ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

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Value as the Catcher

 2回表の攻撃は、4番ガッテムの本塁打でフロッグスが1点を先制した。重力系の魔道術グラヴィティボールを操るフットレイクスのエース、ルコフスクを相手に貴重な先取点となったが、試合はまだ始まったばかりである。2回ウラ、フットレイクスの4番打者、金玉匂が右の打席に入る。

 体の前方にバットを傾けて立てる彼の構えは、神主が幣を用いてお祓いをする様子に似ていることから神主打法と呼ばれている。かつての三冠王、落合博満がこれを得意としていたことはあまりにも有名で、長打を狙うにはメリットの大きい打法と言われている。

 リーチの長い金がこの構えで打席に立てば、長く伸びる両腕がベースに覆い被さって、ピッチャーは相当投げづらいはずだ。この構えで、金がインコースをどのように捌くのか興味深いところではあるが、打率4割をマークしている強打者に迂闊な配球は考えものだ。夏苗は慎重にシグナルを送る。外角の低め、金のバットがギリギリ届かないところで、まずは反応を窺う。

 

 バシン!

 

「ボール」

 菅野の投球は外に大きく外れてボール。力んだのだろうが、無理もないだろう。見慣れない打撃フォームはもちろんだが、細く鋭い目に、長く大きな鼻、太い眉毛、顔のそれぞれのパーツが奇妙な存在感を放つ金の人相は、18m離れていている菅野にも得体の知れない抑圧を与えていた。

 しかし、投げた瞬間にそれとわかるボール球では金の出方はわからない。夏苗は、もう一度同じところにミットを構える。ボールが先行しているが、まだストライクは要らないはずだ。

 菅野の次の投球は外角低め。夏苗の要求よりも若干甘く入るが、悪くないコースだ。

 

 キィィン!

 

「ファールボール」

 鋭いライナーが三塁線に切れていく。グランドの一番近いポジションで金のスウィングを目の当たりにして、夏苗は言葉を失った。大きなテイクバックからの力強い一閃。そこには一寸の付け入る隙も感じられなかった。あのコースならばナチュラルに変化したように見えていたはずだ。その視差を意図も簡単に修正して、なおもあの打球速度だ。今までの野球が霞むほどに、目の前の打者とのレベルの違いを見せつけられて、夏苗の中に危機感と恐怖が芽生えた。少しでも甘く入れば、持っていかれる!

 この島には、これ程の打者がどれほど居るのだろうか。このフィールドにおける、キャッチャーというポジションの意味を改めて彼女は考えさせられていた。ひとつ配球を誤れば、勝負の行方を左右することだってあるだろう。頭では理解していたが、心がまだわかっていなかった。襲いかかる責任とプレッシャーに、固まっていたはずの彼女の自信と決意がぐらりと揺らぎはじめる。

 サインを待つ菅野に、夏苗は再びシグナルを送った。揺らぐ心を悟られないように、出来るだけいつも通りシグナルを送った。しかし、いつも通りのシグナルは、結果として読まれやすく単調な配球になってしまう。その事に気がついた時には後の祭りだ。

 

 カキィーン! 

 

 三遊間を痛烈なラインドライブが抜けていく! レフトの鹿島が丁寧に打球を抑えて、金は一塁に到達する。

 

「す…すみません、菅野さん」

「打たれたのは俺だ。どうしてお前が謝る」

「いや、その……」

 配球がどうだと偉そうに口にする程の試合経験がない自覚が夏苗にはあった。だから、あとの言葉が続かなかった。

「何だよ。言いたい事があるなら言えよ」

 菅野に他意はなかったが、180cmを超える長身の刺青男に見下ろされて、夏苗はうまく言葉を紡げない。

「ハッキリしない奴だなぁ……」

 こんな時は、何と言えばいいのだろうか。上手く言葉を紡げない自分が情けなく思えた。何か言わなければならない事があるはずだ。しかし、それが何なのか、咄嗟に出てこない。もどかしい思いを胸に押し留めたまま夏苗は定位置に戻り、マスクをかぶり直す。ノーアウト走者一塁で、打席には5番ルコフスクを迎えた。

 

 

◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 目の前にいる中国系の男がじりじりとリードを広げている。ナチュラルに変化するミラージュゾーンを初見で捌く感性は見事としか言いようがない。類稀なバッティングセンス、オリジナリティ溢れるバッティングフォームはもちろんだが、塁上でのステップの取り方まで瓜二つだ。行方のわからない双子の弟がいると、かつてライバルに言われた事があったが、まさかこんな所で会う事になろうとはガッテム自身思いもよらない事だった。

「ヘイ ユー!」

「何アルカ?」

「ユーノ ブラザーハ バファローズノ金玉臭ナノカイ?」

「そうヨ。貴方はライオンズにいたネ」

「ヨクシッテマスネ~ コノ島ノヒト アマリ私ノコトシリマセ~ン」

「この島の人は、自分タチの野球にしか興味ないからナ」

 

 ザザザーッ! パシン!

 

「セーフ!」

 思わぬ邂逅を喜ぶのもいいが、兄と同じならば、この走者には足があることを忘れてはならない。絶妙なタイミングで菅野は牽制球を交えてきた。ユニフォームの土を払いながら、むくっと金が起き上がる。

「兄上は元気にしていたカ?」

「スゴイ元気ヨ~ シーズンチュウニ女性関係ノスキャンダルガ写真週刊誌デパパラッチサレテ謹慎クラッタ時期モアリマシタヨ」

「それは兄上らしいナ……」

そう言い残すと、金は一気に二塁方向へ駆けだした!

「ハシッタヨォ~!」

 英語圏訛りのイントネーションで、ガッテムの声がグランドにこだました。その直後、乾いた金属音が響いて、打球は右中間を真っ二つに破っていった。

 

 

◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 

 クッションボールをセンター矢部が捌いてセカンドの永瀬に返球したが、金は既に本塁を駆け抜けていた。ルコフスクは楽々と二塁まで到達。スコアは1-1。

 

 このタイムリーを切っ掛けに菅野の制球が突如として乱れる。続く6番厚木、7番平塚への連続四球の後、8番秦野のレフトへの犠牲フライで1点献上。9番川崎から三振を奪い調子を取り戻したかに見えたが、1番綾瀬に甘く入った球を痛打され、走者一掃のタイムリースリーベースを浴び、さらに2点献上。この回4点を失ったところで、内野陣がマウンドに集まった。

「すまない」

 菅野が一言詫びると、内野陣からは励ましの声が送られた。ファーストガッテム、セカンド永瀬、ショート大坂、サード井伏。一言ずつ月並みだが力強い言葉が送られた。菅野を立ち直らせる気の効いたセリフなんて誰も持ち合わせていなかったが、バックで守る仲間がいる事が伝わればここは充分な場面だ。

 しかし、一人の少女は唇を噛みしめ、涙がこぼれないように前を見つめるのが精いっぱいだった。それでも、彼女は自分の思いをここで告げる事を選んだ。もう、自分一人で抱えたままプレイは出来なかった。

「私じゃ、投げづらいですか?」

「はぁ?」

 菅野の口から、間の抜けた声が漏れた。内野陣の誰ひとりとして、彼女の言葉は予期していなかった。

「私じゃ、投げづらいですか!?」

「そんな事ねぇよ。全部俺のコントロールミスだ。夏苗ちゃんはよくやってくれてるよ」

「でも、小山さんに比べたら的だって小さいし、肩だって弱いし、リードだって素人みたいなものだし……」

 あっさりと逆転を許して精神的に参っていたのは菅野も一緒である。試合中に弱気な言葉を並べたてる夏苗に対して、菅野は口をポカンと開けたまま声にならない声を発するだけで戸惑いを隠せない。

「夏苗……」

 次のセリフを担ったのは、かつてチームを甲子園まで導いたキャプテンだ。チームの状態を見極めて声をかけ、士気を高めるのはまとめ役に求められる資質の一つである。マウンドの沈黙を大坂が破った。

「夏苗、野球は一人でやるもんじゃない。9人でやるんだ。お互いがお互いの弱点を補って、お互いの長所を活かす。それがチームだ。だから、能力が劣ることに引け目を感じる必要なんてない。菅野さんだって夏苗のリードが気に入らなければ首を振るし、オレも今朝の試合で夏苗が投げづらいなんて一度も思わなかった。だから、もっと自信を持ってやって欲しい」

「でも、夜の試合では“ミラージュゾーン”もたいして役に立たないわ」

 感極まった夏苗の瞳から一筋の涙がこぼれ、頬を伝っていく。にわかに震える夏苗の声を聞いて、大坂も放っておくわけにはいかない。

「夏苗のキャッチャーとしての価値はそれだけかい? もしそうだったら、ヤソジさんは他の誰かにキャッチャーを任せたはずさ。オレだっていい。オレは、夏苗より肩が強い自信はあるし、セオリー通りのリードくらいはできる。それでもキャッチャーは夏苗なんだ。だから、オレ達はそれを信じて戦うしかないんだよ」

 大坂は夏苗のヘルメットにグラブを優しく乗せて微笑んだ。不意に目を瞑った夏苗の目蓋から、さらに涙があふれてくる。昼間の闘志溢れるプレーからは想像もつかない夏苗の弱い一面に、大坂はいとおしさを覚えると同時に、周囲の刺すような視線に気がついた。

「……ちょっと、気障でしたかねぇ?」

「かなり気障だったよ(笑)」

 永瀬は大坂の背中をグラブでポンと叩いて答えると定位置へと戻っていった。

「だいぶな~」

 井伏も顔をグラブで熱い熱いと仰ぐ仕草をしながら、マウンドを去っていく。

「YOUハ カナエノコトガ……」

「あ~! わ~! それ以上言わないで><!」

 大坂を茶化しながらガッテムも一塁方向へと歩いていく。

「……ありがとうな。お前がいるチームに入れてよかったよ」

「それは勝ってから言ってください」

「それもそうだな」

 最後に菅野と言葉を交わして大坂も定位置へと戻っていった。

 

 

◆  ◆  ◆  ◇  ◇

 

 

「今、マウンドから何か聞こえなかったか? ミラージュゾーン?」

 夏苗のよく通る声が、一塁側ベンチにかすかに届いていた。ベンチの端に陣取っていたルコフスクと、スコアラーの智美がそれに気がつく。

「大佐も聞こえました?」

「あぁ。何だろう。気になるな」

「ミラージュ……ミラージュ……蜃気楼の事かしら?」

「ムムッ! 鋭いな四路君!」

「和訳しただけですけどね」

「ガハハハ! 細かい事は気にするでない! 良いではないか」

「ノリで褒められても嬉しくないだけです」

「うむ。それは済まなかった。しかし、ミラージュゾーンとは一体何なんだ!?」

「言われなくても調べてますよ。魔道術か何かですかね?」

 四路は自分のPDA端末を起動して検索をかける。

「……運営のバンクにはそんな魔道術は登録されていないみたいですね」

「ならば、魔道研究所のメインコンピューターのデータを拝借して……」

「そんな事を私のPDAでやったら即お尋ね者ですよ! ゲートにあるステルスコンピューターなら何とかなるかも知れませんが……」

「そうか。四路君のような優秀なスコアラーがベンチから居なくなるのは惜しいが、吾輩の直感がどうもそれを許さんのだ」

「そうです。部下はそうやって褒めるんです。そして命令は迅速かつ明確に下すものです」

「良かろう。四路君。今からゲートに戻ってミラージュゾーンについて調べてきてくれたまえ。何か分かったら逐一吾輩に報告してくれたまえ」

「はい、かしこまりました、大佐!」

 

「それで、スコアは誰が付けるのかしら?」

 バッティンググローブをはめながら波水出がルコフスクに尋ねる。

「……ムムッ!」

 どうやら、指揮官はそこまで考えていなかったようだ。しかし、四路専用の小さな椅子に腰かけるルコフスクの表情は満更でもないようだ。

 

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◇

 

 

 打席には、2番の三浦が入る。第一打席は三振に倒れているから、次の波水出ほど手強い打者ではないが、それは1番の綾瀬も同じ事だ。彼には手痛いタイムリースリーベースを打たれている。公式戦には登録されていないチームだとは聞いていたが、打撃も走塁もよく鍛えられている。

「プレイ」

 主審の茅野がコールすると、再びスタジアムは緊張に包まれる。

 タイムを挟んで、菅野は冷静さを取り戻しつつあった。パシンと響くミットの捕球音に確かな手ごたえを感じ、決して調子が落ちている訳ではない事を確認した。

 ストライクが先行して、指に掛かるボールの感触に心地よささえ感じていた。最後は外角いっぱい。審判によってはという微妙なコースだが、今日の主審は寛大だ。

「ストライクッ! バッターアウッ!」

 

 2回ウラの守り。フロッグスは4点を失って1-4。雷神バットの行く末を賭けたこの試合はフロッグスにとっては苦しい展開となった。




◆◇◆ 登場人物紹介 その11 ◆◇◆

名前:金玉匂/年齢:22歳/身長:185cm/体重:ガッチリ/血液型B型
投打:右投両打/守備位置:二塁手/基本データ(ミパ走肩守|魔):AAACB|G
特殊能力:パワーヒッター

取って付けたような中国語訛りの日本語で話すが本人に悪気はない。
少し間の抜けた三枚目顔だが、野球センスは抜群である。
特に打撃・走塁に関しては島内でもトップクラスの実力を誇る。
魔道術が使えないため、島内のリーグ戦にあまり関心がない。

兄の金玉臭はオリックスバファローズの4番打者で、
昨年はガッテムと熾烈な首位打者争いを繰り広げた。
タイトル獲得はならなかったが、トリプルスリーを達成している。

尊敬する選手:落合博満(元中日)
好きな曲:江南スタイル(PSY)
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