GS横島 Step by step   作:カシム0

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台風の被害に幸いにもあわずにすみましたが、今まで大丈夫だからこれからも大丈夫とはもう言えませんね。
ちゃんと対策しましょう。
さておき、三話投稿します。
順番を考えてたら遅くなってしまいました。
以前投稿していたものよりも、多分、読みやすくなってるかも。
じゃあどうぞ。


第十二話 己のが限界を越えてみせよ

 

 小竜姫が神剣を鞘に納める。それは戦闘の意思を収めるのと同意であるが、その姿に寸分の隙すら見出すことはできなかった。

 

「もういい時間ですね。今日のところはこれぐらいにしておきましょう。湯浴みをして汚れを落とした後、夕餉にしましょう。人数が多いので、皆さん手伝ってくださいね」

 

 言うと、小竜姫は異相空間から姿を消した。後に残されたのはへたり込むおキヌら三人。小竜姫とは違って汗を流し、息を切らせていた。

 小竜姫の課した修業とは、三人がかりで小竜姫と闘うことであった。無論修行なのだから手加減はする、とのことであるが、小竜姫の力を知っているおキヌは顔をひきつらせ、シロは武神との手合わせに心弾ませ、タマモは手加減という言葉に眉をひそませた。

 隊形は事務所で依頼をこなす時とほぼ同様に、シロが前衛、タマモが中距離から、おキヌが遠距離から援護をするというもの。

 

「つ、疲れたぁ」

「さすが武神でござるな。軽くあしらわれてしまったでござるよ」

「どこが軽く流す、よ。めちゃくちゃスパルタじゃない」

 

 結果は、と言えばシロの言うようにあしらわれて終了した。

 神剣の使い手の名に恥じぬ剣の冴えはそびえ立つ壁か、風に揺れる柳か。人狼族のシロをして同等の使い手を見つけることは出来なかった。同様に歯が立たなかった父や長老を想い、どちらが強いだろうかと考え、どちらもシロにとって雲の上の存在であり、予想は意味を為さなかった。

 タマモはシロの動きに合わせて狐火や幻術で援護を行ったが、小竜姫は視線もそらさずに狐火を蹴散らし、幻術に惑わされることもなかった。ついにはシロと同じ距離にまで詰めて攻勢に出るが、一矢報いることすらできなかった。

 相手が霊体ではない戦闘の場合、おキヌの役割は美神へ除霊道具を渡すか、負傷者の手当てをするか、ネクロマンサーの笛による霊圧放射になる。しかし、小竜姫はおキヌの霊圧をものともせず気にする素振りすらなく、さらには前衛のシロとタマモの隙をついて後衛のおキヌにデコピンをしに来る始末。

 

「とりあえず、お風呂に行こっか?」

「そうね。泥だらけだし汗でベトベト」

「おなか減ったでござるよ」

 

 疲労が蓄積した体を起こし、小竜姫が出て行ったものと同じ戸をくぐる。脱衣場は修行衣に着替えたところと同じであるが、新たな戸が一つ現れていた。

 

「おキヌ殿、あれ」

 

 シロが指差す先には、戸の上に掲げられている『湯』の一文字と、♨マークの暖簾が吊るしてあった。なんとも分かりやすい。脱衣場の雰囲気は銭湯そのものであるから違和感はないのだが。

 

「あ、あはは」

「ここって神族がいるって割に庶民的すぎるわよね」

 

 タマモのセリフに皆が同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ハヌマンから無理やりに異相空間から引きずり出された横島が連れ込まれたのは、椅子が三つと台の上に花瓶が置かれただけの殺風景な六角形の部屋である。

 担いでいたカバンを放るかのようにハヌマンは横島を椅子に放り投げ、自身はさっさと部屋を出て行ってしまう。

 文句の一つも言ってやろうと横島が口を開きかけた瞬間、空間が歪み目の前の光景が一変した。

 部屋の大きさや形は変わらず、しかし黒い壁しかなかった先程とは違い中華風の華美な装飾がなされている。大歓喜と書かれた掛け軸や燭台が壁にあり、丸い窓からは陽光が差しこんでいる。

 覚えのある状況に横島はため息一つつき、通路へと歩き出す。ちりひとつない通路を歩くと渡り廊下へと出る。そこから見える風景はまさに風光明媚である。

 豊かな緑と穏やかな湖、靄が煙る先に見える山々の影は秘境の雰囲気を感じさせる。観光に来たのならば心安らいでいられるだろうが、先の状況が読めてしまった横島にとってはそれすらもため息の材料でしかなかった。

 渡り廊下の先には三重塔がそびえ立つ。辺りの雰囲気は穏やかであるが、横島の気分的にはRPGのダンジョンへ潜り込んでいく心持ちであった。

 三重塔の中は外見からもわかるように広く、横島の通う高校の教室よりも広い。だがその広さの無駄遣いではなかろうか、部屋の中には隅の方に床置きにされたテレビとゲーム機しか置いていない。

 部屋の中の光景は横島の想像通りだったが、目的の人物(?)がいないことに首を傾げ、不意に袖をひかれた。

 

「キィッ!」

「っと、いたか老師」

 

 ハヌマンに袖をひかれ、横島はテレビの前に引っ張られる。ハヌマンはテレビとゲーム機の電源をつけると、ディスクの入れ替えを始めた。どうやら以前に横島がハヌマンに歯が立たなかったゲームの続編のようだ。

 この空間は小竜姫によるとハヌマンの力大半を使用して作られている仮想空間とのことだ。ハヌマンと横島の魂が接続され強大な過負荷を受け続けて加速状態にある、と以前に聞いたのだがいまいち理解はしていなかった。

 わかっているのは仮想空間から抜け出た時には、空間内で何ヶ月過ごそうとも現実の時間はほとんど経過していないということだけだ。

 

「キーキーうるせえ猿と何日間も二人きりって、どんな罰ゲームだよ」

 

 仮想空間の維持に力を使っているため、今のハヌマンはただのゲーム猿である。あまりにも強引な現状に文句の一つも言いたかったのだが、今のハヌマンに言っても虚しいだけである。

 ならばと、横島はゲームパッドを握る。せめても完敗した前回のリベンジでも果たしてやれと決意し、テレビの前の腰を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

 結局、ゲームはハヌマンのパーフェクトは阻止できた程度の結果に終わった。そもそも遊び続けていただろうハヌマンと金のない横島では経験に差がありすぎた。それでも繰り返していくうちに、徐々に白星が増えていくようにはなっていた。

 

「なんで俺がこんな目にあってるんスか?」

「何を言うか。弟子が師を訪ねて来たとならば、修業の成果を確認するのが師の役目というものじゃ」

「だから、俺は付き添いで来たんだっての!」

 

 横島は約半月を加速空間で生活し、不意に限界を迎えた。精神を乱してはいなかったので、積もり積もった過負荷に耐えられなくなったということなのだろう。

 一緒に加速状態にあった雪之丞に訪れた限界に驚き、横島自身も限界を迎えてしまった。前回が二カ月で、今回が半月、余地があるだろうと言われていた。これが多いのか少ないのかは判断に困るところだ。

 

「そのような戯れ言をわしが許すと思うてか?」

「ですよねー」

 

 何故だか不意に空が見たくなった。どこまでも高い空にたなびく白い雲。少し目線を逸らせて見下ろせば遥かな山々、はなくて地平線が目に飛び込んでくる。何故だか直立する岩が組み合わされて門のようになっていたりして、とにかくだだっ広い。足元には敷き詰められたタイルが舞台をつくり、脇には支えも無しに引き戸がある。

 修行を行う異相空間に横島とハヌマンはいた。

 

「さぁて、気合い入れろよ小僧。さもなくば……」

「さ、さもなくば……?」

「ふ、まあよかろう」

「いいわけあるかーっ! 殺す気か、殺す気なんだな!?」

 

 ハヌマンに引っ張り出され再度連れ込まれた今、どういうわけだかおキヌらや小竜姫の姿は見えない。広大な空間の別の場所にいるのだか、それともさらに違う空間へ移動したのか。

 

「はっはっは、師が弟子を殺すわけなかろう?」

「……本当だろうな」

「うむ、小竜姫は死ななんだ」

「人間と神族を一緒にするなーっ!!」

 

 実を言えば、こうなることは半ば予想がついていた。修行ではなく付き添いで来たという名目であれば、死ぬような目に合わないでいられるだろうと目算があった。

 しかし、ハヌマンがやると言えば横島に拒否権などあるはずもなく、逆らっても無駄なことであることも予想はできていた。

 それでも文句を言うくらいはしておきたかっただけなのだ。

 

「それはさておき」

「さておくな」

「久方ぶりに暴れさせい。行くぞ小僧!」

「本音が出た!? ぎゃーっ!」

 

 以前のように巨大化はせず、ハヌマンは横島よりも小さな体格のまま、横島より大きな如意棒を振り回す。

 大振りな一撃をのけ反ってかわす横島に、いつの間に跳躍したのか、ハヌマンが上空から突きを放つ。

 

「そらっ!」

「のわっ!!」

 

 無様に転がり、しかし突きをかわす横島だが、突きは一撃では終わらなかった。如意金箍棒が雨のように降り注ぐ。

 

「そらそらそら!」

「ひぃーっ!!」

 

 地面を転がり、連続突きをかわす。ハヌマンが地面に降り立ち、追撃がやんだ一瞬に慌てて立ち上がる。

 

「ほっほっ、直撃は受けておらんか。回避能力は大したもんじゃ」

「かすったっちゅーの! 痛いわいチクショー!」

「気張らんとかすりや痛いではすまんぞ!」

「うぎゃーっ!」

 

 ハヌマンは大上段に如意棒を振りかざし、力の限り叩きつける。大げさに飛びのいた横島の行動は正解だった。その一撃は地面を叩き、横島の体が衝撃波に震えた。受ければ真っ二つにされていただろうことは想像に難くない。

 

「ろ、老師、あんたやっぱ殺す気やろ!?」

「何を言うか。毛頭ない。修行の最中に死するならば受け入れねばと思うがの」

「あんたの理屈で考えるなっつーか、人を巻き込むなっ!」

「しかしな小僧。現に巻き込まれており、わしは手を抜く気はないのだぞ」

「……っくそ、やるしかねえって言いたいのかよ」

「そういうことじゃ」

 

 ハヌマンは横島との間合いを詰め、如意棒でなぎ払う。

 

「ええい、こうなりゃヤケクソじゃーっ!」

 

 跳び上がり、如意棒を交わした横島は文珠“破”を握りしめ、ハヌマンの顔面に叩きつける。しかし

 

「その意気じゃ小僧!」

 

 一瞬のけ反ったハヌマンは、額を赤くしながら横島の攻撃が効いた素振りも見せず、如意棒を振り下ろす。

 着地と同時に飛び退ろうとする横島であるが、回避できないと悟り<栄光の手>に霊力を集中する。

 鈍い音を立てて防御には成功するが、押し寄せる圧力に耐え切れず受け流す。右腕の痺れに顔をしかめる。

 

「っ痛~、ヤケクソでもできることとできないことがあるっつーの!」

「できないことをできるようにするのが修行じゃ、気張れ」

「無茶だっ!」

「無理ではなかろう!」

 

 さらにハヌマンは腰だめに如意棒を構え刺突を繰り出す。無論一撃で終わることなく、如意棒が複数あるかのような攻撃は、点から面となって横島に襲いかかる。

 

「やっぱ無理だっ! っと、っは、にょわっ!」

「ほう」

 

 無理と叫びつつ、<サイキックソーサー>を両手に展開した横島は傍目には無様に、蝶のように舞うとは表現できる華麗さは欠片も見せず、しかし武神の攻撃を防御し回避する。

 

「いってぇ……ろ、老師ギブアップってなし!?」

 

 無傷とはいかず、数発はくらっていたが器用にも急所は外していた。横島としては大怪我をする前にやめたいところだが。

 

「うーむ、目も反射神経もいいのに勝負度胸が欠片もないとは……こりゃもっと追い込まんといかんか?」

 

 如意棒を肩に担ぎ嘆息するハヌマンは、おしいのうぅと呟く。

 

「小僧。お主、死なぬと考えているか?」

「え、やっぱ殺す気だったんか!?」

「無暗に死者を増やしたいとは思わんが、ここでの修行は生か死の二者択一じゃ。もとより才の無い者に無理を通そうとは思わん」

「俺、ここでの修行終わらせたんとちゃいます?」

「修行に終わりはない。現状に満足すれば衰えていくのみぞ」

「いや、満足してるわけじゃないすけど」

「なれば、この斉天大聖が稽古をつけてやろうというのだ。ありがたく甘受せい! ふぅん!」

「だけどバトルマニアでもないんじゃー!」

 

 気合いと共に本性をさらすハヌマンは、見上げんばかりの巨猿となって現れた。

 鬼門などとは比べ物にならない視覚的、霊感的に威圧感溢れる巨猿が長大な棍を構えている。

 

『行くぞ、小僧!』

「……か、帰りたい」

 

 かつて天界で暴れまわった暴君を前に、横島はいつぞやと同じセリフを呟く。しかし、それはもはや叶うことはない。

 

『先ほどまでは手加減しておった、それはわかるな小僧?』

 

 巨猿の持つ如意棒は、これまでとは段違いに大きく太い。さらに、以前を思えば巨体になっても俊敏さは損なわれていないであろう。ゆっくりと歩み寄るハヌマンの一歩一歩の振動が死へのカウントダウンに思えた。

 

「し、死ぬるっ!」

『さあさあさあ! ここに敵がおるぞ! 貴様の全力をもってしても倒せぬ敵がおるぞ!』

 

 振り降ろされた如意棒がクレーターをつくり、まき散らす衝撃波は付近で爆発があったかのように横島の体を貫く。明らかに先程までとは威力が段違いで桁違いだ。

 

「どわっ!?」

『さあ、どうするのだ小僧! 何もせねばただ死ぬのみぞ!』

 

 衝撃波で横島は宙に浮かされ、中空で何とか態勢を整えようともがく横島の腹部に如意棒が突き込まれる。咄嗟に<サイキックソーサー>を展開するが、踏ん張りが効かない状況で耐えられるはずもない。

 

「ゴフッ!」

『己のが限界を越えてみせよ。我が弟子、人界唯一の文珠使い……貴様ならば、それが出来うるはずよ』

 

 ビリヤードの球の如く横島は吹き飛び、立ち並ぶ岩に激突した。受け身も取れず地面に叩きつけられる。

 

「が、はっ……げほっ」

 

 如意棒の攻撃は何とか防御できたが、衝撃が体を突き抜けていた。体中が痺れているうえ、岩に叩きつけられた時に怪我をしたのか、こめかみから出血していた。

 滲む視界は意識が薄れているためなのだか、出血のためなのかもわからない。

 それでも眼前のハヌマンが大きく息を吸い込むのはわかった。

 

『カァッ!』

 

 そして、横島の姿はハヌマンの吐き出した業火に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暖簾の先は床と広い浴槽が整備されている以外は、ほぼ自然のままの露天風呂となっていた。

 滝のように流れ落ちるお湯で掛かり湯をし、浴槽へ入ってみると温度も疲れた体を癒すにはちょうどよかった。

 

「ふわぁー、気持ちいいね」

「五臓六腑に沁みわたる感じでござるな」

「それお酒を飲んだ時に言う言葉じゃないの? 同感だけど」

 

 三人とも示し合わせたように伸びをして息を吐き、温泉の気持ちよさに声もなくただ満喫する。

 しばらくして、おキヌが口を開いた。

 

「シロちゃん、怪我してない?」

「小竜姫様が手加減してくださったから大丈夫でござるよ」

 

 今回の組み手で一番の負担は間違いなく前衛であるシロである。霊波刀を構え、神剣の使い手である小竜姫に何度も挑んでは転ばされていた。

 実のところ剣を弾かれ受け流され、体勢が崩れたところに足払いや掌底をくらわされていたので、打ち身はあるが出血を伴うような傷はなかった。

 

「シロが丸っきり子供扱いだったわよね。汗もかいてなかったし」

「そういうタマモとて同じだったでござろうが」

「それを言ったら私なんて全く相手にされてなかったよ」

 

 また三人そろってため息をつく。足りないところを補うために修行に来たのはわかっている。自身の力が足りないことは誰に言われるでもなく理解していたはずなのだが、初っ端から先行きが不安になってしまった。

 またため息をつこうとしたその時、岩壁の向こうからカラカラと戸が開く音がした。

 

「うお、こりゃすげえな」

 

 男の声である。修行場に別の修行者がいてもおかしくはないのだが、その声は三人にとって聞き慣れたものであった。

 

「横島さんですか?」

「ん? その声はおキヌちゃんか?」

 

 岩壁の向こうにいるのは横島だった。銭湯の見た目通り、男湯と女湯に分かれていたようだ。

 

「今日の修行は終わり?」

「ええ、横島さんはどうしていたんですか?」

「老師にボロボロにされてたよ。あの猿、めちゃくちゃやりやがって。うお、しみるなぁ」

 

 かけ湯をする音がし、湯につかったようだ。温泉は特に刺激的な成分は含まれておらず、シロですら傷がしみるようなことはないのだが、横島の言いようでは怪我をしているようすである。

 

「横島、怪我したの?」

「擦り傷と打ち身ぐらいだけどな。あ、あとちょっと焦げたか」

「ふーん、って焦げたの!?」

 

 横島の言葉を聞き、ザバっと立ち上がるシロ。

 

「それならば先生、拙者が治療とお背中お流しするでござる」

「やめなさいバカ犬!」

「シロちゃん、壁越えようとしちゃダメ!」

 

 慌てておキヌとタマモに止められるシロ。シロの場合本気で行こうとするから性質が悪い。さらに言えば、シロの治療とは患部を舐めることであるので、さすがの横島もプッツンしてしまう可能性が否めなかった。

 取り押さえられ揺れる湯に顔を沈めるシロであった。

 

「うう~、折角弟子と師匠の裸の付き合いをしようとしたのに」

「助かった……本当に助かったよおキヌちゃん、タマモ」

 

 女湯の騒がしさが伝わったのだろう、横島は本気で安堵しているようだ。おキヌは早々にシロに常識やら嗜みを教えなければと決意した。

 

「そう言えば、あんたが女湯を覗かないって、珍しいんじゃないの?」

 

 タマモの言葉に、男湯で水面が揺れ岩に何かがぶつかる音がした。

 

「タァマァモォ~、お前は俺を何だと思うとるんじゃ!」

「煩悩の塊。いつも美神さんのお風呂を覗こうとしてるじゃない」

「……そりゃ確かに否定はできんけど、お前ら覗いたら本当に悪い奴じゃねえか、俺」

「美神さんを覗いたって悪い人ですよ、横島さん」

「拙者は、先生になら構いませぬぞ!」

「お前は慎みを持たんかい!」

 

 修行の先行きの暗さに落ち込みかけていた空気があっという間に払拭された。全く何の解決にもなってはいないが、気はかなり楽になっていた。

 

「ところで、修業は何やった?」

「小竜姫様と組み手をしましたよ。全く歯が立ちませんでしたけどね」

「ああ、そりゃ大変だ」

「せめて一太刀、と思ったでござるが。どうすればいいでござるか?」

「どうすればって、俺に聞いてどうにかなるもんでもないだろ」

「それぐらいわかってるわよ。何か良い策はないかって聞いてるの」

 

 おキヌはタマモの気持ちの置きようが、修業ではなく小竜姫にひと泡吹かせる方へ傾いているのを感じた。どうやら手加減されるということに腹を立てていたようだ。コテンパンにやられたシロも似たような気持ちだろうか。

 だが、おキヌはそれを指摘することはない。すぐに矯正してくれる人が壁の向こうにいるからだ。

 

「策っつーてもなあ。俺よかお前らの方が自分の力をわかってるし、お前の方が頭いいだろうし、聞いても意味無いんじゃねえか?」

「あるの、ないの?」

「いきなり言われてもすぐには考えつかんて。そもそも地力を上げるために来たんだろうが。俺から聞いた策で勝ててもアカンやろ」

「う……そうなんだけど」

「結局、あるものでどうにかしていくしかないだろ? 朝起きたらスーパーパワーが目覚めてました、なんてことはないんだし。美神さんもそうやって仕事してきたんだ」

 

 横島の言葉にタマモは考え込んでいるようだ。シロも同様、言われたことを咀嚼している様子である。

 能力に劣る人間が妖怪や神魔を相手取るため、連綿と磨かれてきたのが技術である。

美神や横島などは、生死のかかった戦いでは裏技や反則技を駆使して大きな壁をぶち壊すのではなく、横を通り抜けたり穴を掘ったりしてきた。だが、それにしたってある程度の地力が無くては話にならない。

 妙神山での修行は、壁をよける方法を考えるのではなく、壁を乗り越える力を得るためにするべきである。

 

「修行していけば選択肢も増えてくだろうさ。おキヌちゃんもいるんだから、ゆっくりやってけよ」

 

 横島がそこまで考えての発言かはわからない。だが、横島と前衛に並び立ったシロや、後衛で横島や美神の背を見て来たおキヌやタマモは、先達の言葉から読み取ることができていた。

 

 

 

 

 

 温泉で疲れと汚れを落とした面々は、小竜姫に言われた通りに夕食の手伝いのため食堂へと向かう。

 おキヌは言うまでもなく、シロも肉料理が専門であるが料理はできる。タマモも主に油揚げが絡む料理ではあるが作れる。横島も一人暮らしの経験があるので簡単なものなら大丈夫だ。

 横島としてはキャンプのようなものであるし自身も調理に参加するつもりであったのだが、小竜姫のエプロン姿をみてちょっかいを出しそうというおキヌらの言葉に反論もできず一人夕涼みにいくことになった。寂しくもあるが面倒が回避できたのでよしとした。

 妙神山は殺風景であるが、修行場自体は銭湯のような部分を除けば中華風の屋敷である。以前に訪れた時は、一度目は横島が逆鱗に触れた小竜姫の大暴れで修行場は崩壊し、二度目は日帰りであったため落ち着いて見て回ることはこれが初めてであった。

 修行場が崩壊して再建した時横島もアルバイトとしてそれに携わり、配置は何となくではあるが覚えている。“大霊障”の緒戦で妙神山自体が吹き飛んだ後にも再建されたようだが、配置に変化はなかったようだ。

 であるので、いかに中華風屋敷といえど見て楽しいような場所がないのはわかっていた。あえて言うならば小竜姫の部屋に行きたいところだが小竜姫がいなくては意味がないし、忍び込んで下着を漁るにしてもおキヌらがいる今では危険度が高すぎる。

 そんなこんなで話し相手を探して屋敷内を歩き回っていたが、老師はおそらくゲームをしているだろうし、鬼門と話しても面白くもなんともない。消去法というわけではないが、妙神山にいるはずでまだ会っていない妹分を探していた。

 

「小竜姫様にどこにいるのか聞いておけばよかったな。……もしかして一緒に飯作ってんのかな」

 

 もしそうなら夕飯ができるまで暇なのだが、と思った時であった。中庭にある石の上に少女が夕陽を見ながら座り込んでいるのを見つけた。

 見間違うはずもない、ルシオラ、ベスパらの魔族三姉妹の末っ子、蝶の化身パピリオであった。

 

「パピリオ!」

 

 物思いにふけっていたのか、全く横島の接近に気付いていない様子のパピリオへ声をかけると、弾かれたように振り返った。

 その時に雫が見えたのは横島の気のせいだったのかどうか。

 

(涙……?)

「ヨコシマ!」

 

 パピリオは石から飛び降り、横島に駆け寄る。やはり横島の気のせいだったのか、その顔に涙やその痕跡は見られない。

 軽やかに近づいてくるパピリオに、飛びついてくると予想して横島は身構えたのだが、予想は外れて横島の目の前で立ち止まる。

 

「ヨコシマ、久しぶりでちゅね!」

「お、おお。元気にしてたか、パピリオ。どこ行ってたんだ? 昼間見なかったけど」

 

 目の前にいるパピリオは傍目には元気な様子である。ルシオラを失って消沈していた別れた時を考えれば喜ばしく思えるが、横島は違和感を感じ、そしてすぐその原因に気づく。

 

「用事があって出かけてたんでちゅ。もちろん、私はいつも元気でちゅよ!」

「そうかそうか。ちゃんといっぱい飯食って、小竜姫様の言うことを聞いているか? 困らせてないだろうな」

「あんまり子供扱いはヨコシマでも許しまちぇんよ!」

 

 帽子越しに頭を撫でてやる。気持ち良さそうに目を閉じるパピリオは以前と変わらなく見えた。以前と変わりないでいようとしている。

 

(お前も、俺やベスパと一緒か)

 

 横島やベスパはお互いに思いの丈をぶつけあって、少しは肩の力を抜くことができた。素直な心で“大霊障”を振り返ることができた。そうすることができなかったのだろうパピリオは、歩いているつもりでまだ足踏みをしているように見えた。

 小竜姫や老師はパピリオの面倒をちゃんと見てくれていただろうが心の傷を癒せるまでの関係には至れておらず、またそれを求めるのは酷と言うものだ。

それに、横島の経験上、パピリオが抱いている気持ちにケリをつけられるのはパピリオ自身だ。

 

(あの頃の俺を見ていた皆もこんな気持ちだったんかな)

「どうしたでちゅか?」

「ん、いや、おっきくなったな、とか言おうとしたんだけど、全く変わっていなかったからさ」

「ひどいでちゅ、乙女の心を傷つけたでちゅよ! 乙女は日々いろんな所が成長するんでちゅよ!」

「ははは、ごめんごめん」

 

 とはいえ夕食まで間もない時間で、すぐに解決できる問題ではない。どうにかできると自信があるわけではないが、どうにかしなければならないと思う。

それが兄貴分の役割であるから。

 

「鬼門に聞いたでちゅけど、ヨコシマは修行に来たんでちゅよね。しばらくいるんでちゅか?」

「うんにゃ、明日には帰るよ。約束もあるし」

「そうでちゅか……」

「ま、だから今夜は遊び倒そう。お前に紹介したいやつらもいるしな」

「……うん!」

 

 パピリオの歪みに気付いた横島であるが、すぐに行動に移ることはできなかった。シロが横島を呼ぶ声が聞こえたのだ。夕飯の用意ができたのだろう。

 

「ヨコシマ、ご飯が出来たって。でも、今の誰?」

「会わせたいやつ一人だよ。今の声がシロで、もう一人タマモっつうてな。人狼と妖孤だ」

「オオカミとキツネでちゅか!?」

 

 目を輝かせるパピリオである。かつて強大な力と引き換えに寿命が一年に設定されていた彼女は、自分が大きくなれないことを知っていたためか動物を育てるのを好んでいた。であるが、寿命の枷を外された今でも動物好きは変わっていないようだ。

 

「そうだけど、俺みたいにペット扱いするなよ? そんなことしたらあいつ等怒るし、俺だって怒るぞ」

「むう……モフモフしたいでちゅが、ヨコシマがそこまで言うなら諦めるでちゅ」

 

 横島の言葉に目に見えて落ち込むパピリオ。とはいえ、三人がケンカを始めた日には間に挟まれるのは目に見えている。面倒事は早めに潰しておくに限る。

 

「仲良くなったら頼んでみたらどうだ? ひょっとしたらあいつらが修行終わるころにはできるかもしれんぞ」

 

 とりとめのない話をしながら広間へと向かう。並んで歩く姿は兄妹のようであるが、その距離は少し遠かった。

 

 

 

 

 

 修行場は中華風なくせに広間は和風で、並べられる食事は膳に乗せられており、おキヌの采配か横島とシロの間にお櫃が置かれている。

 上座は空席でいるはずのハヌマンはこの場におらず、その前に小竜姫とパピリオ、横島らが並ぶ形になっていた。

 

「パピリオでちゅ。小竜姫の弟子をやってまちゅ」

「犬塚シロ、横島先生の弟子でござる」

「タマモよ。美神の事務所で世話になっているわ」

 

 夕食の場で初対面の三人が交わした会話は自己紹介のみ。あとは席が離れていたこともあってか、言葉を交わすことはなかった。

 実際の年齢はともかく、外見や精神年齢としては近いので仲良くできるだろうと思っていた横島であったが、予想外の結果、というわけでもなかった。

 野生の性分であるのか、シロもタマモも初対面の人間にはまず警戒をする。二人とも仲間や家族と認定した者は大事にするが、シロは人懐っこくも誰かれ区別なくというわけでないし、タマモは生き返ったばかりのこともあり人見知り気味である。

 しかし二人が知っている魔族がワルキューレらという付き合いやすい連中であり、一般人のようなフィルターを通して見ることもないだろうから、仲良くなるのに時間はかからないと横島は見ている。

 これから当分修行場で共に過ごすのだから話す機会は数多くあるだろうし、余計な口出しをすべきではない。そう考えた横島は、

 

「こらうまい、こらうまい!」

 

 目の前に広がる食事を思いきり堪能していた。仏門のためか豪勢なものではないが薄給の横島には御馳走である。何より小竜姫が作った料理を食べるのは初めてでもあり、なおさらであった。

 

「あ、あの横島さん?」

「んお?」

 

 一心不乱に料理をかっ込んでいた横島に、おキヌがそっと声をかけた。リスのように頬を膨らませた横島の顔に若干ひきつつ、黙々と食事をしている小竜姫とパピリオへ視線を向ける。

 

「お食事中にお話ししないのは小竜姫さまらしいですけど、何か妙な緊張感がありませんか?」

 

 言われて横島もおキヌと同じ方向を見る。なるほど、小竜姫もパピリオも目線は膳にのみ向いている。小竜姫は綺麗な正座をして箸の扱いも巧みである。以前パピリオと食事をしたときは姉二人と土偶羅魔具羅と、わいわい賑やかだったものだが実に大人しい。食事時の行儀としては正しいのだろうが。

 

「ひょっとして、ケンカしてたり、とか」

 

 ご飯をかっ込むのをいったん休止し、お茶を飲みつつ少し観察してみる。

 二人とも箸を動かしながら視線は膳に固定されているのは変わらず。一心不乱に食事をしているように見えなくもないが、二人のキャラクターではない。二人とも横島の視線に気づいたのか、視線が絡み微笑が漏れる。

 微笑み返して気恥しくなり箸と茶碗と取ろうとしたその時、パピリオが小竜姫を、小竜姫がパピリオに視線をやり、お互いにそれに気づきそらす。その様はいつだったか、街中で腹立ち混じりに見たことのある成り立てのカップルのようで、

 

「ん?」

「どうしたんですか、横島さん」

「いや……うん、そうか。だったら話は簡単か」

「横島さん?」

 

 湯呑を置くと横島は箸と茶碗を手に取り、おキヌに一言だけ呟くと食事に戻った。

 

「大丈夫だよ」

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 




妙神山で雪之丞と一緒に修行してたとき、雪之丞が興奮しなければ二人とももっとあの空間にいられたんじゃないかな、ならまだ成長の余地があるかも、と思いまして。
ってなわけで横島も雪之丞もパワーアップする予定です。
次は1200に投稿します。
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