ドラフ島列伝 ~The last page of baseball legends chronicle~   作:マリリンマンション

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Living Dead

 4回表、モンキース漁火のタイムリーツーベースで1点返されたところで、大坂はタイムを宣告した。内野手がマウンドに集まる。

「悪い。夏苗」

 大坂は、出来る限り軽い口調で言うように努めたが、声が少しだけ上ずった。幸いグラブで口元を覆っていたから、声がくぐもって、あまり深刻な調子にもならなかった。

「いいの。気にしないで。私だって、怖かったんだから」

 夏苗はミットで大坂の胸を突いた。

「次は、投げるからな」

「お願いね。もう1点もやれないし」

 夏苗は微笑んだ。しかし、少しだけ寂しそうだった。少し寂しそうだったのは、投げるのを躊躇った大坂への失望だったのか、次は投げると宣言した大坂への抗議だったのかは、大坂にはわからなかった。

「それより、今の見たでしょ。あれがファイヤースターター。一定以上の打球速度があれば、野手が捕球する直前に打球が火の玉みたいに発火するの。もちろん、ピッチャーライナーだって例外じゃないから、気をつけてね」

 夏苗は早口でそう告げると、そのまま本塁へと走っていった。マウンドを離れる夏苗の姿が、ひどく儚く見えた。大坂は夏苗を呼び止めて、ミラージュゾーンの弱点が破られたのかどうかを確認したかったが、そんな弱気な言動ははばかられた。

 ミラージュゾーンが攻略されたのではないかという大坂の心配をよそに、モンキース打線の4番佐賀、5番菅野は手も足も出ず二者連続三振。後続をピシャリと抑えて追撃を許さなかった。漁火のヒットは、ただの出会い頭だったのだろうか。

 

◆  ◇  ◇  ◇  ◇

 

「佐賀君。どういう事なのか説明してくれないか」

 漁火はベンチに帰るなり、チームの主砲である佐賀を呼び止めた。スキンヘッドの巨体が硬直している。

「僕が何故、あの隙だらけのバッテリーから盗塁もせずに二塁で留まっていたかわかるかい?」

「そ、それは、自分が打って…」

「そうだよ。君が打てばヒット1本で帰ってこれるんだ。二塁にいようが三塁にいようが変わらない。だけど、それだけじゃない。あの大坂という新入りピッチャーの球筋をじっくり観察させてもらったんだ。何の変哲もない棒球じゃないか。どうして打てない?」

「それは…」

 愚直にも言葉に詰まる佐賀を、漁火は半ば呆れた表情で見返した。

「もういい。しっかり守ろうぜ」

 佐賀はこういう時に、適当な言葉ではぐらかそうとしたり、その場しのぎの嘘をつく事はなかった。彼は、はぐれ者の集団であるモンキースの中で、漁火が信頼する数少ない人物の一人だ。しかし、その佐賀の馬鹿正直さがモンキースに重たい枷を背負わせてしまったのも事実である。その責めを、一番感じているのは佐賀自身だ。漁火には、それがよくわかっていたし、それ故、その佐賀を見捨てる事が出来ずに、今日までモンキーズを指揮している。

 

 

 5年前。佐賀には歳の離れた妹がいた。彼女は身体が弱く病気がちで、余命もいくらもないと医師から宣告されていた。彼女の残り少ない命を救うには手術が必要だったが、手術には金がかかった。当時から真面目な性格の佐賀は、一生懸命働いた。働いて働いて働いた。それでも、手元に残るのは僅かな額だった。妹の入院や治療とて高額の費用が請求されていた。

 そんなある日、彼は街頭の一枚のチラシに目を奪われた。「集え!」何の変哲もないキャッチコピーだ。地元球団サンシャインモンキースの募集広告だった。当時の東地区は8球団あって、上位2球団が秋に行われる本戦への出場権を手にしていた。地区予選を突破すれば運営側から賞金が出る。本戦で活躍すれば、さらに賞金が出る。絵に描いたような舞台に夢を抱かない若者は、この島にはいなかった。

 かくして、佐賀の入団が決まると、彼はメキメキと頭角を現した。同期入団の菅野の存在も大きかった。彼らの熱心な姿勢はチーム全体に良い刺激となって、その年の東地区予選を制覇した。

 しかし、本戦での野球はそれまでの地区予選とは全く異なるものだった。どんな打者も打てない魔球を投げるピッチャーがいるかと思えば、どんな魔球も打ち返すバッターがいた。佐賀も菅野も、彼らの野球に目を奪われ、心を躍らせた。若い2人は、彼らの内に燻ぶる「魔道術」を磨こうと誓い合った。

 ところが、佐賀には――佐賀の妹には――もう時間が残されていなかった。

 

◆  ◆  ◇  ◇  ◇

 

 4回裏の攻撃は3番大坂の打順から始まる。しかし大坂は、先の本塁封殺の場面を思い返すばかりで、全く打席に集中できていなかった。考えたところで、過去が変わるわけではない。何の結論も出てこない。しかし、もし投げてクロスプレーにでもなれば、夏苗はやはり、大なり小なり怪我を負う事になっていただろう。

「スリーボール!ツーストライク!」

 一方の菅野は、打ち気の無い大坂に対してカウントを悪くして苦しんでした。カウントはフルカウント。

 あまり、制球は良くないのかもしれない。主審のコールで、大坂はふと我に返りバットを短く握り直す。そして、鬱憤を晴らすかの如く150㎞/h台の速球に必死で喰らい付いていった。ファール、ファール、ファール…

 菅野の9球目。正直、手が出なかったのだが、ボール半個だけ外に外れた。

「フォアボール」

 大坂は、一塁へと歩いた。

 無死でのランナーだったが、前の打席に場外本塁打を打っている男との勝負をバッテリーは避けた。敬遠気味の四球で、ガッテムも一塁に歩かされる。5番井伏の送りバントで一死二、三塁とするも、モンキーズは6番土浦を敬遠し満塁策をとる。7番古河はチェンジアップでタイミングをかわされてセカンドゴロ併殺であえなくフロッグスの攻撃は終了した。

 2-1。1点差のまま、試合は中盤の5回に突入する。

 

 フロッグスナインが5回の守備に散ると、一塁側のベンチはヤソジ一人になる。愛犬のみかんはベンチ奥の日陰で気持ちよさそうに眠っている。誰かのPDAがブーンブーンと振動しながらベンチの上を滑っていく。確か、あの辺りには大坂が腰を掛けていたはずだ。

 キン!と甲高い打球音がして、ファーストのガッテムがこちらに猛ダッシュをしてくる。ヤソジは目を細めて上空を見上げて、打球の軌道を確認した。そして、ゆっくりと立ちあがるとベンチの奥へと下がった。ガッテムはベンチの中に倒れ込むように飛び込んで、ファールフライをキャッチした!

「いいぞ! 新人!」

 巨漢のガッテムの機敏なプレイにスタンドも大いに沸いている。気が付けば、内野スタンドは地元チームの行く末を見守るべく、パラキの村民が集まっていた。

「大丈夫かい? あまり無茶してはいけないよ」

「ノープロブレムデ~ス」

 ヤソジも、この男の野球センスには感心していた。初めの打席の特大ホームランが印象的だが、細かいプレイのひとつひとつも洗練されている。この男の正式な選手データが、島内のバンクに存在しないのは不可解だが、おそらく総合評価はAランク。本土ならば「一流のプロ野球選手」として活躍していてもおかしくはないだろう。しかし、それだけのステータスを得たであろう選手が、なぜこの島にやって来たのだろうか?

 そして、今マウンドに立つ青年のデータもまたバンクに存在しない。まだまだ伸びしろは感じられるが、おそらく総合評価はCランク。この程度の選手なら、島内にいくらでもいる。残念だが、彼の実力では本戦での活躍は難しいだろう。しかし、夏苗のミラージュゾーンを機能させるには、彼くらいの制球力があれば充分だ。今日の試合の勝利のために、パラキフロッグスの存続のために、彼らは必要な存在なのだ。

 7番塩原、8番小山は三振に倒れて、フロッグスは5回の守備を終えた。

 

◆  ◆  ◆  ◇  ◇

 

 話を5年前に戻そう。

 本戦に出場して魔道術のヒントを得た佐賀と菅野の活躍もあって、モンキースはこの年の本戦上位入賞を手中に収めかけていた。東地区では十数年ぶりの快挙だった。チームメイトは勿論だが、東地区の住人も大いに喜んだ。しかし、モンキースの4番打者だけは結果に満足していなかった。これに気が付いたのは盟友の菅野だ。

「元気ないじゃないか」

「あぁ…」

 シーズン最終戦前夜の練習のクールダウンで柔軟をしている時だった。結果にこだわるストイックな佐賀の姿を菅野は評価していたが、同時に喜ぶべき時には喜びを分かち合って欲しいとも思っていた。

「明日の最終戦。3打数3安打なら首位打者になれる」

「みたいだな。でも明日対戦する山口は相当手強いぜ。タケちゃんもここまでよくやったんだ。充分だよ」

「まさか、タイトルを獲らなきゃ意味がない」

「そうだな」

 菅野は、佐賀がタイトルにこだわる理由を知っていた。地元の病院で兄の帰りを待つ殊勝な妹の事情は菅野もよく知っていた。

「金のために、野球をやるのって変かな…」

「野球をやる理由なんて、人それぞれだろ。それに、お前が野球をやるのは金のためじゃない。妹のためだ」

「そう。俺はマリィの為に、ここまでやって来たんだ」

 菅野の背中を押す佐賀の手が止まる。

「おい、もう少し押してくれ…って、何だそれ?」

 振り返ると、佐賀が色とりどりの丸薬が粒入った小さな瓶を手に携えていた。

「魔力増強剤」

「馬鹿野郎! そんな物、どこで手に入れたんだよ」

「しっ! 声が大きい」

「持ってるのがバレるだけで登録抹消だぞ?」

「知ってる」

「いーや、知らないね。それに一度でもそんな物に頼れば、副作用で身体がボロボロになって、とても野球なんか出来ない身体になっちまうんだぞ?」

「わかってる」

「じゃあ、何でそんな物持ってるんだよ。そんな物使ったら、お前の妹だって――」

 ――悲しむぞ!と言おうとして菅野は言葉を飲み込んだ。佐賀の置かれている境遇を理解したからだ。彼の妹には来年はないのだ。命を落とすくらいならば、悲しんでもらった方がマシだ。佐賀はそう考えるはずだ。タイトルが獲れなかった事を、この男は一生悔いて生きるに違いない。そして、菅野は一瞬だけ同情して、佐賀から目を逸らせた事を激しく後悔した。

 佐賀は、瓶の蓋を開けると一気に飲み干そうとしていた。菅野は必死で佐賀を制止したが、細身の菅野の力では筋肉質な佐賀はビクともしなかった。

「オレにも寄こせ!」

 苦肉の策だった。菅野は一瞬の隙を突いて佐賀から瓶を奪い取ると、残りを一気に飲み干した。

 

 翌日の最終戦は菅野のノーヒットノーランと佐賀の3打席連続アーチで幕を閉じた。佐賀は見事首位打者に輝いたが、後日、禁止薬物の使用が発覚するとタイトルは剥奪された。そして、その晩、兄の不正を知った妹はショックから立ち直れぬままに息を引き取った。

 登録抹消はおろか野球権(島で野球をする権利)を剥奪されてもおかしくない状況だったが、後日届いた本部からの通達は、結果として事態を更にややこしい方向へと導いた。この通達は、呪詛のように東地区の野球を衰退させていく結果となった。

 

『今後サンシャインモンキースが東地区予選リーグで敗戦した場合、その理由の如何を問わずチームを解散処分とする』

 

 解散したチームに所属するすべての選手の野球権は失効する。安易なチームの結成や解散を抑制するためのルールは当時から存在していた。

 その後の佐賀と菅野の野球人生は生きる屍状態であった。薬の副作用で、次第に彼らの魔力は消滅したが、二人で分かち合った十字架は、幸か不幸か彼らの野球能力までは奪わなかった。




◆◇◆ 登場人物紹介 その1 ◆◇◆
名前:大坂小波/年齢:大学3年/身長:179cm/体重:細マッチョ/血液型A型
投打:右投左打/守備位置:内野手/基本データ(ミパ走肩守):CCDBC
特殊能力:チャンス4、サヨナラ男

本編の主人公。都内の大学に通う大学生。野球帽がトレードマーク。
かつては甲子園の土を踏んだ高校球児だったが、大学では軽音楽サークル所属し野球とは無縁の生活を送っていた。
尊敬する選手:松井稼頭男(楽天)
好きな曲:Deprogrammer(Pay money To my Pain)
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