ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

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 リモーア市郊外にある新リモーア駅は、長閑な田舎のターミナルステーションである。8つあるプラットホームはそれぞれ西地区、中央地区、南地区、市内・港方面へと向かうそれぞれの路線の終着駅となっている。市内の混乱が嘘のように駅周辺は静まり返っていて、人は疎らであるが、それでも途切れる事はなかった。市内・港方面へ向かう路線は運休している様だが、他の路線は定刻通りに運行していた。間もなく南地区行きの特急列車の出発時刻だ。これに乗れば、先行するPDAの持ち主に追い付ける。茅野は2人分の切符を買うと特急列車に乗り込んだ。

 

「――すると、君の友達は、高校時代の親友ってことか」

「そうでやんす」

 一度気を許すと、何でもかんでもペラペラと喋る青年だ。目の前のメガネの青年が言うほどの信頼関係が、この小一時間で築かれたとは考え難いが、今は好都合だ。

 矢部という青年は、大坂という青年のこともまた信頼しているようだ。こちらの信頼関係は、うらやましい限りの青春が背景にあり、矢部が嘘をついていないのであれば、まがい物ではないだろう。聞くところによれば、矢部と連れの大坂という青年がこの島にやって来たのは、本当に偶然に偶然が重なっただけのようだ。ならば、綿密に練られているであろう雷神バットの盗難との関係は無さそうだ。

「そういえば、驚いたでやんすね。あの船にはポートランドが乗っていたでやんすよ! オイラ、偶然見たでやんす」

「あぁ、そうみたいだな……」

 また偶然か。茅野は流れる景色を眺めながら平静を装った。これ程の偶然を平然と並べている青年を、果たして信用できるだろうか。もっとも、綿密に練られた計画を実行する工作員にも到底見えないのだが……。

「大坂君は、ポートランドに会えたでやんすかねぇ~」

「どうだろうな」

「でも、ポートランドを先に発見したのはオイラでやんすよ」

「へ~」

 乗客が少ないとはいえ電車の中だ。いい年齢の男子が、もう少し静かにできないものだろうか。茅野は、売店で買ったナッツを口に運び続けた。

「だから、大坂君はポートランドに会いに……あ、思い出したでやんす!」

「おい、少しは静かに……」

「間違いないでやんす! それで、その時にぶつかった……」

「あ~わかったわかった。もういいから黙っててくれ」

「聞・く・で・や・ん・す! その時に、ぶつかった女の子がきっと犯人でやんす」

「そんな訳ないだろ! ん? 何だって!?」

「だ・か・ら! その時からPDAが無いんでやんす!」

「そうか!」

「そうでやんす!」

「そういう事は、もっと早く言ってくれよ。で、特徴は?」

「う~ん。とっても可愛かったでやんす~むふふ~」

「貴様の主観は聞いてねぇよ!」

「ピンクのワンピースを着ていたでやんす!」

「他には?」

「超ミニだったでやんす! パンツが見えるかと思ったでやんす! でも、不思議と見えなかったでやんす!」

「おい! 馬鹿にしてるのか? 服なんて着替えたらわからんだろ?」

「身長とか、何歳くらいとか、芸能人だと誰っぽいとか、そういう奴だよ!」

「う~ん。あんまり覚えてないでやんすね。背はちっちゃかったでやんす」

「あ、の、なぁ!」

 電車は3つ先の駅で、先行する鈍行列車に追い付くらしい。今は、矢部のPDAを取り戻し、大坂という青年と連絡を取る事が先決だ。雷神バットを盗み逃亡したポートランドに迫るにはまだ時間がかかりそうだ。それまで、当局の目を逃れながら行動しなければならない。我ながらタフな旅路になりそうだ。

 

◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

 北地区のほぼ中央の丘陵地帯に位置するハミットヒル市街地にあるハミットヒル駅は小規模ながらショッピングモールが併設されていて、改札を潜らないでも列車の待ち合わせ時間を利用して買い物が楽しめる構造になっている。飲食店はもちろん、衣料品店、書店など様々な施設が軒を連ねていた。

 茅野は無邪気にも土産物店の前で立ち止まった矢部をたしなめながら、すこし憂鬱な気分を味わう。目標人物はいまだに発見できない。

 しかし、駅構内にいるのは間違いないだろう。とはいえ、誤差半径が10mを超えるGPS精度では前を歩く矢部の記憶だけが頼りだ。

「この辺りだよな」

「そうでやんす。この辺りにご当地ガンダーロボシリーズが……」

「お前は、自分がどういう状況なのかわかってるのか?」

「わかってるでやんす! でもピンクのドレスを着た女の子なんて、どこにもいないでやんす」

「当たり前だろ! お尋ね者がそんな目立つ格好でうろついている訳……そうか!付いて来い!」

「何でやんすか、偉そうに」

 茅野は振り返ると、近くにあった衣料品店に踏み入った。奥で電卓を叩いていた若い女性店員が驚いて顔をあげる。無理もないだろう。街に繰り出せば茅野は屈強な大男の部類に入る。派手な柄物のアロハシャツをまとっていきり立つ茅野の形相は、とても堅気の人間のそれとは思えない。

「ここにピンクのドレスを着た若い女は来ていないか?」

「……ど、どちらさまでしょう?」

「あぁ、失敬。こういう者です」

 茅野はチノパンから身分証を取り出した。この島では運営本部の警備員は警察官と変わらない権限がある。

「これは、失礼いたしました。先程、いらっしゃいました。なるべく地味な格好をご所望でしたので、あちらのカーディガンとデニムパンツ、それと、こちらのTシャツをお召しになって帰りましたよ。ボーイッシュなコーディネイトも良くお似合いの方でしたね。スタイルも良かったので、色々お勧めしたかったのですが、なんでも、次に出る特急列車に乗るとかで急いでいらっしゃいましてね」

「次の特急!?」

「えぇ。たしかそう仰っていましたが……」

「ありがとう。おい! 矢部! 行くぞ」

 茅野は土産物店の前で目を皿にしている矢部を呼ぶと、ホームへと続くコンコースを急いだ。時間がない!

 

◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 タワービルの某階にあるオフィスルームは朝から大騒ぎだった。上席者達は臨時会議を繰り返し、下っ端も部署から部署へと走り回っている。忙しいのはデスクでブラックコーヒーをすする原村も同じだ。朝淹れたコーヒーはとっくに冷めきっている。ブランド物のグレーのスーツに白いブラウス、ダークブラウンのソバージュを束ねパソコンに向かう出で立ちはキャリアOLそのものだ。

 原村のデスクの電話が鳴る。朝からこの状況である。オフィスのどの電話で誰が出ているかなんて誰も気に留めない。原村も非通知表示に気を留めることなく電話を取った。

「はい、中ノ鳥島野球大会運営本部管理部でございます」

『もしもし、原村か?』

「ちょっ、啓吾!? みんなあなたを探してるわよ?」

 原村は周囲の様子を慎重にうかがう。

「どうしたの? 何があったの?」

 電話越しの相手は、何かを言い淀んでいる。

「すぐに戻って来て。今ならまだ戻れる」

 同期で入社した2つ歳上の男は彼女の提案を拒否した。彼は無茶をするけど、無計画に動く人間ではない。

「どういうこと?」

 そして、かつての恋人はひとつだけ頼まれてくれと言う。

「いいわ、1つだけよ」

 現在の社内での立場と、過去の感情と様々なものが彼女の周囲を回る。見慣れたオフィスの景色がぼんやりとしてくる。しかし、今社内で誰もが一番に連絡を取りたがっている人物が要求してきた事柄は、あまりにも拍子抜けする事柄だった。

「なに? ガンダーロボ?」

 それでも、彼は真剣だった。

「いいけど、そんなもん拾ってどうするの?」

 嫌な予感がした。このままでは取り返しが付かない事になる。引き留めるなら、今しかない。

「わからないわけないでしょ?」

 そう。引き留めなければ――

「ちょっ、ちょっと!啓吾!!」

 電話が切れた。オフィスは相変わらず慌ただしいままだ。室長の佐久は会議中だ。今すぐ報告する義務はない。原村はデスクを立ち上がると、学生時代の後輩を尋ねるべく階下の警備部に向かった。

 

 第8次招待選手を乗せたセントラルバード号の座礁炎上事故の対応に追われて大わらわの管理部に対して、今回の事故の責任を問われる警備部の雰囲気は重苦しかった。事務所に入ると、茅野の相棒でもある箕輪に出迎えられたが、彼の表情も疲れきっていた。それもそのはずだ。最も信頼していた上官が、突然失踪したのだから。

「箕輪さん、南木曽と少し話がしたいんだけど」

「構わない。奥の部屋を使ってくれ」

 案内された応接室に、学生時代の後輩と入る。小さなテーブルを挟むように黒皮張りのソファーが4つ並んでいるだけの、小ざっぱりとした部屋だ。

「今回は、大変だったね」

「いいえ…」

 南木曽が首を振ると栗色のショートボブが揺れる。普段はチャームポイントであるたれ目と長いまつ毛が、今日に限っては彼女の辛そうな表情を強調していた。おっとりしていて、あまり感情は表に出さないタイプの彼女が落ち込んでいる事が明らかに見て取れた。それもそのはずだ。目の前でクインテット(星5つ)レアアイテムが盗まれてしまったのだから。

「あたし、あんなに大事なものを運んでるなんて知らなかったんです」

 独り言をつぶやくように、南木曽は吐露した。

「なぎちゃんが責任を感じる事はないわ。私も知らなかったし」

 原村は、何かとんでもないものが本土から運ばれてくるらしいという噂を聞いていたが、ここは話を合わせる。

「だけど、茅野主任が行方不明だって聞きました」

「大丈夫。彼なら平気よ」

「だといいんですが」

「ねぇ、その時の事、詳しく教えてくれない?」

 南木曽は不安そうに、原村を見返した。原村は、じっと目を見開いて南木曽の答えを待った。

「こんな事を言って、信じてもらえるかどうかわかりませんが、思い出せないんです。あたし、その時の事」

「そう」

「でも、ひとつだけ覚えてるんです。ピンクのワンピース……」

「え、なに?」

「顔まではわかりませんけど、あたしと飯田さんが駆け付けた時に、ピンクのワンピースを着た女の子と鉢合わせたんです。でも、その後の事は何も……」

「わかったわ。ありがとう。あと、ひとつ聞きたいんだけど、これから船に行く事って出来ないかしら?」

「できますよ。あたしも、現場に行けば何か思い出すかもしれないですし」

「じゃあ、決まり」

 

 ナンバーワンの三才山は会議中、ナンバーツーの茅野は失踪中。舵取りのいない警備部は抜け殻状態だ。箕輪も南木曽の外出を引き留める理由はなかった。

 

◆  ◆  ◆  ◇  ◇

 

 同じ頃、同じビル最上階の会議室では、大会運営本部の臨時役員会議が執り行なわれていた。円卓を囲む十余名の年齢・性別はまちまちだ。

「三才山君! 今回の失態にどうけじめを付けてくれるんだね?」

 先程から、捲し立てているのは管理部室長の佐久だ。短身痩躯で、禿げかけた頭を残り少ない頭髪で隠しているが、実際は隠し切れていない。華奢で小柄な佐久が、大柄で厳つい三才山を責め立てる様は、円卓に向かう他の人物には滑稽で仕方がない。そんな周囲の空気には目もくれず、三才山も毅然と答えた。

「主任である茅野の進退を窺うのは尚早だと申し上げております。事態の全容を把握しないまま、迂闊に事を進めては『ピンク=パンサン』の思う壺です」

「おたくの茅野君はねぇ、今朝方自宅から管理部のパソコンに不正にアクセスして自分のIDを完全に削除していったんだよ。それに、そのピンク…何だ? よくわからんがピンクなにがしにしたって、実態が丸でわからないじゃないか。聞くところによると、彼の自宅にあったメモ書きらしいじゃないか。そんな物が、何の証拠になるんだね?」

「まあまあ……」

 問答を制したのは上座に陣取る若い茶髪の青年だ。

「7つあるうちのクインテットスターアイテムが1つ『ピンク=パンサン』の手に堕ちたところで、僕達の計画に何の支障もないよ。なぁ、神高?」

「はい。大勢に影響はございません」

 若い茶髪の青年の隣に座る妙齢の女は、にこりと愛想笑いを浮かべた。笑ったのは口元だけだ。目は笑っていない。

「…ですが、クインテットレアアイテムの流出は憂慮すべき事態です。警備部は雷神バットの回収を最優先で行ってください」

「尽力いたします」

「管理部はシステムを復旧させた後、直ちに北地区予選を開幕してください。リミットは今週の水曜。どうでしょう?」

「承知しました」

 

◆  ◆  ◆  ◆  ◇

 

 茅野と矢部はホームへと続く階段を駆け上がる。発車のベルが聞こえる。先に力が尽きたのは茅野の方だった。体力には自信があったが、よくよく考えてみれば昨日の夜はまともに寝ていない。気が付くと、前のめりに倒れはじめた身体の制御がきかなくなっている。足が上がらず、身をよじって受け身を取るのが精いっぱいだ。意識が遠のいていく。

 バタン!

 突然後ろから聞こえた音に矢部が振り返ると、あろうことか茅野が階段を転げ落ちていた。

「やんす!」

 茅野は一番下まで転がり落ちた。後を追うように矢部も階段を駆け降りた。

「何してるでやんすか! 早く起きるでやんす!」

「ぁ……ぁぁ」

 茅野は起き上がろうと試みたが、思うように身体が動かない。

「誰か! 誰か助けるでやんす!」

「馬鹿! お前はIDを持ってないんだぞ? もし、それが見つかったら――」

「わかってるでやんす! でも、茅野さんが怪我してるでやんす!」

「俺の事はいい! お前があの女を見つけ出してPDAを取り返せ。俺の端末がズボンのポケットに入っているから持っていけ。俺は後で新しいヤツを買って、それに連絡するから。いいな」

「よくないでやんす」

 本当に聞き分けのない男だ。茅野は薄れる意識の中で考える。この男を説得する方法は何かないものだろうか。

「よく聞け。ハミットヒル限定のご当地ガンダーロボキーホルダーとタオルハンカチは俺が買っておいてやる。俺も少し休めば大丈夫だ。だから行くんだ」

「あと、ボールペンと耳かきもでやんす」

「いいだろう」

「合点承知でやんす!」

 茅野は遠ざかる矢部の足音を聞きながら目を閉じた。目を閉じると意識がどこか遠くへと飛んでいく。少し休みたい。緊張が解けた彼の身体は、そのまま深い眠りへと誘われていった。

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