GS横島 Step by step   作:カシム0

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 もともとこの作品を投稿したのはかなーり前の話でして、改稿はしていますがあまり変えていません。
 なので、この話に出てくるとあるキャラクターは真似したわけではありません。
 わざわざ書かなきゃならないほど私の中でイメージが似てるんですよ。
 じゃあどうぞ。


第八話 なんでアンタ生きてるの

 

 美神除霊事務所の面々やワルキューレら魔族チームが山に登り、かつて対峙した魔族と対峙していた時から少々時を前後する。

 これは、霊障に携わる二組のGSが経験した出来事である。

 

 

 

 

 

 小笠原エミは美神令子と双璧をなすGSである、とは言い難い。優秀なGSであることは間違いないが、本業ではないからだ。

 彼女は黒魔術を主として使い、警察の依頼により法をかいくぐり私腹を肥やす輩に自首を促すといった仕事を行うこともある。というより、本業は呪術を用いるこちらの方であるので、美神ほど精力的な除霊活動を行っていないため、GSとしての名声は美神に一歩劣る。

 しかし、美神ほどの高額な依頼料を請求しないため、美神とは違った顧客を抱え、日々除霊に黒魔術にいそしんでいる。

 ちなみに横島の同級生、タイガーのバイト及び修業先もここである。

 本日の依頼は製菓工場に巣食う妖怪の退治である。

 エミは仕事着である黒魔術の衣装に着替え、タイガーも迷彩服を着て準備は万端である。ジャングルでもあるまいに迷彩服である必要はどこにあるのか、ということは気にしてはいけない。仕様である。

 依頼人の案内で工場内に入り、甘い匂いをかき分け、ベルトコンベアの立ち並ぶ製造レーンに進む。対象が現れてからすぐにコンベアの動きを止めたらしく、停止したレーンの間にそれはいた。

 

『ハグッ、ンムンム、ング!』

『ングングンーフ!』

『ガブガブンムング!』

 

 たくさんいた。

 手足が短い割に腹が出ている醜悪な二本角の妖怪、餓鬼である。

 小さい餓鬼が沢山レーンに群がっている。分散して工場内の菓子を食らっているようだ。

 

「なんていうか、すごい光景なワケ」

「まったくですノー」

「いや~、見ての通りの状況ですので、早々に駆除していただきたいのですよ。このままじゃ原料まで食べつくされそうな勢いでして」

 

 餓鬼どもは菓子に集中していてまったくエミらに気づいていない。気づいていて無視しているのかもしれないが、ともあれバラバラになっている餓鬼をまとめて退治するのは面倒である。

 

「まあ、私たちに任せなさい。依頼料に見合った仕事はするワケ」

「はい。是非にもお願いします」

「タイガー、一気に片つけるわ。合図で引き寄せなさい」

「承知ですケエ! ガアアアッ!」

 

 タイガーが獣のような咆哮をあげると同時、虎に変身した。もっとも実際に変身したわけではなく、自己暗示により身体能力と精神感応能力を増幅し、放出された精神干渉波が見る人に彼を虎に見せているのである。

 エミの笛によるコントロールがなければ出力も制御も不安定になるが、それにしたってすぐに暴走するわけではない。出番は少ないが、タイガーの成長がないわけではないのだ。

 

「エミさんはワッシが守るんジャ!」

 

 タイガーの役目はエミが除霊をするため、精神集中をする時間を稼ぐ肉の壁である。だが餓鬼どもはいまだに菓子に夢中であったので、若干空回り感が否めない。

 エミの精神集中は三〇秒間の踊りと歌であるが未開地の蛮族のような、というかまさにそのものである。エミの使う黒魔術の体系がそこに根ざしているものであるからだが、小笠原GSオフィスの除霊法を知らない依頼人は困惑するばかり。人食い族の貢物にされそうだ。

 さておき、三〇秒ものエミの踊りを気にも留めず、菓子をむさぼっていた餓鬼どもである。

 

「タイガー!」

「了解ですジャ! フンッ!」

 

 準備は整った。タイガーの精神感応が分散している全ての餓鬼どもに幻を見せる。この場において、菓子に夢中の餓鬼どもの意識を一か所に向けさせるのに効果的な幻影を。

 

『ケーキ!』

『お饅頭!』

『パフェ!』

 

 ベルトコンベアに群がっていた餓鬼どもが一斉にエミの真正面に集る。餓鬼どもの目には菓子の山が見えていることだろう。

 

「上出来よタイガー! 行くわよチビデブども」

『チビじゃないもんっ! デブじゃないもんっ!』

「やかましいっ」

 

 一匹残らず集まったのを確認。エミの暴言に憤慨した餓鬼どもは、幻の菓子の山からエミに意識を向けるもすでに手遅れであった。

 

「霊体撃滅波!」

 

 エミは全身から霊波を放出する。生身の人間でさえ吹き飛ばされそうな威圧感が過ぎ去り、餓鬼どもは断末魔の悲鳴すら上げられずに消滅していた。

 

「タイガー、状況確認」

「はい、餓鬼は一掃ですジャ。漏れはありませんケエ」

 

 霊体撃滅波はシューティングゲームで言えばボムである。そのフィールドにいるものすべてに効果がある。例え別の餓鬼を盾にしても、レーンに隠れたとしても意味はない。

 

「というわけで、依頼完了でいいかしら?」

「おお、手際がいいですな。以前に依頼した方とは違うが、あなたにお願いしてよかった」

 

 その言葉にエミは眉根を寄せる。別のGSの代わりと言われていい気ができるわけもない。しかもそれが自身のライバルと認める女であればなおさらである。

 

「あの時は下着姿の男性があっという間に除霊していましたが、いやはやあなたも負けず劣らず、と素人がこのようなことを言ってもしょうがありませんな」

 

 依頼人のセリフの前半も気にはなったが、それよりもタイガーはエミの反応に気が気ではなかった。エミと美神の確執は身に染みて知っているし、そもそもタイガーが日本に来たのも美神との対決のためだったのだ。

 しかしエミは不機嫌そうな顔をしているものの激昂するような気配はない。それもそのはず、今回の依頼は美神経由で回されてきたのだ。気に入らないことに変わりはないが。

 

「それにしても、以前にも餓鬼に憑かれたことがあるワケ?」

「ええ、一年ほど前でしょうか。全く同じ化け物がうちの商品を食い荒らしたんですよ」

「餓鬼が現れやすいような感じはしませんがノー」

「そうねぇ……ああ、ついでに言っておくと、餓鬼だからといって同じわけじゃないワケ。違う種族の、たとえば猿の顔なんか見分けつかないでしょ? それと一緒で、あいつ等は以前の餓鬼とは違うワケ」

「ほほー、私には前のと同じにしか見えませんでしたが、そういうものですか。確かに動物の顔の見分け方なんてわかりませんしね」

 

 

 

 

 

 数時間後、依頼を終え事務所でくつろぐエミと、紅茶やお茶うけを用意するタイガー。見た目と違って細かい気配りのできる男であった。

 

「どうぞ、エミさん」

「ん、ありがと」

 

 ティーカップを受け取り口に含む。仕事後の紅茶はやはりおいしい、などと思うよりもエミには気がかりことがあった。

 

「ねえタイガー、今日の餓鬼どう思った?」

 

 一礼して退室しようとするタイガーの背に声をかける。一人で分からないことは誰かに聞くに限る。それが頼りない弟子であっても。

 

「どう、と言われても。ワッシの意見でいいんですかいノー?」

「いいから、感想を聞かせるワケ」

 

 タイガーは困惑した。エミの質問の意味が分からない、というわけではなく、自身と同じ感想をエミがもっていたのだろうとわかったからだ。

 

「餓鬼を見たのは初めてですケエ、よくわかりませんが。あまりに弱過ぎると思いましたノー」

「……そっか」

「エミさんもですカイ?」

「ま、ね」

 

 餓鬼というのは実は結構ポピュラー(という表現があっているのかはさておき)な妖怪である。いわゆる人の無意識、想念が集まり実体化した妖怪で、ある種現象とも呼べる存在である。似たような妖怪に、もてない男の想念が実体化したコンプレックスや、欲望を捨てるため井戸に乳尻太ももと叫び続けたため生まれた怨霊などがいる。後者は若干違うが、発生の仕方は似たようなものだ。

 さておき、エミも餓鬼を退治したことは何度かあるが、今回の餓鬼はその中でも格段に弱かった。生まれて間もない、とも考えられるが違うような気がする。それに、

 

「どうも、依頼人の言ってた言葉が気になるワケ」

『私には前のと同じにしか見えませんでしたが……』

 

 素人の考えなど気にする必要はないと思いつつも、なぜだかその言葉が頭から離れない。霊感に引っ掛かっている。

 もどかしい気持ちが離れなかったが、考えたところで答えが出るわけもなかった。

 

「ま、いっか。ピートに会いに行こっかな~」

「エ、エミさん……」

 一転して晴れやかな顔になった師匠にタイガーはジト汗を流すのだった。

 

 

 

 

 

 唐巣和宏は美神美智恵の、そして美神令子の師匠である。

 美智恵が現在はオカルトGメン日本支部の実質的最高責任者であり、その娘は日本最優のGSと証される中、師匠であるというのに唐巣神父の名声や実力は一般に知られていない。

 本人が高い地位につくよりも市井の人々を救うことに力を尽くし、名声を望まないことが原因である。まあ、派手で美しい美神一家の方が映え、唐巣は地味であるということもあるにはある。

 そんなわけで唐巣への依頼は金払いのいい企業ではなく、その日暮らすことが精一杯な貧しい家族であったりする。よって、悪霊祓いも個人に取りつく悪霊などが多くなる。

 跪く男が祈るように目を閉じている。血色の悪い顔、不精ひげ、見すぼらしい服装、一見して冴えない中年男性である。

 男の前に立つ唐巣は、聖書を右手にし、左手を男にかざすようにしていた。

 

「主の子を堕落さしめんとする者よ。汝が住まうべきはここにあらず、汝が生きるはここにあらず」

 

 唐巣が唱える文言により唐巣の霊力が増大していく。そして語られる言葉は、増大した霊力に後押しされた言霊により効果を高める。

 

「汝が住まうべき場所に帰れ、汝が生きるべき場所へ帰れ! 父と子と聖霊の御名において命ずる!」

『ッキ……ッ!』

命ずる(フィアト)! 命ずる(フィアト)! 命ずる(フィアト)!」

『サッキャアアッ!』

 

 繰り返す唐巣の命令に、現れた悪魔アセトアルデヒド。酒に溺れさせ人を堕落させる、ごく低級ではあるが悪魔の名を冠するに足る存在ではある。

 一瞬、唐巣は訝しげな顔をし、しかしすぐに胸に浮かんだ疑問を振り払った。

 

「ピートくん!」

「はい、先生! 草よ、木よ、花よ、虫よ、世界に充ちる友なる精霊たちよ!! 我に邪を砕く力をわけ与えたまえ!」

 

 脇に控えていたピートもまた力を高める。その力、速度、共に以前とは比べ物にならぬほどである。これならば自らが手を出すまでもない、と唐巣は口元に笑みを浮かべた。

 

「汝の呪われたる魂に幸いあれ、Amen!」

『ギャアァァッ!』

 

 ピートの放った一撃がアセトアルデヒドを貫き消滅させる。

 先ほど思い浮かんできた疑問も気にはなるが、とりあえず唐巣は依頼人の無事と弟子の成長を嬉しく思ったのだった。

 

 

 

 

 

「神父様、お弟子さん、ありがとうございました!」

「いえ、とり憑かれただけで被害がなく幸いなことです」

 

 教会の前で依頼人の男性が唐巣とピートへ頭を下げる。それを見て優しく微笑む唐巣とピート。

 

「しかし、神父のおっしゃられた通りに酒は控えていたのに、なぜまた悪魔が私の所へやってきたのでしょう」

「悪魔とは狡猾で、そしてしつこいものです。以前に憑かれたことのあるあなたならば、また堕落させることができるとふんだのでしょう」

「ですが、人の意志は弱くもあり、同時に強いのです。その証拠に、あなたは酒に溺れることなく、助けを求めに来られたではありませんか」

 

 この男性は以前にも唐巣教会で悪魔祓いを受けている。その時は妻に引きずってこられていたが、今回は悪魔の誘惑に負けることなく自身の意志で教会へ来ている。

 何度も頭を下げる男を見送り、唐巣とピートは教会内に戻る。アフターサービスの一環でもあるため、今回も依頼料はもらわなかった。

 

「さて、ピートくん」

「はい先生」

「どう思うかね?」

 

 簡潔な問いだが、ピートには理解できた。師も自分と同じ疑問を感じていたということに。

 

「悪魔アルトアルデヒド。僕の感覚が狂っているのでなければ、あれは以前に退治した悪魔と同じ悪魔です」

 

 うむ、と唐巣は頷く。悪魔が復活することは珍しいことではない。だが、それは長い時間をかけてのことであるし、全く同じ存在になることはない。言ってしまえば転生のようなもので、同じ種族になろうとも同じ存在としては復活しないのだ。

 だが今回のアセトアルデヒドは以前と同じモノであった。

 

「ありえないなんてことはない、などというがまさにその通りかな」

「これも美神さんたちの関わっている事件に関係しているのでしょうか?」

「さて、あちらもありえないようなことが起きているようだしね」

 

 言って唐巣は眼鏡を押し上げる。

 

「その話、私にも聞かせてもらえないかしら?」

「失礼しますジャ」

 

 唐巣とピートが声に振り向けば、入口にエミとタイガーが立っていた。

 

「やあ、いらっしゃい。エミくん、タイガーくん、大したものは出せないけど、ゆっくりしていくといい」

「それじゃお茶を」

「あんピート、そんなのいいからお話しましょうよ」

「ちょ、エミさん、神の面前でそんなにくっつかないでください」

「面前じゃなければいいのかしら?」

 

 エミに捕まってしまったピートは振りほどくようなこともできずなし崩し的に椅子に座らされ、その隣にはぴっとりとエミがしなだれかかっていた。

 注意すべきかと考え、言っても無駄と判断した唐巣はため息一つつき腰かける。少し離れた所に、ピートをうらやましそうに見つめるタイガーが座る。

 

「それでエミくん。さっきのセリフからすると、君も変わった経験をしたようだね?」

「確信はないけどね」

 

 エミは先だって餓鬼を除霊したこと、さらにそれが以前に美神らが除霊を行った企業と同じであったこと、そして霊感に引っ掛かっているということを告げた。

 

「私自身が以前の餓鬼を見たんじゃないから確証がないワケ」

「なるほどね。私たちの方はもう少し確定的でね。以前に悪魔祓いをした依頼者に同じ悪魔が憑いていた」

「先生と僕の意見は一致していますので、勘違いということはなさそうですが」

「それに、本人の意思が固かったこともあるのだろうけれど、誘惑は弱かったようだね」

「僕も多少腕を上げていると自負はしていますが、それでも一撃で祓えたというのは、確かに」

「あん、それはピートが強くなったからよ。自信を持ちなさいってば」

「だ、だからエミさん!」

 

 ピートの腕を自らの胸に押し付けているエミと、よりうらやましそうに見ているタイガーは置いておいて、唐巣はまた眼鏡を押し上げる。

 

(とりあえずは美智恵くんに連絡して、起きている事件との関わりがあるかを探らなければならないか)

 

普段とは違うことが起き始めていると大抵大きな異変の前触れだったりする。例えば“大霊障”前には魔族が時間移動能力者を探したり、人間の技術力を手に入れるため交渉してきたり、などがあった。

 

(これもその前触れなのか、違うのか。考えてもわかることではないか)

 

 腕の立つGSとはいえ、組織に所属していない一人の人間に出来ることには限りがあった。大局が見える状況にない、現場で動く人間にはその場その場での判断しかできない。

 

(……これも一つの機会なのでしょうか神よ。彼女の提案を受け入れろということなのでしょうか)

 

 いまだ誰にも、ピートや美神にも話していないことがある。断るつもりでいる話がある。だが、世情がそれを許さないのだろうか。もはや自分一人の我儘が通じる時期ではないということか。

 

「だからエミさん、今はこういうことしている場合じゃないでしょう!?」

「あら、後ならいいのかしら?」

「さっきからワッシの立場が……空気ジャ」

(……何はなくとも、ピートくんという弟子がいるうちは、か)

 

 深く悩んでいた唐巣であるが、エミにからかわれてうろたえているピートを見て口元に笑みを浮かべた。優秀で心根も優しいが、手のかかる弟子がいるうちは他の事に気を割いてはいられない。

 

「そこまで。エミくん、私は明日にでもオカルトGメンに行こうと思っているのだけど、君はどうするかね?」

「あら、隊長さんのところ? そうね、お供しようかしら」

 

 

 

 

 奇しくも二組のGSが似たような経験を話し合っているのとほぼ同時刻、美智恵は目を閉じただじっとしていた。

 美神らを送り出し、時折送られてくる定時連絡を受け、GPSと地図とのにらめっこの繰り返し。美神からの鹿を追うとの通信が入ってから続報はなく、すでに昼を越えた。GPSを見れば山頂に向かっているようだ。鹿の様子から考えればターゲットに間違いはない。山頂に向かうことが解決につながるかどうか、進展があると考えていいのかはまだわからない。

 つくづく、後手に回っていると感じる。しかし改善できるほど体制が整っているわけでなし、対応策を強化できるほどの情報があるわけでなし。つまるところ現状を打破するための要素が少なすぎた。

 美智恵は冷めきったコーヒーに顔をしかめつつ、飲み干した。これだけのことがイラついてしまうあたり相当焦れている、との自己分析も意味のないことだった。

 その雰囲気を察していたのだろうか、西条は新たなカップを机の前に置く。湯気と共に芳しいコーヒーの匂いが漂う。

 

「ありがとう」

「いえ」

 

 腕も立ち、頭も切れ、気も利く。彼が望むなら執事としても十分に通用するだろう。もっとも、そのような勿体ないことは彼自身も組織も許すまいが。

 ほどよい苦みにそんな他愛のないことを考えていた美智恵であるが、仕切られた布の向こうからの声に西条とともに振り向く。

 

「失礼します、美神顧問、西条捜査官! お二人との面会を希望する者が参りました!」

「来客? 姓名と所属は?」

「そ、それが会えばわかるとの一点張りでして。目つきの悪い背の低い男と背の高い男です」

 

 来客と言われ、まず美智恵が思い浮かべたのは上層部の人間である。さすがに部隊を動かす以上現状を知らせなければならず、幾人かの高官には説明をしてあるが、わざわざ足を運ぶとは思えなかった。

 そして目つきの悪い背の低い男と言えば、二人の共通の知り合いには一人ぐらいしか思い当たらないが、彼はこの作戦のことは知らされていないはずだ。それにもう1人の男は誰か。

 

「わかったわ。今行きます」

 

 美知恵と西条が目を見合わせ頷く。考えるより会った方が早い。思い通りの人物なら危険などないだろうし、補充戦力を送れると考えればいい話だ。

 しかし、西条とともにテントの外に出た美智恵は、そう簡単な話ではないことを思い知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メドーサという名前は有名である。

 アテナの嫉妬によるか、美しさにより傲慢になったなどと諸説あるが、元はギリシャ神話に登場する蛇の髪を持ち見た者を石に変える怪物である。英雄ペルセウスに首を刈られてもその力は健在で、美女アンドロメダを襲う海の怪物を石にし、イージスとも呼ばれるアテナの盾にくくりつけられるなどと逸話が多々ある。日本では漫画やゲームに登場することが多いこともあり、知名度は高い。

 しかし、今美神らの眼前にいるメドーサは、伝説上の姿でもなく、かつて立ちはだかった敵としても違っていた。

 顔はメドーサと判別できる。若返ったとみるか成長したとみるか、年の頃は美神と同じほどに見えた。

 

「おしいっ、あともうちょい下まで!」

「あんたはこんな時に何を言っているかっ!」

 

 という指を鳴らしての横島の言葉は非常にわかりやすい。

 顔から目線を下げれば、曲線を描く途中までの乳房が見て取れた。というのも、そのすぐ下には獣毛に覆われた身体があったからだ。見た目は華奢なメドーサには不釣り合いに過ぎる凶悪な身体は、キマイラとさして変わりなかった。

 

『ア゛ア゛ア゛、ガアアアアッ!!』

 

 メドーサは獣そのままに咆哮し、地を蹴る。一目散に美神と横島へ向かっていた。

 

「な、何でやああっ!」

「くっ、上等じゃないの!」

 

 振り下ろしてくる攻撃を二人は飛び退いてかわす。地を揺るがすどころではない、メドーサを中心に地が割れていた。

 

「みんな、状況が変わってもやることに変わりはないわ! あいつを地獄に送り返してやるわ!」

「承知した! ジーク、ベスパ遅れるな!」

「あいよっ!」

 

 美神の指示にいち早く呼応したワルキューレは、ジークの援護射撃に合わせ、ベスパとともに宙を舞う。

 拳と蹴りが霊波砲の合間を縫ってメドーサに繰り出されるが、メドーサはハエでも追い払うかのごとくである。

 

「ええいっ、何がなんやらわからんが、ていっ!」

 

 メドーサの攻撃に吹き飛ばされていた横島も身を起し、両の手から<サイキックソーサー>を放つ。

 と、そこで変化があった。ワルキューレら魔族組の攻撃に応じていたメドーサが、横島の攻撃に視線を向けたのだった。

 

「へ?」

『ヨゴジマァァァァッ!』

「な、なんで俺だけええええっ!」

 

 ジークの砲撃に足を止められ、ワルキューレとベスパの近接攻撃に晒されていたメドーサは、自らの身体を傷つけるそれら全てを無視して横島へ突撃した。

 

「横島クン!」

「のわああっ!」

 

 最短距離を駆けるあまりにも急な行動に、美神も魔族組もフォローが間に合わないかと思われた。

 だが、<サイキックソーサー>を構える横島に振り上げられたメドーサの腕は、振り下ろされることはなく宙を舞った。

 

「お主が何者かは知らぬが、先生を傷つけるものは拙者が許さん!」

 

 シロの霊波刀によって斬り飛ばされたメドーサの腕は、重い音を立てて地面に落ちる。そして地上に打ち上げられた魚のように暴れまわり、その身をビッグイーターへと変えた。 

 

「げっ、またかよ!」

 

 ビッグイーターは地を這い、横島へ顎を大きく開いた。一難去ってまた一難、ノロノロと這いずるビッグイーターに<サイキックソーサー>を投擲しようとして、無為に終わった。タマモの狐火がビッグイーターを焼き尽くしていた。

 

「あんたってモノノケに好かれやすいって聞いていたけど、ホントね」

「あんなんに好かれても嬉しゅうないわい! えい、畜生!」

『ゴアアアアッ』

 

 叫びながら、横島は<サイキックソーサー>をメドーサに投げつける。

 <サイキックソーサー>はメドーサの手に当たり炸裂する。猿のような指が吹き飛び、肉片が地面に落ち、また暴れまわったかと思うと膨れ上がり、小さなビッグイーターに変化した。

 

「だああっ、ホンマにキリがないやんか!」

 

 うぞうぞと這い寄るビッグイーターを〈栄光の手〉で斬り払った横島は、メドーサに視線を向け、さらに目を見開く。

 

「な、なんちゅーグロいことに……」

 

 再生能力は元々持っていたからそれ自体は想像するに難くない。しかし、傷口から蛇が生えてくるなど思い寄るわけもない。

 シロに切り落とされた腕、横島に吹き飛ばされた指、それぞれの傷口から蛇の頭や尾が生えてきていた。大きさも頭や尾など部位もまちまちで、まさにカオスの権化である。

 そして、くるりと横島の方を向くと、

 

「ん?」

『アアアアァァッ! ヨゴジマアァァッ!』

「だ、だから何で俺ばっかり!」

 

 蛇の尾となった腕を薙ぎ払う。メドーサは目標を変わらず横島に定め、それ以外は目に入っていないようだ。

 

「先生はやらせんっ!」

「くらえっ!」

 

 周囲の状況をまるで無視して横島を追うメドーサ。霊波刀や狐火、さらには追いついたベスパからの攻撃をも受けつつ、しかし足を止めない。はじけ飛んだ肉片はビッグイーターへ変化し、被弾した個所から蛇がとびだす。

 キマイラと戦っている時とは、また別のこう着状態に陥っていた。

 一方、メドーサが横島を追ったことで美神は少しの間思考にふけることができた。

 この事件は今までの遺産絡みの事件よりも不可解なことが多い。山の動物たち、キマイラ、復活したメドーサと、思考をかき乱されるような驚愕することが多々ある。

 しかし、それらを考えていたのは少しの間、すぐに戦闘思考へ移行する。

 無節操な再生能力と生命力を持った敵は今までにもいた。それらを倒してきたからこそ今の美神がある。ならば今回とてできないわけがない。

 

「横島クーン!」

「た、助けて美神さはーん!」

 

 鬼ごっこを続けている横島はすでに涙目である。そんな横島に美神がかける言葉は、

 

「オトリよろしくねーっ!」

「鬼かあんたはーっ!!」

 

 いつも通りとも言えなくもない。すでに涙目は通り越しながら、横島は木々の合間へと消えていった。

 

「さて、横島クンが時間稼ぎをしてくれている間に、と」

「美神令子、それはあまりだと思うぞ……」

「大丈夫よワルキューレ、横島クンだし。そんなことより、おキヌちゃん」

「よいっしょ、と。はい、持ってきました」

 

 美神のセリフを、横島の命を軽んじているととるか、信頼しているととるか、判断の難しいところではある。しかし、横島は文句を言いつつも美神の指示通りに動き、おキヌは文句も言わず横島の放り出した荷物を美神のもとへ届けているのも事実。

 

「さて、と」

 

 所員ががんばっているのだから所長はその期待に応えなくてはならない。美神は荷物を探り出した。

 

 

 

 

 

 世は無情である。貧困に耐えながら、学業と仕事を両立させて頑張っている勤労学生に対して何たる仕打ちだろうか。

 本当の勤労学生が聞いたら怒り出しそうな事を考えながら、横島は藪をかき分けていた。

 

「どちくしょおおぉっ! 何か悪いことしたかああぁぁっ!」

 

 今までの人生を省みてまだ同じことが言えるかどうか。

 メドーサに比べ小回りが利くこともあり追いつかれることはなかった。しかし横島が人並み外れたスタミナの持ち主であっても、獣と化しているメドーサと比べるべくもない。そもそも朝から山を駆けずり回っており、疲労はかなり溜まっていた。

 メドーサの後ろにはシロとタマモ、そしてベスパが追随していたのだが、メドーサは彼女らの攻撃を全く無視し、ほぼランナーズハイの横島には気にしている余裕もなかった。

 

「給料あげてー!」

 

 スピードを落としたら尻にトゲが刺さる自転車に乗っていた時よりも厳しいのは間違いなく、さすがに限界かと涙目の横島であるが泣き言を言えるあたりまだ余裕がありそうにも見える。

 逃げ回りつつも横島はいつでも美神のもとへ戻れるように動いていた。美神ならば何とかしてくれるという信頼と、してくれたらいいなという願望、お願いだからしてくださいという懇願がそこにはあった。

 しばらくして、山間に澄んだ甲高い音が響き渡る。おキヌのネクロマンサーの笛の音、その意味するところを悟った横島は身を転じ藪を飛び出した。

 横島の視界に位置を確認して態勢を整える美神の姿があった。互いに視線を交わし、美神はブロックサインを送る。曰く

 

『走り抜けて』

 

 通常、人間が全力で行動できるのは一分に満たないと言われている。その限界を大幅に超えて走り続けている横島であるが、それもこれで最後だ、と横島は全力で手を差し出している美神の横を駆け抜けた。

 

『ヨゴジマァ……ミガミィィィ!!』

 

 次いでメドーサが美神の眼前に現れた。改めて見れば、その様は醜悪の一言に尽きる。姿もそうであるが、洗練された技術も、戦闘のプロとしての思考も、今のメドーサからは欠片も感じられなかった。無様とさえ思える。

 

「どんな手を使ったか知らないけど、今のあんたは見るに堪えないわ。このゴーストスイーパー美神令子が極楽へ、送り返してあげる!」

 

 メドーサに立ちはだかることは勢いと質量からして無謀にも思える。だが見得を切った美神は神通鞭を構え、そして、

 

『ミガッ!』

 

 メドーサは転んだ。突進の勢いは全てベクトルを変え、全力で顔面から地面に突っ込んだ。

 美神と横島に気を取られていたメドーサには、自身の足を引っ掛けた注連縄の両端をワルキューレとジークの姉弟が引っ張っていたことに気づくこともなかっただろう。

 

「今よ!」

 

 美神は横島からすれ違いざまに受け取っていた文珠に『縛』の字を込めて放る。メドーサはうつ伏せのまま、圧力に抑えつけられうめき声をあげる。

 その背に向けてワルキューレとジーク、さらには追いついてきたベスパの霊波砲、加えてタマモの狐火も加わった集中砲火。

 すさまじい轟音が響き、立ち上がる土煙がメドーサの姿をかき消していた。

 どのような攻撃にもひるむ様子を見せず、また無尽蔵の回復力を見せた魔物がいた。その魔物を撃退する方法はただ一つ、魔物の本体への攻撃だった。

 ある種、メドーサはその魔物に似ていた。ならばこそ退治の方法もまた似ていておかしくはなかったが、メドーサの霊力中枢を発見するに至っていない現状で取れる策は一つだった。

 つまり、肉片一つ残さず焼き尽くす方法だけだったのだ。

 

 

 

 

 

「うーわ、どこの戦場だって感じっスね」

「油断すんじゃないわよ。こういう状況で敵が倒せてるなんてことないんだから」

「なんとメタな」

 

 全身汗だくの横島が美神の横に立つ。持ち前の回復力ですでにほぼ息は整っており、多少乱れているだけと元気なものである。

 事務所のメンバーも魔族組も、メドーサを撃破したとは思っていなかった。戦闘態勢を崩さず、土煙が晴れるのを待つ。

 

「たまにはお約束を破ってもらいたいもんですけど……ですよねー」

 

 ボソッと横島が呟いたとき、物音が聞こえた。土が坂を転げる音、それは埋もれていた何かが出てくる音と容易く想像がついた。緊張が走る。

 土煙が晴れ、すり鉢状になった地面の底から土砂をかき分けゆっくりと立ち上がるメドーサの姿がそこにはあった。メドーサの姿はまたも変わっていた。

 背丈は縮んでいて直立した状態では常人よりも背が高い程度だろうか。下半身は熊のものから蛇の、それも大蛇のものへと変わっており、腕は華奢にも見える女性のものだ。

 先ほどまでは獣の身体に隠されていた胸部は白磁のような肌と鱗が入り交じり、豊満な乳房をさらしている。

 傷口から無節操に蛇の身体が生えてきていた状態から比べれば、整ったと言えなくもない。

 

「こ、これは……勉強になる」

「本気で阿呆かあんたは!」

 

 目を爛々と輝かせてメドーサ(極一部)を凝視する横島へ、女性陣からの冷たい視線と美神の拳が突き刺さる。

 

『ア……ア』

 

 かすれた声でうつむきながらゆっくりと立ち上がるメドーサ。生まれたての仔馬が立ち上がる様にも似ていた。

 

「何をボサッとしている! ジーク、ベスパ、やるぞ!」

「は、はい!」

「応よ!」

 

 だが、それをただ見ているワルキューレではなかった。ジークとベスパへ指示を出し、自らもメドーサへ拳を振りかざす。

 ワルキューレとベスパはメドーサへ肉弾戦を仕掛けんとしていた。ジークは援護のためメドーサへ視点を固定していた。戦闘ならば当然のこと、だがそれが不利な方向へ傾く要因になるとは誰も思わない。

 うつむいていた顔をあげたメドーサの顔は美しく、肌はより白く、人形のようでさえあった。そして、その眼は血よりも紅く、虚ろで、それでいてやはり美しかった。

 自らへ接近する敵を認識したメドーサの目が妖しく輝いて三人を捉え、それは同時に起こった。

 

「むっ!?」

「くっ!」

「な、にが……」

 

 メドーサと視線を交わした魔族の面々の動きが止まった。走っていた二人は転倒して不自然な体勢で地面に寝ころび、ジークは両手を差し出した状態のまま動くことすらできない。

 

「ちょ、どうしちゃったの!?」

 

 彼女らへ続こうとしていた美神らの動きも止まる。最もこちらは自主的に止まったものだが、明らかにワルキューレらへ起こった事象は異様であった。

 

「美、神……魔眼だ!」

 

 口すらまともに動かせないのだろう、言葉少なに地に伏せるワルキューレの叫びに美神はその意思を正確にくみ取った。

 

「神話じゃあるまいし……みんな、メドーサの眼を見ないで! 石になるわよ!」

 

 声を張り上げるが、美神自身その指示がどれだけ無茶なことか分かっている。

 接近戦で眼を見ないようにするには目をつむるか視線をそらすしかないが、隙を大きくするも同然だ。かと言って遠間では体全体が視界に入るのだから無理に等しい。

おキヌとシロは眼を閉じて得物を構える。おキヌの霊圧放射は音によるものだから視界に囚われないし、シロは動物的な勘だけで戦うつもりだろうか。

 だが、メドーサの眼が紅く輝き、眼を閉じたおキヌとシロを視界に捉え、やはり二人の動きが止まってしまった。

 おキヌの口はネクロマンサーの笛の吹き口に当てる前に倒れ伏し、シロは霊波刀を構えようとして膝をついた。

 

「シロ、おキヌちゃん!」

「う、うごけませーん」

「っく、麻痺、とは違う。押さえつけられているかのような」

 

 異様を感じ、タマモは二人を抱えて飛び退る。けん制にと放った狐火がメドーサの視線とぶつかり、中空で散った。

 

「タマモ、二人は!?」

「大丈夫!」

「美神殿! 直接目を見なければ、動きが鈍くなる程度で済むようですぞ!」

「シロちゃんはともかく、私が動けなくなるくらいです!」

 

 二人とも眼を閉じていたはずだ。それは遠目からでも美神は確認している。目を見れば麻痺、見なくても抑圧される。どうやって戦えというのか。

 しかし思考に沈む時間をメドーサが与えてくれるはずもなかった。

 メドーサの視線が美神と横島に向いていることに気づき、直感的に行動を起こした。

 

「横島クンお願いっ!」

「お願いっじゃないっ!!」

 

 ゴキブリ並みの反応速度で逃げようとしていた横島を、それ以上の素早さで首根っこを引っ掴みメドーサの視線との間に挟む。神話のように鏡の盾でもかざしたいところだが、携帯性は悪いが横島も頑丈さでは中々のものである。

 横島越しに神通鞭を構える美神であるが、首根っこをつかんでいた横島に暴れられてしまう。

 

「あんたはホンマに鬼か!」

「盾が動くんじゃないわよ!」

「誰が盾や! 無茶言わんで下さい!」

 

 いつものことなので咄嗟にやってしまったことだが、美神は横島がメドーサの視線を受けても動けることに気づいた。

 対魔力で言えば、ネズミの洗脳霊波すらくらってしまうようなレベルの低いはずの横島がなぜ無事なのかはわからないが、好機には違いなかった。

 

「盾が嫌なら、袋になりなさいっ!」

「何のこっちゃあっ!」

 

 美神は横島の首根っこをつかんでいた手を放し、代わりに横島の尻を思い切り蹴り飛ばす。宙を飛んだ横島はメドーサの視線を受けつつも手をバタバタとさせてバランスを取ろうとして間に合わず、かつて月での戦いの時と同様の体勢でメドーサの顔面に股間を叩きつけていた。

 

「おふっ!」

『!!??』

 

 かなりの勢いで股間を強打した横島は、メドーサの顔面に股間を押しつけたまま悶えていた。表現によっては淫靡なものであるが、涙目の横島にはそんなことを考える余裕などない。

 

「ええい、どうせならもっと下が良かったけど、また嫌がらせしちゃる、でぇぇっっ!」

『イイ、カ……ヘンタ……』

 

 視界を塞がれたメドーサは暴れるが、器用にバランスをとる横島を振り払うことができなかった。とはいえ横島も持ちこたえるのに必死で攻撃に転じることは出来ず、メドーサの発した言葉にも気付けていないようだ。

 横島が必死にロデオをしている最中、まだ自由が利かないようではあるがゆっくりとながらワルキューレらが身を起こす。

 

「あんたら動けるようになったら参加しなさいよ! タマモ!」

「うんっ!」

 

 美神は暴れるメドーサの、足と言っていいのかどうか、とにかく下半身部分へ神通鞭を振るう。二本足ではないからバランスを崩して転倒することはなかろうが、激しく動くメドーサの上半身を狙いづらいのは確かだ。

 狐火を放つかと思っていたタマモは、美神と同様の狙いで蹴りを放っていた。それも美神の目から見ても鋭いものであった。

 

「やっぱりダメ!?」

 

 しかし、それらの攻撃も効果がなかった。いや、ダメージがあるのは確かで、肉が抉れて血が飛び散っている。だがすぐに肉が盛り上がり回復してしまうのは先ほどまでと同じだった。

 再度神通鞭を振りかぶった美神の目に、回復途中のメドーサの腹部が写る。そこに微かに光る物体を美神は見逃さなかった。

 

「見つけた!」

 

 美神は周囲を見渡す。魔族組はほぼ回復したようでいつでも参加できそうだ。おキヌとシロも身を起こせるようになっており、おキヌの横には除霊道具のリュックがある。

 勝利への道が見出せた。

 

「ワルキューレ達メドーサの動きを止めて! タマモその手伝い! おキヌちゃん荷物、シロ合図を待って! 横島クンはそのまま!」

「了解!」

「うん!」

「はいっ!」

「応でござる!」

「まだっスかああっ!」

 

 いち早く麻痺が抜けたワルキューレが、今だ横島を振り落とそうと暴れているメドーサをはがい締めにし、ベスパとジークも続く。

 ワルキューレとベスパが上半身を、ジークが蛇の尾を捉え、さすがにメドーサも動けないようだ。

 

「おキヌちゃんお札セット!」

「は、はいっ!」

 

 美神が掲げた手に、おキヌが放り投げた破魔札の束が吸い込まれるように届く。

 

「赤字覚悟の、大盤振る舞い!」

 

 値段は数千万円に届くだろう破魔札の束を、メドーサの蛇腹部に叩きつける。横島でかき消されくぐもったメドーサの絶叫は聞こえはしないが、腹部は大きく抉られていた。

 蛇腹の中には生き物の体内に似つかわしくない宝玉のようなものが埋もれており、メドーサの血で染められている。それこそが美神が見つけたメドーサの弱点になりうるモノ、遺産であった。

 

「シロ、突貫!」

「承知、がああああっっ!」

 

 近すぎて神通鞭は振るえない。美神は脇によけると同時シロに指示を出す。放たれた矢のように美神の横を駆け抜けていく。鏃は無論霊波刀。

 

「ああああっっ!!」

 

 斬れとは言わず、突貫といった美神の指示を正しく汲み取ったシロの一撃は突き。

 待てと言われてから溜めていた力を一気に吐き出し、メドーサの蛇腹と遺産を貫いた。

 

『ギ、ヤアアアアアアアッッッ!!!!』

 

 咆哮。そして崩壊。どれほどの攻撃にも回復してきたメドーサの身体が、シロの一撃を機に崩れていく。

 

「おわっ、とサンキュ」

「離れるよ!」

 

 力が抜けて倒れていくメドーサ。落下した横島はベスパに抱えられ離脱。

メドーサの体はボロボロと崩れていき、ひび割れ、チリになって積もっていったのだった。

 

 

 

 

 

 全員がへたり込む。強さで言えば、メドーサはかつての実力から大きく衰えており、容易くはなくとも勝てる相手だったと言っていい。

 しかし無節操な回復能力と再生能力による終わりの見えない状況、さらには魔眼という特殊能力に、みな大きく精神的に疲弊していた。特に横島は肉体的にも負担が大きかったこともあり、地面に大の字になっていた。

 

「やーっと終わったぁ~」

「何とも、厄介な相手だったな」

 

 魔獣となったメドーサを評するにはワルキューレの一言に尽きた。魔族としてのメドーサも同様ではあるが、区分というかジャンルというか、また一味違う厄介さだ。

 

「ところで遺産は?」

「拙者が持っているでござる」

「じゃあシロ、それベスパに渡して。早いとこ止めちゃってよ」

「承知。ベスパどの、お任せするでござる」

「あいよ。任された」

 

 ベスパと顔を合わせた一瞬シロの顔が陰るも、遺産を渡しお互いに笑顔を向け合う。未だ蟠りがあったのだろうが、共闘したことでそれも解けたようだ。単純ではあるが、シロの美点でもある。

 

「今回の遺産って何なの? やっぱり、予想通り“変質”?」

「いや、いじくり回されてるけど……“合成”だね。どう改造されてるかまでは土偶羅様に見てもらわないとわからないけど」

「“合成”ねえ。動物が混ぜられたってのは途中のを見ればわかるけど、何でメドーサって奴が出てきたの?」

「それもあたしにゃさっぱりさ」

「俺には土偶羅がそんなややこしいやつをわかるって方がさっぱりだけどな。あいつ頭いいのか?」

 

 遺産を分解するベスパへの横島のつっこみはさておき、タマモの疑問も尤もである。メドーサの出現はあまりにも急すぎた。

 

「ところで横島君。体は大丈夫か?」

「へ? ああ、平気だけど。なんか、めっちゃ霊力消費した気がするくらい」

「そういえば横島さん、私とシロちゃんはメドーサさんに見られただけで動けなくなっちゃいましたけど、平気でしたね。何でです?」

「何で、って言われてもなぁ……」

 

 魔族の面々は視線を交わすことで麻痺し、おキヌとシロは見られただけで圧力を受けた。神話と違い石化はしないものの、神話と違い見られただけで金縛りにあってしまうのだ。制限を受けているとはいえ、魔界軍に所属しているワルキューレらさえもだ。

 横島の抵抗力は自他ともに認めるほど低く、これもまたわからないことだらけである。

 

「どうせ横島クンのことだから、メドーサの胸に見とれて霊力上昇させたんじゃないの?」

「……そうなんですか、横島さん?」

「うぇっ、俺に言われてもわかんないってば。そりゃええ胸しとったけど……」

「……不潔です」

「ぐはっ!」

 

 美神のセリフについつい本音が出してしまう横島と、拗ねてしまったおキヌ。即座に寝ころんだ状態から土下座に移行する土下座の習熟度はかなり高い、のかもしれない。

 ワルキューレが顔をしかめて美神へ耳打ちする。

 

「どういうつもりだ?」

「何よ」

「お前とて気が付いているのだろうに、何故わざわざミスリードを? 横島のアレは……」

「ストップ。本人に実感がないのに困惑させるだけよ。それに、神族からの連絡は受けているわ」

「ふん、ならば魔族が出張る話ではないか」

 

 美神はワルキューレの問いを打ち切る。この場で話してもしょうがないことであるし、わざわざ語る必要性はなかった。

 

「さて、と! みんなそろそろ下山の支度しなさい。いつまでもここにいたってしょうがないわよ!」

 

 区切れをつけるため美神は一気に立ち上がり、しかしうっすらと聞こえてきた声に身を翻した。

 

「メドーサ!」

「ええっ!?」

 

 メドーサが倒れ伏した場所へ駆け寄る。生きているならとどめを刺してやる、と息巻いた美神だが、息を飲む。そこで見た光景はいっそ憐れみすら覚えるものだった。

 

『あ……う……』

 

 チリとなったメドーサの身体が風で舞い散り、そこに残されたのはとうてい人一人分もない大きさのなにか。

 吐息のようなうめき声、生気を失いより青白くなった肌、何より身体が胸より上しかなかった。

 人間ならば確実に死んでいるだろうが、さすがとでも言うべきか。かろうじてと見えるが、メドーサはまだ生きていた。

 もはや戦闘能力などというものが存在するとも思えないが。

 

「ほんとに、しぶといわねメドーサ。……今度こそ、極楽へ行かせて」

 

 仇敵の哀れな姿。魔獣の姿とはまた違って見るに耐えない。美神は神通鞭を振りかぶり、

 

「いや、待て美神令子」

 

 ワルキューレの言葉に振り下ろすのを止めた。

 

「あんたのことだから情けが湧いたなんてことはないでしょうけど、何よ?」

「うむ。可能性としては低いが、何らかの情報源になるやもしれん。連れ帰る」

 

 ワルキューレはメドーサの首元に手を差し込み、思いの外優しく持ち上げた。メドーサの視線は虚ろにワルキューレに向いているが、金縛りになることはないようだ。余力がないのか、そうしようと思っていないだけなのかはわからないが。

 

「そう。依頼主の意向には従うわ。ただこう言っちゃなんだけど、話ができるとは思えないわよ。それに連れ帰るまでもつのかどうか」

「尋問はどうにかする。ただ、横島。ひとつ頼まれてくれるか?」

「お、おう、何だ?」

 

 ワルキューレの頼みは文珠を使ってくれというものだ。なるほど、文珠の力ならばメドーサを小康状態でいさせることはできるかもしれない。美神はあまり気乗りはしなかったが、横島へ眼で指示する。

 

「んーと、何の文字を入れりゃいいかな? “治”すってのはどうかと思うし」

「“保”つではどうだ? 瀕死であっても拠点に帰るまで生きていればいい。そこならば延命措置は可能だ」

「“保”つ、ねえ」

 

 横島はチラリと苦しんでいるメドーサを見、そして美神を見た。長い付き合いだ、それだけで美神は理解できてしまった。

 溜息を一つ。

 

「いいわよ。好きになさい」

「う、うっス」

 

 横島は文珠を二つ手に取った。しばし考え、片方に“鎮”を、もう片方に“保”の文字を入れる。

 “鎮”の文珠はメドーサの呼吸を整え、苦痛すら取り除いたのか安らかな顔で横島を見つめ、眠りにつかせた。そしてワルキューレの頼み通り“保”の文珠を使用する。

 

「……何と言うか、お人よしにも程があるのではないか?」

「う、そうかな? いや、憎たらしい奴だったけどさ、この状態を見ちまうとなんつーか」

「全くよ。文珠がもったいないったらないわ」

「許可したお前も相当だとは思うがな」

「うっさいわね」

 

 口元をゆがめ、ワルキューレは翼を大きく広げ宙に浮く。呆れた顔をしていたベスパも、苦笑していたジークもそれに倣う。

 

「任務を途中で放り出すようで悪いが、我らは先に帰還させてもらう。協力に感謝する!」

「はいはい。今度はもっと簡単な依頼を持ってきてよね」

 

 赤面した顔をごまかすようにそっぽを向く美神へ、器用にも空中で敬礼をし、三人は飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 その後、無線で麓へ連絡を入れると、すでにヘリコプターが向かっているとのことだった。随分とタイミングがいいことだが、美智恵によると援軍を送ったつもりだった、という。

 

「援軍って、西条っスかね? まさか隊長自ら来るってことは」

「ママならやりかねないけど、私たちの知ってる人だってさ」

「え、でも他に知ってる人って……?」

 

 結局、考えても答えの出ない疑問は考えるだけ無駄だということがわかった。もったいぶっているつもりなのかどうなのか、時折突拍子もないことをする人間だからあなどれないのも確かだったりする。

 そして、間もなく開けた場所にヘリコプターが到着した。

 

「おう、お疲れさん。大変だったようじゃねえか」

 

 ヘリコプターから降りてきたのは黒いスーツ姿の三白眼の男。“大霊障”の戦友であり、横島をライバルと勝手に呼び過大評価する男。魔装術の使い手、伊達雪之丞だった。

 

「何よ、雪之丞じゃない」

「オメーかよ。しかも山にその格好って」

「お久しぶりです雪之丞さん。かおりさんが、連絡とれないって怒ってましたよ?」

「う、ずーっと修行で山に籠ってたからな」

 

 メンバーの中で雪之丞と面識が無いのはシロとタマモぐらいで、誰だこいつ、というものである。

 

「いや、俺もそうだけど、俺だけじゃねえんだ」

「フフフ、お久しぶりね。美神令子と坊や、元幽霊のお嬢ちゃん。あら、人狼と妖孤の娘までいるのね」

 

 ヘリコプターの中から現れたのはかなり大柄な男で、背の低い雪之丞と並ぶとその差が際立つ。

 声色は野太いのだがオネエ口調で、どこか仕草に女性っぽさがある。話し方からしてかなり慣れているようだ。

 

「そ、その声って……」

「……美神さんの反応からすっと、俺の思い出した奴で間違いないのかな」

「え、えっと……これでお二人目ってことですかねえ、はは」

「む、誰でござるか?」

「知らない、わよねえ」

 

 特徴が強すぎた。一度会えば中々忘れられない濃いキャラクターで、その死に様もまた同様だった。そう、彼もまた死んだはずなのだ。そしてシロやタマモを知っているはずがない。

 

「どういうことよ。なんでアンタ生きてるの!? っていうか、なんであんたも生き返ってるのよ! 答えなさい、勘九郎!」

「フフフ……ん、も? 生き返って?」

 

 混乱した美神の質問にキョトンと可愛くなく首を傾げるその男は鎌田勘九郎。かつて雪之丞と同門で修行をし、力の誘惑に負け人を捨て、そして雪之丞に葬られたはずの男だった。

 

 




 ってなわけで、FGOにも登場したゴルゴーンですが、うちのメドーサさんに激似でした。結構可愛いんですよ、あの方。
 今年の更新はあと一回できるかな?
 じゃあまた。
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