ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

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Popo never tells a lie

 カオスシティから西に広がる大砂漠地帯を大型トレーラーが激走していく。夏の太陽に照らされながら土煙を高く巻き上げて目的地へと進むその姿は、過酷なレースに挑むレーサーのごとく勇ましい。タフな走りを担うのはドラーバーの佐賀の巧みなハンドル捌きと、メカニックの菅野の絶妙なチューニングによるものだ。

 砂漠の街ジエンドを目指す一行は、目的地までまだかなりの距離を残しているものの、ここまでの旅は概ね順調にきている。

 

 移動中の大型トレーラーの仮眠室で眠る夏苗の容態も落ち着いてきている。

 前夜のフットレイクス戦から一夜明けた今でも、彼女の意識は戻っておらず、依然として魔力はマイナスの借金状態にある。しかし、隣に付き添っているチームドクターの加藤京子の診断によれば、今の彼女は外部の魔力に頼ることなく彼女自身の自然回復力によりマイナス分の魔力を埋め合わせている状態らしい。実際に、徐々にではあるが彼女は自身の色を取り戻しつつあった。この緩やかな回復速度を維持したまま魔力をプラスに戻すことができれば、ショック症状を起こさずに済むだろう。つまり、魔力暴走を回避できるということだ。本来ならば、夏苗は周囲の魔力を見境なく吸収してしまう危篤状態にある。それにもかかわらず、この安静な状態を維持できているのは加藤がとっさに錬成した結界魔術のおかげである。

 ただし、今夏苗に施されている結界魔術は時間の経過とともに徐々に崩壊して力が失われているため、効果が持続するタイムリミットが存在している。残されている時間は少なく見積ると24時間程度。そして、ゆっくりとした夏苗自身の回復速度では24時間というタイムリミットはあまりにも短すぎた。これでは彼女の魔力回復に到底間に合わないのだが、この問題はそれほどの難題ではない。魔力回復アイテムのパワリンエーテルがあれば彼女の魔力回復を助けることができるからだ。

 問題は、島で比較的ポピュラーであるはずのこのアイテムがすぐに手に入らないということだ。彼らが、この砂漠を進み南地区第二の都市「ジエンド」を目指す理由のひとつは、このパワリンエーテルを手に入れるためである。

 

 

 ◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

ーーガタン!

 

 

 大きな音と同時にトレーラーが急停車した。小さな椅子に腰掛けていた京子は、体重を持って行かれて身体がよろめく。彼女がふと窓の外を見ると、先ほどまでの晴天が一変して視界が砂嵐で覆われていた。細かい砂塵が窓に当たり、ザーッという不快な音を立てる。

 トレーラーはどうやら足止めを食っているらしいが、何が起こっているのかまでは京子のいる場所からはわからなかった。佐賀と菅野が車の外に出て何やら話している声が聞こえてくる。内容までは聞き取れないが、あまり状況は良くなさそうだ。

 様子を確かめようと京子が立ち上がったところで、仮眠室に茅野が現れた。茅野は雷神バットを奪還するには行動を共にした方が良いと考えてフロッグスの一同と行動を共にしていた。

 

「嬢ちゃんの様子はどうだ?」

「よく眠ってる。心配ないわ。それより何かあったの?」

「あぁ、それなんだが、タイヤが砂にはまったらしい。今、佐賀と菅野が状況を確認してる。しばらくは、ここで足止めになりそうだな」

 

 ルコフスクの計らいもあって、茅野は新しいIDを手に入れることができた。これによりコソコソ隠れずに身動きが取れるようになったが、一方で、運営本部にその足取りが露呈するリスクも負うこととなった。いずれ足はついてしまうだろう。ルコフスクが提示したIDの有効期限は48時間。時間制限があるのは茅野も同じだった。

 

「ちょっと一服付き合わない?」

 

 茅野は一刻も早くジエンドに向かいたいはずだ。不測の立ち往生に少し苛立つ茅野に京子は声をかけた。仮眠室の隣の休憩室には灰皿がある。車内唯一の喫煙スペースだ。茅野もそれに応じると仮眠室を後にした。

 

 

 ◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 

「ところで、雷神バットも西に向かっているっていうのは本当なのか?」

 

 場所を休憩室に移動して、一服燻らせたところで茅野が口を開いた。ハイライトの灰が灰皿に入る。

 

「正確には、みずきちゃんの私服の追跡結果だけど、間違いないわ。彼女の元仲間たちが雷神バットを持ってることが前提だけどね。彼らはもうジエンドに到着していて、しばらく座標が動いてないから、休憩しているのかも。或いは…」

「俺たちの追跡がばれた?」

「……ずいぶんと悲観的なのね。まあ、その可能性もゼロではないけど、唯一の手がかりなんだからもう少し期待したらどう?」

「悪い状況も考えておくべきだと思うが」

「一理あるけど、いい状況も考えて損はないと思うわ」

「どういうことだ?」

「例えば……雷神バットの取引がジエンドであるとしたら、どうかしら?」

「なんでそんな事がわかるんだ?」

「ただの噂よ……」

 

 京子は大きく煙を吐きながら、興奮気味の茅野に背を向けた。窓の外の砂嵐はまだ収まらないらしい。京子はタバコの煙のごとく砂嵐の中に浮かび、そして消える人影を見つめながら自身の推論を続けた。

 

「そもそも、雷神バットなんて盗んだ犯人たちはどうするつもりなのかしら。盗品のレアアイテムを試合で使おうものなら即御用。だから、それはあり得ない。そして、ジエンドは砂漠の街。運営本部の目が届きにくいから、幾つもの闇市が立つっていうじゃない」

「おいおい。闇商の手に渡りでもしたら取り返しが付かないぞ。…だが、ジエンドは運営の目を逃れて取引するには好都合だな」

「おかげ様で、治安は悪いみたいだけどね」

「そうだな。取引の現場を押さえることができれば、むしろチャンスだ」

「違うわよ。ちょっと、窓の外、覗いてごらんなさい」

「ん……? 何だって?」

 

 茅野も窓の外を覗き込んだ。砂嵐の中に人影がうごめいている。少し離れた砂丘の上からこちらの様子を伺っているようだ。

 

「……ちょっとマズイんじゃない?」

「俺が様子を見てくるよ。お嬢ちゃんを頼む」

「えぇ、わかったわ」

 

 茅野はデッキのある車両前方部へと急いだ。京子は灰皿の灰を片付けると仮眠室へと戻っていった。

 

 

 ◆  ◆  ◆  ◇  ◇

 

 

「くっそぉ。こんなところでスタックかよ」

「ついてねぇな」

 

 先に車を降りた佐賀と菅野が前輪の前で腕組みをしている。吹き付ける砂嵐はさらに強くなるばかりだ。すぐにでも作業に取り掛かりたいところだが、2人に容赦なく砂塵がまとわり付いてそれどころではない。

 

「これじゃあ動かせないなぁ」

「ひとまず、嵐をやり過ごそう。ダメだこりゃ」

「おい、ちょっと待て…」

 

 諦めて車に戻ろうとした菅野を佐賀が引き止めた。佐賀が嵐の中を指差している。菅野が振り返り目を凝らすと、砂嵐の中に人影がうごめいているのが確認できた。1人や2人ではない。10人近い大所帯がこちらの様子を伺っている。

 

「……ハメられたか?」

「……どうだろうか?」

 

 

「……おそらく、ハメられたな」

 

 菅野の疑問に答えたのはトレーラーの陰から現れた茅野だった。開襟したアロハシャツが強風でなびいて、もう既に砂まみれになっている。

 

「この辺り一帯はヤツらの縄張りなんだ。それは君らも知っていただろう」

「あぁ。だからルートも慎重に選んだつもりだ」

「それでも襲われたんだ。我々が狙われていると考えるべきだと思わないか?」

「俺たちが狙われる? 確かに、東地区じゃやりたい放題だったけど、こうまでされる恨みを買う覚えはないぜ」

「果たして、そうかな?」

「……?」

「ここのところ、ジエンドに向かう商人が賊に襲われる被害が増えているらしい」

「へぇ。さすが元警備部のお偉いさんだ、カオスシティでもきっちり仕事してたんですね」

「……“元”は余計だ! それに、盗まれた雷神バットがジエンドで裏取引されるなんて噂も流れているらしい」

「じゃあ、奴らは雷神バットを狙ってる?」

「そこまではわからない」

「…それはそうと、この状況どうやって切り抜けます?」

「それは先方の出方次第だな」

「……特に策が無いんですよね?」

「そういうことになる……」

 

 次第に砂塵が晴れて見通しが効くようになると、近くの砂丘の上から10人の人影がこちらを見下ろしていた。彼らはアラビアンナイトのような衣装を身にまとっていて、そのうちの1人は踊り子のような艶やかな衣装の女性だった。

 一団の中から、1人の小柄な男が歩み出てきた。彼が一団のリーダーのようだ。

 

「我が名は水田ポポ。貴公らに忠告申し上げる。これより先は我々の神聖なる領域である。早々に引き返されたし」

 

 これに応じたのは菅野だ。

 

「俺たちはジエンドまで急いでるんだ。それは出来ない」

 

「これより先は神聖なる領域。何人も通すことは許されない」

 

「誰も通れないだぁ!? どこにそんな法律があるんだよ!」

「法律がないから忠告している。ここを通れば、必ず貴公らは厄災に見舞われるであろう。水田ポポ、嘘つかない」

 

「そうかよ。じゃあ、あんた達と話すことはないから強行突破だ。へへっ!」

 

「菅野君。待ちなさい!」

 

 指を折りポキポキと鳴らしながら歩み出た菅野を茅野が引き留めた。

 

「おっと! おっちゃんも加勢してくれるのかい? 1人は女みたいだが、流石にあの人数を俺と佐賀だけじゃ、ちょっと手強いと思ってたところだぜ」

「バカを言うな、街の喧嘩じゃないんだ。それに、今は奴らのテリトリーにいる事を忘れるな」

「た、確かに、少し分が悪いかもな。…で、どうするんだよ?」

「まあ、見てなさい」

 

 茅野は不敵に笑いながら菅野の前に歩み出た。

 

「先程から聞いていたが、この辺りが神聖な領域というのは初耳だなぁ。不当に通行を妨害しているようにしか思えない。運営本部に通報してもいいだろうか?」

 

「余計な真似をするな」

 

「ほほう。では、通してもらえるのかな?」

 

「どうしても通ると言うならば、神に捧げる供物を我々に納めよ」

 

「随分とあっさり本性を晒すじゃないか。この一帯は盗賊が出るって評判が悪いんだ。賊に渡す供物なんて持ち合わせちゃいないよ」

 

「貴公らの無礼に神はお怒りだ。しかるに、クインテットスターレアアイテムを置いていってもらおうか」

 

「通行料にしちゃ随分とボるじゃないか。あたかも、俺たちがクインテットスターレアアイテムを持っているかのような口ぶりだな」

 

「その位の価値がなければ、神の怒りは鎮めることができない。持っていないのなら、早々に立ち去られよ。通報したところで、其方にも利はないことは調べがついている」

 

「それはそれは、随分と器量の小さい神様なことで……」

 

 今は雷神バットを持っていない。仮に、持っていたところで簡単に渡すことはできない。精巧なレプリカならば手元にあるが、これを渡して彼らを欺くことができるだろうか。無論、一度引き返して別ルートでジエンドを目指す方法もあるが、それまで加藤京子の結界と龍ヶ崎夏苗の体力が持ち堪えられる保証はどこにもない。

 

 

 ◆  ◆  ◆  ◆  ◇

 

 

「うひょ〜っ! 巨乳のお姉さんがいるでやんす!」

 

 矢部が運転する軽乗用車が先行する大型トレーラーに追いついたのはそれから少し後のことだ。同乗していた大坂、橘、井伏は3人ともグロッキーで、色めき立つ矢部の相手をする気力は残っていなかった。

 

「オイラは悪くないでやんす。砂漠の悪路をこんなポンコツで攻めるなんて土台無茶な話でやんす」

 

 普段感情を表に出さない井伏も、矢部のテンションにうんざりといった様子だったが、先行していたはずのトレーラーが砂漠の真ん中で立ち往生している事に気がつくと、歪んでいた表情を引き締めた。

 

「何かトラブルみたいだな」

「オイラが様子を見てくるでやんす!」

「気をつけてな」

 

 助手席に座る井伏は、上機嫌の矢部を見送ると、地図を畳みながら後部座席を振り返った。井伏の状態は後部座席の2人よりもいくらかはマシらしい。大坂と橘の顔面は蒼白だった。

 井伏はある事情により東地区を離れることができないヤソジに代わって、フロッグスの監督代行を任されてここまで付いてきていた。

 

「しばらく休憩だ。外の空気でも吸ってきたらどうだい?」

「はい、そうします……」

「すいません……」

 

 2人は車を降りると余程気分が悪かったのか、近くの岩陰まで小走りで消えるとげーげー唸っていた。

 矢部の運転は慎重に慎重を重ねた安全運転だったが、コーナリングやそれに伴う加速減速がぎこちなく、本人に悪意はないものの同乗者は不快感を覚えざるを得ない下手くそぶりだった。悪路ではあったが、高低差のない砂漠の一本道で危険こそ感じなかったものの、口数が減り、やがて黙った後部座席を気遣って井伏は何度も運転を代わることを提案したのだが、矢部は「監督代行はゆっくり地図を見ていてくださいでやんす」と頑なにハンドルを譲らなかった。

 一本道にもかかわらず、時より道を間違えそうになる矢部に神経を擦り減らされながらナビをしていた井伏も、ついに力尽きて、ぼんやりと遠くの地平線を眺め始めていた頃、先行するトレーラーに軽乗用車は追いついた。

 

 

 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆

 

 

 さて、舞台はもう一度トレーラー前方へと移る。

 

 茅野はこう提案していた。クインテットスターレアアイテムの雷神バットは確かにあるが、簡単に渡せるものではない。どうしても欲しいのであれば、野球で勝負して決着をつけるものとする。水田ポポたちが勝てば雷神バットを渡す。フロッグスが勝てば雷神バットは渡さない。結果に関係なく、ジエンドへは通してもらうと。

 

「駄目だ。貴公らが敗れた場合は雷神バットを置き、早々に立ち去りなさい」

 

 結果に関係なくここを通過する条件は、言ってみれば保険だ。仮に、偽物の雷神バットを渡したとしても、彼らが気がつく前にジエンドまでたどり着ければ目的は達成できる。この条件を飲むくらいならば、初めから素直に偽物の雷神バットを渡してしまったようが良いのではないだろうか。茅野が逡巡すると、彼の背後で即答する人物がいた。

 

「イイデショウ ウケテタチマス!」

 

「おい、ガッテム、これは罠だ。いいのか?」

 

 茅野は驚いて振り返りガッテムに尋ねた。負けた場合は、魔力暴走の深刻なリスクを負うだけでなく雷神バットの補償問題になるだろう。どちらか片方だけでも、人生を棒に振るようなものだ。

 

「タダシ アンパイヤーハ ミスター茅野ニヤッテモライマスガ ヨロシイデスカ」

 

「いいでしょう。代わりにグランドはこちらで手配します。ここから北西に800メートル行ったところに扇型の窪地がありますので、そこで1時間後の午後1時に試合を始めます」

 

「ワカリマシタ オテヤワラカニオネガイシマス」

 

「それから、万が一、如何わしいジャッジがあった場合には運営本部に匿名で通報させてもらいます。くれぐれも、不注意のないようお気をつけください」

 

 そう言い残すとアラビアンナイトの一団は砂丘の影へと去って行った。一団の姿が消えると茅野がガッテムに掴みかかる勢いで詰め寄った。

 

「おい! ガッテム! どういう積もりだ!!」

「コレデジョウケンハ フィフティーフィフティーデス」

「五分だぁ? そんな訳ないだろ! 球場は向こうが用意するって言ってるんだぞ! 砂漠のど真ん中にまともな球場がある訳がないだろ。罠が仕掛けてあるかも知れない。いや、そう考えるべきだ」

「ソンナコトハ イッテミナイトワカリマセーン ソレトモ ミスジャッジガコワイノデスカ?」

「見くびってもらっちゃ困る。ただ、あの口ぶりじゃ、賊に勝算はあるだろ」

「ワタシタチニモショウサンアリマス! ミスター茅野ガアンパイヤーナラバ ベースボールノルールガ崩壊スルコトハアリマセーン」

「お前、そこまで考えて俺を……?」

「ソノトーリデス」

「そうか。…ガッテム。今回のジャッジは俺が責任を持って引き受ける。条件が五分なら、実力がある方が勝つよな」

「オフコース!」

 

 そうと決まれば、一行は野球道具一式をトレーラーの荷台から引っ張り出す。ちょうど良いところに後続の軽自動車が現場に追いついてきた。運転席から矢部が血相を変えて飛び出してきたが、ちょっと様子がおかしい。面倒に巻き込まれる前に、菅野が一方的に話しかけた。

 

「おい、矢部よ。ちょうどいい所に来た。1時間後に北西の窪地で試合だ。大至急井伏監督代行にオーダーを組むように伝えてきてくれ」

「ムキーッ! オイラまだ来たばかりでやんす! 巨乳のお姉さんとお話しがしたいでやんす!」

「あぁ、確かに艶っぽい女がいたな。あれはヤバかったな。だが、残念だな矢部よ。彼らは一足先に移動してしまったぞ。そして喜べ、次の対戦相手はその巨乳美女達だ」

「オッ、オイラ、すっ、すぐにオーダー組んでもらうでやんす〜〜っ!!」

 

 矢部は顔を真っ赤に張らせて拳を突き上げると、猛ダッシュで軽自動車へと引き返していった。

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