ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

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Just a toy robot

 本塁前の地面が大きく抉れてしまった。その後の始末は当事者達でやってもらいたいところだが、グランドに妙な細工をされるのも困りものだ。中ノ鳥島において、こういう場合は試合に関与しない第三者がグランド整備を行うのが通例である。レイクサイドスタジアムにはグランドキーパーは常駐していないから、それは審判団の仕事と相成った。

 30㎝程の深さに抉れた地面は、グラヴィティ―ボールの凄まじい威力を物語っている。これを魔道術に頼ることなく弾き返したガッテムの打撃センスには驚くばかりだが、荒れたグランドを元に戻す事がとても手の掛かる作業であることも、理解して頂きたいところだ。とはいえ、パラキ村営グランドでトンボ掛けをしていた彼の手付きを見れば、彼も人並み以上の苦労と経験を重ねていることは想像に難くない。愚痴るばかりでは捗らないので、作業を進めることにしよう。適量の水と赤土を混ぜながら地面を固めていく。漸く周囲の地面と馴染んで見分けがつかなくなってきた。後はトンボで均して、バッターボックスと一塁線、三塁線を引いて出来上がりだ。

 

 

  ◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 いい塩梅に地面が締め固まった頃に、茅野のPDAが持ち主に着信を告げた。発信元は非通知だ。茅野は通話ボタンを押すと、恐る恐る耳に近付けていく。忘れてはいけない、彼は運営本部から逃亡中の身である。表向きこそ行方不明者の捜索依頼だが、油断はできない状況なのだ。

 しばらくの沈黙の間にも、茅野の心音がドクンドクンと高鳴って、喉がカラカラに乾いていく。やるせない自らの立場に茅野は苛立ちを覚えたが、ここで取り乱しても始まらない。冷静に心を落ち着かせたところで、受話器の向こう側からは聞き慣れた同僚の声が聞こえた。声の主は原村だった。

 

『……もしもし? 啓吾?』

「なんだ、原村か。脅かすなよ……」

 

 茅野はホッと胸を撫で下ろした。茅野は安堵の表情を浮かべると、グランド整備の手を休めて現場を離れた。

 

『なんだとは何よ! こっちだって必死で探してたんだから。この電話だってバレたらどうなることか!?』

 

 声を潜めてこそいるが、原村は少し興奮しているようだ。茅野は原村を労った後で、落ち着くように促すと、頼んでいた探し物について切り出した。そして、トンボを担いだままバックネット際まで移動する。

 

「……で、どうだった?」

『あったわよ。でもこれ、ただのロボットの玩具じゃない。こんなもの拾ってどうするの?』

「まあ何だ、ちょっと、物好きな友人がいてな。状況が落ち着くまで預かっていてくれないか?」

『それは構わないけど、いつまでこんな事を続けるつもり?』

「心配するな。そう長くはかからないはずだ」

『啓吾が強がる時は、いつも上手くいっていない時よ』

「そう責めてくれるな」

 

 茅野はおどけて答えたが、上手く笑う事が出来なかった。茅野の動揺を察した原村の口調が穏やかなトーンを取り戻した。

 

『いいから聞いて。雷神バットの奪還に特務部が動き始めたわ』

「特務部か。それはまずいな……」

『まずいなんてもんじゃないわよ! 特務はあなたの身柄も拘束するつもりよ。こっちじゃ三才山隊長の責任問題にも発展しているの。佐久室長がご機嫌なのは良いんだけど……』

「あの二人は昔から犬猿の仲だからな。どっちかが凹めば、どっちかはご機嫌さ。今までもそうだったじゃないか」

『何を呑気なこと言ってるの? あなたが逃亡しているせいで三才山隊長の立場も危ないのよ? わかってるの?』

「わかってるよ。でも、あの人はそんなにヤワな人間じゃない」

『全然わかってない!』

 

 再びヒートアップした原村の金きり声に、茅野は思わずPDAから耳を遠ざけた。原村は茅野の身を案じている旨をすぐ後で呟いたが、それは茅野の耳には届かなかったようだ。

 

「……ところで、特務部は誰が動いてるんだ?」

『神高龍よ』

「あぁ、あのマザコン青二才か。俺も舐められたもんだな」

『またそうやって強がる。神高は目的のためには手段を選ばないわ。汚れ仕事も平気でやる』

「噂は聞いてるよ……」

 

 茅野は額に手を当てながら天を仰いだ。暗闇に青白く光るナイター照明が眩しい。茅野はカクテル光線を凝視して想いを廻らせた。このまま、どこか遠くへ逃げ去ってしまおうか……?

 

『ねぇ、ひとつ聞いていい?』

「何だ?」

『どうして逃げたの?』

「直感だ」

『えっ?』

「直感だよ。雷神バットがなくなって、そのままおめおめと申し訳ありませんでしたって頭を下げて事が収まったと思うかい?」

『だからって、逃亡なんて無責任すぎる』

「そうかもな。これじゃ、筋が通らない。反省はしてる。でも、後悔はしてないぜ」

『何カッコ付けてるのよ。バカ!』

「……っ!」

 

 茅野が何かを言おうとする前に電話は切れた。言いかけた言葉を茅野は飲み込むとPDAを胸ポケットにそっとしまい、トンボを担いでバックネットを離れた。

 残された審判団が丁寧にラインを引いている。間もなく試合を再開できるだろう。

 

 

  ◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 

「――ようやく、グランド整備が終わった模様です。フットレイクスのナインが守備に散っていきます。一塁ランナーのガッテムも、大きな身体を揺らしましてダイヤモンドを横切ります。ECBナイター中継。今夜はフロッグス×フットレイクスのエキシビジョンマッチの様子をお伝えしております。実況は私、荻窪譲二。解説にはプリティーガールズOGの高円寺奈加乃さんをお招きしております。さて、高円寺さん、状況を整理しましょう。6回表、フロッグスはキャッチャー波水出のフィルダースチョイスで1点を返しまして、スコアを3-4としました。これで1点差です。記録こそフィルダースチョイスとなりましたが、グラヴィティーボール10倍を攻略したと、言ってもいいですかね?」

「結果として1点もぎ獲りましたからね。土煙で視界が悪くなったのは不可抗力だったと思いますが、あの視界の悪い状況で波水出選手が一塁に投げるのは無謀というものです。一塁にカバーに入った選手も視界がほとんど効いていなかったでしょうから、目に見えるランナーに直接タッチを試みる判断は間違っていなかったと思います」

「なるほど。丸腰で――魔道術を使わずに魔道術を攻略する際に、我々はよくこのような表現を使いますが――グラヴィティーボール10倍を攻略しました。グラヴィティーボール10倍はルコフスクの必殺と言ってもいい切り札です。この後の彼の投球に何か影響はあるでしょうか?」

「ルコフスク選手は、あまりそういう事を気にするようなタイプの選手ではないと思います。大坂選手に三塁打を打たれた後も笑い飛ばしていたくらいですからね。むしろ、変化があるとすれば、波水出選手のインサイドワークの方ではないでしょうか?」

「それはどういう事ですか?」

「次の打席で、ガッテム選手と勝負するか否か……ということです」

「ガッテムとの勝負を避ける局面が今後あり得るということですか?」

「そうですね。ただ、どの程度まで避けるかは決めかねていると思います。というか、後続の佐賀選手の調子次第ではありますが……」

「佐賀が凡退するようだと、フロッグスの追加点は難しいという事ですね」

「平たく申し上げますと、その通りです。ルコフスク選手と勝負出来ているガッテム選手が得点源である以上、フロッグスは彼と勝負せざるを得ない舞台を用意したいですね。今が6回ですから、彼の打席は悪くてももう一度回ってきます。この時に、ガッテム選手が敬遠、あるいは敬遠されないまでも無理な勝負をしないという選択肢、そういう可能性をこの打席でどれだけ排除できるかが鍵になりますね」

「さて、投球練習が終わった模様です。5番の佐賀が右のバッターボックスに入りました。今日はレフトフライとショートゴロ。まだヒットはありません。佐賀もまた丸腰での魔道術攻略には定評があります」

「佐賀選手の場合は勝負勘の鋭さと正確なバットコントロールが持ち味ですね。リーグ本戦でも、Cランク程度の魔道術には対応していますから、打てない事もないと思いますが……」

「情報を補足しますと、通常のグラヴィティーボールがDランク。そして、グラヴィティーボール3倍はCランク魔道術というのが運営本部公式のランキングであります。もちろん、これだけで魔道術の優劣が決まるわけではありませんが、ひとつの目安と言いましょうか、魔力の強度を計る物指しの役割を担っています。中にはSランク越えの特Sなんていうランキングもあるようですが、あぁ、これは奈加乃さんの方がご専門でしたね?」

「特Sというと暗黒魔術の事ですかね? さすがに、私も特Sランカーとは対戦した事はないですよ。そもそも、特Sランクは使ったのかどうかすら我々にはわからない事が多いですからね」

「ルコフスクがセットポジション。じっくりとタメを作ります。まだ投げません。……まだ投げない。ようやく投球モーションを起こす。第1球を投げました! 打ちました! ピッチャーライナーッ! 捕りました! 素晴らしい反応を見せましたルコフスク。これで3アウト!」

「これはルコフスク選手の打球反応を褒めるしかありません」

「途中グランド整備を挟みましたが、フロッグスが1点を返しました。得点は3-4。1点差まで詰め寄りまして、6回表の攻撃を終えております。佐賀の調子は、どうご覧になりましたか?」

「ちょっと、今のコンタクトだけでは何とも言えませんね……」

「判断できませんか。さて、これから6回裏のフットレイクスの攻撃が始まりますが、フットレイクスサイド1塁側ベンチ前に円陣ができています。これは、珍しい光景です」

「そういえば、今日は今まで円陣は組んでいませんでしたね」

「1点差に迫られて、今一度気を引き締め直そう。そういう狙いが、あるいはあるのかも知れません。長身の金玉匂が円陣の中央に居るルコフスクと二言三言会話を交わしまして、円陣を抜け出します。そして、ゆっくりと打席へと向かいます。握りしめる長いバットが黒く光っております。妖しい雰囲気です」

「……」

「……スコアボードを見ますと、フロッグスが1点ずつ追い上げていく展開です。流れが徐々にではありますがフロッグスに傾き始めているのかな? そんな印象ですが如何ですか?」

「終盤までに1点差まで漕ぎ着けることができたのは、とても大きいですね。1点差ならば、ルコフスク選手のグラヴィティーボールがいかに強力といえども望みはありますからね」

「ですが、この金という選手も非常に強力なバッター。気を抜けませんね」

「そうですね。本戦でも通用する実力を十分備えている打者だと思います」

「さて、投球練習が終わった模様です。茅野球審がプレイボール。菅野がゆっくり第1球のモーション。振りかぶって……投げました!」

 

 

 キィィ――ン!

 

 

「インコースの球初球打ちィッ――! 物凄い角度で打球が上がっている! レフトは一歩も動けません! 文句なーしっ!! レフトスタンド最上段に突き刺さりました!! コツコツと、コツコツと積み上げてきたフロッグスの反撃を嘲笑うかのような一閃で突き放しました! 3-5!!」

「3回あたりから配球がワンパターンなので、気になってはいたのですが、ちょっと安易に入りすぎましたね」

「決して、甘い球ではありませんでした。しかし、初球のインハイを撃ち砕きました。……おや? ここで? 背番号82番、品野監督がベンチから出てきました――」

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