GS横島 Step by step   作:カシム0

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 書くのが遅いのはもう、ね、デフォなんで。
 待ってくれている人、これから読む人、皆さんお願いします。

 帰省するシロに付き合うタマモ。突きつけられる現実。迫る敵。
 じゃあどうぞ。


第二十話 一族の繁栄と個人の幸せ、どちらを取るかは明白

 

 

 

 

 

 

 妙神山での修行の最終日。仕上げの稽古をハヌマンから受け、疲労困憊になりながら下山したシロとタマモは、駅でおキヌと別れ人狼族の里へと向かった。

 山を越え谷を越え、日が暮れてなお走り続け、常人ならば公共交通機関だけではたどり着けない僻地へ到着したのは、既に日が暮れた時分になってからだった。

 

「タマモ。あれが拙者の故郷、人狼族の村でござる」

「なんか牧歌的と言うか、ド田舎というか。私の前世の頃って、都の外はこんな村ばっかだったわけよね」

 

 崖の上から見下ろした村は美神除霊事務所のある街とは比べ物にならないほど狭く、しかしシロは限りないとさえ思えた村中を駆け回った幼年期を思い起こす。とはいえ、超回復で身体が急成長したのだから、せいぜい数年前ではあるのだが。

 木造平屋の家々から夕餉の支度であろう煙が立ち上り、同時に食欲をそそる香りが漂ってくる。

 距離はあろうとも鋭い嗅覚を持った二人は、腹を泣かせるのだった。

 

「あんたの家に行ったとしても、食べるものってないわよね」

「美神殿に預けられる際、全て処分したでござるからなぁ」

「お揚げじゃなくてもいいから何か食べたいわ」

「うーむ。とりあえず長老の所へ行くか」

「ご飯食べさせてくれてお風呂入らせてくれて暖かい布団で寝かせてくれるならどこでもいいわよ」

「……どのお宅でも歓待してくれようとも、言っていること大分贅沢でござるな」

「ゆっくり休みたいじゃない」

「ま、確かに」

 

 初見の相手であろうとも欲求を隠そうともしないタマモに苦笑しつつ、シロは崖から飛び降り、タマモも続くのだった。

 

 

 

 

 

 見た目は長閑で平穏な村であろうとも、そこに住まうのは犬神の一族である。シロとタマモが接近し、ただいまと声を上げる前に物見に立っていた村人の一人が気配に気付く。柄に手をかけるが、シロの姿を認めると警戒を解き、村中に届く大声でシロの帰還を伝えた。

 すると、まるで戦地から凱旋した英雄かのごとく村人に囲まれた二人は、あれよあれよと村の集会場へと連れられる。

 月に一度、その月の誕生日の子供が集められ、村ぐるみで祝いをした集会所には、村中の民が全員ではと思えるほど集まっており、特にきっかけもなく急に宴会が始まった。

 

「シロ、よく帰った!」

「見違えたぞ。良き師に良き友、良き経験に恵まれたのだな」

「惜しむらくはドッグフードがないことだが」

「それはともかくめでたや!」

 

 上座に連れてこられ、各家庭で準備していた食事を集めたのだろう。眼前に白米や味噌汁のみならず、山の幸川の幸がドンと積み上げられていく。

 歓待されるだろうとは思っていたものの、思いの外の大歓迎にシロもタマモも困惑していた。

 

「妖狐のお嬢さんまで来てくれるとはな!」

「未来は明るいぞ!」

「わはははは!」

 

 元々里の住人であるシロのみならず、同じ犬神なれど種族が違うタマモまでが対象なのだからなおさらである。

 

「ねえシロ。こんなに人狼族ってフレンドリーなの?」

「いや、外との繋がりを広げようとはしていたが、どちらかと言えば保守的だったと」

「とうていそうは見えないと言うか、私らを肴にどんちゃん騒ぎしてる?」

「拙者にもそう見えるでござる」

 

 二人して頭を傾けていたところ、新たに果物を皿に乗せた女性らが現れた。

 数少ないながらも里にいる人狼の女性陣である。

 

「シロちゃん、よう戻ったねぇ」

「おばちゃん。久しぶりでござる」

「妖狐のお嬢ちゃん、お名前教えてくれるかい?」

「……タマモ」

「タマモちゃんかい。こんなとこまでよう来なすった。ゆっくりしていき」

 

 犬神は女性の方が霊力が強いと言われているが、だからといって全員の気性が戦闘向きかというわけでもない。

 過去には男衆に交じって剣を振った者もいたとは聞くが、今では穏やかながら気丈であり、誤解を恐れず言うならば昔ながらの母親、外に出るより内助の功を積む気性の者が多い。

 人狼族の村には人狼の女性は数人しかおらず、年頃の娘となればシロしかいない。

 他には妖怪であったり、はたまた数はさらに少ないながら純粋な人間の女性がいたりする。

 

「おばちゃん、みんな大騒ぎなのは、拙者が帰ってきた以外にも何か目出度いことがあるのでござるか?」

「なぁんも。こないだ山向こうの隣村の女子と()()()()とかいうのやって、全員振られてたからねぇ。ありゃヤケっぱちの憂さばらしだよぉ」

 

 なんでも月代を整え、髪に香をつけ、爪を磨き、紋付袴でばっちり気合を入れたものの、時代錯誤の浪人集団に相手の女性陣はドン引きしてしまったそうである。

 言われてみれば大騒ぎしている男性陣は泣いている者が多かったが、悔し涙だったのか。

 そうと聞くと歓迎されている身ながら、騒ぐタネにされ複雑である。

 

「そんでな、シロちゃんはもう村に帰ってくるのかい?」

「いや、拙者はまだ修行中の身なので。今日は顔を出しに来ただけでござるよ」

「タマモちゃんもかい?」

「私? シロに付き合って来ただけだからすぐ帰るわよ」

「そうかい……」

「おばちゃん?」

 

 一番年嵩の、シロが小さい頃からよく面倒を見てくれた女性が悲しげに顔を歪める。

 しばし口ごもらせていたが、意を決したかのように口を開いた。

 

「シロちゃん。もう、いいんでないかねぇ」

「おばちゃん?」

「男どもはかっこつけて言わんだろうからあたしが言うよ」

 

 そうして聞かされたのは的確にシロの心を抉る、優しくも残酷な言葉。

 

「犬塚の家もあんた一人さ。気張るのもほどほどに、()()()()()()()()()()()()()跡取りのこと考えにゃあ」

「そうだよぉ。あんたはいい肉置き(ししおき)(肉づき)してるんだからさ」

「せっかく早くに体出来上がったんだから、里の男どもから適当に見繕って、早くに子育て終わらしちまいなよ」

「馬鹿どもだけど、里の宝を娶るってのに不幸にする奴はいないさ」

「その後でまだ刀振りたきゃ振りゃいい」

 

 女性陣が口々に言う。

 彼女らにシロを傷つけようなどという意図はない。遠慮もデリカシーもなく、彼女らなりに本気でシロのことを心配している。

 ただし、その内容は今の世に出たら各所から叩かれそうな時代錯誤な女のあり方。

 

 女は子供を産んでこそ一人前。

 夫の仕事を家内で支え、成人するまで子供を育てきる。

 やり遂げて一族の血を後世に残すことこそが女の使命。

 それこそが女の生きる道、生きる意味。

 

 そういった生き方も決して悪いことではない。自身で選んだ道ならば。

 ただ彼女らの価値観が古いだけで、心底からそれが正しいと考えている。

 そして、早くに両親を亡くした里の宝に新たな家族を持ってほしいのだと、彼女らは完全な善意で傷つける。

 

「タマモちゃんも、うちの村でいい男見つけて所帯持っちまいなよ」

「そうさな。妖狐でも犬神なんだし、すぐに村に慣れるよぉ」

「馬鹿ばっかだけどもさぁ。うちの子なんかどうだい?」

「あんたんとこまだ産まれたばかりじゃないさ」

「そういうあんたの子は三十路じゃないさ」

 

 女性陣の悪意のない口撃は、よそ者のため口を出さずにいたタマモにまで飛び火した。

 反射的に罵りや侮蔑の言葉が出そうになったタマモは、無言で通すのにかなりな精神力を必要とした。

 好き勝手にあれやこれやと言ってのけ、女性陣は調理場へと消えていった。

 

「よく戻ったのうシロ。そしてよく参られたタマモ殿……む、どうした。何やら元気がないが」

「長老……いえ、何でもありませぬ」

「ちょっと疲れただけよ。気にしないで」

「そうか? ならば、儂の屋敷の離れで休むと良い。明日にでも話を聞かせてくれるかのう?」

「それでは、お言葉に甘えて」

「お風呂あるかしら?」

「ほほ。知らせを聞いて薪を焚べておるよ。今日は疲れを取ってゆっくり休むがよかろう」

 

 そうして、まだ宴の熱狂は冷めることない宴会場を後にした二人は、長老の屋敷へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 檜の匂いがする風呂も温かい湯も、ささくれだった心に平穏を与えてはくれたが癒やすまでには至らない。

 タマモはシロと湯船に浸かりながら、濡らした手拭を目に当てゆっくりと深呼吸した。

 今朝のハヌマンの指南により修行の成果が目に見えて現れ、これからの生活に心躍る気分だったというのに、友の故郷でこのような目に遭うとは思ってもいなかった。関わりのなかった自身でさえそうなのだから、シロの気持ちたるや想像に難くない。

 目を閉じることしばし、落ち着いてきたタマモは口を開く。

 

「明日になったらさ、言ってやればいいんじゃないの?」

「……何をでござるか」

「あんたの思ってることをよ。内容まで言わせないでよね」

「……で、ござるな」

「ま、別に言わなくてもいいかもだけど」

 

 タマモは、里の女衆が希望する生き方をシロが選ぶとは全く思っていない。

 シロの心情を慮ることができ、どのように生きていきたいかを理解するくらいの関係ではあると思っている。

 とはいえ、血族がすでにないシロが同族との関係を重視していることも理解している。

 だから深く踏み込むまではするまいと思っていたのだが、風呂から上がり、浴衣に着替えて床に就いてまでシロが無言でいたことから、つい口を出してしまう。

 

「まさかとは思うけど、あの人らが言ってたことに一理あるとか思ってないわよね」

 

 共に天井を見ているかと思えば、布団にうずくまっているシロにタマモは苛立ちを感じる。

 うじうじするのは()()()()()と、調子が狂うのだと言ってやりたかったが、言えば追い詰めるだけだとわかっていながら、言葉にするのを止められなかった。

 

「……わかってはいるのでござる」

「何をよ」

「本当は里のみんなは、おばちゃんたちが言うように人狼の婿を取り、血を絶やさぬよう村へ貢献することを望んでいる」

 

 シロは人狼族の中でも数少ない女であり、年々数を減らしていく人狼族としては純血の子は喉から手が出るほど求めているだろう。

 長老も男衆も、女衆のように口には出さずとも、そう願っていることは想像に固くない。

 長老らはシロの思いを尊重してくれてはいるのだが、それを知っているからこそ急かしはしないのだと、理解はしている。

 

「一族の繁栄と個人の幸せ、どちらを取るかは明白」

「……本気で言ってるならあんたとの付き合い本気で考え直すけど」

「まさか。拙者は先生や事務所のみんなと一緒にいたい。置いていかれないように、もっと強くなりたい」

「ふぅ、ん。ま、わかってるならいいけどさ。明日もおばちゃんたちが今日みたいなこと言ってきたら、私は正直にぶちまけるわよ」

「うん……拙者もそのつもりではある、んだけど」

「何よ、煮え切らないわね」

「最初に話しかけてきたおばちゃん。母上を亡くした拙者を気にかけてくれた、とっても優しい人なんでござる。父上が亡くなったときも。おばちゃんが悲しむことを伝えなきゃって思うと、ね」

 

 シロが美神除霊事務所に身を寄せる一因ともなった、犬神族の一人犬飼ポチによる妖刀八房の強奪事件とそれを食い止めるために犠牲となったシロの父殺害。さらには数年前の母の病死。

 天涯孤独となったシロの身の上を案じ、事あるごとに声をかけ、食事に誘い、寂しさを紛らわせてくれた恩人に対し、不義理を働くのは確実であり、簡単に言えば気が乗らないのだ。

 

「ふーん。柵のない私にはわからないけど、面倒なことよね」

「そんなことはないでござるよ。タマモだって、例えば先生や美神どのやおキヌどのが悲しむことを正面から伝えなきゃならなくなったら、拙者の気持ちがわかるでござる」

「えぇ……あー、まあ、うん」

「タマモは妖狐とはいえ一人一種の稀有な存在。だからこの世に同族はいない、気軽な身の上、とか思ってるのかもしれないけど、美神除霊事務所の一員として括られているでござる」

「……そっか。私も、もう一人じゃないのか」

「いまさらでござるな」

「うっさい」

 

 何やら頬が熱くなってきたタマモはシロと反対に寝返りをする。

 そんな相棒に苦笑し、シロは憂鬱な明日に向けて目を瞑るのだった。

 

 

 

 

 間もなく夜も明けようという時分。普段なら横島との散歩のために起きるか、もう少し布団の暖かさと戯れていようかと思い悩んでいるのだが。

 霊感に引っかかるものを感じたシロは布団から跳ね起きる。同時にタマモもゆっくりと体を起こす。

 

「タマモ。感じたでござるか?」

「あんたもってことは、勘違いじゃないわね」

「うん。少なくとも友好的ではない何かが、近くに来ている」

「近くに敵対勢力とかいたりする?」

「山向こうに隠れ里があるが特に敵対はしていなかったと思うでござる」

「別件か、それとも最近のあれこれか」

「とにかく行こう。もし遺産を奪還できたら先生に褒めてもらえるでござるな」

「私はきつねうどん食べたいな。最近食べてないし」

 

 人目がないからか羞恥心が薄いからか、シロは寝衣を脱ぎ捨て裸体を晒しながらあっという間に着替え、部屋の外へ飛び出す。

 タマモは呆れ目で見ながら寝衣を脱ぐと、いつもの姿に変化し、シロの後を追うのだった。

 

 

 

 

 

 さすがは犬神の村というべきか、シロとタマモが霊感に従い向かった先には長老と男衆が身支度を整え、篝火を灯していた。

 

「長老」

「む、シロか。それにタマモ殿も」

「敵襲でござるか?」

「まだわからぬが、そう思ってかまわぬだろう」

「何があったの?」

「あれを」

 

 言って長老が指さした先には、今にも倒れそうな物見櫓があった。

 柱に数本の切り傷が見られるが、どれも柱を切り倒す寸前で留まっている。

 

「刀傷、でござるか」

「うむ。不寝番が気づいた時には霊波が飛んできておった。襲撃の予告なのだろうが、数がな」

()()でござるな」

 

 人狼の村にとって、八つの刀傷には意味があった。

 前述したシロの父が殺害された妖刀八房盗難事件。その刀は熟練した剣士が振れば八つの斬撃が襲いくる、凄まじき妖刀であった。

 当の事件が解決した際に、守護女神に本体ごと刀も持ち去られて行方不明となっていたのだが。

 

「最近すでに滅びた妖怪、魔族が復活して暗躍していると聞くが、()()()もそうなのか?」

「可能性はあるでござる。すでに事務所で対応した事件でも、美神どのや先生が倒した魔族が復活しているでござる」

「だとして、目的は? 以前は身を潜めて人族を襲撃していたが、仮に強くなったとて村の戦力すべてを相手にはできまい」

「ただ復活しただけじゃなくて、変な要素を外付けされてるパターンかもね。魔族の道具を悪用するやつがこそこそしてるみたいだし」

 

 情報共有をしていると、警戒に当たっていた若者が長老に呼びかける。

 

「長老、村の入り口に人影」

「数は」

「ニ。いずれも外套をまとって姿は知れず。匂いも混じりがあり不明」

 

 そちらを見やれば、報告通りの人影がゆっくりと歩いて接近してきている。 

 長老は長として、先陣に立ち襲撃者と相対する。

 

「何用か。ここを人狼の里と知っての狼藉か」

『私はこやつを故郷に連れてきたにすぎん。どうも、久々の里帰りで興奮しているようでな』

 

 答えるは聞き覚えのない男の声。

 男が身を引くと、後ろに佇んでいたもう一人の男がまとっていた外套を脱ぎ捨てる。

 その姿はまさしく予想通り。

 かつて先祖返りを目論み、妖刀八房を盗み出しシロの父を殺傷し、人間を切り霊力を溜め、狼王フェンリルへと変化した男。

 犬飼ポチの姿があった。

 しかし、当時も形相は悪相であったが、目は血走り、食いしばった口からは涎を流し、どう見てもまともではない。

 狂犬病にかかった人、という例えが正しいかどうか。

 

「犬飼、今さら何用か。女神に連れて行かれたとて性根は治らなんだか」

「ケヒッ、せ、拙者のも、目的はただだ、一つ。人狼の復権、オレが王となり、地に満ち、ニンゲンをくち、クチクしる。クヒッ、オレ様の血を、子を増やす、からよこ、寄越、せ」

 

 抜き身の刀、妖刀八房を向ける先は、シロ。

 血走った目を向けられ嫌悪感を感じるが、それよりも哀れみが先に立つ。

 

「おれがしの、元へ来やれシロよ! フェンリル狼の子種を授けて、くれてやる、元へ来いや」

 

 一人称すらバラバラでまともな会話が成り立つとは到底思えないかつての仇敵は、いっそ哀れであった。

 会話すらする気も起きないが、シロの返答は簡潔なもの。

 

「キモい」

「お?」

「し、シロ? どうした、何だその、キモい、というのは」

「キモいというのはまさにああいうのを指す人里の言葉でござる」

「お、おお、そうか。外の言葉は変わっているのう」

 

 シロの簡潔な言葉に、若衆の幾人かが膝をつきそうになっていた。おそらく、先日合コンで同じ言葉を相手から言われた者たちだろう。

 

「長老。あやつの相手は拙者が。今度は女神の手は借りず、拙者の手で引導を渡してやるでござる!」

「シロ、私もやるわよ。切り落としてやるわ」

「う、うむ、頼もしいの」

 

 タマモの霊波爪を煌めかせながらの言葉に股ぐらにヒヤリとした風を感じた男衆であった。

 

「お主が成長しているのはわかるが、大丈夫か?」

「無論。皆には周囲の警戒を。あれがただ拙者目当てに来たとは思えませぬ」

『私はこやつを連れてきただけなのでな。気にせず旧交を温めてくれ』

「貴様のような胡散臭い輩を放置できぬ」

「泰然として大物ぶってるつもり? だっさいのよ」

 

 男衆の弓矢に狙いをつけられながら、外套の男は無言で後方へ下がっていく。

 シロとタマモが前に出て、犬飼ポチと相対する。

 かつてはとてつもない強敵に思えたし、今は当時とはまた違った脅威を感じる。しかし、シロの心は穏やかであった。

 小竜姫の様な明鏡止水の心持ちには至らずとも、父の仇と激昂することもなく、恐怖に身を竦ませることもない。

 成長がシロに自信を与えていた。

 

「くるる、ダルマでも子を、腹孕むことは、で、できよう」

「……もはや問答無用。月女神に代わりて成敗いたす」

「いい加減耳が腐りそうよ」

「きき、貴様の四肢を胎に、納めてや」

 

 聞くに耐えない妄言は一息に間を詰めた霊波刀の一撃がかき消した。

 

 

 

 

 

 長老は村の長にして人狼族最強の戦士でもある。かつてはその座を今は亡き犬塚に譲ったこともあるが、高齢ながら技の冴えは衰えを知らない。

 故に、シロの剣が達人の域に手をかけていることが理解できた。

 若き人狼は身体能力と野生に身を任せ、剣の基礎を疎かにしがちである。しかし、シロの踏み込み、捻り、振りは理想的であり、さらには無言ながら裂帛の気合がこもったよい一撃であった。

 妖刀八房は振るえば八本の霊波が飛ぶが、振るわれなければただの切れ味の良い刀に過ぎない。鍔迫り合いに持ち込むも、違和感。

 犬飼は右手のみで八房を持っている。両手の方が力も込めやすく体勢も崩れないのは自明の理。左手は身を晒してからずっと袖に隠している。

 犬飼はニヤリと口角をあげ、隠していたもう一本をシロの足に向け振るい、

 

「かっ!」

「バレバレなのよ」

 

 シロの後方に位置していたタマモの霊波爪に止められる。

 その刀は、この場の誰も知らぬことであるが、伊能家に仕える九能市家の乱破が使う霊刀ヒトキリマルであった。

 

「ちいっ!」

「逃がすわけ」

「ないっての!」

 

 体勢を整えようと後退る犬飼に追撃。

 シロの一振りが八房と、タマモの突きがヒトキリマルと、それぞれ切り結ぶ。

 堂々たるシロの武士の立ち姿を邪魔することないタマモの援護が、当時より地力が詰まっていることもあり犬飼を自由に攻めさせない。

 その様は既に一人の武士。良き師、良き稽古相手に恵まれ研鑽を積んできたのだとよくわかる。

 しかして、相手は邪道に堕ちたりとはいえ、人狼族きっての使い手を下した剣士。シロもまた押し切れないでいる。

 積極的な均衡は、しかしシロの得物によって崩される。

 

「ぐ、ぎぃっ!」

 

 シロは霊波刀を消し、両の手にクナイほどの霊波刀を現す。霊波であるから形を変えることは不可能ではなかろうが、クナイの剣筋には慣れ親しんだ刀から形を変え、身体に馴染ませた努力が垣間見えた。

 もとより手を出せば相手に届く近接戦。刀の長さに拘る必要などない。父の影響か、シロは刀や武士であることに執着していたきらいがあったが、殻を破ったのだろう。

 単純に手数が二倍になり、シロ単独で両手の剣の相手をすれば、必然タマモの手が空く。死角から背後に回り、霊波爪を一閃。

 

「っ、また!」

『かかっ、後ろにはワシが付いておる!』

 

 首の後ろから伸びる()()()の腕と、その手に握られている刀が霊波爪と噛み合う。

 中ごろから折れており、鍔には血走った目と犬歯の口が生えている刀は、またもこの場の誰も知らないことだが、かつて横島に取り付き美神に祓われた妖刀シメサバ丸であった。

 さらには、

 

「このカミソリは!」

 

 犬飼の懐から()()()が握る邪気に塗れたカミソリが振るわれる。

 忘れられるはずもない、シロとタマモがオカルトGメンの捜査に協力し確保した、連続殺人を引き起こしたカミソリであった。

 意識的にも死角であったろうシロは辛くもかわす。しかし、それは犬飼に刀を振るう余裕を与えてしまった。

 

「るあぁっ!」

「ちいっ!」

「面倒な!」

 

 犬飼の斬撃は八つに分かれシロに迫りくる。さすがに距離を保てず後退るシロであるが、冷静に全てを斬り伏せる。

 さらには二、三、四本目による異形の振りがタマモを近接距離から離れさせ、犬飼に余裕を与えてしまった。

 

「くは、ははっ!」

 

 シロに斬り上げ斬撃四本、タマモに斬りおろし斬撃四本。間合いを殺され、シロとタマモは体勢を立て直し、並び立つ。

 常ならば剣は届かぬとも犬神ならば三歩で足り、しかし八房の飛ぶ斬撃に妨げられる。そんな間合い。

 

「刃身一体となりて、われわれは真なる境地と至り、全てを斬り伏せ、猿どもを駆逐し、地に満ちよ、血で満たせ」

 

 目は血走り、よだれを垂れ流し、まともに思考をしているのかすら怪しい。しかしながら、片手青眼、片手上段、背後に懐と、隙なく刀を構える堂々たる姿には、外道に堕ちようとも積んだ研鑽が見られた。

 

「犬飼め」

 

 確かに犬飼は道を外れ、犬塚を斬り、無辜の民を自己の欲求に巻き込んだ。

 しかしそれでも里の一員だった男。体を作り変えられ、意識を奪われ、何らかの用途に利用される姿は見るに堪えない。

 自らの手で介錯すべきかと、若武者に負債を処理させることはないと、長老の思考に参戦の二文字が入り込もうとした瞬間、

 

「タマモ、あれをやるでござる」

「あれ、ね。技名でも付けてみる?」

「うむ。なれば、狼狐爪牙とか」

「私は、そうね。斬々舞かしら」

 

 自然体の若き犬神を見た。

 余裕ぶるでなく嘲るでなく、落ち着いていながら戦意に満ちる姿は、一端の武人を思わせる。

 

(もはや、儂らの時代ではない、か)

 

 出る幕はないのだと思い知る。

 シロが村の女衆に家庭を作るよう勧められていたことは知っている。知っていて言葉を挟まなかったのは、シロの判断に任せたのか、その方が都合が良かったからか。

 世代交代はゆっくりと、新時代は急に訪れる。いずれも、前時代の生き残りにできることは、未来を託すのみなのだろう。

 

「それでは、」

「始め!」

 

 シロがクナイを、タマモが霊波爪をそれぞれ四本ずつ飛ばし、しかしそれは犬飼には当たらない方向へ飛んでいき、

 

「何をしやるか!」

「貴様をぶった斬る!」

「往生しなさい!」

 

 同時に二人は犬飼へ駆け出す。

 八房の斬撃が八本飛び、霊波刀と霊波爪が防ぎつつ間合いを詰める。

 長老の位置からはクナイと霊波爪が犬飼の周囲で留まっているのが確認でき、犬飼も気付きはしたのだろうが二人の接近に意識を割かれる。

 それは、まさに舞踏といえた。

 霊波刀と霊波爪の斬撃、クナイや霊波爪を足場にした反転、狼に変化したシロの牙、変化しないタマモの蹴撃、かと思えば霊波をまとった九尾の鞭打。

 目まぐるしく立ち位置や背丈、攻撃方法が代わり、止めどない攻撃を犬飼はそれでも四本の霊刀妖刀でもって凌ぐ。それどころか反撃に転じてすらいた。

 しかして、シロとタマモの連携は見事にして美事。長老とて自身の全盛期であっても対応できないのではないかと思える。人生を武に捧げ、全盛期を更新し続ける武神ならばあるいは、といったところだ。

 狐の爪を弾き、反撃しようとした犬飼の足に尻尾が絡まり、僅かに体勢を崩した犬飼の懐の手がシロに斬り飛ばされる。

 

『ぎぃっ!』

「まず一つ!」

「続いて、二つ!」

『貴様らぁ!』

 

 霊波爪に裂かれた背後の手がシメサバ丸ごと地に落ちる。

 

「ぬうっ!」

 

 狼に変化したシロをヒトキリマルが斬り裂いた、かと思えば狐火の幻影で、犬飼の左手を斬ろうとしたシロが後退る。

 既に死に体と見えた地に落ちた背後の手にシメサバ丸とカミソリが握られ、シロの足を斬ろうとしていたのだ。

 苛烈な攻撃の最中残心を忘れず。

 隙を見せたとシロに斬りかかる犬飼だが、果たしてシロには隙も油断もなかった。

 足元の手はタマモが霊波爪で縫い付けた。シロは迫りくる犬飼に自ら踏み出し、ヒトキリマルを無刀取り、犬飼の左手を斬り飛ばす。

 

「がっ!?」

「三つとそして、」

「四つ!」

 

 タマモが振り抜いた霊波爪が右手を斬り、八房が宙に舞い、

 

「が、はぁっ」

「狼弧斬々舞」

「これにて終幕、って感じかしら」

 

 シロの霊波刀が犬飼を斬り伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 技名考えるの楽しい。
 なんだかんだ言ってタマモもノリノリです。
 次話は執筆済みなので、推敲後に投稿します。
 じゃあまた。
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