ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~ 作:マリリンマンション
宵の闇に眩しく灯された照明によって、球場内は昼間とほとんど変わらない明るさになる。これから始まる夜の宴を彩るその光には、そのカクテル光線という名は相応しいといえよう。
東地区の玄関口、ヴォクスルトにあるレイクサイドスタジアムは両翼102m、センター120mと東地区では最大級の規模を誇る球場である。その名の通り、湖畔に位置するこの球場は、時折湖から吹き付ける強風が球場内を渦巻いて選手たちを惑わすことでも知られている。
ここに本拠地を構えるフットレイクスは、中ノ鳥島野球リーグには加盟していない非公式チームである。しかし、シーズンオフの交流試合の参考記録とはいえ、最近10試合のチーム防御率は1.55、チーム打率は.298という実力を備えたチームだ。中でも防御率0.85を誇るエースのルコフスク=ロシュツスキーと打率.405を誇る金玉匂という投打の両雄の存在が光っている。
1回表の攻防。先攻はパラキフロッグス。先頭打者の矢部が右の打席に入る。ナイター照明が分厚いメガネのレンズに反射してキラリと光る。ほぼ垂直にバットを立て打席に立つ居住まいには、さすがに甲子園経験者といった落ち着きが垣間見えて凛々しい。
「プレイボール!」
主審は茅野が務める。警備部に所属する茅野は、当然といえば当然だが、公式審判員のライセンスを保有している。主任クラスになれば、更に上位資格であるS級ライセンスとなり、S級ライセンス保有者が主審を務めた試合は、申請するだけで準公式戦として認められることになっている。
「さて、これがどういう意味かわかるかね? メガネ君」
マウンド上に陣取る上半身裸の男が大きく振りかぶる。先発はルコフスク=ロシュツスキーだ。両腕を高く上げただけで、強靭な肉体がムキムキと盛り上がって彼の逆三角形型のシルエットが強調された。左足を高く上げ、右足一本で体重を支えると、タイツのように張り付いていたユニフォームを破かんばかりに太腿やふくらはぎの筋肉が一気に膨張する。次の瞬間、弾丸のようなストレートが矢部の胸元目掛けて放たれた。
ズバン!
「ストライク!」
キャッチャーのミットから煙のようなものが立ち昇っているのは、きっと目の錯覚ではないはずだ。一筋の、白い煙のようなものが閉じたミットの隙間から確かに溢れていることを矢部は認めた。
「バット振らなきゃ当たらないわよん♪」
キャッチャーはゲートにいたあのオカマちゃんだ。名前は波水出輝人。相変わらずのオネエ口調である。
「あと、そのメガネは変えた方がいいわね。折角の色男が台無しじゃない」
「う、うるさいでやんす……」
それほど間隔を置かずに、ピッチャーのルコフスクは2球目のモーションに入った。上半身裸のエースは何かを語りかけている。
「東地区はモンキースが解散して優勝チームが存在しないんだ。この場合は、東地区で“公式戦およびそれに準ずる試合”での勝率が一番高いチームが本戦への出場権を得る事が出来る事になっている」
再び弾丸のようなストレートが矢部に襲いかかる。今度はアウトコース。
ズバン!
「ストライク!」
立ち姿こそ様になれど、矢部にも3年のブランクがあった。それほど厳しいコースではなかったが、内外角に投げ分けられた直球に身体が反応できない。簡単に追い込まれた。しかし、簡単に終わってはいけない自覚が矢部にはあった。
「そのメガネ、どこで売ってるの? まさか特注?」
「静かにするでやんす! 気が散るでやんす」
「釣れないわねぇ、女の子にモテないわよ」
ルコフスクが3球目のモーションを起こす。彼は、またぶつぶつと独り口上を述べているが、グランドレベルでは誰も聞いてはいないだろう。好意的に解釈すれば、自分を鼓舞するために、自分に言い聞かせているといえるだろうか。
「つまりだ。この試合に勝てば勝率10割がの我々が東地区代表ということになるのだよ! ガハハハハ!」
どや顔のエースの投球は、またも渾身のストレート。再びアウトコース。しかし、これはボール1つ分ベースの外。矢部は何とか見送るが――
ズバン!
「ストライーク! バッターアウト!」
「……やんす!?」
「よっしゃ~っ! ガハハハハ!」
ルコフスクがマウンド上で上機嫌に吠え、高らかに笑い声をあげた。キャッチャーの波水出も少しばかり驚いた様子だが、審判は機械ではなく人間だ。このくらいの「癖」は許容されるだろう。自軍有利に働いたジャッジに波水出が抗議する理由はない。しかし、打席に立つ矢部は納得がいかない様子だ。眉を吊り上げて茅野を睨んだが、茅野は取り合わない。1アウト。
矢部は顔を真っ赤に染めてベンチへと戻ってきた。
「ムッキーッ! あり得ないでやんす! 贔屓でやんす!」
「どうしたんだい、矢部君?」
ネクストバッターズサークルへ向かう足を止めて、大坂が矢部を呼び止めた。このままベンチへ戻っては顰蹙(ひんしゅく)だ。結果が出ない苛立ちを、会って間もないチームメイトにぶつけてはいけない。
「オイラ、やっぱりあの人嫌いでやんす! ボール2つは外れていたでやんす!」
「そんなに!?」
「ボール2つは言い過ぎたでやんす。でも、1つは外れていたでやんす。これは信じて欲しいでやんす」
「一度嘘をついた人間に、信じてくれと言われてもなぁ……」
大坂は、腰に手を当ててため息交じりに答えた。
「この通りでやんす」
矢部が額の前で手を合わせて頭を下げている。
「ボール1つくらいならジャッジする審判もいるんじゃないかな?」
「そうかも知れないでやんすけど……」
「先発の菅野さんはあまりコントロールが良くないんだ。だから、ストライクゾーンが広いのは俺たちにとっていずれ有利に働くはずさ。茅野さんも、それがわかっててジャッジしてるんだと思う」
「そうでやんすかねぇ?」
「きっとそうだよ――」
メコッ!
鈍い音がして、ボテボテの打球が転がった。2番打者の永瀬が一塁へ向かって走り始めるが、ボールは既にルコフスクのグラブの中だ。ボールが弧を描いてファーストのミットに収まる。2アウト。
永瀬はしょんぼりと肩を落として、大坂のところまで歩いてくる。
「とんでもない重い球だ。真芯で捉えたと思ったのに、まだ腕が痺れてる」
永瀬は苦笑いを浮かべて腕をさすっている。色白で痩身の彼の台詞は、いまひとつ大坂の心に響いてはいないようだ。同情しただけの大坂に対して、永瀬は説明を加えた。
「ルコフスクの能力はグラヴィティボール。列記とした重力タイプの魔道術なんだ。一般に球質が重いとか軽いとか言うことがあるけど、そういうレベルじゃないよ。通常時でも2倍程度の重さがある上に、勝負どころでは3倍~5倍、最大10倍の重さになるって話もある。そうなったら感覚的には鉛球を打つような感覚だろうね。気をつけてね」
「あぁ、わかった」
そう返事をした大坂には、ひとつの勝算があった。自分にも発現しかけている魔道術“カウンターマジック”である。これは、相手の魔道術を打ち消す能力だ。
しかし、大坂はまだ自分の能力を充分に理解していなかった。カウンターマジックは条件が整った時に、あるいは相手の放つ魔道術に対抗して発動する魔道術の総称であって、そもそもカウンターマジックという能力が存在するわけではない。相手の魔道術を打ち消すという認識は間違いではなかったが、その発動条件に彼はまだ気が付いていなかった。
「あ~ら、色男じゃない。アンタが一番アタシの好みよ♪」
「そりゃどうも」
大坂が左の打席に入る。右手に握るバットをくるりと回しながら、打席の足場を固めていく。マウンド上の上半身裸の大男が、ゆっくりとモーションを起こした。野球をするにはおよそ必要ないであろう筋肉群が盛り上がって、その野太い右腕から投球が放たれる。
バシンッ!
ストライク。重い球質に余程の自信があるのだろう。真ん中高め、誘うような投球だったが、大坂は自重した。見たところ何の変哲もないストレートだ。球速表示は144㎞/hだが、菅野の剛速球を見続けていれば、恐るるに足らない球速だ。
「随分、余裕をもって見送るのね」
「そっちのピッチャーの噂も、聞いてますんでね」
「いいわね。余裕のある男ってステキ♪」
「……それ、どういう意味ですか?」
「一般論よ♪」
バシンッ!
ストライク。2球目もほとんどど真ん中だ。この場合、キャッチャーに話しかけれて打ち気を削がれたというのは言い訳だろうか。大坂は、もう一度打席に集中しなおす。
「ねぇ、もし本気だって言ったら、どうするつもりなの?」
「……。」
「あらぁ? 澄ました瞳もステキなのね♪」
ルコフスクが、じっくりとタメを作って振りかぶる。その全身のバネを余すことなく活かしているとはとても言い難いが、躍動感のある豪快なフォームから投球が放たれる。
やや内寄りの絶好球。引っ張れば、外野の頭上は超えそうだ。小さめのステップでタイミングを計り、腰の回転を効かせて鋭くバットを叩きだす。
「……っ!!」
ミシッ!
感じたことのない手応えに大坂は襲われた。決して芯を外したわけではないのだが、尋常でない球威にバットが押し戻されていく。もし、140km/hを超える速度で飛来する鉛球を金属バットで打ち返すならば、きっとこんな感じなのだろう。しかし、そんな酔狂な真似をする人間は聞いたことがない。何故ならば、それは危険な行為であり、そのような表現を用いる場合は比喩表現であるのが常だ。インパクトの瞬間の衝撃が、バットの芯からグリップまで伝わり、現実のものとして大坂の手首に襲いかかる。もしこの時、大坂がそのスウィングの勢いのままにバットを振り切っていれば、彼の手首や指、そして腕は崩壊していただろう。
銀色にメッキされた金属バットがくるくると回転しながら後方のファールグラウンドへと飛び、バックネットへと突き刺さった。突き刺さったバットはくの字に折れ曲がって、その衝撃の強さを物語る。
同時に舞い上がっていた白球は、やや遅れてキャッチャー波水出のミットに収まった。
大坂はバックネットの一端を掴んで、それを揺らしながら網目に刺さるバットを地面に落とした。カランカランと音を立てて、くの字型のバットは真っ二つに折れた。
「すごいボールだね」
「いやいや、木製ならともかく、金属バットを折ったなんて話は聞いたことないよ」
大坂はベンチに戻るとすかさず永瀬に話しかけた。しかし、永瀬も驚いているようだ。二塁手用のポケットの浅い青いグラブの感触を確かめているようだが、彼の所作はどこか上の空だ。
「ヤソジさん。すみません。バット折ってしまって」
「気にするな。大坂君の責任ではあるまい。それに、形あるものはいずれ壊れるものじゃ。さあ、守った守った」
「はい!」
ナインが守備に散ると、ベンチには監督のヤソジとチームドクターの京子だけが残された。試合に出ないメンバーはパラキ村に残っている。彼らはそれぞれに仕事や家庭の都合があったし、何よりも午前中の試合の疲れがまだ残っていた。炎天下の試合を戦い抜いたオジサンたちにとって(チーム存続が決定し、その打ち上げでかなりの酒が入っていたオジサンたちにとって)、ダブルヘッダーは命取りになりかねない。
「噂には聞いてましたけど、ルコフスクのグラヴィティボールは侮れませんね」
「うむ。しかし、金属バットを折るというのは、ちと考えにくいのう……」
「北地区では金属バットだってしばしば折れる事はあったわ」
「いや、わしが気になるのは、初回からバットを折るほどの魔道術を使う必要があるのかどうかという事じゃ。白魔術を扱う京子さんならご存知じゃろうが、魔力は底なしではない」
「私達の戦意を削ぐための、挨拶代わりって所じゃないかしら?」
「ふむ。わしの考えすぎじゃろうか……」
◆ ◇ ◇ ◇ ◇
1回ウラの攻防はフットレイクスの攻撃。フロッグス先発の菅野は、先頭の綾瀬、続く三浦を2者連続の三振に切って取る上々の滑り出しだ。早速152km/hを記録して、菅野のピッチングも昼間の疲れを感じさせない。投球を受けるキャッチャーの夏苗も足の傷は癒えているらしく、機敏な動作で内外野に指示を飛ばしていた。
そして、打席には3番打者波水出を迎える。
夏苗のミラージュゾーンは、実はナイトゲームではあまり効果を発揮しない。元々の気温が低い夜間は本投間での冷気の層を作りにくく、そして、特にこのレイクサイドスタジアムに時折舞う風が、空気の層を撹拌し、彼女の能力は非常に微々たる物になってしまうのだ。
しかし、そんなデメリットも相手が知らなければ恐れたり、隠したりする必要はなく、それは一つの武器となる。菅野の投球は、打者の手元で僅かに変化するムービングボールのような錯覚を打者に与え、その事実さえ見破られなければ、フットレイクス打線を抑える事は難しくないだろう。
ポコッ!
鈍い音と共に、一塁線に緩いゴロが転がっていく。ガッテムが前に出て捌き、ベースカバーに入った菅野に転送した。これで3アウト。
初回の攻防を終えて、両軍無得点。
◆◇◆ 登場人物紹介 その9 ◆◇◆
名前:ルコフスク=ロシュツスキー/年齢:36歳/身長:188cm/体重:ムキムキ/血液型A型
投打:右投右打/守備位置:投手/基本データ(コス|球速|魔):DB|146㎞/h|B
変化球:なし
特殊能力:グラヴィティボール、クイック×
元はロシア海軍の諜報員。海難事故に遭って島に辿り着いて以来
ヴォクスルトでゲートキーパーを務めるに至る。
己を肉体を鍛え上げる事に余念がなく、その体を誇示するために
服を着ていない事が多い。タンクトップ以上の袖丈がある衣類は着ない主義だとか。
彼の魔道術は重力を操りボールそのものを重くするグラヴィティボール。
ボールの重さも状況に応じて変えられるが、重いもの程消費する魔力が大きい模様。
尊敬する選手:ペドラザ(元ダイエー)
好きな曲:All The Things She Said(t.A.T.u.)