ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

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Frogs in the Well

「――2回を終わりまして1-4。序盤から大きくゲームが動いております。EBCナイター中継、今夜の放送は予定を急きょ変更いたしましてフロッグス対フットレイクスの模様をお伝えしております。どうか、ご了承ください。実況は私、荻窪譲二。解説にはアイドル野球ユニット“プリティーガールズ”OGの高円寺奈加乃さんをお招きしてお伝えしております。奈加乃さん、改めましてこんばんは」

「こんばんは!」

「ガッテムの技ありと言いましょうか、バットを折りながらもライトスタンドまで運ぶホームランで試合が動いたかと思えば、すぐさまフットレイクス打線が菅野を捉えて逆転、そして突き放すという、見どころの多い展開になってまいりました」

「見応えはありますが、フロッグスの選手はダブルヘッダーなので、やはりコンディション的に不利かも知れませんね」

「そうですね。フロッグスは、モンキースから移籍の菅野・佐賀を含めまして午前中に東地区リーグの最終戦の死闘を終えたばかり。テンポの良い試合ではありましたが、先発の菅野の投球数は100球を超えていました」

「強化系や回復系の白魔術がないと、ピッチングにも影響が出る数字ですよね」

「魔道術の使用は敬遠されがちな東地区の野球事情ではありますが、菅野と佐賀の魔力査定はG判定、つまり魔道術が使えないという事はご存知の方も多いかと思います。そうなると、やはりどこかで継投ということは考えにあるのでしょうが、序盤から苦しい展開となっております」

「登録のメンバーを見る限り、投手としての登録は菅野選手と橘選手だけのようですが……」

「実はショートに入ります大坂が、午前中の試合でフロッグス側の先発を務めていまして、9回途中まで2失点14奪三振という素晴らしい内容でした」

「14奪三振ですか!?」

「見る限りでは130㎞/h台の打ち頃の直球でモンキース打線をバッサバッサと討ち取っていました」

「それは、ちょっと信じられないですね……。メンタルや視覚に作用する魔道術の使い手ということでしょうか?」

「調べた訳ではないので、何とも申し上げられませんが、見てる方はどうして打てないの? と、ヤキモキするような投球術でした」

「それは興味深いですねぇ。橘選手もデータがありませんが……」

「橘は9回途中、ノーアウト満塁からのリリーフでしたが、無失点で切り抜けております。サイドスローからのスクリューボールが印象的でした」

「それは頼もしいですね。それにしても、フロッグスはたった一夜で、チームのイメージががらりと変わりましたね」

「かつては、東地区の老害などと揶揄される事もありましたが、パラキ村の伝統を絶やすまいと若い選手が集結しております。スターティングオーダー9人のうち、実に半分以上の5人が今日登録のメンバーです。残る4人も龍ヶ崎は今日が初のスタメンマスクですし、永瀬は長い間怪我で戦列を離れていましたから、ベテランの2人以外は新しいメンバーと言ってもいいでしょう」

「モンキースが解散してしまいましたから、東地区代表最有力候補と言ってもよいと思います。本戦への出場を見据えるならば、今日の戦い方、つまり魔道術にどのように対処していくのかは非常に重要になりますね」

「さて、打席にはフロッグスの8番バッター鹿島が入りました。かつてはフロッグスのリードオフマンとしてパラキを沸かせた男ですが、今夜は下位打線での登場です――」

 

 

◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「鹿島さん! 先頭出ましょう!」

 そうは言ったものの、夏苗には打席に立つ男の背中がひどく頼りないものに見えた。かつてはフロッグスのリードオフマンとしてパラキを沸かせた男も、今となってはただの野球が好きなオジサンでしかない。今日の試合に出る事が出来たのも、酒の弱い彼が、ほどほどの酒量に抑えていたからヴォクスルトまで同行できただけなのである。

 初球はインコースのストレート。鹿島は大袈裟に腰を引いて避けるが、茅野のジャッジはストライク。そんな弱腰の鹿島だが、夏苗には彼を責めることはできない。慣れ親しんだ野球ボールならばともかく、それが鉛ほどの衝撃を伴うとなれば、恐怖を抱くのは知覚のある動物として抗えざる反応である。実際に目の前で何本もバットが折れている。

 ガッテムはスタンドに、佐賀は外野深くまで打球を飛ばしたが、それは彼らが特別に秀でた能力と研ぎ澄まされた感性とを備えていたからに他ならない。好きな野球を楽しく出来ればいいと昨日までプレイしてきた中年男に、それを求める道理はないだろう。

 2球目は高めのストレート。球速表示は141㎞/h。しかし、完全に振り遅れてしまっている。それが現実である。

「よし来い!」

 鹿島が打席で気合を入れるが、それもどこか空回りしていて虚しい。自分たちの見てきた、やってきた野球が少しも通用していない。井の中の蛙大海を知らずという言葉が頭に浮かんでくる。「FROGS」という胸に刻まれたユニフォームが、その想いに拍車をかける。

 

「ストライーク! バッターアウッ!」

 

 茅野の声を聞いて夏苗はゆっくりと立ち上がった。

「夏苗ちゃん。面目ない。バットに当たらなけりゃ、魔道術以前の問題だな」

「鹿島さん……」

 圧倒的な力の差を見せつけられ、鹿島も弱音をこぼしてしまう。どんな劣勢でもポジティブに振る舞う彼の口から弱音がこぼれるのは、夏苗の記憶にはあまりなかった。ベンチに帰る鹿島の背中がひどく寂しく見える。ついつい沈みかかる気持ちを奮い立たせて振り返ると、鹿島が去って空席となったバッターボックスが彼女を待っていた。

「お願いします」

 一礼して打席に入る。バットを一番短く持って、コンパクトなダウンスウィングをイメージする。しっかりミートして、センター返しをイメージする。

「お嬢さん、いらっしゃい」

 マスクをかぶる波水出が、不敵な笑みを浮かべながら夏苗を打席に招き入れた。

 

 

◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 

「――先頭の鹿島が倒れて、打席にはラストバッター龍ヶ崎が入ります。黒塗りの木製バットをかなり短く持ちまして、何としても塁に出よう。そんな姿勢がうかがえます」

「龍ヶ崎選手は両チームを通じて唯一の女性プレイヤーですよね。是非、頑張っていただきたいです」

「奈加乃さんは、かつての西地区代表プリティーガールズの選手として本戦出場の経験もありますが、龍ヶ崎選手はどのようにご覧になりますか」

「そうですねぇ。龍ヶ崎選手は女性としては標準的な体格ですが、野球選手として考えるとかなり華奢な部類に入るでしょう。体格や、単純な筋力のハンデ……詰まる所は性差のハンディキャップは今後克服していかなければならない壁となると思います。女性選手にとっては永遠のテーマではないでしょうか?」

「さぁ、ワインドアップポジションから大きなモーション、ルコフスクが第一球を投げました! 低め外れてボール。ボールが先行します。1ボールナッシング。一般的に女性選手の方が魔道術に秀でていると言われる事もありますが、その辺りは如何ですか?」

「魔力の根源は精神的な強さに依存すると言われていますから、そこに男だからとか女だからという線を引くのはナンセンスだと思います。ですが、女性選手は先程申し上げました通り様々な性差のコンプレックスを克服して這い上がってきた選手が多いですから、その説もあながち間違いではないと思います」

「ルコフスクが第2球を投げました。外の球に手を出しますがボールは前に飛びませんで、一塁側のファールグラウンドを転がります。カウント1-1。龍ヶ崎はバットを一度手から離しまして、ぶらぶらと手を振っております。険しい表情。これは痛そうです」

「あれだけ短くバットを持っていますから本人にもその意識はあると思いますが、簡単にこの打席を終わらせてしまってはダメですよ」

「何か、グラヴィティーボール攻略の糸口はありますか?」

「一筋縄ではいかないと思いますが、早め早めで仕掛けていきたいですね。グラヴィティーボールは3倍、5倍と奥の手を残していますが、球質を重くする程に魔力の消耗も大きいので、序盤からは多用したくないと思いますよ」

「ルコフスクが3球目のモーションを起こします。足が上がって、投げました! 打ちました! 低めのボールを上手くミートしましたが、これは打球に勢いがありません。セカンドの金が回り込んで、そのまま一塁へ転送……アウト!」

「センター返しを意識していたと思いますが、力負けしてしまった印象ですね。この辺はバッテリーも徹底していますね」

「徹底したグラヴィティーボール攻勢に、フロッグス打線は沈黙したまま2アウト。打順はトップに返ります。右の打席に矢部が入りました。ここまで一巡していますが、ルコフスクの投球はすべてストレートです。過去の試合を振り返っても変化球を投げたという記録はありませんが、どうご覧になりますか?」

「グラヴィティーボールに絶大な自信と信頼がある証拠だと思います。軌道を曲げて打者の目先を変えたり、緩急を使ってタイミングを外す必要性がないのでしょう。面倒な駆け引きをしないで、打たせて取った方が負担も少なくて確実という事でしょうね。元々の長打のリスクが極めて低いわけですし、勝負どころでは3倍、5倍とギアを上げていけばいいわけですからね」

「ルコフスクの初球は外角外れてボール。セーフティーバントの構えを見せました。矢部も揺さぶっていこうという狙いがあるのでしょうか」

「打撃に変化をつけて、相手の様子をうかがうのは良い試みだと思います。矢部選手のように足の速い選手であれば特に効果的だと思います。しかし、ルコフスク選手クラスの術者は他の地区では珍しくありませんからね。逆に言えばルコフスク選手のグラヴィティーボールに手古摺るようですと、東地区予選を突破できても本戦を勝ち進むのは難しいと思われます」

「ルコフスクが第2球を投げました! もう一度セーフティーバントの構え。バットを引きますが今度はストライク。カウントは1-1の並行カウント」

「それでも、東地区はなかなか魔道術が浸透しませんよね? どうしてですか?」

「それについてなのですが、弊社のアンケートでも魔道術の使用に“抵抗がある”と“やや抵抗がある”を合わせますと、ここ数年減少傾向にあるものの、毎年60%を超えてしまいます。東地区では、かつての魔力暴走事故で優秀なプレイヤーが何人も選手生命を絶たれています。5年前には不正魔力増強アイテム使用疑惑で、東地区選手会会長が更迭されました。何と言いましょうか、東地区には魔道術に対しての嫌悪感や背徳感のようなものが根強くあるんです」

「魔力暴走事故は50年以上も前の話じゃないですか! 当時と比べれば魔道術の研究は遥かに進んでますし、魔力暴走事故だって術者のキャパシティーを超える魔道術をチームぐるみで酷使し続けた結果、精神や肉体が耐えきれず練習中に魔力が制御不能になって、選手達が重篤な疾患を負ったという話ですよね。今はPDAの体調管理システムで魔力を数値化して健康被害が出ないよう運営本部が監視してるんです。そんな事は起こり得ないというのが運営本部の見解です」

「ルコフスクの第3球は高め外れてボール。カウント2-1。……ですが、当時のショックは今でも拭い去れないものがあるようです。実際に、後遺症によって満足にプレイできていない選手もいますから、理解を得るのは難しいところですよね」

「それは、そうかも知れないですけど、このままでは、東地区の野球が日の目を見る事はありません。暗い過去を引きずったままでは、未来の栄光は勝ち取れないと思いますよ」

「こう言った議論は、イーストタウンの飲み屋街でも日々酒の肴になっている訳ですが……ルコフスクが第4球のモーション、振りかぶって、投げました! セーフティーバント! しかしこれはピッチャー正面です。ルコフスクが丁寧に掴んで一塁へ送ります……3アウト。フロッグスこの回は3者凡退で攻撃を終えました。矢部は、ちょっと淡泊でしたねぇ?」

「打者有利とされるカウントでしたからね。もっとチャレンジしてもよかったと思いますが」

「3回表フロッグスの攻撃は無得点に終わりました。1-4でフットレイクス3点のリードは変わりません。この後もEBCナイター中継をお楽しみください――」




◆◇◆ 登場人物紹介 その12 ◆◇◆

名前:高円寺奈加乃/年齢:28歳/身長:165cm/体重:スレンダー/血液型A型
投打:左投左打/守備位置:一塁手/基本データ(全盛時):ABBBC|B
特殊能力:サンプラザ打法

元西地区代表プリティーガールズのメンバー。東地区イーストタウン出身。
魔道術を敬遠する東地区の慣習に嫌気がさして、西地区に上京した。
名実ともに絶頂だった昨年春に突然の引退宣言をし、現在は芸能活動に専念している。

尊敬する選手:駒田徳広(元横浜)
好きな曲:くちびる(aiko)
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