最初は短編のつもりでした。
ゴーストスイーパー、通称GSと呼ばれる職業がある。
幽霊掃除屋という直訳は業務内容を端的に説明できているだろう。各々のGSによって得意とする分野は違うが、霊による被害(霊障)を祓うという点は共通している。
GSの標準は各国様々であるが、世界でも日本のGSは高い評価を得ている。そして日本の業界最優にして世界有数と評され、称される事務所がある。
その名は美神除霊事務所。
古今東西のオカルト知識と、豊富な資金力を総動員してオールマイティーな霊障祓いが可能な所長である美神令子。また美貌と豊満な体つきを隠すことなく全面に押し出していることから、美人過ぎる除霊士としても有名である。
約三百年間の幽霊生活の経験と心優しき性情で、悪霊を祓うのではなく成仏させるネクロマンサー氷室キヌ。おっとりとしていながら芯は強く、華奢な体格ながら山育ちなので体力はあるが運動は苦手。誰からも好かれる大和撫子である。
社員ではないが共に暮らし、仕事も手伝っている人外のうち一人(匹)、強靱な肉体と生命力を合わせ持つ霊波刀の使い手、人狼族の少女シロ。天真爛漫で人懐っこく、しかしながら侍としての心構えも忘れない勇敢な少女。
そして金毛白面九尾の狐の転生体たる妖孤の少女タマモ。前世と今生の知識と経験から人間に対し悪感情を抱いていたのも今は昔。冷たい態度ながらも仲間を大切にする情の強い少女。
そして、かつて全世界を巻き込んだ“大霊障”の隠れた英雄にして薄給の丁稚横島忠夫。バンダナがトレードマークの高校生。一番の特徴と言えばその煩悩だろうか。
追記して事務所自身である渋鯖人工幽霊壱号と、軒下に巣を構える妖精鈴女がいるのだがさておき、この五名をメンバーとした事務所に祓えない霊障はないと、業界一との評判と業界一の依頼料を有している。
言い換えれば、美神の納得する依頼料さえ払えればどんな依頼ですら受けるのだ。それが海の底でさえ、宇宙でさえ。
いつも通りの依頼だった。
横島は山の工事現場に大量に出没する霊の除霊依頼を美神から命じられ、シロと共に県を越えて関東のとある山へ来ていた。
ただ現れるだけでなので被害こそ無いものの作業員は怯え、作業が進まず工期が遅れていた。建築会社が業を煮やして美神事務所に依頼をしたのだが、夜にのみ現れ朝方には何処かに消え、日中には全く反応を見せない特徴があった。だったら仕事の時間をずらせばいいのではとの意見もあったが、遅れた工期を取り戻すために夜間の活動が必須になるほどであるらしい。除霊のためには自殺行為に等しいが夜間に山へ入るしかなかった。
美神はメンドくさいの一言で依頼を断ろうとしたが、大名稼業やなーとの横島の呟きが届き、こめかみに井桁を浮かばせあんた一人で行ってこいとのお達しを出す。おキヌのそれはあまりにもという懇願に、ならば拙者がとシロが追随した。
「ま、お得意先だから受けようとは思っていたしね。いい、あんまり必要経費をかけないで、すぐに帰ってくるのよ。工期が遅れてるからがっつり依頼料もらえるんだからね」
「だったら交通費くらい出してくださいよ!」
という美神の言は警告か激励か、ともあれそういった経緯で横島は森の中にいた。
しかし、
「シロはどこだーっ!」
横島は一人きりだった。
昼の内に工事現場へ向かい、二人で夜を待つと同時に悪霊を引きつける何かの正体を探すも、見つからずにいたところ夜が訪れた。
前情報の通りにどこからともなく悪霊が大量に現れ、前情報とは違って二人へ襲いかかってきたのだった。
霊波刀で応戦するも一向に悪霊の数は減らず、連携もとれなくなり、さらには分断されてしまい、今に至る。
「うひぃっ! たまったもんじゃねえな、ちくしょう!」
建設現場から離れれば悪霊も追っては来ないだろうという横島の目算はすぐに崩れた。別々の方向へ逃げた横島とシロを悪霊は二手に分かれて追撃する。
横島からシロと合流しようにも悪霊が多く霊気を辿ることもできず、横島の臭いを辿ってシロの方から合流してくることだけが頼りである。もっとも、シロも横島と同じ状況になっているだろうが。
「確かに、このきつさであの依頼料じゃ美神さんは動かんよな」
愚痴ったところで状況は変わらず、横島の周囲には悪霊が群れなしている。一体一体の強さはたいしたことはなく、横島の霊波刀の一撃で散る。
「どわぁぁっ! しゃ、洒落にならん!」
しかし、増援が現れ続ける。休む間もなく戦い続け、戦場を移動し続け、とうとう横島の集中力が追いつかなくなった。
「あ、あかん……これ以上はきつい。一時撤退!」
彼の霊力源は煩悩であり、ある意味では無限とも言える。とはいえ、さすがの横島でもこの状況で煩悩を高めるのは無理があった。この場に若い女性の亡霊でもいれば別なのだが、襲い来る霊は全て生前の形をなくしていたためさすがの横島でも興奮することはできなかった。
肩で息をし、藪に隠れる横島の周囲は悪霊の大群で埋まっていた。切り札を使おうにも霊波刀と違い弾数制限があるため無駄撃ちはできない。なにせ敵の増援はいまだに――来ていなかった。
「増援が来ない?」
何とか隠れることに成功し、戦闘を一時中断することができたため、横島を取り囲む霊の総数はシロと分断されてからの数と変化がないことに気付く。
「それに……攻撃はしてくるけど、悪意がない?」
さらに横島を取り囲む悪霊、いや霊達には悪意がないことに気付く。生前を忘れた死者は生者を恨み、妬むからこそ悪霊と呼ばれるのだが、悪意どころか意識すらないように見える。
つまり、この霊障は普通ではないということだが、状況は変わらない。
「そんなことに気付いたってやばいのにはかわらん! こんな所で俺は死ぬわけにはいかんのだ! まだ美女にもみくちゃにされる夢を叶えてもいないとゆーに!」
夢というか妄想というか、とりあえずそういったもので生きる気力は十分な横島の耳に、茂みをかき分けて近づいてくる音が届く。
「っ、シロか!?」
草木のすれる音の方向を向けば、人影が見えた。はぐれた弟子かと目を凝らして見ようとするが、それより前に新たな登場人物に霊達が殺到する。
この隙に逃げるという非人道的な選択肢もあるのだが、人的被害など出した日には確実に美神に殺されてしまう。それを妨げようと飛び出す横島に数体の霊が襲いかかる。
「ええい、このっ、邪魔すんな!」
もとより弱い霊達は霊波刀の一振りで消滅する。しかし、それだけの時間で霊が人影の元へ到達することはできていた。シロあれば問題はないだろうが、それ以外の人間だったら襲われればひとたまりもない。
切り札を使おうとした横島の動きが止まる。
煙を吹き散らすかのように人影は手を振った。一振り平手を放てば霊が一体かき消える。
呆気に取られる横島の眼前で瞬く間に霊は消え失せていた。
そこにいたのはシロではなかった。そして人間でもなかった。
「ベスパ!?」
「ポチ!?」
かつての大戦で敵味方に分かれた蛍、蜂、蝶の3姉妹の内、人間の敵に回った次女、蜂の化身ベスパがそこにいた。
あまりにも意外な再会に双方言葉を失った。
「な、なんでこんな所にお前がいるんだ?」
「そりゃこっちのセリフ……美神令子の事務所に依頼が行ったのかい!?」
「ああ、もしかして魔族がらみなのか、この事件?」
遅かったかと呟くベスパは、ため息一つついた。
「その通りさ。言うなれば、アシュ様の遺産ってとこかね」
「アシュタロスの!?」
アシュタロスという魔神は、少々神話に詳しい者ならば簡単に調べが付くほど高名である。そして、彼は大霊障の主犯であった。
アシュタロスはその目的を達成するために、様々なモノを開発していた。それは兵鬼であったり、冥界とのチャンネルを妨害する霊波であったり、宇宙を書き換えるなどというとんでもないものであったりした。
「そういうのって魔族の軍が管理しているんじゃないんか?」
「もちろんしていたさ。でも特別厳重な警備をくぐり抜けてた奴がいたんだ」
「迷惑極まりないな」
「返す言葉もないね」
ベスパが霊群を一掃したため、少し会話をする余裕があった。しかし、それもほんの少しだけだ。
「あっ、もう増援が来やがった!」
「まったく、落ち着いて話もできやしない。ポチ、場所を変えるよ」
「ああ、そのほうが……おおおっ!?」
ベスパは、駆けだそうとした横島の首根っこを軽々と猫でもつまんでいるかのように持ち上げ、驚く横島を気にせず空へ飛んだ。
「い、いきなり空飛ぶなっ!」
「うるさいな。あのままあの場にいたら、めんどくさくなって一気に焼き払っちゃうとこだったんだよ」
「……そりゃやめといたほうがいいな」
ベスパのセリフに、横島はかつての姉妹喧嘩を思い出す。確かに一面焼け野原にするのは簡単だろう。
「簡単に説明するよ。アシュ様がエネルギー結晶を造るのに、契約した人間の魂を使っていたのは知っているね?」
「ああ。契約に応じる魂じゃないと加工できないとか何とか」
「その通り。でも、別に人間の魂じゃなくても良かったのさ。アシュ様が利用できるエネルギーでさえあればね。結晶を造り始めた頃のアシュ様と土偶羅様は、契約成立から履行までの時間を待たずに別のもので代用できないかと考えられた」
「それが今回の騒ぎの元か?」
「まあ、そんなとこ。エネルギーを合成して魂を造る鬼械さ」
「魂を合成って、マリアや人工幽霊みたいにか?」
「えーっと、アンドロイドと美神の事務所だっけ? そうさ。でも、そうして得られた魂には年月を経て得る蓄積された経験がないから、アシュ様の望むエネルギーと効率は得られなかったから計画は放棄されたらしい」
ベスパは横島を荷物よろしくつり下げながら説明しているが、持ちづらかったのか両脇を抱えるように持ち直した。真っ暗闇の中を自分以外の力で飛んでいる横島としては、もうちょっと身体が密着するように持ってもらいところだ。安全安心のため、時折後頭部に触れる柔らかい感触のため、気付かれたら落とされるかも知れないが。
「でも、ちょっと待て。この騒ぎが結晶を造るモンのせいだってんなら、出来るのは魂のはずだろ? なんで幽霊になっているんだ?」
人の精神的な身体、いわゆるアストラル・ボディには三つの状態がある。
一つは自意識を完全に持った幽体。臨死体験や、GSが自らの意思で幽体離脱した際の状態であり、肉体とヒモ付いている。
そして死後に肉体から完全に切り離された霊体。未練や後悔で悪霊になったり、自縛霊になったりする。一般に幽霊と呼ばれ、GSの仕事の対象は大半がこの状態だ。
ベスパの言った魂とは、自意識を削げ落とした純粋なエネルギーの固まりであり、人間がその者であるといえる最小の状態である。
現状、荒れ狂っているのは二つめの霊体である。ベスパの説明通りであるなら、これはおかしい。
「冴えてるじゃないかポチ。犯人が手を加えたんだろうさ」
霊力の低い工員へは被害がなかったのに横島達へ向かってきたのは、ある一定の霊力を持つモノを襲うように設定されていたのだろう。
夜に現れ朝に消えたのは、これもまた夜間のみ起動するように設定されたためか。
常に横島の周囲に同じ数だけしか霊がいなかったのは、設定された数だけ産み出すようにされていたのではないかとベスパは語る。
「そうか、霊たちに悪意がなかったのもそのせいか。端から意識がなかったんだな」
「本当に冴えてるね。気持ち悪いくらいに」
「ひど! おまえ、そういうこというか!?」
「うるさいね」
横島の非難もどこ吹く風と、ベスパは追撃してくる霊と距離を取るために速度を上げた。
距離が空いたためか、霊は地表へと戻っていく。
「これで落ち着いて話せるかな。あんたも解決するのが依頼だろ? 手伝いな」
「そりゃするけどよ。俺の手伝いなんか必要か?」
手を振るうだけで霊をけ散らしたベスパの力を見れば、ヒーコラ言っていた自分の助力など不要なのではと横島は問う。
「戦闘面であんたの助けを願うほど落ちぶれちゃい無いさ。あんたの文珠で付近の捜索して欲しいの。あたしにゃそういう能力はないし、今眷属も使えないんでね」
「落ちぶれって……」
忌憚のない意見に横島は落ち込む。事実ではあるがもう少し言い方というものがあっても良いのでは無かろうか。
「ええい、適材適所だ、チクショー!」
やけくそ気味に横島は手のひらにビー玉大の珠を取り出す。これが人間の身で魔神に一泡吹かせられた横島の切り札、文珠である。霊力を凝縮しキーワードで一定の特性を持たせて解凍する技で、一個に漢字一文字を込めることが出来る。
横島が文珠に込めた文字は“感”。霊を合成しているというのならエネルギーをどこかで調達しなければならない。横島は付近のエネルギーの流れを感知する。
付近の力の流れを感じたいと願い文珠を発動すれば、横島の高くはない感知能力でさえその曖昧な願いを文珠が叶えてくれる反則技である。
横島の上のベスパは除外すると、別の方向で山中を飛び回る霊達と迎撃するシロを発見し、さらには横島らを追っていた霊がシロの元へと向かっていた。横島の意識に師を案じながら霊波刀を振り回すシロの様子が流れる。さすがに疲労が激しいようだ。
こりゃ早く終わらせてやらないと、とさらに深く観察すると地脈の流れが伝わってくる。シロの周囲で数を減らしていく霊群へ向けて続々と増援が現れる。その方向は地脈のエネルギーが強制的にねじ曲げられていた。
「見つけた! ベスパ、あっちだ!」
「了解、飛ばすよ!」
「どわああっ!」
それまでのスピードが最高速ではなかったのか、急旋回急加速したベスパに横島はしがみつくことすら出来ず、セーフティーロックのないジェットコースターによる空中落下を味わうこととなった。
騒動の根源は横島の想像よりもかなり小さなものだった。ごてごてとした機械を想像していた横島だが、実物はボーリング玉ほどの大きさの宝珠だった。
「よし、これで止まった!」
「お、終わったのか……」
ベスパの言葉と同時に周囲に漂っていた霊達が消え、横島は気が抜けたのか仰向けに倒れ込み、ゼハーゼハーと息をつく。
ベスパが宝珠の蓋を開けて操作している間、横島は邪魔をしてくる霊達と戦っていたのだ。ベスパに言わせれば蚊が飛んでいるようなもんだから気にしないでいい、ということだったが。
「わざわざ疲れることしなくてもよかったってのに、物好きだね、ポチ」
「うるへー、いくらたいしたことないからって美女に粗相するような霊は折檻じゃ」
横島の美女発言に、頬を掻くベスパの頬に少し朱が刺す。
「そういや、あんたは人とか魔族とかって気にしない奴だったね」
そういうところにルシオラも惹かれたんだった、と呟く言葉は横島の耳にも届いた。
沈黙が流れる。再会からドタバタしていたため考えている暇がなかったが、そもそもこの二人の間には因縁ともいえるものがあった。お互いの事情を知るものからすれば、殺し合いをしたとて不思議ではない。
続く膠着を破ったのは横島でもなくベスパでもなく、知ったことかとばかりに無情に経過する時間だった。
何を話せばいいのかと考えている横島とベスパの顔に光が差す。見れば彼方東の空から太陽がゆっくりと姿を現すところだった。瑠璃色の空が赤く染まっていき、紫色の雲がたなびいていた。
「……ルシオラが夕焼け好きだったっての、知ってるか?」
横島が身を起こす。その顔は悲しいのだか悔しいのだか、落ち込んでいるようにも見えた。
「聞いたことはないけどね。いつだったか、夕焼け見て笑っていたのは知ってる」
ベスパも気付いてはいたが、追及することはしなかった。
「そっか……あいつさ、『昼と夜の一瞬のすきま――短時間しか見られないからよけいに美しいのね』、だったっけな。そう言っていた」
二人の視線は太陽を向いていた。というより、横島が太陽から目を離さないのでベスパもならったのが正しい。
「でも、日の出もいいもんだろ? 登山してさ、めちゃめちゃ疲れて見る御来光なんか、感動もんだぜ」
春は曙ってな、と昇る太陽を眩しげに見つめ呟く。
「なんでわざわざ疲れることするのか、あたしにゃわからないね」
「苦労した後に得られるものはひと味違うんだよ」
登山中のおにぎりとかうめえぞ、と続ける横島の考えは魔族であるベスパにはわかりづらく、何を話したいのかもよくわからなかった。
「まあ、なんだ。綺麗なものなんてそこら中にあるんだ」
夏は夜、秋は夕暮れ、冬は早朝、枕草子の一文を呟いて横島は立ち上がる。ぱんぱんと尻をはたくが、寝転がっていたので背中に落ち葉が引っ付いていた。
「もっと、色んなものをあいつと見たかったな」
横島の言葉にベスパを責める印象はない。ただ、事実を再確認しただけのようだ。
ベスパは横島の後ろに回り背中をはたく。悪いな、と振り向こうとする横島の両肩をつかみ止める。横島の顔を見たくないのか、自分の顔を見せたくないのか。
「ポチ、後悔しているかい?」
「……そう、だな。してる。もっと上手いやり方があったんじゃないかって、思うよ」
アシュタロスが目的を果たすため、宇宙を書き換えるのに使用した宇宙処理装置――コスモ・プロセッサの動力源であるエネルギー結晶を破壊したのは横島だ。大霊障を終結させたのは横島であると言える。
しかし、そのときすでに瀕死の横島に霊基構造を譲り、消滅していたルシオラの復活にはそのコスモ・プロセッサが必要であり、引き換えにしてしまった形である。
「じゃあ、憎んでいるか?」
「俺が憎むのは女にもてる美形ヤローだけだ。そりゃ、アシュタロスの野郎は大嫌いだけどさ」
そういやあいつも美形だったなと呟く。
「……あたしは?」
ルシオラが横島に霊基構造を譲った原因はベスパとの死闘だ。ベスパの攻撃を横島が身を挺して防ぎ、ルシオラの攻撃がベスパをたおした。結果、散り散りになった霊基構造をベスパは眷属の妖蜂に集めさせたが、ルシオラの霊基構造は横島と同化しているため足りず、復活できなかったのである。
恨みがあってしかるべき、ベスパはそう思っていた。
「俺が女の子を憎むわけないだろ。煩悩の固まりの俺がさ」
「っこの、馬鹿野郎!」
「のわっ!」
横島を強引に振り向かせ胸倉を掴みあげるベスパの顔は、憤怒に染まっていた。
「やっとワルキューレに言われたことがわかったよ」
「ワルキューレ? 何であいつがここに出てくんだよ」
「モヤモヤしたの腹ん中に溜め込んで、そのまま溜め続けて! そのままウジウジしてるってんだよ! あたしもあんたも!」
「な、何だってんだ。俺はもう、ルシオラががっかりしないようにって」
「吹っ切ったってのか!? ふざけんな、見てわかったよ、鏡見た気分だ! あたしもあんたも、そう振る舞っているだけさ!」
「んだと!」
ベスパの気迫に気圧されていた横島が、キッとベスパを見据える。二人が再会してから初めて目を合わせたのだが、お互いに気付いていなかった。
「あたしゃあんたが憎いよ! あんたのせいでルシオラが寝返って、それから何もかも上手くいかなくなったんだ!」
「ざけんな! もとはと言えば、アシュタロスが大それたことしようとしたからだろうが!」
「アシュ様にはアシュ様のお考えがあったんだ! 馬鹿にすんじゃないよ!」
「巻き込まれたこっちはたまったもんじゃねえっちゅーんじゃ!」
横島にもベスパの言うように溜まっていたものがあったのだろう。お互いに溜め込んでいたものを吐き出すようにまくし立て、言い争う。
太陽が昇るほどの時が経ち、口喧嘩が収まったのは言いたいことが尽きてからではなく、興奮した横島がベスパの胸倉を掴み、その手がベスパの胸に触れたことによる拳であった。
「やーらかかった……服の上からでもわかるほど大きくてやーらかかった!」
「だ、黙りなっての! それ以上言うともう一発行くよ!」
「し、仕方ないやんか! 女の胸には男は一生勝てんのや!」
顔を真っ赤にしながら胸を横島から隠すようにして、というよりも隠してベスパは叫ぶ。吹っ飛ばされ岩に衝突した横島は頬を抑え、頭から血を流していた。
「ったく、真面目な話をしてたはずなのにな」
「俺はシリアスが続けられん性質だけど、今のはある意味事故だぞ」
血を拭って横島が立ち上がる。出血はすでに止まっていた。
「サンキュな、ベスパ」
「何が?」
胸のことをまた言ったら殴ってやろうと構えるベスパだったが、そうはならなかった。
「お前の言うとおり、俺も溜め込んでいたみたいだ。ちょっとだけ、すっきりした」
「……ふん、あたしも、ちょっとはね」
すでに太陽は姿を完全に現しており、日差しが二人を照らす。標高の低い山であるがやはり気温は低く、しかし少しずつ暖かくなっていった。
「なあ、ポチ」
「なんだ?」
「今でもルシオラを……姉さんを好きかい?」
「好きだよ」
問いに即答し、しかし一拍おいて悲痛な面持ちになった横島にベスパの胸が痛む。
「でも、あいつが想ってくれたほど、俺があいつを想っていたかって聞かれれば、そんな事言えない。俺は煩悩のままで、何も応えてやれなかった」
しぼり出すように言葉を続け、拳を握り締める。
それは、ルシオラが死んでから横島の胸に刺さった棘であった。
「俺、あいつに何も言ってないんだ。あいつは俺のこと好きだって言ってくれたのに」
ルシオラは横島への想いを告白したが、横島ははっきりとルシオラへ想いを告げてはいない。その事実は横島の自責をより重くしていた。
「言葉にしなくても伝わるものって、あるんだよ、やっぱり」
だが、優しげなベスパの言葉が横島の顔を上げさせた。
「あたしから見れば、ルシオラを助けるためにあたしの攻撃に割り込んだあんたが、ルシオラを想っていないなんて考えられない。命がけで想いあっていたんだなって、うらやましかった」
「で、でも俺は自分のことばっかりで、やりたいのやりたくないのって、そればっかりだった」
「それでも、あんたはルシオラを愛してたんだよ。今は気持ちの行き先が無くなっちゃったから混乱してるんだろ」
「なんでわかるんだよ」
「……あたしの気持ちの行き先も無いしね」
「ベスパの? あ、そうか」
ベスパは横島から目をそらし、背を向けた。横島から少し距離を取って話し始めた。
「あたしはアシュ様を愛していた。部下として、娘として。多分、女として。アシュ様があたしをどう思っていたかわからないけど、アシュ様を殺したのはあたしさ」
「何言ってんだ。アシュタロスを殺したのは俺だろ」
「あんたに魔体の弱点を教えたろ、引き金を引いたのはあたしだよ。ルシオラが死ぬ原因だって、ね」
アシュタロスとルシオラはもういないという事実がある。しかし横島とベスパでは事実の受け取り方、つまり真実は違うのだった。
「要は考えようってことじゃないかな。あたしら、お互いに自分が悪いって思っていて。でも、多分それは間違いじゃなくて」
「ああ、そっか、変な言い方だけど、それはそれとして考えなきゃいけないのかもな。起きたことは変えられないし、二人がいないことも変わらない。忘れちゃいけないし、忘れられない」
「それはそれ、ね。あんまりいいイメージの言葉じゃないけど、そうなんだろね」
振り向いたベスパは笑っていた。再会してからの初めての笑顔に、そしてその美しさに横島は目を奪われた。
「さて、あたしは帰るよ。とっととこいつを持って帰らなくちゃいけないしね」
「お、おう。またな」
宙に浮くベスパに、ぼうっとしていた横島が慌てて返事を返す。意識してかどうか、別れの挨拶ではなく、再会の約束。
「ん、またね」
少しだけ逡巡しベスパもそれに応じる。
宙で身を翻し、加速しようとするベスパの背に横島が最後に叫ぶ。
「お前は俺を憎んでいるかもしれないけど、それでも俺はお前のこと大事に思ってるからな!」
届いたのかどうか、ベスパは飛び去っていく。あっという間に見えなくなっていくベスパを、それでも横島はずっと見送っていた。
「徹夜になっちまったな。とっとと帰らんと美神さんに何言われるかわからん」
シロと合流して帰るか、と宝珠を探す際にシロのいた方向へ足を向けた横島の目の前に、シロが憔悴した表情で立っていた。
「おお、シロ! ちょうど探しに行こうとしていたところだ。帰ろうぜ」
「先生……」
シロの目に涙が浮かぶ。
「ど、どうしたシロ!? 怪我でもしたのか?」
「先生は拙者が山をかけずり回っていたときに、あの女子とおられたのでござるな」
「女子ってベスパのことか? 偶然会ってさ」
「それで口説いておられたのでござるか」
「口説いてって、お前な」
「ひどいでござるよ先生! 拙者、先生のことを案じて気が気でなかったというのに!」
横島につかみかかるシロはおろろーんと泣き叫び、前後に揺さぶられる横島は脳みそをシェイクされた。
「速い速いっつーか酔うって、やめーっ!」
「わーん!!」
横島の悲鳴とシロの鳴き声が山間に響き渡るがそれを止める者は誰もおらず、二人の帰還が遅れて待ち受ける美神の折檻を横島がくらうのは間違いないだろう。いつものことであるが。
追記
「任務ご苦労、ベスパ」
「いや、なんてことなかったよ」
ベスパは魔界軍へ帰還し、回収した宝珠を上官であるワルキューレに渡していた。命令は、『人界に降りアシュタロスの遺産を回収すること』である。実際には強奪された鬼械はまだいくつもあるが、実行犯の潜伏先が人界であるとしかわかっていない現状ではモグラ叩き的に表に出てきた遺産を一つ一つ回収していくしかない。
「ふむ」
「なんだい、別に問題はないだろう?」
そんな中、見事遺産回収をしてきたのだから難癖を付けられるようなことはないはずなのだが、ワルキューレはベスパの顔をじっと見つめていた。
「いや、出撃前と帰ってきてからの顔つきが違うと思ってな。何だ、何かあったのか?」
「っ……!」
何か、それは横島との邂逅に他ならない。ドタバタでゆっくり話す時間は少なかったが、確かにベスパの溜め込んでいた陰鬱とした気持ちは多少なりと晴れていた。
と、同時に横島の別れ際の言葉はベスパを赤面させるのに十分な破壊力があった。ベスパ自身も横島の言う内容が仲間だとか友人に向ける好意だというのは理解しているが、それでも言葉にされればやはり気恥ずかしい。
――あたしはあんたのことが憎いけど……嫌いじゃないよ、ヨコシマ――
我知らずに呟いていたのがさらに拍車をかけ、赤面は魔界に戻ってからもなかなか収まらず、ワルキューレに会いに行くまで少しの時間、つまり赤面している顔と動揺している内心を落ち着かせるのに十分な時間が必要だった。
「な、何かって何さ!?」
「いや、その反応だけで十分だ。何かがあったと判断するのにはな」
「~~っ」
その後、現場であったことは全て報告するように、との興味本意なのではないかと勘繰ってしまいそうになる命令に、ベスパは横島と出会ったことを話さざるをえなかった。無論、話の内容までは話さなかったが。
「美神の事務所に依頼が行っていたか」
「ヨコシマに探すの手伝わせたんで簡単に事情は説明したよ。それぐらいかまわないだろう?」
「ああ、あいつならな。しかし、ヨコシマ、だと?」
「な、なんだよ」
「いや、そうかそうか。そういうことか」
「だから何だっての! その全部わかってる、みたいな笑いをやめな!」
ワルキューレの浮かべた笑顔はチェシャ猫笑いでこそないが、ベスパの神経を逆撫でするのには十分だった。ワルキューレにはその意図はないようであるが。
「さておき、これ以上借りを作るのも考え物なんだがな。人界のコネと言えばあいつらしかいないしな」
激昂するベスパを尻目に、ワルキューレは顎に手をやり思考にふける。放っておかれているベスパはイライラを叩きつける対象がなく、仕方なしにその場で立ちつくしていた。
「まあ、仕方あるまい。ベスパ、ゆっくりと休め。別命あるまで待機だ」
「なんだかいやーな感じがするけど」
「気のせいだ」
「……わかったよ」
「ああ」
ベスパが退室し、ワルキューレは端末に表示されている作成中の報告書を脇に寄せ、新たに文書を作成し始めた。
文面を作成しながら、情報士官であり弟であるジークフリードからの連絡を受け、内容修正し加筆していく。
「さて、またぞろキナ臭くなってきたものだな、と」
ワルキューレが作成している書類の名称は『人界におけるGSとの合同捜査』であった。
昔流行った名前と設定だけ借りたオリキャラにならないように、YOKOSHIMAにならないように頑張ってました。
投稿していた分は定期的にあげていこうと思うのでよろしくどうぞ。