さておき、あまり大きくストーリーを変えるほどの改稿は行わないつもりです。あまりにも矛盾しているとかが無ければ。
じゃあどうぞ。
朝靄煙る山を見る。寒気を感じるのは朝早い空気のためか、漂う妖気のためか。
山を囲む結界発生装置は、設置してから休むことなく稼働している。担当の弁では展開から異常はなく、休みつつ稼働しているため当分持たせることはできるとのことである。
とはいえ、何事が起きているのか判明していないのが現状であり、上空や地下にまでは効果が及ばない結界であるから過信はできない。むしろ何が起きてもおかしくない。
見ていたからと言って何があるわけでなし、美智恵は踵を返し本部テントへと入る。
「準備はできた?」
「ええ、私はいいんだけどね……」
テントの中には登山用の装備に身を包んだ美神がいた。登山用といっても通常の装備よりはかなり軽装で、長袖長ズボンに登山靴、邪魔にならないように髪を束ねているだけである。荷物持ちは横島に任せるつもりなのだろう。そして、その横島といえば、スニーカーを履き替えただけのいつもの格好で欠伸をしていた。
「横島クン、シャキっとしなさい! これから仕事だってのに」
「いや、そうは言いますけど美神さん。早起きしたら眠くなりますって」
そしてまたミカンくらいなら丸呑みできそうなほどに大口を開ける。その隣ではやはり装備に身を包んだおキヌが隠れるように欠伸をしていた。
残る事務所のメンバー、シロとタマモはいつもの格好である。犬神である彼女らにとって、登山に準備などいらないのだろう。
「シロちゃん、タマモちゃん、準備は?」
「問題ないでござる」
「同じく」
受け答えからすると、心配していた気負いはなさそうである。横島がどうにかすると、ベスパの言っていた通りになったようだ。どんな話をしたのかは気になるところではあるが、さておき
「それじゃ、みんな外に」
「ママ、ワルキューレ達は?」
「準備はできているぞ」
テントの外に魔族の面々、といってもワルキューレとベスパ、ジークの三人である。土偶羅魔具羅は自身で動けないため嫁姑島で留守番をしている。
三人ともが美神と同じような軽装に加え、登山用装備を身につけている。本来魔族である彼女らには不要であるが、この場には事情を知らない職員も多数いるための考慮である。
「それでは、最後のミーティングを始めます」
立ち並ぶメンバーは、人界でも有数のGS事務所員と魔族の精鋭であり、安心こそすれ不安に思うところなどない。ただし普通ならば、と言葉がつくものの、不安は尽きないが後回しにすることもできない。
作戦といっても簡単なものだ。
美神とワルキューレをそれぞれリーダーとする隊が山を登り、狂った動物を制圧し、原因を除去する、ただこれだけだ。
美神らは東方から、ワルキューレらは西方から、山頂を目指し登って行く。
両隊が定位置から出発するとの報告を受けた美智恵は、ほっと一息つくこともなくGPSと地図システムが映し出されたディスプレイを睨むかのように見つめていた。
指揮担当は身体的には楽かもしれないが精神的にはきつい。いっそ自らが現場に向かいたいところであるが、インターポール顧問という身分に縛られそれもままならない。どちらが楽なのか、などと考えやめた。
神の存在は知っているが、かつて除霊技術を習った神父のように帰依しているわけではない。
美知恵は祈るかのように目を閉じていたが、メンバーの無事を祈っているわけではない。ただその実力を信じ、戻ってくるのを信じていた。
通常、山の除霊では見鬼くんを使用することが多いのだが、妖気に満ちたこの山ではオカルトGメン特製の精密見鬼くんですら役に立たず、犬神の感覚に頼る他ない。先頭のシロと最後尾のタマモで前方と後方を警戒、その間を荷物を担いだ横島、美神、おキヌの順に並ぶ。
山の東方から進入した美神らは獣道を歩く。舗装はもちろんのことされておらず、もともとあまり登山はされていなかった山で道は険しい。とはいえ犬神二人と横島は幾度となく通った道であるし体力も尋常ではない。美神も体力は十二分にあるし、運動音痴ではあるが山育ちのおキヌも山歩きには慣れている。
雑談を交えつつも警戒は怠らず、行軍は順調に進んでいた。
登り始めてしばらく経ち、休憩で開けた場所に腰を下ろす。それほど高い山ではないが、ゆっくりと進んできたためようやっと半分に到達したくらいだろう。
「横島クン、水筒とって」
「はいはい。おキヌちゃんに、ほれシロにタマモの」
「ありがとうございます」
「かたじけない」
「ん」
魔法瓶に入れられた冷たいお茶が疲れた体に染み渡る。と言ってもシロやタマモ、それに横島もそれほど疲れてはいないようだ。犬神の二人はともかく、普通の(?)人間であるはずの横島の無尽蔵な体力はどこから来ているのだか。
「あ、美神さんちょっと用足し行ってきます」
「あまり遠くに行くんじゃないわよ」
「先生、拙者もお供します」
「やめんかい阿呆の子」
横島が藪の中へと割り入っていく。それはいいのだが、シロの常識の無さか羞恥心の無さは早急にどうにかしないとならないだろう。仕事中に依頼とは別のことに頭を使いたくはないのに、困ったものである。
「きゅーん、師弟の絆を深めようとしたのでござるに」
「そういうことしちゃいけません、シロちゃん」
考えてみれば、人前で腹いせに粗相をしてやるとジッパーを下ろしたりするのだし、縄張りを主張するのに犬と同様に行うのだから、人狼族自体に羞恥心がないとみるべきか。
「ねえ、そんなことより美神さん」
「ん、何タマモ」
「横島とベスパって魔族、どういう関係なの?」
不意な質問に動きが止まる。前触れもなくいきなりすぎた。おキヌも驚いた顔をしているし、シロも興味をそそられているようだ。
「いきなり何よ」
「んー、いきなりでもないのよね。前々から気になっていたしさ」
「前々から?」
「そう。美神さんに、おキヌちゃんもだけどさ。ベスパを見ると緊張するじゃない。ワルキューレとジーク、だっけ? そっちとは馴染んでるのに」
「そ、そんなに緊張して見えるかな?」
「おキヌちゃんはわかりやすいわよね。で、横島は普通っていうか……わかりあってる?」
「異議ありでござる! 拙者より先生とわかり合っている者など」
「あんたはいいから」
言われるほどに気にしているつもりはなかったのだが、タマモが気づくほどには違和感があったのだろう。
確かに、美神やおキヌはベスパに対しての緊張がある。敵対したものの最後には重大な情報を提供してくれたが、戦友と呼べるほどの時間を過ごしたわけではなく、共闘したわけでもない。
何より彼女が横島を、横島が彼女をどう思っているのかが読めない。聞いた状況だけなら敵意を持っているだろうが、実際に二人が話しているのを見た限りではお互いその様子はない。むしろタマモが言うように仲が良く見えるのがなんとも気に食わないが、どう接すればいいのか分からないというのが正直なところ。立ち位置がつかめないとも言っていい。
「……その話はこんな場所で休憩しながらできるほど簡単なものじゃないし、私の口から話していい事じゃない部分もあるわ」
「私は、美神さんとおキヌちゃんの意見を聞きたいんだけど?」
「……一時、敵対していた魔族、としか今は言えないわね。どうしてもって言うなら、事務所に帰ってからになさい」
「美神さん、でもそれは……」
おキヌに視線を返すと言葉をつぐんだ。彼女もわかっているのだ。いつかは話さなければならないことであると。向き合わなければならない時期であると。
話を区切ると会話も尽きる。話を続けられる雰囲気でもなかった。
「と、ところで先生遅いでござるな」
「そういえばそうね」
重い空気を変えようとしたのだろうが、シロの言うことももっともである。さすがに音が聞こえるほど近くではやらないだろうが、時間がかかりすぎている。
「シロ、タマモ、何かあったかわかる?」
「いや、何も聞こえなかったし、匂いも特には」
「横島のことだから崖から落ちてても不思議じゃないけど」
「タマモちゃん、洒落にならないからそれ」
一方そのころ、横島は全力疾走をしていた。
「ぬおおおおおおおっ!!」
『フィイイイイイ』
それに追随する獣が一頭。巨大な角を振りかざし横島目掛けて突進している。
この状況に至る経緯はいたって簡単である。用を足した横島が振り返ると、鹿が一頭木の陰にいたのだ。パッと見て、奈良公園にいてもおかしくなさそうな普通の鹿だったためか横島の警戒心が薄れる。
なんだ驚かせやがってとホッと一息。人懐っこそうに近付いてきたのもつかの間、霊波で角を覆い一閃、横島が用を足した木の幹を切断する。圧し折る、ではなく切断だ。
「うおおおおおっ!! 美神さん美神さん美神さーん!」
即座に反転、逃走した横島を鹿が追いかける。普通の人間ならばすぐに追いつかれるだろうが、普通ではない横島は時速50kmにも及ぶ鹿の脚力にも拮抗していた。人類の括りから外してもいいかもしれない。
「こ、このままじゃ追いつかれる、っつーか串刺しにされてまう!」
拮抗しているとはいえ、追いつかれるのも時間の問題だ。チラと見た限りでは、鹿の角は刀よりも鋭く斧よりも頑丈そうだ。串刺しですめばましだろうか。
「っ! 天の助け、とりゃ!」
横島は目の前の木に飛びつきゴキブリのようにかさかさとよじ登る。猫のようなしなやかさはないが、鮮やかに枝にぶら下がる。
鹿は止まりきることができず、木の根本に角を突き刺さらせた。
「へへっ、猪突猛進の相手はシロで慣れっこなんでね」
『グググググ』
「うはは、鳴け! 唸れ! お前にはもはやそれしかできんのだ」
枝から飛び降りた横島は、もがいている鹿を見下ろしながら胸を張る。弱者に強気になる、人として見習ってはいけない姿である。
「先生! こちらでござったか!」
「おお、シロか。みんなも」
「横島クン、ちょこまかするんじゃないわよ」
「大丈夫でした横島さん?」
「なんなのこの状況?」
横島の声を聞きつけたのか、事務所のメンバーが藪をかき分け現れた。
「この鹿、シロとタマモが見た奴と同じか?」
「匂いは違うような感じがする、かな」
「……いや、タマモ。霊気を嗅いでみるでござる」
「匂いと霊気って、一緒じゃないの?」
「GS犬のマーロウが言っていたでござる。犬神の鋭い感覚なら細かな違いも嗅ぎ分けられると」
「……ん、なるほどね。気持ち悪い匂いの奥、微かにだけど追っかけてきた鹿と同じ匂いがする」
横島にはわからないが、犬神の二人が言うのならば間違いはないだろう。美神に視線を向ける。
「どうします、こいつ?」
「そう、ね。聞くところによると霊体が汚染されてるってことだから、時間をかければ治せるだろうし。放っておきましょう」
「え、それでいいんですか?」
「今から連れ帰ってもどうしようもないでしょ。それより後顧の憂いを断ってからオカGに任せたほうがいいわ」
「まあ、こいつを下まで連れてくなんて勘弁だからいいっスけど」
「そういうわけだから、シロにタマモもいいわね?」
美神がそう言った途端に生木の裂ける音がした。
角を木に刺さらせたまま暴れまわる鹿は、角の根元から出血させながらも一抱えはありそうな幹にひびを入れていた。
『ググググゲゲゲ』
「ちょ、マジか!?」
「こら暴れるなでござる、それ以上……」
「シロちゃん危ない!」
見かねたシロが抑えにかかろうと近づき、おキヌがそれを止めた。そして鹿は片方の角を折りながらも拘束を抜け出し一閃、樹木を切り倒した。
『グググ……ブィイイイイヨオオオオオ』
「大人しくなさい! そんなに血を……出してた、ら」
抉れた傷跡から溢れる鮮血で顔面を染める鹿は凄惨であるが、それを打ち消してしまうほど目を疑う光景が飛び込む。
咆哮と共に出血が止まり、抉れた肉が盛り上がり、折れた角が再生する。高い再生能力を持った魔族もいたが、人界の生物としては異様に過ぎる。
「動けなくしてから縛りつけるわ!」
「合点! どっせい!」
異様さに呆気にとられつつも即座に行動に移れたのは、修羅場を最も多くくぐっている美神と横島だった。
美神が神通鞭を伸ばし角にからみつかせると同時、鹿の後ろに回り込んだ横島が<栄光の両手>で後ろ脚をつかむ。
「おキヌちゃん、タマモ!」
「はいっ!」
「狐火っ!」
ネクロマンサーの笛の音色に変換された霊圧と狐火が鹿を包み込むように放たれた。霊圧が鹿を圧迫し、狐火が鹿を怯えさせる。
手繰り寄せた鞭と、<栄光の両手>が鹿の動きをさらに押さえつける。
指示を待つことなくシロは荷物の中から呪縛ロープを取り出し、制圧せんと鹿に跳びかかる。
「大人しく……するでござる!」
『ブィイイイイイ、ビョオオオオオオ』
「な、うわっ!」
「きゃんっ!」
横島がフォローに鹿をねじり倒そうとするも、鹿はいきり立ち角にからみついた神通鞭ごと踏ん張る美神を振り回し、シロに叩きつけた。
「このやろ、っと、のわああああっ!」
『ブィイイイ』
暴れる鹿を押さえつけていた横島だが、鹿はおキヌの霊圧を振り切り<栄光の両手>をものともせず、横島を引きずりながら走りだした。スニーカーではなく登山靴であるが、横島がいくら踏ん張っても鹿を留めることはできなかった。
「ぶべらっ!!」
「よ、横島さはーん!」
パニックで<栄光の両手>を解除すればいいとは考えつかないのだろうか。横島は引きずり回されたあげく、鹿とともに藪の中に突っ込んでいった。
もとより閑静な山で、鹿がいなくなれば静かなものだ。おキヌがわたわたと慌てている間にゆらりと美神が立ち上がる。静かに、だが雄々しさとともに沸々と煮えたぎる怒りが見える。
「美神さん、横島さんが!?」
「ふ、フフフ……獣の分際で、よくもこの美神令子に土をつけてくれたわね」
「み、美神さん?」
「シロ、タマモ! 追うわよ、早くなさい!」
「は、はいっ!」
「まあ、鹿の匂いより横島の匂いの方が追いやすいけど」
冷静に考えれば、異変の解決に鹿を追うことは直結しない。しかし、これ以上無駄に歩いたところで情報は増えないだろうし、何より美神の霊感が鹿を追えと言っている。
何より美神が怒りをあおった鹿を放っておくはずもなかった。
追跡は簡単だった。横島の匂いを追えばいいこともあったが、藪を強引に突っ切っていった鹿の痕跡は新たな獣道をなしていたからだ。
山頂に程近く、開けた場所に出る。奇しくもその場所は横島とシロ、タマモが修行をした場所だった。
そしてそこには、角を根元からへし折られた鹿と、胴をへし折らんばかりにその名の通りベアハッグを決める熊がいた。折れた角は熊の腹に突き刺さり、熊の下半身は赤に染められている。
「な、何事!?」
「あ、みんな、こっちこっち!」
「横島クン、なんなのよこれ!?」
横島は顔を引きつらせて木の陰に隠れていた。美神らを呼び寄せると、同じく木の陰に隠れていたワルキューレ、ジーク、ベスパらも現れた。
「何よ、雁首そろえて」
「横島から状況は聞いた。こちらも似たような状況でな、追ってきたらもうこの状態だ」
「それより、止めないと死んでしまうでござる!」
「言っただろう、すでにこの状態だったんだ。あれに割り入る自信はないな」
「一応さ、試してみたんだよ。でもダメ、<サイキックソーサー>近くで爆発させてもびくともしない。あいつら周りが見えてねえ」
「そんな……」
「力づくで引きはがそうにもね……それにしても、ずいぶん気にするんだね。狼から見たらあいつらだって獲物みたいなものじゃないのかい?」
ベスパの言葉に、シロの顔が真っ赤に染まる。
「馬鹿にするなでござる! 狼は狩り以外で無駄な殺生はしない! 森の仲間が何者かに無益な殺生をさせられているのなら、止めようとして何が悪い!」
「お、おい落ち着けってシロ」
「そうなのか。すまなかったな、変なことを聞いて」
「……わかれば、いいでござる」
シロの怒りは思いのほか素直に頭を下げたベスパの態度で一気に治まった。しかし、事態はその間にも進展していた。
「みんな、あれ!」
おキヌの叫びに視線を向ければ、熊と鹿の死闘に決着がついたところだった。
如何に異能を得たところで鹿が熊に敵うはずはなかった。胴を締められ、泡を吹いた鹿の首に熊の牙が突き刺さっている。
痙攣する鹿の首の肉を食い千切る熊は悪鬼のごとく。誰もが息を飲む凄惨な光景だったが、軍人であるワルキューレらさえ目を見張る異常が起きる。
「何が起きてもおかしくないとは思っていたが、これはさすがに想定外だな」
「まったくね」
熊が鹿を咀嚼するたびに熊の霊圧が増大していく。腹に刺さった角が抜け落ち、出血は一瞬ですぐに止まった。
『グ、ガアアアアアァァァァァッ!!』
そして総毛立つ咆哮。身体を震わせたかと思うと、頭上から鹿のそれと酷似した角が生える。
熊の異形への変化はそれだけに留まらず、口からは猪のような牙が伸び、その手は猿の手のように骨格を変えていた。
まさに伝説にあるキマイラのごとく。しなやかさや強大さを感じさせた肉体からは、もはや醜悪さしか感じられない。
「姉上、美神令子、どうする? 無視するか制圧するか。どちらにせよ、ああなってはもう助けられん」
「そんな! 助けられないんですか!?」
「さっきまでの状態なら時間をかければ何とかなったかもしれないがな。水に砂糖を混ぜただけなら分離もできようが、塩やら牛乳まで混ぜたらもはや個別にすることは不可能だ」
ワルキューレの説明は誰もが簡単に思い浮かべることができ、そして説明の通りに不可能であることが理解できてしまった。
キマイラの変化の状態を見れば霊体を汚染された猪や猿はもう生きてはいまい。そうでない動物もいるだろうが、キマイラに勝てる動物は勿論、逃げることすらできるかどうか。
放置すれば生態系を乱す要因になることは間違いない。助けることができないのなら、排除するしかない。
「可哀想とは思うし、人間の勝手な主観だけどさ。もう静かに休ませてあげましょう」
「……承知でござる。ならばせめて、拙者の手で介錯仕る!」
変化が終わったのだろうか。咆哮を止めたキマイラは鼻を動かしている。嗅覚に優れた野生の動物ならば、木の陰に隠れただけの一行を探り当てるなど容易なことなのだろう、一直線に近づいてきていた。
各々武器をとり、戦闘態勢を整える。悔しげに歯を食いしばっていたシロは、美神の言葉に霊波刀を輝かせた。
「それじゃ行くわよ。GO!」
美神の号令に、全員が木陰から飛び出した。
幾度切りつけただろう。幾度打ちすえただろう。幾度放っただろう。
横島の、シロの霊波刀がキマイラを切り裂く。
美神の神通鞭、ワルキューレやベスパの打撃がキマイラに叩きつけられる。
タマモの狐火、ジークの霊波砲がキマイラを打ち抜く。
それでも傷は瞬く間に修復し、所によっては新たな器官が生えてきたりもした。もっとも、キマイラの図体に似つかわしくないほど小さな羽根が生えたところで何が起こるわけでもなかった。
おキヌの霊圧放射もキマイラの霊圧が増大したせいか、効果は目に見えるほどではない。
キマイラの戦闘方法はただ獣の力を振るうだけという至極単純なものである。だが、猿並みの俊敏さで熊の強大な力を扱われれば厄介極りない。
「おらぁっ!」
ベスパの蹴りがキマイラの顔面に突き刺さりたたらを踏むが、すぐさま猪の突進力で鋭利な鹿の角を向ける。
立ち直りは速いが、ベスパの反応がそれよりも速い。空中でひらりと突進をかわす。空振りしたキマイラの背にジークの霊波砲が突き刺さり、
「姉上っ!」
「おおおおおおおおおっ!」
『ガアアアアアッ!』
「今っ!」
ワルキューレの抜き手がキマイラの肉を抉り取る。
そこへさらに、おキヌから渡された神通ボウガンに得物を持ち代えた美神がお札付きの矢を放つ。両足に刺さった矢と札が効力を発揮し、キマイラの動きを止める。
「タマモッ、顔面!」
「うんっ!」
横島の指示通り、タマモの狐火がキマイラの顔面に叩きつけられる。横島は仰け反ったキマイラの後頭部を、伸ばした<栄光の手>で掴み一気に引き戻す。
「御免っ!」
完全に体勢を崩したキマイラの懐にシロが潜り込み、袈裟斬りに一閃。
「今度こそやった!?」
「いや、やはりだめだ」
何度目かの致命傷と思われる傷も、噴き出す血は瞬時に止まる。さらに傷口には肉が盛り上がり塞いでしまう。
だが、今回はさらに異変が起きた。
『グルルルラアアアッ!』
「何!?」
盛り上がった肉が、傷口をふさぐよりも増大していく。まるでそこから新たな何かが生まれ出でるかのように。
その予想は間違いではなかった。肉はどんどんと量を増していき、新たな顔がキマイラの胸に現れた。
それは数人にとっては見覚えのある魔獣、
「ビ、ビッグイーター!?」
噛みついたものを石に変えてしまうビッグイーターだった。しかし形を成すや、ビッグイーターは自分の上にある顔、キマイラの首に噛みついた。
「ちょ、何だってんだ!?」
「この妖気……まさかあの蛇女!」
ビッグイーターはキマイラの胸から抜け、噛みついた傷口に飲み込まれるように再度体内へ戻る。
『グ……グオオオオオオオッ』
驚異的な生命力を持ったキマイラは首に噛みつかれたからと言って絶命することはなかった。しかし、身悶えするかのように蹲り、地をかきむしる。
そして、鹿の角が抜け落ち、キマイラの顔を覆っていた毛が抜け落ちていく。いや、逆に伸びていっている毛もあった。
『オオオオオオ……ハアアアア』
顔面が変形する。熊から猿のようになり、そして人の顔のように。精悍ともいえた造りは可憐にも見える顔を形作っていく。
顔だけに飽き足らず、手を触れずに粘土細工をしているかのように首、そして胸元までが出来上がっていく。なだらかながら、そこには確かに二つの膨らみがあった。
もはや、誰の目にも明らかだった。キマイラの顔から女性のバストアップまでが生えてきていたのだ。造作が美しいからこそ、醜悪さがさらに際立つ。
しかし、驚くべきはそこだけではない。この場で女性の顔を知らぬものはシロ、タマモのみ。それ以外の全員がその顔の持ち主を知っていた。
「ななな、なん……」
「あ、あの顔は……」
「なるほどね……凝った復活劇じゃないの」
端正な顔がまぶたを開く。その眼に理性の光はない。虚ろな瞳で周囲を見渡し、美神と横島を視界に入れる。
視線が合う。変わらず理性の光はない。だが形は変わっても、キマイラの獣性は確固としてあり続けた。
『ア、アァ……ミガミ……ヨゴジマァァァァッ!』
「ねえメドーサ!」
「やっぱりッスかあああっ!」
かつての強大な魔力も狡猾な知性も感じられないがしかし、その顔には見覚えがあった。
白く長い髪、切れ長の目。幾度となく美神らの前に立ちふさがり続けた強敵、メドーサの顔を忘れるはずもなかった。
これを投稿した時、いきなり登場されてもわけわからんと感想に書かれました。そして、描写が足りないことに気づきました。
作者が分かっていることは文章の描写で伝えるしかないのだと反省。
心がけだけではうまくなれませんが、頑張っていきます。
じゃあまた。