GS横島 Step by step   作:カシム0

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覚えてくれている方がいてくれて嬉しい限り。
これからもよろしくどうぞ。



第二話 勘違いしてたんスよ

 

 

 

 

 

 

 

 氷室キヌの場合

 がんばるだけじゃ駄目なんだ

 

 

 

 おキヌと横島だけで一緒に仕事をする頻度は、そう多くはない。

 美神が言うには、預かっている子を半人前に任せるわけにはいかない、とのことではあるが、それだけが真実ではないことをおキヌは知っている。おキヌが怪我をした場合に横島に責任が行かないようにしているのである。もっとも、横島自身は美神の言い分を信じているし、美神の真意もまだ他にもあるのだが。

 だが、その日は他のメンバーの依頼の関係もあり、おキヌと横島のペアで除霊現場に向かっていた。

 ビル内に集まった悪霊を除霊する。言ってしまえば簡単な依頼であった。

 

 

 

 

 

 依頼は高層ビルの最上階に悪霊が現れたのでどうにかして欲しい、というもの。

 おキヌと横島はエレベーターで最上階から五階下の階まで上がる。出た瞬間に襲われることや、エレベーターの中に悪霊が入ってくるといった、狭い空間での戦いになってしまう可能性を避けるためだ。

 降りた階はオフィスになっていたが、退去命令が出ているため夕方にもかかわらず人はいない。おキヌと横島は顔を見合わせ階段を登る。

 周囲に気を配りながら歩く。おキヌの霊を感知する感覚は彼女自身が幽霊だったこともあり鋭い。横島は自身の感覚の鈍さを知っているので、いつでも反応できるよう立ち位置を考えながら歩いていた。

 最上階へ辿り着き、悪霊が怨嗟の叫びを発しながら浮遊しているのを確認し、おキヌはネクロマンサーの笛を口に当てる。おキヌの除霊方法はネクロマンサーの笛を使い、悪霊と交感し成仏してもらうというものである。三百年間幽霊をやっていた経験があるので強力ではあるが、笛を吹く間無防備になってしまう欠点がある。

 横島が背負っていた荷物を降ろし縄でできた簡易結界をおキヌの周りに張る。横島の割り当てはおキヌがネクロマンサーの笛を吹いている間、周囲をガードすることだ。

 

「行くよ、おキヌちゃん。フォローよろしく!」

「はい、横島さん!」

 

 かん高い音がオフィス内に響き渡る。

 ネクロマンサーの笛の音は霊体と使用者を接続する。使用者が霊への想いを込めて吹けば、霊は共感し、癒されて自分の死を受け入れ成仏していく。しかし、自意識を保っていられないほど摩耗した霊体へは気持ちが伝わらないこともある。

 笛の音に気付いた霊群がおキヌの元へ殺到する。脅えず、怯まず、笛を吹き続けるおキヌの前に立ちふさがる護衛が一人。

 

「美少女巫女さんに萌える気持ちはわからんでもないが、観客が舞台に上がるんじゃねえよっと!」

 

 横島が手に<サイキック・ソーサー>を展開して投げつける。さらに、

 

「もういっちょ、行ったれ!!」

 

 投擲したものとは別に、横島はさらに<サイキック・ソーサー>を展開し投擲する。展開することすら一苦労だった頃に比べれば随分安定したものである。

 二枚のソーサーが宙を舞い、悪霊を貫いていく。<サイキック・ソーサー>は撃ったらそれきりの霊波砲とは違い、タメが必要であるが使用者がコントロールできる利点がある。横島も霊能に目覚めた当初とは違い、自在に操れるようになっていた。

 一枚目のソーサーと二枚目のソーサーの射線が交錯する。

 

「新技<遠隔サイキック猫だまし>!」

 

 <サイキック・ソーサー>同士が衝突し、激しい閃光と破裂音が発生する。のみならず、弾けたソーサーのエネルギーで数体の霊が祓われた。

 ネクロマンシーと横島の技で数を減らしたものの、まだ残っている悪霊達が二人へ吶喊する。横島は<栄光の手>を発動させ、手甲部分から伸ばした霊波刀で立ち向かう。

 霊波刀を振るう横島の後方で笛を吹き続けるおキヌ。笛の音による成仏はさせられなくとも霊圧放射で霊群の動きを鈍らせることができ、横島への援護にもなっている。

 数分の後に、集まっていた悪霊の姿はもういなくなっていた。

 周囲を見渡す。悪霊が暴れ回っていただけあって、荒れ果てたとまではいかずとも数日おキヌが留守にしていた事務所ほどには散らかっていた。

 

「これで依頼終了ですね、横島さん」

 

 目に見える悪霊がいなくなり、安心したのかおキヌは笛をしまい簡易結界から足を踏み出す。しかし、横島は怪訝な顔で周囲を見渡していた。

 

「横島さん?」

「んーっ! おキヌちゃん!」

「え、きゃあっ!?」

「ぶっ!?」

 

 急に、横島がおキヌに飛びかかる。

 横島は少々というか、かなりとても大変煩悩に素直であるが、おキヌに対しては常々、おキヌちゃんに手を出したら悪者じゃないか、と何もすることはなかった。

 おキヌも横島には友人以上の好意を寄せてはいるが、あまりにも急であったため反射的に頬を張っていた。それでも横島はおキヌを抱きかかえる。

 もうちょっと雰囲気のあるところで、とか私に魅力を感じてくれたのかな、とかおキヌが考えたのは混乱のため頭が沸いていたということにしておこう。

 横島はおキヌを俗に言うお姫様抱っこをして飛び退く。その刹那、おキヌのいた場所の直上が崩れる。

 

「きゃああっ!!」

「おおっ、おキヌちゃんのやーらかいのがぁっ!」

 

 驚愕におキヌは横島に抱きつき、横島は視界をおキヌに塞がれながらも何やら叫びながら安全地帯まで運ぶ。

 振り向き見れば、舞い上がる粉塵の中に人型を保ち、恨みを呟く一体の悪霊が立っていた。

 

「ま、まだいたんですね……ごめんなさい横島さん、ぶっちゃって」

「いや、それはいいから、おキヌちゃん離れて。理性が飛びそう」

「え……きゃあっごめんなさい!」

 

 くぐもった声におキヌが見下ろせば、自らの胸に横島の顔を押しつけている状況。抱きかかえられている体勢で抱きつけばそうなるというものである。頬を赤面させているおキヌを下ろした横島は<栄光の手>を構える。おキヌも頬をはたきネクロマンサーの笛を取り出す。

 

「じゃ、じゃあ、行きます」

「よろしく。往生せいやーっ!」

 

 おキヌの霊圧放射の援護を受け、一足で横島は悪霊の懐へ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 今回の霊障の原因は、依頼人の前に赴任していた支社長からリストラされ、心臓発作で死亡したサラリーマンが霊群を引き連れてお礼参りにきたことだった。霊圧を隠すという高等技術も窓際に追いやられて影が薄かったためとかなんとか。信じがたい話ではあるが、当人が言うのだからそうなのだろう。

 常人には対応できない悪霊であるが、仮にもGSである横島と優れたネクロマンサーであるおキヌである。不意打ちでさえなければ霊波刀の一撃で事足りる。依頼終了の挨拶をしての帰所途中、油断により危うい状況を招き落ち込んでいたおキヌに気付いたのか、横島が声をかける。

 

「おキヌちゃん、落ち込んでる?」

「……はい」

「そっか」

「私、まだまだ未熟ですけど、なんとか足手纏いにならないようにってがんばってたつもりでした。でも、やっぱりダメですね」

 

 より暗い雰囲気を醸し出すおキヌに、横島はどう言ったものかと頭をかく。

 

「そんなことはないよ」

「どうしてですか? 私のせいで横島さんまで危ない目にあわせちゃって」

「フォローは当然するって。俺なんか、今まで色んな人に助けられてきたし、上手くいったら助けることができた。今回みたいな悪霊の集団って、中心になる一体がよくいるだろ? いなかったのかなって回り見ていたら、たまたま天井にひびが入るのが見えたってだけ。おキヌちゃんに怪我が無くて良かったとは思うけど、おキヌちゃんのせいだなんて思わないよ」

 

 横島の言葉にうつむいていた顔を上げるおキヌだが、顔色は晴れない。

 

「それに、がんばってることがダメなんてことない。なんつーか、努力が絶対に報われるなんてことないけど、がんばるって心構えは必要だし、えーっと……」

 

 次第にしどろもどろになっていく横島。元々彼は人を諭すなんて器用なことができるタイプではなく、説教はよくされていたが人にするなど考えたこともない。言葉にできない自分の語彙のなさをジェスチャーで補足するかのように、手で何かを表現しようとしていた。

 

「あー、とにかく! ただがんばるだけじゃだめなんだ。どうにもならないときが来たときに、少しでもなんとかできるように色んなことをがんばって、どうすればいいか悩むんだ。そうしないと自分しかどうにか出来ないとき、後悔することになっちゃうから」

 

 ついにはおキヌの肩に手をやり、勢いで乗り切った。言いたいこと、思ったことの半分も伝えられないと嘆く横島だが、当のおキヌは横島の実体験からの言葉に気付いていた。

 

(横島さんはあの時のことを言ってるんだ)

 

 “大霊障”決着の時、横島が悩みつつもとった行動は結果的に世界を救った。ルシオラの命と引き換えにして。

 おキヌは横島の一番身近な異性であるという自負があった。幽霊時代から何かと世話を焼き、親族や雇い主よりも身近な同年代の異性として理解していると思っていたのだが、“大霊障”以降、自分らしさを演じているようにしか見えない横島の行動に、自分はどうするべきなのかわからなかった。

 

(でも、もう横島さんは吹っ切って……ううん、上手く表現できないけど、立ち直っている?)

 

 かつてはど素人で霊能力のかけらも見せず、戦闘ではいの一番に逃げ出そうとしていた。無論、情けないところは今でもあるのだが、今では強大な敵に立ち向かい、そして自分自身に向かいあうことが出来ている。どちらもおキヌにはまだ出来ないことである。

 

「……はい、私、考えます。いっぱい考えて、悩んで」

(そしてあなたのように強くなれるように、がんばります)

 

 混乱は収まらなかったが、なんとかそれだけの返事をすることができた。

 

「うう、上手く言えなくてごめんなぁ」

「そ、そんなこと無いですよ」

 

 横島に何があったのかおキヌにはわからないが、あえて言うなれば本当の自分らしさを取り戻した、であろうか。

 横島の復調は喜ばしいが、しかしおキヌは自身の力の足りなさを改めて思い知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロとタマモの場合

 心配なんだよ

 

 

 

 美神除霊事務所の居候であり、被保護者ならぬ被保護妖怪である人狼族のシロと金毛白面九尾の狐の転生体であるタマモは、基本的に暇である。

 二人は学校に行ってはいないし、保護されている身としては勝手に出歩くわけにはいかない、ということになっている。もっとも、シロは横島のもとを訪れては散歩をねだり、タマモは見識を深めるために街を歩いたりしているが。

 そんな二人は反発しつつも抜群のコンビネーションという仲である。気分屋のタマモがたまにはシロの散歩に付き合おうかな、と考えることもある。

 シロが横島の部屋を訪れるのは早朝で、かつ彼女には常識がなかった。よって横島の部屋に鍵がかかっており、インターホンもないとなれば、大声で呼ぶのはある意味必然であった。

 近所迷惑と睡眠妨害と玄関破壊未遂で懲りた横島は、それ以来寝るときに鍵をかけないようにしている。盗まれて困るような物もないのだからいいか、とのことである。不用心極まりない。

 シロよりは常識を持ち合わせていたタマモは、シロが勝手にドアを開けて訪問したことに驚き、横島がそれを当たり前のことと受け止めていることに驚いた。もしや、この二人ただならぬ関係なのでは、と一瞬考えたが、妖孤の嗅覚を持ってしても感じられないし、どうしてもそのような関係になれる二人ではないとすぐに思い至る。

 

「よお、おはようタマモ。今日はお前も来たんか」

「おはよ、ヨコシマ。たまにはね」

「ささ、先生! 散歩に行くでござるよ!」

「わーったから、外で待っとれ。朝の男の着替えなんて女の子が見るもんじゃねえよ」

 

 お手伝いするでござると申し出たシロの首根っこを掴み、タマモは部屋を出た。何をするでござるかとわめくシロを見て、やはりありえないなと思う。

 待つこと数分、上下ジャージに着替えた横島がアクビをかきながら現れた。

 

「お待たせ。ううー、まださみいな」

「散歩を始めればすぐ暖かくなるでござるよ!」

「漢字を考えろ。走るのは散歩じゃねえ」

 

 ぶつくさ言いながらもシロのわがままに付き合う辺り、面倒見はいいのだろうが押しに弱すぎるのではなかろうか。

 ともあれ、横島が自転車にまたがり、シロが自転車にくくりつけてある紐を手に持って散歩の準備完了。

 

「では、先生との久々の散歩でござるーっ!」

「いつも言ってることだけどよ、もうちょっと周りの風景を楽しむ心のゆとりをだなーっ!」

 

 シロのトップギアへの変速はあっという間で、横島の悲鳴が遠ざかっていった。タマモはドップラー効果という現象を学んだ。

 

「なるほどね。これのどこが散歩なんだか」

 

 ため息一つつき、タマモは走り出した。もはや二人の姿は見えないが、狐の追跡能力を持ってすれば十分追いつける。

 今日は休日。横島の出勤が昼頃ということを考えれば、シロがどこまで遠くに行くのかわかったものではない。

 

 

 

 

 

 結論から言って、散歩は都境の山の中腹で終わった。さらに言えば、横島の体感では約一時間のノンストップジェットコースターであった。いや、これに比べればジェットコースターなど、所詮レールの上を走るだけだから起伏が穏やかである。

 自身は全く漕いでおらず、自転車にしがみついていただけであるのに横島はぐったりと天を仰いでいた。

 

「あー、こないだっからこんなんばっかや。もー、遊園地の絶叫マシーンなんて怖くねえぞ」

「あ、いたいた」

 

 横島の視界にタマモが現れた。どこぞの学校の制服ような服装にローファーと、運動には向かない格好であるのに少し汗を掻いているだけというのもまた、タマモが普通ではないことを示しており、横島は羨んだ。

 

「あれ、シロは?」

「川で魚取ってる。ちょうどいいや、タマモ火頼む」

 

 周辺から集めたのだろう、横島の指す先には薪が積んであった。時間としても朝食にするにはちょうど良かった。

 

「狐火使えっての?」

「ちょっとぐらいいいやんか。木をこするのはめんどいし、文珠をこんなことに使いたかないしな」

「こんなことで文珠使ったら本気で美神さんに殺されるわよ」

 

 文句を言いながらも、タマモが手を一振りすれば薪に火が灯る。

 待つことしばし、シロが魚を両手に現れた。横島が待ってましたとばかり、拾った枝で串刺しにして火であぶり、はらわたごと食いちぎる。横島はよく遭難してサバイバルをするし、シロは自然と共に寝起きする人狼族である。こういった食事は慣れっこであった。

 しかし、そうでないのがタマモである。転生前は宮廷で傅かれ当時としては最上級の生活をしており、今ではおキヌによる手の込んだ食事を毎食食べている。元は野生とはいえ今では言ってしまえばお嬢様、味付けも何もしていない焼いただけの内臓の処理もしていない魚にかぶりつくのに抵抗ができてしまった。

 

「ん、タマモ食べないのか? ならくれ」

「ふん。上品ぶった女狐め。野生の心を忘れたでござるか」

 

 常日頃、口げんかとなればシロを飼い慣らされた犬、と称していたタマモである。シロにその気がなくとも、飼い慣らされているのはどっちだ、とタマモは言われているような気がした。

 

「ば、馬鹿にすんじゃないわよ。こんなものっ」

 

 物欲しそうな顔で見る横島と、呆れたような顔で見るシロへの対抗意識から、タマモは魚にかぶりついた。何のかんのと言って、タマモもまだまだ子供なのである。

 

「ん、む。結構美味しい」

「素材の味を十分に生かした食事だろ?」

「まんまでござるが」

 

 シロが取ってきた大量の魚は瞬く間に三人の腹へと消えていった。

 食後、腹ごなしに修行をつけてくれと言いだしたシロに、文句を言いながらも応じる横島。タマモからすると、これは少々意外だった。横島という男は修行などと言う言葉からはほど遠い印象である。

 

「ふっ、甘いぞタマモ。この横島、楽をするためには努力を惜しまんのだ」

 

 考えるだけでなく実際言葉にしていたタマモの言葉に、横島は渋さの足りないニヒルな笑みを浮かべる。小首をかしげるタマモをよそに、横島は<栄光の手>を発動する。

 

「さあシロ、今回も俺が一撃を当てれば次回の散歩は来週だ!」

「応でござる! 今度こそ拙者が五分凌ぎきれば明日から毎朝散歩でござる!」

 

 馬鹿さ加減にタマモはため息をついた。横島はただ散歩を断ればいいだけだし、シロは一撃を当てるという条件の曖昧さに気付いていない。なるほど、似たもの同士というわけである。

 

「おりゃあっ!」

「甘いでござる!」

 

 横島の飛び込みざまの斬撃をシロは簡単に捌く。続く攻撃にシロは霊波刀でかわし、そらす。横島は霊波刀だけでなく時折蹴りなども含めているが、シロは鉄壁の防御でこれを凌ぐ。

 

「ま、そうよね。いくら横島が腕の立つGSだって、人間と人狼族の能力はかけ離れてるし。あれ、でも毎朝散歩してないってことは横島が前に勝ったってこと?」

「<サイキック・ソーサー>!」

「なんのっ!」

 

 近距離での攻略を諦めたのか、横島が飛び退きながら<サイキック・ソーサー>を放つ。しかし、シロは体さばきのみでかわす。動きが完全に見切られていた。

 

「残り三ぷーん」

「ええい、こうなりゃ前と同じの行くぞっ!」

「望むところでござる!」

「伸びろっ」

 

 タマモのタイムリミットを告げる声に、横島のかけ声と同時、振りかぶった<栄光の手>が伸びる。直線的な攻撃ではまぐれでも当たることもないだろうとのタマモの感想は覆される。

 

「<栄光の指>!」

 

 さらに、貫手の形で伸びていた霊波が横島の手の根本から五本に分かれる。おそらくは閉じていた指を開きそれぞれの指に霊波を纏わせたのだろうが、器用すぎる横島の技に驚きを通り越して呆れるタマモだった。

 

「その手はもうくわんでござるよ」

 

 五本の細い霊波刀が不規則無軌道に降りそそぐ中、シロは霊波刀で冷静に捌いていた。一本の霊波刀でも防げるのに出力が弱くなった五本の霊波刀では防御を抜くことは出来ず、シロの動体視力をくぐり抜けることも出来ないようだ。

 

「あと三〇びょ~う」

「先生っ! 今日は拙者の勝ちでござるな!」

 

 嬉しそうに笑うシロに、横島は笑みを返す。

 

「シロ、勝負は最後までわからないんだぜ」

 

 横島が掲げていたのは右手。そして今度は左手を構え、

 

「<栄光の指>っ!」

「なぁっ!?」

 

 左手からも五本の霊波刀を展開した。突然倍になった霊波刀にシロは面食らう。

 さらに横島は両手首を合わせて指を開き、シロの全方位を十本の霊波刀で取り囲む。横島はにやりと笑い手を閉じた。ほぼ同時に襲い来る霊波刀は、片手でしか霊波刀を展開できないシロには回避不能である。上下左右前方と塞がれ、シロは唯一空いている後方へ全力でバックステップ。

 半ば賭であったが、横島の攻撃はシロに触れることなく、一本の霊波刀へ収束した。

 

「五、四、三」

「かわしきった、拙者の勝ちでっ!?」

 

 タマモの秒読みも最終段階、仮に出力が倍になったとしても横島の太刀筋ならばシロは防ぎきる自信があった。防ぎきったと勝利の宣言を叫ぼうとしたシロは後頭部に衝撃を感じ、意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

 後頭部の痛みとひんやりとした心地よさ、何か暖かいものに身体を埋めている感触にシロは目を覚ました。とはいえ、意識が朦朧としているためすぐに行動に移すことは出来そうにない。

 

「ヨコシマ、ずいぶんとがんばったじゃない」

「狼とか狐と違って、人間には牙も爪もないからな。狩りをするときは武器と罠を張るもんだ」

 

 聞こえてきたのは相棒と敬愛する師匠の声。そこでシロは、自分が精霊石のネックレスを外され後頭部に濡れたタオルを置かれていることに、そしてあぐらを掻いた横島の足に寝ころんでいることに気付いた。

 

「随分上手くいったとは思うけどな」

「シロが猪突猛進だからでしょ。端から見てれば、外れた<サイキック・ソーサー>が後ろで留まってるのなんかすぐにわかるけど」

「こいつ、全力で突っ込んだもんなぁ」

 

 タマモの言葉でシロは全てを理解した。<サイキック・ソーサー>の投擲からが全て一撃への布石だったのだと。回避されることを前提とした<サイキック・ソーサー>の投擲、<栄光の指>の発動宣言とこちらの行動の操作、そして最後の両手同時展開。

 見事策にはまったわけだが、シロは悔しいと思う前に横島がいつの間に修練を積んだのかの方に興味を持った。

 霊波刀の使い手に二刀流の者はシロの知識の中には存在しない。人狼の里では一刀流が主流で二刀流の使い手はいなかった。いったいどのような訓練を積めば可能なのかと、続く言葉を待つ。

 

「<栄光の手>って両手でもできたのね」

「英語で言うなら<ハンズ・オブ・グローリー>、複数形だろ。言うても俺だって昨夜、そういや明日はシロとの散歩だなー、なんか奥の手用意しておくかーって、試したらできたんだ。やろうと思えば<栄光の足>もできるんじゃねえかな」

「……確かに霊能にはできるって思い込みは必要だけど、真面目に修行してる人が聞いたら怒りそうな理由よね」

「あ、できた」

「……ホントにできてるし」

 

 そんなに拙者と散歩は嫌でござるか、と起きるタイミングをなくしてしまったシロが、横島の足の上で静かに泣いた。

 

「そんなにシロとの散歩っていやなの?」

「うんにゃ。散歩する分には構わないんだけど、今日みたいのが続くと洒落にならんわい」

「日が空くから一気に散歩しようとするんじゃないの?」

「……はっ、そうか! だったら毎朝した方が、いや、それでも休日には確実に遠出するな。あ、勢いはもっとましになるか?」

 

 ぶつぶつ呟く横島、本気で考え込んでいるようだ。

 タマモはシロが起きて会話を聞いていたことに気付きつつも、別にいいかと放置していた。まさか泣き出してしまうとは思わなかったが。

 普段からけなし合っている仲だが、それでも泣かせたいなどと思ってはいないので、フォローをいれてみる。

 

「だったらさ、もうちょっと構ってあげたら? 霊波刀のバリエーションを教えてあげるとか」

 

 タマモの言葉に、シロは耳をぴくつかせる。心中でよく言った、でかした、と喝采を挙げたが、横島の返事は望むものではなかった。

 

「いや、それはシロのためにならねえよ」

「む、どうしてよ」

 

 息を呑む。横島の言葉は、聞きようによっては師弟関係の放棄につながりかねない。しかし、背を撫でる師の手は優しく温かかった。

 

「俺のやり方は勝ってなんぼだ。武士道重視のシロには合わねえよ。横道にそれないでまっとうな剣術を学んだ方がシロのためになる」

「じゃあ何でシロの師匠やってるのよ。あんたにそのまっとうな剣術を教えられるとは思えないけど」

「ああ、無理だ。最初は霊波刀の作り方を教えたけど、あのころからシロは俺より強かったしな。俺が教えられるのは経験だけだよ」

「経験?」

「俺がシロに勝ってるもんがあるとしたらそれだけだからな。世の中には色んな手を使ってくる奴がいるぞってのを教えてやろうと思ってさ」

 

 正邪相打てば邪が勝つとはよく言われる。そもそも正統への対抗手段として邪剣が生まれたのだ。しかし、正攻法とは何に対しても有効であるからこそ正である。

 

「俺は思いつく限りの汚い手をシロに使ってやる。俺に勝てるようになれば、そんじょそこらの汚い手を使う奴には負けんだろ」

「妙な自信ね」

「美神さん直伝だしな。あの人に勝てる奴なんて、それこそそこらにはいないだろうけど」

「あー、納得できるわね、それ。でさ、シロは成長できてるの?」

「勝って得るものも負けから得るものもあるだろ、多分」

「なによ多分て」

「俺は人を教えるのに向いてないんだって。最初の師匠には基本しか教われなかったし、他には死にたくなければ潜在能力を目覚めさせろっつー一発勝負のデッドオアアライブ修行しか経験ねえんだ」

 

 と言ったところで、思い出したのか震え出す横島。冷や汗まで掻いている。

 

「とにかく、シロは考え無しで突っ込むところがあるから、心配なんだよ」

 

 できるかぎりのことはしてやりたいしな、とシロの背を撫でる。その様はいつもタマモが揶揄するペットを慈しむ飼い主のようにしか見えなかったが、からかう気にはなれなかった。

 

「だけどな、次の散歩は来週だぞ、シロ」

「……くぅ~ん(気付いておられたでござるか)」

「膝の上でしっぽ振って、狸寝入りに気付かないと思うか?」

 

 シロはタマモから精霊石のネックレスをかけてもらうと、横島に抱きつき押し倒した。

 

「狸じゃないもん!」

「どわっ、ちょ、やめ、外はいやーっ!」

「せんせ~、拙者は嬉しいでござるよ! 先生が拙者のことをそんなに考えてくれていたとは!」

 

 半ば暴走状態に陥っているシロは、アイスを舐め尽くすかのごとくの勢いで横島を舐め倒した。

 恍惚とした顔のシロと、実はそれほど嫌がってはいない横島の緩んだ顔を見て、タマモは少しいらついた。理由はわからないが、わかったらそれはそれで嫌な感じになりそうだったのでおいておき、ちょっと二人に対して嫌がらせをしてみたくなった。

 

「ヨコシマ、今度は私とやってみない?」

「あ?」

「何を言うか、タマモ! 先生は拙者の師匠でござるぞ」

「はいはい、とりゃしないわよ」

 

 詰め寄るシロをなだめ、横島に目を向ける。タマモの急な提案にどう答えようか迷っているようだった。

 

「何よ、シロは心配して私は心配じゃないの?」

「いや、そういうわけじゃねえけど、俺とやってお前にいいことがあるんか?」

「私だって少しは身体動かした方がいいかなって思っただけよ。狐火最大出力でもあんたなら死なないでしょうし」

「人を化け物扱いするな!」

「あんたとシロにはいい経験になるでしょ。それに、私が勝ったらこれから一週間、お昼はきつねうどん。十分なメリットよ」

「お前は俺の貧困を知ってそういうこと言うのか!」

 

 吠える横島だが、タマモは馬耳東風とばかりである。文句を言ったところでタマモは意見を変えないだろうと半ば諦めた横島だった。相手が誰であろうと押しには弱い男である。

 

「ったく、それでお前が勝ったら一週間きつねうどんで、俺が勝ったら?」

「そうね、シロと同じで休みの日だけきつねうどんでいいわ」

「まあそれなら……って俺にメリットねえじゃねえか!」

「ちっ、気付いたか」

「気付かねえわけねえだろうが!」

「じゃあお昼に付き合ってくれるのでいいわよ、ケチね」

「先生、バシッと女狐に言ってやってくだされ! 俺の弟子はシロだけだと!」

 

 それぞれがバラバラに言いたいことを言い合っていれば収拾がつかなくなるのはわかりきったことである。

 何とか収拾がついたのは、急いで帰らないと仕事の時間に間に合わないギリギリになってからであった。さすがに横島も土だらけ汗まみれのジャージ姿で仕事に出るわけにはいかない。アパートに戻り、身体を洗い、着替える必要があった。

 横島は泣く泣く、もう一度シロの散歩に付き合うしか手がなかったのである。

 山に男の悲鳴が響き渡る。近くのサービスエリアでは怪奇現象としてGSに相談しようかとの話が出ていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美神令子の場合

 俺だっていつまでも

 

 

 

 美神事務所総出の依頼は、“大霊障”以後霊の動きが鈍くなっていたこともあり、ほとんどない。強力な霊が現れる、多くの霊が暴れている、など規模の大きい霊障が起きなくなっているのだ。

 しかし、思い出したかのように発生することがあり、そうなると依頼人達は依頼料が破格であっても、有名かつ優秀と評判の美神除霊事務所に縋るのだった。

 都内某所のビジネス街の一角、大通りから一本脇道に入った通り沿いにそのビルはあった。今回の依頼現場である。

 

「不況の煽りからテナントは軒並み撤退し、オーナーが破産。今度我が社が支店を出すのにこのビルを買い取ったのですがね、内装の確認中に悪霊に襲われたのですよ」

 

 今回の依頼人は某大手企業のプロジェクトチーム代表者である中川という男性である。年の頃四十代の脂ののった働き盛りであるが、その表情は沈鬱に彩られていた。

 

「オカルトとは無関係な人生を歩んできたのですがね、寄りによって昇進のかかったこの大事なときに」

「人生そんなものですよ。犬に咬まれたものと思うほかありませんわ」

 

 中川の思いはどこ吹く風と、気楽な返事を返す美神令子であった。

 

「でもまー、お金さえ払えばもう心配いらないんですから、ご安心くださいな」

「ふふ、こちらの納得のいく成果をお願いしますよ」

 

 聞きようによっては無礼にも思える美神のセリフに、中川は渋い笑みを残して去っていった。余裕のある大人の態度、と言っていい。それに対してこちらと言えば、

 

「ったく、横島クン! なんであんたはいきなり依頼人を呪おうとするのっ!」

「堪忍やーっ、仕方なかったんやーっ!」

 

 頭から血を、目からは涙をだくだくと流す横島忠夫。中川を見たとたんに

 

『チクショーッ、なんだかとってもドチクショーッ!!』

 

 と、どこにしまっていたのか、懐から藁人形と木槌と杭までも取り出し、電柱に打ち付けようとした寸前で美神の神通棍の一撃を受けて地に沈んだ。それを見て、顔を引きつらせた中川だが、仕事の説明になると気を取り直していた。ビジネスマンの鏡である。

 

「だってあのオッサン、親父と同じ臭いがしたんスよ! 絶対あのオッサンは仕事が終わった後美神さんを食事に誘うに決まってる! だったら年上と金に弱い美神さんはそれについてってしまうんや! あかん、美神さんの乳、尻、太ももは俺んだーっ!」

「私の身体は私のだ!」

 

 叫びながら美神に詰め寄った馬鹿への追撃の一撃はとうとう神通鞭になり、横島は表現しづらい音を発し、電柱に抱きついていた。上下逆さまに。

 

「ったく、人を中年好きみたいに言って」

「ま、まーまー、美神さん。あんまりやりすぎるといくら横島さんだって怪我しちゃいますよ」

「おキヌちゃん、本気で言ってる?」

「え、えーと……」

 

 止めに入ったおキヌと共に横島の方を見れば、すでに血は止まり身を起こしていた。渾身の一撃を、あー痛かったの一言ですます姿にもう一発くらいいっておこうかと思う美神だった。

 

 

 

 

 

 シロと横島を先頭にビルへ入る。続いて美神、その後ろにおキヌとタマモが続く。美神除霊事務所全員で仕事をする場合の態勢とはこのようになる。

 シロは前衛しかできずおキヌも後衛しかできない。タマモも人外の身体能力はあるにしろ、幻術や狐火といった能力からすれば後衛向きである。美神は道具さえあれば、横島は自らの能力のみでどちらでもこなすことができるが、中盤に位置し戦局のコントロールをすることができるのは、現段階では美神だけである。

 そんなわけで、一行はエントランスに入るなり現れた悪霊を祓いつつ、周囲の警戒をしながら屋上へ向かっていた。

 

「しかし、何も変哲もない建物なのに、気持ちの悪い霊気が漂っているでござるな。原因は何なのでござるか、美神殿?」

 

 依頼人と会うときに、シロとタマモは後方に控えるようにしている。理由は簡単、人外であるからだ。

 日常的にオカルトに接しているGSと違い、一般人は悪霊と浮遊霊の区別は付かないし、騒霊騒動のある現場に人外である二人がいればそれだけで厄介ごとが増えかねない。無用な摩擦は避けるに限る。

 さておき、美神はシロに答えようと億劫そうに口を開くが、横島に向き直った。

 

 

「横島クン、あんた教えたげなさい」

「うぇっ、俺っスか!?」

「あんたシロの師匠でしょ、あんたのせいで仕事の前に疲れちゃったんだから責任とんなさい」

「だったらば不肖横島、疲れを取るためにマッサージ、な、ど、いえ、なんでもないです」

 

 殺すという意志を視線に乗せた美神に、横島はメロン大の何かを握るかのような手つきを中止した。

 

「えーとだな、図面とか今まで見た限りではこのビルの構造にはオカルト的におかしいところは見当たらない。となると、時期から考えて倒産したからなんだろうな」

「倒産すると、このような状況になるのでござるか?」

「絶対そうなるってわけじゃない。例えば借金苦に自殺したオーナーが『ここは俺のビルだーっ』なんて暴れたのもあった。でも、今回はそういうのじゃない」

「オーナー殿は生きておられると聞いたでござる」

「そう。で、人が集まる所って霊的に乱れるものなんだ。人の色んな思惑が飛び交うビジネス街なんて特にな。このビルは倒産したから急に人がいなくなって乱れがない空白地帯になったから、バランスが崩れて、一緒に悪霊も集まってきたんだ、ろうな」

 

 説明の最後の方で自信なさげに声が小さくなり、美神の様子をうかがう横島。不十分でたどたどしい説明だが、これまでの経験を生かせていると判断するには十分な内容ではあった。美神は多少機嫌を直したが表情は変わらず、しかし横島はつっこみがないことから概ねはあっているのだとほっとしていた。

 

「だったらそこらへんの浮遊霊だって呼び寄せるんじゃないの?」

「んー、俺も魔鈴さんの料理で霊的な空白を経験したことあるけど、悪霊が集まってきたな。おキヌちゃんもそうだったよね」

「私が生き返った直後のことですか? 肉体と霊体にズレがあったときの」

「うん、人間の肉体目当てなんだろうな。じゃあ今回はっつーと……」

 

 後方からのタマモの問いに答えられない横島を見て美神が助け船を出そうとしたのだが、横島は廊下の端々に落ちているものに目を向けた。

 

「多分、あれが原因じゃーないかと思う」

「あれって、タバコ?」

「空き缶もいっぱい落ちていますね」

「酒の類でござるな」

 

 横島が見ていたのはタバコの吸い殻とアルコール類の空き缶である。首をかしげるおキヌ、シロ、タマモ。

 

「ここ、元は商業ビルなんだからこんなに汚いわけないだろ。汚くしたりすると悪いものが寄ってくるっていうし、いわゆる不良がここに入り込んでたむろしてたんじゃないか」

「へー、一応免許持ちってことかしら?」

「美神さんにくっついて色んな現場いったからな、俺だっていつまでも受け売りばっかじゃないんだぜ。あってるかはわからんけど」

 

 横島はまたもや自信なさげに美神を見るが、その表情は変わらず不機嫌である。駄目だったかと嘆く横島であるが、美神は単に驚いていただけだった。

 ニュートラルな状態だった乱れに負の想念を持つ少年達がいたため、悪霊を呼び寄せる苗床となってしまったのではないか。横島の推測は美神のそれとほぼ一致していた。もっとも、横島の説明は穴があるし、美神だったらもっと上手く説明できるだろう。それでも、概ねの所は合っているのだ。

 そのことに驚く反面、美神の不機嫌は復活していた。

 

「え、えーと美神さん?」

「……先を急ぐわ」

「へ?」

「さっさとしなさい、前衛がもたもたしてたらいつまでたっても終わらないわよ」

「は、はいっ!」

 

 正解とも間違いとも言わない美神に横島が声をかけるも、柳眉の角度が変化していくのを目の当たりにした横島は前進を再開した。経験上、横島は知っているのだ。今の美神に逆らってはいけないことを。

 

 

 

 

 

 後ろから美神の不機嫌な霊圧を浴びて横島とシロが怯えつつも、悪霊を祓いながら順調に進みビルの屋上に到達。依頼はけが人を出すことなく、不測の事態が起きることもなく、異常なく終了した。規模が大きいとはいえ美神除霊事務所全員で掛かれば過剰戦力であり、不測の事態が起きる余地などなかった。

 だと言うのに美神の不機嫌さは収まる様子がなかった。

 

「ねえ、おキヌちゃん。俺、なんか悪いことしたんかな?」

「いえ、そんなことはなかったと思いますけど」

「拙者も同感でござる。むしろ、いつもより良い連携をとれていたかと」

「じゃあ、どさくさまぎれにセクハラしたとか?」

「いや、そのチャンスはなかった」

「あったら、してたんですか?」

「あー、いや、うん、何でもないです。っつーか、そういうことしたらその場でしばかれて後に引かないんだけどな」

「確信犯なの?」

「確信犯でござるな」

「冗談だから。お願いだからそんな目で見ないで」

 

 美神の後方で四人が寄り集まって何やら話し込んでいた。

 美神の不機嫌は、言うまでもなく横島である。

 シロとの見事なコンビネーションをみせる。かと思えば、後衛を狙いに向かう悪霊の足を止めさせ、美神や後衛組に動きやすい状況を造る。撃破数はさほどでもないが、アシストを加えればMVPと言える活躍ぶりである。

 自身は目立たず、しかし要所は押さえる厄介な存在。かつて敵対した魔族は、最も無能そうなドタバタしているイメージしかない横島に何度も煮え湯を飲まされたことにずいぶんと腹を立てていたようだ。

 もともと、横島とはそういう男だったのだ。霊能に目覚めてから戦闘に参加するようになったが、メインで戦うのは美神であることが多かった。しかし、美神を勝利へと導くのは、横島の場を引っかき回すサポートの効果が大きかったことも確か。

 広い視野を持って行動できているし、まだまだ心許ないが知識だってそこそこにある。精彩のなかった最近に比べれば、霊能の師匠であり雇い主なのだから喜ぶべきなのだろう。だが、以前横島と戦って敗北した時といい、今回といい、

 

(なんであんたは私の知らないところでばかり何かがあるのよ!)

 

 と、不機嫌に思ってしまうのだ。生来の意地っ張りは簡単には治らない。

 依頼終了の報告を待っていた中川のもとへ着くまでにも、美神の機嫌が晴れることはなかった。

 

「やあ、お待ちしておりましたよ。首尾はどうです?」

「お待たせしました。巣くっていた悪霊は全て祓い、お札で結界を張りました。これでご心配いりませんわ」

「それはそれは、何よりです」

 

 とはいえ、不機嫌な表情で依頼人と会うわけにもいかず、表面上は取り繕って中川に笑みを向ける。中川も渋さたっぷりの笑みを美神に向ける。

 離れたところで様子を見ていた横島は、それを見て血の涙を流さんばかりだったが、他の三人になだめられていた。

 

「原因はなんだったのでしょう?」

「急に人がいなくなったことによるものです。再開発のために業者などが入ればこれからも大丈夫、お札も剥がしてしまって構いません」

「そうですか、アフターケアまでしていただけるとはね。さすが業界最大手の美神除霊事務所だ」

「いえ、それほどでもありませんわ」

 

 繰り返すが、今の美神の笑顔は表面上なのである。

 

「ああ、そうそう。もう結構いい時間だ。これからも良いお付き合いを続けるため、食事でもどうです? ホテルですから、他の方は無理かもしれませんが」

「あら、それはいいですね。でも、残念ですがこの後も用事がありますので」

 

 にこやかに、表面上はにこやかに横島の想像通りの中川の誘いを断る美神である。

 

「まあ、そう言わずに。近くですから」

「残念ですが、この後も、用事がありますので」

 

 笑顔で繰り返す。さて、時に笑顔とは恐ろしいものであることをご存じだろうか。今の美神は内に秘めた不機嫌を表情に出してはいない。しかし、放射される霊圧は、横島がさらされれば無条件で腹を出して服従するだろう勢いがあった。

 

「そ、そうですか。それは残念、ではこれで」

 

 霊感のない人間には、霊圧を感じ取ることは出来ない。しかし、感じられないからこそ、わけのわからぬ悪寒を生じる。理解できないものを怖がるのが人間である。

 中川は顔を引きつらせ、そそくさと引き上げていった。

 

「さ、帰るわよ」

 

 中川の車を見送り、美神がため息一つつき撤収の号令をかけた。しかし、それに応じる事務所員達はいなかった。

 何事かと振り返り見れば、横島を壁にするかのようにして身を隠す三人。その表情は一様に恐怖に彩られていた。美神の霊圧を察知できたが故である。

 

「何よ……そんなに怖がること無いじゃない」

「いや、無理っス」

 

 唇をとがらせる美神は、その前を知らなければ可愛らしいと言えるかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 美神美智恵の場合

 勘違いしてたんすよ

 

 黒一点の横島が例によってご飯を三杯以上お代わりした夕食をすませて、帰宅してから少しの時が過ぎていた。

 おキヌが全員分のお茶とお茶請けを用意し、腰を落ち着けて何を話すでもなく、ただ時が経つのを待っているかのように過ごしていた。

 想いはそれぞれであるが、考えていることは皆一緒だった。横島のことである。

 いつも通りを装い馬鹿をやり、好みの女性を見ればナンパし、セクハラをし、美神にどつかれていた行為が無理をしているように見えたのは、彼女らだけでなく彼を知る大多数もそう感じていた。

 美神やおキヌからすれば横島の現状をどうにかしてあげたいとも思うのだが、慰めるのか、背を押してあげるのか、何をどうすればいいのかと、スタンスを決めかねていた。

 シロは“大霊障”以前からの付き合いであるが、師と慕っている横島の様子がおかしいことは肌身に感じていても、事情を知らぬ身としては踏み込んだ行動が出来なかった。

 タマモは“大霊障”以後の付き合いである事務所内の雰囲気に違和感を感じており、その中心が横島であることもわかっていたが、気にしつつも様子見に徹していた。

 つまりは、それぞれに考えていることは異なるが、各々が横島のことを気にかけてはいたのだ。

 しかし、ここ最近の横島は自然に振る舞っている。何かがあったのは確かだが、それがわからないので、ほっとしたような拍子抜けしたような、四人とも気持ちの悪い状態なのだった。

 

 

 

 

 

 帰宅途中の横島の隣に高級そうな外車が横付けする。思いも寄らぬ状況に横島は一瞬混乱し、開いた窓ガラスの向こうに見知った顔があるのを見て納得した。

 

「こんばんは横島クン」

「隊長じゃないですか。どうしたんです?」

 

 美神の母である美智恵であった。後部座席のチャイルドシートには美神家次女のひのめの姿もある。

 

「仕事帰りなのよ。送っていくわよ、乗っていきなさいな」

「お、助かります。それじゃ、遠慮無く」

 

 給料日前であるから電車賃を節約できるのなら横島には好都合な話だった。もとより人妻とはいえ、美人さんとの接触の機会を減らすほど横島はプラトニックでもなかった。

 

「あ~う」

「こんばんは、ひのめちゃん」

「あらあら、お兄ちゃんが来て嬉しそうね、ひのめ」

 

 ひのめが何とかして後部座席の横島の方を向こうとしているようだ。とはいえ、チャイルドシートがそれを許すはずもない。

 

「ねえ、横島クン。もしよかったらひのめの相手してあげてくれないかしら?」

「いいっスよ。ほ~らひのめちゃん、お兄ちゃんだよ」

「きゃお~」

 

 さすがに人外と子供に好かれやすい横島である。抱き上げられたひのめはとても嬉しそうだ。人に好かれて嬉しくない人間などいないし、それが赤ん坊ならなおさらである。横島はとりあえず、ひのめの目の前で百面相をしてみせた。

 横島からすれば、自分の母親とほぼ同年代であるが美人で、美神の母親である。

 美智恵からすれば長女の部下で、次女も懐いているし、将来有望な若手である。

 学校や成績の話、事務所や依頼の話、オカルトGメンの状況、ひのめの成長具合、横島のアパートまでの短い時間だが、話すことは多数あった。

 

「ところで、横島クン」

「はい、何スか?」

「まだ、ちゃんと話してなかったわね。あのころの話」

 

 アパートまであと僅か、見覚えのある風景が見え始めた頃、美智恵の談笑をしていたそれまでと違い神妙な雰囲気に横島も顔を引き締める。

 

「私も、ちゃんと話さなきゃいけないとは思ってたんだけど、決心がね、つかなかったの」

「あのころ、具体的にどの辺を指すのかわかりませんけど、つまりはアシュタロス関係の時期ですね」

「ええ」

 

 先ほどまでは時折横島の方を向いて話していたのに、今では真正面を向いている。運転する時の態勢としては正しいのだが、緊張が伝わってくるようだ。

 

「私は、あなたを利用したわ。まだ高校生なのに敵地に潜入させたり、戦艦ごと倒そうとしたり」

 

 結果良ければ全てよし。世間から見れば少ない犠牲で世界を救ったと賞賛するだろう。しかし、過程で犠牲になった者には何の価値もない。『死んだあとで銅像立てられても、空に顔が浮かんでも、俺はちっとも嬉しくない』とは横島の弁であるが、人間死んでしまえばそれまでである。

 

「私がもっと上手くやっていれば、ひょっとしたら、ルシオラも……」

 

 口にするのが躊躇われたのだろう。美智恵は口ごもりながらも、禁句を口にした。これを聞いた横島が冷静ではいられないだろうとわかっていながらも、これだけは言わないといけないことだからと。

 しかし、

 

「敵を倒すために手段を選ばないってのは、美神家の戦法じゃないっすか。慣れてますよ」

 

 横島の言葉は思いの外軽かった。怒りも、憎しみもなく、覚悟していた罵りの言葉もない。

 

「最高のハッピーエンドじゃなかった、でも最悪のバッドエンドでもなかった。隊長はそう思っているんでしょう?」

「……ええ」

「隊長が何もかも忘れてるってんなら怒りますけど、俺に申し訳なく思うくらいにルシオラのこと考えてくれているんなら、俺からは何も言うことはありません」

「でも、それでいいの!? 私は、娘可愛さにあの結末を知っていて黙っていたのよ。見殺しにしたようなものなのに」

 

 赤信号で止まり、横島に振り向く美智恵の顔は必死であった。

 結末を思い返す。宇宙意思だとか追い風だとかで、アシュタロスを倒す切り札が懐に舞い込み、自分にはそれを壊す手段があった。

 美神に任され、ルシオラに後押しされて、横島は決断した。

 

「結晶を壊すのは俺じゃなきゃ駄目だった。もし、あの場で誰かの意見を受け入れてたら、俺が自分でやらなかったら、もっと後悔してたでしょうから。青ですよ」

「え? ああ、青ね」

 

 もうすぐ横島のアパートに到着する。進み出した車の中で横島は改めて思う。

 

「今、言いましたよね、娘可愛さにって。隊長が世界平和のためにって考えてたのなら、そっスね。いい気はしませんでした。でも、隊長はルシオラを、世界とじゃなくて美神さんと天秤にかけた。だったらいいです」

 

 横島は世界を救ったが、それはあくまで結果だ。横島はドタバタに巻き込まれ、しかし戦うと、助けると誓い、できなかっただけなのだ。あの事件のことで横島が恨むとしたら、それはもっとどうにかできたかもしれない自分しかない。

 

「横島クン、変わったわね」

「へ? そうスか?」

「ええ、ちょっと前まで張りつめたような、無理をしているような感じがしていたのだけど」

 

 美智恵は横島の以前を知らない。だから、横島がかつての自分を装っていたことなど知るよしもないはずだが、人生経験か観察力か、彼女も横島の行動に違和感を感じていた一人である。

 

「あー、そうっスね。俺は勘違いしてたんスよ」

「勘違い?」

「ええ。俺、ルシオラがガッカリするからって、俺らしくしていなきゃって思ってたんです」

 

 最終決戦前から、ルシオラをなくした横島はシリアスだった。それこそ別人かと思えるほどに。だが、それは無理をした状態だったのだろう。霊能力は劇的なパワーダウンを果たしていた。

 

「あれ、ベスパにルシオラに化けてもらったの、隊長でしょ?」

「……そうよ。横島クンの霊能力が落ちているのがわかっていたから、どう思われようと魔体を倒してもらいたかったからね」

「おかげで、気負っていたのが解けたんですけどね」

 

 照れたように笑い頬をかく。

 

「まあ、それはおいといて。俺らしくってのと、それまでの俺でいるってのとがごっちゃになってたんス」

「どういうことかしら?」

「あんな事件に関わったんだから、俺の内面になにがしかの変化がなきゃ、それこそおかしいでしょう? でも俺は、悲しむことをやめようとして、前みたいなスケベな馬鹿でいようって思ってたんです」

 

 ひのめの頭を撫でる。サラサラの髪の感触が心地よかった。

 

「でも、それってルシオラのことを忘れるのとどう違いがあります? あいつと会って楽しかったこと、嬉しかったこともあったのに、それを無しにしたようなもんだったんです」

「……それで?」

「ルシオラと出会えて嬉しかった、ルシオラがいなくなって寂しい、ルシオラを死なせて情けない、そう思う感情は全部俺のもんです。だから受け入れようって思った、ただそれだけです」

 

 話しきった横島は言葉を発さず、美智恵も同様だった。それきり会話はなく、横島のアパートに到着した。

 

「隊長、ありがとうございました。それじゃあね、ひのめちゃん」

「あ~」

「……横島クン」

「はい?」

 

 ひのめの頭を撫で、アパートへ戻ろうとした横島へ美智恵が声をかける。しかし、そこで少し時間が止まる。

 なんと言えばいいのだろうか。ありがとう、ごめんね、どれも彼の求める言葉ではなく、自分が言いたい言葉ではない気がする。

 改めて横島の顔を見る。きょとんとした表情。自身の言うとおり、嬉しさや寂しさや情けなさがない交ぜになった、つまるところ普通の顔、無理のない顔、それは前を向いた顔。

 そう、横島は前を向いたのだから、こちらも前を向かなくてはならないのだ。

 

「これからも、令子のことよろしくね」

 

 美智恵の言葉に横島は顔をほころばせた。

 

「もちろんですよ。何せ、俺は美神さんの丁稚ですからね」

 

 では、と手を振り部屋に戻る横島を美智恵とひのめが見送る。

 ほうとため息をつく。本当に、男の子というのは成長が早い、などと年寄り臭いことを思ってしまう。

 そして同時に思うのだった。

 

「……欲しいわね」

 

 どんな意味で言ったのか、誰にもわからない。しかし、横島が色々な意味で美神を超える強者にロックオンされたのは確かだった。

 




吹っ切れた横島は周囲に影響を与えます。
それがどんな形になるのかはその人次第ですけれども。
次回もまた近い内に。
じゃあまた。
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