ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~ 作:マリリンマンション
「飯田! 南木曽! 大丈夫か!? しっかりしろ!!」
打ちっぱなしコンクリートの廊下の突き当たりにある鉄格子の前で、武装した男女が倒れている。茅野は、その一方を抱きかかえるように叫んでいた。
「モニター室! 通信が途絶えていた飯田、南木曽の両名を確認。2人とも意識がない、大至急救護班を呼んでくれ!」
「了解」
「なんでこんな事になってるんだ!」
「茅野さん、落ち着いてください」
「あぁ、わかってる。カメラの方は相変わらずか」
「えぇ、バックアップシステムを立ち上げたんですけど、これもどこかでブロックされているみたいで役に立ちません。大変ですよ。事前にウィルスが仕組まれていたとしか考えられません。今もバグが進行してます」
「――仕組まれた?」
そんなことはあり得ない。茅野の立会いの下で、出港前にセキュリティーシステムのチェックは何度も行ったのだ。
彼は二重になっている鉄格子の扉を慎重にあけると、分厚い金属の扉の前に立ち止まってID端末を受信部にかざした。ここを開ける権限があるのは、船内には茅野しかいないはずだ。間もなく、ロックが解除されて特別用具室の内部が露わになった。特別用具室は、参加選手たちに支給される野球用具のすべてを積んだ一般用具室のような大型倉庫とは様子が異なり、小さなアートギャラリーのような造りになっている。強化ガラスのケースにバットやグローブなどが数点収められているだけの小さな部屋だ。もちろん、このガラスケースのセキュリティーだって簡単に破れるものではない。祈るような思いで茅野は特別用具室の奥へと歩みを進めていく。
特別用具室に収められている用具は大会運営本部の直轄で入手したもので、これらは中ノ鳥島では高値で取引されることになっている。運営本部の重要な資金源でもあり、それゆえ厳重な管理が成されているのだ。すでに買い手が決まっているものもあり、万が一にも、この中の何かひとつでも無くなるような事があってはならない。
今回の輸送で唯一の星5つアイテム「雷神バット」の収められているはずのケースの前に立った茅野は愕然とした。夢であって欲しい。そう思った。
「おいおいおい……」
頭の中が真っ白になる。
「茅野さん、どうかしましたか?」
「……ないぞ!!」
「なんですか? もう一度お願いします」
「雷神バットがないぞ!」
「またまたぁ、悪い冗談はよしてくださいよ……」
どうやら、機械の誤作動ではないようだ。取り返しのつかない失態に、モニター室の空気も極限状態にまで張り詰める。
大量生産可能な一般の野球道具とは違い、ここにあるものは唯一無二のレアアイテム。レアアイテムは運営本部によって厳重に管理されていて、その性能から星1つ(ソロ)から星5つ(クインテット)まで格付けがされている。特に、星5つアイテムは現在7点しか確認されていない大変貴重なものである。
想定外の事態だが、怯んでいる場合ではない。茅野はこの状況に手を打たなければいけない。
「すぐに船内すべての出入り口を封鎖してくれ。間違っても犯人を船外に取り逃がすなよ。いいな。それから、全員のIDをチェックを、最優先で。レアアイテムとの接触があれば記録に残るはずだ」
「全員のですか? 何時間かかると思ってるんですか!」
「いいからやれ!」
「はい!」
「……」
茅野は一瞬黙った。モニター室の箕輪は茅野の逡巡を察した。熱くなりやすいが、いざという時の判断において冷静沈着な茅野が取り乱している。
「主任、あくまで仮説ですが、よろしいでしょうか」
「何だ。言ってみろ」
「Sランカーが乗船している可能性はありませんか?」
「そうか、それは考えもしなかったな。確かに、Sランカーならばセキュリティーを破る事ができるかもしれない。だが、その可能性は低い。今回の筆頭のチャド・ポートランドはAランクだ。次点はBランクの橘みずき。それ以外はCランク以下ときている。まったくCランク以下じゃ本戦では及びでないだろうな。本部もどうして一般公募なんて真似したのかって、そんな話はどうでもいいが……」
しかし、と茅野は考える。この厳重な警備を掻い潜って、何の痕跡も残さずに犯人はバットを持ち去った。となれば、Sランク以上の使い手が何らかの“能力”を駆使した可能性は高い。そして、今回のランク付けは事前に行った適性と能力テストの結果を反映しただけの暫定的なものだから、自分の能力を高く偽ることはできなくても、低く偽ることは可能だ。とはいえ、セレクションを確実に突破できるだけの実力はアピールする必要はあっただろう。なるほど、自ずと犯人が浮かび上がってくる。
「橘みずきとチャド・ポートランドは今どこにいる」
「橘は大ホールのパーティー会場です。チャド・ポートランドは、えーと、9階の、自分の部屋に向かっているようですね」
「そうか、わかった。俺はこれからチャド・ポートランドに会いに行く。橘みずきも見失わないようにマークしておけ」
インカムに向かって応えると、茅野は再び元来た道を走りだした。本命は橘みずきだ。そして、ポートランドは共犯か、何も知らずに利用されているかのどちらかだ。ちょうど開いたエレベータから救護班のメンバーが降りてきた。手短に状況を引き継いで、茅野は9階のボタンを連打する。ボタンを連打してもエレベータのスピードが速まるわけではないことは、警備員だけでなく船内のすべての従業員が知っている事だ。エレベータの扉がゆっくりと閉まった。
茅野もかつては中ノ鳥島において開催されるリーグ戦に参加していた実績がある。しかし、現在所属している運営本部直轄の警備部隊に志願して以来、野球からは距離を置いていた。自分よりも才能があって、自分よりも努力をしている人間たちがそこに五万といたからだ。必死で頑張ってBランクが限界だった自分が立ち入る隙などそこにはなかった。それに、最近では島の外からも招待選手を招いているため、格段に本戦のレベルが上がっている。
そんな中での、突然の一般公募に茅野は疑問を持ったが、輸送船の警備主任を任されて、その疑問もすぐに解消された。今回の公募は、本土で開発された星5つレアアイテム「雷神バット」の輸送のカモフラージュの為だったのだ。星5つレアアイテムは中ノ鳥島にも数えるほどしか確認されていないが、そのどれもが超人的威力を発揮して、扱う人間の能力を飛躍的に向上させている。
雷神バットの移送。それが茅野の任務であり責任だ。経緯がどうあれ、中ノ鳥島にたどり着く前に雷神バットを回収すればよい。茅野は繰り返し自分に言い聞かせた。すると間もなく、ゴーンという衝撃音とともにエレベーターは緊急停止した。
「茅野さん、大変です! 聞こえますか」
茅野のインカムに通信が飛び込んでくる。彼は、深くため息をつきながら、胸ポケットからペンライトを取り出す。つまみをパキンとひねると小さな明かりが彼の足下を照らした。
「あぁ、聞こえてるよ」
「船内の電気系統に高圧の負荷がかかって一部の機器が破壊されました。」
「そうか。ならば、誘導しろ。すべての乗客と従業員を最上階の大ホールに集めるんだ。拒否した者のIDは没収して構わん」
茅野は7階で緊急停止しているエレベータを降りると、すぐに非常階段を駆け上がった。
「茅野さん。無茶しないでくださいよ、手が空いてる人間をそちらに送ります」
「着くまでに一体何分かかる? 奴はいとも簡単に最新鋭の警備を掻い潜って、自分の客室に戻るなり、しれっとパーティー会場に戻るなりしてるんだ。電気系統を遮断すれば時間を稼いで逃げ切れるとでも思ってるんだろうが、そうはさせるかよ」
9階は赤い絨毯張りの一等客室フロアーだ。インカムの通信を終えると、茅野は赤絨毯の上を走り始めた。
◆ ◆ ◆
扉の向こうは一流ホテルを思わせるスィートルームだった。ポートランドの招きで大坂も恐る恐る足を踏み入れる。特別な待遇を受けていることは想像に難くない立派な内装だが、さっき停電して以来は非常用の薄暗い電灯が足元を照らしているだけだ。また、正面にある大きな窓はベランダのようなデッキへと続いていて、夕闇に浮かぶ黒々とした水平線を望むことができる。
不意にポートランドのPDAがメールの受信音を奏でる。陽気なパーカッションと女性のコーラスが特徴的なイントロに、大坂は聞き覚えがあった。
【運営本部からのお知らせ】レアアイテム獲得おめでとうございます
「雷神バット」★★★★★ 効果:打撃力+200~(効果はランクにより変動)
日本で開発された科学技術の結晶。電荷を帯びたバットがボールの反発力を増すとされている。
※このメッセージはレアアイテムを獲得した際自動的に受信されます。
「なんだか、貴重なバットみたいですね。」
「タシカニ ウェイト バランス サイコウニフィットシテマス」
100キロを超える巨漢の大男が思いっきりバットを振っても、何の差しさわりもないくらいにこの部屋は広かった。ビュオンとポートランドがバットを一振りすると、不思議な事に、天井から下がっていた照明に一斉に灯がともり、また暫くすると元の薄暗い部屋に戻った。種と仕掛けと洗練された話術によるマジックショーのような光景だった。そうでなければ魔法使いが物理法則を歪めたようにも見えた。
突然起きた超常現象に、部屋のまん中で大坂は驚き立ち尽くすばかりだった。ポートランドは、平然とした様子でバットをテーブルに立て掛けると、ペンスタンドからサインペンを手にとり大坂を促す。
「そうでしたね。お願いします」
大坂は少しだけ手首のスナップを効かせて、ポートランドの胸元にボールを投げると、それはパシンと小気味よい音を立てて、ポートランドの分厚い掌の中に収まった。
「そのバット、僕も、借りていいですか?」
「モチロン オフコースヨ」
おそらく、このバットには何か秘密があるのだろう。大坂は慎重にバットに手を伸ばす。黒塗りのヘッド部分が放つ不気味な光沢と、対照的に美しいグリップの木目が妖艶で引き込まれそうだ。しかし、指先1センチまでその木目に迫ったところで、大坂の左腕に激痛が走った。
「うぁぁぁぁっ!」
「What’s wrong! ダイジョウブデスカ!」
「な、何とか…」
伸ばした右腕を抱えてながら、大坂はもう一度ツートンカラーのバットを見返す。強烈な静電気を何百倍にもしたようなバチンと弾かれるような衝撃で、骨が痺れている感覚だ。一方のポートランドは、床を転がるそのバットを平然と拾い上げて様子を窺っている。大坂の頬を、冷たい汗が伝う。
「ポートランドさん、そのバット、普通じゃないです」
暗がりの中で、ポートランドの表情がよく見えない。ポートランドはサインを書き終えたボールを、山なりの軌道で大坂に返した。
「ニホンデノファーストホームランボールデス ワタシニトッテ トテモ大事ナモノデスガ コレハオーサカノモノデス オーサカガ持ッテイテクダサイ」
大坂は飛んできたボールを両手で丁寧にキャッチした。
「そのバットは、何なんですか?」
「ワカリマセン デスガ ツヨイパワーヲモッテイマス 理由ハワカリマセンガ ピンクパンサンガワタシニタクシタモノデス キット コレハ大切ナモノデス ソレニ……」
チャンピョンにならなければならない。とポートランドは続けた。この告白に大坂の思考回路に素朴な疑問が浮かぶ。三冠王に輝き、日本シリーズ優勝まで経験している彼は、いったいこれ以上の何を望んでいるのだろうか。2年5億を蹴った男は、いったい何を考えているのだろうか。
大坂が訊こうとしたその時だった。ドンドンドンというドアをノックする音が、薄暗いスイートルームに響いた。どうも友好的なノックではなさそうだ。
「ポートランド! そこにいるのはわかっている! おとなしく出てこい!」
大坂とポートランドはお互いの顔を見合わせ、お互いにここまでの状況を整理した。ポートランドは度重なるチーム勧誘合戦に嫌気がさしてパーティーの会場を後にした。大坂はそのポートランドの後を追いかけて会場を去った。やがて、ポートランドの部屋の前でレアアイテム「雷神バット」を手に入れる。どうやらこれは電気系統に影響を与える代物らしい。ポートランドがバットを振ると部屋のロックが解除されて船内の照明が落ちた。そして、どうやら正規の方法で支給されたアイテムではないらしい。そもそも、ピンク=パンサンという人物の置手紙は怪しすぎる。そして、今扉を叩いている人物に心当たりはない。
「ドチラ様デスカ?」
「船内の警備の責任者だ。雷神バットを持っているな。手荒な真似はしたくない。速やかに返してくれないか」
やはりこのバットは曰く付きのようだ。
「ポートランドさん、返しましょう。これは僕らが持っていてはいけないものなんですよ。きっと」
諭すように大坂が言った。しかし、ポートランドは黙ったままだ。この野球大会が一筋縄ではいかない事を、ポートランドは事前に理解していた。
「バットヲカエスマエニ ヒトツ キキタイ」
「何だ、言ってみろ」
「ピンク=パンサン トイウジンブツ 知ッテイルカ?」
ポートランドはベッドルームを指差すと、ライフジャケットを取って来るように大坂に指示した。ここから窓を開けて海に飛び降りるとでも言うのだろうか。まさか、ドアを開けしなに銃撃戦になるわけでもあるまい。熱くなっているポートランドの表情の意味を大坂は理解できなかった。しかし、同時にポートランドの背負っている覚悟を大坂は感じた。大坂は、すぐにベッドルームへ走った。
「ピンク=パンサン? 知らないな。それよりもバットを返してくれ。おとなしく返してもらえれば、君たちを傷つけるような真似は決してしない。約束しよう」
「キミタチ?」
ポートランドの表情が一瞬強張るが、後に続く茅野の言葉に、彼は安堵の表情を浮かべる。
「今回の主犯は、おそらく、橘みずきだろうな。しかし、厳重警戒下にあるレアアイテムだ、迂闊に持ち歩くわけにはいかない。そこで、今大会筆頭の君に一役担ってもらう事となった。そもそも、雷神バットの移送は極秘事項なんだ。これがどういうことかわかるよな?」
「ナラバキクガ ソノケイビヲトッパレタノハ アナタタチノ ミステイクナノデハナイカ?」
大坂が、オレンジ色のライフジャケットを2つ持って渋々戻って来る。
「ポートランドさん挑発したらダメですよ。ここは穏便に……」
「イチゴイチエ ニホンジンハ エニシヲ大事ニシマス」
あまりの急展開に、大坂の思考が追い付かない。
「今から3つ数える。その間に出てこない場合はこちらも手段を選ばない。1つ!」
ポートランドは大坂からライフジャケットを受け取ると、すっかり日が落ちて闇に包まれたベランダに向かって走り始める。
「2つ!」
ポートランドは急いで窓を開けると、まだ踏ん切りの付いていない大坂を促す。
「Come on!」
「3つ!」
ポートランドは大坂の手を引っ張り、抱えあげて海に放り投げた。
「えっ、ちょっ、あ~っ!!」
大坂の着た蛍光オレンジのライフジャケットが黒い海に飲まれるのを確認すると、ポートランドも、その後を追うように海へと飛び込んだ。
間もなく、茅野が部屋に突入するが、すでに誰もいなかった。開け放たれた窓から、海風が吹き込んでくるだけだった。
「茅野さん、チャド・ポートランドの信号が消えました!」
インカムに管制室からの報告がむなしく響いた。
「ガッテム!」
茅野はスィートの床にインカムを叩きつけた。
パワプロ8のドラフ島とかパワプロ99の冥球島のような舞台の小説が読みたいのですが、なかなかお目にかかれないので自分で書いてみようとキーを叩いております。
読んで頂ければわかると思いますが、設定とかだいぶイッちゃってます(汗)
元ネタほとんど関係なくなってますが、どうなんでしょうかね?