おキヌらは目を回し、頬を紅潮させ倒れた横島を戸が破壊されたパピリオの寝室ではなく自分らの寝室へと運び、その介抱をしていた。とはいえ、鼻血や耳血はすぐに止まったので冷やした布を額に置くくらいしか出来ることはなかったのだが。
するべきことがなくなってしまい、言葉もなく座り込む。
状況だけを見ればパピリオのせいで横島は倒れたことになるのだが、パピリオの表情や心配そうに手を握っている様子から本気で横島を心配しているのを察するのは難しくない。
それがわかるからこそ、横島を慕うシロも何も言えずに座っているのだろう。
タマモはと言えば、そんな二人の様子を離れた場所から眺めていた。どこか、不機嫌そうにも、不満そうにも見える。
誰も一言も話さない。おキヌ自身も話したいことや聞きたいことはある。シロやタマモと違いおキヌはパピリオと面識はあり、共に暮らしていたこともあるのだが、雰囲気に呑まれてしまって言葉が出ない。
気まずい空気の中、眠っていた横島が身動ぎと共に目を覚ました。
「んっ……あれ、なんで俺寝てるんだ?」
「ヨコシマッ!」
「先生っ!」
「どわっ!?」
身体を起こしかけた横島に、パピリオとシロが飛びつく。起きたばかりの横島に耐えられるわけもなく、なすすべなく押し倒される。
「ちょっ、ここじゃイヤーッ! いや、布団の上だからいいのか!? いきなり二人だなんて心の準備が!?」
「何わけのわからないこと言ってんのよ」
「おぶっ」
「タマモちゃん!?」
シロに顔をなめ倒され、口では嫌と言いつつ嬉しそうに顔をゆがめるいつも通りの光景。さらに今回はパピリオが首にしがみついている。そんなだらしなく緩々の横島の顔をタマモが踏みつけた。目のあたりを踏んでいるのはシロに当たらないようにするためか。
「人の気も知らないで眠りこけて、起きたらいきなりイチャついて。どういうつもり?」
「な、なんだ!? 一瞬見えた白い三角形は、眩い肌色は? あれはまるで……」
「もっかい寝ろっ!」
「ふぎゃっ!」
「タ、タマモちゃんカカトはやりすぎ!?」
ちなみにおキヌら三人の格好は浴衣である。そんな格好で足を挙げて人を踏みつければ、下にいる人から見えるモノは言わずもがなである。
「横島さんは起き……何をしているんです?」
湯のみと急須を載せたお盆を手にして襖を開けた小竜姫が見た光景は、暴れるタマモを押さえつけているおキヌとシロ、そして止まっていたはずの鼻血を出している横島と、それを介抱するパピリオであった。
横島が寝ていた布団を脇に寄せ車座になって座る。小竜姫がお茶の用意をし、おキヌがそれを手伝う。
場の雰囲気は先程より和らいだが、タマモが顔を赤くして裾を気にしながら座っており、ジト目でシロやパピリオから見られている横島が居心地悪そうにしていた。
「これって、俺が悪いんか?」
「何よ、鼻血なんか出して。いやらしい」
「人の顔面に踵落としたのはどこの誰じゃ!」
怒鳴る横島であるが、鼻をかんで血を出した後はすでに出血は止まっていた。さすがの回復力である。
「ったく。そうだ、小竜姫様、老師はどうしてます?」
「イヤホンしてゲームをしていました。お声をかけたら、ワシャ何にも知らんぞ、っておっしゃっていましたよ」
「あー、なるほど」
パピリオの行為は、状況を知らない者から見れば神族の拠点で暴れた魔族としか見えない。無論、これが冥界に知られれば何がしかのペナルティが考えられただろうが、妙神山の責任者である斉天大聖が知らぬ存ぜぬを通せば、文句のつけようもない。
「横島さん、どういうことです?」
「ん、おキヌちゃんたちは何も聞いてないの?」
「ええ、あの後横島さんが倒れちゃったから、ここに連れてきて、そのまま」
何があってパピリオが暴れ、横島と小竜姫がそれを止める羽目になったのか。離れて様子を見ていたおキヌらには詳しい状況はわからないだろう。かと言って、横島が勝手に話していい内容でもない。
と考え、小竜姫とパピリオを見ると、二人ともにうなずいた。任せる、ということだろうか。
「簡単に言えば、仲良くなりたがっていた家族の後押し」
「はあ……」
簡単に言いすぎだった。シロやタマモはともかく、ある程度事情を知っているおキヌでさえ理解はできなかった。
シロやタマモにもわかるように事細かに話すとなれば、それこそ日付を越えることを覚悟しなければならない。明日の修行に差し障りがある様なことはできないと、横島は時計を見てそう判断した。
「……横島」
「ん?」
「時間がかかってもいい。教えて」
そっぽを向いていたタマモが横島の方を向いた。まだ若干顔は赤かったが。
横島が時間を気にしているとわかったのだろう。しかしタマモはそれでも事情の説明を願った。
「そうは言うけどな」
「いい加減、私も聞きたいことがたまっていたのよね。シロだってそうよ」
「いや、拙者は……先生が話してくれないことなら、まだ聞くべき時期ではないと思って」
「聞きたいってことに変わりはないでしょ? それに私は聞きたいの。臆病でヘタレなあんたが、あんな無茶してまで助けるパピリオとどういう関係なのか、ベスパといるとき美神さんやおキヌちゃんが緊張するのはなぜ? それに……」
堰を切ったかのように言葉を続けていたタマモはそこで言い淀んだ。タマモ自身が言うことを拒否しているかのように。言ってしまったら後戻りできないかのように。
しかし、タマモは意を決して言葉を紡いだ。
「……ルシオラって、誰なの」
「タマモちゃん!」
横島は言葉を失った。タマモの言葉にではなく、タマモに向けて叫んだおキヌの対応にである。
横島の中ではすでに心がざわつくこともない、決着がついた話題であったし、話すことに抵抗があるわけでもない。しかしおキヌの反応を見る限り、おキヌにもおそらく美神にも、触れられたくない話題として認知されているのだろう。
(……情けねえなぁ。みんなに気ぃ使われているのに気付いてなかったの、俺だけか)
頭をかく。
タマモは視線をそらさずにじっと横島を見つめる。おキヌは同じ様にタマモを見つめる。不意に起こった状況に、シロは戸惑っていた。
小竜姫やパピリオは、先程と同じように横島を見てうなずいた。
そして、横島は決心した。
「上手く話せるかわからんし、時間もかかるぞ?」
「横島さん!?」
「おキヌちゃん。心配してくれるのは嬉しいけどさ。でも、いつかは話すことだろ?」
「……はい、横島さんがそう言うなら」
佇まいを直し、お茶を手に取る。淹れられてからしばらく放っていたのだが、ちょうど飲むには適当な温度になっていた。
「さて……」
どこから話したものか。当時を振り返るというほど古い話ではない。思い出したくない部分もあるが、そもそも忘れられる話ではなかった。
横島はかつて魔族が人界にて巻き起こしたいくつもの事件を、そして暗躍した魔神の手先との激闘を語った。
美神が依頼を通じて悉く叩き潰した数々の事件は、魔族の中でもトップクラスの力を持つ魔神アシュタロスが神界、魔界、人界の三界制覇を目論んでいた陰謀にと通じていた。その際に幾度もやりあった魔族が、先日山で復活(したと言っていいのか判然としないが)したメドーサであると語り、美神や横島に執着していた理由に得心がいった。
アシュタロス一味が美神の命を直接に狙い、それを防ぐため魔族が動き出し、その一連で横島が文珠に目覚める。
美神が狙われる理由を探りに過去に時間移動し、平安京にて暗躍していた美神の前世魔族メフィスト・フェレスは横島の前世である高島と出会い、恋仲となる。
さておき、メフィストは父たるアシュタロスに反旗を翻し、一味が精製していた数万人もの魂を合成した“結晶”を強奪して飲み込んだ。このことがきっかけとなり来世である美神の魂と融合した結晶をめぐる因縁が生まれた。
アシュタロス逮捕に向かった神魔混成チームを撃退し、一味はいよいよ本格的な攻勢に出るが、冥界と霊的拠点を結ぶチャンネルを遮断する妨害霊波、妙神山すら吹き飛ばす断末魔砲を搭載した移動妖塞“逆天号”、そして尖兵として蝶の化身パピリオ、蜂の化身ベスパ、そして蛍の化身ルシオラの三姉妹らを用いた電撃作戦により人界に駐留していた神魔族は全滅してしまう。
美神はオカルトGメンと協力し立ち向かうが、強大な力を持った雑魚魔物にすら立ち向かうことができなかった。そこに、過去から美神の母美智恵が来訪、危機を退ける。美智恵はICPOと日本政府から全権委任されており、対アシュタロスの指揮をとりその一環として横島のスパイ活動が始まった。
紆余曲折を経て横島はルシオラに恋心を抱かれ、横島はそれに応えようとした。この時こそが、戦士として横島がアシュタロスを倒す決意した時だった。
ただ時間を稼ぎさえすれば冥界からの応援によりアシュタロスに勝利することができると判断した美智恵により、美神と外部との接触を断つも、美神を自らの元へ呼び寄せるため、アシュタロスは美智恵に毒を盛る。罠とわかっていながらも、美智恵を救うため、西条をリーダーとしてGS仲間と共にアシュタロスが拠点としていた南極へ向かい、一度は美神と横島の合体技や反則技でアシュタロスを撃退したかにみえた。
その後の数日は穏やかな日々が続いた。GS本部の通達によるルシオラとパピリオの観察処分。事務所の屋根裏にルシオラとパピリオが住んでいたということは、シロとタマモを大いに驚かせた。
人界に馴染もうとしなかったパピリオが巻き起こした騒動も、横島の犠牲と美神の口八丁で鎮静化し、パピリオも人界で暮らすことを望んでくれた。
しかし、陰で動いていたアシュタロスの策により、美神から“結晶”が奪われ、魂が引き裂かれた。
そしてアシュタロスの切り札“コスモプロセッサ”により、過去に滅ぼされた悪霊、妖怪、魔族らが全世界に現れる。この時、里の者総出で対処せざるをえないほど人狼の里にも悪霊が原因不明の大量発生していたらしい。
その騒動の中、横島とルシオラはアシュタロスの元へ攻め込むも、横島対策が万全に整っていたため撤退、美神が気合と根性で“コスモプロセッサ”を逆に利用し、復活しようとしているのを目の当たりにした。
撤退した横島達をベスパが追撃し、ルシオラが食い止める。横島はルシオラが死ぬ気であることを察した。
東京タワーでの姉妹の対決に割り込み、身を呈してルシオラを守り、ベスパを撃退した。しかし、ベスパの攻撃で瀕死の横島を、ルシオラは自分の命を散らすことで救う。
横島はそんなルシオラに気付くことができず、再度アシュタロスの元へ向かう。そこでルシオラの死を知り、アシュタロスとの交戦で動揺しルシオラが分け与えてくれた霊基構造による特殊な文珠と、横島の魂と融合したルシオラの残留思念のアドバイスで“コスモプロセッサ”内部への突入に成功する。
内部で美神の魂と合流し、“コスモプロセッサ”心臓部にて美神が復活。そしてルシオラの復活を試みようとしたところでアシュタロスに妨害され、“コスモプロセッサ”から弾きだされてしまう。
横島の機転で内部から“結晶”をガメる事は成功したものの、アシュタロスの野望を阻止することと、結晶を破壊すること、そしてルシオラの復活をあきらめることが全てイコールで結ばれてしまった。
ルシオラと美神に後押しされ、横島は“結晶”を壊す。同時に“コスモプロセッサ”も倒壊し、復活していた悪霊らも消滅、そして活動停止していた神魔族らが復活した。
その後、アシュタロスの分身体との最終決戦を勝利し、一般に“大霊障”と呼ばれる一連の事件は解決したのだ。
簡単ながら語り終えた時、反応はそれぞれ違っていた。
すでに知っていたおキヌ、小竜姫、パピリオは当時を思い返し、横島を支えられなかったこと、肝心な場面で力になれなかったこと、家族を失ったことを想起した。
当時を知らないシロとタマモは物思いに沈む。教えられなかったこと、知らなかったことを知った。敬愛する師匠の、命の恩人の辛い過去を知り、どうにもできないこととはいえ無力感に苛まれる。
重い空気になってしまい、横島は頬をかく。当時は落ち込んでいたのだが、周りの人たちの支えや、何より同じく心に傷を負っていたベスパと語らうことで、前向きに考えることができている。先の述べたように自分の中で決着はつけている。
「で、その後なんだけど、ベスパは魔族の軍に入って、パピリオはここで修行中。ただ、パピリオも小竜姫様もお互いに気を使っていたから、なかなか仲良くなれなかったみたいでな。おせっかいだとは思ったけど、俺が一役買ったってわけだ」
努めて明るく話してみたが、重い空気は晴れることはなかった。せっかくの旅先でわざわざ話す様な内容ではなく、こうなるのはわかっていた。
どうしたものかと考えて、一発ギャグでもしてみようかと思いついた時、シロが口を開いた。
「先生は、話したくはなかったのでござりましょう?」
「まあ、な。不幸をひけらかす様なものだし、聞いて楽しい話でもなし」
「話してもらいたいと頼まれたとはいえ、何故お話しいただけたのでしょうか?」
「隠す様な話じゃなかったってだけさ。聞かれりゃ答えるつもりではあったし。口止めしたわけでもないけど、美神さんやおキヌちゃんが話しづらいのなら、別に俺が話したって構いやしない」
横島の言葉に嘘やごまかしがないことは、傍で見ていたおキヌらにも見てとれた。勘の鋭いシロならばなおさらだろう。
シロは身を正し、横島に深々と頭を下げた。
「……そのような話を聞かせていただきありがとうございます。先生の強さの一端が垣間見えたかに思えます」
「相変わらず仰々しいっつーか大げさっつーか。こんな話でよかったのか?」
「はい。胸のつかえが取れたように思います」
顔を上げたシロの表情は天真爛漫な普段の姿からは想像もつかない真顔であるが、シロをよく知る横島には戦闘前の表情にも、何やら決意した表情にも見えた。
「先も言いましたが……未だお話しいただけぬことは、先生が話しても構わぬと思われた時に願います」
その言葉に驚くも、俯いて何やら考えているようだったタマモもシロに合わせて口を開く。
「あんたがどう思って話さなかったのかはわからない。ただ話したくないだけなのか、話す必要がないと思ったのか。でも私は、多分シロも知りたいと思ってる。このことに関してシロはいい子ちゃんでいるつもりのようだけどね」
隠しているつもりではなかった。話したくないと思っているわけでもなかった。だから話さなかったのは、無意識に避けていた部分だったためか。確かに話していない部分は解決していないことであるし、していいことなのかもわからない。
だが、身内であるシロやタマモが知りたいと思っているなら、話すべきことだろう。
「いや、そうだな。聞いてくれるか?」
「先生がよろしいのであれば」
「聞かせて」
タマモの言い方が気に入らなかったのか、睨みあっているシロとタマモへ語りかける。見れば、おキヌらは心配そうな表情を浮かべていた。ひょっとしたら、いつまでたっても心配されるのは変わらないのかもしれなかった。
「ルシオラな、条件さえ揃えば復活することができる」
「復活? 条件とは?」
「魔族も神族も霊体がある程度集まれば、復活できるんだと。ベスパも復活したしな。でも、ルシオラは死にかけた俺を助けるために霊基構造っつーのを俺に分け与えてくれたからな。あともうちょいのところで復活にまで届かなかったんだ」
「よそから持ってきちゃだめなの? 私が殺生石で力を蓄えて復活したように」
「基本量が足りてないと確保できていないと別人になるんだとさ。あと、俺の中にある霊体も、俺が人間だから分けることはできないって」
そこで一息をつく。心して話さなくてはならないような内容ではないのだが、のどが渇いていた。
「ルシオラが復活する方法はな、俺の子供として転生すること。今の状況ではそれしか方法は見つかって無いんだ」
息を飲む音が聞こえた。あまりに衝撃的な結果だったためだろうか。
初めて聞いた時横島も動揺した。嬉しいのか悲しいのかわからず混乱した。
それでもまた会える可能性が、まだ幸せにしてやれる可能性が残っているということは嬉しいことであった。
シロとタマモはまだ固まっている。無理もないことだろう。二人は外見に反して精神年齢が幼い。シロは精神年齢は一桁だし、タマモにいたっては復活して一年と経っていない。横島自身が受け入れるのにいくらか時間がかかったことを、二人がすぐに受け入れられるとは思えない。
時計を見れば予想通り日付を越えていた。
「とまあ、こんな感じだな。もう話し忘れたことはないと思う」
立ち上がる。虚を突かれたようにシロとタマモが横島を見上げる。混乱から立ち直れないでいるようだ。
「小竜姫様。さすがにいい時間なんで、お開きにしませんか?」
「ええ、そうですね。それでは皆さん、明朝五時起床でお願いします。本格的に修行を始めますので、ゆっくりと疲れを癒しておいてくださいね」
「それじゃおキヌちゃん、シロ、タマモ、お休み。今さらだけど夜更かししないようにな」
「は、はい。お休みなさい」
おキヌに視線をやると、察してくれたのかおキヌは小さく頷いた。閉じる障子の向こう、シロとタマモは横島の言葉に応じることはなかった。横島としては修行の邪魔とならないようあまり考えすぎないでもらいたいところであったが、おキヌがいるから後は任せても大丈夫だろう。
(俺のことなんか気にすることねえのになぁ)
そう思う横島であるが、横島のことだから気になるのだ、という乙女心には全く気付いていなかった。
寝室までの道すがら、小竜姫とパピリオは手をつないで歩いていた。いつもは別の寝室で寝ているようだが、パピリオの寝室は先程の騒動でボロボロなので今日は同じ寝室で寝るらしい。
もとから仲良くなりたがっていただけあって、転げ落ちて行くように仲が深まっていくのではないだろうか。嬉しそうなパピリオの顔を見ていると、もう心配はないだろうと思える。手を貸しただけとはいえ、自分のやったことの成果を目の当たりにすると嬉しいものである。
「それじゃ小竜姫様、パピリオ、おやすみなさい」
「おやすみ、ヨコシマ!」
「横島さん、少しいいですか?」
小竜姫の部屋の前、別れを告げる横島を小竜姫が呼び止める。パピリオを先に寝室へとやり、小竜姫は横島と相対する。
その目は潤んでいるようであり、声は熱を帯びているようで、そう思ってみると頬も赤面しているように見える。
(こ、これは……まさかとうとう小竜姫様へ俺の愛が通じたのか!? 子供はお休みの時間で大人は運動の時間なのか!? 来たのか、俺の時代が来たのか!?」
「違います」
「ついさっきルシオラちゃんの話をしていたのに、よくそんな話ができまちゅね」
ジト目で寝室から戻ってきたパピリオが手にしていた枕を小竜姫へ渡し、その枕は小竜姫により横島の頭にポスと軽い音を立てて叩きつけられた。
流れるような連携、さすがは姉妹だ。
「ああ、また声に出してしまった!」
「全くもう……真面目な話をしようとしているのに」
「ヨコシマにシリアスを求めるのは間違ってるってことでちゅね」
「いやいや、そんなことはねえぞ? ただ長持ちしないってだけだ」
「似たようなもんでちゅ」
小竜姫はため息一つ、呆れ顔である。しかし、それもすぐにパピリオと同じく笑顔に変わる。というよりも苦笑であるが。
「あなたは、いつでもいつもの横島さんなのですね」
「へ?」
「ヒャクメから報告は受けています。老師との修行の結果も。あなたの決意も、覚悟も……それが横島さんの選んだ道ならば、私は尊重しますよ」
ニコリと笑う小竜姫は魅力的すぎて、おちゃらけているいつもなら飛びかかっていただろう。だが、小竜姫の言葉にはちゃんと返さなければならない気がした。
薄れる意識の中、周りがスローになっていることに横島は気づいた。
あ、これ走馬灯だ、とわかるほどに意識が加速する。
(勝手に期待して勝手なこと言いやがって)
ハヌマンが胸を膨らませ横島を見据える。火を吹けるのかは知らないが、物語では何でもありの斉天大聖なのだ、それぐらいはできると見て間違いはないだろう。
予想はついたが、まともに動けない状態では回避行動をとることもできず、朦朧とする意識では防御に霊力を集中することができない。
(期待……俺は期待してくれたみんなに応えられたのかな)
しかし迫る死を前に横島の思考は過去へ向かう。現実逃避か、はたまた死を超越した達観の境地か。
滲む視界はついに暗闇となり、浮かび上がってくるのはかけがえのない仲間たち。
(俺たちを守るために特攻していったおキヌちゃん)
おキヌは魂の消滅すら覚悟して美神や横島、その他多くの人間を守るためミサイルと化した。
生き返って事務所にいないときでさえ、美神を守るのは横島だと励ましてくれた。
(父親の敵を討とうとして歯を食いしばり、仲間を守りたいと健気な顔を向けたシロ)
父の仇を取ることよりもシロは仲間を守りたいと願った。
霊波刀の修行はシロの助けになったのだろうか。
(生き返った直後にわけもわからず追い立てられたタマモ)
九尾の狐の転生であるタマモは前世の風評のため命を狙われ、人間を恨んだだろうに共に生きることを願ってくれた。
タマモの優しい決意を無碍にしてはいないか。
(美神さんは俺たちの前じゃ本当に辛い顔とか苦しい顔を見せないで、どんな敵にだって堂々と渡りあって)
美神の凛とした表情と、時折見せた寂しそうな顔。そんな顔を浮かべる美神を、助手ではなくパートナーとして、戦友として支えたいと願ったのはいつだったか。
横島の脳裏に、辛そうな顔や悲しそうな顔をした事務所のメンバーの顔が浮かぶ。
皆それぞれに悲しい過去や辛い現実があった。両親が過ぎるほどに元気で健在で、友人も数多くおり、のほほんと生きていた横島には想像も共感もできず、それらを理解することなどできない。
(アシュタロスの願いを叶えてくれとベスパは俺達に托した……)
哀しさを押し込んだ顔で究極の魔体の弱点を教えにきたベスパ。
(姉二人が死んでパピリオは泣いた……)
ベスパとルシオラの死を感じ、涙を浮かべていたパピリオ。
横島を傷つけ、横島が傷つけた魔族の少女らの顔が浮かぶ。
横島が生きてきた一八年で最も後悔したことは、自身の力が足りず女の子に辛い思いや悲しい決断をさせてしまったことに他ならない。
自分一人が頑張ってどうにかできたなどとは思わない。横島にそんな大それたことはできない。
しかしそれでも、自身に力があればもっと別の結果を迎えられたのかもしれなかったのでは、という想いはいつまでも離れない。
(アシュタロスは俺が倒すっていう根拠のない言葉をルシオラは信じてくれて……)
涙を浮かべながら横島の言葉に笑ってくれたルシオラ。期待された嬉しさに心が湧いた。
(俺は、ルシオラと引き換えにアシュタロスの野郎を倒すことができた)
東京タワーの上でルシオラと別れた時の笑顔、残留思念となってまで横島を支えてくれた笑顔を思い浮かべ、助けられなかった悲しさに潰されそうになった。
悲しむのをやめにしたとはいえ、ふとした拍子に後悔の念が顔を出すのはいつまでも収まらない。
『――おまえって不思議な奴ね……』
『普段はどう見てもたいした奴には見えないのに、期待されるとあっという間に不可能なんてのりこえちゃう。まるでトランプのワイルドカード!』
『本当に必要なとき、おまえは力を発揮するんだから……!』
ルシオラは自分のような男に期待してくれた。
自分のことを自分以上に知っていてくれていた。
自分の限界を超えた結果を叩きだせたことは間違いない。だが、
(……あれが、ハッピーエンドなわけねえ!)
歯を食いしばり、拳を握りしめる。目を開く。滲む視界の向こう、胸を膨らませたハヌマンの姿が眼前にある。
(応えたって言えるのか。最善を尽くしたって、胸張って言えるのか、俺は!)
血を流し泥に塗れた身体は衝撃に痺れ、意識も薄れている。だが体を起こすことはできる。立ち上がることはできる。
(まだ俺に何か眠っているなら)
ハヌマンの体内に渦巻く強大な霊力が炎に変わるのがわかる。
迫る脅威を、障害を振り払うために体を起こせ。
(みんながつらい時に、もっとちゃんと助けることができたかもしれないなら)
おキヌが、シロが、タマモが
(美神さんを支えられるのなら)
美神が、
(ベスパに辛い顔をさせず、パピリオを泣かせず)
ベスパが、パピリオが、
(ルシオラと生きていくことができたかもしれないなら)
そしてルシオラが、
(みんなを笑顔にできるのなら……!)
笑っていた。笑ってくれていた。
居並ぶ女性陣の後ろに人々が浮かびあがる。両親、学校の友人たち、GSを通じて知り合った人たち、みんなが笑っていた。
(とっとと……)
ハヌマンが炎を吐きだす。ハヌマンの霊力で編まれた、人ひとり灰と化すことなど容易にできるだろう灼熱の炎が向かってくる。
(起きろよっ!)
迫りくる炎へ立ち向かう横島は、ただ前を見据えていた横島のその姿は炎の中に掻き消えた。
ハヌマンの吐き出した火球が地面に着弾、爆炎が立ち上がろうとする横島を飲み込んだ。
横島の頑丈さはハヌマンも目の当たりにしており、この程度の術ならば無防備に受けても全身大火傷ぐらいですむだろうとの目算があった。
炸裂する自身の術を眺めながら、ハヌマンは不甲斐ない弟子に嘆く様子はなく、やりすぎたかと悔むこともなく、その顔に笑みを浮かべていた。
「小僧め……面白い、面白いぞ!」
燃え盛る炎が不意に二つに割れ、風に吹き散らされたかのように掻き消えた。まるで見えない何かに押し開かれたかのように、不自然な消え方であった。
荒れ狂う炎に包まれていたそこには、横島が起き上がっていた。髪の毛や服の一部が炎に焦げてはいるもののほぼ無傷と言っていい姿で、何かをかき分けるかのように手を広げて立っていた。
文珠は取り出してから文字を込めるまで多少の時間が必要である。横島にはその多少の時間すらなかったはずで、文珠で防ぐことは不可能だったろう。同様に<栄光の手>や<サイキックソーサー>も間に合うはずもなく、そもそもそれらであの炎が防げるはずもない。
「ほっほっ、人間というのは本当に楽しませてくれる」
一体何が起こったのか。ハヌマン自身はわかっているのだろう。楽しげに笑みを深めた。
「さあ、習うより慣れろじゃ。自身の力を感得してみよ」
ハヌマンはこめかみに手をやり、毛を三本引き抜いた。ふっと、息を吹きかけ毛を飛ばすと、見る見るうちに毛が小型の猿妖へと変化した。物語でも有名な斉天大聖の身分身の術である。
『キキッ!』
小型とはいっても大猿の姿から見て、である。身分身の身長は横島とほぼ同じくらいだ。
各々が如意棒を持ち、一声吠えて横島に襲いかかる。それが見えているのだか、横島の眼は焦点があっておらず、痛みをこらえているかのように歯を食いしばっていた。
『ウキャホッ!』
先頭の一体目が刺突を放つ。ハヌマンの一撃にはさすがに劣るが、それでも鋭い攻撃を横島は倒れこむようにかわし、続く二体目も流れるような連撃を仕掛ける。かわしきることができず体勢を崩し転んだ横島に三体目が如意棒を薙ぎ払う。
横島の脇腹を打った如意棒が、しかし音も無く振り抜かれた。
体勢を崩して背を向けた三体目に、横島が掌を当てる。勢いはなく、掌底とも言えない、ただ軽く叩くだけのように触れる。
『キーッ!?』
だというのに、三体目はあまりにもあっけなく体を構成する霊力をまき散らして消えた。
消えた三体目のことなど気にする様子など無く、横島の背後から二体目の分身が如意棒を振り下ろす。横島は防御することも、振り向くことすらできず、頭部へ打撃が打ちつけられた。
『ウキッ!?』
しかして、これもまた何の抵抗もないかのように二体目の打撃は振り抜かれた。空振りをしたのでもなく、無論横島の体を真っ二つにしたのでもなく、如意棒は横島に触れた場所から無くなっていた。折れたのでも切れたのでもなく、無くなったのだ。
振り向きざまに、横島はやはり空振りに体勢を崩した分身の胸を突き飛ばす。今度は悲鳴すらあげられず、二体目は煙と消えた。
残る分身は一体目のみ。横島は脂汗を流し、歯を食いしばり、苦痛をこらえるかのように歩を進める。
身分身に思考する知能はなく、与えられた命令をこなすのみ。触れるだけで分身を退ける横島の行為に恐れることなく、真正面から迎え討つ。
『ホホーッ!』
腰だめに構えた如意棒を横島に伸ばす。自在に伸びていく如意棒はしかし、横島が先端に手を触れただけで伸びるのをやめた。無論分身が止めたのではない。
『キャーッ!!』
それ以上に伸びることも、元の大きさに戻ることもしない如意棒を放り、一体目は何やら拳法の構えをとり横島に飛びかかる。
対する横島は如意棒の先端を掴みなおし、同時に如意棒の長さを元の大きさまで戻して振りかぶる。
如意棒、つまり所有者の意のままに伸縮自在となる棍である。しかし如意とはあくまで所有者のものであり、手にした者の意の如くではない。身分身の持つ如意棒とてそれは変わらず。つまり横島の行いは、身分身から如意棒の所有権を奪い取ったことに他ならない。
横島は宙にいる一体目に如意棒を投げる。不意を打たれ、身をよじるもかつての得物に胸を打たれた一体目は、如意棒と共に消えた。
「ほっ、上出来じゃ横島」
いつの間にやら、人民服を着た老猿の姿へと戻っていたハヌマンは笑顔を浮かべていた。孫に祖父が向ける笑みではなく、結果を出した弟子へのものとも違う。あえて言うなれば、強敵を前にした戦士の獰猛なものだろうか。
しかし横島はそれに気づくこともできず、如意棒を投げたままの体勢から倒れる。その顔は紅潮し、眼を回していた。
「うおおぉぉ、頭が痛い……風邪ひいたときより、二日酔いになった時よりも痛い……」
「一応は高校生じゃろうがお主は」
横島は頭を抱えて悶えていた。ハヌマンとの修行で疲労困憊の上、打撲に擦り傷、何よりも頭痛がひどかった。
ハヌマンはそんな横島をタバコを咥えて眺めていた。一仕事終えた後の一服といったところか。
しばらくして痛みが引いてきたところで、横島は身を起こす。
「あ゛~、老師、一体何がどうなったんスか?」
「簡単に言えば、お主が修業にて得た力はまだ手に余るものじゃった、ということじゃな」
「さっぱりわからんスよ」
もともと無理やり修行をさせられていたこともあり、横島は状況が把握できていない。とはいえ、何らかの裏があることくらいは察することができていた。
「文珠は使いようによってはどのような神魔をも倒すことができる。そう言われているのは知っておるな?」
「あ、ああ。確か、ワルキューレがそんなことを言ってたな」
「古来より、文珠使いは幾度となく神殺しや悪魔祓いを成し遂げてきた。それなりの実績あってのことじゃ」
「まあ、そうじゃなきゃそんなこと言われないもんな。それに俺も美神さんとアシュタロスをぶっ倒したわけだし」
美神との同期連係は神魔への対抗策として最も有効かつ、確実な方法として確立されている。人間の為せる最高峰の技とも言える。
「あれも人間の知恵が生み出した素晴らしい技には違いないが、文珠使いの神髄はそこに無い」
だからこそ、ハヌマンの言葉は理解ができず、頭に残った。
「え、同期連係って、すんげえパワー出せましたけど」
「力が強い、速度が速い、空が飛べる。確かに人の領域を越えてはおろうがな。ふーむ」
ハヌマンはアゴ髭を撫でさすり、虚空を見つめていたかと思うと不意に如意棒を突き出した。
「きゃんっ!」
「おわっ、ヒャクメ!?」
「ヒャクメ、面倒じゃ。お主に説明は任す」
横島が座り込んでいる隣にドシンと尻もちをついたのは神族の少女ヒャクメである。横島もよく知る、全身に目を持つ神族の調査官が空間から落ちてきていた。
「アタタ、老師ひどいのね」
「修行が終わったのにいつまでも出てこんからじゃ」
ハヌマンはパイポに新たなタバコを差し込み、指先から発生させた術で火をつけ、横島らに背を向け銭湯のような出口へと向かう。
「っておい、老師。無責任な」
「やかましいわ、疲れたんじゃ。ゲームしとるからいらんことで呼ぶんじゃないぞ」
横島の講義もなんのその。ハヌマンはプカプカ煙を吐き出しながら修行場から出て行ってしまった。
取り残された横島は師匠たちを思う。美神は言うに及ばず、最初の師匠に至っては修羅場に横島を残して突貫してしまう有様だ。誰もが身勝手である。
「強引に修行させて、勝手に帰って行った……何だってんだよ」
「横島さんみたいな人、お尻を蹴っ飛ばさなきゃ修業しないでしょ? よいしょっと。さ、横島さん。老師に頼まれたことだし、事情説明を横島さんにもわかりやすいようにしてあげる」
「うわムカツク。この覗き神」
「覗き魔に言われたくないのね」
ヒャクメは起き上がり、可愛らしく舌を突き出しながら近くにあった岩に腰を下ろす。横島はまだ歩けそうにないので、四つん這いでその近くまで這い寄っていった。
「えっと、何から話そうかしら?」
「聞きてえことは色々あるけど、老師の話の続きから頼むわ」
「それじゃ、文珠使いの神髄とは何か、の前に文珠とは何か?」
「何か、って。俺の霊能力でできた珠で、こめた念を一気に解放するもんだろ」
霊力を凝縮しキーワードで一定の特性を持たせて解凍する技、ためたパワーを一気に放出する技、力の方向を完全にコントロールする能力、など文珠について様々な説明を聞いたことはあるが、横島の理解はこの程度のものだ。
「色々足りないけど、大体それであっているわ。それで、老師の修行の時横島さんがやったこと、心当たりない?」
「あー、まー、な。何となく、程度ではあるけど」
「気付いていたの?」
「自分のやったことだしな」
横島は自分の手を見る。ハヌマンが吐いた火炎を“防”ぎ、身分身の攻撃や身体に干渉して術を“解”いた自らの手を。
それらを成したのは<サイキックソーサー>でもなく<栄光の手>でもなく、そして文珠でもなかった。
横島は文珠を出して念を込めるという過程を経ず、自らの思考をそのまま現実にしたのだ。
「文珠を使わずに、自分の霊力だけで文珠と同じことをする。これが文珠使いの神髄ってやつなのか?」
「そうなのね。例えば……横島さん自動車を分解することはできる?」
「は? 何だよ急に。そんなことやったことねえし」
不意のヒャクメの質問に横島は怪訝な顔をする。質問の意図が見えなかった。
「時間をかければできるんじゃない?」
「まあ、やろうと思えばできなくもないだろうけど」
「知識がなくても分解することはできる。でも、知識があったら手早く効率的にできるわよね」
「だろうな」
「前者は文珠。簡単なイメージでも力ずくで成せてしまえるけど、数日横島さんが溜めた霊力が必要。後者は文珠使いの力。知識が必要だけど、手早く効率的に、少ない力で事を成せる」
「知識いうても俺そんなん知らんぞ。それにガンガン霊力減ってったし、頭痛くなったし」
「だから頭が、っていうか脳が痛くなったのよ。知らないことを無理矢理やろうとしたから、処理能力をオーバーしてしまったのね」
「よーわからんが、俺がこの力を使うには無理しなくちゃならんってことか」
流れるようにヒャクメは説明をしてくれるが、横島は理解が追い付かない。先程までとは別の意味で頭が痛くなっていた。
「知識という表現をしたけど、構造といった方が正しいわね。術式構造を把握すれば横島さんは文珠に頼ることなく、脳に負担をかけることなく、その力を行使できるようになるってこと。さっき横島さんは構造を把握しないまま老師の術に干渉したから無理をしたけれど、“炎”や“氷”みたいに単純にぶっ放すように使うなら、それほど無理をすることもないと思うのね」
「んなこと言われても構造を把握とかよくわからん」
横島は霊能を学んで会得したというより、できるからできたと思っている。なので、術式やらなんやらというのはさっぱり理解の外であった。
「横島さん、小竜姫から竜気を受けて心眼を開いたじゃない?」
「バンダナのことか? 開いたっていうか、小竜姫様から貰ったっていうか」
「小竜姫は横島さんがもともと持っている潜在能力を引き出しただけなのね。横島さんは目いいし、すぐには無理かもしれないけど、いずれ心眼を開くことができれば、術式の構造把握くらい簡単なことなのね」
「それがホントなら、すげえな」
「ホントなのね。私の言うこと、信用できない?」
「いや、話がうますぎっていうか、全部お膳立てされてんじゃねえかって」
そもそも横島はおキヌらの修行の付き添いで来ただけだった。小竜姫と諸々のスケジュールを立てた後に、パピリオと親睦を深め、一泊して帰る予定だったのだ。
それがとんでもない力を手に入れ、まだまともに使えないにしても算段はついている。このような展開は予想の範囲外である。
腕を組み頭を悩ませる横島へ、ヒャクメがさらに言葉を続けた。
「横島さん。老師が無理やり横島さんに修業させたのは、その片鱗が見えていたというのもあるけれど、もっと別の意味があるのね」
「何だよそりゃあ」
「私がここに来たのも関係しているのだけど、神魔族最上層部からメッセージを預かってるのね」
「神族はまだわかるけど、魔族のってどういうこったよ?」
「あっちは今忙しいから。知ってるでしょ?」
ヒャクメは神族の調査官である。現在神魔族は協力体制をとっており、魔族側は情報士官であるジークフリートがヒャクメと同じ役割を担っていた。
遺産関係でワルキューレらが人界に来ているため、他に面識のある魔族がいないため代役ということか。
ヒャクメは佇まいを正し、カバンから一枚の紙を提示する。
「コホン。冥界の意志は、『貴殿が文珠使いの真の力に目覚め、望むなれば我らは貴殿を受け入れる用意がある』です」
「受け入れる、って? おい、どういうことだよ」
「そのままの意味よ。横島さんは神魔両方からスカウトされているの」
「……はああぁぁぁっー!?」
ハヌマンに仮想空間へ引きずり込まれてからの怒涛の展開は、いよいよ横島の理解を越えた。起き上がっていることさえ億劫で、大の字に寝転がった。
「過去の文珠使いの中には、英雄的行為によって天に昇った人もいるし、強すぎる力を恐れた人たちから迫害されているのを悪魔が誘惑したこともあるの。初めてのことじゃないのね」
「あーもー、わけわからん」
寝転がり時間をおいて考えてみたが、どうしたところで理解不能な事態に変わりはなかった。
馬鹿でスケベで、俗世に頭の先までどっかり浸かっている横島が神などと悪い冗談である。まだ欲望を司る悪魔の方が合っているような気はするが。
何もかも忘れて寝てしまいたい横島に、ヒャクメは躊躇っている様子ではあったが言葉を続けた。
「もし横島さんが受け入れた場合、神族なり魔族なりになったなら……」
先程までとは雰囲気の違う声に、横島が身を起こす。ヒャクメの顔は言おうか言うまいか迷っているようであったが、そもそもメッセンジャーとしてきているのだから話さないわけにもいかないのだろう。
「横島さんの霊体と保存してある霊体を合わせて……ルシオラが復活することができるわ」
「なん……だと!?」
ルシオラの復活、それは横島が望んでやまないことだ。
横島の子供として転生する以外の方法は見つかっていなかったが、それは横島の持つルシオラの霊体を回収された霊波片へと移植することができなかったためである。
人間である横島では魂の原型が維持できなくなる恐れがあったのだが、それも神族か魔族になれば解決するということか。
「これはおそらく、多分といった話ではないわ。横島さんの魂に異常も起きないし、ルシオラもルシオラ本人として間違いなく、復活できるのね」
「ルシオラが、復活……」
「恩返しの意味もあるけど、横島さんの存在はそれだけ注目されているの」
横島の頭の中はドンドン出てくる情報に混乱していたのだが、今やルシオラのことで頭が一杯になっていた。
ルシオラが助けられるなら迷う必要はない。ベスパやパピリオだって喜ぶ。
将来、自分の妻となる人にルシオラを産んでもらうことを納得してもらう必要だってなくなる。
どうしようもない自分を愛してくれた女を、自らの力が足りないばかりに見捨ててしまった女を救えるのだから。
やり直すことができるのなら、迷うことなんてなかった。
ルシオラの笑顔を、また見ることができるのなら。
「答えは急がないわ。いつでも連絡して」
話すことは話しきったのか、ヒャクメが岩から腰を上げる。
出口へと向かうヒャクメの背に、横島は声をかけた。
「……いや、答えは決まってるよ」
迷いはした。ベスパやパピリオには怒られるかもしれない。だが、ルシオラの顔を思い出した時に意は決した。
横島は小竜姫の笑顔に、笑顔を返した。
「俺は横島大樹と百合子の息子で、美神さんの丁稚で──自分の煩悩に素直でちっぽけな人間です。そんな俺が、ルシオラが好きになってくれた俺なんです」
見上げるパピリオの頭に手を載せる。スカウトの件は聞いているのかいないのか、わからないがその目に攻める意思は見えない。
「俺は俺らしくが俺が決めたこと。じゃなきゃ、またルシオラに会えたとしても、笑って会えない気がして……だから、ゴメンなパピリオ。ルシオラが復活できるかもしれないってのに」
「……さっきまでプッツンしちゃってたパピが言うのも何でちゅけど、パピにはもう一人お姉ちゃんがいるから大丈夫でちゅ!」
「パピリオ……」
「それに、もう会えないって決まったわけじゃないでちゅよ? 魔族には生まれかわりは別れじゃないんでちゅ」
横島の意見を支持してくれたパピリオの言葉が嬉しく、サラサラの髪を撫でる。ルシオラの残留思念と同じ言葉と、笑顔を向けてくれたのが心底嬉しかった。
「さっきも言いましたが、私は横島さんの決意も覚悟も尊重します。とても辛い道になるかもしれませんが、意志を貫き通してください」
「はい。じゃ、お休みなさい。パピリオも」
手を振って寝室へと戻る。
妙神山へ来る前は思いもしなかったが、小竜姫とパピリオの憂いを晴らすことができた。仲間たちを守り助ける新たな力に目覚めることができた。決意を新たにすることができた。
横島は昨日からの疲労も相まって、布団に倒れ込むやすぐに眠りの世界へと旅立ってしまった。
翌朝、顔を合わせたシロとタマモは、気まずそうにしながらも笑顔で挨拶をしてくれた。おキヌもまた神妙な顔をしてはいたが、二人のことを頼むと快く応じてくれた。横島はおキヌの芯の強さを知っている。心配することはないだろう。
小竜姫とパピリオは食事中言葉を交わすことはなかったが、昨夜の夕食の時よりも穏やかな様子が見て取れた。ハヌマンは昨夜と同じく無言で食事をしていた。
朝食をすませ、荷物をまとめる。
おキヌらに迎えに来る日取りを伝え、横島は妙神山を後にした。
美神もおキヌもシロもタマモもいない事務所に戻れば、世間は夏休みの真っ最中。しかし、貧乏学生である横島に休んでいる暇などないのだった。
横島のパワーアップ、今まで蚊帳の外だったシロタマ二人に魔族絡みとかアシュタロス関係、横島はもう吹っ切っている系のあれこれをまとめて消化したお話。
これは一気に公開しないとややこしくなるかなと思って、でも順番がしっくりこなくてコピーアンドペーストの繰り返し。
わかりやすいかな? わかりにくかったらごめんなさい。
次は夏休みのお話。もうすぐ今年も終わりますね!
じゃあまた。