ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

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Major League Ball First Part 1

 カオスシティから西へ約50kmの所にある扇形の窪地は南地区の大砂漠の北東部に位置している。内外野を整地してマウンドを盛っただけのグランドはまさに天然の野球場といった感じだ。

 フィールドは外野から本塁に向けて緩やかな下り坂になっていて、本塁後方には高く切り立つ断崖が巨大なバックネットのように聳えている。その断崖は両翼に向かって延びていき、それらの崖は外野に続くにつれて少しずつ低くなり、やがて緩やかに傾斜しているフィールドと合流している。外野の向こう側はそのまま大砂漠へと繋がっていて、フェンスや柵のようなものは設置されていないから、外野を抜けた打球はどこまで転がってもインプレーというのがグランドルールらしい。

 そんな球場の三塁側ベンチ前ではフロッグスの円陣が組まれ、その中央で井伏監督代行がオーダーを読み上げていた。

 

「1番センター 矢部」

「はいでやんす!」

「2番セカンド 永瀬」

「はい」

「3番ショート 大坂」

「はい」

「4番ファースト ガッテム」

「イエス!」

「5番ライト 佐賀」

「はい」

「6番キャッチャー ……」

 

 

  ◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 

「……異な事を、吾輩がキャッチャーだと?」

「そうだ」

 

 およそ1時間前。大型トレーラーの倉庫を改装して作られたトレーニングルームを井伏は訪れていた。ここの主はルコフスク=ロシュツスキーだ。幾つもの重りをつけたベンチプレスのバーベルを上下させながらルコフスクは答えた。

 

「うむぅ。しかしだな……」

「まあ、聞いてくれ。大坂君は体調がすぐれないから不慣れなポジションは避けたい」

「吾輩とて勝手知ったるポジションではないぞ」

「この試合、求めているのはキャッチャーとしての資質や経験値ではない。今の俺たちには魔導術の知識が足りないんだ。圧倒的に足りない。無いと言ってもいい。それに加えて、対戦相手であるフェニックスのデータも乏しい。今わかるのは、砂を自在に操る能力者がいるだろうということくらいだ。得体の知れない魔導術に臨機応変に対処しながらのタフなゲームになると思う。

色々考えてみたが、君が適役だろう」

 

 ルコフスクは頬を膨らませて大きく息を吐きながら、ベンチプレスのバーベルをゆっくりと挙げると、そっとラックに戻した。全身を覆うように流れる汗が紅潮した肌にまとわり付き、分厚い筋肉の凹凸の溝へと雫がこぼれ落ちていく。ルコフスクはむくりと起き上がるとタオルで汗をぬぐった。

 

「上策とは思えぬが、致し方なしといったところか」

「いや、案外向いてると思うぜ?」

「世辞はよしてくれ」

「世辞で采配をする気はないよ。負けられないのは、お互い様の筈だ」

 

 ルコフスクもこの勝負を落とすわけにはいかなかった。ガッテムがルコフスクに告げた条件こそ、雷神バットを取り戻すまでチームに同行することなのだ。つまり、ルコフスク自身が雷神バットの身代わりとして同行することとなったのだ。この試合に負ければ雷神バットが遠のくことはルコフスクも承知の上だ。

 

「おまけに、君がピッチャーをやると、グラヴィティーボールを捕る人間がいないからな」

「ガハハ! それもそうだな。あいわかった、引き受けよう」

 

 

 ◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

「……6番キャッチャー ルコフスク」

「うむ」

 

 東地区リーグの最終戦で最終回だけだったがマスクをかぶった大坂か、あるいは井伏監督代行自らマスクをかぶると予想していた一同はにわかに驚きざわついたが、井伏は構わずにオーダー発表を続けた。

 

「7番レフト 菅野」

「お、おう…」

「8番サード 俺、9番ピッチャー ロボ」

「ハイ…」

「以上だ。夏苗ちゃんを救うためにも、雷神バットを取り戻すためにもこの試合は負けられない。絶対に勝つぞ!!」

 

『オー!!』

 

 

 ◆  ◆  ◆  ◇  ◇

 

 

 試合前のノックで、両チームの選手がグランドの感触を確かめ終えると、すぐに試合が始まった。フェニックスナインがグランドに散っていく。先攻はフロッグス。先頭打者の矢部が右の打席に入り構えた。

 

「プレイボール!」

 

 主審茅野の宣言によって運命の一戦がスタートした。フロッグス選手一同が声援を送る中で、打席の矢部はどうも試合に集中できていないようだ。チラチラと一塁ベンチの方を伺っている。

 

「集中しろよォ! って、聞いてんのかっ!!」

 

 三塁コーチ菅野の怒号も耳に届いている気配がない。たまらず菅野はベンチを振り向き、大坂に話しかけた。

 

「おい、あいつ大丈夫なのか?」

「多分、ダメですね」

「ずいぶん素っ気ないな。お前の相棒じゃねぇのかよ!?」

「付き合いが長いから、わかることもあるんです」

「そうか。大坂もお手上げじゃ、仕方ない。ピッチャーさんよぉ! デッドボールでも当ててうちの切り込みメガネの目を覚ましてやってくんねぇか!?」

「ちょっ、それは言い過ぎ……」

「構いやしねぇさ。あいつはロボに俺目掛けて全力投球させやがったんだからな。危ないったらねぇや」

「そりゃ酷い……」

 

 フェニックスの先発は水田ポポ。先刻挨拶のあったリーダー格の男だ。身長は165cm程度の小柄ながらも筋骨逞しく、右足を高々と突き上げる大きなフォームから唸りを上げる左腕は、かつての大投手星飛雄馬を彷彿とさせる。もっとも、星は自身の開発した大リーグボールと呼ばれる新変化球によって肉体を蝕まれ、わずか数年で選手生命を絶たれてしまったため、彼の名を知る者は今ではほとんどいない。だがしかし、彼とそのライバル達が築いた数々の名勝負を知れば、きっと誰もが胸を熱くたぎらせることであろう。

 

 スピードガンがないため正確な球速はわからないが、水田の直球も150km/h近くは出ているだろう。投球練習ではバシンッという強烈な捕球音が球場を囲む断崖にこだましていた。

 その水田の初球はインコース高めにすっぽ抜ける。矢部の頭上をめがけて水田の豪速球が襲いかかるが、一塁側ベンチに気を取られて集中力が散漫している矢部の反応は少し遅れた。ほとんど垂直に立てられたバットにボールが当たり、力のない打球がピッチャー正面に転がる。

 

「おいおい、嘘だろ…」

 

 驚き呆れる菅野を尻目に水田は打球を処理すると、あっという間に1アウトとなった。

 矢部はしょんぼりとした様子でベンチに戻ってくる。

 

「面目ないでやんす。オイラ何もできなかったでやんす」

「女なんぞに気を取られてるからだ」

「うるさいでやんす! 今時、硬派な不良なんて流行らないでやんす!」

「軟派なオタクもどうかと思うがな!」

 

「まぁまぁ、二人とも……」

 

 間に入った大坂だけが事の重大さに気がついていた。矢部は反応が遅れたとはいえ、寸前でバットを傾けてボールを避けようとしていた。それにもかかわらず、ボールはバットを追いかけるようにシュート変化して矢部のバットに命中していたのだ。ただの偶然なのだろうか、それとも、水田が狙ってやっていたとしたら…?

 いやいや、そんな曲芸のようなピッチングができるはずもない。にわかによぎった疑念を払うべく、大坂はネクストバッターズサークルで水田の投球のタイミングを伺い、素振りを始めた。

 

 2番永瀬もハーフスピードの臭い球をカットし損ねて内野ゴロに倒れた。ナチュラルに沈んだからツーシームかも知れないとは永瀬談である。いつもは粘り強い永瀬の打撃が淡白に終わったことも、大坂にはどうも引っ掛かっる。水田はただの速球派投手ではないのではないかと。

 自らの打順となったが、打席に向かう大坂の体調は優れなかった。矢部の運転による車酔いを引きずっているものだと初めのうちは考えていたのだが、時間を追うごとに体が重くなってきているし吐き気も酷い。これは、ただの車酔いではなさそうだ。そんなことを考えていると、一塁ベンチに見覚えのある顔があった。

 

 ……どうして、今まで気がつかなかったのだろうか?

 

 フェニックスのスコアラーはあの巨乳メイド店員だったのだ。彼女はにっこりと妖しく微笑んで、大坂に視線を送った。

 まさかと思い、一塁コーチを見ると橘の顔色も良くないことがわかった。周囲にはまだ悟られていないようだが、眉間にしわを寄せて額に脂汗を浮かべている。大坂は橘にアイコンタクトをしてフェニックスベンチを見るように促した。一塁ベンチにチラリと視線を送った橘もハッとした様子で気が付いたようだ。この試合は始めから彼女たちによって仕組まれていたのだろうか。だとすれば、今後の展開は推して知るべしだ。

 こうなると、味方であろう茅野が主審を務めていることが、大きな救いだった。きっと魔導術による度を超えた攻撃の抑止力になっているに違いない。俺たちはここに誘い込まれたのだろう。そして、その状況を一瞬で察知し条件を限りなくイーブンに引き戻したガッテムの機転には感謝するばかりである。

 

 ……イーブン? 果たしてそうだろうか?

 

 打席に立つ大坂に、容赦なく真夏の太陽が照りつける。十分に熱せられた地面からの熱気すらも息苦しく感じる。ただでさえ消耗している体力が余計に削られて、意識が飛んでしまいそうだ。高校時代も本調子でないままに試合に挑んだことはあったが、試合が始まれば体内を巡るアドレナリンによって具合の悪さは何処へやら消え去っていたものだ。しかし、今回はそうもいかないらしい。アイスティーに混入した毒薬が大坂の体力と集中力を奪う。

 

“ズバンッ!”

 

「ストライク!」

 

 実際に打席に立つと、さらに速く感じられた。いわゆる手元で伸びるタイプの直球が、外角低めのいいコースに決まった。制球力にも自信があるのだろう。捕手のミットがぶれることなく乾いた捕球音を響かせた。

 捕手の御殿場が山なりのボールを水田に返す。御殿場は彫りの深いアラブ系の顔立ちで、濃い眉毛と蓄えた口ひげがチャームポイントだ。遠目に見るとコミカルで穏やかそうな印象だが、近くで観ると深慮遠謀そうな強力な力を放つ眼差しが周囲に警戒を払っている。190cm近い長身に手足も長くフィジカルも強そうだ。

 ボールを受け取った水田は腰を深く折り曲げてサインを覗き込む。サインを送る御殿場とその様子を伺う大坂との視線が交錯すると、御殿場は優しく微笑んだ。試合前の殺伐とした緊張感が緩むと同時に、わずかだが勝負への闘争心が削がれる。これが計算ずくであれば、捕手の御殿場もなかなか曲者だ。

 水田の第2球は初球よりも外よりアウトローだが、ばっちりストライク。大坂はまだ手を出さない。ここまでの投球が狙っての投球であれば、水田の制球力はかなりのレベルである。加えて150km/hに及ぶであろう球速だ。コーナーを広く使われれば攻略は容易ではないだろう。カウントはノーボル2ストライク。追い込まれた大坂はストライクゾーンを広くして待たなければならない。

 そんな大坂の心理を見透かしたように、水田の第3球はさらに外角の臭いコース。これだけの制度で投球をコントロールされてはぐぅの音も出ない。大坂も無理に引っ張らず三遊間を意識してバットを投げ出すが、寸前でわずかにボールが沈んだ。永瀬の言っていたツーシームだろう。

 

“カンッ!”

 

 ショート左に打球が転がるが遊撃手ギャネンドラの守備範囲内だ。砂地の上とは思えない軽い身のこなしでギャネンドラが打球を処理して3アウト。

 初回、フロッグスの攻撃は三者凡退に終わった。

 

 

 ◆  ◆  ◆  ◆  ◇

 

 

“バシッ!”

 

「むむぅ。シュート回転しているなぁ」

「おい矢部、どうなってるんだ!?」

 

 ロボの投球を受けたルコフスクは渋い表情だ。すぐ隣で腕組みをして立ち会う菅野も怪訝な表情である。矢部はマウンド上のロボの背後で自身のPDFアプリを用いて最終調整を行っていた。

 

「おかしいでやんす。マウンドの高さ、傾斜、土の弾力、それ以外にも気温や湿度に気圧、あらゆるデータに問題はないでやんす。何か他に不確定な要素が介在していて、ロボは本来のパフォーマンスを発揮できていないでやんす」

「そうだな。貴様の想定が甘いから優秀なCPUも宝の持ち腐れってわけだ」

「ムッキー! だったら菅野さんが投げるでやんす!」

「俺はいつでも準備OKだよ。貴様がどうしてもって言うから譲ったまでだ」

「さ、3連投の菅野さんよりは役に立つはずでやんす…」

「テメェ、昨日俺が投げてなかったら今頃どうなってたかわかって言ってんのか……!?」

 

「いつまでじゃれてる気だ。次で最後だぞ」

 

「へ〜い」「はいでやんす」

 

 ヒートアップする2人を茅野が諌める。矢部と菅野はバツが悪そうに外野の定位置へと走っていく。

 

「ボールバックゥ!!」

 

 ルコフスクの声を合図にロボは最後の投球モーションを起こす。ぎこちないが、それでも人間の動きに限りなく近いモーションが自律型の制御装置で体現される。ヒュオーンヒュオーンという静かなモーター音とともに、ロボの左腕から最後の投球練習が放たれた。

 

“パシン!”

 

 しかし、投球はストライクゾーンから大きく外れてクソボール。ルコフスクは立ち上がって腕を伸ばして捕球するとそのままノーステップでセカンドへ送球した。

 

「あっ、すまん!」

 

 送球は三塁方向に少し逸れる。ベースカバーに入った大坂が左手を目一杯伸ばして掴もうとするが、ボールはグローブの土手を掠めてセンター方向へと転々した。

 

「悪い悪い、大坂くん。握りが甘かった」

「いいえ、俺も、あのくらい取らないと」

 

 大坂はそこに立っているのがやっとといった感じだ。まだ初回だというのに汗の量がひどい。

 

「大丈夫でやんすか?」

 

 外野フィールドは内野よりも深い砂に覆われていて、グランダーはすぐに失速してしまう。セカンドベース後方で動きを止めたボールを矢部が掴んで返球する。

 

「これは外野も難しいでやんす。間を抜かれたらホームランでやんすけど、あまり深く守ってると、シングルでも次の塁に行かれてしまうでやんす。おまけにこの砂、足にまとわりついて重いでやんす。合宿の砂浜ダッシュを思い出すでやんす」

「あぁ、そうだね……」

 

 いつもなら「でも、矢部君がセンターなら安心だ」などと愛想よく調子を合わせる大坂が、うつろな表情で虚空の彼方を見つめていた。大坂の異変に、まず矢部が気がついた。

 

「大坂君……?」

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