ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

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Natural Born Artist

 白木のバットを肩に担いで、広めのスタンスをとり深く腰を落とす。独特の構えは、ガッテムが昨年来日した当時とは異なるものだ。オープン戦から開幕にかけての彼は、力任せにバットを振りまわす三振かホームランかという典型的な一昔前の助っ人外国人の姿だったのだが、今、白銀の照明に照らし出される4番打者からは昨年春の荒削りな面影は微塵も感じられない。

 オープン戦出場全16試合で本塁打11本、打率も3割8分を超える大活躍に、当時の彼はファンはもちろん首脳陣からも期待されていたが、いざ開幕してからの彼の成績はといえば、代打出場も含めて11試合出場34打席連続無安打のまま二軍落ちという散々たる内容であった。

 開幕前に敵球団に研究されたのは言うまでもないが、晴れの開幕戦で変化球に滅法弱いという現代野球においては致命的な彼の弱点が白日の下に晒されてしまったのだ。

 そんな彼が、屈辱の二軍落ちと、とこから這い上がるまでのプロセスで培った苦悩と葛藤は、5月以降の大ブレイク、そして三冠王の栄光へと至る礎となっている。あの時の苦い経験は、彼の野球人生において貴重な財産となり、野球に対してストイックな彼のプレイスタイルに大きな影響を与えている。

 

 白木のバットを肩に担いで、広めのスタンスをとり、深く腰を落とす。独特だが、決して奇を衒うような構えではない。自分自身のバッティングをとことん突き詰めて、ガッテムはこのフォームに至った。しかし、この洗練されたフォームですら完成には程遠いものだと彼は感じていた。上には常に上が存在することを、彼はその身を持って知っていたからだ。三冠王という栄誉を獲得した時も、そして今でも、その意識が揺らぐことはなかった。オーラとか威圧感とか、そんな言葉では語りつくせないような凄みが彼の全身からほとばしるのは、その所為なのかも知れない。

「いいカラダしてるわね♪ 惚れ惚れしちゃう」

「ユーノチームノピッチャーモ スゴイボディデース」

「そうねぇ。でも、アタシから言わせれば大佐のアレはヤリすぎなの。アナタぐらいが丁度いいわ♪」

 

 2回表、先頭打者のガッテムに対して、ルコフスクが初球を投じた。甘いコースの直球に、自然と体が反応する。グラヴィティーボールとのファーストコンタクト。余計なことは何も考えずに、一気にバットを振り抜く!

 

 メキャッ!

 

 白木のバットはグリップ部分を残してヘッドもろとも粉々に砕け散った。大小の木片が本塁から後方のファールグラウンドに飛散する。

 

 バシン!

 

 バットを粉砕してなお、ボールが波水出のミットまで届き、そして憎らしくも心地よい捕球音を奏でた。

「大佐~ ナイスボールよ~♪」

「ガハハハハ! そう褒めるな。照れるではないか」

 ガッテムは残ったグリップの尖った裂け目を、真剣な表情で眺めている。

「大佐のタマ、凄いでしょ♪」

「コレデハ バットガイクツアッテモタリマセーン」

 木製のバットが木端微塵に砕け散ったにもかかわらず、ガッテムはネクストバッターズサークルに座る佐賀に木製のバットを要求した。佐賀は彼の要求を訝りながらも黙って白木のバットを手渡した。木製バットに拘るのは、元プロとしての彼のプライドだろうか、それとも他に何か考えがあるのだろうか。

 菅野の投球をいとも簡単に場外へと運んだガッテムの長打力を佐賀は認めていたが、打撃に関して総合力で劣っていると佐賀は考えていなかった。しかし、ヤソジは迷うことなくガッテムを4番に指名した。そして、その理由が今、彼の目の前でに明らかになる。

 ルコフスクが2球目を投じた――

 

 メキャッ!

 

 再びバットが折れる鈍い音が響いた。しかし、今度はバットはその形状を暫くの間保持し続けた。ガッテムがフォロースルーを終えると、ようやく白木のバットはその先端部分から、スイートスポットを軸にして綺麗にくの字型に折れていく。そして、打球はライト線へと高く舞い上がっていた。

 星が瞬き始めた夕闇を滑るように白球が飛んでいく。右翼手が懸命に打球を追いかけるが、彼は途中で打球を追いかける事をやめた。ライトのポール際、誰もいない外野席の最前列に、白球は飛び込んだ。

「ガッテーム!!」

 マウンド上、ルコフスクの雄叫びが場内に響いた。

 

 

◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 試合前のミーティングでは昨年のパリーグ三冠王と聞かされていた。本土での公式戦の情報がすばやく手に入るのも、マネージャー兼スコアラーの四路智美の情報収集能力のおかげだ。

「――このメガネ君が矢部明雄。途中出場でしたが好守が光りました。足が速いので、よっぽど打撃に難がなければ1番か2番での起用とみていいでしょう。そして、この帽子君が大坂小波。テキサス気味とはいえ、菅野からヒットも打っていますので打撃面も油断できません。ですが、警戒すべきは投手としての大坂小波です。終盤は変化球も混ぜていたみたいですが、ピッチングの組立ての大部分を130㎞/hそこそこの直球だけでモンキース打線を3安打に抑えています。とても不気味な選手です。先発は彼か菅野が予想されますが、どちらも午前中の試合の疲れが残っているでしょうから、継投策で来る可能性もあります。そして、一番気をつけて欲しいのがこの男です…」

 ミーティングルームのスライド写真が切り替わる。

「ガッテムこと、チャド・ポートランドです。登録と名前が違うので、うっかりすると見落としてしまいますが、昨年のパリーグ三冠王です。金さん、あなたのお兄さんとも首位打者争いをしていました。結局、最後はわずか6毛差でタイトルはポートランドが獲得しましたが、あなたのお兄さんとの競り合う中で力をつけてきた打者と言ってもよいでしょう」

「兄上よりも凄いアルカ?」

「記録上はそういう事になるわ。本塁打と打点ではあなたのお兄さんである金玉臭の成績を大きく引き離してる」

「でも兄上は30盗塁してるネ」

「そうね。ポートランドはもともと足の速い選手ではありません。盗塁も8月にダブルスチールで記録した1つだけです。台湾リーグからの移籍1年目でトリプルスリーを達成した金玉臭とはタイプの異なるスラッガーと言えるでしょう」

 四路は手元の資料から目を離すと、一同へと向き直る。

「以上がフロッグスの戦力分析です。もはや東地区の弱小球団ではありません」

「うむ。四路君ご苦労であった。少しは、骨のある奴がいるようだな。これは楽しみだ。ガハハ!」

 ミーティングルームにルコフスクの豪快な笑い声が響いた。

 

 

◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 

 ブン! ブン!

 打席の手前で2度素振りをして、佐賀は自分のフォームを確かめた。世の中には稀に天才と呼ばれる者がいる。時として、その存在に目が眩んで、自分を見失ってしまいそうになる事がある。挫折感を味わったりする事もある。

 外野に飛ばすことすら難しいと言われているグラヴィティーボールを、ガッテムはスタンドに放り込んだ。彼はあえて木製のバットを選んだのだ。木製バットの“しなり”を利用しなければ、あんな芸当は不可能だ。球威に負けない圧倒的な腕力はもちろん必要だが、ボールを真芯に“乗せる”繊細なバットコントロールと、グラヴィティーボールの特性を瞬時に見極める洞察力がなければ、打球はスタンドまで届かなかっただろう。こういう物をまとめて天賦の才と人は言ったりする。

「佐賀ちゃん、久しぶりね。元気にしてた?」

「えぇ、まあ…」

「相変わらずのシャイボーイさんね」

 黒塗りの金属バットをゆらゆらと揺らしながら足場を固めると、佐賀はいつもよりも前目のポイントを意識して構える。一般的に金属バットは木製バットよりもスイートスポットと呼ばれる芯が大きく、ボールの反発力も増すため飛距離が出ると言われている。それでも佐賀は、力負けしないように打点をなるべく前に意識して打席に入った。

「あら、いい考えだわねぇ♪」

 佐賀の些細な変化を波水出は見逃さなかった。

「あなた、無表情だけど考え事をしている時は顔に出てるから気をつけた方がいいわよ。女の勘は鋭いんだから。差し詰めあなたの狙いはこうかしら?」

 波水出が内寄りにミットを構える。打てるものなら打ってみなさいと言わんばかりの挑戦的な物言いだ。しかし、佐賀も冷静さを失ってはいなかった。波水出もここで裏をかくような性格ではない。力と力の勝負のお膳立てが整った。

 

 ルコフスクが足を高く上げ、その足を叩きつけるように地面に振り降ろすと、彼の右腕から快速球が飛び出してくる。波水出の予告通りインハイへのグラヴィティーボールだ。佐賀はレフトスタンド上段への特大ファールのタイミングで強振する。インパクトの衝撃でバットが押し戻されるが、それも織り込み済みだ。バットを支える両手が悲鳴を上げているが、強引に手首を返してバットを振り切る。鼓膜を突き破るような音圧で金属音が響くと、白球はレフトライン際に高々と舞い上がった。

 愛用していた黒塗りの金属バットは歪に変形し、真芯で捉えたにもかかわらず佐賀の両腕は痺れ、肘から先の感覚はなくなっていた。

 

 

◆  ◆  ◆  ◇  ◇

 

 

 時を少し遡って、舞台はイーストタウンの市街地の一角にあるイーストタウン中央放送の社屋内にある喫煙室にて。定時を過ぎているので、携帯PDAを片手に私用電話をする人間を咎める者はいない。

「何っ!? ウチだってねぇ、慈善事業やってるわけじゃないの! わかるでしょ? この後の放送予定だってあるし、スポンサーさんとの絡みだってあるし、私の一存でどうにかなるもんじゃないの! あぁ? 上の人間を出せだぁ? 上に代わっても駄目なものは駄目なの! ガキじゃねぇんだからな!」

 夕暮れの喫煙室でディレクター小金井武蔵は自らのPDAに向かって怒鳴りつけていた。通話が済むのを見計らって、奥のデスクで書類を整理していたプロデューサーの松本梓が怪訝な表情で喫煙室を覗きに来た。

「どうしたの、小金井君。大声なんか出して?」

「あ、松本さん。聞かれちゃいました? 実は、オヤジの友達で酒が入るといつもこうなんです。なんでも、フロッグスとフットレイクスが今夜試合をやるとかで、それを中継しろって聞かなくって……」

「いいじゃない、行ってきなさいよ」

 松本はブラウスのボタンをひとつ緩めて、携えたポーチからクールライトを取り出すと、おもむろに火をつけた。あっさりとGOサインを出す松本に小金井も少々の抵抗を試みる。

「そんな簡単に言わないでくださいよ。だいたい誰が実況するんですか?」

「荻窪君が夜の報道の打ち合わせで残っているから、連れて行きなさい。あとは、18時からのトークバラエティにゲストで出る予定の奈加乃ちゃんあたりに解説をやってもらえばいいじゃない」

「奈加乃って、アイドルの高円寺奈加乃ですか?」

「そうよ。盛り上がると思うけどなぁ~」

「盛り上がるって言われても……」

「どっちにしても、その枠は数字が伸び悩んでるから、いいテコ入れになるでしょう。それに、フットレイクスの試合だなんて、そうそう滅多にお目に掛かれないからね。本社と運営、あとスポンサー様には私から言っておくから、あとは小金井君に任せたわよ」

「どうなっても知りませんからね」

「何とかなるわよ」

 松本は火をつけたばかりのタバコを一度深く吸いこむと、ゆっくりと吐き出しながら灰皿に投げ込み、いそいそと喫煙所を後にした。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◇

 

 

 レフト線に舞い上がった白い放物線は長い長い滞空時間をかけて飛距離を伸ばしていく。レフトポール際のフェンスいっぱいの位置まで左翼手の平塚が追い付いて打球の行方を見極めている。しかし、フェンスに貼り付いていた平塚の掌がそっとフェンスから放れると、彼は小さく一歩前に出て頭上にグローブを差し出した。あとひと伸び及ばず。佐賀はがっくりと肩を落としてベンチへと下がった。1アウト。

 紫色にうっ血する両手を見ながら、佐賀はベンチへと戻ってきた。黒塗りのバットは無残にも原形を留めていない。ベストを尽くしたが、力が及ばなかった。意識したわけではないが、佐賀の視線は先制点のアーティストへと向かう。

「オシカッタデスネ」

 彼はその体格には不釣り合いな屈託のない笑顔で佐賀を迎え入れた。

「アウトはアウトですから…」

 力の差を見せつけられて、同情されるのは辛かった。そして卑屈になってしまう自分が嫌だった。ぼんやりとそんな事を考えていると、突然後ろから腕を引っ張られた。

「どうしたの! その腕」

 ベンチで唯一ユニフォームを着ていない加藤の身長は佐賀よりも頭一つ分低い。ナース姿の年上女性に腕を掴まれて、佐賀は驚きたじろいた。にわかに頬が赤く染まる。下方向に腕を引っ張られて身体がよろめく。こんな情けない姿は盟友である菅野には見られたくなかったが、運よく彼はバッターボックスの中だ。

「随分と無茶な打ち方をしたのね。まあいいわ、こっち来なさい」

 佐賀の太く厳つい腕を、加藤の白く細い手が掴むと医務室へと引っ張った。

 

 6番菅野はショートへのハーフライナー、7番井伏はサードゴロに倒れて2回表のフロッグスの攻撃は終了した。




◆◇◆ 登場人物紹介 その10 ◆◇◆

名前:小金井武蔵/年齢:36歳/身長:165cm/体重:小太り/血液型B型
イーストタウン中央放送(ECB)のディレクター。
野球中継に限らず局内の様々な番組を担当する敏腕。
そのルックスから愛称はヒゲ。
好きな曲:1/6の夢旅人(樋口了一)

名前:松本梓/年齢:41歳/身長:170cm/体重:内緒/血液型A型
イーストタウン中央放送(ECB)のプロデューサー。
系列キー局である中ノ鳥島中央放送(NCB)に出向しているため、
イーストタウンの社屋には不在がちであるが、
過疎化が進む東地区の野球振興には情熱を注いでいる。
好きな曲:遠く(ASIAN2)
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