とある債務者の物語   作:夏目ヒビキ

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債務者と非日常な日常 後編

マズイ。

 

 

譲友は激しく動揺していた。よりにもよってえねが毒牙にかけられるとは。彼女が連れていかれ、机の上で犯人に銃を突きつけられている姿を見るだけで動悸が激しくなる。vicを介して、司の計画は聞いていたが、一人程度の死傷は最悪免れないかもしれないという話だった。それほど時間がないのだ。現に残り2分を切った今でも、変化は何も起こっていない。今vicを暴れさせる訳にはいかないが、そうでもしないと助ける術はない。譲友は、自分の無力さに打ちひしがれながら、ひたすら祈ることしか出来なかった。

 

「あと、いっぷーん」

 

ニヤケながらカウントダウンをする犯人を、心の中で睨みながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ一人あのフードコートから抜け出した司は、ただ一人地下一階へ向かっていた。最初の目的地はあの雑貨屋。あそこならば、「必要」な道具がそろう。司自身このデパートに来たことはほとんど無かったので、かなり迷ってしまった。ようやく闇に慣れてきた目をこらしながら、一歩ずつ足を踏み出す。

 

地下は地上フロアと違い、中央の吹き抜けが存在せず、シャッターも存在しない。外に出れる出口もない為か犯人達は見回りも行なっていないようだ。ところ狭しと店が並んでいる中探すのは苦労したが、地図を頼りにどうにか辿り着いた。

 

 

「さてと……」

 

声を殺しながらお目当てのものを探す。彼が必要としているのは、ロープ。それにクラッカーと紙粘土と花火。ロープはともかく、後の三つは武器ではない。ただのハリボテを作る為に必要なのだ。あちこち歩き回ってようやく手に入れる。ジャンパーのポケットに入る量も限られているので、大した量ではない。

 

ふと司は座り込むと、その場で棚からとった物を組み合わせ始めた。紙粘土の袋を破き、その直方体のフォルムに短めの花火を二本差し込んだ。できた外観は字面そのまま。紙粘土に、花火を差しただけである。

 

ーーと、司は満足げに頷き、そそくさとその場を後にする。この状態で別に何か出来る訳でもないのだがーー特に忘れ物を思い出す様子もなく、懐にしまいこんで歩き出す。

 

 

(……まずは、順調だな)

 

 

 

ニヤッと笑い、だが、足音はたてないように、少し足早で。司は、今も待つ友のために戦いへ赴く。彼にとっては、ここからが本番なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

電気の消えた建物の中と言うのは、とても暗い。足下さえも目を凝らさないと見えないほどだ。まともな灯りといえば緑色の非常灯くらいなので、常闇に包まれた屋内がやけに薄気味悪く感じる。

 

司は、そんな暗闇の中で揺らめく人の影を目で追いつつ、次の行動を考え巡らせている。司の目的は、今回の建て込み事件の犯人達を撃退し、仲間達を助けだすこと。vicとの作戦会議で、照明や空調を操っている、犯人達の「本丸」があるとの話だったのだがーー

 

「ダメだ。全く見えねぇ」

 

そもそも建物全体の照明が落ちているため、犯人達の動向を追おうにも暗闇に目が奪われたような状態なのだ。まさしく、一寸先は闇ーーそんな感じである。度々建物内を巡回しているのであろう犯人達の気配は感じるのだが、どうにも手掛かりが掴めない。奴らが10分毎に死傷者を出すと言った以上、時間は有限であり、司も焦燥に駆られていた。

 

再び、足音がする。先程のように息を潜めて見送りかけた司だったが、焦りか、使命感か。得体の知れない何かが、それを許さなかった。

 

司は、場合によっては致命的となる一歩を踏み出した。ーー今回の場合は、杞憂に終わったようだがーー先程から隠れていた物影を抜け出し、その先の柱へ滑りこむ。

 

大丈夫だ。気づかれていない。ここならさっきの場所よりは犯人達の様子がよくわかる。このまま後を追えばその内敵の本丸に辿り着くだろうか?いや、同一人物がただこのフロアを巡回しているだけで、もしかしたら無駄足に終わるかも知れない。どうする?時間はないがーー

 

ーー気がついたら、先程の人影は消えていた。考えを巡らす間に、追っていた犯人を見失ってしまったようだ。

 

(……クソッ)

 

 

声にならない悪態を吐く。大きなロスだ。もしかしたらこれで救える命が助からなくなったかも知れない。クズであると言われている彼だったが、人の死を喜べるような壊れた人間ではない。

 

どうにか挽回しようと、少し先すら見えない暗闇で目を凝らすこと数分。再び、こちらへ向かってくる人の気配がした。

 

今度こそ見逃す訳にはいかない。柱から顔を覗かせようとした時、司はあることに気がついた。

 

先程と犯人の服装が違うのだ。無論暗闇な為、顔までは確認できなかったが同一人物が巡回しているだけではない事は間違いない。人が居ない筈のフロアにそう何人も人員を割く可能性は少ない。犯人グループもそこまで人員の余裕はない筈だ。現に、人質達の収容所であるフードコートに居る人員は必要最低限だった。つまり、そこから導かれる答えはーー

 

(ーーこのまま追えば、どこかへたどり着く?)

 

善は急げだ。迷っている時間などない。司は、気配をさとられ無いようにゆっくりと身体を忍ばせると、今度はショーウィンドウの背後に隠れる。毎回毎回死ぬほど気を使うので精神衛生上よろしくないことこの上ないのだが、この際ウダウダ言ってられないので、細心の注意を払う。

 

 

ーーそんなことを繰り返して、司がたどり着いた場所。それは、デパート内のセキュリティルームだった。厳密には、その目の前、だが。

 

実のところ、司達の読みは当たっていた。フードコート側に居た犯人達の人数があまりにも少ないので、外部を巡回をしているだろうということ。また、その場合フードコート以外にも犯人達が本拠地としている場所があるだろうということ。今回の場合の犯人達の拠点は、このセキュリティルームになる。

 

 

ちょっとした袋小路の隙間から様子を伺っていて分かったことだが、どうやら一定のルーチンワークで交代しているらしく、常に出入りする人のタイミングが同じだ。しかも人数もかなり多い。全フロア分の警戒班が回ってきているのだろうか。先程から秒読みで数えているが間違いない。なんにせ、次来るのは5秒後ーー

 

 

ーー当たった。やはり間違いないようだ。司は、この周期の裏をかく。統一された犯人達の制服さえ奪いとれれば、セキュリティルーム内に入るのは簡単な筈。内部も薄暗いので、目立った行動をしなければバレることはないだろう。

 

 

(……さあ、やるか)

 

 

司は秒読みをした絶妙なタイミングで、角からすっと手を伸ばして呑気に歩いて来た犯人の男の襟首を掴んだ。

 

「ーー?」

 

男が疑問の悲鳴をあげる間も無く、首を手に持ったロープで締める。もちろん、先程の雑貨屋で調達したものだ。やがて白目を剥いてぐったりした男を、そのまま隠れていた袋小路に引きずり込む。手早くジャケットとズボン。それからポケットにしまってあったナイフと拳銃ーーおそらくトカレフーーをガンホルダーごと腰に巻いた。背丈も似ている男を選んだので、服の大きさもぴったりだ。

 

姿見もないので自分の姿は確認できないがーー多分大丈夫だろう。怪しまれてはマズイ。司は、何事もなかったかのように通路に出た。

 

 

犯人達と同じようにノックをし、セキュリティルームの扉を開ける。

 

内部は、意外と広かった。薄暗い室内に、壁一面に並んだ監視カメラのモニタと、それらを制御するらしき機械類。そしてその前に乱雑に並べられたパイプ椅子。部屋の隅っこには元々ここの担当だったであろう警備員が拘束され、転がっている。

 

内部にいる敵らしき人間の数は大体7人程度。休憩室的な役割も兼ねているのか、銃は持たず、かなり弛緩した様子だ。しかし、今すぐここで暴れても彼我の力の差は歴然。勝てるはずもない。

 

(……さあ、どうしたもんか)

 

 

ここまで来た司の目的は明快。ここを乗っ取り、現場のvic達の補助をすること。彼と建てたプランではこのセキュリティルームの奪取が不可欠であり、そうしなければ下のフードコートでは犠牲者が出続ける。そんな状況の中、司は予め用意してあったプランを実行する。

 

 

司は先程作った粘土とクラッカーの紐を組みわわせただけのモノを取り出すと、それを掲げて急に叫びだした。

 

「こっちだ!!これを見ろ!!」

 

犯人達は何事かと腰を据えて司の方を見るが、その手に握られた物を見て動きを止めた。

 

「これがなんだか分かるな?そう、プラスチック爆薬だ!!」

 

直方体の紙粘土から生やされた二本の導線。知らない人からすれば何が何だかわからないだろうが、裏の世界の者ーーそれこそ今回のような連中からしたら馴染みのある、プラスチック爆薬にしか見えないのだ。ちなみになぜ司がプラスチック爆薬なんかを知っているかというと、彼の知人にやけに爆発好きの男がいるからである。

 

続いて司はどんどんペラペラと喋り続ける。ここまで嘘を平気で話せるのも、散々借金取り共から言い逃れてきた経験によるものだ。

 

「俺はもともとこのデパートでテロを起こそうとしていた者だが、お前達のせいでテロどころか拘束までされちまった。こうなりゃヤケだ!!このままここは俺が乗っ取ってやる!!」

 

 

支離滅裂かつテロ屋にテロの脅しをするなどと言う意味不明な状況だがここは勢いだ。取り敢えずは会話の主導権が握れればいい。さすがに奴らも死ぬのは嫌だろう。

 

若干取り乱しながら固まっていた男の一人が話しかけてきた。

 

「わ、分かった。落ち着け。銃は握ってない。な?だから早くその爆弾をーー」

 

「いいやダメだね。早く自分自身で両手を縛れ!!今すぐにだ。でなきゃ爆破する!!!」

 

オロオロしながら男達は縄で互いを縛り始めた。最後の一人は司が周囲を睨みつけながら結んだ。念のため本当に拘束が成されているかを確認して、制圧完了だ。結局トカレフを使うことは無かった。扉にはロックを掛けて後続の連中が入ってこないようにする。

 

すんなりといきすぎて逆に不気味になってきたが、そんなことを気にするのは後だ。

 

まずは操作パネル。そしてその向こうのモニタだ。必要な館内放送のマイクは……あった。次に監視カメラのモニタの方へ向き直り、フードコートの様子を探る。

 

「4Fの……この辺りか?」

 

ブツブツ独り言を呟きながら目を凝らす司。これが見つからないと今後の作戦も全ておじゃんになる。背後の男達の様子も気にしない訳にはいかないので、思ったよりも時間がかかる。

 

目を凝らすこと数十秒。司はようやくフードコートの映る画面を見つける。

 

相変わらず緊迫した雰囲気なのは変わらず、人々の顔は青ざめている。映っているカメラでは全体の様子が見えなかったので、手元のそれらしきボタンで操作してみる。何個か押して正解を見つけたようだ。

 

 

 

順調にカメラが切り替わっていく中、不意に、司が手を止めた。

 

「ーーマジ?」

 

 

一転、青ざめた表情でモニタの正面で固まる司。彼が食い入るように見つめた明滅する画面に映っていたものとはーー

 

 

ーーよりにもよって、犯人に銃口を突きつけられている仲間の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

恐怖に顔をひきつらせる姿は、みるだけでも痛々しい。恐らくここに居る人間の殆どが自分が被害者にならなくてよかったと思うか、何もできない自分に腹を立てているだろう。

 

えねの仲間である譲友とタマキンは、当然後者側の人間だった。無慈悲に時間を刻む秒針を睨み、静かな怒りをたぎらせていた。

 

「さあ、不幸にも選ばれてしまったあなたは本当に気の毒だとは思うが、それは全て我々の要求を呑まない警察のせいだ。恨むのであれば警察を恨んでくれるかな?」

 

 

そう言いながら下衆な笑みを浮かべる主犯格らしき男。嗜虐心丸出しでえねの頭に拳銃を押し付ける。

 

「さあ、そろそろ時間だーー」

 

そういうと男は引き金に指をかける。

 

 

「10秒前ーー」

 

勝手にカウントダウンを始める。それを見て動きだそうとする者がいた。タマキンだ。

 

「9ーー」

 

司に時間を稼いでくれと頼まれた。彼は必ず帰ってくる。この信頼は変わらない。

 

「8ーー」

 

ただ、自分に一言告げたという事を鑑みると、やはり一人目の犠牲には間に合う自信はなかったのかもしれない。

 

「7ーー」

 

自分もそれは呑んだつもりだ。別に自分達は正義の味方ではない。全員を救えるなんて思っちゃいない。救おうとも思ってない。

 

「6ーー」

 

ただ、それが仲間のえねだった場合は話が別だ。彼女の死は、流石の司も許容出来ないだろう。自分だってそうだ。

 

「5ーー」

 

リスクが高くなるのは変わらない。だが、仲間を見捨てるなんて有り得ない。迷いようがない。

 

「4ーー」

 

平凡な身だ。特別なことが思いついたわけでも、何か出来る訳でもない。ただ、彼は声を上げた。

 

「3ーー」

 

頼るべき仲間、信頼する仲間を、失わない為に。

 

「にーー」

 

「待て!!!」

 

 

 

フードコート一帯に響く大声。監視の連中が血相を変えてこちらに銃口を向けるが、怯まない。

えねに銃口を突きつけていた犯人も、拳銃を下ろしこちらを半目でみやる。

 

「ああん?なんだテメェ。撃つぞ」

 

「その女性を離せ」

 

「……何言ってんだ?立場分かって言ってんのかああん?!」

 

大声で威嚇してくる男。だが、これで正しい。今のタマキンに出来ることは、1秒でも時間を稼ぐ事。それだけだ。

 

「もちろん。自分は何もできない。身体は縛られてるし、な」

 

「意味わかんねぇな。撃つか?」

 

「まあ待て。誰か一人殺せればいいんだろ?」

 

男は何を言いたいのかわからないと言わんばかりに首を傾げたが、タマキンは話を続ける。

 

 

 

 

 

「俺を殺せ」

 

 

 

そのタマキンの言葉に、男はしばらく固まっていたが、意味を理解したのか喋り出した。

 

「……は?つまり、女を守ってカッコつけたいってことか?」

 

「そうとってもらっても構わない」

 

あくまでも毅然とした態度で話すタマキンが可笑しくなったのか、犯人は吹き出す。

 

「ハハッ。こんなところでカッコつける?バカじゃねぇのか?!じゃあお望み通りお前から殺してやるよ」

 

 

「頼む」

 

 

 

「……頼む?こりゃあ傑作だな!!おい、そいつの縄を解いて俺の所まで連れてこい!!」

 

男はそう配下達に命令すると、手元に抱えていたえねを突き飛ばした。えねが仮にだが解放された瞬間だった。だが、えね自信がそれをよしとしない。

 

「何言ってるのタマキン?!私はいいから、何もあなたがーー」

 

「いいや。ここは自分の仕事だ。えねに何かあったら、それこそ司に殺されちまう」

 

「ダメよタマキン!!」

 

「……」

 

何も言わないまま俯くタマキン。そんな二人の様子を見て、男は茶々を入れる。

 

「いいねぇ。お涙頂戴の犠牲ってか?泣けるねぇ」

 

そんな男の声を無視して、配下の男たちに小突かれるまま、己の命を刈り取ろうとする男の元へ向かう。

 

「さっきはお前に止められちまったがーーもう一度カウントダウンだ」

 

男の前に立たされたタマキンのこめかみに銃が向けられる。

 

「待って!!彼を離して!!」

 

「チッ。ウルセェなぁ。おい!そいつを黙らせろ」

 

男が目配せすると、えねの近くにいた犯人が無造作にえねを蹴り上げる。

 

「カッ……」

 

突然の鈍い痛みに蹲るえね。タマキンも見てられないと言わんばかりに目を覆う。

 

「よーく見てろ!!次はお前らがこうなる番だからなぁ?!ハーッハッハッ!!」

 

先程そうしたように、今度はタマキンのこめかみに銃口を押し付ける。

 

 

「さーん」

 

タマキンはギュッと目を瞑った。恐怖から逃れるためか。それともーー

 

「にーい」

 

男は引き金に指をかける。後は力を込めるだけ。放たれる凶弾は、一瞬にして一つの命を刈り取るだろう。

 

「いーち」

 

今度は、確実に、引き金を引く。男には夢があった。今回の事件で手に入れた金で、ラスベガスで暮らすのだ。もう惨めな思いはしなくて済む。そのためにも、見知らぬ男の命なんて何の感慨を抱かない程ちっぽけなモノだった。

 

だからこそ、引き金を引くのは簡単。別になんの問題もない。だからこそーー

 

 

 

 

 

 

 

バン。

 

 

 

 

 

 

 

音が鳴った。空気を震わせ、人々に伝わる。一人一人と伝搬していった。

 

悲鳴が上がった。恐怖すらも空気を伝っていくようだ。阿鼻叫喚。まさしくそんな絵面だった。

 

 

ーー人々が、閉じた瞳を開ける。彼の生死を確認する為だ。果たしてーー

 

 

 

だが、人々の視界には何も映らなかった。何も、映らなかった。決して比喩ではない。全ての人の視界には、平等に何も映らなかった。

 

 

暗闇。ただそれだけがこの場を支配していた。では、先程の「音」は?視界が闇に覆われた人々に確認する手段は無かったが、代わりに声が聞こえてきた。

 

「あー。聞こえてるか?」

 

先程の場からは想像出来ないほど、冷静な声だった。

 

「このデパートは、俺が占拠した。即刻全員抵抗をやめろ。繰り返すぞ。即刻全員ーー」

 

 

「何を言ってる?!このデパートは俺のだ!!一体何のマネかは知らないが今すぐやめろ!!」

 

「いいや。無理だ。このデパートには爆弾が仕掛けてある。俺はテロ屋だ」

 

「は?な、何を言ってーー」

 

狼狽する男。落ちた照明が再び点灯する。

 

急に明るくなった場内に人々が目を細める中、無理矢理目を見開く男。その瞳に映ったのはーー

 

ーーまるで、()()()()()()()()()()()()散乱する机と椅子たちだった。先程の音も何かが爆発する様な音だった気がする。まさかーー

 

「よく聞け!!このデパートには無数の爆弾が仕掛けてある。俺は今から貴様らごとこの建物を爆破する!!」

 

「バ、バカな。そんなことできる筈が……出鱈目だ!!」

 

館内放送のスピーカーから聞こえてくる声に対して真っ赤になって反論する男。つい数秒前まで殺そうとしていたタマキンのことなど忘却の彼方だ。

 

「なら試してみるか?」

 

すると、先程と同じ「バン」という音とともに天井にぶら下がっていた1番大きな照明が弾け、勢いよく落下する。飛び散る残骸。幸運な事に、死傷者は出なかった。ただ、その恐ろしさを知らしめるためには十分だ。聴覚と、視覚。二つの感覚で、「爆発らしき現象」を目の当たりにしては、もう信じる他ない。

 

「さあ、そろそろ分かったな?」

 

すると、今度は閉じた店舗のシャッターに内側から穴が空いた。そして、それを真っ先に見た誰かが、一言。

 

 

 

 

「煙だ!!!煙が出てるぞ!!!!!!」

 

 

 

 

そこからはもう場は混乱の渦中となった。

 

人質にしている人々のことなど忘れさり、全力で走り出す犯人達。そこにはもう先程まで人を脅し、恐怖に陥れていた影など何処にもなく、あるのはただ、脱兎の如く逃げだそうとする惨めな姿だけだった。つまづき、倒れた仲間の上を乗り越え、我先にこの場から逃げおおせようとする。それはもう、醜い姿だった。

 

 

もちろん、置き去りにされた人々はたまったものではない。犯人達と同様に恐慌し、叫び、慄くがーー

 

ーー残念ながら、彼は縄で縛られており。どうすることも出来ない。泣き、喚き、それにすらも疲れた所で、ようやく誰かが気づく。

 

 

先程までの爆発音が、嘘のように消えているのだ。よくよく辺りを見渡せば、立ち込めていた煙りももう消えている。

 

 

ーー助かったのかーー

 

そんな安堵と困惑に包まれる場に、少女の声が轟いた。

 

「もう大丈夫。私達は助かるわ」

 

そうやって自信満々に頷く少女、譲友。全ての事の顛末と、今回の司の行動の内容を知る、数少ない人間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

透き通った夕暮れ。薄暗くなった駐車場のアスファルトで、パトカーの赤色灯が回っている。その側では、先程えねやタマキンを撃ち殺そうとしていたあの男が、手錠を掛けられて警官に連れられていた。

 

「こんなはずじゃねぇ!!こんなはずじゃねぇんだ……」

 

「自分で転がり出してきて何を言う。あんなにも怯えた顔で、助けてくれと懇願していたのはお前じゃないか」

 

「ちげえ!!テロ屋が来たんだ。爆弾がーー」

 

「爆破の痕跡なぞ無かったぞ。デパートに籠城までしてヒヨッて出てくるとは、最近の犯罪者も軟弱になったもんだな」

 

「そんなことあるか!!たしかに爆発してーー」

 

「はいはい。話は署で聞くぞ」

 

そうやって警官に無理矢理パトカーに押し込まれる男。その後ろ姿からは、最早哀愁を感じる程だ。

 

 

その様子を眺めていた集団が居た。司たち、BANs一行だ。

 

「結局、とんだ災難になっちまったなぁ」

 

そうやって頭を掻くのは、埃だらけになったいつものジャンパーを羽織った男、天開司。

 

それに答えるように、譲友も喋る。

 

「ええ。本当よ。あなた達、いつもこんな感じなの?」

 

「まさか。ただ、二度とは関わりたくないな……」

 

と、タマキン。誰もが皆、疲れ果てた表情をしている。

 

その様子を眺めていたえねが、今回の本題を切り出した。

 

「皆、ごめん。私が最初に捕まっちゃうからこんなことに……」

 

「いいや、関係ないさ。ちょっと無茶はしたけどね」

 

「タマキン、本当にごめん。まさか庇ってくれるなんて思わなくて……」

 

心底申し訳なさそうにするえねだが、当然非はないので、誰も責めたりはしない。

 

「ところで、よく爆弾なんか仕掛けたわね。いつの間に?」

 

「ああ、それなんだがーー」

 

司が説明しようとしたところで、譲友が割って入った。

 

「私が説明するわ。vicが関わってるから」

 

「よろしく」 「俺も知りたいな」

 

何も知らない組のえねとタマキンが口をそろえる。

 

「じゃあ、まず、私の飛ばしたvicが司に気づかれた話からしましょうか。あの時、司とvicで作戦会議をしたの。内容は、実行した通り、司が爆発で脅して犯人達を追い出すこと。」

 

「なるほど」

 

「それで、司がまずは脱出して、徘徊している犯人の出所を突き止めた。それが案の定、このデパートのセキュリティルーム。そこを占拠した司は、照明を消したり、テロ屋のフリをしてスピーカーから喋ったの。肝心の爆弾は、司とvicの共同作業。仕組みは簡単よ。司があらかじめ雑貨屋から取ってきたクラッカーをスピーカーから鳴らして、それに合わせてvicが適当なものを吹っ飛ばして爆発に見せかけただけ」

 

「ええ?じゃあつまり、爆弾なんてものはーー」

 

「最初から存在しなかったの。vicは見えないから、現象を再現するにはうってつけでしょ?ちなみに煙は、フードコートとあって火元には困らなかったわ」

 

関心するえねとタマキン。そこに、司が改めて口を挟む。

 

「だが、当然タマキンが時間を稼いでくれなきゃ間に合わなかった。あんな危ない目に合わせたのは俺の落ち度だ。すまねぇ、改めて礼を言うぜ。

 

「気にしないでくれ。自分にもあれくらいしかできなかったからお互いさまさ」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

微笑む二人。こうやって山場を潜り抜けて育まれる友情もある。まさしく二人がその体現だった。

 

 

「さあ!!みんな今日の目的を忘れてない?」

 

そんなえねの言葉に、一同はハッとする。当然だ。こんなことになってしまって、忘れていたが、今日はーー

 

「ああ、譲友の歓迎会、だったな」

 

「え?でももうデパート無理でしょ?」

 

キョトンとする譲友。だが、その他のメンバーはやる気満々のようだ。

 

「いや大丈夫だ。寿司、だったよな?」

 

「まあ、そうだけど……」

 

「確か、回る寿司屋ならこの辺にあったよね?」

 

「間違いない。じゃあ、今日はそこにするか?」

 

「「「賛成!!」」」

 

 

重なる声には、遅れて譲友の声も重なっていた。

 

「ほらー譲友ちゃんも分かってきたじゃない!!」

 

「ええ。こういう時は遠慮せず、でしょ?」

 

得意げに言う譲友に、全員が破顔する。

 

手元に目線を落としたタマキンが切り出した。

 

「もう19時だからな。ケンも大丈夫な頃合いだろう」

 

「じゃあ、連絡もとってーー」

 

「ああ、今日はもやしとかも来るからな。楽しみにしてろよ?」

 

「え?もやし?」

 

「ああ、俺たちの仲間だ。まだまだたくさんいるぞ?」

 

心底楽しそうに笑う司。つられて譲友も笑顔になる。

 

 

「分かった。楽しみにしてるわ」

 

譲友と出会ったあの時と、変わらない笑顔。だが、あの時よりも確実に親しみを覚えた彼女の笑顔は、より一層輝いている。

 

夕日の朱色が、美しい星空へと、バトンを渡そうとしている。信じられる友と共に、譲友の新しい生活が、始まろうとしていた。

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