とある債務者の物語   作:夏目ヒビキ

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債務者と仲間たち

「おはクズ…!」

 

そう言ってこの建物に足を踏み入れたのは、債務者こと、天開司である。

 

この一言は彼なりの挨拶らしいのだが、残念ながら周囲には人影が見当たらない。よくよく見れば、彼の入ったこの場所は、今にも崩れ落ちそうな廃倉庫。穴の空いたトタン屋根に、無駄に高い天井。錆びた鉄扉。割れた磨りガラスからは、僅かに朝日が覗いていた。

拾い物か何かもわからないボロボロのソファとカラーボックス、生活感が無いわけでは無いが、現代日本においてこんな空間で生活する人間などは殆どいないだろう。

 

そんなことなど気にもせず、彼はそのボロボロのソファに座りこんだ。すると、物陰から人影が現れる。

 

 

「あら?司じゃない?」

 

 

先程まで隠れるように潜んで居た彼女は、万楽えね。突き出したその乳房を強調し、さらにハイレグカットまで入った服を着た姿は、とても子供に見せられるものではないほど過激だ。異性だろうと同性だろうと誰もが目を剥く格好をしているはずなのだが、何故か司は少しの反応すら示さない。

 

 

「ちょっと?無視?」

 

「ウルセェなお袋」

 

「えー、つれないなー。ケチ。」

 

「何がケチだこの淫乱」

 

「それ、お母さんにとったら褒め言葉だよ?」

 

「チッ……」

 

それっきり司は目を瞑って横になってしまった。しかし、えねも怒ることはなくーー少し拗ねた素振りはみせたがーーそのまま椅子に座って本を読み始めた。紙の擦れる音だけが屋内に響く。幾ばくかの時が経っただろうか。軋む扉を開けて、一人の大男が入ってきた。

 

「ただいま」

 

「あっ、ケン!お疲れ様」

 

若干むせるレベルのむさ苦しい雰囲気を纏っている。着ているはずの制服もパツパツで、中にどんな肉体を秘めているかは容易に想像できる程だ。

 

「今日の朝刊、貰ってきたぞ」

 

彼は今新聞配達のバイトをやっている。そのせいでこんな朝っぱらから制服を着て働き、帰ってきているのだ。対価は少しのバイト代と毎朝の朝刊。

情報を得る手段が少ない彼らは、この新聞で世情を知る。

 

「おい、司。新聞だぞ」

 

「……ん?ああ。ケンか。おはよう」

 

眠気を飛ばす為に伸びをしながら話している為、何を言っているか少し聞き取りづらい。

 

「ありがとな」

 

そう言ってケンの手から取ると、おもむろに眺めはじめる。彼の興味を持つ基準は、金になりそうなニュースかどうか。債務者である彼にとって最も大切なことなのだ。

 

「おっ。これ答えか?」

 

司の言葉に反応して、えねとケンが覗き込んでくる。

 

「えーっと、なになに?〔超能力少女、行方不明〕」

 

「昨今業界を賑わせていた超能力少女、城星譲友が行方不明に。警察は誘拐事件として捜査中……?」

 

司を除いた二人の顔が青ざめる。

 

「司……考えてることは分かるけど、本気?」

 

「ああ、マジの大マジだ。こんだけの有名人助けて恩売れれば謝礼くらいくれるだろ」

 

暫しの間。

 

目を爛々と光らせる司と、ため息を吐く二人。彼らが折れるのも、いつもの事だ。

 

「司は相変わらずだな。仕方ない。今回も世紀末パワーを使うとするか」

 

「母親に色仕掛けをさせるなんて最低!!」

 

「それはお袋が勝手にやってるだけだろ?!」

 

最早定番と化した流れ。安心感すら覚える。

 

頃合いを見計らってケンが声をかけた。

 

「それで、役割分担は?」

 

「ああ。いつも通りお袋は警察に忍びこんで情報収集、方法は問わない。……問わないだけだ。俺も裏の知り合いに聞き込み、ケンは土壇場で役に立って貰う」

 

「む!了解だ」

 

「司、お母さん頑張っちゃうからね!」

 

「はいはい。じゃあ、明日また集合で。作戦開始」

 

司の一言で、それぞれが仕事を開始する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー翌日、pm.4:00ーー

 

「で、成果は?」

 

「警察はもう大体しっぽは掴んでるみたい。情報を纏めた紙がコレ」

 

「ありがとうな。こっちの掴んだ情報と大差ないってことは多分ガチだろう。恐らく今回の黒幕はケーアイ。海外の怪しい研究機関にでも売りとばそうって寸法だな」

 

「16歳の少女をそんな風に……世紀末だな!!」

 

別に彼らは正義感で動いているわけではない。むしろ、警察の手柄を横取りしようとしている輩なので、社会的に見れば真っ当では絶対にない。ただ、彼らの成したことが結果的に正義の行いになったことは度々ある。善悪は関係ない。利益とリスクを天秤にかけるだけだ。

 

「今回のアジトは山奥か。まあ、ありがちだな」

 

「足はどうするんだ?」

 

「ケンのバイクでいいんじゃない?」

 

「あのなぁ万楽、アレはバイト先の物だって何回も……」

 

「まあまあ」

 

まだ朝の四時。バイトの時間と丁度合わせてあるのも理解の上だ。このままケンがバイクを取りに行き、出発する。

 

「じゃあ、行くか」

 

「ああ」「ええ」

 

そう言って三人組は、まだ明けない未明の町へ繰り出した。

 

 

 

 

 

 

ーー同日、pm8:00ーー

 

中央山地にある山奥、一見変哲のない別荘だが、周囲に泊まった黒塗りの高級車と、やけにスーツを着こなしたサングラスの集団。よく目を凝らせば異常なのが分かる。

 

 

その別荘の中では、少女の悲痛な悲鳴が響いていた。

 

「ん〜〜〜!!」

 

「うるせえな。こんな山奥誰も来やしねぇよ。警察だってここには絶対来ない。お役人なんて上がダメって言ったら動かないのが普通だからな」

 

猿ぐつわをかまされ、手足を麻縄で縛られているが、必死にもがいている。

 

「それにしても変な声の嬢ちゃんだな。妙にケロケロしてるって言うか……」

 

「ーーーーー!!!」

 

ひたすら叫ぼうとするが、残念ながら弱々しい悲鳴が上がるのみである。

 

 

囚われている少女、城星譲友は現役女子高生。整った容姿と艶のある黒髪は誰もが振り向くほどだ。そんな彼女は、力を持っている。人とは違う力を。

 

先程から出入りする人を見ていると、最低でも八人は居ることがわかる。例え、世間から「超能力」と持て囃されている力を使っても、彼女一人では脱出は不可能だ。それに、部屋の隅でライフルを抱えて目を瞑っている男。アイツはやばい。彼女の第六感が全力で警鐘を鳴らしていた。

 

 

どうにかならないものかーー

 

そんな事を考えていると、下っ端っぽい男がドタバタと駆け込んできた。

 

「騒がしいな。どうした?」

 

「な、なんか訳の分からない三人組がバイクでーー」

 

「は?何をーー」

 

 

瞬間、轟音。なにかが激しくひしゃげる音がする。生暖かい風が顔にあたる。ガラスでも割れたのだろうか?

 

 

程なくして銃声がするが、鈍い音とともに徐々に小さくなっていく。間違いない。誰かが素手で銃を持った奴らを倒しているのだ。

 

(まさか、私と同じ……)

 

そう思ったのも束の間、その素手で敵をのしてきたであろう連中が部屋に踏み込んできた。

 

「派手にやったな。これこの後どうすんだ?」

 

「一応偉い人には話はつけてあるけど……」

 

「む!アレが例の少女か?」

 

そんな事を言いながらズカズカと彼女の側へ近づいてくる。

 

「こんな幼気な少女に、目隠しに、猿轡に……流石の俺でもドン引きだ。お袋!!」

 

「はいはい」

 

そう言うと、彼女の枷となっているロープを手際よく切り、解放する。僅か数秒の出来事だった。

 

「む!新聞と同じだな」

 

「おお、違いねぇ。お前、城星譲友だな?」

 

「え……ええ」

 

視界がひらけて目に飛び込んで来たのは、見知らぬ三人組。やや過激な格好の女性、ガチムチの男、そしてひょろっとした赤髪の男。助けに来たのかと思ったが、別に良い人達とは限らない。ーーむしろ、どう見てもカタギじゃない。

 

「あなた達……誰?」

 

「ああ。俺らはーー」

 

 

その時、銃声が響いた。幸い誰も血を流してはいないが、不穏な銃声。

 

二発目。今度は後ろの花瓶が吹き飛んだ。硬直した面々を見計らってか、渋い男の声がした。

 

「そのまま動くな!!膝をついて両手を上げろ。動いたらーーどうなるかは分かるな?」

 

 

言われるがまま両手を上げる。男は姿を現さない。パラパラと落ちる砂が、部屋の中に空虚に響く。

 

「お前らが何者で何故俺らの邪魔をしようとしたかは知らないがーー俺にとっちゃあ関係無い。ボスにはその娘さえ守れればいいと聞いている。安心しろ。暴れなきゃ痛い思いはしねぇよ。クックック……」

 

勝ち誇ったようなその声。どこから見ているかも検討もつかない。そもそもだ、いつからアイツは居なくなった?ダメだ、思い出せない。恐らくあのドサクサに紛れてだろうがーー

 

途端、乾いた銃声が鳴る。

 

撃たれたのは、私のすぐ近くの女性ーーでは無い。その横の赤髪の男も無事だ。となると、残ったのはあの屈強な男性?

 

 

しかし、誰も床に倒れている者は居なかった。それどころか、その肝心の男性は、胸の前でオッケーマークを作っている。何をやっているのだ?いや、違う、彼はなにかを摘んでいる。なんだ?あれはーー

 

 

続けて数発の弾丸が打ち込まれる。だが、それは全て屈強な男性に届くことは無かった。胸の前の指の形は変わらない。いや、間から煙が出ているが、アレはまさかーー

 

 

「銃弾を、掴んでる?」

 

 

その時だった。遥か彼方で敵が弾倉を交換する音が聴こえていたのだろうか。機を狙ったかのように跳躍すると、消えて居なくなる。残ったものは床に空いた穴だけ。しばらくして、鈍い音。

 

吹き飛ばされて男が戻ってきた。結局やられてしまったのか?違う。壁に叩きつけられて情けない血塗れの顔を晒しているのは、先程の男性ではなく、驚愕した顔で銃を抱えている見知らぬ男。四肢はあらぬ方向に折れ、鼻柱は曲がっている。

 

 

そして、肝心の男性は、ゆっくりと、だが、しっかりとした足取りで、廊下を踏みしめて歩いてきた。

 

 

「コイツで本当に最後の筈だ」

 

「ああ、助かったよ。ケン」

 

目の前で起きた衝撃的な光景に、しばらく唖然として居た譲友。そんな彼女を見かねたのか、赤髪の男の方から声を掛けてきた。

 

 

「ーー自己紹介がまだだったな。俺らはBANs。行き場を無くした奴らの集まりだ。俺は天開司。後ろの女が万楽えね。そして今銃をぶっ放してきた野郎を倒したのがケンだ」

 

そんな自己紹介が頭に入っているのかいないのか。恐怖で顔が引きつった譲友は、弱々しく声を出すことしか出来ない。

 

「あ、あの」

 

「なんだ」

 

「……どうするつもり?」

 

「ああ?」

「私を、どうするつもりなの?」

 

そんな彼女の質問に、今度は唖然とする司達。まさか自分達が警戒されるとは思ってなかったーーそんな感じだ。

 

「あのなぁ嬢ちゃん。別にどうもしねぇよ。ただ、助けに来たってだけだ」

 

「え?でも……」

 

「下心は無論あるぜ?帰ったらお前の親から感謝料をたんまりとーー」

 

「こら司。そういうところよ」

 

 

そんな風に笑う彼らは、とても楽しそうに見えた。それに、後ろで黙りこくっている彼。先程銃を持った男から助けてくれた人。彼はとても強そうだ。彼らならば、もしやーー

 

「残念だけど、お金は払えないと思うわ」

 

「え?なんでだ?」

 

「私の家、そんなにお金なくって。こうやって誘拐される危険を冒してまでメディアに出たのもお金の為」

 

「え?マジなのか?ギャラ、ちょっと位余ってないのか?」

 

「ええ。1円も。ただ、これから稼ぐことは出来るわ。だからーー」

 

「だから?」

 

「私を、仲間に入れてくれない?」

 

「「「……は?」」」

 

 

三人の声が重なった。そりゃそうだ。あまりにも唐突過ぎる話。しかも前後の文脈が繋がっていない。

 

「え?いや、別に来るものは拒まないから良いんだが……何で?」

 

「私、今後とも恐らくこういう風に攫われる可能性があると思うのよ」

 

「はあ」

 

「その時に、ケンさんだったりが側に居てくれた方が絶対安心でしょ?お仕事も手伝うから、なんとか!!」

 

とんでもない事を言い出す女子高生。普通の大人ならばそんなこと間違いなく止めただろうがーー残念ながら、ここに普通の大人は居なかった。

 

「……本当にいいんだな?」

 

「うん」

 

「そうか……仕方ねぇな」

 

「やったあ!!」

 

「お前な……」

 

仕方がないという体裁を取っている司だが、内心浮き足立っているのが見てとれる。仲間の存在と言うのはやはり嬉しいものなのだろう。

 

「……ただ!!私の名前は譲友!!お前でも嬢ちゃんでもなく!!いい?!」

 

「はいはい分かったよ。譲友な」

 

「わかればいいのよ!フフン!!」

 

「なんか偉そうなのが納得いかねぇな……」

 

ぼやく司。誰であろうと女性相手にはなんとなくリズムを狂わされるのだった。

 

唐突に、ケンが声をかける。

 

「そういえば、譲友の超能力ってなんだったんだ?」

 

「……ああ、それね。普段は見せないようにしてるから。vic!!」

 

そう彼女が叫ぶのと同時に、寒色系の肌をした人型の思念体のようなものが現れた。

 

「コイツはvic。私のスタンドって言って、分身みたいなものね。私の意のままに操れるし、宙にも立てる。さっき言ったとおり人には見えないから、遠くの物を浮かしたりだとか。そういう超能力の真似事が出来るって訳」

 

「凄いんだな……」

 

「ええ、この力の所為で、こんな大変な目に遭ってる訳だから、良いことばかりじゃないけどね」

 

 

そう言うと、少しだけ寂しそうな顔をする譲友。彼女にも、辛い過去があったのだろうか。

 

ふと、沈黙を保っていたえねが喋った。

 

「……あなた、その声どうしたの?変にケロケロしてると言うかーー」

 

「ああ、これ?」

 

「む!たしかに俺も少し違和感を覚えていたぞ!!」

 

「聞いちゃいけない事だったら悪いけど……」

 

「ううん。大丈夫。こうなったら話しとくのがスジよね」

 

 

そう言うと、彼女は少しだけ顔を曇らせーー

 

ーーそして、一言、一言ずつ、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

 

「……実は、昔一回同じように事件に巻き込まれた事があるらしくて。その時に声と『何か』を奪われてしまったの。声は機械の力を借りてるけど……もう一つの『何か』は分からない。だから、それをずっと探してる。そのためにも、怪しそうなあなた達に着いていけば、少しでも手がかりが掴めるかと思って」

 

どうやら、彼女も訳ありらしい。

 

BANsは一癖も二癖もある人物が流れ付く場所。誰もが人に言えない過去や経歴を持っている。それを共有し、分かち合い、共に関わる場所。来るのも去るのも自由。彼女の目的を達成するまでの居場所として、BANsはこの上ない場所となるだろう。

 

彼女の思いを聞き入れ、背景をなんとなくだが察した面々。しばらく瞠目し、司から口を開く。

 

「そういうことか。分かった。ーー改めて歓迎するぜ。城星譲友」

 

「司の言う通り。歓迎するわ。よろしくね」

 

「む!宜しくな!!」

 

 

 

「ーーええ、宜しく」

 

 

こうしてBANsにまた一人、仲間が加わった。

 

今後彼女は、とある森で熊をはじめとした愉快な仲間と共に洗礼を受けることになるのだがーーそれはまた、別の話である。

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