ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~ 作:マリリンマンション
四路が現在いるヴォクスルトゲートから、ルコフスク達が試合をするレイクサイドスタジアムまでは車でおよそ15分。これから、四路は敷地の西端に位置する隔離棟の様子を確認して、ルコフスクへ状況の報告を行わなければならないのだが、ここから敷地内を往復して戻るだけでも15分はかかるだろう。合計30分。30分あれば、試合はどれだけ進むだろうか。この30分の間に、彼らは何をするつもりだろうか。
彼らとはもちろん、ゲートを襲った奴らの事である。奴らはルコフスクが配置した防御システム「グラヴィティートラップ」を掻い潜り敷地内に侵入し、何の痕跡も残さずにこの場を立ち去っている。
四路が見たところではグラヴィティートラップは問題なく作動している。トラップの基本構造は簡単だ。登録されたIDを持たない者が建物(あるいは敷地内)に侵入すると、局所的に超重力場が発生して侵入者を足止めする。この時、侵入者はその場に立っていることすら困難になり、悪くすれば転倒しただけで骨折や内臓破裂などの重傷を負う事になる。うずくまる侵入者を周囲のシャッターが取り囲むように閉まり(あるいは地中に埋められたコンクリート壁がせり上がり)包囲して、一時的に侵入者を拘束する仕組みになっている。もし、これらのシャッターや壁をこじ開けたり、破壊したり等の抵抗があれば、元軍人であるルコフスクが嗜好を凝らしたガスや火器などによる制圧措置が待ち構えている。
西の隔離棟のエントランスも、例外なくグラヴィティートラップが作動した痕跡がある。四路が扉の横にあるセンサーにPDAをかざして暗証番号を入力すると、ガラガラと音を立ててシャッターがゆっくりと開いていく。既にモニターで確認していた事だが、やはりそこには誰もいなかった。
これまでにも、いくらかの不届き者がトラップの強行突破を試みて大怪我を負った事があった。しかし、何の痕跡も残さずにここを通り過ぎた例は今までにない。外で倒れる警備員の姿を見れば、侵入者があったことは明らかであるというのに。
「一体どうやって……?」
四路は周囲の警戒を怠ることなく隔離棟のエントランスに足を踏み入れた。彼女の存在をセンサーが感知すると、間もなく照明が点灯しエントランスの全体が見渡せるようになる。赤褐色のレンガのような石を積み上げた壁面に囲まれたエントランスには奥へ続く扉が3つある。小さな窓のある右の扉は職員の詰め所だ。左側にある簡素な木製の扉は倉庫だ。そして、正面にある鉄製の重厚な扉の向こうに上へと続く階段がある。
オートロックの鉄製の扉を開けると、ここにもまた赤褐色のレンガを積んだ階段がある。そして、階段を登りきった2階にも1階と同じような黒い鉄の扉がある。敷地内で唯一監視カメラの無いこの部屋は、滅多に使用されることは無いが、プライベートが保たれるため、ゲストルームとして使用したり、今回のように捕えた人間のうち、危険性が小さいと判断された人間を一時的に勾留するために使用される。
コンコン。四路は扉をノックする。今のところ、聞こえるのは四路自身の呼吸音だけだ。少し乱れた呼吸音を四路は整える。
コンコン。もう一度、四路はノックする。これも反応がない。
そっと、四路は扉を開ける。ギギギィという蝶番の軋む音が石の壁に響く。扉を小さく開けて中に人影のない事を確かめると、今度は大きく開けて白くディスプレイが光るPDAで中の様子を照らしだした。
ギィィィ、ィィ……
あまり手入れされていないベッドに、埃を被った机、牢屋よりは少しはマシな程度の家具が並んでいる。バケツにモップ、最低限の清掃用具があるのは、ここの住人に自分で掃除をしろよという無言のメッセージだ。部屋の中は、夜の冷気で冷え込んでいた。ここには、橘みずきの姿は無い。実際に自分の目で確かめても、まだ信じる気にはなれなかったが、この部屋に隠れるスペースなど存在しない。さらに、この部屋には窓がない。スパイが脱出劇に使うような換気口もない。どのように橘みずきはこの部屋を脱出したのだろうか。壁をすり抜ける能力でもなければ不可能だろう。
「能力か……」
部屋の中をくまなく調べた四路は何かを思い出して部屋を後にした。急ぎ足で階段を降りる。背後で蝶番がギギィと軋む音と、オートロックがカチャリと錠を掛ける音を聞き届けながらエントランスを横切る。もう一度、東の管理棟まで引き返す。そもそも、試合を中座してまでゲートまで飛んできた理由が四路にはあった。ミラージュゾーンについても調べなければならない。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇
雷神バットがルコフスクの手に渡るとなると話がややこしくなる。ゲートキーパーには独立してレアアイテムを取り扱う権限が与えられているからだ。彼らから、正規の方法で雷神バットを取り返すとなると、運営本部を経由する正式な書類の応酬が必要となる。ルコフスクが、返答を渋ったり遅延させるような事があれば、その分だけ雷神バットの回収が遅くなってしまう。この事態は何とかして避けたい。
一方で、フロッグスサイドに雷神バットがあれば、言葉は悪いが、力づくで取り返せばいい。未登録のクインテットスターだ。没収する理由はいくらでもある。つまり、この試合はフロッグスに勝ってもらわなければならない。それさえあれば差しあたっての問題はないだろう。まあ、ここまで事態が悪化すれば、厳しい処罰は避けられないだろうが、今ならまだそれだけで済むはずだ。
序盤の2回に菅野がつかまった時はどうしたものかと考えたものだったが、それ以降の彼は見事に立ち直った。5年連続東地区代表となったチームのエースの実力は健在だった。4回ウラの投球も危なげないもので、フットレイクス下位打線をまったく寄せ付けず7番、8番、9番と三者凡退にまとめ上げた。試合の流れは、フロッグスに傾きつつある。
しかし、ルコフスクもなかなかの好投手である。5回表のフロッグスの攻撃を7番、8番、9番の下位打線とはいえピシャリと3人で締め、簡単には流れを渡さない。憎らしい程の快投が続いた。
それにしても、この波水出というキャッチャーが捕球のたびに「うふん♪」とか「あはん♪」とか気持ち悪い声を上げるのは何とかならないものだろうか。不用意に注意して絡まれるのも御免だから、しばらくは黙認するとしよう。とにかく、このまま行けばフロッグスに勝機はある筈だ。
5回ウラ。フットレイクスの打順は1番からの好打順だったが。菅野は1番綾瀬、2番三浦と連続三振に斬って取った。中盤に来てストレートのキレが増しているように見える。龍ヶ崎のリードも序盤の及び腰なそれとは異なり、インハイからアウトローへのストライクゾーンを広く使った配球で菅野の持ち味を上手く引き出している。
3番の波水出が右の打席に入る。元を糺(ただ)せば、龍ヶ崎の頑ななリードを崩しにかかったのはこのオトコだ。一瞬のコンタクトで選手の特徴を見抜き能力を引き出す。指導者としてはどれだけ優秀な事だろうか。その奇抜なルックスを除けばの話だが。
「あら、審判さん、何か言ったかしら」
「いや、何も……プレイ!」
まったく考えている事までお見通しか。その観察力があるからこそ、扇の要を任されているのだろう。打者としての波水出もその観察力を存分に発揮している。菅野の投球が増え、情報量が増えれば増えるだけ波水出有利となる打席。2ボール2ストライクからの高速スライダーを波水出のバットが捉えた。
カキン!
打球がサードの右側を抜けたかに思われたが、ショートの大坂のスタートが早かった。波水出の打球も芯を食っていたから、決して悪い当たりではない。それでも大坂は正面まで回り込んで打球を抑えていた。軽快にステップを踏んで一塁への正確なスローイング。これは一朝一夕で身につくものではない。長年に渡る鍛錬で身体に染みついていなければ出来ない動きだ。
だがしかし、どうも不自然だ。あの位置の打球を正面で捌くとなると、予めサード寄りの深い所に守備位置をとっていなければならないだろう。センター返しを得意とする波水出が、あれだけ狭い三遊間を狙い撃ちするだろうか? また、経験豊富な大坂が、データがほとんど無い打者に対して何の根拠もなく二遊間を極端に広く開けるようなポジショニングをするだろうか。
不自然と言えば、大坂には4回の第2打席で奇妙な抗議をされている。彼は、船に乗って来たメンバーの中では一番の常識人だと思う。野球の覚えのある真っ当な思考の人間が、あんな無益な抗議をするだろうか。彼の動きには少し気をつけた方が良いかもしれない。何らかの能力の片鱗が彼に牙を剥き、あるいは彼を手助けしている可能性がある。予期しない能力が発動された時でも、審判はルールに基づいたジャッジを行い、試合を進めなければならないのだから。
◆ ◆ ◇ ◇ ◇
東の管理棟に戻った四路はステルスコンピューターで魔道術の検索を掛ける。検索先は運営本部直轄の魔道研究所のデータバンクだ。検索と言えば聞こえはいいが事実上のハッキング行為だ。もしバレるような事があれば、タダでは済まされないだろう。
様々な暗号データの羅列から、必要な情報を探し当てていく……
先にヒットしたのは「壁をすり抜ける」能力だ。野球への応用名はピンクボール。ピンク色に輝くボールがバットをすり抜けてしまうらしい。こんな物理法則を無視した能力はもちろんSランク魔道術だ。術者名はピンク=パンサン。
「聞かない名前……」
これだけの能力者ならばタイトルランキングに絡んでいてもおかしくないだろう。バットに当たらないのだ。三振の取り放題だろう。余程、チーム事情に恵まれていないか、あるいは、能力の発動条件に大きな制約でもあるのだろうか。いずれにしても、こんなチート能力がほいほい使われてはたまらない。四路は側にあるメモ用紙に能力と術者の名前を控える。
しかし、これだけでは説明がつかない。壁をすり抜ける能力だけでは、グラヴィティートラップを回避できない。仮に、10倍の重力に耐えうる強靭な肉体の持ち主だったとしても、トラップ内を不用意に動きまわれば麻酔弾や催眠ガスなどの二次トラップが発動する仕組みになっている。橘みずきの奪還には複数名が関与していることになる。それも、かなりのレベルの黒魔術者だ。
四路は左手をキーボードに添えたまま、右手で目頭を覆い、指の隙間から暗号解読のプログラムのソースが流れていくモニターを眺めながら考えた。敵は思ったよりも強大かも知れない。ルコフスクが言っていた通り、雷神バットの当初の納品先についても調べておく必要がありそうだ。ピピピッと電子音が鳴り、暗号解読が終了した事を知らせる。
「……っ!!」
解読結果に四路は再び驚かされた。
ミラージュゾーンの術者は17年前に引退していたからだ。そして、現在彼女は行方不明らしい。名前は品野珠恵。能力の詳細は……データなし。
これらを確認したところで、モニターを軽快に流れていた暗号解読コードが突然停止して、赤字のエラーコードが猛スピードで流れ始めた。
「……これ以上の深追いは禁物ね」
四路は予め用意しておいたソースを入力して、侵入した痕跡を消し去っていく。やがてエラーコードが消えて、モニターには通常のデスクトップ画面だけが残された。彼女は大きく深呼吸をすると、椅子の背もたれに寄り掛かったまま背伸びをした。そして、紺色のタイトスカートのポケットに手を伸ばすと、彼女はPDAを取り出してルコフスクのIDを呼び出し、そのまま耳にあてた。
プルルルル。プルルルル……
しかし、呼び出し音が鳴るばかりでルコフスクが応答する様子がない。守備の最中なのだろうか。
ルコフスクは試合中なら大丈夫だと言ったが、きっとこれは方便だ。Sクラス能力者が試合終了まで、指を咥えて球場の入り口で出待ちをしている画はとても想像できない。奴らはとても周到に準備をしていたように思える。
ならばと四路は考える。ベンチにもメンバーが控えている状況で、どうやって部外者が雷神バットを持ち出すのだろうか。テレキネシスでそーっと持ち出そうか。いやいや、ベンチの中をバットが勝手に動いていれば、誰もがその光景に驚き不審に思うに違いない。
雷神バットを失うだけならば、それほど大きな損害は無いだろう。しかし、今夜の試合は雷神バットを賭けた勝負である。万が一、雷神バットを失った状態で試合に負けるような事になれば、これは取り返しのつかない事態になる。試合の結果により、あらかじめ決められた物品の取引が成り立たなかった場合は、それと同等と認められる金品で補填されることになる。後から、無かったことにはできないのだ。7つしかその存在が確認されていないクインテットスターの価値を想像するだけで、彼女は気が遠くなりそうだった。
居ても立ってもいられなくなった四路は携帯ラジオのスイッチを入れた。試合の経過を確認せずにはいられない。今夜の試合は東地区でネット中継されているのが幸いである。
◆◇◆ 登場人物紹介 その16 ◆◇◆
名前:四路智美/年齢:23歳/身長:159cm/体重:ふつう/血液型AB型
元ネタは初期のパワポケシリーズに登場する彼女候補より。
聡明で頭の回転が速くフットワークも軽いというのは作者の曖昧な記憶だが、
悪の組織プロペラ団のヒラ団員から日本支部長にまで昇り詰める実績。
本編ではゲートの伝令係として登場。フットレイクスのマネージャーも兼任する。
パワポケの設定があんまり出てきませんが、この島の通貨単位は「ペラ」です。
好きな曲:Last Smile(LOVE PSYCHEDELICO)