屈そうに頭を屈めながらくぐり、研究室を去っていった。

「あの取って付けたような中国語訛りは、どうにかならないのかしらね」

 扉が閉まる音を確認すると、智美は小さな声で呟いた。

 

 間もなく、豪快な笑い声が扉の向こうから聞こえてくる。大佐だ。智美は椅子から立ち上がると、気をつけの姿勢で大佐を出迎えた。

「お疲れ様です!大佐」

「ガハハハハ! うむ。御苦労である」

 大佐と呼ばれるこの男は意味もなく大声で笑い声をあげている。しかし、組織をまとめる人間としての彼の品格を疑いたくなるのは、その笑い声だけではなかった。

「大佐、服着てくれませんか?」

「ガハハ! 何を言うかね四路君。この島はいささか暑すぎるのだよ」

「ならばそろそろエアコン直してもらえませんか?」

「エアコン? そんな物に頼っているから君はいつまでも貧弱なのだよ。ガハハハ!」

 大佐は大声で笑いながら上半身に力を込めて、鎧のような自身の筋肉を強調した。丸太のような二の腕に大きな力瘤が盛り上がり、巨大な大胸筋がピクピクと揺れている。

 四路は額に手を当てて、深く溜息をついた。

「もういいです。大佐…」

「うむ。良かろう。ところで用件はなんだね。まさか吾輩の鍛え上げた肉体が見たいという下衆な望みではなかろう」

「えぇ、勿論。これをご覧いただけますか」

「…? な、なんだこれは?」

「Sクラスの魔道術、もしくはクインテットスターのレアアイテムが使われた可能性が高いです。おそらく後者でしょう。解析の結果、属性は雷です」

 大佐の青い瞳にモニターの光が反射して映る。普段は己の肉体を鍛え上げる事と、新作のプロテインのことしか考えていない様な男だ。名前はルコフスク=ロシュツスキー。しかし、彼は元々ロシア海軍の諜報員だった男だ。口元を左手で覆い、ブロンドの口髭を撫でる様は絵になる。黙っていれば、いい男だ。

「ムムムッ! でかしたぞ四路君。これでエアコンを直せそうだ」

「やった☆ …って、新しいの買わないんですか? クインテットスターですよ!?」

「いや、実はトレーニングマシンも新調したいんだ。ガハハハ!」

「はいはい。そうですか……」

「金よ。今すぐ出発だ! 今日は忙しくなるぞ! ガッハハ~!」

 四路は上機嫌で部屋を後にするルコフスクを見送ると、再びパソコンへと向き直った。パソコンモニターには東地区と南地区の境界付近の監視映像が映し出されている。表の顔は東地区と南地区の境界にあるゲートの監視センター。島の秩序を守る存在だ。当然、島内で流通するレアアイテムのチェックも厳しくここで行われている。しかし、裏の顔は島内のレアアイテムを不正に奪取し転売する盗賊団なのである。

 

 彼らの経緯を説明するには、猪狩コンツェルンがこの島に介入するよりも前の歴史を紐解かねばならない。その昔はブラッドバタフライという財団がこの島を支配していた。島民は彼らに奴隷のごとく扱われ、搾取され続けていた。しかし、介入当時の猪狩コンツェルン側もその全体像を全て把握する事は困難であった。その為、一部の組織は解体されないままに事業の立ち上げが行われていたのである。黒い歴史の名残が、今もまだこの島には残っている。

 

◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 パラキ村営グランドの一塁側ベンチ前には円陣が出来ていた。集まった者は、おおむね暗い表情を浮かべて俯いたままだ。3-2、1点のリードを守って9回二死まで漕ぎつけたにもかかわらず、試合を続けることができない。2人目の負傷者を出して、これ以上試合を続けることに意味があるのだろうか。そんな思いが、ベンチを支配していた。まだ年端もいかない少女が、血を流して倒れた。度重なるラフプレイにもめげることなく気丈に振る舞う彼女の姿は、いつの間にかチームの心の支えにもなっていた。そんな彼女が、ついに力尽きた。

 ここで諦めたら、チームは解散である。しかし、元々のフロッグスのベテランメンバーは既にそれを受け入れる心の準備が出来ていた。決して、はじめから勝負を棄てていたわけではないが、ここまでの善戦は、これまでの対戦成績を考えれば上出来なのだ。

 一方で、今日加入した面々の様子はそれぞれに異なっていた。大坂は、ヤソジの依頼を引き受けた時に腹は括ったつもりだったから、黙っていた。矢部も、そんな大坂の様子をちらりと見ただけで、何も言わなかった。橘は、円陣の一番後ろで我関せずとばかりに、きょろきょろと球場の様子を眺めているだけだった。

 そして、この状況を受け入れることのできない人物が1人いた。ガッテムである。彼が、一歩前に出て、口を開く前に、ヤソジは指揮官として口を開かねばならなかった。

「私が出よう」

 力強い指揮官の決意を、誰も否定することはなかった。かつて、パラキフロッグスの中心選手として一時代を築き上げ、その盛衰を見守り続けた男が、衰えた自らの身体に鞭を打ち、ゆっくりとグランドへと歩き始める。180cmを越える長身がとても小さく見える。フロッグスのベテラン選手たちにとっては、そんなヤソジの姿は見るに堪えられるものではなかった。自分達の不甲斐なさを歯を食い縛って悔やみ、こみ上げる嗚咽を必死でこらえる事しか出来なかった。

「待って下さい!」

 声と共に、永瀬がベンチへと飛び込んできた。重かった空気が一掃され、皆が一斉に振り返る。永瀬はユニフォームに着替えていた。しかし、彼は肘を痛めてボールが握れないはずである。その永瀬が右腕をぐるぐると回して、拳を勢いよくグラブに叩きつけた。

「加藤さんに治してもらいました。完治にはリハビリが必要ですが、1イニングくらいならば、何とかなるでしょう」

 永瀬はもともと守備の名手だ。今の状況で、これ程心強い交代要員はいない。

 振り返ったヤソジの表情は、嬉しさと寂しさが絶妙な比率で混ざりあって、とても感傷的なものとなっていた。永瀬の登場は朗報なのだが、グランドに出る事を引き留められたのは今日2回目だ。人生を野球に賭けてきた男にとって、それは何を意味するのだろうか。

「……そうか。では、永瀬君はセカンドに入りなさい。大坂君はキャッチャーだ。やれるか?」

「はい」

 あくまでも、厳かにヤソジは采配する。もう、あの頃のようなプレイはできない。ヤソジはにわかに感じた喪失感を、そっと心の片隅に仕舞っておく事にした。

 

◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 試合はフロッグスが1点のリードを守りきって終了した。そして、フロッグスは解散の危機を辛くも免れた。しかし、試合終了後、重大な事実が審判団から明らかにされた。

「只今のサンシャインモンキースの敗戦をもって、中ノ鳥島野球リーグ規約第0章特例事項第1項を適用し、サンシャインモンキースを解散処分と致します」

 

 モンキースナインは知っていたのだろう。黙ってそれを聞き入れていた。だが、ファンは黙っていなかった。「何だそりゃ!? 聞いてないぞ!」などと三塁側スタンドからは汚い罵声や野次が飛んでいる。次第にそれらはうねる様なブーイングへと変化していった。一塁側スタンドも、喜ぶに喜べずざわつき始める。

 

「ちょっと待って下さい」

 甲高いしゃがれた声が審判団に詰め寄った。赤髪に青いバンダナの男、漁火だ。

「漁火さん、今更何を言うんだい?」

「いや、違うんだ。昔、花いちもんめっていうルールがあっただろ」

「勝利チームの了承があれば、敗戦チームから試合後に移籍することができるアレですか?」

「そうだ。ソレだ。この2人を推薦したい」

「……わかりました。少々お待ち下さい」

 主審は漁火から推薦状を受け取ると、一塁側ベンチへ向かった。

 

 間もなく、漁火の所にスキンヘッドの用心棒と全身タトゥーの男が現れた。佐賀と菅野だ。

「今まで本当に、ありがとうございました!」

 大男が2人深々と頭を下げる。

「いいって事よ。それより推薦状書いといたから、2人分」

 大男が2人顔を見合わせて、目をパチクリさせている。

「今まで楽しかったよ。こちらこそ、ありがとうな……」

 漁火は尻ポケットから煙草を取り出して2人に背を向け、一服くゆらせた。

「先方のOKが出れば、お前らは今日からフロッグスの一員だ。頑張れ」

 先に状況を飲み込んだのは菅野だった。

「え!? でも、元はと言えば俺達があんな事をしたから……」

「言うな! 言ったらこの場で焼死体にするからな」

 1秒遅れて佐賀も気がついた。

「だけど、俺達……」

 後手に回った佐賀は、上手く言葉を紡げない。

「誘惑に負けて、魔が差すことはあるだろう。だけど、お前らはちゃんと反省して、それを償ったんだ。今日まで野球を続けてきたことがその証拠だ。責任は俺や当時のキャプテンの中禅寺さんにある。お前達が気にすることは何もない。それに、これはチーム全体の総意だ。俺達は、今後もお前達が野球をする姿が見たい。それだけだ」

 

◆  ◆  ◆  ◇  ◇

 

 ベンチ内の掃除をしていたヤソジが審判団に呼び出されている。頭の悪そうな犬はベンチ脇の日陰で気持ちよさそうに眠っている。大坂や他の選手はせっせとグランド整備に余念がない。医務室の小窓からは、バットケースの位置は死角になる。

 橘みずきは自分のバックからピンク色の光沢のある風呂敷包を取り出して広げると、バットケースからクリップテープの先端が少しだけ解れているポッキーバットを見つけて、手際良く包んだ。すると、不思議な事に、その風呂敷包みは徐々に色を失って消えていく。“透明な”風呂敷包みを担ぎあげると、橘みずきは一塁側ベンチを後にした。

 

 

 ヤソジは審判団から小さな紙切れを受け取っていた。バックネットの前で2人の大男が泣き崩れている。あんなに素直な心の持ち主から、どうして野球を奪う事が出来ようか。

「わかった。漁火君によろしく伝えてくれ」

 

 

 橘みずきが一塁ベンチを出て、通用口を抜けるとグランド横の駐車場に差し掛かる。左肩に掛かった透明な風呂敷包みの感触を確認しつつ、思わずニヤけてしまった表情を引き締める。球場の敷地を出ると、見るからに怪しい1台のバンが路肩に停車していた。

「げ、怪しすぎる……」

 橘は注意深くそのバンの横を通り過ぎた。スモークフィルムの窓からは中の様子は窺えない。小走りでこの場を立ち去ろう。橘がそう決意した時に、バンのスライド扉が急に開いて、橘の右腕が何者かに掴まれると身体ごと車の中に引きずり込まれた。大声を上げようとした時には口は塞がれていた。必死で抵抗を試みたが、腕力ではとても敵いそうになかった。足をばたつかせて、振り払おうとしても及ばなかった。意識が薄れていく中で、左腕から滑り落ちそうになる風呂敷包みの感触を手放さないようにすることだけが、彼女にできた唯一の自由だった。10秒としないうちにスライド扉が再び閉められると、黒塗りのバンは走り出した。

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◇

 

 解散を免れた安堵感と、解散に追い込んだ罪悪感がフロッグスの選手達の心に複雑な陰影を刻んでいた。荒れたグランドを整備しながら、それぞれの心も整理して、各々が納得のできる所に自分の気持ちを収めていく。やるかやられるかの勝負で勝ったのだから、誰かを責めたり、誰かに責められたりする覚えなど無いのだ。

 それぞれが清々しい気分でベンチに帰って来る。

「そういえば、みずきちゃんがいないでやんす」

 イーストタウンのショップで買ったまだ新しいスパイクを磨きながら、矢部が大坂に話しかけた。大坂もヤソジに借りた内野手用グラブを鞄にしまい、荷物をまとめていた。

「そういえば、ろくにダウンもしないでどっか行っちゃったなぁ。結局、マウンドもオレ一人で整備したし…」

 大坂が愚痴った頃合いで、アロハシャツを着た眼つきの鋭い男がベンチ奥の扉から入ってきた。人相の悪さと、思い詰めたような表情からモンキースの選手がかち込みに来たのかと大坂は身構えたが、よくよく考えたらそんな男は向こうのベンチには居なかった気がする。

「初めまして。君が大坂君だね」

「はい…」

「私は、こういう者だ」

 予想に反して丁寧な物腰に、大坂は肩透かしを食らった気分になる。中ノ鳥島野球リーグ運営本部警備部主任茅野啓吾。提示されたPDAにはそう表記されていた。

「チャド・ポートランドという男を知っているかね?」

「えぇ、知ってるも何も、あそこでトンボ掛けしてますよ」

 大坂は振り返って一塁ベース付近で入念にグランド整備をしている男を指差した。茅野は非常に驚いた様子だったが、すぐに気を取り直して、大坂に簡単に礼を述べると、肩を怒らせてのしのしとガッテムの所まで歩いて行った。

「オイラ、あの人嫌いでやんす」

「そうなの? ……でも、矢部君」

「何でやんす?」

「来てくれて助かったよ。ありがとう」

「えへへへへ。照れるでやんす~」

 メガネの相棒は締まりのない笑顔に、大坂は爽やかな笑顔で応えた。

 

 

「よくもやってくれたな。チャド・ポートランド」

 茅野はガッテムのすぐ後ろに仁王立ちした。ガッテムの手が止まって、彼の身体が一瞬だけ硬直した。トンボ掛けで屈めていた身体を起こすと、ガッテムは茅野の方に向き直った。

「今ノ私ハ チャドポートランドデハアリマセ~ン」

「この期に及んで屁理屈をこねるのか? まあ、いいだろう。雷神バットを返してもらう。その為に俺はここまで来た」

「ソレハデキマセ~ン」

「ふざけるな! だいたい貴様……」

 茅野の握りしめた左拳が震えている。思わず飛び出した右腕がガッテムの胸ぐらを掴んだところで、ヤソジが佐賀と菅野を引き連れて戻ってきた。さながら助さん格さんを引き連れた黄門様といったところである。

「どうしたんだい。揉め事かね?」

「いや、これには深い、事情が…」

 ユニフォームを掴む右腕が力なく下がる。

「茅野君と言ったかね。君にもやむにやまれない事情があるだろうから深く詮索はしないよ。じゃが、グランドの中で揉め事を起こすのなら、ワシにも考えがある。あまり事を荒立てれば君の立場も良くないんじゃないのかね?」

 すべてを見透かしたようなヤソジの言動に、茅野はすっかり意気消沈してしまった。

「では……その、現物だけ確認させて頂いてもよろしいですか?」

「結構。ガッテム君、見せるだけなら文句も無かろう」

「モチロンオフコースデース」

 

 このあと、彼らが必死で雷神バットを探したのは言うまでもない。




◆◇◆ 登場人物紹介 その7 ◆◇◆

名前:加藤京子/年齢:26歳/身長:159cm/体重:着痩せするタイプ/血液型B型
元ネタは多くのパワプロシリーズに登場する看護師さん。
主人公がケガをして入院すると優しく看病してくれるのだが、
サクセス中に入院するということは、その選手の育成が失敗という事を意味するわけで…

本編ではアパレル店員(?)として登場。
登場当初はそれっきり出番なしのキャラの予定でしたが、なんやかんやで
同行する事になりそうなので、パワプロキャラから拝借させて頂きました。
彼女候補からって考えもありましたが、98の涼川葵があおいかぶりなので却下しましたw
好きな曲:本能(椎名林檎)


名前:永瀬大河/年齢:25歳/身長:168cm/体重:痩身/血液型O型
投打:右投右打/守備位置:内野手/基本データ(ミパ走肩守):DDDGC
特殊能力:ケガしやすい

元ネタはドラフ島編に登場する二塁手。
能力はまずまずだがケガや病気に悩まされ、不運な選手生活を送っている。
エンディングでは医者としての道を志す(だったと思うw)

本編でもケガにより戦線離脱。チームドクターとして登場。
当初は回復系魔道術の白魔術が使える設定だったが、
作者の気まぐれで、その御鉢を加藤京子に奪われる不運w
尊敬する選手:前田智徳(元広島)
好きな曲:宙船(TOKIO)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。