朝のBANs本部。今日来ているメンバーは五人。いつもの三人はもちろん、それ以外にも、顔面をマスクで覆った怪しい男。それに、この場のなんとなく退廃的な雰囲気にそぐわない少女がいた。
「……で、君が例の新人か?」
先に口を開いたのは頭に被り物をした男。仲間からはタマキンと呼ばれ親しまれている。イケボですらっとした体つき。首から下だけならば一見なかなかの好青年だが、残念なことに被り物のせいで抱く印象は爽やかではなく「怪しい」の一言になってしまっている。
「え、ええ……そうだけど……」
そんな男に声をかけられた少女、城星譲友。彼女の反応は当然、困惑したものになっていた。視線が注がれるのはその被り物。まあ、間違いなく誰もが同じ反応を示すだろう。
「お、どうした?顔に何かついてるのか?」
「……ついてるのよ!!」
漫才かと勘違いするほど鮮やかなやりとりだが、当のタマキンは気にもしていないらしい。ようやく彼女の視線の示す先に気がついたのか、本題に触れる。
「ああ、この仮面か?これはな、玉さ」
「玉?」
「ああ、金のーー玉だ」
「はあ?……ってセクハラじゃない!!」
なにやらしたり顔ーー表情はみえないがーーで話すタマキンと、それに困惑ーーというかドン引きする譲友。そんな彼女らの様子を見かねて、司が割って入る。
「あー。譲友、コイツなりのアイデンティティなんだ。勘弁してやってくれ」
「いや、でも金の玉っていうのはちょっと」
「わかったわかった。被り物とるから、な?」
「本当?」
「本当本当」
仮面をとりながら謝るタマキン。なぜか後ろ姿が寂しそうなのは触れないでおこう。
「あ、素顔はイケメンじゃない」
「申し訳ないが彼女は募集してないぞ」
「バッ……誰もあんたなんか狙ってないわよ!!」
あたふたする譲友。気をとりなおしてタマキンから声をかける。
「えー。さっきはすまなかった。改めてタマキンだ。えーっと……」
「……城星譲友。譲友でいいわ。宜しく」
「ああ、宜しく」
そう言うとタマキンは手を差し出した。譲友もすぐに理解して、手を握り返す。握手だ。
そんな彼らの光景を、微笑ましく見つめる司達一堂。区切りがついたとみて、えねが喋り出す。
「そろそろいいかしら。本題に挿入っちゃうぞ❤️」
なんとなく語尾のハートマークと漢字に気づいた司が顔を覆ったが、ケンは気づいてすらいないようだ。
「ああ。そういえば今日はえねの招集だったな。どうしたんだ?」
「よくぞ聞いてくれました!!今日の本題はーー」
「ーーズバリ!譲友ちゃんの新人歓迎会でーす!!」
「おお。確かにそう言うのやって無かったな」
「む!是非ともやろう」
「いいんじゃないか?まずは買い出しからだな」
勝手に話を進める面々だが一人だけ話についていけない者がいる。勿論譲友だ。
「えっちょっと、悪いわよ、私なんかのために」
「気にしない気にしない。それに全員集合するきっかけもそんなに無いから、ちょうどいいのよ」
「まあ、それなら……」
渋々頷く譲友。だが、渋々という形を取っていながらも、まんざらではなさそうだ。
「買いに行くのは近くのデパートでいいかしら」
「ああ。色々選べるしいいんじゃないか?クラッカーとかも買わなきゃな」
「飾り付けもしっかりな」
それとなく目的が決まったところで、えねが切り出した。
「さあ、じゃあ四人で行きますか」
「え?四人?」
譲友は首をかしげた。何かと思って視線を巡らせると、ケンが首を縦に振っていた。
「うむ。俺はこれからバイトなのでな」
「ええ?!そうなの?!」
「ああ、ケンはやたら仕事が多くてな。確か今日はーー」
司が目配せすると、ケンがそれに被せる。
「道路工事だ」
「そう。道路工事。まあ、パーティーには間に合うんだろ?」
「ああ。主任に伝えておく」
「いつも悪りぃな」
「気にするな。こちらこそ中々来れなくてすまん」
「大丈夫だよ。いつでも待ってるぜ」
「助かる」
いつも若干むさい雰囲気を放っている彼だがーーその理由をなんとなく垣間見た気がした譲友だった。
「さあ、買い出しに行きましょうか」
頃合いを見計らって口を開くえね。続く面々も賛同の声を上げる。
「そういえば、移動手段は?」
「徒歩だぞ」
「はあ?デパートまで三キロはあるわよ?!正気?!」
「譲友……諦めろ」
「む!仕方ないな」
「うっそぉぉぉぉお?!」
少女の悲痛な慟哭は、倉庫の屋根を超えて辺り一帯まで響いたという。
♢
「ハァ……やっと着いたわ……」
三キロの距離。歩けなくはないが帰りに荷物が増えるのを想像すると今からでも腰が引けてくる。
そう言って彼女が見上げた先にはだだっ広い吹き抜けが広がっていた。言うまでもなく、デパートの中である。
休日の真昼間ということで、デパートの中は賑わいを見せていた。辺りを見渡すと、家族連れやカップルの他にも、仮装イベントか何かの最中なのか、仮面を被った集団もいる。階下にも階上にも、人、人、人。喧騒につつまれた屋内は熱気を帯びている。
「さあ、何を買う?」
「そうだな……譲友の食べたいものでいいんじゃないか?」
「いや、そんな大したものじゃなくていいわよ」
「ほらーまたまた気を使って。こういう時は遠慮しちゃダメなの!!」
同調する司とタマキン。こういう所では良識ある大人だ。
「金の心配ならしないでくれ。それくらいの蓄えはある」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
「うんうん!!」
頷くえね。しばし黙考した後、譲友が口を開いた。
「お寿司、でいい?」
伺うようにして聞く譲友。そして、それを聞いた一同は破面する。
「はいはい寿司な。まかせろ、たーんと買ってやる」
「じゃあ、私と譲友ちゃんはお寿司選んどくから、司とタマキンは飲み物とか、小物系買っといて」
「了解だ」
「ああ。行くぞ、タマキン」
そう肩を小突き、二人で歩きだす。司とタマキンは、ある
「……司とタマキンってそんなに仲いいの?」
「あら、どうして?」
「いや、なんとなく」
「あー。それはね、今度本人達に聞いてみるといいわよ」
♢
司ら男子一行は、地下の雑貨用品屋に来ていた。相変わらず人が多いが、子供の数は少し減った印象だ。最近改装をしたのか、地域に根付いているデパートとしてはかなりこぎれいな印象だ。
「とりあえずは紙コップとかか?」
「ああ。それと割り箸とストローと……クラッカー?」
「まあ、おいおいな」
とりあえずパーティー用品のコーナーに足を向ける。ご丁寧に看板が掲げられているので、場所は直ぐに分かった。
「ここか?」
先程から歩いていて、品揃えが豊富なのがよくわかる。かなり広いスペースを割いてあるらしく、柄違い、素材違い。多種多様なものが並べられていた。今回は宴会なので、紙コップを探しているのだがーー
ーー司が角を曲がった瞬間、棚に置いてあったコップのいくつかが落ちてきた。遠くに転がっていくものもあり煩わしい。棚の方をみてみると、お世辞にも整頓してあるとは言えない風に陳列してある。
「チッ。店員は何やってんだ?」
「まあまあ」
そう言いながら、転がっていったコップを拾うタマキン。棚の下まで転がっているのもあり、おもたげに腰を曲げる。
が、ふと動きが止まった。
「ん?タマキン、どうした?」
「いや、さっきから店員を見てない気がしてな」
「……あ?ああ。言われてみればそんな気もするな。辺りにも見当たらねぇ」
タマキンは、再び先程の棚へと戻ってきた。棚の上から下までしばらく眺めた後、一言。
「なあ、これ。どう考えても荒らされた感じがしないか?汚く並べてあったとしても、こんなアンバランスにはならないだろう。ポップも潰れてるし」
「確かに。だが、そんな事をする理由なんてないだろ?」
そう司にいわれて、頷きかけたタマキンだったが、どうにも納得いかない様子。こめかみに手を当て、顔をしかめる。
「いや、わからない。もっとこう、故意じゃないというか。まるで意図してないのに倒れこんだようなーー」
ーー途端。数秒間の警報が鳴ったと思うと、照明が落ちた。暗闇に包まれた屋内に、ざわめく人々。緑色の脱出口のランプがやけに目立って見える。
「ああん?停電か?」
「いや、もしかしてこれはーー」
そのタマキンの言葉をかき消すように、鋭い発光とともに銃声が響いた。
今度はざわめき声が悲鳴へと変わる。パニックになりかけた場内を鎮めたのも、二発目の銃声。今度は、ドスの効いた男性の声と一緒だ。
「動くな!全員膝をついて手を上げろ!!」
今度は悲鳴が上がらなかった。流石に不味いと察したのか、場が静寂に包まれる。司とタマキンは瞬時に身を屈めていたため、まだ気付かれてはいないようだがーー
「動くなよ。動きが少しでもあったらその方向を撃つ!!お前達は助かるかもしれんが、流れ弾がどうなるかーー後は想像できるな?ここに居る全員が人質だ。分かったら、絶対に動くんじゃないぞ」
こんな時に、ケンが居たならーー
そんな考えが二人の脳裏をよぎる。だが、そんなたらればは通用しない。司らは
不意に、煙と共に光が上がった。それは薄く広がるようにしてかき消されたが、元は途切れていないのか、もくもくと煙が上がり続けている。続いて出た声も、先程と同じな高圧的な声色だった。
「今、この部屋の空調を切った。ダクトも全て閉鎖済みだ。このままここに居続ければ貴様らはそのうち死ぬ。」
ーー嫌な間。この自分が優位な状況を楽しんでいるようだ。
「そこでだ。貴様らにチャンスをやる。光が見えるな?そこに集まれ。従わない奴らは連れて行かない。従わなかったら死ぬって事だ。貴様らが、生き延びるにはその光へ向かうしかない。反抗的な態度をとった奴が居たら即、射殺だ」
赤い光に照らされて、声の主と思われる男の姿が現れる。ガスマスクをはめており、サブマシンガンを握っている。背筋を伸ばし、重心を持ったただ住まいは素人では無かった。
「従えば殺さない。従わなければ死ぬ。さあ、選べ!!賢い者はこちらへ歩いてくるんだな!!」
再びざわめく場内。ただ、一人、一人と立ち上がり、光の方へノロノロ歩いていく。時間は無い。犯人が痺れをきらせば、命はないだろう。
「司……どうする?」
「ああ……こんな事になるなんてな。とりあえずついてくか?ここに居たら多分死ぬぞ?」
「分かってる。ただ、ついていったとして本当に安全ではないだろ。 アイツらの目的がわからない以上、なんとも言えないが……」
「このままここに居続けたとして、勝算は……ねぇな。こっちは丸腰だしケンみてぇな超人でもねぇ」
唸るタマキン。だが、司の言葉を受けて、方針を固めたようだ。
「直ぐ撃って来ないから人質にしたいのは見え見えだけど。着いてってみるか?おそらく快適に過ごさせては貰えないと思うが」
「……分かった。行こう」
そう言うと二人も立ち上がり、中央の光へ向かう。
そこで受けた扱いは案の定、ロクなものでは無かった。
後ろに銃を突きつけられ、よく分からない暗闇を暫く歩かされるだけ。生きた心地はしないし、この中の誰かがパニックを起こせば即、おじゃんだろう。
そんな状態で歩かされること数分。途中でぐずりだす子供にヒヤッとしながらも、ひたすら歩かされる。一々小突いてくる黒ずくめの男達が鬱陶しい。
何度か階段を上り下りし、ようやく視界が開けた。
着いたのは、高層階にある広めのフードコートだった。よくよく見れば大勢の先客がいる。おそらく他の階の人間もここに集められているのだろう。
出入り口も限られており、視界を遮るものといえば柱くらいしかない。籠城するにはうってつけなのだろう。店舗や窓際のシャッターも全て閉鎖されており、暗い雰囲気を醸し出している。あの先程までの明るい喧騒が嘘のようだ。
「チッ。そういうことか」
悪態をついた司は、乱暴に後ろから押されると、そのまま椅子に座らされ、麻縄で椅子ごと縛られた。ご丁寧に手首まで結束バンドで固定し、身動ぎ一つ出来ない状況だ。皮肉にも人々の団欒の象徴は、悪事の為に使われていたのだった。
司は、犯人達が遠ざかったのを見計らい、隣で同じような扱いを受けていたタマキンに話しかけた。
「とりあえず人質にされてるのは間違いなさそうだな……空調や照明を制御してたところを見るに建物も完全に占拠されてるんだろう」
「ああ。違いねぇ。下手に暴れようにも誰か死なれちまったら目覚めが悪いし……どうしたものか」
息を殺すように二人が会話していると、フードコート中央の方で動きがあった。どうやらこちらに聞かせたいことがあるらしい。
ガスマスクをはめた黒ずくめの男性が下品に机の上に立つ。完全に回りを見下す形になっている。手にはトランシーバーを持っており、その向こうに居るであろう人物に向けたように話し始めた。
「さあ!もう分かっているかも知れないが、諸君らは人質だ。誠に不運なことだとは思うが、警察は我々の要求に応じるつもりは無いらしい。そこでだ!申し訳ないが、これから十分毎に適当なヤツを一人ずつ殺す事にする!!殺す対象は完全にランダム!!私の気まぐれだ。貴様らを殺したのは我々ではない。要求に応じない警察なのだ!!恨むなら警察を恨むがいい!!フッハッハッハッ!!!」
人々がより恐怖に顔を曇らせた。狂気に包まれた犯人らの言動に、言葉を失い、慄く。かくして人とはこんなにも残酷なものなのかとーー極限状況に置かれた人々は思ったのだ。
「畜生が……」
「せめて、人質さえ居なければどうとでもなったんだがーー」
司がお手上げとばかりに天井を煽った時だった。
本来ならば「見えない」はずのそれに司は気付く。そのきっかけは、彼の過去に起因するものであったりするのだがーー
ーー果たして、それは今を打開する術になった。
「おい。タマキン、アレみえるか?」
「アレ?何の事だ?」
「ほら、正面に浮かんでる。青い肌のヤツだ。見えねぇか?」
「……?いいや。全く」
「……もしかしたら、どうにかなるかもしれねぇ」
「そうか……分かった。俺が必要になったら教えてくれ」
「ああ」
ーー返事をすると。司は眼を瞑ったきり黙りこんでしまった。タマキンからすれば、司が何をしているかは分からなかったが、司への信頼だけは揺るがなかった。だから、タマキンも眼を瞑り、時が来るのを待った。
♢
ーー同時刻、司の精神世界ーー
「おい!vic!!おい!」
司は、ひたすら念じ続ける。一度錆びついてしまった感覚だが、霊的な要素がvicにあるならばーー可能性はあるかもしれない。司にとっては腐れ縁となった
「ん?」
ようやく気付いたのか、vicはこちらにやってきた。
「司か。何故私が見える?」
「ああ。昔、ちょっとな」
何やら含みを持たせた司の物言いだが、今は追及すべきでは無いと悟ったのだろう。vicは話を進める。
「譲友に言われ偵察をしていたのだが……残念ながら私の行動範囲は広くない。丁度このフードコート内程度だ。まさか不可視状態の私を見える者がいるとは思わなかった。譲友の位置はあの中央の柱の裏側。えねも一緒だ」
「OK。とりあえず二人とも無事なんだな?」
vicは首を縦に振る。司も安堵の溜息をついた。
「さて、どうしたもんか。とりあえず俺だけでも動ければどうにかなるんだがーー」
「ーーそれなら、可能かもしれない」
「ほう?」
「奴らの様子を見るに劇場型の傾向が強い気がする。そこを逆手に取ればーーもしかしたら光明が見えるかもしれない」
♢
ーー
「ーー成る程、分かった。後は手筈通りに譲友達に伝えてくれ」
シリアスな顔でそう伝える司の顔にも、僅かだが笑みが浮かんでいた。
「ああ、幸運を」
vicはそう言うと身体を翻し、譲友の方へと戻って行った。
「さあ、一泡吹かせてやるか」
司も、今度は口の端をニヤッと上げて、現実へと再び引き返した。
♢
「ーーなあ、タマキン」
覚醒した意識も定まらないまま、隣で眼を瞑っていた男に問いかける。
「終わったか?」
「ああ。今からいなくなる。8分以内に帰って来るがーーもし間に合わなかった時は、お前が時間を稼いでくれ」
タマキンは、静かに頷いた。彼が何を成そうとしているかも、全て理解したように。
そんな彼の様子を見て、司も瞠目する。僅か数秒だったが、己の中で覚悟を完了させたようだ。
すると、司はおもむろに手を挙げた。
「なあ、トイレ行きたくなったんだが、ダメか?」
即座に犯人の一味と思われる銃を持った見張りがこちらを向く。訝しげにこちらを見つめる。どうやら連れて行くべきかどうかを吟味しているようだ。
「……チッ」
そう舌打ちをするとこちらにやってくる。油断は流石にないようだ。
「立て」
縄を解いて司を立ち上がらせると、背中に銃を突きつけた。勿論逃す気はないらしい。
「ハイハイ。何もしねぇよ」
鷹揚にそう答える司だが、黒服の男は顎でトイレの方へ後ろから小突いてくるだけだ。銃口が真近にあるのも良い気持ちはしないので、スタスタと、だが、怪しくない程度の速度で歩く。
不安げにこちらを見上げる他の人質達を横目に、売店の隣にあるトイレに入る。これで他の犯人からの目は離れた。ーー残念ながら、黒服の男も一緒ではあったが。
「一緒にするかい?」
「……」
司の軽口を無視し、無言で銃口を押し付けてきた。
とりあえずトイレという名目を済ます為、小便器へ向かう。
司は便器の前に立ち、背後の男に問いかける。
「なあ、バンド解いてくれねぇと出来ねぇんだが」
男は、煩わしそうに顔をしかめながら、ポケットからナイフをとりだそうとする。その瞬間、男の手から銃が離れる。
そして、それを見計らってーー
「……vic」
「ああ?今何かーー」
それがその男の最期の言葉になった。見えない
その姿を確認した司は、愉しげにニヤッとする。
「ありがとうな。助かったよ」
「この先ついていけないのが申し訳ないがーー後は手筈通りに、だな?」
「ああ。頼む」
vicは一礼すると、壁の向こうに消えた。
それを見送った司はしゃがむと、倒れ込んでいる男のポケットからナイフを取り出すした。
「……さあ、ここから、だな」
そう独り言つと、おもむろにトイレの換気用の外窓を開けた。下を覗き込んでみると、寒々しい風と明滅するパトカーの赤灯が飛び込んできた。
口笛を吹いて、なんの躊躇もなく開けた窓から体に身体を外へ這わせる。
少しでも脚を滑らせたら、即転落死。司はそんな状況でも平然としていた。これは、彼の過去の経験に由来する。債務者として日々借金取りに追われる身であったため、こうした危険なルートを介して逃亡する事が多々あったのだ。時にはビルからビルへ飛び移りーー時には鉄骨の上を綱渡りしーーそんなこんなで彼が得たのが、この高所での移動スキルだった。
「ヒュー!高いねぇ!」
彼の表情に焦燥が浮かばなかったと言えば嘘になるが、司が臆することはない。
壁に這わされた直径10センチもあるかどうかのパイプを足場に、飄々と壁をよじ登っていく。目指すは一つ上の階のトイレ。vicが言っていた通り、窓が開いていた。
「この窓だな……よっと」
窓の縁に手を掴むと、そのまま身体を引き上げる。勢いそのまま、頭から突っ込むような形で、見事一つ上の階に侵入した。
「ってぇ……」
そう言いながら頭をさする。周りに人影は見当たらない。どうやら第一段階は成功のようだ。
(ここからは、アイツらの尻尾を追って……)
脳内で己のすべき行動を反芻しながら、司はトイレから慎重に、ゆっくりと抜け出した。
♢
司が居なくなって数分後のフードコート。未だに緊張感は緩むことは無く、銃と言う名の犯人達による暴力が支配していた。過度なストレスに晒された人間は、いつ暴れ出すかはわからない。ーーもし、この中の誰かがパニックでも起こしたら、間違いなく犯人達は銃を撃つだろう。付近の人々何名もの命を犠牲にして。
先程から手に持っていたトランシーバーをみつめて黙りこくっていた主犯格らしき男。どうやら決めていた時間にでもなったのか、腕時計を見て、再び喚き散らかした。
「さあさあさあ、残り2分となったがあ?警察の返事はぁ?……なーい!!!そろそろ我慢の限界だ。今回の犠牲者を!!決めたいと思いまーす!!」
あくまで残忍な姿勢は変えるつもりは無いらしい。嗜虐的な顔で、人質達の顔を見回す。まるで、品定めでもするかのように。
「だーれーにーしーよーうーかーなー。……おっ」
下品かつふざけたような目で、犯人が見つめたのはーー
ーーよりにもよって、豊満な肢体をセーターで包み、頰を何故か上気させている人物。名を、万楽えねという女性だった。
なんか一万字かるく超えそうなので前編とさせて頂きます。続きはなるべく急ぐから!許して!!