本当なら年内に、夏休みに、数年前に投稿するつもりだったんすよ。
いやー、あれがこれでこうなってなかったらなー。
そんなわけで、どうぞ。
東京都童守町。
町を横断する形で流れる河川がある。かつて長雨の時期には荒れ狂っていたが、度重なる治水工事の結果、現在の水流は穏やかである。過去には幾度となく大雨で堤防が決壊していたこともあり、ある程度の年配者にはそう遠くない記憶であった。
また、昨年詳細不明の事故により線路を保持する橋梁が損壊するも何故か氷塊によって補強され死者は出なかったこともある。
そんな川には雨天時に川岸で遊ぶと、流された被災者の悪霊に足を引っ張られ、水底へ引きずり込まれると噂があった。
若者はそれを河川敷で遊ばせないための噂と考えていた。
本当の事とも知らず。
小学校低学年の集団だろうか、子供たちが河川敷で遊んでいる。空は晴れており、水かさも少ない。鬼ごっこや水切り、実に楽しそうに遊んでいた。
だが、急に曇り出し通り雨が降り、大半の子供たちが堤防の上へ登りだしたのだが、一人の少年だけは未だ河川敷で遊びを続けようとしていた。
「おーい、危ないよ。早く上がれよ!」
「何言ってんだよ。まだ帰りのチャイムも鳴ってないじゃんか」
「雨降ってきた時に遊ぶと悪霊に足引っ張られちゃうよ!」
「そんなのウソに決まってるだろ!」
その少年は母子家庭で、母親の帰りはいつも遅かった。だから、友達と遊ぶ時間を長くとっていたかったのだ。通り雨ならすぐに止むだろうし、自分が遊んでいれば友達も帰らないだろう。その間に雨がやめばまだ友達と遊んでいられると思っていたのだ。そして、悪霊なんて怖くないと勇気を示す意図も少しだけあった。
悪霊を信じていなかった少年の膝まで水に浸かっていた足が止まる。ぬかるみにはまったかのように急に動かなくなったのだ。
「あ、あれ? おかしい……うわっ!」
「おい、何やってんだ。早く上がれよ!」
「あ、足が……何かに」
違和感感じた少年は堤防へと向かっていた足を引っ張られ転んでしまう。泳ぎの得意な少年ではあったが膝までしかない水深でも、転んでしまえば溺れるのには十分であった。
「ガボッ、助け……」
「え、ホントに溺れてない?」
「た、大変だ!」
友達が少年を助けようと慌てて河へ下りて行く。そして少年を助けようとして、その姿を見た。
「ひっ」
「こ、こいつ、悪霊!?」
少年が息継ぎをしようと暴れる身体に、靄のようなものがまとわりついていた。近くで見れば、起き上がろうとする少年を押さえつける人の姿に見えた。
『オオォ……クルシィ……イキガデキナイ……』
「ひいぃっ」
「ゴボッ……おか……さん」
その姿を見れば、噂の悪霊であると簡単に予想がついた。だからといって霊能力のない少年らに何ができるわけもなく、恐ろしい姿に怖気づいてしまい、腰を抜かしてしまった。
「誰か……誰か助けて!」
叫ぶことしかできなかった。誰か大人が来てくれることを、以前この街にいたという霊能力教師が来てくれることを願って。もうその人はいないことを知っていてもなお、助けを求めた。
声が聞こえたのかどうか。堤防から駆け下りてくる一人の男がいた。
その男はへたり込む少年らの頭上を飛び越えると、異形の手を振りかざし、なんと悪霊を殴り飛ばした。
「どりゃっ!」
『グオォォ』
男は悪霊から解放された少年を掴み上げると、河川敷にいる友達の元へと連れて行った。
「ほれ、逃げろ」
男は短く少年たちへと告げ、悪霊へと向き直る。少年たちは慌てて堤防へと登る。見下ろせば、悪霊と男が対峙しているところであった。
それからは、まるでアニメを見ているかのようであった。
悪霊が河に潜り姿を消すが、男は慌てることなく異形の手を水に突っ込むと悪霊を引きずり出す。
離れてしまったためよく見えないが、悪霊の頭あたりを掴んだ男は一息で異形の爪を振り下ろし、悪霊を引き裂いた。
恐ろしい叫びを残し、悪霊は雨に溶けるように消えて行った。
「ゲホッ……すげえ」
「うん、すごい」
その後、通報があったのだろうか。消防車や救急車やパトカーが現れ、少年たちは事情聴取や治療のため大人達に囲まれた。
少年を助けた男は「危ないとこで遊ぶなよ」と一言を言い残し、立ち去っていたためいなかった。
信じてもらえないと思いつつ、事実を告げたのだが、予想と違ってすんなりと受け入れられた。どうやら警察には何らかの話が伝わっているらしかった。
助けられたことのお礼も言えず男が消えてしまったからか。それとも非日常な現実を目の当たりにしたからか。
少年たちはつい先ほど起きたことが現実にあったことなのかどうか、自身で体験したことにも関わらず、夢でも見ていたような気持ちになってしまったのだった。
そんなことがあった数日後。童守町の空き地に小学生が二人、退屈そうに柵に寄りかかっていた。
「いったい何だってんだろうな、美樹のやつ。急に呼び出してよ」
「さあ。会ってから話すって言ってたから、何も聞いてないのよね」
髪を短く刈りそろえた活発そうな少年立野広。
長い髪をツーテールにしている、これまた活発そうな少女稲葉郷子。
一年前の春に(数年は同じ年を繰り返したような気もするが)広が転校してきてからの付き合いである二人は、もう一人の友人を待っていた。
彼女は昨夜、二人へ電話をかけて空地へ集合をかけたのだが、当の本人は未だ現れていなかった。
「サッカーの誘い断って来てるんだぜ。早く来いっての」
「私はプール。ま、他に予定がなかったから別にいいけどさ」
待ち合わせの時間から結構な時間が過ぎている。夏の日差しは朝であってもきつい。
それからしばらくして、待ちわびていた友人が現れた。
「お待ったせ~」
広たちの元へとある部分を揺らしながら駆け寄ってきた、カチューシャをした年不相応なスタイルを持つ少女は細川美樹。
呼び出した本人が遅刻しているわけであるが、態度に悪びれた様子はなかった。
「美樹、お前遅刻しといてなんなんだよ」
「そうよ全く。こんな暑い中」
「怒らない怒らない。すっごい情報を持って来たんだから」
美樹はカバンの中から缶ジュースを取り出し、二人へと渡した。たった今買ったばかりなのか缶は冷たい。
「お、おうサンキュ」
「何よ、めずらしいわね」
「ちょっと確認するのに時間かかっちゃったからね。待たせたお詫びよ」
そう言うと美樹はカバンから地図を取り出した。どうやら童守町の地図のようである。
「最近童守町に流れている噂、聞いたことある?」
「噂? いや、聞いた事ねえけど」
「どんなのよ」
「最近、童守町の心霊スポットに悪霊の出てくる頻度が高いらしいのよ」
美樹が示した地図はところどころにマジックで赤丸チェックがされていた。
よく見てみるとチェックされている場所は心霊スポットであり、その中には広たちが以前霊障にあった場所も含まれていた。
「そんなの、前からそうだったじゃない」
「そうなんだけどね。その心霊スポットに、最近とある男の人の姿が確認されてるの。それも何ヶ所で」
「男? なんだ、またイケメン探しかよ」
「違うわよ、バカ」
美樹はさらに細かく地図を示す。チェックされているスポットの幾つかに、別の印が付けられていた。
「その男の人が現れたっていう場所がこの印の辺りなんだけど、どうやらその人悪霊退治をしているみたいなのよ」
「悪霊退治!?」
「うん。その人の現れたスポットでは悪霊が悪さをしていたらしいんだけど、目撃された後はぱったり騒ぎがなくなったって」
「じゃあ、霊能者なんじゃないの? ほら、ヤン・カイルンみたいな」
郷子は以前一騒動巻き起こした、霊符師なる中国人の青年を思い返す。人を苦しめる悪霊退治をするために中国に帰ったのだが、戻ってきたのか、はたまた別の悪霊退治が現れたのか。
しかし、美樹はちっちっち、と指を振り否定する。
「まあ、聞きなさいって。私の集めた情報によると、その男は今週つまり八月になってから姿を現し出したらしいの。目撃情報からすると、身長は175から180センチメートル、黒髪でシャツを着ていた」
「どこにでもいそうな感じだな」
「そして、ここからが重要よ。その男は、除霊に“鬼の手”を使っていた」
「え、“鬼の手”ですって!?」
“鬼の手”というのは童守小学校に通う児童にとって大きな意味を持つ言葉だ。特に昨年五年三組であった広たち三人であるならばなおさらである。
「帰って来てたのか!?」
「でもね、年齢は若い感じとしかわからなかったし、“鬼の手”が右手にあったって話もあるの」
「右手って……それって百物語の時に出てきた偽物?」
「さあ。聞いた人も近くで見たわけじゃなかったし。私の調べた限りでは、あくまで可能性は高いけどってところかしら。なんか、イケメンだったとか大男だったみたいな話もあってよくわかんないのよね」
「ていうか、帰って来たのなら私たちに会いに来てくれないわけないわよね」
「だよな。でも特徴は似てるっちゃ似てるんだよな。どうなってんだよ」
「だからさ、私たちで調べてみない? 最近悪霊の目撃情報があって、なおかつまだその男が現れていないスポットがあるのよ」
ニヒヒとばかりに笑う美樹が指差した場所は、街の外れにある洋館だった。
その昔、外国から引っ越してきた事業家が日本での事業拡大に失敗して家族全員が首をくくったとも、旧華族が押し入り強盗に襲われ一家惨殺されたとも言われている。事の真偽は年月に埋もれ知る者はいない。
再開発の必要性のない立地でもあることから放置され続け、いつのころからか心霊スポットとされ、悪霊が現れたと言われている。
「お、いいね。俺はやるぜ! 正体を突き止めてやる」
「ちょっと、そんなこと言って悪霊が出たらどうするのよ! 私たちだけじゃ退治することなんてできないのよ!?」
「相変わらず郷子はいい子ちゃんね。大丈夫よ、今までだって肝試しに行って無事に帰ってきた人たちはいっぱいいるんだから」
「でも……」
「あら、だったら私と広だけで行こうかしら?」
言って、美樹はこれ見よがしに広の腕に抱きつく。小学生らしからぬ美樹の胸が広の腕を挟みこむ。
「お、おいくっつくなよ」
「ねえ広、郷子は行きたくないんだって。しょうがないから二人っきりで行きましょうよ。悪霊が出たら守ってね」
「こ、こいつは……!」
しばらく悩んだ末、郷子も同行することを決めた。郷子としては相変わらず悪霊の怖さを侮っている友人を止めたいのだが、何事かあった時には二人より三人の方が対応もできるのではないかと思ってのことだった。
だから、広が美樹の色香に迷うことないようにするためではないのである。ないったらないのだ。
「ところで、克也とかまこととかは呼んでいないのか?」
「ああ、あの二人も呼んだんだけどね。克也は愛美ちゃんが熱出しちゃったとかで、まことは家族旅行に行っていて留守だったわ」
不良っぽいところはあるが妹である愛美を大事にし責任感のある木村克也。
子供っぽく臆病であるが優しく友達思いの栗田まこと。
どちらも広たちの親友であり、噂の男が本物ならば一緒に会いたいし、偽物ならば相対するのに心強くもあるのだが。
「いないものはしょうがないでしょ。さ、行きましょ!」
「おう!」
「うーん、不安だなぁ」
元気のよい広と美樹に、郷子は一人ため息をつくのだった。
件の洋館は森の中に建っていた。建造の際何が考えられたのか不明だが、辺りには街灯もなく月明かりのみが光源である。
人気はなく辺りは暗く、森の中から鳥や獣の声が時折聞こえてくる。つまり、肝試しには最適のシチュエーションであった。
「な、なかなか雰囲気のあるところね」
「そ、そりゃ心霊スポットだからな」
「な~にびびってんのよ。さ、行くわよ」
普通肝試しは深夜に行うのだろうが、噂の男が目撃されているのは夕方から夜にかけてであった。目撃する人がいなければ当たり前だが、これは小学生である広たちにとっても好都合であり、三人はそれぞれ一度解散し、懐中電灯など装備を整え、再度集合したのだった。
美樹が先頭切って錆びて開かない門扉を無視し壁を乗り越える。如何にもな雰囲気に呑まれていた広と郷子も慌ててその後を追う。
玄関は、本来は施錠されている上に南京錠がかかっていたのだろうが、すでに壊されていた。おそらく以前に肝試しに来た連中が壊したのだろう。
郷子は自分たちがその連中と同等のことをしていることに気付き、不快感を覚えつつも広と美樹の後をついて行った。
大きな両開き戸をくぐると吹き抜けになったエントランスが広がっている。内部は大きな階段や彫刻された柱など、ドラマやゲームでよく見かける典型的な洋館の形をしていた。
「さて、と。噂の人はまだ来ていないのかしらね」
「っていうかさ、今さら気付いたけど今日その人が来るとは限らないんじゃない?」
「あ、そうだよ。そしたら無駄足じゃんか」
「慌てなさんなって。当たりを付けたって言ったでしょ?」
美樹はカバンから童守町の地図を取り出し広げて見せた。
「法則ってわけじゃないんだけど。最初の目撃情報が駅付近で、だんだん町はずれに向かっているの。んで、そろそろここら辺に現れると踏んでいるの」
「当てになるんだかならないんだかわからないな」
「全く考えなしよりかはマシ、なのかしらね」
「ま、ダメならダメで肝試しやっただけって考えればいいじゃない」
明るく笑う美樹に、広と郷子は呆れため息をついたその時、洋館の二階から物が落ちる音が聞こえた。
「な、何の音!?」
「上に誰かいるのか!?」
「何だ、先に来てたのね。待つ手間が省けたじゃない」
意気込んで音の元へと向かおうとする美樹だが、郷子が慌てて抑えた。
「美樹、いくらなんでも考えなしすぎじゃない!?」
「大丈夫だって。悪霊なら逃げりゃいいんだし、探してる人なら悪霊退治をしてるんだから怖いことないでしょ?」
「そうかもしれないけど、危ないことに変わりはないでしょ」
「まあ待てよ郷子。美樹の言うことにも一理あるぜ。要は危なくなきゃいいんだろ?」
「え? まあ、そうだけど」
「だったらさ」
広の提案により、わざわざ二階へと行かずエントランスで待ち構える体制をとることにした。
二階にいるのが悪霊であれば、こちらから出向けばすぐに逃げることは難しいがエントランスなら容易である。噂の男であれば、除霊をした後に再びエントランスへ訪れるだろうから会うことができるだろう。
どちらに転んでも損はない提案であった。
「広にしてはいい考えじゃない」
「へへへ、だろ?」
「うーん、それだと除霊の現場を見ることができないけど……安全を重視しますか」
三人は玄関と階段から死角になる場所へと身を伏せた。何かがいることがわかったのだからどれほどの時間でも待つ決心を固めていたのだが、決心に反してそれはすぐに現れた。
『ああ……憎い……妬ましい』
美樹の予想も広の提案も当たった。悪霊は現れ、すぐにも逃げられる位置にはいる。だが、郷子の不安もまた的中してしまった。
『なぜ私が……死ななければ』
『死にたくない……死にたくない……』
悪霊は複数いた。現れた悪霊を見てガッツポーズをとっていた美樹だが、さすがに顔を引きつらせ絶句してしまう。
「どうするんだ、美樹」
「どうするって……逃げるわよ」
「でも、逃げられるかしら?」
声を潜めて対策を練る。とはいえ、噂の男がいない以上悪霊と戦う力があるわけでなし、一介の小学生でしかない広たちにはどこかに行ってくれるのを待つか、逃げるしか方法はない。
だが、悪霊が一体であれば不意を突いて逃げることができたかもしれないが、複数ともなると逃げ切れるとは限らない。
「つっても、ここで隠れていてもどうしようもない。隙を見てこっそり逃げるぞ」
「うん」
悪霊を前にすぐに判断、行動ができるのは、霊障に会った経験が多いからか。三人は意を決し、悪霊の様子をうかがう。悪霊たちはいまだ二階の廊下と階段の踊り場をうろうろとしている。
顔を見合わせ、タイミングを計る。そして全ての悪霊が二階へと上って行った時、
「行くぞ」
広の合図に合わせて玄関へと抜き足で向かう。隠れていた場所から玄関までは数十歩。何事もなければ30秒とかからずに辿り着ける距離であるが、こと今となっては果てしなく遠い。
ゆっくりと、息を潜めて確実に玄関へと近づき、しかし郷子が瓦礫を踏み音を立ててしまい、静かな館内に乾いた音が響き渡る。
「ば、ばかっ!」
「ごめん!」
「言ってる場合か、走るぞ!」
聴覚も生前のままであったのか、悪霊たちは不意に騒がしくなったエントランスを二階から見下ろしていた。追いかけてくる様子は見られなかった。
悪霊の考えなどわからないが好都合である。広はいち早く玄関へと辿り着き、体当たり同然に扉を開けた。
「急げ!」
まず広が外へ、美樹が続く。そして最後に郷子が飛び出そうとした時、ひとりでに扉が閉まった。
「ちょ、広! シャレになってないわよ!」
「お、俺だってわかんねえよ。何だよこれ!」
「郷子、郷子!」
広が慌てて扉を開こうとするもビクともしない。押そうとも引こうとも、体当たりをしようとも、何ら変哲もない扉は壁の様にそびえ立っている。
「そ、そんなぁ……広、どうしよう。このままじゃ郷子が」
「わかってるよ! くそっ、郷子!」
二人がかりで扉を開けようと奮闘するが結果は変わらない。とうとう一抱えもある石を持ちだし、扉や取っ手に叩きつける。
だが、ヒビが入り取っ手が脱落してなお、扉が開くことはなかった。
「な、何でだよ……ちくしょう、郷子!」
「そんなぁ。郷子ぉ!」
館外へと逃げようとした郷子の目の前で、無情にも扉が閉まった。無論、先に逃げた広でも美樹でもないことはわかっている。
「え、うそっ!」
超常の力で閉じられた扉は何の力も持たない郷子に開けることはできず、外の広たちとて同様だろう。
「ひっ!」
振り向けば悪霊たちが郷子を取り囲もうとしていた。死者は生者を妬み、嫉み、そして助けてほしいと縋りつく。住処に訪れた少女にもまた同様である。助けてくれる能力があるかないかなど関係ない。
『助けて……たすけ』
『タスケテ……クレナイノ?』
『なら……ナカマに』
霊たちが縋りつく。それは生者を死に引きずり込むのと同じ、死に他ならない。
開かぬ扉に拘ることなく郷子は悪霊の包囲から抜け出そうとしたが、動きは鈍くとも多数の悪霊が囲みに動けば逃げられるわけもない。生者を死者の列に連ねるため悪霊たちは郷子へと襲いかかった。
「あ、いや……いやあっ!」
甘く見ていた、そう認識せざるをえない。広たちは同年代の、いや世間一般の誰よりも霊障に多く会っており、肝試しに登場する悪霊への対応も容易に取れるものと信じていた。
いや、過信していたのだ。悪霊を甘く見ていた。霊能力のない広たちにはどうにもならないとわかっていたのに。
「くそ、誰か助けてくれよ」
「郷子を、助けて」
やはり無理やりにでも止めるべきだったか、今さらそう思ってもすでに遅い。悪霊の恐ろしさは自らが実体験として体感しており、広たちもわかっていたはずなのだ。それでも止めなかったのは、郷子自身も悪霊の恐ろしさを忘れてしまったためか。
「いや……助けて」
助けてくれる人は誰もいない、絶望的な状況。そんな現状で彼らが頼る人はただ一人しかいなかった。
子供を守るため命がけで悪霊と戦う日本で唯一の霊能力教師。
最強の“鬼の手”を左手に宿した、かつて広たち旧童守小学校五年三組の担任教師。
その名は、
「「「ぬ~べ~!!」」」
助けを求めて大声で叫ぶ。九州に転任し、帰って来たという話は聞かない。噂はあるが本人かは分からない。だが、それでも助けを求める相手は鵺野鳴介、ぬ~べ~しかいなかった。
「どいてろっ!」
だから、広と美樹は、ぬ~べ~が来てくれたと思ったのだ。
悪霊たちが郷子へと襲いかかる。無駄とわかりつつ、郷子は防御の体勢をとり、衝撃に備え目を閉じる
だが覚悟した痛みはなく、地獄に引き込まれるような背筋の震えもこない。代わりに破砕音といつか感じたことのある暖かい何かに体を包まれ、宙を飛ぶ感覚があった。
そしてあまりに軽い衝撃に目を開けると、そこには見知らぬ男がいた。
「あ、え? あなた、は……?」
「ケガねえか?」
「は、はい」
「なら、俺があいつら引き付けるから友達んとこまで走れ。んですぐ逃げろ。出来るか?」
「だ、大丈夫です」
「おし、いい返事だ」
郷子は男の腕の中から床に下ろされた。男に抱えられ、悪霊の包囲から抜け出せたのだとは、容易に想像がついた。
一瞬、かつての担任である鵺野が颯爽と登場したのかとも思った。だが体格は似ているようだが、その男はどれほど上に見積もっても二〇歳に届いていないように見えたし、何より特徴的なゲジゲジ眉毛がなかった。
しかし抱えあげられた時の安心感や、今のように頭を撫でてくれる時の笑顔などはどこか鵺野を彷彿とさせた。
だからなのか、もう郷子の心中に悪霊への恐怖はなかった。
「行けっ!」
「はいっ!」
男の声に後押しされ扉へと駆けだした。玄関からは広と美樹が郷子と同様に駆けてきていた。
「郷子、無事か!」
「よかった、生きてたぁ!」
「広、美樹!」
悪霊からの妨害はなく、すぐに合流できた。それはつまり、男に悪霊が殺到しているということ。
郷子が振り向き見ればまさにその状態。だが、右手を異形に変えて男は戦っていた。
「あ、あれって“鬼の手”!?」
間違いなく先程郷子が抱えられた時には生身であった男の右手は光り輝き、爪の生えた篭手のようになっていた。
それはまるで“鬼の手”のように見えた。鵺野が地獄最強の鬼を宿していた左手のように。
「じゃああいつが噂の?」
「さっき、私たちが何しても開かなかった扉も、あの人がぶん殴ったら簡単に開いちゃったし。霊能者なのは間違いないわね」
男は“鬼の手”で悪霊を殴り、切り裂き、手を伸ばして貫いていた。男の戦い方は変幻自在で、瞬く間に悪霊が除霊されていく。
「すごい、あの人……」
鵺野の戦い方とは似ているようで違う。郷子は呆けたようにその様を見ており、広は頬を紅潮させている郷子の顔を見てしまった。
広は以前にもその顔を見ていた。神出鬼没の上級生陽神明、プールに現れた中学生の水泳部員、どちらも頼りになって優しい年上の男性が現れた時だ。
まだあの男とは話してはいないが、颯爽と現れ郷子を助けてくれたことに変わりはない。知らず、嫉妬の感情が沸き起こっていた。
そしてその二人を美樹が面白そうな顔をして見ていた。
男が振るった爪が悪霊の最後の一体を切り裂き、洋館は静寂に包まれた。
男は汗をかいた様子もなく、肩をぐるりと回す。なんとも気楽な様子が、その行為すら、広には霊能力を持たない自分を馬鹿にしているように思えた。
「あ、あの!」
「ん?」
郷子が意を決し、男へと声をかける。改めて見ればどことなく鵺野と似た雰囲気を持つ男だった。軽薄そうで貧乏くさく、女に弱い印象がある。
「なんだ、まだいたんか? 逃げろって言ったのに」
「す、すいません。でも、助けてもらったお礼も言わずに」
「いらんて。んなことより、さっさとお家に帰んな」
「でも、ありがとうございました」
「あー、ま、もう危ないことすんなよ? じゃな」
嬉しそうに男と話す郷子、気に食わない男が大好きな鵺野鳴介と似た雰囲気を持っていると自覚してしまったこと。それらが去りゆく男の背中に暴言を吐きかけてしまった。
「あ、待ってくだ……」
「待てよ、偽物ヤロー!」
「あん?」
振り向く男の顔に怒りは見られない。あるのは戸惑いくらいで、それがまた大人の余裕を見せられているようで腹が立つ。子供の言うことなど、何てことはないとでも言いたいのか。
「ぬ~べ~に似せてるようだけど、騙されやしねえぞ! 何たくらんでやがる!」
「広、あんた命の恩人に向かって何てこと言うの!」
郷子も聞き逃せなかったか、男に食ってかかった広へ怒りを表す。それがまた広の嫉妬を煽ってしまい、泥沼の口げんかへと発展する。
「……ってところかしら。二人の関係性からすると」
「はあ。最近の小学生はませてんのな」
二人が口げんかを始め、ポカンとしていた男に美樹が推測を語る。濃い付き合いをしてきた親友たちであるから、的外れではなかった。
「それで、郷子の淡い憧れの対象になったお兄さんはどうするの?」
「一、二歳下の子ならともかく、小学生に憧れられても別になんとも思わんし。しかしいい性格しとるな、君も」
「おっほっほ、美樹ちゃんは楽しければそれでいいのよ」
「そうかい。んで、そのぬ~べ~っつー先生は、俺に似てるんかい?」
言われて、美樹は改めて男を見る。大体目撃情報通りの外見、霊能力を持っている。しかし、外見よりも何よりも、
「そうね。雰囲気が似てるって感じするわ」
「雰囲気ねえ」
「お金と女に縁がなさそうな」
「大きなお世話じゃ!」
涙目になりながら叫ぶ。こんなところも、自分たちと同じ目線に立ちながらも、導き守ってくれた鵺野によく似ていた。
「まあまあ。ところで、郷子を助けてくれてありがとう。お兄さんのお名前は?」
ドタバタしてしまったが、声をかけた当初の目的である礼を告げる。そして美樹は、噂の男の名を知った。
「俺の名前は横島忠夫ってんだ。まあ、よろしく」
夏のアニメフェスタ
Step by step summer special
GS美神vs地獄先生ぬ~べ~
続
昔の夏休みにはウルトラマンとかゴマちゃんとかいろいろやってましたけど、いつの頃からか無くなりましたね。
当初の想定ではクロスオーバー元はHAUNTEDじゃんくしょんで、横島の同級生が光宮学園に夏期講習に行って〜とかだったんですけど知名度がなさそうで。
うしおととらはラスボスがあれだし。
主人公に共通点の多い地獄先生になりました。
ちなみにまだNEOの影も形もない頃に一通りの流れは考えついていましたが、霊媒師いずなやNEOやらSやらがでたので補正はしました。
グダグダ言ってますが、楽しんでいただければ幸い。
次は翌日午前八時投稿します。