遺産事件に関連してあれこれ起こるお話。
じゃあどうぞ。
八月半ばとなれば夏休み当初の熱狂は納まりを見せ、合同パトロールの忙しさも大分落ち着いてくる。警戒すべき悪霊の大半が祓われたためだ。
お盆はお盆で先祖の霊が返ってきて子孫と喧嘩をするなどという、微笑ましいのだか阿呆らしいのだか判断つきかねる事案があったりもするが、悪霊被害はあまり発生しない。オカルト関係者間で先祖の壁と言われる比較的穏やかな時期が訪れる。
そんな理由もあり、童守町での仕事を終えた横島らはそのまま合同パトロールを抜けることとなった。
現在妙神山で修行中のおキヌは六道女学院の臨海学校がお盆にあり、修行疲れを抜くことを考えると余裕を持って帰ってこなければならない。横島が迎えに行く予定なので、新たな現場に向かえるほど時間に余裕があるわけではなかった。
それを受けて、タイガーは九月のゴーストスイーパー資格試験対策に独自で修行をしたいと離脱。
ピートは特に予定はなかったのだが、今から別の班に合流してまで手が足りない状況ではないと美智恵が判断したことから、たまには顔を見せようとブラドー島に向かうという。
というわけでおキヌらの迎えに行く予定日まで横島は久々に暇であった。
しかしながら受験する級友を遊びに誘うのも気が退け、金がないので一人で遊ぶのもままならず、事務所に行ったところで人工幽霊壱号とボードゲームをしたりピクシーの鈴女と好みの女性談義をするのが関の山。それが悪いわけでは無いがやる気は起きなかった。
なので、リストラされたサラリーマンよろしく公園でボーッとしていた。
通りすがる少女に「ママ、あのお兄ちゃん、またあそこにいるよ」と指さされ、母親に「しっ、見ちゃいけません」とそそくさと距離を取られるのも慣れたものだ。
そうこうしている内にようやく明日、妙神山に向かう日となった。
「……俺ってオカルト関係とか学校がないと本気でやることねーんだな」
さしたる趣味もなく、合同パトロールでバイト代が出たとはいえ基本金もない横島は、とにかく暇を持て余していた。
普段の横島ならばナンパでもするかと発奮するところだろうが、童守町の事件が久々の大事だったためか、燃え尽き症候群のようになっていた、ということはない。大小はあれど、あのくらいの事件は美神除霊事務所に所属していれば日常茶飯事である。
では何故か。自覚はしていないが幸せそうな人間と妖怪のカップルを目の当たりにしたため、おセンチになっていたのである。
自嘲して、気分が鬱々としてくるのを感じても何かしようという気も起きない。
「はーぁ……空から美女でも降ってこねえかな」
周りにビルなど高い建物のない公園で人が降ってきたら大事件だが、現実味のないことをボヤきながらベンチに寄りかかり空を見上げる。
「ん?」
そんな横島の目に、何やら光るものが映った。
その数分前。
東京上空の空間が歪み小さな穴が空いた。穴はすぐに閉じたが、その直前、光が飛び出していた。
『やった、成功よ
『そのようね。苦労した甲斐があったわ』
『ここが人界かー。ずいぶん変わったわね』
『数千年経っているのだもの。けれど、臭いし魔力は薄いし、いい環境とは言えないわ』
『そーね。早くすませて戻りましょう』
光の正体は女が二人。お姉様と呼ばれた卵様の物を持った長髪の女を背に乗せ、全く同じ見た目の女が空を飛んでいた。
艷やかな髪、麗しい
そんな彼女らが優雅に東京を空から一瞥し、向かう方向を選定していると、
『何か来るわ、避けて!』
『えっ、きゃあっ!』
不意に霊波砲が放たれ彼女らを襲った。
姉の叫びに即応し回避した妹のすぐ脇を収束された霊波砲が通り過ぎ、しかし一発では終わらなかった。
連射された霊波砲が妹の軌跡を阻害していく。
『誰かは知らないけれど、いい度胸ね!』
『
『気張りなさい、
『今の体じゃ無理ぃ〜!』
戦闘機のドッグファイトもかくやという素晴らしい回避を見せた妹だが、霊波砲の狙いは確かな上回避先を限定され執拗に追い詰められる。
そして、とうとう避けきれない攻撃が直撃する、かと思われたが
『
姉が霊波砲を細腕で嫋やかに弾き飛ばす。
しかし、その一瞬で襲撃者は距離を詰めており、
『いただいていくぞ』
『しまっ、きゃあっ!』
『
襲撃者は姉を叩き落し、目的を遂げたのだった。
空に走る数条の光を認めた横島が空を見上げていると、不意に光が弾け、何かが飛ばされてきて、
「……あん? んべっ!」
そのまま横島の顔面に落下してきた。
勢いは然程ではなかったが、気が抜けていたところに不意打ちを受けたため横島はベンチから落下した。ちなみに、腑抜けていなかったとしても回避できていたかは疑わしい。横島の人外じみた勘や回避能力は、命の危険がなければ発揮されないのだ。
『いったー、いい度胸ねあんにゃろうめ』
『
『大丈夫よ』
倒れ込む横島の顔面に
よくよく見れば年の頃は二十代中頃の、服装は古臭いというか古代ギリシャ人のようであり、語彙のない横島には美女としか表現できない可憐な乙女らであった。
美女ではあるが如何せんサイズが小さく、人形には呪いのモガちゃん人形や呪いのマネキンなどいい思い出のない横島は対応に困っていた。
『不覚。持っていかれたわ』
『持っていかれたって、あ! 何やってんのよ、もー!』
『権能持ちよ。神族だか魔族だかわからないけれど、あの一瞬でやってくれるわね』
何やら剣呑な会話をしているが横島の顔面の上であり、さらに言えば鼻や唇に尻や太ももの感触が感じられて妙な気分になってきていた。さすがの横島も人形サイズに興奮は難しい、こともないのだが、面倒そうなイメージが先につく。
「なあ、お前ら」
『あら、座り心地の悪いイスと思ったら』
『平たい顔だから気づかなかったわ』
これだけの会話で面倒そうな性格をしているのがわかる。しかも、顔の上から退く素振りもない。
「とりあえず退いてくれ」
『そう言えば、あなた私達が見えるの?』
『それは好都合……だけど、ねえ』
『そーねえ』
「おい。お前らが何考えてるのかわかるぞ」
『どうせならもっとイケメンがよかったわ』
『そーね。甲斐性もなさそう』
「いきなりご挨拶だな人形ども」
『あ、こら!』
『離しなさいスケベ!』
起き上がると同時、いきなり罵ってきた彼女らの足をつまみ上げる。ちらりと見えたがちゃんと履いているようで一安心。人形の下着に興奮するようなことはない。
ないのだが、片方は逆さ吊りで下着が見えないようにスカートを押さえているが、もう片方はスカートが顔を隠さない程度に押さえるだけで堂々と眩い太ももと下着を見せていた。
その様はまさに根っからの支配者。美神とはまた別のタイプで、恥じるものではない、見たければ見ればいい、光栄に思いなさいと、言わんばかり。
威厳に気圧されそうになるというか、すでに横島は本能的に勝てなさそうだと理解していた。
『女の子の扱いがなってないわね』
『縁なさそーだものお姉様』
「いい度胸してんなお前ら。まあいいや。お前ら空飛べるのか? 飛べるなら手を離すけど」
『私は飛べないから肩を貸しなさい。なで肩でも我慢してあげるわ』
『私は飛べるけれど疲れるから頭に乗るわ。振り落とそーとしたら髪抜くわよ』
「……ホントに何様だお前ら」
どのような状況でも尊大にして高慢、しかしながら優雅さと上品さを失わない。どこか上司を思わせる彼女らを肩と頭に乗せ、横島はため息をついた。
『あら、私達を乗せるなんて栄誉を受けておきながら、ため息なんてつくはずないわよね』
『深呼吸するほど緊張しなくてもいいのよ』
「あー、んで、お前らはなんなわけ?」
もはやつっこむのも面倒になり、投げやりに尋ねる。その言葉は衝撃的なものだった
『私はステンノ』
『私はエウリュアレ』
「ステンノにエウリュアレ、な。日本人にはちょいと発音しづらい名前だ」
『大したことのない顔なのだから、せめて口をうまくしないと一生独り身よ?』
『求めるほーが酷なのはわかっているけれどね』
「へいへい。とりあえず、落ち着いて話ができるところに行くぞ」
のだが、横島には彼女らの知識がなかったので適当に流したのだった。
横島がステンノを肩に、エウリュアレを頭に乗せたまま超常犯罪課に到着したところ、右に左の大騒ぎであった。
「ありゃ? いつもはこんなに人いないし、落ち着いた時期のはずなんだけどな」
『騒がしいところねえ。女の子をこんなムードのないところに連れ込むなんて、しょうのない子』
『見たまま、縁がなかったのかしら』
「お前らって困ってんじゃねえのかよ。何でそんな態度取れるんだ?」
『女はいつでもどこでも優雅に麗しくよ』
「男は何だよ」
『いつでもどこでも跪いて恭しくしてなさいな』
「何様だ、ホントにもう」
言葉も態度も傲慢極まりなく、しかしながらその様は実に似つかわしい。そう振る舞うのが当然なのだと思わせる言動も、人形サイズであっても納得である。
しみじみと通常サイズでなくてよかったと横島は思う。
何せ、肩に腰掛けるステンノは頬に寄りかかるし、頭に寝そべるエウリュアレは髪の毛をクリクリと手慰みにいじっていた。
人形サイズだから暴走せずにすんでいるとホッとすると共に、是非とも等身大のお付き合いをお願いしたいところであった。
勝手知ったると右往左往している職員たちを尻目に、奥の事務室へ向かう。アポイントを取る習慣がない横島だが、目的の人物は在所していたようである。
「ちわーっす。お忙しいところスンマセン」
「三河屋かね、キミは」
「横島クン。せっかく来てくれたところ申し訳ないけど、ちょっと取り込んでるのよ」
超常犯罪課の外部顧問にして雇い主の母美神美智恵と、勤務員の西条輝彦。
いずれも日本最高峰の霊能力者であるのだが、あからさまに不審にして不遜なステンノらに気づいている様子はない。
「何か厄介事ッスか?」
「ええ。そうね、横島クンにもお願いするかもしれないけれど、明日から妙神山だったかしら?」
「そうッスね。日帰りなんで帰ってきてからなら多分。あ、でもすぐに六道の臨海学校なんで絶対に行きたいんですけど。何事です?」
「盗難事件だよ。しかも、同時多発のね」
「盗難事件? そりゃ俺よりシロやタマモの方が向いてるかな」
「一つだけお願い。事務所に行って盗まれたものがないか確認してくれないかしら」
「事務所って、
正確には自宅兼警備員だが、警備体制はバッチリと言いかけたところで、かつてワルキューレに記憶改ざんされたり、暗殺者に侵入されたりと、そういえば結構色々あったなと思い起こす横島であった。
「盗まれたのは美術館に展示されていた切り裂きジャックのカミソリ、伊能家に仕える九能市家が所有する霊刀ヒトキリマル。そして警視庁の特殊保管庫に証拠品として保管されていた妖刀シメサバ丸」
「どれも令子ちゃんがというより、君が関係している刃物ばかりだよ」
「うげっ」
今挙げられた刃物は、横島を操ったり斬ろうとしたものばかりである。そして、うち一本のシメサバ丸の破片は、美神除霊事務所にておキヌが普段使いしている包丁であった。
「だからドタバタしてるんスね」
「霊的には除霊されているから斬れ味のいい刃物ってだけなのだけれどもね。伊能家のところに行った警察官は九能市家の人が切腹するのを止めるのに手間取ったそうよ。ところで今日はどうしたの?」
「ボランティアなら鋭意受け付けているよ」
横島より格段に霊感に優れているはずの二人が気づかないはずがないと思うのだが、二人の視線にはステンノもエウリュアレも映っている様子はない。
『私達が高位すぎて見えてないのね』
「あー、毎度の傲慢発言じゃなくて、マジのやつか」
『
美智恵らは独り言を話す横島に怪訝な顔を向けたが、瞬きをした瞬間に現れた少女らに目を見開いた。
「忙しいとこ申し訳ないんスけど、こっちも面倒事で」
「よ、横島クン。いくら女性にもてないからと言って、そっちに走ったのか」
「てめえ、わかってて言ってやがんな、西条」
「あなたたちは……既に契約を解消された神族の方と見受けますが」
『ピント合ってるかしら? 声も聞こえていて?』
「え、ええ。大丈夫です」
『よろしい。あなたたち人界の捜査機関でいいのよね。アシュタロスの鬼械を回収する任務についている』
『
「それは、我々の一存では……そもそも、御二方はどのような関係です?」
『あら、
「……おそらく、ステンノ様にエウリュアレ様でしょうか」
「何だお前ら有名人なのか。ってか、メドーサの知り合いか?」
『本来なら目通りも敵わないような存在よ。崇め奉っても構わないわ』
「人形サイズに言われてもなぁ」
西条や美智恵からすれば敬うべき相手に対し、旧知の間柄のように対する横島。
横島は面接で長所を装うのとは違って、言葉通り誰とでも仲良くできる。それも彼の持ち味といえばその通りなのだが、無知は恐ろしいとも思える。
ステンノやエウリュアレに頬や髪の毛を引っ張られている横島を見て、二人はため息をついた。
ステンノとエウリュアレの名前を知る者は学者かよほどの神話マニアか、オカルトを専門とするゴーストスイーパーくらいだろう。もしくは、将来配信される神霊・英雄を召喚し戦うゲームのユーザーか。
ギリシャ神話のゴルゴン三姉妹の長姉と次女として登場するが、特に目立った逸話は知られていない。
両親姉妹ともに神族であったが、怪物に姿を変えられたことを機に魔族へと転じている。
神魔人界含め現在では主流派から外れており、すでに地球から去っているといわれている。
現在では呼び出すともなれば大型魔法陣を描かなくてはならず、呼び出せたとしても電波の受信状態の悪い通信のように姿もぼやけて見えず会話も成り立たないほどで、簡単に言ってしまえば遠い存在である。
「人狼族の守護女神みたいなもんか」
「シロちゃんと出会ったときに令子がアルテミス神を召喚したのだったかしら。彼女らは同じくギリシャ神話に属する方々よ」
「こいつら、あんなぼやけちゃないっスけど」
『こっちで活動するために圧縮してるのよ。それくらいわかりなさいな』
『私たちの偉大さがわかったのなら口調を改めるくらいしなさいよね』
「へいへい」
姉妹が横島の頬と頭を突くも、もはや抵抗する気がないのでされるがままにしている。
「そもそも名前を聞いて気づかないものかね」
「いや、聞いたことねえもんよ。それに、このちんまいのが神様だとか思わねえって」
「令子は実践ばかりで教養はしていなかったようね」
「自身で勉強しなかった横島クンの素養に問題がある気もしますが」
形式上横島の師匠は美神となっているが、扱う案件で関わった神魔妖怪の解説を受けるくらいで、特に座学も修行も受けてはいないのが実状である。
『女性にちんまいとか言っちゃうのはこの口かしら?』
『それとも、私達が美しすぎて心にもないことを言ってしまうお子ちゃまなの?』
「ええい、唇に触るな! 頭を撫でるな! 仕草がエロくても人形サイズじゃ嬉しかない!」
クスクスと笑う二人に翻弄される横島がさすがに抵抗する。いちいち仕草が蠱惑的なのでたちが悪い。
モノノケの類に好かれやすい性質の横島であるが、彼女らの行動がそのせいなのか、彼女ら自身の性格なのか。からかいの対象として気に入られているようではある。
ともあれ、
「で、結局こいつらとメドーサって姉妹なんすか? メドーサって中華系の竜神族だった気がするんすけど」
『そのメドーサは知らないけれど、メデューサは私達の妹よ』
「……つまり、どゆこと?」
ギリシャ神話に登場するメデューサは蛇髪金翼石化の邪眼を持つ蛇の魔物である。
そして、横島が知るメドーサは元竜神族にして魔族の元オバハンからコギャル(?)になり、ごく最近ではキマイラと化し胸から上しかなくなったメドーサしか記憶になかった。
『そのメドーサというのは、私達の異母妹のメデューサが転生した存在なのよ』
「転生? 神族とか魔族って、死んでも元の存在になるんじゃなかったでしたっけ」
「それはアシュタロスのような強力な力や階級をもった存在だけよ」
「神話では、女神アテナの祝福を受けたペルセウスに首を切られて殺されている。不死であるお二人と違って死んでいるんだ」
『蛇は死と再生の象徴だしね。いらない要素植えられたから、転生した時に別の神話圏の竜神になってしまったのよ』
「ふーん。なら、なんで迎えに来たんだ。別人、別神? なんだろ」
『妹だもの。お姉ちゃんは助けるわよ。――』
最後に耳元で漏らすように呟いたステンノの言葉は、横島にしか聞こえずその表情も伺えなかった。
『ま、そんなわけだから、その特務隊とかいうところと連絡取ってくれる? ネゴシエーションは勝手にやるから』
『
「お前ら、刑事ドラマとか見てんのか?」
すでに現世から距離を取っているとは思えないほど俗っぽい言い回しである。
「我々に是非を判断する権限はありません。連絡はしますが、あまり期待はなさらないでください」
『数年くらい誤差よ』
人間とは時間間隔が違いすぎる台詞に横島ですら飽きれるやら感心するやらである。
そうして、美智恵が所持していた通信鬼を起動したのだが、応答はなかった。
「いつもなら数コールで応答があるのだけれど」
「ですね。あっちでも何かトラブルがあったのでは?」
『ならもう行っても構わないかしら。あなた達と知り合ったから手順を踏もうと思ったけれど』
『待たされるの嫌いよ』
「ついさっき数年くらい誤差とか言ってなかったか?」
『待つのはいいけど、待たされるのは嫌なの』
「そうだろうな、お前らなら」
鷹揚に構えていたかと思えば結局尊大であり、この短期間でらしいなと思えるほどには理解してしまった横島である。
しばらく呼出しを続けたところ、ようやっと接続された。
『ザザッ……遅くなってすまないな。こちらワルキューレだ』
「美神です。何かあったのかしら。こちらでは判断つきかねることがあったので連絡したのだけれど」
『ああ。現在我々は任務を解かれ待機中だ』
「任務を解かれた!? 何があったの!?」
『……不甲斐ないが、基地に侵入され拘束していたメドーサを奪還された。我々の手引きがあったと疑いをかけられ、指示あるまで待機を命じられている』
どうやら、同時多発窃盗事件は刃物だけではなかったようであった。
「なんでお前がいてそんなことになってんだ?」
『む、その声は横島か。この連絡はお前絡みか?』
「空から降ってきた美女がメドーサの姉だとかで会わせろとか言ってんだ」
『何を言って……いや、そうか。美智恵、そこにいるのはステンノ様とエウリュアレ様か?』
「ええ。重要参考人の身内で引き渡し要求とのことです」
『ならばこれも全て敵の手の内か……』
そう言って押し黙ってしまったワルキューレに変わり、通信に出たのはベスパであった。
『もしもし、ヨコシマかい』
「ベスパか。お前ら無事なのか?」
『拘束されているわけじゃないし、ワクチン接種もされているよ』
「そっか、よかった」
『まったく、あんたは気にし過ぎなんだよ』
「そりゃするだろ。で、どういうことなんだよ」
『どうもこうもないさ。さっきワルキューレが言ったとおりさ。警報が鳴ってメドーサのところに行ったらもぬけの殻。上に報告したら待機してろ、何もするなの一点張り』
「なんだよそりゃ。捜査もするなってか」
『通信鬼も使うなって指示だったけど、急にあんたらと話せとかでさっき返されたとこさ』
わけがわからない、としか言いようの無い処分である。
そしてまた、通信相手がワルキューレへと変わる。
『ベスパ、変われ。ステンノ様、エウリュアレ様。このような形で失礼します。魔界第二軍所属ワルキューレ大尉であります。二、三お伺いしてよろしいでしょうか』
『構わないわよ』
『ありがとうございます。お二方の来訪目的と方法についてです。また、その際に何かトラブルはありませんでしたか』
『へー、もー予測ついてるのね』
『多分、あなたの思ったとおりよ。目的は私たちの保管していたメデューサの霊基と、あなた達が拘束しているメドーサの霊基を合成させること。メデューサを復活させたいのよ』
そういえばそうなるのか、と横島は初めて気づく。わざわざ人界に迎えに来て、霊基のまま持ち帰るだけのはずがなかった。
動揺し身体を揺らしてしまうが、髪を引っ張られ持ち直す辺りすでに調教済みである。
『人界に来た
あっけらかんと言うエウリュアレに、頬を引きつらせる。ワルキューレから協力要請を受けた際に横島が思いついた、委員会に裏切者がいるという予測が現実味を帯びてきた。
『で、トラブルだけど。ここに来る前に襲われて、メデューサの霊基は奪われてしまったわ』
「って大変じゃねえか! なんでそんなノンビリしてんだよ」
『慌てたってどうしようもないでしょう。とりあえずメドーサの霊基を確保しようと思ったのだけど、うまくいかないものね』
と肩をすくめるステンノに焦っている様子は見られない。内心はわからないが、おそらくは本心で気にしていないのだろう。
誰に手を出したか
『霊基を所持していたのはステンノ様で?』
『そうよ』
『……相手は権能持ちではないかと予想しますが』
『多分そーじゃない?
『だから、か。くっ』
「あの、けんのう、って何スか」
ワルキューレの悩まし気な声に会話に空白ができたことから、横島は声を潜めて美智恵に問いかける。
「権能っていうのは、神魔族が持つエピソードを由来とする特殊能力、みたいなものかしらね」
「何ちゃらの神とか、そういう?」
「ええ。菅原道真公の死後落雷があったことから雷の神となり、鎮めるために学問の神として祀られた。それが由縁で道真公は雷や学問に関する能力を持っている。それが権能よ」
かつて美神の前世を調査するため、ヒャクメが平安時代へ横島もろとも時間移動したことがある。紆余曲折あって魔族の菅原道真やアシュタロスから時間移動して逃走しようとしたが、横島やヒャクメと逸れてしまい、神族の菅原道真から『雷』の文珠を与えられ平安時代に舞い戻っている。
「同じように、盗みに関する権能を持った神魔族もいるのさ」
西条が指折り数えようとしたその時、通信が乱れ、ワルキューレでもベスパでもない別人の声に切り替わる。
『こちらは冥軍監査室である。我々から伝えるより明確と判断し通信を許可した。現時点を以って特務隊の任務を無期限停止とする。再開は未定であるが、早期に別部隊の派遣を検討中である。人界の諸君の奮闘を期待する』
無機質に決定事項だけを伝え、謎の人物による通信は途切れた。突いても叩いても通信鬼は動かない。
ワルキューレら特務隊の無事は確認できたが、これ以降もそうだとは限らない。
「今の話でワルキューレたちが任務を解かれる理由になるんスか?」
「少なくとも、冥界上層部はそう判断したようね」
「……わっけわかんねえ! 勝手なこと言いやがっぶっ!」
怒号する横島の口をステンノが無理やり閉じる。音からして舌を思い切り噛んだようだ。
『大きな声出さないの。優雅さにかけるわ』
「いでで、いや優雅さとか別にいらんけど」
『落ち着きなさいって言ってるのよ。肉ごといくわよ』
「わかった、落ち着く」
エウリュアレが横島の髪を五本ほどまとめて抜く素振りをして、横島は口をつぐんだ。彼女の性格からしてやるといったらやるし、何なら無言でやる。
気を取り直すように西条が咳払いを一つ。
「おそらくは盗みに関する権能を持った神魔族、つまりは目星をつけた犯人がワルキューレたちと関連するのが問題なんだろう」
「例えば、ギリシャ神話なら盗賊の神でもあるヘルメス、天界の火を盗んだプロメテウス」
『そいつらじゃないわね。権能を使えるような状態で人界に来れるとは思えないもの』
『それに私たちを襲ったのは見たことない奴だったし』
「ギリシャ神話の神族ならお前らと同郷か。ワルキューレたちと関係があるとは思えねえスけど」
「ええ。問題はここから」
「ですね」
美智恵は頬に手を当てため息をつき、西条も頭を抱える。
「魔族の中で有名なのはウォレファル、ライム、サックスは盗人に加護を与えるとされているわ。他にも逆の立場だけれどアンドロマリウスは盗人を処罰すると知られている」
「北欧神話ではトリックスターのロキ。詐術で様々な武器道具を作らせたり、蝿に変身して侵入し首輪を盗んだりしている」
「そこまでアタリがついてるなら、確保するなり動向監視なりすればいいスよね」
ここまで言ってわからないのかと、娘が帰国したならば弟子の育成について話し合わねばなるまいと決心を固めた美智恵が口を開く。
「ウォレファル、ライム、サックス、アンドロマリウスはソロモン七十二柱、つまりアシュタロスと同じく役職持ちの魔族。そして、ロキはワルキューレとジークフリートの所属する北欧神話の上級魔族」
「つながりがあったのでは、命令があったのではと疑おうと思えばできてしまう関係性なんだよ」
「強引じゃないッスか。なんか、目についた簡単な答えに飛びついたみたいな」
「だから、待機命令ですんでいるのではないかしら。もっと濃厚な容疑や今までの功績がなければ即帰還を命じられたり、さもなくば臭いものにはフタ、だったり」
犯罪者の身内なり関係者が捜査員にいれば、捜査から外すだろう。それでも参加を希望したベスパには監視ウイルスが投与されているので、裏切っているなどと本気で思っているわけではあるまい。
しかし、拠点に侵入されて気づかなかったり重要参考人を奪還されたりと、通常考えづらい失態や先手を打たれ続きと、よろしくない状況証拠が積み重なっている。
「納得いかねえ」
「誰もがそう思っているわよ。多分、最後に通信に出た冥軍監査室とやらも」
「ワルキューレも言っていただろう? 敵の手の内と。わかりやすすぎて判断つきかねているのさ」
『集団に属しているデメリットよね。柵が多いというのは』
『
『そうね。もうここにいる必要もないかしら。欲しい情報は手に入ったし』
言って、宙に浮いたエウリュアレの背にステンノがヒラリと乗る。
「おい、妹の捜索に役立つ情報なんてあったかよ」
『これ以上ここにいても進展ないのはわかったわよ。待たされるのは嫌なのよ』
『とりあえず片っ端から飛び回って探すわ。あまり
『それじゃね、横島だったかしら。名前覚えてあげたわ、感謝なさい』
『バイバーイ』
そして、美智恵と西条の視界から二人が消える。先の言葉通りならピントをずらしたのだろう。
しかし、横島の目にはいまだ映っていた。何故かはわからないまま、飛び去ろうとする二人を見送ろうとし、
「横島クン、確保!」
「は、はいっ!」
『うきゃぁ!』
『むぎゅっ!』
美智恵の言葉にとっさに反応し、二人を鷲掴みしていた。
後が怖い掴み方をしてしまったと思いつつ、そーっと手を開くと、どこか覚えのある目でジロリと睨まれた。まるで
『……ま、今のはそっちの女の命令だったので許してあげるわ』
『
『エウリュアレ、あんたは黙ってなさい』
ステンノは横島の手のひらに立ち、ピントを合わせてジロリと美智恵に視線を向ける。
『で、どういうことかしら。返答によっては覚悟なさいよ』
「申し訳ありません、緊急事態でしたので。ですが、今しばらくお待ち下さい」
『何でよ。ここにいる意味ってもーないわよ』
「先程ステンノ様がおっしゃっていた、集団に属するデメリットを上回るメリットを提示します。当てなく探し回るより数段効率的です」
横島が向けられたら腹を見せて全面降伏する視線を受け、美智恵はニコリと笑ってのけたのだった。
「対象地域嫁姑島、超広域見鬼くん全機霊視開始」
「残留霊気確認」
「恐山壱号機、感なし」
「高野山弐号機、感なし」
「比叡山参号機、感なし」
「都庁肆号機、魔力確認!」
「精密見鬼くんにパターン記録、精査開始」
「……来ました。該当魔力所持者、隠蔽されており確認できず」
「南南東に進行、途切れました」
「再検索……確認、再追跡」
それから、美智恵は連続盗難事件の捜査でてんやわんやしている職員を数名呼出し、パソコンを使用させた。デスクに口元を隠して黙然と座り、後方に西条が待機している様は悪の組織の首領の様であった。
ステンノとエウリュアレは美智恵の提案に乗ることにしたのか、若干引きながら様子を見ている横島と共に見守っている。
そして、待つこと数分、
「報告します。当該隠蔽魔力の軌跡、及び潜伏場所特定しました。詳細はこちらに」
「ご苦労様でした。今回の捜査について口外を禁じます。それでは元の捜査に戻ってください」
「はっ!」
職員がプリントアウトした紙を美智恵に提出、文句の一つも言わず、敬礼して退出していく。
まるで対テロ対策の洋画のワンシーンを見ているかのようであった。もしくは怪獣退治の特撮映画。
『数と技術ね。確かに組織に所属していないとできないわね』
『ちょっとワクワクしたわ』
「今回は早期解決しなくてはならない特殊案件ですので、ちょっと強権行使しました」
「本来なら職員達は遺産に関わらせてはいけませんからね」
「にしたって、あの人ら従順すぎてちと恐かったぞ」
「人徳よ」
畏怖ではなかろうかと横島は思った。
さておき、美智恵は渡された紙をホワイトボードに貼り付けていく。
「魔力の軌跡を見るに、嫁姑島に侵入しメドーサの霊基を盗み逃走、その足でステンノ様たちを襲い、メデューサの霊基を奪い逃げていったようね」
「んな大層なこと一人でやったんスね」
「どうかな。ところどころ魔力が途切れて、逃走方向が変わっている。リレー式に複数で行ったのかも」
「確認された魔力も隠蔽されているから質まで同じかわからないし、その可能性も捨てきれないわ」
『大胆なのに姑息ね』
『
呆れたようなステンノと苛立ち紛れにエウリュアレが横島の髪の毛を引っ張るが、何を言っても無駄だと横島は無反応である。
「そして、逃げた先は……これはまた」
「ここまでされると、追跡されていると承知の上での挑発な気がしますね」
「そこ何かあんのか」
軌跡は都市圏から外れた山の中で途切れている。仕事でもシロとの散歩でも行ったことない山で、近くに卍マークがあるので横島の知識では寺があるのだろうとしかわからなかった。
だが、美智恵と西条は心当たりがあるようだ。
「ここは白竜会のあった場所。つまり、雪之丞クンや勘九郎クンが修行していたお寺よ」
それはつまりメドーサが人界侵略の一つとして利用した土地であり、
何か引っかかった気がしたが、思い出せなかったので放っておく。
「確か、魔族に関わったからGS協会から外されたんじゃなかったっけ」
「団体としては元が付くけど、寺はまだあるんだ。騒動後門下生が何人か残留していたらしい」
『そこらへんはどーでもいいわ。そこに
『ええ。それじゃ行くわよ』
「待てってお前ら」
『うきゃぁ!』
『むぎゅっ!』
早々に結論づけて飛び去ろうとしたステンノとエウリュアレを、横島は再度確保する。
『……今度はあなたの意思よね。覚悟はいいのかしら』
「待て待て。お前らだけで行ってどうにかできんのかよ」
『どーにかするわよ。だってあなた
関係ないといえばない。事はステンノとエウリュアレ、メデューサの姉妹のことであるし、奪われたのは彼女らだ。
あるといえばある。遺産事件の犯人が絡んでいるのはほぼ確定しているし、美神除霊事務所が受けた依頼を遂行するのは所員である横島の仕事といえる。
だが何より、人形サイズとはいえ困っている美女を放っておくことを横島はよしとしない。それが例え強大な敵が待ち受けているのだとしても、
「いや、まあ、行った先にアシュタロスみたいのがいたとしたら逃げるだろうけどさ」
逃げるかもしれないが、知り合った美女が困っているなら何とかしてやって、お礼にあれやこれやを望むことは間違ってはいないはずなのだ。
『それに、あなた予定があるのではなかったかしら』
『大事な
「いや、それもそうなんだけど」
確かに明日おキヌたちを妙神山まで迎えに行き、一日休養して、翌日には六道女学院の臨海学校である。これは外す訳にはいかない大事な、大切な、最重要事項である。
色々と横島が行かない、行けない理由が出てくるが、全てしかし、と反論が湧いてくる。
ここにいたり、美智恵と西条は横島がステンノとエウリュアレの手助けをしたいと望んでいることに気づく。
だがそれは、美女の危機に〜だの、お礼にどーにかこーにかだのではない。
ただ、単純に横島はステンノとエウリュアレを心配しているのだ。
力になってやりたいのに、日本でも有数のGSに成長したにも関わらず従来のヘタレ具合が顔を見せている。
横島はステンノからあなたも来なさい、エウリュアレから行くわよとでも言われれば付いていくだろうに、肝心の二人が言ってくれないので踏ん切れないでいた。
美神のような意地っ張りとは少し違うが、関わる理由を探している。師弟は似てくるものなのかと、美智恵は苦笑し、西条は苦虫を噛んだ。
「あーもー! 普段傍若無人なくせにこんな時に気を使うなっつうの」
『失礼ね。暴虐美人と言いなさい』
『そーよ。
「いや、そうじゃなくて。一つ聞かせてくれ。霊基が足りなくて他所から持ってきても、よく似た別人になるだけだって聞いたことがある」
『何よ急に』
『それがどーかした?』
「メドーサとメデューサの霊基を取り返して合成してもお前らの妹じゃないんだろ。それでも行くのか」
『当たり前でしょ。
「お前たちのことを覚えてなくてもか」
『……聞こえていたのね。そうよ、どんな形でも生きているあの子とまた会えるなら。姉として、例え
横島自身、自身の子として産まれてくることでしかルシオラとの再会は望めない。他の選択肢は自身で破棄している。
童守町といい今回といい、横島の琴線に触れる事件が連発している。まるで何者かが横島を事件に関わらせようとしているかのようでさえある。
そしてとうとう、横島は腹を括った。
「わかった。俺が手を貸す」
『ふぅん。大切な用事を放ってまで私たちの魅力にやられちゃったのかしら?』
『いー心掛けだけど、ご褒美をあげられるかわからないわよ』
「うまいこと解決できたらほっぺにちゅーでもしてくれ」
『ふふ。私たちのキスは高いわよ』
『あなたの
「釣りが出るほどやってやるよ」
にっと笑い、横島が姉妹を持ち上げればすでに勝手知ったるとばかりに定位置に座る。
「行くのね、横島クン」
「はい。すんませんけど、妙神山に連絡取ってもらえません? あと、美神さんに仕事放棄したことのフォローとか」
「直通の電話あるけど、連絡する? 私がしてもいいわよ」
「それなら俺がします。で、フォローお願いしますよ、ホントに」
「あっちの部屋の電話使って。受話器取ればすぐつながるから」
「わかりました。ってか、わざとやってません!? マジでお願いしますよ!」
楽しそうな笑みとともにどうしようかしらなどと宣う美智恵に、横島は本気で懇願するのであった。
ギャルゲとかそういうので姉妹とか双子とか、一粒で二度美味しいみたいに思ってたことありますが、当人からすれば姉妹双子という括りでしか見られないのは失礼な話でして。
とはいうもののお得感は拭えず。同時攻略できるならするでしょ?
むかーしのゲームで妹メイン姉サブキャラで攻略できないこともあったりしました。サブキャラのほうが魅力的だったりする。
そんなことはともかく、小説だと差異がなければ誰が話してるのかわかりづらい。姉妹双子とか、絵がないから話し方で区別しなくてはならない。
そんな語尾使わねーよなキャラもいるでしょうが、アニメキャラの特徴的な話し方は区別するためなのです。
なのでなんじゃこりゃと思ってもそういうものと思ってください。別にギャルっぽさとか頭悪そうにしたかったとかそういうことはありませぬ。
というわけで事件の始まり。
うちの横島は山にばかり行ってます。
じゃあまた。