GS横島 Step by step   作:カシム0

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 今回と次回はほぼほぼ会話です。
 一応、重要な話だったりします。
 じゃあどうぞ。


第九話 嘘じゃねえって信じてやるぜ

 

 

 

 

 

 魔装術という霊能がある。悪魔と契約し、自らの霊力を顕現させて身に纏うという禁忌の術の一つである。

 何故禁忌であるか。未熟な者が術を行使すれば自らを傷つけてしまい、熟練者であっても長時間使用し続ければ魔族となってしまうからだ。

 魔装術とは、術の使用者が霊力を顕現させ、契約した魔族の力で霊波を身体へ固着させる形をとる。長時間の使用により抑圧に耐えきれなくなるか、もしくは使用者自身が望んで干渉に対抗しなければ、人間の部分が押し込まれて魔族となり果ててしまうのだ。

 修得すれば身体能力は上がり、素手の格闘で悪霊を祓うこともできるほどの強力な術であり、熟練すれば魔族の力を打ち砕き潜在能力を単独でコントロールすることすら可能となる。だが、危険性が忌避され、現在では使用する者はほとんどいない。

 魔族化するおそれがあるためGS協会は魔装術を使う者に免許を与えないし、何よりイメージが悪い。魔族といっても様々な者がいるが、一般人からすれば魔族は人間の敵である。

 現在、確認されている使用者は伊達雪之丞という未成年の男性である。彼の同門であった二人の男性も使用者であったが、一人は死亡、もう一人は行方不明となっているため、唯一の使用者である。

 彼は過去、魔族の手先として活動していたが袂を分かち、紆余曲折を経てGS側の戦力として活躍し、秘密裏にオカルトGメンからの依頼も受けている。

 伊達雪之丞が公に登場して以降、主に美神除霊事務所との共闘という形で記録に残っている。また“大霊障”にも深く関わっているものの、基本的に世俗とは切り離された活動をしていることが多い。

 であるから、彼は今回のアシュタロスの遺産については全く知らず、修行のため山籠りに励んでいた。

 雪之丞がかつて所属していた道場は白竜会といい、霊力格闘を伝える一派だった。

 霊力格闘には宗教がほとんどといっていいほど絡んでおり、白竜会もその例に漏れず仏教の流れを汲んでいた。最も現在では精神修養の一環として取り入れられていたのみで、師範が住職という職にありながらも帰依を強要されることはなかった。

 赤子のころから収容されていた施設を抜け、白竜会の門を叩いた雪之丞にとっては好都合といえた。わずかに記憶に残る赤ん坊の自分を抱きしめる母の笑顔と耳に残る優しい言葉通りに、ただ強くなりたかった雪之丞にとって、格闘の修行以外に時間を取られたくはなかったからだ。

 雪之丞は内弟子として修業に明け暮れた。熱心を通り越して執念さえ感じさせる雪之丞は孤立し、しかしその訓練の成果は同年代も兄弟子ですら敵う者なしとまで称された。ある男を除いて。

 世の中には天才と呼ばれる者がいる。その男がまさにそうだった。雪之丞が白竜会に入門した時、その男に道場で敵う者はいなかった。その男の入門は雪之丞よりほんの少し前だったというのにだ。

 雪之丞の目的は強くなること。白竜会の中での序列や評価など知ったことではなく、強者とは乗り越えるべき壁の一つにすぎない。

 だが、その男はどこが気に入ったのか、一人で修行をする雪之丞によく絡んできた。同じ孤児だから共感するところでもあるのかとも思ったが、男の視線が雪之丞の腰やら尻やら、はては前の方に注目していることに気づき、同時に世に言うオカマやガチホモなる存在であることにも気付いた。

 白竜会に内弟子は多数おり、女性と接する機会の少ない環境で衆道に走る輩もいたが、雪之丞に実力で敵う者がいなかったためそれまで気にすることはなかった。なかったが、認識を改める必要があった。

 人として、男として尊厳の危機であると。

 

「そう思ってた時があったな、俺にも」

 

 白竜会での修業時代にも幾度か山籠りで訪れていた山深く、水辺の淵で雪之丞はストレッチをしながら呟いた。

 久々に訪れたためか、当時のことをわざわざ思い出すまでもなく浮かんでくる。

 

「はた迷惑な野郎だったことは間違いねえけど、な」

 

 天才にしてガチホモであるその男、鎌田勘九郎は間違いなく変態であった。だが、変態なりの矜持でもあったのか定かではないが、力づくで行為に及んでくることはなかった。それは雪之丞だけではなく、勘九郎が目を付けていた見目麗しい弟弟子に対しても同様だ。

 雪之丞は身の危険を感じて以降、同様の恐怖を抱いていた門下生と打ち解け、

 

「ウィー アー ノンケ」

「ガチホモ ダメ絶対」

 

 を掲げる対衆道陣営を築きあげていた。

 だが、勘九郎は変わらず雪之丞に色目を使いつつ、行為に及んでくることもなく、関わってくることをやめることもなかった。

 付き合いづらいのは確かだが実力も確かであり、雪之丞と組み手をできるのも勘九郎しかいなかったこともあり、尊厳の危機は常に頭に置きつつもつるんでいたわけだが、ひょっとすると孤立していた雪之丞を輪の中へ入れるための芝居だったのだろうか。

 

「いや、さすがにそりゃねえか。あいつがそんなこと考えるとは到底思えねえし、ガチなのも確かだし」

 

 思い付いた考えを即座に否定し、大きく伸びをしてストレッチを終了させる。

 昔のことを思い出したこともあり、白竜会は今どうなっているのだろうか、と思う。GS資格試験以来、啖呵を切って飛び出して一度も顔を出していないので状況は分からないが、魔族の手下となっていたわけだから解体された可能性が高い。

 メドーサの口封じによって住職は石にされたと聞いているが、さすがにもう解呪されていることだろうから再興していることも考えられる。門下生は散り散りになったらしいが、また白竜会に戻っている者もいるかもしれないし、ひょっとしたらGSになっている者もいるかもしれない。魔装術を修得したのは白竜会でも自身を含めて三人だけだったのだから、出自を隠せば可能性はあるだろう。

 

「後で道場に顔出ししてみるかな」

 

 今まで知ろうとはしなかったが、白竜会は孤児の雪之丞にとって実家のようなものである。事の顛末くらいは知っておくべきだろう。それがどういう結果になったとしても。

 

「……で、何か用か?」

 

 下半身を水につけての型を行おうと泉に向かった雪之丞の足が止まる。鋭敏な雪之丞の感覚は、木の陰の観察者の存在を認識していた。野生の動物ではない、明らかに雪之丞を意識している者がそこにいた。

 

「ふふ、気づかれちゃった」

「っ、てめえっ!」

 

 木陰から現れた男を雪之丞は知っていた。一般的な男性と比べて身長は高く、見慣れた道着に身を包み、見慣れた不敵な笑みを浮かべていた。

 つい先ほどまで思い出していた男。かつての同門で同時期に魔装術を修得し、しかし人の身を捨て魔族となり、雪之丞自身の手で葬った男――鎌田勘九郎が人間の姿でそこにいた。

 

「敏感なのは相変わらずね。まだ耳弱いの?」

「気色悪いこと言うんじゃねえ! 鳥肌立つわ!」

 

 本物かという疑問は、今の会話で解消された。思い出したくもないが、組み手の最中勘九郎に耳に息を吹きかけられ悶絶したという黒歴史が雪之丞にはある。

 

「久しぶりね。電話ずっと待ってたのにいつまでも来ないから、こっちから来ちゃったわ」

「てめえ電話持ってねえだろ、ってそんなんどうでもいい! なんで生きてやがる!」

 

 言いようからすると“大霊障”時コスモプロセッサによって復活した勘九郎自身のようだ。しかしそれもありえないはずだった。

 

「何でって言われてもね」

「あんとき復活した奴らは、横島がコスモプロセッサをぶっ壊した時に、全員消えっちまったはずだ!」

「コスモ? なぁにそれ?」

「死んだてめえらを復活させた鬼械、知らねえのか?」

「知らないわ。雪之丞に会っちゃったから生きてる理由なんて気にしてなかったし」

「あ? なんだそれ」

「あら、愛しい人に会いたいって乙女心の前じゃ生きてるかどうかなんて些細なことよ?」

「……とりあえずてめえが本物だってことは理解した」

 

 突っ込みどころはたくさんあったが、掴みどころのない鳥肌モノの存在感は鎌田勘九郎に間違いなかった。それを理解しても、勘九郎がこの場にいる理由には思い至らなかった。

 

「んで、何の用だ? とりあえず、同門のよしみで聞くだけ聞いてやらあ」

「んー、そうねえ」

 

 人差し指を唇の脇に当て腕を組む勘九郎のポーズは可憐な少女が絵にもなろうが、ゴツい男ではサブイボが立ちそうなものである。慣れている雪之丞にはさほど影響はなかったが。

 

「……復讐、って言ったら?」

「返り討つ!」

 

 即断即決、雪之丞は一足飛びに勘九郎との間合いを詰め、拳を突き出す。

 このとき雪之丞に油断がなかったとは言えない。復活した際、雪之丞は勘九郎に圧勝していたし、以降修行したとして同様に修行している雪之丞に勘九郎が追い付いているとは思いがたい。

 かつて天才と呼ばれ手も足も出なかった壁を乗り越えていた、という驕りもあった。だからだろう、視界に収めていた勘九郎を見失った雪之丞は咄嗟の反応が遅れた。

 自分の意思によらず宙を飛ぶ感覚に、体勢を立て直す。数瞬遅れていれば地面に叩きつけられていただろうが、雪之丞は足から着地し、距離をとる。

 

「投げへの対応ができていないのも相変わらずなのね。確かにあなた強くなったけど、長所を伸ばしただけで、短所を補うことなんて全く考えてなかったんじゃない?」

「っの野郎!」

「それとも、一人遊びしかしていないから相手がいる時のやり方を忘れただけかしら?」

 

 何が起きたのかは至極簡単なことである。雪之丞の拳打に対し、勘九郎はその手を跳ね上げると同時に足払いをかけ、合気の要領で投げ飛ばす、ただそれだけのことだ。

 白竜会時代にはよく地を舐めさせられていたものだが、互いに魔装術を会得してからは合気の技をかけられた覚えはなかった。

 

「白竜会では対人格闘だって教えてくれたはずだけど、あなた肉と肉のぶつかり合いの方が好みだったし、投げは重視していなかったわね」

「一々言い方が卑猥なんだてめえは! とにかく、だからって実力差が埋まったわけじゃねえぞ!」

 

 再度間合いを詰める。雪之丞は先の一合の反省を踏まえ、大振りはせず小さく細かく速く突きを連打する。

 勘九郎はそれを丁寧にさばき、かわすが雪之丞のスピードに追い付けていない。拳をかわすことはできても、戻りが速く捕まえられない。不敵な笑みを浮かべたまま、勘九郎は冷や汗を浮かべていた。

 そして、雪之丞の一撃が勘九郎の腹部に突き刺さる。腹の中の空気を吐き出し、動きの止まった勘九郎の顎へ止めの一撃を放ち、また雪之丞は勘九郎の姿を見失った。

 勘九郎は大振りになった雪之丞の攻撃を、腹部のダメージに引きつりながらも見逃してはいなかった。拳に頬を削られながら身を翻し、がら空きの雪之丞のこめかみへ肘を叩きつける。

 衝撃に一瞬たたらを踏む雪之丞は間合いを取った。攻撃を食らい仕切りなおす意味合いよりも、不可解なことがあったからだ。

 

「てめえ、どういうことだ?」

「あなた語彙が足りないってよく言われない?」

「とぼけんな! 今のカウンターが全力だったことぐれえわかる。なのに、なんでこんなに威力がねえ!」

 

 魔装術を纏わずとも雪之丞の防御力は並ではない。そしていくら雪之丞と勘九郎の実力に差があっても、全力攻撃を受けてノーダメージでいられるとは雪之丞も自身を過大評価しない。

 物理的な威力はあった。しかし、それとて“大霊障”の時よりも弱く、込められた霊力に至ってはかつての面影など感じられないほどであった。霊能力者同士の闘いは、いかに相手の霊的防御を抜くかにかかっていると言っても過言ではない。

 

「バレちゃったか。あなたの思っているとおり、今のあたしは本調子じゃないのよ。力を消耗しているのじゃなくて、減退させてしまっているの」

「言ってる意味はわかるがよ、何がどうなってそうなったんだ?」

「あなたと会ってしばらくして、不意に身体を構成していた力が消えていくのがわかったわ。それがあなたのいうコスモ何ちゃらの壊れたときだったんじゃないかしら?」

「だったら、何で他の連中みたいに消えねえ?」

「多分としか言いようがないけど、力が消えていくのと同時に魂を魔族へと傾けていた魔力も薄れていったわ。そして気づいたの。今なら人間に戻れるのじゃないかって」

 

 先に述べたとおり、魔装術で魔族に堕ちるプロセスは魔力により人間部分を制圧することである。それが魔族となった状態でも緩んだのならば、押し返すことは可能だろうか。

 美神の前世である魔族メフィストが強大なエネルギーを使用して人間となったように、自身の魔力でもって人間に戻ることは可能だろうか。

 結論から言えば、勘九郎は賭けに勝った。

 

「おかげでかなり力を失ってしまったけどね。復活させられた状態とは違う、魔族から人間になったので消えずに済んだ、てところじゃないかしら?」

「そんなんで残れるのかよ」

「わかるわけないでしょう。他に考えつくことと言えば……妖精さんが力を貸してくれたのかもね」

「あぁん!? そこでボケんじゃねえよ!」

「あら、ボケじゃないわよ。あなたも妖精郷の話くらいは知ってるでしょう?」

「妖精郷? まあ、少しぐらいならな」

「昔から異世界の食物を食べた者は、その世界から帰れなくなるってのがお決まりよ。あたしヤケ酒飲んでいたし」

「ヤケ酒だ?」

「ええ。強さを求めて魔族になって、バカにしていた人間に負けて……復活したらあたしより弱かったあなたにまた負けて。インフレ加減に絶望した、なんて叫びたくもなったし、くだも巻きたくなるってものよ」

「そんなん、てめえの自業自得だろうが」

「そうよね。ホントはあたしもわかってたのでしょうけど」

 

 死者を冥界から連れ出そうとするが冥界の食物を口にしていたがために、帰ることができなかったという神話がある。また妖精郷へ訪れた際に食事を出されても断らないといけないとの伝承もある。

 違う世界の食物を食べた者はその世界の住人と認知されてしまう、との点で共通している。元の世界へ帰ることができないという点では合致しているのは確かである。

 それが勘九郎が消えずに済んだ原因なのかは不明であるが。

 

「……っち、やめだ」

「あら、どうしたの? そっちから迫っておいて」

「そもそもお前に敵意がねえし、何より本調子じゃねえならやる理由が見当たらねえよ」

「はー、あたしって長い間死んでたのねえ。突っ込むしか能がなかった雪之丞が焦らしを覚えてるなんて」

「だからてめえはいちいち、ってさっきも言ったな。とにかく、俺ぁもうやる気はねえぞ」

「そっちがよくてもこっちはよくないのよね」

「なに?」

 

 勘九郎の言葉には、それまでの雰囲気を一転させた殺気があった。

 

「あたしと本気で闘ってもらうわ。さもなくば、人里に下りて手当たり次第に殺戮の限りを尽くすわよ」

「何、言ってやがる」

「あたしの目的は本気の雪之丞と闘うことよ。本気で、あたしを殺しに来なさい!」

 

 防戦一方だった勘九郎が攻めに転じる。勘九郎が雪之丞へダメージを与えるのに打撃は無効と判明したばかりだ。それでも接近してくるからには何らかの策があるはず。

 察した雪之丞であるが、先の勘九郎のセリフを聞き逃すわけにはいかず、また立ち向かってくる敵へ遠慮も手加減も不要である。

 前進して突き出された掌底をかわし、腹部へ拳を突き出す。カウンターの見本のようでさえある一撃は、勘九郎の捌きを抜いて腹部に突き刺さる。

 だが勘九郎はかわされた掌底を雪之丞の後頭部に回して身体を引きつけ、気合と共に前後から瞬時に掌底をくりだし雪之丞の頭部を揺らす。しかし、勘九郎の状態が万全であればいかに雪之丞といえど立ってはいられなかったろうが、直前に呼吸を乱されていたため効果は薄れていた。

 それでも雪之丞の動きを鈍らせることはできた。自らの額を雪之丞の人中へ叩きつけ、さらに身をひねり首投げを仕掛けるが、雪之丞は勢いに逆らわずに跳び、着地と同時に後ろ蹴りを放つ。

 蹴りを腹部に食らいつつ、勘九郎は足をからめ取り捻る。ドラゴンスクリューだ。体勢が崩れていた雪之丞は、その勢いのままにさらに捻りに合わせて跳び、勘九郎の顔面へ蹴りを放つ。

 脳を揺らされた直後にこれだけの動きができる雪之丞でも、態勢の崩れはいかんともできず、諸共に地面に体を叩きつけられる。

 仕切り直し、距離をとる。元の実力差もあり、勘九郎のダメージは相当である。しかし、雪之丞も無理をした代償に軸足を痛めてしまった。無理をしなければ問題はないだろうが、勘九郎の気迫からしてそう上手くはいかないだろうと思い知れた。

 自然と頬がゆるむ。かつての壁を追い越したと思えば、修練の末会得した技を思い出し現れた。そう、雪之丞が本当に追い越したかった勘九郎は、与えられた力を振り回す魔族ではなく、華麗な技を持った天才だったのではなかったか。

 すでに雪之丞の頭には勘九郎が何を宣言したかなど、意味は無くなっていた。地を踏みしめ駆ける。

 今はただ、強敵との闘いを。

 

 

 

 

 

 互いの一撃に弾かれ距離をとる。至る所から出血しているが身体各所の稼働に支障なし、と雪之丞は勘九郎の状態を把握した。自身は足首と肩に違和感がある程度、と唇から流れる血を拭い判断する。

 同時に跳び、膝と膝、肘と肘が噛み合う。手首をつかみにかかる手を振り払い、甲を勘九郎の顔面に叩きつけるが、腕刀に首を刎ねられる。

 

「っ、く、うおらっ!」

「っか、はあああっ!」

 

 互いに体勢を崩し、踏みとどまり、眼と眼が合った瞬間同時に魔装術を展開する。全力の拳がお互いの頬に突き刺さる。

 雷鳴のような音が響く。一瞬静寂に包まれる。

 動きが止まり、同時に地に倒れ伏した。術が解除され、それまで息を止めていたかのように、大きく息をつく。

 

「てんめえ、俺を、利用しやがったな」

「あら、そういうことには、頭が、回るのね」

 

 対峙する勘九郎の霊力が増大してきている――元に戻っているとの表現が適切か――ことに気づいたのはいつだったか。

 一合交わす度に勘九郎の霊力が上昇していた。だが気を回す余裕などなく、拳を交わし続け、ついには一撃を顔面にくらった。

 

「やりあってりゃバカでもわかるだろ」

「バカなのは自覚してるのね」

「話のメインはそこじゃねえだろ!」

 

 どうなったところで勘九郎は勘九郎だった。息を整えて雪之丞は身を起こす。勘九郎はまだ起き上がれないようだ。

 

「自分を死にかねない状況において、霊力を回復させるのが目的だったんだな。妙神山での猿との修行と似たようなもんか」

「猿? まいいわ。山籠りしてたんだけれどね、型をなぞるだけじゃもちろん効果はなかったわ。野生の、かどうかよくわからないけど、熊とか猪ともやり合ったけどだめだったし」

「お前、そんなことしてたんか」

「手の内がわかっていて、あたしを追いこめる相手って言うと雪之丞しか思いつかなかったのよ。陰念じゃ力不足だったし」

「あー、懐かしい名前が出てきたな。顔を思い出すのも一苦労だ」

「ひどいこというのね」

 

 そうして笑い合う。過去の出来事も、策が上手くいったことも全て脇によけて、ただ楽しいから笑う。今、この時が楽しいからこその笑いだった。

 勘九郎が息を整えて起き上がる。

 

「はー、力をある程度取り戻せたのはいいけど、これからどうしようかしら」

「ノープランかよ。お前死んでたからな、戸籍とかもうねえんじゃねえか?」

「そうよねぇ。世捨て人になるには私はまだ若いし、かといって普通の生活ができるわけでなし。モグリのGSやるにはまだ力が足りないし」

「お前、もう魔族側に行く気はねえのか」

「んー、本当はそれも考えていたのだけど、雪之丞とヤリあってたらそんな気吹っ飛んじゃったわ。少しずつ強くなっていく快感を思い出しちゃうと、もうね」

 

 雪之丞自身、練習していた型が決まると気持ちが良かったし、出来なかったことができるようになったときは嬉しかった。

 魔族化するとそれら全てを一足飛びに越えていってしまう。そして勘九郎がそうだったように、技を忘れて力押しの戦法を選択してしまう。

 その気持ちを思い出したのならば、勘九郎を信じてもいいのかもしれない。

 

「そういやお前の魔装術、昔のまんまだったな」

「昔の? ああ、仮面を着けたあれね」

 

 かつて勘九郎の魔装術は自身を魔族へと変貌させたが、たった今勘九郎が身に纏った魔装術は霊格を実体化させる影法師に酷似しており、禍々しさは感じられず、かつて勘九郎が語ったように美しささえ感じさせるものだった。

 それは、勘九郎の言葉を裏付けるに十分であった。

 

「なるほどな。嘘じゃねえって信じてやるぜ」

「あら、ありがとうね」

「働き口を紹介してもやらあ。採用されるかはわからねえけどな」

「あら、いい男がいるならぜひにも」

「だからっ、っと。そういやいるな。ちょいと年上だが、いい男だぜ」

 

 

 

 

 

「とまあ、そんなわけでオカGを紹介したんだ。そのテストの一環で応援に行ったんだがよ、ちいと遅かったみてえだな」

「それにしてもメドーサ様まで復活していたなんてねえ」

 

 場所はオカルトGメン日本支部、時間は夕方。

 オカルトGメンの撤収に合わせて美神除霊事務所の面々も東京へ戻ってきていた。諸々質問したいこともあり、報告すべきこともあったが、いったん事務所へ戻って一息ついてから再集合となった。

 最も疲れているだろう横島が美神のシャワーを覗こうとしてビルから落とされたり、それを聞いた他三人の軽蔑など複雑な感情を込めた視線を受けるのはいつもどおり。

 そしてオカルトGメン事務所へ向かい、雪之丞から勘九郎と再会した状況と経緯について説明を受けたところである。

 

「あんた、様って。まだメドーサに敬意を払ってるの?」

「あら、そういえばそうね。とは言っても、今さら呼び捨てってのも言いづらいのよね。でも坊やだってあなたの母親を隊長って呼んでいるんだし、呼び方なんてそんなものでしょう」

 

 集まった当初は勘九郎への緊張が隠せない状態だったが、敵意がないことを雪之丞が保証していることもあって徐々に解けていった。

 

「そっちの人狼と妖狐のお譲ちゃんとは初めて話すわね。あたしはあの山であなた達を見かけていたけど」

「追いかけてこないとは思ってたけど、あんたが原因だったのね」

「これは、礼を言うべきでござろうな。おかげで助かり申した」

「気にしなくていいわよ。結果そうなっただけで助ける気なんてなかったし。もっと言うなら、食べる気もないのに殺す気で森の動物とやりあおうとしていたわけだしね」

 

 勘九郎と話していないおキヌと横島も警戒はしていない。ただおキヌは話すことがなく、横島はお茶受けを食べることに集中していただけである。

 一通りの報告が終わり、美智恵は場を解散させた。そもそもは顔合わせの意味合いが強い集まりだったからだ。勘九郎がいる以上、日を改めてとはいかなかったのである。

 異論が出ることもなく、それぞれ帰宅していく。勘九郎については事務所内に部屋を用意してある。手錠や霊力を抑える結界が張られている部屋で、事実上の監禁である。雪之丞の保証があろうと、かつては魔族に与していたのだから必然と言える。

 だが、美智恵自身も勘九郎の危険性を危惧していない。信用おける人物であると面接して勘九郎の性格や実状を知っての判断である。また超法規的措置を使用してオカルトGメンの部隊へ加えるに足る実力の持ち主であり、勘九郎も納得していた。

 

「先生、作戦の報告書と鎌田勘九郎の措置についてですが、どうします?」

「報告書は令子から改めて話を聞くから、私が作るわ。勘九郎クンについては、表に出せないGメン隊員として頑張ってもらうわ。表向き西条君の部下としてね」

「……まあ、そうなるとは思ってましたけどね。恨みますよ」

 

 西条の表情はゲンナリという表現がぴったりとくる。顔を合わせるなり同性に口説かれるなど、初めての経験だったのだろう。しかもそれが部下になるとなれば、気苦労も増えるというものだ。

 

「ハゲちゃだめよ。あ、それと明日唐巣先生がエミさんとこちらへ来るらしいの。本題とは別に現状の説明もしたいから、六道先生にも声をかけてくれないかしら?」

 

 溜息をつきたいだろうに、西条は素振りを見せずに退室していった。

 美智恵はその後ろ姿に苦笑すると、パソコンを立ち上げた。頼りになる部下がいたとしても、頼り切りにするわけにはいかない。

 仕事は山ほどあった。今日も帰宅は遅くなりそうだ。たまには娘とゆっくり遊びたいものだ。

 美智恵は口に出さずに愚痴り、眼鏡をかけなおして作業に移るのだった。

 

 

 

 

 

 

    

 

 




 今年(今日)中にもう一回更新予定。
 来年はちょっと間を置かせてもらいます。
 じゃあまた。
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