ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

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ここまでの【ドラフ島列伝】

 100,000,000円の優勝賞金に目が眩んで太平洋に浮かぶ南の島で開催される野球大会へ参加した大坂と矢部は島へ向かう船の上で昨年のパリーグ三冠王チャド・ポートランドに遭遇する。しかし、その後、窮地に追い込まれた大坂とポートランドは航行中の船から飛び降りることになり、流れ着いたパラキ村の野球チーム「パラキフロッグス」に所属する事となった。
 翌日、サンシャインモンキースとのリーグ戦最終戦に勝利し、チーム解散の危機を免れた大坂達だったが、試合終了の直後「雷神バット」をチームメイトの橘みずきに盗まれてしまう。橘を追って辿り着いたヴォクスルトゲートでフットレイクス戦に挑み、見事勝利を収めたフロッグスだったが、そこにあるはずの雷神バットは精巧に作られた偽物だった。さらに、キャッチャーの夏苗が魔道痙攣のショック症状を引き起こして事態は風雲急を告げる――


第三章
Cafe Giants Star


 カオスシティは南地区の東部にある廃墟の町である。

 早朝にヴォクスルトゲートを出発して車に揺られること3時間余り、雷神バットを訪ねて西へと向かうガッテム一行は、必然この町に立ち寄る事となった。ここではMP回復薬のパワリンエーテルの調達も兼ねている。

 しかし、町とは名ばかりで表通りには人影が見当たらない。はじめは暑さに負けて、町中の人間が屋内に避難しているのかとも思ったが、どうやらそうではなさそうだ。町並みを彩るはずの建物の殆どは手入れされている様子がない。壁面は無様に崩れ落ち、割れたままの窓ガラスは放置されている。廃墟の町という触れ込みは、誇張でも何でもないようだ。

 

「あ~、喉渇いたぁ~」

 

 愚痴をこぼしているのは一番に車を降りた橘だ。オレンジ色のスニーカーが蹴る地面は凸凹に舗装がめくれ上がっていて、その窪みに彼女はうっかり足を取られてつまずいてしまう。よろめく彼女の右腕を大坂の左手が掴んだ。

 

「気を付けろよ」

「ごめん、ありがとう。それにしても、自販機も全部売り切れてるじゃない! 一体どうなってんのよ、この町は?」

「廃墟の町、カオスシティ。南地区の中央を占める大砂漠地帯の東側に位置して、気候は比較的穏やか。しかし、近年はホーム球団であるカオスシティフェニックスの成績不振により財政がひっ迫。同時期に球団内の不祥事も明るみになって事態に追い討ちをかけた。財政難と主力選手の流出に歯止めがかからず現在は都市機能・球団活動は事実上の停止状態……だってさ」

 

 ガイドブックを片手に大坂は読み上げた。女の子が一人で歩いては物騒だと、大坂も散策に付き添う事にした。

 

「北地区じゃあんなに華やかだったのに、こっちじゃ野球するのも一苦労って感じよね。でも、この様子ならフェニックスには簡単に勝てるんじゃない?」

「だといいけど。……っていうか、試合なんてできるの? この町?」

 

 路地を抜けて、大きな交差点に出た大坂は足を止めてきょろきょろとあたりを見回したが、遠くまで見渡せる大通りにも人影はない。歪に展開した近代的な雑居ビルが虚ろに並ぶだけだ。

 

「ねぇねぇ、あそこの喫茶店でちょっと休まない?」

 

 橘が指差す先に小さな喫茶店があった。

 

『Cafe Giants Star』

 

 小さいながら品のある木製の看板が目を惹いた。テラス席に広げられたカラフルなパラソルが強い日差しを受けて、客席に濃い影を落としている。

 

「でも、先にパワリンエーテルを買わないと……」

「ジュースもお茶もろくに売ってないこの町のどこにパワリンエーテルがあるって言うの? 大坂さんは夏苗ちゃんの心配ばっかり。私の事はどーだっていいの!?」

 

 橘は両手を腰に当てて口を尖らせた。

 

「そこまで言ってないだろ」

「じゃあ決まり。行きましょ」

 

 橘は大坂の手を取ると半ば強引に引っ張った。広い町で薬局もコンビニも見つけられず手詰まり状態だったので、大坂も少し休憩することにした。とはいえ、それは恋人との甘いひと時というよりも、お転婆でわがままな妹のご機嫌取りに近いものだったが。

 

 

◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

 黒い木製の扉を開けると、上品な鈴の音がカランカランと店内に響いた。板張りのフロアーに客席はカウンターとテーブルを合わせて15席ほどあるが、先客はいないようだ。

 テラス席から自然光を取り込む店内は、明るすぎず暗すぎずのいい具合に採光されていて、店内を彩る観葉植物の緑や調度品の赤や青がセンスよく配置されている。カウンターの奥にあるショーケースにもカラフルなドリンクやリキュール類のボトルが並んでいて小洒落た雰囲気が漂っている。

 エントランスに掲げているイーゼルの文言をみるに、店は営業しているようだが、店員の姿はなく、店内はしんと静まり返っている。

 大坂と橘が顔を見合わせて出直そうとしたところに、先程の鈴の音よりも更に上品な女性の声が奥から聞こえてきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 2人が同時に振り返ると、美しい女性が奥から現れた。20代中頃だろうか。21歳の大坂からすると、少し年上のお姉さんといった美貌である。黒いクラシックなメイド服が良く似合っている。彼女が優しく微笑んで頭を下げると、カチューシャに付いた大きな白いフリルが揺れた。

 しかし、揺れているのはフリルだけではない。メイド服を押し上げる豊満なバストが動くたびに揺れている。大坂はごくりと生唾を飲み込んだが、隣に立つ橘の肘打ちですぐに現実に引き戻される。

 

「アイスティーでいいわ」

 

 橘はテラス側のテーブル席へ進むと、不機嫌そうに椅子を叩いて大坂を促した。大坂も同じものを注文して、慌てて奥のテーブルへと進む。メイド姿の店員はオーダーを恭しく復唱するとバーカウンターに入り、グラスを並べはじめた。

 二人掛けの小さなテーブルに向かい合って座る。付き合いたてのカップルであれば、それだけでハッピーなシチュエーションだが、二人の関係はただの異性友達のそれに近い。先程から不機嫌そうに眉を吊り上げている橘は、口をへの字に曲げて黙ったままだ。余計な御世話だと思ったが、大坂は訊いてみる事にした。

 

「気にしてるの?」

「何を?」

 

 橘は喰い気味に答えて、キッと大坂を睨みつけた。睨まれた大坂は慌てて取り繕う言葉を探したが、どの台詞も正解とは思えず「えっ、あぁ…」と訳のわからない相槌を打ってしまう。

 試合中は冷静沈着に振る舞っていた大坂が慌てふためく姿を見て、橘は気を良くしたのか猫のような大きな瞳を細めて「ふふふ」と笑い相好を崩した。

 

「気にしてなんかないわよ」

 

 そうこうしているうちに、巨乳メイド店員がアイスティーを2つ携えて現れた。弾む胸元の名札には出井と書かれていた。珍しい名前だ。細いウエストをキュッと結んでいる純白のエプロンの帯が、出るところは出て、締まるところは締まる彼女のシルエットをより一層強調している。その美貌に吸い込まれそうになる大坂だったが、いつまでも凝視していては失礼だ。橘の刺すような視線も感じる。大坂は劣情を押し殺して、視線を上に移したが、襟元から僅かにのぞく鎖骨がまた官能的だった。彼女はにっこりと微笑んで、大坂にそっとグラスを差し出した。

 口を半開きにして、目を白黒させている大坂を見かねて橘はウェイトレスに尋ねた。表情は穏やかだが、声は穏やかではない。

 

「この町には薬局とかスーパーとかはないんですかぁ?」

「昔はあったんですが、今はもうありませんね」

 

 品のある艶っぽい声が大坂の耳元で囁く様に響いた。それと同時に、ほのかに甘い香水の香りが大坂の鼻腔を刺激する。橘は大坂に鋭い視線を送り続けていたが、彼の意識はすっかりお花畑の中だ。堪りかねた橘は大坂の足の甲をスニーカーでギュッと踏みつける。ようやく大坂は意識を取り戻し、会話に加わった。

 

「パワリンエーテルを探しているんです」

「パワリンエーテル? そんなに高価な物は、ここでは手に入らないですよ」

「どういうことですか……?」

「カオスシティは南地区の東のはずれにあります。南地区と一口に言いましても、中央に大砂漠地帯がありますから、物資の流通が容易ではありません。もともと豊かではないカオスシティでは隣町のジエンド……といっても、ここから車で5時間以上かかる砂漠の中の街ですが、ジエンドからの物資がとても貴重なんです」

 

 ジエンドは南地区のほぼ中央に位置する南地区第二の都市である。比較的西側に人口が集中している南地区では「終わり」を意味するジエンドよりも東側は辺鄙な土地であるという隠喩でもあるそうだ。カオスシティも例に漏れずということらしい。

 

「ジエンドに行けば、パワリンエーテルは手に入りますか?」

「もちろん。ジエンドは広大な砂漠の中に築き上げられた大歓楽街。欲しいと望めば大概の物は手に入るわ。もっとも、これからジエンドを目指すのであれば、相応の覚悟が必要ですが」

「覚悟ですか?」

「えぇ。旅に危険はつきものよ」

 

 出井はにっこりと目を細め、テーブルに伝票を置くとカウンターの奥へと下がっていった。

 

「じゃあ、決まり。もう、こんな店に用はないわ。ジエンドに急ぎましょう」

 

 橘はアイスティーを一気に飲み干すと、オレンジ色のウサギを型取ったコースターに勢いよくグラスを置いた。橘の失言に出井は眉をひそめかけたが、そこは接客業だ。客には悟られない。

 大坂と橘は支払いを済ませて、店を後にした。

 彼らが見えなくなるまで、メイド姿のウェイトレスは店先で見送りを続けたが、彼女の口元が妖しく微笑んでいた事に、彼らが気が付く由もない。

 

 

◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 

 時を同じくして、カオスシティ内にあるジャンクショップにて――

 

「うっひょ~! 宝の山でやんす!」

 

 店内をはしゃぎ回る矢部を尻目に、菅野は店主と交渉中だ。

 

「こんなガラクタ欲しがる人間なんて今時いないだろ? もっと安くしてくれよ」

「ここにはガラクタなんて1つも置いてないよ。それに、ほら、欲しがる人間なら今、ワシの目の前にいるではないか」

「くぅ~っ、足元見やがって」

「こっちも商売だからね。買う気がないならとっとと帰りな」

「わかった。4500ペラだ。これでどうだ?」

「だめだ。5000と言ったら5000だ」

「あ~もういいよ! ケチな店だな! おい、矢部! 帰るぞ!」

 

「待つでやんす! オイラこれが欲しいでやんす!」

 

 矢部が指差すのは店の隅でほこりを被っている煤けたロボットだ。PAL1号。一昔前に流行った量産型野球ロボットである。最近では見る影もなくなったが、だからと言って希少価値にプレミアが付く程の代物でもない。値札には特価150,000ペラと記されていた。

 

「そんな物を買ってどうするんだよ」

「特価商品でやんす! お買い得でやんす!」

「これから砂漠を横断するんだ。車のメンテナンスにどれだけ金が掛かると思ってるんだ。150,000ペラあればこの砂漠を15往復してお釣りがくるの」

「今のオイラ達にはメンバーが足りないでやんす。彼は貴重な戦力でやんす」

「彼ねぇ……こいつの実力を知って言ってるのか?」

「知らないでやんす。でも、オイラの見立てに間違いはないでやんす」

 

 菅野は矢部にPAL1号という野球ロボットのあらましを簡単に説明した。人間との簡単なコミュニケーション能力を搭載した人工知能と人間と比較しても遜色のない運動能力。まさしく科学技術の結晶だったが、彼らの野球能力は子供の練習相手程度に留まった。

 飛んだり滑ったりという激しい動きに精密な機械が耐えられなかったし、高速で飛んでくる小さいボールを細いバットで叩くなんて計算は彼らのメモリでは容量オーバーとなり、とても対処できるものではなかったらしい。彼らはピッチングマシン程度の働きはしたが、やがて無用の長物となってしまった。

 

「逆立ちしても、こいつはポンコツなんだよ」

「そんな事ないでやんす。これと、これと、あとこれと……」

 

 矢部は雑多に部品の並ぶ店内からベアリングやらセンサーやら基盤やらをかき集めていく。

 

「店長さん。これ全部でいくらでやんすか?」

「ほほぅ…」

 

 店主は関心のあまり目を細めている。

 

「いやぁ、面白い。青年、名前は?」

「矢部明雄でやんす」

「矢部君、実にすばらしい。このPAL1号は君に譲ろう。お代は結構じゃ」

「やんす?」

「この組み合わせならば、ピッチャーとして使えるかもな。球速も140㎞/h後半はでるかも知れない」

 

 掌を返したように店主は喜んでいるが、この反応に菅野は納得がいかない。

 

「どういうことだ? PALシリーズと言えば野球ロボットの先駆けだが、その能力はいくら改良を重ねたところで少年野球レベルがいい所だ。それが140㎞/h後半だなんて、冗談だろ」

「冗談かどうかは、試してみるかい? 矢部君、裏の工房を好きに使うといい。案内しよう」

 

 頬肉を眼鏡に喰い込ませてドヤ顔の矢部と、すっかり意気投合している店主はいそいそと裏手にあるらしい工房へと消えていく。誰もいない店内に一人残された菅野は釈然としかなかったが、先程まで店主がいたカウンターの椅子に腰を掛けて待つ事にした。

 

「泥棒が来たらどうするんだよ。物騒だなぁ……」

 

 裏通りにある小さな間口は見つけるのも一苦労だった。泥棒すら入るのを躊躇う店構えを思い出した菅野は溜息をついて、店内を見回した。これで商売が成り立っているのかすらも疑わしい無秩序な品揃えを眺めながら欠伸を噛み殺す。

 裏手にある工房からドリルやインパクトドライバーのモーター音、挙句の果てには溶接機材が作動する音まで聞こえてきた。一体何をやっているのやら。

 

「………!!」

 

 菅野がまどろみかけた所に、ドカーン! という爆発音が裏手から轟き、さすがにこれには菅野も驚いて飛び上がる。そして、裏の工房を覗きこむ。

 

「どうした!?」

 

「菅野さん! 危ないでやんす!」

 

 勢いよく工房の扉を開けた菅野に矢部がグローブを投げ渡した。見ると、少しアーバンチックに改造されたPAL1号がギシギシと軋みを上げながら投球動作を始めた所だ。あろう事かその動作は菅野と正対している。

 

「マジかよ…」

 

 菅野は慌ててグローブをはめると、喉笛目掛けて飛んでくる剛速球を寸での所でキャッチした。

 

“パシィィン☆”

 

「馬鹿野郎! 危ねぇだろ!」

「DJB-78を侮辱した報いでやんす」

「D、J……!?」

「デラックスジャイアントボーラー78号でやんす!」

「何だそのクソみたいなネーミングは!? あと、残りの77号はどこにあるんだよ!」

「また侮辱したでやんす。DJB-78行くでやんす」

「おいおいおいっ! こんな至近距離で……!」

 

“パシィィン☆☆”

 

「危ねぇっつってるのがわからないのか貴様は!」

「ゴシュジンサマコレイジョウハキケンデス」

「それもそうでやんすね。この位で勘弁するでやんす。ロボに免じて許すでやんす」

「……ロボ? 呼び方が変わってるじゃないか!」

「DJB-78は流石に長いでやんす」

「お前が先に辞めてどうするんだよ! まあいいや、嬢ちゃんのミラージュゾーンと組み合わせれば使えない事もなさそうだし」

「ちっちっちっでやんす! プログラム次第では変化球も投げられるでやんす。伸びしろ十分でやんす」

 

 矢部は人差し指を立てて得意気だ。まあ、あれだけの球威があれば戦力として計算できる。予想外の収穫に菅野も怒りの矛を収めつつあったが、ふとある事に気が付いた。

 

「そうかそうか。それは凄いな。しかし矢部、何でまた左投げなんだ?」

「何か問題でやんすか?」

「俺も橘も左利き。これ以上左投手増やしてどうすんだよ!」

「……しまったでやんす!! 別にオイラが右投げだから何も考えないで向き合って作ってたら左投げになってしまったとか、そんな間抜けな理由じゃないでやんす!」

「はぁっ……!? 何やってんだてめぇ! とっとと作り直せ!!」

「無理でやんす。もうボディーを溶接してしまったから、中のパーツは交換できないでやんす!」

「………」

 

 菅野は額に手を当ててがっくりとうな垂れた。メカを弄る腕は確かだが、矢部とはどこか相容れないものがある。よく見れば、工具棚が大破して工房は散らかり放題だ。きっとピッチングテストか何かをしたのだろう。さっきの爆発音がそれだったに違いない。店主も半ば呆れ顔で一部始終を見ていた。大坂はよくこんな奴と長年ツルんでいたものだ。いや、大坂だからこそ彼を受け入れる事ができているのかも知れないが。

 

「……マスター、ちょっと相談が」

「何じゃ?」

「こいつの財布の中身全部くれてやるから、さっきの奴も頼むわ」

「良いだろう。ワシもここまで好き勝手されるとは思わなかったからな」

 

「……ぐすん、でやんす」

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